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2012年8月

2012.08.31

映画『リアル・スティール』

水は欠かせないの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m あるお店で、届いたメルマガを提示すれば、メニューの一部が五十円引きになるというので、そのサービスを受けようと割引対象のメニューを選び、レジで携帯電話に届いたメールを表示させて提示しました。しかし、お会計を終えてレシートを見てみると、割引されていませんでした。そこで、「メルマガを提示したのですが、割引されていないようです」と、あとからレジに出向いたところ、「見ていませんでした」と言われてしまいました。結局、あとから差額分を返金してもらえたのですが、何となく後味の悪い想いをしてしまいました。やはり、私が持ち歩いているゲーム機サイズのフルキーボード付きの携帯電話は、携帯電話には見えないみたいですね。携帯電話だとわかれば、「ああ、メルマガを提示しているのだな」とわかってくださると思うのですが、そうではなかったようなので、ちょっと考え込んでしまいました。

 本作を鑑賞したのは、映画『ウィンターズ・ボーン』を鑑賞したのと同じ十二月二十二日のことである。

 実は、最初はあまり鑑賞する気がなかったのだ。というのも、劇場で予告編を観たときに、子役の男の子の話している英語があまり好きにはなれなかったからだ。調べてみると、彼はトロント出身のカナダ人の子役さんだそうだ。トロントでも、彼が話すような英語が話されているのだろうか。

 しかし、結果的には鑑賞して良かったと思う。ロボット格闘技を通じて、父親と息子が親子の絆を結んで行くだけでなく、ボクサーを引退した父親も、現役時代の高揚感を取り戻して行くからだ。

 父親の役を演じているのは、オーストラリア出身のヒュー・ジャックマンだ。恥ずかしい話だが、私はヒュー・ジャックマンとロバート・ダウニー・Jrの区別がなかなかつかない。いつも、彼らの出演している映画を鑑賞すると、「あれ? どっちだっけ?」と迷ってしまうのだ。

 時代は近未来で、人々は人間同士のボクシングよりも、ロボット格闘技に夢中になっていた。ボクサーを引退したチャーリーは、別れた妻が亡くなったことで、赤ん坊のときに別れたきりの十一歳の息子マックスと再会する。しかし、心に深い傷を負ったマックスは、チャーリーになかなか心を開こうとはしなかった。

 そんなとき、ロボット格闘技に出場させるロボットの部品を探すためにチャーリーとマックスがごみ捨て場をあさっていたところ、旧式のロボットを見付ける。"ATOM"という名のそのロボットは、やがて修理され、ロボット格闘技に出場するようになる。

 何とも興味深い展開だと思う。チャーリーは、ロボットに大金をつぎ込んだり、実の息子にしっかりとした愛情を注ぎ込まなかったりと、最初はダメ親父なのだ。しかし、ロボット格闘技で勝ち進むようになってからは、眼の輝きを取り戻し、マックスとの関係も次第に修復されて行く。

 ロボットを操作するためのコントローラが実にユニークだ。コントローラを操作する人の動きをロボットが真似る機能が付いているために、かつてプロボクサーだったチャーリーの動きを真似ることで、ロボット格闘技において精度の高い戦いが成立する仕組みになっている。しかも、かつてプロボクサーだったチャーリーのプライドも保てるというものだ。このあたりはなかなかうまい設定だと思う。

 息子であるマックスとの絆が形成されて行くプロセスもいい。すなわち、チャーリーとマックスにとってのロボットは、父親と息子の接着剤のような役割を果たしてくれているのである。何か共通の目的を持つことで、難しい関係を修復しやすいということだろうか。

 ただ、やはりアメリカ映画だからなのか、本作はとても評価の高い作品であるにもかかわらず、作りの粗いところもある。例えば、マックスの里親になろうとしていた夫婦の気持ちは、ないがしろにされてはいないだろうか。それをハッピーエンドにしてしまってもいいのだろうかとも思ってしまう。しかし、いつもそういうところまでは細かく描かれないのがアメリカ映画なのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ヒュー・ジャックマンとロバート・ダウニー・Jrが似ていると感じている人は、私以外にもいるみたいですね。インターネットを検索していて見付けて安心しました。(苦笑)顔が似ているというよりも、雰囲気が似ているように感じますね。

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2012.08.30

水は欠かせない

ファースト・イレッサ(10)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 少しずつ秋の気配を感じられるようになりましたね。それでも、都会の残暑はまだまだ厳しいように思います。私の実家では、庭に花や野菜をたくさん植えていますので、夕方になると、父と母で手分けをして水遣りをしています。実家の庭は、当然、土ですので、水を撒くと、ずいぶん涼しくなるそうです。また、都会のように近隣の建物が混み合って建っているわけでもないので、家の中に風が入って来て涼しいそうです。都会は日中、アスファルトに照りつけられた熱がまだ残っているのか、夜も暑いですよね。

 私は、愛媛県の地下水がおいしい地域で生まれ育った。多くの家には、「うちぬき」と呼ばれる地下水が湧き出ていたので、夏になると、「うちぬき」でスイカを冷やす家も多かった。

 そんな環境に生まれ育ったため、都会で一人暮らしを始めてみると、水道水の臭いや味が気になって仕方がなかった。広島で過ごした一年間のことはもう忘れてしまったが、東京のアパートで水道の蛇口をひねったときに、四月の水道水の冷たさに手が凍る思いをしたのを覚えている。

 愛媛にある私の実家では、水道の蛇口をひねると、夏には冷たく、冬には暖かい地下水が出て来たものだった。都会暮らしを始めた私は、常に愛媛の地下水を懐かしく思っていたように思う。

 そんな環境で生まれ育ったためか、今でも「水を買う」という行為がもったいなく思えて仕方がない。水道の蛇口をひねれば、おいしい地下水に恵まれていたので、仕方のないことかもしれない。しかし、都会の水道水は、正直言っておいしくない。そのため自宅では、浄水器に通した水を飲んだり、水道水から水素水を作って飲んでいるというわけだ。

 海外に行くと、日本よりももっと水道水に恵まれなくなる。特に、ヨーロッパの水道水は石灰質を含んでいるので、ホテルの水道水でお湯を沸かして紅茶やコーヒーを飲むと、何だか妙な味がする。かと言って、スーパーに行ってわざわ飲料水を買って来るのも、生まれ育って来た環境のせいで、ひどくもったいないことのように思えてしまう。そんなもったいなさから、日本では水道水を直接飲まないというのに、海外に行くと、石灰質を多く含んだ水道水をごくごく飲んでしまう私たちでる。

 ところで、国内線の飛行機には、比重チェックを受ければ飲料水を持ち込むことができるのだが、国際線はそうは行かない。かと言って、セキュリティチェックを終えたあとに、空港の売店で有料の水を購入するのも、生まれ育って来た環境からするとひどくもったいない。もちろん、飛行機に乗ってしまえば、キャビンアテンダントにお願いして、水を飲むこともできる。しかし、本音としては、もっと能動的に水を飲みたい。特に、私のようにほてりがあると、身体が暑いので良く喉が乾く。その度に、キャビンアテンダントにお願いして水を持って来ていただくのも何だか申し訳ない。

 そんなストレスを解消するために、国際線に乗るときにいつも私が実践しているのは、その国で買った飲み物の空のペットボトルを持ち込むことだ。空港でセキュリティチェックを受けるときに、
「その入れ物は?」
と尋ねられることが多いが、私は空のペットボトルを見せて、
「空です」
と言って難なくパスしている。

