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2013.09.30

振り返り(4)

振り返り(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。振り返り(3)の記事を書いた日の夜、私は好きなアーチストの夢を見ました。これまでにも彼が夢に出て来てくれたことは何度もあるのですが、今回の夢は、これまでにないほど長い夢でした。私は夢の中で、現世ではまだ出会っていない魂を持つ女性と一緒に彼の家に遊びに行きました。彼はその家に、パートナーの女性と一緒に住んでいました。私は、現世におけるその女性の顔を知っているのですが、夢に出て来たその女性は、魂は同じでも、顔がまったく違っていました。そして、彼は自分の立場をわきまえながらも、私たちを優しくもてなしてくれました。本当に長い夢で、途中で彼が自分の親に電話を掛けるシーンもありました。彼の電話の相手であるその親は、現実には既に亡くなってしまっています。そこで思い出したのですが、彼は私とほぼ同じ状況で親をなくしました。つまり、彼の親はがんを患っていました。仕事中に急変の知らせを受けた彼は、仕事を終えて病院に駆けつけようと、とある公共の乗り物を使って移動していたのですが、残念ながら、その移動中に彼の親は亡くなってしまったのです。母の魂が肉体を去ってしまってからというもの、母の永遠の不在に対する悲しみが思いのほか深いことに加え、私自身が世の中の誰ともシンクロしていないようにも感じていました。何故なら、今の私が絶対にできないと感じていることを、他の人たちは淡々とこなしているからです。しかし、彼が夢に出て来てくれたことで、私はずいぶん救われました。ガンモに出会う前にも、恋愛でひどく傷付いていた私を、まるで磁場が変わるかのように、一瞬にして私を救い上げてくれた彼であります。今回も、深い深い悲しみから引き上げてくれたように思います。とは言え、まだまだ悲しみは深いですが、長い夢に出て来て励ましてくれた彼の魂に深く感謝します。それでは、振り返り(3)の続きを書かせていただきます。

 私はもう一度父に電話を掛けた。そして、父の口からはっきりと、母が息を引き取ったと聞いたとき、私は地下鉄の三宮駅で大きな声をあげた。

 父によれば、母はほとんど苦しむことなく、静かに息を引き取ったそうだ。私はそれを聞いたときに、母の魂が苦しみながら肉体を去って行ったのではないとわかり、それだけでも良かったと思った。

 五年前に、義母、すなわちガンモの母が肉腫のために亡くなったときは、義母がとても苦しみ抜いたことを知っていた。がんで亡くなるというのは、こんなにも苦しい想いをしなければならないものなのかと実感したほどだ。また、多くのがん患者が、亡くなる直前は、肉体の痛みにひどく苦しむとも聞いていた。

 週に一度の割合で、母の入院していた病院に診察のために来られていた、最初に入院していた病院の医師からも、
「身体の痛みが出て来たら、身体に貼って痛みを和らげる薬もありますので、遠慮なく言ってください」
と言われていた。去年の年末に母と同じく肺がんで亡くなってしまった母の叔母は、身体に貼る痛み止めを使って、痛みをしのいでいたそうだ。

 しかし、ガンモが調べてくれた限りでは、転移性脳腫瘍に生命を脅かされる場合は、肉体の痛みよりも先に、脳の状態が致命的になってしまうために、患者本人はほとんど痛みを感じることなく命を落とすことになるのだという。

 私も同じような認識でいたので、あるとき母を見舞ってくれた親戚の女性が、寝ている母の前でモルヒネの話を持ち出したときに、少しムッとしてしまった。

 例え母が眠っていたとしても、モルヒネの力を借りてはいない状態で、モルヒネの話を持ち出すのはどうかと思ったのだ。まるで、「今はモルヒネの力を借りていなくても、やがてもっと病状が進行して、モルヒネに頼ることになるでしょう」と予言されているように思えたからだ。

 あとから父に聞いてみると、その女性の身近な人ががんで亡くなるときに、身体の痛みがとにかく尋常ではなかったらしい。おそらく、そのときの経験を母にも当てはめようとしたのだろうと思う。

 モルヒネのことを持ち出されて少しムッとした私は、病室でその女性に向かって、
「転移性脳腫瘍が勢力をふるっている場合は、モルヒネを使うことにはならないみたいです」
ときっぱり言い切ったのを覚えている。

 そんなこともあったので、母が苦しむことなく息を引き取ったと聞いて、私は安堵したのだった。

 母が息を引き取ったときのことをあとから父に聞いてみたところ、母は呼吸のペースが極端にスローになり、息を吸い込んだあと、その息を吐くことができなかったそうだ。

 そのとき、病室には院長のほか、たくさんの看護師さんたちが集まってくださり、看護師さんたちが母の名前をしきりに呼び掛けてくださったという。看護師さんたちが母のベッドをぐるりと取り囲んでいたので、父は母の最期に母の手を握ることも憚(はばか)られたそうだ。

 母の呼吸が極端にスローになってから、院長が聴診器を当てて母の心臓の鼓動を確認してくださったそうだ。母の呼吸が止まってからも、母の心臓はわずかに動いていたらしい。その状態のときに、看護師さんが人工呼吸器を母の病室に持って来たそうだ。父は院長から、人工呼吸器を取り付けることもできると言われたという。そうすることで、弟や私が病院に駆けつけるまでの間、母の本当の意味での臨終を引き延ばすこともできると考えたようだ。

 しかし父は、人工呼吸器をつけることで母が苦しい想いをするならば、人工呼吸器はつけなくていいと断ったそうだ。私も、あとからその話を父から聞いたときに、父は母に対して本当に愛ある行動を取ってくれたと感謝した。瀕死の状態の母に人工呼吸器を取り付けて、子供たちが駆けつけるまでの間、虫の息を続けさせるのは、愛ではなく欲望だと思うからだ。

 だから私は、母の臨終に間に合わなかったことを悔いてはいない。母が「この時」と決めたタイミングに、母は苦しみを感じることなく静かに息を引き取ったのだから。

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