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2013.08.06

映画『愛、アムール』

濃厚な時間(16)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 猛暑が続いていますね。今、私がいる愛媛県でも、日中の最高気温が三十五度と予想されています。母の病室に泊まったあとは、お風呂に入るために自転車に乗って実家に帰るのですが、自転車でわずか数分の距離を走るだけでも、暑くて暑くてたまりません。母のお見舞いに来てくださるご高齢の方たちも、「暑うて何にもできん(暑くて何もできない)」とおっしゃっていました。皆さんもどうかご自愛くださいね。

 本作を鑑賞したのは、三月十五日のことである。第六十五回カンヌ国際映画祭で、最高賞となるパルムドールを受賞した作品で、メガホンを取っているのは、映画『ファニーゲーム U.S.A.』映画『白いリボン』のミヒャエル・ハネケ監督である。映画『ファニーゲーム U.S.A.』は、ご自身の過去の作品をリメイクしたもので、心理的な不快感を極限まで表現した作品だった。一方、映画『白いリボン』は、鑑賞後に余韻を長く引きずってしまうほど素晴らしい作品だった。

 パリに住む八十代の老夫婦ジョルジとアンヌは、かつて二人とも音楽教師だった。両親の血を引いたのか、音楽関係の道に進んだ娘がいるのだが、老夫婦とは離れて暮らしている。ある日、妻のアンヌの様子がおかしくなり、病院に搬送されて何とか一命をとりとめたものの、半身麻痺という重い後遺症が残ってしまう。しかし、病院嫌いのアンヌは自宅に戻ることを切望し、これまで二人で住んでいたアパートで老夫婦だけの密な生活が始まる。

 私は本作を鑑賞して、これはただごとではないと感じた。後味がものすごく悪い作品だったのだが、他にどのような選択肢があったのかと考えると、本作の結末以外に思い付くことはできなかった。

 本作の重い結末は、老夫婦のうちどちらかが病気になったときに、より元気なほうが介護をするという老人問題を突き付けているわけではないように思えた。何故なら、老夫婦には、離れて暮らしているとは言え、娘がいるからだ。私はむしろ、老夫婦の関係があまりにも密であるために、娘でさえも介入できなかったという問題が奥に潜んでいるような気がしてならない。あるいは、娘は娘で自分を守ることに必死で、両親が抱えている問題に首を突っ込むことができなかったとも考えられる。しかし、手を差し伸べてくれる娘がいながら、老夫婦だけの密な関係を貫き通したところに、私としては美しささえ感じてしまうのだ。

 圧倒されたのは、アンヌの気高さである。彼女は、半身麻痺という重い後遺症を抱えながらもなお、自分がこうありたいという理想を持ち続けていた。そして、自分自身の肉体がその理想からどんどん遠ざかって行くことに失望し、あることを口にするようになる。私には、アンヌのそうした気高い性格が、本作のような結末を招いたように思えた。現在の自分を正面から受け止め、病気に対して柔軟性を持つことの大切さを思い知らされたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 後味の悪い作品ではありますが、素晴らしい作品です。こういう愛もあるのだな、と思いました。愛するがゆえの行為と、愛もなく犯す罪とは、例え結果が同じであったとしても、そのプロセスが大きく異なっているのだと感じました。

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