« 久し振りの泥遊び | トップページ | 海を越えてやって来たpaperblanks、再び »

2013.01.08

映画『孤島の王』

久し振りの泥遊びの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 職場でバランス栄養食のカロリーメイトを支給されました。災害用に用意していたものらしいですが、あと少しで期限切れになりそうなので、その前にみんなに分けてくださったのです。有り難いことに、私たち派遣社員も対象です。みんなに配ってもまだ余るそうで、配っている方が、「もし、欲しいなら、余分にあげますよ」と声を掛けてくださったので、ありがたくいただきました。それでもまだ余ってしまっているようで、職場の出入口付近に設置された箱の中に、「欲しい方はどうぞ」という形で何個も置かれています。しかし、そうは言われても、派遣社員という立場では、なかなか自由には取り辛いですね。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、五月十一日のことである。もう八ヶ月近くも前のことなのに、私の中では、つい先日、鑑賞したばかりのような感覚が残っている。

 本作もまた、劇場で予告編を見て鑑賞に踏み切った作品である。実際にノルウェーで起きたとされる更生施設での暴動を映画化したものだ。

 時代は一九一五年、舞台となっているのは、ノルウェーにある監獄島バストイ島である。そこは孤島になっていて、船以外の方法では島を出られない仕組みになっている。その島に送り込まれるのは、何らかの罪を犯した十一歳から十八歳までの少年たちである。

 バストイ島にある更生施設にエーリングという少年が送り込まれて来る。この更生施設では、重労働や性的虐待など、少年たちに対する激しい抑圧が行われていた。少年たちを厳しい状況に置くことで、少年たちの更生を狙っているようだった。しかし、これらの抑圧は、やがて大きな暴動へと発展して行くのである。

 新参者のエーリングは、この更生施設の厳しい抑圧に納得が行かず、反発ばかりしている。しかし、鑑賞しているうちに、更生施設の院長や寮長らの中にある正義ではなく、彼らに反発ばかりしているエーリングの中にある正義に共感するようになる。

 エーリングと対照的に描かれているのが、模範生のオーラヴだ。彼はもうすぐ更生施設を出られることが決まっている。更生施設を刑務所とするならば、出所間近といったところだろうか。

 最初のうち、オーラヴは、ことあるごとに反発しているエーリングをどこか見下しているようにも見えるのだが、物語が進んで行くにつれ、二人が接近して行くところが面白い。オーラヴの中の正義が揺れ動き、エーリングの中の正義に傾き始めるのだ。

 本作は、徹底的な抑圧がもたらす反発心が、水面下で大きく成長して行くこを示唆している。私は、少し前に鑑賞した映画『白いリボン』という作品を思い出した。というのも、映画『白いリボン』もまた、抑圧された社会の中で、ナチス・ドイツの予備軍が育って行くからだ。

 理想的な更生というものどのようなものなのだろうと、私はいつも思う。本作のように孤島に隔離され、厳しい用圧を受けることなのだろうか。私は違うと思う。他の人たちがどのように感じるかは別として、私の中での理想的な更生とは、犯罪者が逮捕されずにそのまま社会に残り続け、社会生活を通して犯罪者自らが自然な気づきを得て行くことである。すなわち、周りの人たちも協力者になるというわけだ。そして、犯罪者もそうでない人たちも、互いに学びのパートナーとなるということだ。しかし、実際は、犯罪者は社会から隔離され、社会復帰しても特別な目で見られてしまうのが現状である。

 そういう意味で、本作は、私の思う理想的な更生からはかけ離れた題材を扱う作品だっと言えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m エーリングとオーラヴという対照的な二人が次第に距離を縮めて行くプロセスがいいですね。それは、厳しい抑圧の中で、二人の中にある正義感が共通のものになって行くということだと思います。

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

« 久し振りの泥遊び | トップページ | 海を越えてやって来たpaperblanks、再び »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/56499997

この記事へのトラックバック一覧です: 映画『孤島の王』:

« 久し振りの泥遊び | トップページ | 海を越えてやって来たpaperblanks、再び »