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2013.09.25

振り返り(3)

振り返り(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。母の魂が肉体を去ってしまってからというもの、私の中では様々な変革が起こりました。もともと、例えば映画に関しても、一過性のものではなく、長く心に残るものを求め続けていましたが、人付き合いなどに関しても、その傾向がこれまでよりも一層強くなりました。数時間も経てばすっかり過去のものになってしまうようなものではなく、感情のこもった人付き合いや、あとから何度でも読み返したくなるような、書き手の感情が落とし込まれた文章に触れたいと日々感じています。それでは、振り返り(2)の続きを書かせていただきます。

 その頃の私は、朝五時半過ぎに、母の病室に泊まり込んでくれている父に電話を掛けるのが日課になっていた。その日も父に電話を掛けて母の様子を尋ねたところ、夜中の三時頃から呼吸が大きくなり、血中酸素濃度も下がって来たとのことだった。そのため、父は母の病状が心配で、ほとんど寝ていないようだった。

 それまでの母の血中酸素濃度は、九十六パーセントから九十八パーセントにまで達することもあったくらいなのだが、呼吸が大きくなってからは、九十一パーセントまで下がってしまったという。九十一パーセントの血中酸素濃度でも、絶対値としては決して低い値ではないと思うのだが、母は普段の値が高かったので、相対値としては低くなってしまっていることから、念のため、口からの酸素呼吸器が取り付けられたそうだ。

 それを聞いた私は、仕事を休んで母のもとへ駆けつけたほうがいいのかどうか、判断しようとした。父に聞いてみると、
「まだ大丈夫じゃろじゃないか(大丈夫だろうじゃないだろうか → 大丈夫じゃないだろうか)」
と言ってくれた。とは言え、一部の看護師さんは、
「遠方の方には知らせたほうがいいかもしれませんね」
と助言してくださったそうだ。

 私は、毎週月曜日に休暇を取得している状況だったので、あくまで心理的なものだが、不確かな状態では休暇を申請しにくかった。また、今は亡き義母や義父が酸素呼吸器を取り付けられてからも、しばらくは酸素呼吸器に頼っての呼吸を続けることができたことから、予定通り、週末に帰省するつもりで出勤した。その日は木曜日だったので、翌日の夜には夜行高速バスに乗って母のもとに駆けつけるつもりだったのだ。父は、院長が出勤されたら、院長に聞いてみると言ってくれた。

 ところが、いつものように八時半に出勤して仕事を始めてしばらくすると、携帯電話に父からのメールが届いていることに気が付いた。メールには、「時間のあるときに電話ください」と書かれていた。父は仕事中の私を気遣って、それほど急ぎではない場合は、電話よりもメールで知らせてくれているのだ。

 父がメールをくれたのが八時五十分頃で、私が父からのメールに気が付いたのが九時過ぎだった。慌ててオフィスの外に飛び出して、父に電話を掛けてみると、院長に確認してみたところ、母の余命は「三日以内」と言われたそうだ。私は、
「わかった。いったん家に帰って、支度してからすぐに駆けつけるよ」
と言って電話を切った。

 オフィスに戻ってみると、いつもは会議で離席していることの多い上司のまた上司が席にいらっしゃった。すぐ近くには、別の場所で作業することの多い上司も席にいらっしゃった。私は二人のもとに歩み寄り、
「母が危篤なので早退させてください。次はいつ出勤できるかわかりませんので、また連絡させてください」
と言った。上司の上司も、直属の上司も、すぐに承諾してくださった。

 それから私は大急ぎで帰り支度を整えて、仕事を早退した。勤務先の最寄駅に着いたのは九時半前だった。私は冷静に、翌日の夜に予約している夜行高速バスのキャンセル手続きをしておこうと思った。帰省すれば、きっと冷静ではなくなると思ったからだ。

 高速バスのキャンセル処理を取り扱っているところに電話を掛けてみると、どういうわけか、ひどく待たされた。キャンセル処理に思ったよりも手間取ったものの、何とかキャンセルの手続きを終えて、地下鉄に飛び乗ってひとまず三宮へと向かった。

 ところが、地下鉄に乗っている間に父から電話が掛かって来た。地下鉄なので、電車が駅に停車しているか、地上にいるときしか携帯電話の電波が届かない。かと言って、いったん下車してしまえば、それだけ帰宅時間が遅くなってしまう。そのため、私は父に、
「今、地下鉄に乗っているので、地上に着いたら電話します」
とメールしておいた。

 そして、三宮に着いて父に電話を掛けてみると、電話に出た父が泣いていた。父は私に何か言ったのだが、
「○○○んかった!」
という部分しか聞き取ることができなかった。私は、父が何を言っているのか良く聞き取れなかったので、
「掛け直すよ」
と言って、電話を掛け直した。しかし、もう一度掛けても、結局、父が何を言っているのか、良く聞き取れなかったのだ。大切な言葉を聞き取ろうとしても、どういうわけかその時に限って、私が普段、通話用に使っているヘッドフォンの調子が良くなかったのである。あとから父に確認したところ、
「メールに書いた通り、よう助けんかった(助けられなかった)」
と言っていたそうだ。

 何と、母の魂は、私が地下鉄で三宮まで移動している間に肉体を去ってしまったのだ。父は、私が電話に出なかったので、私の携帯電話にメールを送ってくれていた。そのメールには、
「驚かないでください。九時四十分にお母さんが息を引き取りました」
と書かれていた。

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