 こうしてセキュリティチェックを通過したあと、私がすることと言えば、水飲み場を探すことだ。水道水はおいしくなくても、水飲み場で提供されている水は、冷たい上に、無料で飲める飲料水なのだ。

 今回の旅行で私たちは、ひとまずコペンハーゲンからパリ行きの飛行機に乗った。コペンハーゲンからパリまではおよそ二時間の飛行だったので、水が手元になくてもそれほど不安はなかったのだが、パリから羽田まではおよそ十二時間ほど掛かるので、やはり水が手元にないと、ひどく不安である。そこで、パリのシャルル・ドゴール空港で水飲み場を探し、セキュリティチェックを無事に通過した空のペットボトルにパリの冷たい飲料水を注ぎ込んだというわけだ。

パリのシャルル・ドゴール空港の水飲み場。無料で冷たい飲料水が提供されている

空のペットボトルに、パリの冷たい飲料水を入れる

 この飲料水のおかげで、羽田までの長い飛行の間、喉の乾きを覚えることなく過ごすことができた。もちろん、この飲料水は、私だけでなくガンモと二人で分け合った。

 ただ、ペットボトルの飲料水を二人で分け合って飲んでいたので、パリの飲料水は飛行中にすっかり飲み干してしまった。すると、空のペットボトルに気付いたキャビンアテンダントが、機内サービスで配られた紙コップを片付けるときに、
「そちらも一緒にお下げしましょうか?」
と声を掛けてくださった。私は、反射的に、
「はい、お願いします」
と言ってしまったのだが、良く考えてみると、その空のペットボトルは、デンマークで買った貴重なペットボトルだったのだ。

 しかし、時既に遅く、空のペットボトルは、親切なキャビンアテンダントに回収されてしまった。ガンモは、
「ああ、デンマークで買ったペットボトルだったのに」
と残念がっていた。とまあ、こんなふうに、どこまでも貧乏性な私たちなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 国際線のセキュリティチェックはいつも厳しいのですが、やはり、飲料水が手元にないと不安ですよね。薬を飲む方もいらっしゃると思いますし、脳梗塞やエコノミー症候群の防止にも、水は欠かせないと思っています。ちなみに、デンマークで買ったペットボトルは、スーツケースの中に入れて持ち帰った空のペットボトルが無事でした。(笑)

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2012.08.29

ファースト・イレッサ(10)

映画『ウィンターズ・ボーン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 母の経過がすこぶる良好です。先日、脳に転移している脳腫瘍の大きさを知るためにMRIの検査を受けたのですが、今年の二月に検査したときよりも更に縮小しているとのことでした。また、原発部分のがん細胞も縮小し、レントゲンで見るとずいぶん薄くなっているそうです。抗がん剤を投与していただくときは、まず血液検査を受けたあと、血液検査の結果により、抗がん剤を投与可能な状態かどうかを母の主治医が判断してくださいます。抗がん剤の投与を続けて行くうちに、免疫力が下がって来たり、骨髄抑制などの症状に陥ることも多いというのに、母は血液検査の結果も良好で、抗がん剤の投与を続けることができているため、主治医が驚いているそうです。毎朝、父が低速回転ジューサーで作ってくれている野菜ジュースが母に良い影響を与えてくれていると実感しています。本当にありがたいことであります。それでは、話を再び一年前の八月頃に戻して、ファースト・イレッサ(9)の続きを書かせていただきます。

 オーストラリア滞在中も、母には毎日電話を掛けていた。このときは、母がGoogle Talkでの無料通話を嫌がったので、母がイレッサを服用する日本時間の十一時に母に電話を掛け、夜は父とGoogle Talkで無料通話をしたあと、母にもう一度電話を掛けていた。日本はとても暑かったようだが、オーストラリアは冬だったので、最高気温が十六度くらいと少し肌寒いくらいだった。

 母は、テレビで仕入れたオーストラリアに関する情報をあれやこれやと教えてくれた。コアラはかわいい顔をしているが爪で人間をひっかくことや、オーストラリアで小麦の生産量が減っているために、うどんで有名な香川県では小麦の割合を減らしてうどんを作っているといったことなどである。

 イレッサを服用し始めてから元気になった母を見て、近所の人が、
「元気になって良かったねえ、良かったねえ」
と、母の肩を叩きながら言ってくれたそうだ。その方は絵手紙を習っているそうで、あとで母が郵便受けを見てみると、その方からの絵手紙が入っていたそうだ。母が深刻な病気になっても、母から遠ざからずに、むしろ近づいて来てくれるのは、とても有り難いことだと思った。

 同様に、私の友人も、母のためにお見舞いを送ってくれたりした。また、その友人がおいしい高級そうめんも送ってくれたので、私たち夫婦と私の実家で分けていただいたところ、とてもおいしかった。その友人もまた、母が深刻な病気になっても、遠ざからずに近付いて来てくれた大切な友人の一人である。

 この頃、母はイレッサの効き具合を診ていただくために、およそ二週間に一度程度の割合で通院していた。大きな病院で診察の待ち時間が長いため、お昼御飯に手作りのお弁当を持参したり、時には病院の売店でおにぎりを買って、父と二人で食べているようだった。私には、父や母のそうした姿が、とてもささやかではあるものの、一番の幸せなのだと実感した。何故なら、その光景を想像してみただけでも、思わず目頭が熱くなるからだ。

 私たちは、幸せであることがいつの間にか当たり前になってしまっていて、今、そこにある以上の幸せを求めようとする。しかし、幸せはいつも当たり前のようにそこにあるのだとわかって来た。大切なのは、今、そこにある幸せに気付き、感謝することであるように思う。

 言い換えると、深刻な病気は、患者や家族らにこうした当たり前の幸せに気付かせてくれる尊いチャンスなのかもしれないと思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母が肺がんになってからは、こうした当たり前の幸せを強く意識し、感謝するようになりました。今、ある幸せに気付いて感謝することは、とても大切なことだと思います。

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2012.08.28

映画『ウィンターズ・ボーン』

ベルリンで見掛けた謎のマークの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m パワーストーンのブレスレットをじゃらじゃらと腕に着けていると、職場の食堂のお姉さんや職場の売店のお姉さんなど、いろいろな人たちに声を掛けられます。そう言えば、ホットヨガのインストラクターも声を掛けてくださいましたね。パワーストーン好きの方は、意外と多いみたいですね。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十二日のことである。本作に関する予備知識もほとんどないまま鑑賞しているので、おそらく何か映画を観ようと思い、映画館に足を運んだところ、ちょうど良いタイミングで本作が上映されていたのだと思う。

 映画『あの日、欲望の大地で』映画『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』などに出演していたジェニファー・ローレンスが主役の少女を演じている。これまでの作品においても、彼女の実力を充分に感じられたが、本作においても彼女は重要な役割を演じている。

 失踪した父親を探すため、ジェニファー・ローレンス演じる十七歳の少女リーは、父親の行方を知っていそうな人たちを次々に訪ね、話を聞く。父親はドラッグの売人をしていたのだが、ある日、自宅と土地を保釈金の担保にしたまま失踪してしまったのだ。早く父親を探し出さなければ、自宅と土地が取り上げられてしまうため、心を病んでしまった母親や、幼い弟や妹の世話をしながら、リーは必死で父親の行方を探そうとする。しかし、かつて父親と交流のあった親戚や知人たちは、薬物中毒などの問題を抱え、警察にやっかいになってもおかしくないと思うくらい、どこか問題のありそうな人たちばかりだった。

