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2013.01.04

二〇一ニ年ライブ納め

「かろいち」の親ガニ汁無料サービスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この冬は、寒さがとても厳しいですね。今は体温の低い周期に当たっているせいか、自転車で外を走っていて、「これはたまらん!」と思いました。仕事が始まったら、通勤が辛くなってしまいそうです。室内との温度差がありますので、外に出るときは温度差に気を付けたいものですね。

 年末に、好きなアーチストのライブに足を運んだ。南森町店のスタジオでホットヨガのレッスンを受けてから、南森町店のスタジオの近くで「ガンまる日記」を書き上げ、会場に向かったのだが、ホットヨガのレッスンを受けた直後はそれほどでもなかったというのに、どういうわけか、お腹がひどく張ってしまい、歩くのもやっとという状況に陥ってしまった。これではライブに遅刻してしまうと自分自身に言い聞かせながら、ホットヨガの重い荷物を持ったままではとても会場まで歩けないと思い、会場から近いJR線の駅のコインロッカーにホットヨガの重い荷物を預けて、一生懸命歩いた。

 コインロッカーに荷物を預けたおかげで身軽にはなったものの、元気な人たちが私をどんどん追い越して行く姿を見ていると、劣等感のようなものに襲われた。以前にも、仕事帰りにこのような状況に陥ったことがあった。生理が近くなるとお腹がひどく張ってしまい、お腹に力を入れることができず、歩きにくくなってしまうようだ。おまけに貧血も加わり、私はニ~三歩歩く度に「ハアハア」と大きな息をしていた。

 そんなこんなで何とか会場に滑り込んだのは、ほとんど開演間際だった。忙しい中、今回のチケットを手配してくださったライブ仲間のお友達へのごあいさつもそこそこに、ライブが始まった。大きな会場でのコンサートだというのに、相変わらず、彼らの生み出す音はとてもクリアだった。しかも、私は立って彼らの演奏に耳を傾けるほどの体力を持ち合わせていなかったので、ほとんど椅子に座ったままで鑑賞していたというのに、音がこもらず、とてもきれいに聴こえていたのだ。おそらく、上から吊り下げた大きなスピーカーが効いているのだろう。

 今回のライブでは、好きなアーチストの演奏する音楽を絶対音感で聞き取ってみようと試みた。曲が演奏され始めると、私は曲のキーを紙に書き留めた。明らかにキーがわかる曲もあれば、わからない曲もあった。ステージで演奏されているギターのコードを見てしまうと、曲のキーがわかってしまうので、なるべくギターのプレイには注目しないように心掛けた。まだ答え合わせはしていないのだが、普段からこういう感覚を大切にして行きたいと思う。

 前半は特に何ごともなく過ぎて行った。しかし、後半になって、ある曲が演奏され始めたとき、私の心はとてつもなく大きく揺り動かされた。というのも、何年か前に自ら命を絶ってしまったミュージシャンが作曲した曲を彼らが演奏したからだ。その美しい旋律には、いかにもその曲を作曲したミュージシャンらしさが漂っていた。私は、そのミュージシャンと親交の深かった彼らが、一体どのような気持ちでその曲を演奏しているかを想像した。特に、そのミュージシャンと最も身近な存在だったメンバーの哀しみは、計り知れないものだったろうと思う。私は、そのメンバーが精神的に一番大変なときに、何の励ましの言葉も贈ることができなかった。自分はそういう立場にないと思っていたし、私の想いを彼には直接届けられないだろうと思い込んでいたからだ。しかし、こうして何年か経ってみて、良くぞあの辛い時期を乗り越えてくれたと思う。そのメンバーを身近で支えてくれた人たちのおかげである。

 同時に、そのメンバーが近年体験したであろう別の哀しみについても、励ましたり、一緒に哀しんだりすることができなかったことを悔やんだ。ずっと以前にも書かせていただいたのだが、私自身は人生で体験した最大のピンチを、一瞬にして磁場が変わるほどそのメンバーに救ってもらっているというのに、彼のピンチを救うことができなかった自分の無力さを実感する羽目になってしまったのだ。

 コンサートの最中、私は他にもいろいろなことを想っていた。実は、数ヶ月後に、人口わずか数万人の私の生まれ故郷で彼らのライブが開催されることになっている。おそらく、彼らとしては初めての試みになるだろうと思う。できればそのライブに、実家の父や母と一緒に参加したいと思っているのだが、やはり難しいだろう。母は、今月から新しい抗がん剤が投与されることになっているのだが、彼らが私の生まれ故郷でライブを行う頃には、もはやその抗がん剤が効かなくなってしまっているかもしれない。私にはそれが怖かった。もしも母に免疫力も体力もあり、大勢の人たちの中で過ごしても体調に影響のない状態ならば、一緒にライブに参加したいと思っていたのだ。しかし、後日、母に確認してみたところ、やはり参加は難しいと言っていた。

 コンサートを終えてから、いつもライブに遠征して来ている友人にメールを送ってみた。彼女と言葉を交わすと、彼らに対して長年抱え続けて来た、私の中にある熱い想いを開放し、共有することができる。彼女もまた、今回のライブに参加していたようだった。彼女から届いたメールには、彼らのことが「好きで好きでたまらない!」と書かれてあった。私も彼女と同じ気持ちだった。ただ、私の場合は、自分の想いを共有できる人にだけ、彼らに対する熱い想いを語ることができる。おそらく、彼らのライブに参加している人たちの多くは、目に見えるところが熱いのだろう。しかし、私の場合、表面的には冷めてしまっているように見えるかもしれない。私の中では、目に見えるところが熱い人には、自分の中で隠し持っている熱さを悟られたくないという防御が働いてしまうようなのだ。

 とにかく、今回のライブでは様々な想いが頭の中を駆け巡った。その一方で、会場が冷えていたからだろうか。私はライブ鑑賞中に下半身が良く冷えて、開演から終演までの間に三~四回もトイレに走った。トイレに行き易い場所で鑑賞できたのは、とても有り難いことだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何だかいろいろなことを想ったライブ納めでありました。ライブのあと、彼らがライブで演奏して、私の心を揺さぶった曲を何度も繰り返し聞きました。YouTubeなども探ってみると、その曲を作曲したミュージシャンへの追悼の想いが綴られていました。そのミュージシャンは多くの人たちから慕われ、支持されていたはずなのに、自ら命を絶ち、亡くなってしまいました。私はそこに、求める者と与える者のギャップを感じてしまいました。むしろ、こうしたギャップが新たな作品を生み出す原動力になったりもするのですが、そうではない場合、悲劇を引き起こすこともあるのだと実感しました。私自身も、日々、求めるものがなかなか得られないというジレンマを抱え続けていますが、このジレンマに打ち勝つには、どうすればいいのでしょうね。そこにあるものに満足することは大切ですが、満足してしまえば、向上心からは遠ざかってしまうようにも思うのです。こうしたジレンマがまったくない場合、何かを生み出すエネルギーさえも失われてしまうのではないかと危惧したりもします。

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