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2012.08.05

雨のブランデンブルク門とベルリンの壁

ロンドンオリンピックの雰囲気だけ味わうの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 普段は、仕事に出掛けている間も、携帯電話を自由自在に使って、たくさんの情報を受け取ったり、こちらから発信したりしていますが、海外に来るとパケット料金がひどく割高になるため、携帯電話はほとんど使っていません。そうなると、ホテルに帰ってから操作するパソコンだけが情報源となり、大量の情報を受け取るのに時間が掛かってしまいます。そんな経験から、私たちはもはや、携帯電話なしでは、一日の情報量をうまく処理し切れないのではないかと思いました。携帯電話を使って、何時間かごとに新たな情報を次々に受け入れながら情報を分散させることで、これまでの生活が成り立っていたんですね。

 ロンドンのヒースロー国際空港から私たちが利用したのは、British Airwaysのベルリン行きの飛行機である。驚いたことに、私たち以外には日本人は誰も乗っていなかった。実は、私はエアバスが好きではなく、できれば利用するのは裂けたいと思っている。何故なら、飛行機が墜落したニュースというを聞く度に、墜落した飛行機のメーカを調べてみると、エアバスであることが多いように思うからだ。

 今回、私たちが利用したエアバスは、これまであまり利用したことのない左右に三列ずつの構造だった。British Airwaysのキャビンアテンダントは男性が多く、女性キャビンアテンダントの多い日本の飛行機に乗り慣れていた私としては、何だかとても新鮮だった。

 飛行中、一度だけ飲み物とおつまみが配られたので、私はダイエットコーラをいただいた。ダイエットコーラは、ミニ缶に入っていた。氷をつけてもらい、カップの中に注いで飲んだ。

 飛行機は二時間ほどでベルリン・テーゲル国際空港に着いた。ベルリン・テーゲル国際空港に着いてまず最初に驚いたのは、飛行機を降りた直後に長い行列ができていたことだ。通常、飛行機を降りると、長い通路を歩き始めることが多いはずなのだが、どういうわけかなかなか前に進まないのだ。一体何が起こっているのかと思いきや、何と、飛行機を降りてすぐの場所に、入国審査の窓口があるのだった。私は驚きながらも、ようやく順番が回って来たので、入国審査を受けた。「ドイツは初めてですか?」「ドイツにはどのくらい滞在するのですか?」と尋ねられたので、「初めてではありません」「三~四日です」と答えた。

 そして、その先を歩いて、預けた荷物を受け取るところに出たのだが、何とまあ、小さな空港だろうと驚いた。預けた荷物が回っているレーンも小さく、場所もひどく狭いのだ。ガンモ曰く、もうすぐこのベルリン・テーゲル国際空港は閉鎖され、ベルリン・ブランデンブルク国際空港という現在建設中の新しい空港に切り替わるのだそうだ。ベルリンはドイツの首都だというのに、これほど小さな規模の空港で、これまで良くやって来られたものだと思った。

 空港からは路線バスに乗り、宿泊するホテルまで向かった。ホテルに着いたのは、日本時間で言うと朝の五時を過ぎていたので、まさしく今回の旅行に出掛けて行くために自宅を出てから二十四時間も経過していたわけである。途中、飛行機の中で少しうとうとしたものの、さすがに睡眠不足と疲れが出てしまい、自宅を出てから二十四時間も経過しているというのに、私はシャワーも浴びずにベッドに潜り込み、泥のように眠った。

 目覚めてみると、就寝してからまだ四時間ほどしか経っていなかったが、熟睡できたので、とてもすっきりしていた。そしてむくむくと起き上がり、「ガンまる日記」を書き上げ、朝食を取り、実家の両親に電話を掛けてから、ガンモと二人でベルリンの街へと繰り出した。

 私たちがベルリンの街を歩き始めてからしばらく経つと、雨が降り始めた。旅先で雨に降られるのは仕方がない。しかし、雨が降ると傘をさして歩かなければならず、傘をさすと、両手でカメラを構えて写真を撮影したい私たちとしては、片手しか使えないことがとても不便で仕方がなかった。それでも、何とかベルリンの街をカメラに収めながら、ベルリンの街を次々に観光した。

 ベルリンの街を一言で表現するならば、「地味」だろうか。日本で言えば、東京と同じ立場の首都だというのに、都会の華やかさは感じない。建物一つを取ってみても、無駄な装飾が省かれ、もう何十年もそこに建っていそうな年季の入った建物ばかりである。

 ベルリンの観光名所で一番にお伝えすべきことは、ブランデンブルク門とベルリンの壁だろう。ブランデンブルク門は、まだ東西を隔てる壁が存在していた頃も、そして、壁が取り払われた現在でも、ベルリンを象徴する門として存在し続けている。雨に見舞われたブランデンブルク門の周りには、瞑想集団やスパイダーマンの格好をした人たちによるパフォーマンスが行われていた。ヨーロッパの路上では良く見掛けることである。

 そんな中に、軍人の服を着た人が大人しく座っていたので、この人もパフォーマンスを遂行中なのだと思い、写真をパシャパシャ撮影していたところ、いつまで経ってもその人がまばたきさえしないので、どうやらそれはただの人形だったことに気が付いた。

 それから私たちは、ベルリン市内に残されているベルリンの壁の一部を見学した。こうしたベルリンの壁は、街の複数の箇所に今でも残されているようだ。コンクリートで作られたその壁には、絵や文字が描かれていた。また、街を歩いてみると、かつてベルリンの壁が存在していた場所にはっきりと印を残している場所もあった。一九八九年のベルリンの壁崩壊から既に二十三年が経過しているわけだが、東西に隔たりを作っていた壁が取り払われ、のちにこのような形で観光名物になることを、果たして、壁があった時代にベルリンに住んでいた人たちは予想できただろうか。

 ベルリンの崩壊から二十三年が経過してもなお、他の資本主義社会のような華やかな雰囲気はなかなか作り出せないでいる。私は現在のこの地味なベルリンに、まだまだどこか抑制された雰囲気を感じたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、雨のブランデンブルク門とベルリンの壁をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m かつて社会主義国だった頃の名残でしょうか。ベルリンは、「ここが本当に首都なの?」と不思議に思ってしまうくらい、地味な場所ですね。北京のほうがまだ栄えている気がします。それでも、観光客は多いですね。まだまだベルリンを探索してお伝えして行きますね。

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