 本作を鑑賞しながら、私はかつて経験したことのないような物語の展開に驚いていた。リーが父親探しで出会う人たちがみんな、一癖も二癖もありそうな人たちばかりである。しかも、誰もが父親の行方を知っていそうなのに、そのことには触れてくれるなとばかりにリーを追い払おうとする。そして、どうやら村の掟とやらが父親の行方と関係がありそうだということがわかって来る。

 リーはとにかく勇敢だ。父親の行方を探している最中に集団リンチを受けても、決して引き下がろうとはしない。そんなリーの勇敢な姿に心を動かされたのか、意外な人物がリーを助けてくれたりもする。

 やがて、結末へと導かれて行くのだが、こんな恐ろしい結末が待っていたとは思いもよらなかった。記事の中で掲載させていただいた写真は、その恐ろしいシーンを迎える直前だったように思う。私は、村の外部の人間なので、村の掟のことは良くわからない。しかし、村の人たちは、何らかの秘密を共有することで結束を固めているのかもしれないとも思えた。

 とにかく、手探りの暗闇の中で、リーを演じているジェニファー・ローレンスの演技がキラリと光る作品である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジェニファー・ローレンスには、こういう難しい役が合っているように思いますね。彼女の意志の強さがはっきりと伝わって来る作品でもあります。

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2012.08.27

ベルリンで見掛けた謎のマーク

ホットヨガ(三〇四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 日曜日に寝だめしたはずなのに、早くも貯金を消費してしまっています。やはり、帰宅してから就寝までの時間が短いと、どうしても遅くまで起きてしまいますね。しかし、次の日も仕事に出掛けて行くには早朝に起きなければならず、寝不足に陥るといわけです。もっと自宅から近い職場ならば良かったのではないかと思うこともありますが、長い通勤時間を利用して「ガンまる日記」を書いたりもしているので、私の場合、通勤時間が短ければ短いなりに、また別のところで「ガンまる日記」を書く時間を確保しようとするのでしょうね。

 ベルリンで、不思議なマークを見掛けた。何かを禁止したり、許可したりするマークであることまではわかるのだが、一体何を禁止したり許可しているのかが良くわからなかった。ここにご紹介させていただくので、皆さんも一緒に悩んで欲しい。

 まずは、駅のエレベータに取り付けられていたマークをご紹介させていただこう。男性と女性がエレベータに乗っている絵が描かれているのだが、右側にある波マークのようなものは、一体、何を意味しているのだろうか。ガンモ曰く、
「『揺らさないで』と言ってるんじゃない?」
とのことなのだが、それならば、波マークのようなものは、片側だけでなく、両側に描かれるべきではないだろうか。片側を揺らせば、もう片側も揺れるはずなのだから。それとも、重量オーバーにご注意ということなのだろうか。いや、それならば、エレベータに人がたくさん乗っている絵を描くはずである。

謎のマークその1。エレベータに取り付けられていた

 そして、電車の中で見掛けたのは、何らかの飲み物を許可するマークである。しかし、ビンはわかるのだが、ビンと一緒に描かれている箱のようなものの意味がまったくわからない。箱のようなものの下に線が一本引かれているのが謎である。このマークは、一体何を許可したものなのだろうか? まさか、飲酒だろうか。それとも、哺乳瓶による授乳だろうか。

謎のマークその2。列車の窓に描かれていた

 これらのマークの意味がわからなくても、旅行は充分楽しめる。むしろ、わかるマークは素通りしてしまうが、わからないマークに出会うと、いつまでも心に残る。これらのマークも、このままわからないでいるほうが、旅の想い出としていつまでも残り続けるのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どちらも謎のマークですよね。特に、飲み物のマークはまったくわかりません。一体、何が許可されているのでしょうか。

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2012.08.26

ホットヨガ(三〇四回目)

映画『テイク・ディス・ワルツ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 沖縄地方で大型台風による被害が出ているそうですね。該当地域にお住まいの皆さんにお見舞い申し上げます。何やらとてつもなく大きな台風だったそうで、まだまだ警戒が必要だとニュースで読みました。どうかくれぐれもお気を付けください。

 八月二十五日土曜日は、およそ一ヶ月振りにホットヨガのレッスンを受けた。レッスンを受けたのは梅田店のスタジオで、受けたレッスンは六十分のリラックスコースである。

 梅田店のスタジオに着いたのは、いつものように、レッスン開始の三分ほど前だった。大急ぎで着替えを済ませてスタジオに滑り込んだものの、やはり五分ほど遅刻してしまった。

 スタジオに入る前に、これまでほとんど話をしたことのない梅田店のスタッフから、
「日焼けされましたね」
と言われた。私が夏休みを過ごしていたヨーロッパは、日本のように日差しがきついわけでもなかったはずなのだが、確かに私自身も日焼けしているように感じている。あまり日差しは強くなくても、おそらく帰国の前日に出掛けた場所で、ずっと屋外で過ごしていたために、デンマーク焼けをしてしまったのだろう。

 さて、今回のレッスンの参加者は十三名で、そのうち男性会員は一名だけだった。初めてお目に掛かる方だった。

 レッスンを担当してくださったのは、これまでほとんどレッスンを担当してくださったことのないインストラクターだった。おそらく、かつて梅田店でビギナーコースのレッスンを受けたときに担当してくださったインストラクターだと思う。

 久し振りのレッスンだったからだろうか。汗がたくさん出て来た。そのため、私はフェイスタオルでしょっちゅう汗をぬぐった。

 それにしても、スタジオは暑い。外も残暑が厳しいというのに、何故、スタジオの中でもこれほど暑い想いをしなければならないのかとも思った。そのため、二回ほどスタジオの外に出て休んだ。スタジオの外はクーラーが効いていて、とても気持ちが良かった。

 暑かったからなのか、持参した保冷専用ボトルの水をあっという間に飲み干してしまった。というよりも、保冷専用ボトルの中が氷だけになってしまった。

 シャワーを浴びて着替えを済ませて受付に行くと、三宮店のインストラクターがいらっしゃった。ごあいさつをさせていただいたあと、
「実は、レッスンを受けるのは一ヶ月振りなんです」
と告白した。三宮店のインストラクターが、
「夏休みにどこかに行かれてたんですか?」
と聞いてくださったので、ヨーロッパに行って来たと答えた。

 それから海外旅行の話になり、私が、
「ホットヨガのインストラクターさんたちも、良く海外旅行に出掛けられていますよね」
と言った。私の知る限りでは、インドに行かれる方が多いのだ。

 三宮店のインストラクターは、インドにはまだ行ったことがないそうだが、とても行きたいとおっしゃっていた。私もインドには行ったことがないので、いつか行きたいと言った。とは言え、ほてりのある身体で暑い国に出掛けて行くのはどうだろう。おまけに、インドの列車は時間通り運行していないとも聞いている。

 私は、
「(今はなき)神戸店のインストラクターで、インドに魅せられてインドに行ってしまった方がいらっしゃいましたよね」
と持ちかけた。私が神戸店のレッスンに通っていた頃、そのような方がいらっしゃったのだ。三宮店のインストラクター曰く、その方は無事に帰国されて、現在、東京で活躍されているのだとか。何と、雑誌にも紹介されていたそうだ。

 三宮店のインストラクター曰く、やはりその方は、ヨガに対する取り組み方が他のインストラクターとは違っていて、三宮店のインストラクターからすれば別格的な憧れの存在だったそうだ。

