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2013.07.26

便利な言葉は使いたくない

映画『運命に逆らったシチリアの少女』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、私の周りで、両親のうち、どちらかががんになってしまったという友人や知人が増えて来ました。私たちの両親の世代でそのような状況ですから、私たちがもっともっと年齢を重ねると、更に増えて来るのかもしれませんね。もっとがんのことを知って、気を付けて行きたいものです。

 ここのところ、私は週末と、月曜日に有給休暇を一日足しこんで三連休にして、母や父のところに帰る日々が続いている。しかし、そうした状況を単に「大変」という表現で済ませてしまったり、あるいは、当たり障りのない表現を使って、物事の核心には触れないでおこうとする人たちが多い。

 私自身はそうした状況を「大変」だとは思っていない。何故なら、週末と月曜日を母や父のところで過ごして兵庫県の自宅に帰っても、すぐにまた母や父のところに戻りたくなってしまうからだ。むしろ、無機質に仕事を続けていることのほうが辛い。というのも、現在の状況に対し、私自身が熱くなっているからだと思う。しかし、私自身が熱くなっていることを知らない人たちは、「大変」という表現を使って、その場しのぎのエールを贈りたがる。

 先日の私の誕生日に、小学校時代からの友人からお祝いメッセージが届いた。その友人が、お祝いメッセージとは別に届けてくれたメールの中には、母に対する気遣いの言葉とともに、友人のお父さまにもがんが見付かったことが綴られていた。それ以外にも、彼女の周りでは重要な出来事が起こっていて、今すぐにでもお父さまのところに駆けつけたい気持ちを抱えながらも、別の問題に直面している状況なので、今はそちらの問題に専念していると書かれていた。

 私はそのメールを読んだときに、悲しみがこみ上げて来て泣いた。彼女のお父さまに見付かったがんは、かなり深刻なものだと感じたからだ。それが深刻なもの状況だと感じたのは、私自身ががんという病の重みを知りつるあるからかもしれない。だから、重みを知りつつある病に直面している友人に対し、「大変」という表現は使いたくないと思ったのだ。

 良く、「頑張って」という言葉があまりにも便利な表現であるために、その言葉によってエールを贈られた人たちからは嫌われることが多いが、それは、言葉に重みを持たせることなく、軽い感覚であっさり使えてしまうからだと思う。「大変」もまた、「頑張って」と同じような位置付けの便利な表現だと思うのだ。相手の状況を察して発するというよりも、むしろ、言葉を発する側の都合や判断に合わせて使われる表現であるように思う。

 だから私は、その友人が置かれている状況に対して、「大変だね」という表現を使おうとは思わなかった。これからも、親しみを感じ続けて行きたい人たちに対しては、これらの言葉は使わないだろうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 使う言葉と実際の感情が必ずしも一致していないのは、何とも悔しい限りですね。また、取っている行動と実際の感情が一致していないことも多々あるかもしれません。言葉と感情、そして行動がすべて一致したら、きっと気持ちの良い世の中になるのではないでしょうか。

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