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2012.10.03

映画『灼熱の魂』

ホットヨガ(三〇八回目)(中編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏の間に持ち歩いていたマグボトルが壊れてしまったので、新しいマグボトルを探そうと、eBayオークションを物色していました。まだまだ円高ですし、海外のサイトで購入すれば、日本で売られているものとは異なるデザインの目新しいものが手に入るのではないかと思ったからです。ところが、出品されている商品のリストを見ると、意外とZOJIRUSHI製のものが多いんですよね。海外では、カメラだけでなく、マグボトルも日本製のものが重宝されているようですね。

 本作を鑑賞したのは、映画『パーフェクト・センス』を鑑賞したのと同じ一月十四日のことである。劇場で予告編を観ていたときからとても気になっていた作品である。

 カナダで暮らす双子の姉弟の母が亡くなった。二人の母はもともと中東出身で、双子の姉弟たちに、父と兄を探して手紙を渡して欲しいとの遺言を遺していた。

 母が亡くなったことにより、亡き母の歩んで来た人生を双子の姉ジャンヌと弟シモンが辿りながら、自分たちの父と兄を探そうとする物語だ。双子の姉弟たちは、母の歩んで来た人生を辿って行くうちに、母が想像以上に過酷な人生を生き抜いて来たことを知ることになる。母の生きて来た人生には、激しい憎しみと深い愛が背中合わせに存在していた。

 こういう作品を鑑賞すると、激しい憎しみと深い愛は、ひょっとすると紙一重なのかもしれないと思ってしまう。激しい憎しみを感じるような出来事が次から次へと表現された上に、最後に感じる深い愛に、誰しも涙せずにはいられないだろう。これほどの過酷な状況下にあっても、まだ愛を感じることができるとは・・・・・・。

 激しい憎しみは、深い愛の対比のために存在しているのだろうか。例えば、穴を掘るとき、穴とともに不要な土の山ができる。穴と土の山はセットだ。私たちは穴だけを選ぶことも、土の山だけを選ぶこともできない。

 それと同じように、激しい憎しみだけを選ぶことも、深い愛だけを選ぶこともできないのかもしれない。私たちが人生の中で経験する憎しみの激しさと愛の深さは、相対的には同じなのではないだろうか。言い換えると、激しい憎しみを体験できた人は、それに相当する深い愛も体験できるのではないか。そんなことを思うのだった。

 本作を一言で表現するならば、「一たす一は一」だと思う。通常はいい意味に使われると思うのだが、本作の「一たす一は一」について、皆さんはどのように感じられるだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母と娘を演じている女優さんが何となく似ているように感じました。過酷な状況を行きぬいた母だけに、長い間、人々の心の中に残って行く作品だと思います。

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