 確かにその方は、私から見てもヨガへの取り組み方が違っていた。だからこそ、インドで本格的にヨガを学びたいと思われたのだろう。そして、そのようなインストラクターは、商業的ではないところでヨガを目指そうとするのかもしれない。

 三宮店のインストラクターから伺って驚いたのだが、何と、三宮店のスタジオが九月に移転するのだそうだ。現在は、三宮駅から近いところに三宮店のスタジオがあるのだが、移転先のスタジオは元町駅から近くなるのだそうだ。三宮店のインストラクターに簡単に地図を書いてもらった。現在、三宮店では、移転に向けてのアナウンスをしている最中だそうだ。一ヶ月もレッスンから遠ざかっていると、そんな情報も入って来なかったので、とにかく驚きだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三宮店のスタジオが移転するという話は、とにかく驚きでしたね。冗談混じりに、「男性会員は受け入れるんですか?」と三宮店のインストラクターに尋ねてみたところ、三宮店は今後も女性オンリーのスタジオとしてやって行きますという答えが返って来ました。やはり、男性用のシャワールームやロッカールームを用意するだけのスペースを確保しなければならないので、大変らしいです。ちなみに、三宮店の新しいスタジオは、現在の三宮店のスタジオよりも狭くなってしまうそうです。

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2012.08.25

映画『テイク・ディス・ワルツ』

ヨーロッパ産の口唇ヘルペスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、「○○さんがFacebookに参加しました」というメールが良く届きます。インターネット上での交流が多いせいか、本名を知らない方も多いので戸惑いますが、どうもFacebookは、ご本人の意図しないところで、どこかに登録されているアドレス帳を参照し、Facebookに参加しませんかというメールを送りつけているように思います。おそらく○○さんは、Facebookに参加したことで、このようなメールが送信されていることに気付いていないと思います。何らかのアドレス帳に登録されていても、必ずしも親しい相手とは限りませんよね。例えば相手が企業だったり、Facebookでの交流を望まない知人なども含まれているかもしれないのです。そういう相手に対しても、このようなメールを送りつける機能があるFacebookは恐ろしいと思います。しかも、指定されたページにアクセスしてみると、私の個人情報である苗字や名前の欄が既に埋まってしまっているのです。おそらく、どなたかのアドレス帳からデータを引っ張って来ているために、そのデータを入力エリアに表示しているのでしょうね。最近、Facebookの株価が下がっているのは、このように強引なところがあるのも原因なのではないでしょうか。

 今回は、八月二十四日に鑑賞したばかりの作品のレビューを書かせていただこうと思う。実は、この映画を鑑賞してからというもの、この映画の世界からなかなか抜け出せないでいる。それくらい、私にとっては強く余韻をひきずる作品となった。

 フリーライターの仕事をしているマーゴは、チキン料理専門家の夫ルーと仲良く暮らしている。結婚五年目の二人には、まだ子供はいない。くっついたり、じゃれ合ったりするのが好きな二人の間には、見るからにソウルメイト的な雰囲気が漂っている。しかし、ルーはマーゴの心の中にある闇の部分には気付いていないように見える。

 ある日マーゴは、取材でとある島を訪れ、そこでダニエルという青年と出会う。まるで二人を応援するかのような偶然がいくつも重なり、マーゴは次第にダニエルに惹かれて行く。偶然は重なるもので、何と、ダニエルはマーゴの自宅のすぐ向かいに住んでいたのだった。

 まずは日本版の予告編をご紹介させていただいたのだが、実は海外で公開されている予告編のほうが長い。海外で公開されている予告編に日本語の字幕を付けてくださっている動画を見付けたので、あわせてご紹介させていただく。

 私は本作を鑑賞して、ここまで女性の葛藤を描いた作品には出会ったことがないと感じた。本作で扱われているようなテーマの作品は、多くの場合、男女が簡単に不倫の関係を結んでしまう。そのために、私には共感できない作品であることが多い。しかし、本作は違うのだ。だから、同じ女性として、ルーとダニエルの間で激しく葛藤し続けるマーゴを元気付けたくもなる。こんな繊細な描写が実現されているのは、やはり女性監督ならではないかと感じたものだ。

 だからと言って、結末までずっと同じ調子で共感したまま鑑賞できるかと言えば、そうえはない。結末に近付くと、これまでとは違う大きな動きがある。私はそこで戸惑い、ついには作品の世界から放り出されてしまった。そう、ちょうどメリーゴーランドのシーンで流れている『ラジオスターの悲劇』の音楽が突然、途切れてしまったような感覚だ。

 結局のところ、日常生活の中でどこかもの足りない感覚というものは、どうやっても埋められないものなのだろうか。サラ・ポーリー監督は、人間の持つそうした部分を表現したかったのだろうか。

 私が印象に残ったシーンは、いくつかある。一つは、マーゴがダニエルの部屋を訪れたときに見せられた絵の中に、暗いマーゴと明るいマーゴが同時に描かれていたことである。五年間も一緒に暮らしているルーとは、そのような会話に至らないのに、まだ出会ったばかりのダニエルは、一見、明るく見えるマーゴの中に、暗いマーゴというもう一人のマーゴがいることを見抜いていたのだ。

 そして、マーゴがダニエルに、自分をどのように愛してくれるのか知りたいと言ったことに対し、ダニエルがそれを言葉だけで表現するシーンも印象に残っている。いわゆる、言葉だけのラブシーンだ。実際に行為そのものを行わなくても、それ以上の説得力がある。

 また、結婚五周年を迎えたマーゴとルーをダニエルが人力車に乗せるシーンは、とてつもなく切ない。ダニエルが一体どんな気持ちで二人を自分の引く人力車に乗せているかを想像しただけでも胸が痛む。他にもいろいろあるのだが、ネタバレになってしまうので、これ以上は控えることにしよう。

 マーゴを演じているのは、映画『痛いほどきみが好きなのに』映画『アイム・ノット・ゼア』映画『ブローン・アパート』、映画『彼が二度愛したS』、映画『脳内ニューヨーク』、映画『シャッター アイランド』などに出演していたミシェル・ウィリアムズである。彼女は、不安定なマーゴを見事に演じ切っている。

 ルーを演じているのは、映画『50/50 フィフティ・フィフティ』のセス・ローゲンだ。映画『50/50 フィフティ・フィフティ』でも下ネタを連発していたコメディアンの彼だが、本作では下ネタは登場しない。

 そして、監督を担当しているのは、映画『あなたになら言える秘密のこと』などに出演していた女優のサラ・ポーリーである。彼女の監督デビューは、映画『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』だった。映画『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』でも夫婦に絡む男女問題を扱っていたが、本作でも別の視点から男女問題を描いたというわけだ。私は、映画『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』でそれほど大きな感動が得られなかったので、サラ・ポーリー監督の新作と聞いても、実はあまり期待していなかった。ところが、平日の映画館に珍しくたくさんの人が入っていたので、評価の高い作品なのだろうかと思っていたところ、やはりそうだった。これだけ繊細な作品を鑑賞すると、やはり余韻を引きずる。私と同じ日に本作を鑑賞された方たちは、私と同じように余韻を引きずり続けているのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。日頃の寝不足を解消すべく、睡眠を貪っていました。おかげでとてもすっきりしたので、また新しい週を迎えられそうです。本作は、現在、劇場公開中です。私のように、余韻を引きずりたい方に強くお勧めします。(^^)

