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2013.09.17

振り返り(1)

My Mom has gone.の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。母の魂が肉体を去ってしまってから、早くも十日余りが経ちました。様々な後悔もあります。ブログにどこまで綴って良いものかどうかの迷いもあるのですが、このブログを読んでくださっている方たちの大切な方が、万が一(本当に万が一です)、母と似たような状況に陥ってしまった場合のヒントになればと思い、これまで綴って来たことと重複する部分も多々あるかと思いますが、書ける範囲で書かせていただくことにします。

 母については、
「夏は越せないかもしれない」
と、最初に入院した病院の主治医から言われていた。最初は「数ヶ月程度かもしれません」と言われていたのが、最終的には三ヶ月程度の余命を宣告されていたことになる。「今後のことをご家族で良く話し合ってください」とも言われていた。

 最初に入院した病院から地元の病院に転院したのは、最初に入院した病院は「治療を行う病院」であり、県内に住む難しい病気を抱えた患者さんたちを次々に受け入れるための病院だったからだ。母の場合は、もはや治療法がなく、緩和ケアという形で地元の病院に転院したのだった。

 もちろん、このことは、母には言えなかった。これまで父と母は、診察室に一緒に入って主治医の話を聞いていた。しかし、転移性脳腫瘍から来る、足が立たなくなるなどの症状が出てからは、母を病室や診察室の外に残したまま、父と私が医師の話を聞くといったような方法を取った。

 母の転移性脳腫瘍は、二つの点で難しい状況にあった。一つは、脳幹という脳の中枢部に転移性脳腫瘍があったこと、そしてもう一つは、髄膜(ずいまく)の周りに転移性脳腫瘍があったことだ。

 私は、転移性脳腫瘍があっても、ガンマナイフで何度も何度も転移性脳腫瘍を除去してもらっている肺がん患者さんの綴るブログを拝見していたので、きっと母の場合もガンマナイフあるいはサイバーナイフで転移性脳腫瘍をきれいに除去できるものだと思い込んでいた。しかし、転移性脳腫瘍が脳幹にあると、脳の最もデリケートな中枢部に向けて除去の処置を行うことになるため、ガンマナイフもサイバーナイフも施せない状況だったのだ。

 また、髄膜の周りに転移性脳腫瘍がある場合、随液播種(ずいえきはしゅ)と言って、転移性脳腫瘍が脳全体にばらまかれてしまう症状が発生する可能性があるとも言われた。

 既に母の転移性脳腫瘍は、母の脳の中にたくさん点在していたので、最初に入院していた病院で全脳照射という脳全体に緩い放射線を当ててもらう治療を受けた。この全脳照射は、私たち人間が許容できる放射線量の関係で、一生に一度しか受けられないものだった。言い換えると、全脳照射を受けて、現在ある転移性脳腫瘍がいったん小さくなることはあるものの、その後、新たな転移性脳腫瘍が成長して来たとしても、何の治療法もなかったというわけなのだ。

 おそらくだが、母には、全脳照射が少しは効いたのだと思う。最初に入院した病院では、トイレに立つにも、毎回、ナースコールをしていたのだが、転院先の病院では、ベッドから自分で車いすに乗り換え、トイレに立てるようになるまで回復していたからだ。母の足を立てなくさせていたのは、脳腫瘍の周りにできていた脳浮腫(のうふしゅ)で、母は脳浮腫を抑える(脳の腫れを取る)点滴を受けたり、内服薬を服用していた。

 これらの処置で、母の脳にできていた脳浮腫は小さくなったようだ。そのため、転院先の病院から退院することができたわけだ。

 しかし、退院からわずか九日後に母は高熱を出して、足もまったく立たなくなり、退院したばかりの病院に救急車で搬送されることになった。そして、母は完全に寝た切りになってしまったのだ。そのまま入院が続き、救急車で搬送された日からおよそ二ヶ月足らずで、母の魂は肉体を去ってしまった。

 最初に入院した病院の主治医から余命宣告されていたものの、父や私、そして弟も、母の魂が近いうちに肉体を去ってしまうなんて、信じたくない気持ちでいっぱいだった。しかし、私が帰省する度に弱って行く母を見ていると、もはや覚悟を決めるしかなかった。

 運の悪いことに、亡くなる直前の母には肺炎の症状も出ていた。そのため、口からの飲食は止められ、カテーテルを通して送り込まれる高カロリー輸液だけで母は生き延びていた。時折、父や私が水を染み込ませたガーゼを母の口元に持って行くと、母はガーゼを口の中に含もうとした。きっと、喉が渇いていたに違いない。

 母が肺炎を患ってからは、脳の腫れを抑える点滴のほかに、抗生物質も投与されるようになっていた。母の場合は、転移性脳腫瘍から来る嘔吐のために、時折、胃の奥のほうから胃液が口元まで上がって来ることがあった。それに加え、寝た切りになると、口腔ケアが思うように行かなくなってしまった。

 また、高カロリー輸液による栄養補給に切り替わるまでは、食べ物を口に入れたまま眠ってしまうことも多く、口腔ケアのために用意していたスポンジもあまり活用できていない状況だった。いろいろな要因が重なって、母は誤嚥(ごえん)性肺炎を起こし易い状況にあったと思う。母の肺炎が誤嚥性であったかどうかは定かではないのだが、とにかく、転移性脳腫瘍から来る嘔吐で胃液が逆流して来たり、口腔ケアが行き届かないために、口の中に雑菌が溜まってしまい、肺炎を引き起こしてしまったのかもしれない。

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