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2012.08.24

ヨーロッパ産の口唇ヘルペス

無言の対決の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日も残業覚悟で出勤したところ、何と、職場指定の定時退社日でした。そのことをすっかり忘れてしまっていたので、何だかとても得した気分でした。おかげで、ずいぶん久し振りに、金曜日の夜の映画鑑賞が実現しました。

 夏休みの旅行中、唇の左横にできものができてしまった。私は、何故、こんなところにできものができるのだろうと不思議に思っていたのだが、「唇が乾いて切れたのかな」くらいにしか思っていなかった。それでも、そのできものは、旅行中もずっと私の唇の左横に控えていた。

 夏休みが終わり、仕事が始まってからも、そのできものは消えなかった。私のできものを見た職場の同僚が、
「あれ? 風邪の花ができてるね」
と私に言った。彼女ともう一人の社員さん曰く、人に感染するものらしい。しかし、出勤してはいけないほどのものではないという。正式名には、「口唇(こうしん)ヘルペス」というのだそうだ。ヘルペスというのは聞いたことがあったが、どういうものがヘルペスなのか良く知らなかったので、なるほど、これがヘルペスだったのかと私は思った。

 仕事から帰宅した私は、ガンモに、
「私の唇の左横にできてるできもの、あれ、口唇ヘルペスって言うんだって。感染するらしいから、同じタオルとか使わないほうがいいみたいだよ」
と言った。しかし、ガンモは、
「大丈夫だから」
と言って、私とタオルを分けなかった。

 そう言えば、何年か前に、ガンモの目が結膜炎にかかったときも、私はガンモとタオルを分けることはせずに、ずっと二人で同じタオルを使い続けていた。ガンモは今回、そのときと同じことをしてくれたのである。

 ところで、口唇ヘルペスは、疲れているときに出て来るらしい。確かに夏休みの旅行に出掛けた頃は、寝不足でかなり疲れていた。そのためヨーロッパのウィルスに負けてしまったものと思われる。発症するまでの多少の潜伏期間があるらしいのだが、私の口唇ヘルペスは、ヨーロッパ産だと思っておくことにしよう。

 ちなみに、口唇ヘルペスは二週間ほどで治るらしいのだが、かさぶたができるとすぐにはがしてしまうからか、なかなか治らない。そんなこんなで、もう、二週間以上も経ってしまっている。日常生活に戻った私が、夏休みをヨーロッパで過ごした想い出をまだ引きずっているために、ヨーロッパ産ヘルペスも、「ここにいるよ」と存在を主張し続けてくれているのかもしれない。そろそろ薬局に行って、薬を買って来ようかとも思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 口唇ヘルペスのことを、私の出身地である愛媛やガンモの出身地である香川では「けんびき」と言います。愛媛では、口内炎のことも「けんびき」と言ったりしますね。疲れていると免疫力が落ちて来るようなので、私が言ってもあまり説得力はありませんが、皆さんもたっぷり睡眠時間を取ってくださいね。

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2012.08.23

無言の対決

映画『宇宙兄弟』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 残暑がとても厳しいですね。私のように、ほてりのある人たちにとっては、暑い夏が一番辛いだろうと思います。今のこの夏の暑さを、来るべき冬のために温存しておくことができればいいのにと思ってしまいますね。

 通勤の途中に、自宅から自宅の最寄駅まで自転車に乗って走っているときに、しばしばお目に掛かる歩行者がいる。やせ型の四十歳くらいの男性で、肩からカバンをぶら下げ、せかせかと歩いている。良くお目に掛かるなあと思いながら、彼の行動をさりげなく目で追ってみると、彼は道端にある自動販売機の前で立ち止まり、何かしていた。それは、飲み物を買う行為ではなかった。何故なら、何も持たずにすぐにその自動販売機から離れたからだ。そして彼は、すぐにまた別の自動販売機の前で立ち止まり、何かしているのだった。

 彼が自動販売機の返却口に残されたお釣りを集めているであろうことは、だいたい予想がついた。何故なら、自動販売機の前で彼が行う動作が、そのときの思い付きの動作ではなく、繰り返し操作の産物であるかのような、ひどく手慣れた動作であるように見えたからだ。そして、おそらくだが、彼は毎日のように私が住んでいる界隈の自動販売機を巡回し、返却口にお釣りが残っているかどうかをチェックしているのだろうと思った。その証拠に、毎日、ほぼ同じ時間に家を出ている私が、こうして彼と遭遇しているからだ。

 あるとき私は、彼が街角に立ち、落ち着かない様子で何かを待っているようなポーズを取っているのを見掛けた。一体何を待っているのだろうと思いながら、彼の前を自転車で通り過ぎたところ、何と、その先の角を曲がったところにある自動販売機の前で、通勤途中のサラリーマンと思われる男性が携帯電話を操作しながら、煙草を吸っているのだった。おそらくその自動販売機で飲み物を買って飲んだあと、サラリーマン風の男性はそこに留まり、携帯電話を操作し続けていたのだろう。私は、「ハハーン、彼はこの自動販売機が空くのを待っているのだな」と思った。もしも私が彼ならば、お目当ての自動販売機が塞がっている間に、先に別の自動販売機を巡回してしまうと思うのだが、どうも彼は、自分の決めた巡回ルートを死守していそうな雰囲気だった。

 そして、別の日にそこを通ってみると、またしても同じ構図を見掛けたのだ。そのとき私は、自動販売機の前で携帯電話を操作しているサラリーマン風の男性は、自動販売機の返却口をチェックしている男性が少し離れたところに控えて、自動販売機が空くのを辛抱強く待っていることを知った上で、わざと自動販売機から離れようとはしていないのではないかと思った。すなわち、自動販売機を巡回している男性に意地悪をするために、わざと自動販売機の前を離れないのではないか。私には、何だか二人の男性の取っている行動が、無言の対決のように思えてしまったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自動販売機の返却口をチェックする行為も、自動販売機の前に佇んで携帯電話を操作する行為も、彼らにとっては毎日必ずこなすべきリストに挙がっている行為なのでしょうね。考え方によっては、朝の忙しい時間帯に、とても余裕のある時間を過ごしている二人であるとも言えますね。

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映画『宇宙兄弟』

一日300MBのデータ通信量をオーバーしてしまった?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 毎週水曜日は、週に一度だけの定時退社日であります。仕事を終えたあと、喜び勇んで電車に飛び乗ったまでは良かったのですが、帰宅途中に買い物をしたり、帰宅してからもあれやこれやと用事をこなしているうちに、いつもとは別の時間がどんどん流れて行ってしまいました。どうやら早く帰宅できても、早く就寝できるわけではなさそうですね。(苦笑)また、これまで金曜日の夜は映画鑑賞にあてていましたが、そんな楽しみからもしばらく遠ざかっています。

 本作もまた、八月四日にロンドン行きの飛行機の中で鑑賞した作品である。映画『僕等がいた 前篇』/『僕等がいた 後篇』同様、劇場公開中に人気の高い作品と知りながらも、鑑賞できなかった作品の一つでもある。

 実は、私は原作のコミックをまったく知らないので、これほど人気が高いのは、きっと実話だからなのだろうと勝手に思い込んでいた。そのため、未来の話が出て来たときに、「あれれ?」と驚いてしまった次第である。

 小さい頃から宇宙に憧れていた弟ヒビトと兄ムッタは、大人になったら宇宙飛行士になろうと約束していた。実際、ヒビトはその約束を果たして宇宙飛行士になったのだが、ムッタはサラリーマンとして働いていた。しかし、あるときムッタは会社を解雇され、無職になってしまう。そんなタイミングでヒビトから電話があり、ムッタはヒビトから宇宙飛行士の試験を受けてみないかと提案されるのだった。

 大人になったムッタを演じているのは小栗旬くんだ。一方、大人になったヒビトを演じているのは岡田将生くんである。ちなみに、アフロヘアのムッタは、パーマをかけたわけではなく、母親譲りという設定になっている。

 私は男の子ではないので書かなかったが、子供の頃に書いた作文に、「大人になったら宇宙飛行士になりたい」と書いた男性諸君も多いのではないだろうか。しかし、宇宙飛行士という夢は、女の子にとっての歌手や女優と同じように、あまりにも大き過ぎて、夢を叶えようとすることを、途中で挫折してしまう人が多いだろうと思う。

 ちなみに私は小学生の頃は女優になりたかった。演劇が好きだったので、中学のときも図書館で脚本を借りては友達と読み合わせたり、時には自分自身で脚本を書いたり、高校のときは演劇部に所属したりもしていた。しかし、やはり情熱が足りなかったのだろう。私は女優にはならなかった。

 そうした私自身の過去に触れてみると、子供の頃になりたかった夢を実現させたヒビトは素晴らしい。しかも、兄のムッタが子供の頃の夢を思い出して、再び宇宙飛行士を目指そうとするのをずっと待ち続けていたというのだから、本当にピュアな存在である。

 本作に登場する、宇宙飛行士になるための試験がまた面白い。実際に宇宙ステーションのようなところで候補者たちを合宿させて、チームワークが形成されて行く様子を見守ったりする。そんな中で、形成されつつあるチームワークを乱すような出来事が起こったときの様子もしっかりと観察されている。

 客観的に見ると、複数の候補者たちのうち、弟が宇宙飛行士であるムッタが最も有利なのではないかと思ってしまいがちだが、そんなムッタには、試験中に大きなハンディとなるような出来事が起こってしまう。

 宇宙飛行士になりたい人たちの面接というと、かなりスケールの大きなものだと考えてしまいがちだが、私は本作に登場する試験や面接を、通常の就職試験と同等にとらえてみた。ムッタの行動に好感が持てるのは、彼が面接官らに対し、気に入られようと計算して行動していないところだと思う。私は、彼のそんな正直な態度に好感が持てたのだ。

 ひょっとすると本作は、大学入試で繰り返し学習する過去問題の詰まった赤本のように、宇宙飛行士になるためのバイブル的な存在として、後世に残って行くべきものなのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 宇宙兄弟を演じている小栗旬くんと岡田将生の息はピッタリだと感じました。二人の相性は良いと感じました。小栗くんがお兄さんを演じたのも良かったですし、岡田くんが弟を演じたことも良かったですね。

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2012.08.21

一日300MBのデータ通信量をオーバーしてしまった?

Google トークとGoogle ボイス&ビデオチャットの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏休みが終わったからでしょうか。またまた通勤電車が混雑し始めました。東京に住んでいた頃は、通勤電車のガラスが割れないのが不思議なくらいぎゅうぎゅう詰めの状態でしたので、それに比べると、今、私が関西で体験してい通勤ラッシュなどかわいいものです。(苦笑)それでもやはり、ゆったりとした通勤を体験すると、混雑した列車には乗りたくなくなりますね。

 私たちは今回の旅行にも、海外で使用可能なモバイルルータを日本からレンタルして持参した。そのモバイルルータを使ってインターネットに接続し、リアルタイムで「ガンまる日記」を更新したり、Google トークとGoogle ボイス&ビデオチャットを使って実家の父や母と会話をしていたわけである。

 ところが、旅行の最終日の前日の現地時間の六時頃から、突然、モバイルルータが使えなくなってしまった。モバイルルータを何度再起動してみても、Disconnectedと表示されたままで、頑張って繋ぎに行こうともしないのだ。

 そのため、父と母との約束の時間にGoogle トークとGoogle ボイス&ビデオチャットを使って会話をすることができない状態だった。そのことを知らせておこうと、iモードメールを使って父と母に連絡を入れたのだが、いつもはすぐに返事をくれる父からの返信がなかった。

 そこで、携帯電話から電話を掛けておこうと思い、発信しようとしたのだが、驚いたことに、私の携帯電話から電話の発信ができなかった。発信しようとしても、「電話発信/64Kデータ通信は利用できません 他のネットワークを選択してください」といったエラーメッセージが表示されてしまうのだ。

 そのため、これはきっとモバイルルータに中継してもらっているデンマークの電話会社でトラブルが発生しているために、モバイルルータも使えず、携帯電話も使えないのだと思い込んでいた。スマートホンを使用しているガンモも同様の状況だったからだ。

 iモードメールがちゃんと届いているかどうか不安だったので、私はiモードのサービスを利用して、普段、使用しているパソコンのメール送受信サイトに接続し、そこからもう一度、父と母にメールを送った。すると、ようやく父から返信が返って来た。こちらは大丈夫だったようだ。

 父は、私が最初に送信したiモードメールにすぐに返信してくれたらしいのだが、どうやら父が返信してくれたiモードメールが私のところに、すぐには届かなかったようなのだ。そのため、やはりデンマークで大きな通信障害が発生しているのだろうと私は判断したのだ。

 帰国する前日は、デンマーク国鉄の特急列車に乗って、片道二時間半もの旅を楽しんだわけだが、どういうわけか、デンマークでは大きな通信障害が起こっているはずなのに、特急列車の中で携帯電話を使って通話したり、スマートホンを操作して何か情報収集している人たちが多いのだ。私は、
「あれ? デンマークで大きな通信障害が起こっているはずなのに、おかしいな」
と思った。

 ガンモからは、
「特急列車に二時間半も乗るから、特急列車の中で『ガンまる日記』を書けばいいよ」
と言われ、ちょっぴり遠出をするために、いつもよりも早い時間にホテルを出て来た。しかし、モバイルルータは特急列車の中でも相変わらずDisconnectedを表示し続けていたので、私はたまらず、特急列車の中で有料の無線LANのサービスを利用することにした。

 そして、有料の無線LANのサービスを利用して「ガンまる日記」も何とか更新し終えて、目的地に着いて楽しんでいるときに、ふと、母と会話をしていないことが気になった。そのとき既に、日本時間の二十一時半過ぎだったのだが、私は携帯電話を使って母に電話を掛けようと試みた。しかし、やはり繋がらない。そこで、念のため、携帯電話を再起動してみたところ、ようやく電話が繋がったのだ。一体、何だったのだろうか? 母は少し眠そうだったが、元気そうだった。

 携帯電話が通じたので、そろそろモバイルルータも復活しているはずだと思い、ガンモはモバイルルータを何度も再起動して接続を試みたのだが、憎らしいモバイルルータは、相変わらずDisconnectedを表示し続けていた。

 ガンモは、
「もしかすると、一日300MBの制限を越えてしまって、接続を切られたのかもしれないなあ」
と言った。実は、私たちがレンタルしたモバイルルータには、一日最大で300MBまでというデータ通信量の制限があり、それを越えると接続を切られてしまうという契約だった。接続できなくなってしまった場合、サポートセンターに電話で連絡をすると回線が復活するらしいのだが、モバイルルータの取扱説明書をホテルに置いて来てしまったので、結局、その日はどうすることもできなかった。

 そのため、ちょっぴり遠出をした私たちは、帰りの特急列車で再び有料の無線LANサービスを利用することになった。このままホテルに戻っても、インターネットには接続できないと思ったからだ。もちろん、ホテルにも有料のインターネット接続サービスが提供されていたのだが、宿泊していたホテルが割高だったために、インターネット接続サービスを利用するのも割高だった。

 とは言え、翌日は早朝から飛行機に乗って帰国することになっていたため、ホテルに帰ってからは帰り支度で忙しかった。そして、翌日の朝、早い便の飛行機に乗り、いったんパリまで移動した。パリで羽田行きの飛行機に乗り換えるまでに二時間ほどあったので、ガンモはレンタルしていたモバイルルータをパリでも使えるように申請していたらしい。

 しかし、憎らしいモバイルルータは、パリでも使えなかった。ガンモ曰く、
「何となく、接続しに行こうとしていったん繋がるんだけど、そのあとすぐに切られているみたい」
とのことだった。やはり、どう考えても、サービスを利用できないように細工されているとしか考えられなかった。

 結局、パリではそれほど時間もなく、羽田行きの飛行機に乗ってしまい、レンタルしていたモバイルルータは、羽田で返却してしまったので、接続できなくなってしまった原因はわからずじまいだった。しかし、やはり一日300MBまでという規定のデータ通信量を越えてしまったであろうことは、ほぼ間違いなかった。

 実際、私には、Google トークとGoogle ボイス&ビデオチャットを使い過ぎたという感はなかった。ただ、友人の一人が悩みがあるので聞いて欲しいとメールして来たので、海外から格安で電話を掛けられるGoogle ボイス&ビデオチャットで友人に電話を掛けて、一気に十五分ほど話した。母や他の友人は、海外から電話を掛けているということで気を遣って、用件を手短に済まそうとしてくれたのだが、悩みのあるという友人はお嬢様育ちだからなのか、そうした気遣いは一切なく、話が長引いてしまった。それで、一日300MBまでという制限を越えてしまったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一日のデータ通信量が見えないだけに、規定の範囲内に収まっているのかどうか、わかりにくいシステムだと思いました。データ通信量をときどきチェックしながら利用できれば良かったと思います。

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2012.08.20

Google トークとGoogle ボイス&ビデオチャット

映画『僕等がいた 前篇』/『僕等がいた 後篇』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私とは違う時期に夏休みを取得していた人たちが、夏休みを終えて出勤して来ました。ある方からお土産をいただいたのですが、その方はカナダに行って来られたのだそうです。カナダの気温はどうだったかと尋ねてみたところ、冬並みに寒かったとおっしゃっていました。仕事中だったので詳しくお話を聞くことができませんでしたが、もしかすると山間部に出掛けていたのかもしれません。

 旅行中でも、母とは毎日、会話をしていた。ちなみに、日本にいるときは、たいてい十八時半に電話を掛けている。最近は残業続きなので、ちょうど十八時半から始まる夕方の休憩時間に合わせて、職場の食堂から、晩御飯を食べながら電話を掛けている。

 それはさておき、ベルリン、コペンハーゲンは、ともに日本と七時間の時差があったため、私たちがまだホテルにいるベルリン、コペンハーゲン時間の九時、すなわち日本時間の十六時に、Google トークまたはGoogle ボイス&ビデオチャットで話をすることにしていた。私たちがホテルの朝食ビュッフェを食べ終わると、たいてい九時前だったので、急いで部屋に戻り、日本から持ち込んだノートパソコンをインターネットに接続した状態でヘッドセットを頭に付けて、父や母との会話を楽しんだ。

 Google トークは、Googleのアカウントがあり、専用のソフトをパソコンにインストールして、インターネットに接続できる環境であれば、ヘッドセットを使用して、インターネットの回線を通じて文字や音声による無料の会話を楽しむことのできるツールだ。ときどき音声が途切れたりもすることもあるのだが、お互いのインターネットの回線状態とヘッドセットの調子が良ければ、とてもクリアな音で無料の会話を楽しむことができる。

 一方、Google ボイス&ビデオチャットは、今回、初めて利用したのだが、こちらは格安の有料インターネット電話となっている。インターネットの回線を利用して、格安料金で固定電話や携帯電話に電話を掛けることができるのだ。

参考:
【井上繁樹の最新通信機器事情】 GoogleボイスとGoogleボイス&ビデオチャット ~Gmailから電話をかけられるGoogleのVoIP

Google Voice: 通話料

 そもそも、無料のGoogle トークがあれば、それだけで充分ではないかとも思っていたのだが、Google トークはお互いがパソコンを操作して、インターネットで通話できる状態にしておかなければ会話が成立しない。要するに、相手側のパソコンの電源が入れられ、Google トークにログインしている状態になって初めて、ヘッドセットによる無料通話が可能だということだ。

 しかし、実家のパソコンを立ち上げてGoogle トークを操作できるのは父だけなので、父が不在のときは、有料だが格安のGoogle ボイス&ビデオチャットを使って、実家の固定電話に電話を掛けていたというわけだ。

 Google ボイス&ビデオチャットの通話料金は、本当に格安だった。滞在中、合計しても三十分くらいは話しているはずなのだが、最初にチャージした十ポンドからわずか一ポンド分も消費されていない。一ポンドは百二十二円ほどなので、日本までのおよそ三十分程度の通話料金がわずか数十円ということになるのだ。

 そう、何故、Google ボイス&ビデオチャットの通話料金をポンドで支払うことになったのかは良くわからないのだが、おそらくインターネットに接続するためにレンタルしたモバイルルータを、最初にロンドンのヒースロー国際空港で使い始めたからだと思う。そのため、Googleに支払いをするときに、ポンドで請求されたのだ。請求は、利用の都度ではなく、ポンドの場合は十ポンドチャージしておいて、そこから差し引かれる形式だった。予めテレフォンカードを購入しておいて、度数を消費しながら公衆電話から電話を掛ける感覚に似ている。

Google ボイス&ビデオチャットの画面。何故かポンド表示になっている。十ポンドチャージして、これだけ残っている

 母は、暑い、暑いとは言っていたものの、毎日、とても元気に過ごしていた。海外から電話を掛けているというと、母はそれだけで気を遣ってくれて、話を早めに切り上げて電話を切ろうとする。一方、私のほうは、通話料金がとにかく格安なので、できるだけ母との会話を引き伸ばそうとしていた。

 ちなみに、Google ボイス&ビデオチャットで固定電話に電話を掛けた場合、相手が固定電話なので、やはりそれなりの音質だった。音質の良さを追求するならば、Google トークのほうが断然良いと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 海外からこんなにも安い料金で電話を掛けることができるようになったのですね。日本の国内電話にも使えるのでしょうか。それならば、絶対にこちらを活用したほうがお得だと思います。

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2012.08.19

映画『僕等がいた 前篇』/『僕等がいた 後篇』

ドイツ技術博物館を見学するの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何でしょう。旅先で撮影した写真を整理しながら、私はベルリン滞在中に、ベルリンへの理解が足りていなかったと反省しています。ベルリンを訪れた方たちは、私よりももっともっと博物館を楽しまれています。私の場合、出掛ける前からの準備が足りていませんでした。もっとベルリンについて勉強してから訪れるべきでした。今になって、今回の旅行で訪れたいくつかの博物館を再訪したくてたまりません。

 本作を鑑賞したのは、八月四日のことである。そう、今回の旅行では、ロンドン経由でベルリン入りしたわけだが、成田から利用したロンドン行きの飛行機の中で本作を鑑賞させていただいた。前編/後編の二部構成の作品なのだが、どこからどこまでが前編/後編という意識は持たずに鑑賞させていただいたので、レビュー記事も一つにまとめて書かせていただくことにする。

 実はこれらの二部構成の作品は、劇場公開中にひどく気になっていたのだが、他の作品を鑑賞することを優先させているうちに、いつの間にか劇場公開が終了してしまっていた。劇場公開中に見逃してしまった作品を、飛行機の中で鑑賞することができたのはとてもラッキーだと思う。

 本作は、北海道の高校で出会った一組の男女が、何度も何度もすれ違いながらも純愛を貫いて行く物語である。吉高由里子ちゃん演じる高校生の高橋七美は、生田斗真くん演じるクラスで人気者の矢野元晴に惹かれ始め、やがて二人は両想いになる。しかし、その後の二人の恋は、いわゆる前途多難な恋となってしまったのである。

 まず、客観的に見て、矢野の背景にあるものがあまりにも重過ぎると私は思う。矢野の過去の恋愛、それから母親との関係、過去の恋人の妹との関係、そして、北海道と東京という物理的な距離・・・・・・。

 それに対し、七美の側には、二人の恋愛を妨げる要素はほとんど存在していない。あるとすれば、七美のことを真剣に想ってくれている高岡蒼甫くん演じる竹内匡史の存在だろうか。武内は、矢野の幼馴染みでもある。とは言え、竹内の存在は、愛し合う二人の恋愛を邪魔して横恋慕するというよりも、矢野との関係がなかなかうまく行かない七美を精神的にサポートすう役割を担っていると思う。すなわち、七美を想う竹内の行動は、自己愛的ではないのだ。しかし、矢野が七美を幸せにできないとわかると、竹内のアプローチもだんだん本格的になって来る。

 そんな竹内の存在とのバランスを取るかのように、矢野に執着する女性もいる。とにかく本作は、男女の恋愛を徹底的な「紆余曲折」という手法で描きたかったかのようだ。

 前編/後編ともに鑑賞し終えて思ったのは、真に愛し合う男女がいるとき、そこに嘘やごまかしを取り入れてはいけないということだ。結び付きの浅い関係においては、嘘やごまかしで表面的に取り繕うこともできる。しかし、真に愛する男女の間においては、例えば、相手の幸せを勝手に願い、相手に自分の本心を伝えずに、自分が幸せな振りをして身を引くなどの嘘やごまかしを取り入れてはいけない。何故なら、様々な不幸は、真に愛し合う男女のそうした隙間を狙って割り込んで来ると思うからだ。

 そういう意味で、若いこの二人の関係は、お互いに本心を伝えないばっかりに、本来の筋とは離れたところに、いろいろな別の筋を作ってしまったように思う。言い換えると、苦しみさえももっと分かち合っていれば、二人の間に第三者が入り込む隙間などなかったのではないかとも思えるのだ。

 見方を変えれば、自分の心に正直にならなければ、自分と真剣に関わろうとしてくれる周辺の人たちを傷つけてしまうということを学ばされる作品でもあるように思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、本当に愛し合う二人の紆余曲折が描かれた作品でしたね。自分の幸せが相手の幸せになるような考え方をしなければ、この二人のようなことを引き起こしてしまうのかもしれません。

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2012.08.18

ドイツ技術博物館を見学する

ベルリンの街に散在するバディー・ベアの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンを予約していたのですが、睡眠不足だったことと、何となく乗り気ではなかったので、レッスンをキャンセルしました。すると、大阪で大きな落雷があり、女性が亡くなられたというニュースが飛び込んで来ました。落雷があったのは、私がホットヨガのレッスンに出掛けて行く場所からは遠いところにありましたが、お気の毒でなりません。ここのところ、天災で亡くなられる方がとても多いですよね。私たちは、まだまだ自然に対して無防備なのでしょう。亡くなられた方が命を張ってまで教えてくれたことを活かすためにも、私たちは雷が鳴り始めたらどのように行動したらいいのか、自分の身を守る術を頭の中に入れおかなければなりませんよね。

 ベルリン滞在中、ガンモの提案で、ドイツ技術博物館に足を運んだ。私たちはポツダム広場から地下鉄に乗り、Gleisdreieck(グライスドライエック)駅で降りた。

 グライスドライエック駅前は、何だか有名な博物館などありそうにない静かな雰囲気だったのだが、「ドイツ技術博物館はこちら」という看板を信じててくてく歩いた。しばらく歩くと、絶大なるインパクトでドイツ技術博物館が現れた。何と、建物の上に飛行機が乗っているのである。「入口はあちら」という案内に従って歩いて行くと、屋外にテーブルが並べられたレストランがあった。どうやらドイツ技術博物館のレストランのようである。ドイツ技術博物館の入口は、そのレストランのすぐ奥にあった。

 私たちは、四十八時間有効なドイツ国鉄のフリー切符を使用して移動していた。もちろん、その切符を提示すれば、ドイツ国鉄だけでなく、地下鉄や路線バスにも乗車することができる。このフリー切符を提示すると、ドイツ技術博物館の入場料が割引になった。

 そして、入場券を購入した私たちは、荷物を預けて館内を探索し始めた。しかし、私はこのときひどく疲れていたため、入口に近いエリアにある椅子に腰を埋め、長いこと休んでいた。ガンモはその間に、いろいろな展示品を見て回ったようだ。

 どうやら館内はとても広いらしい。様々な「技術」に関する展示品がてんこ盛りだったようだ。やはり子供さん連れのご家族が多いのだが、大人同士のグループもいる。どにかくベルリンにはたくさんの博物館があるのだが、どの博物館も利用客で賑わっているのだ。

 私が椅子に座ってゆっくり休んでいると、ガンモが戻って来て、
「ドネーション(寄付)の機械があるんだけどさ、面白いから来てよ」
と私に言った。そこで私は立ち上がり、ガンモの案内する方向へと歩いて行った。

 そこには確かにドネーションの機械があった。いや、機械というよりも、大型貯金箱と言ったほうがわかり易いかもしれない。要するに、人々から寄付を募る機械なのだが、訪れる人たちが手持ちのコインを投入して寄付を楽しめるような工夫がなされているのだ。

 まず、コインの投入口からコインを入れると、コインはくるくると回転しながら大型貯金箱の中心に集まって行く。そして、最後に一層小さな円を描きながら大型貯金箱の中に落ちて行くのだ。その様子が面白くて、子供たちは何度も何度も親にコインをねだり、コインの投入口から新たなコインをせっせと投入していた。

 寄付に参加していた子供たちが落ち着いたので、今度は私たちがコインの投入口を占有して、しばらくの間、コインの投入を楽しんだ。普段、使わない小額のユーロのセントなどがどんどん呑み込まれて行った。これは面白い。思わず寄付したくなるというよりも、人間の心理として、この不思議な機械を使ってみたくなるのだ。実に良く出来ていると思う。こうして人々の好奇心をくすぐることもまた、技術の一つなのかもしれない。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ドイツ技術博物館を見学するをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。おかげ様でこの週末は自宅でゆっくり過ごすことができたのですが、最近、何だかちょっぴりパワー不足みたいですね。残業続きであることや、暑さのせいもあるのかもしれません。ひとまず、睡眠だけはしっかり取っておこうと思います。皆さんも、夏バテや熱中症にはくれぐれもお気を付けくださいね。それと、明日あたりから、映画のレビューを復活させて、通常の記事と交えながら、引き続き旅行の記事を書かせていただこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

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2012.08.17

ベルリンの街に散在するバディー・ベア

アジアンヌードルとカレー・ヴルストの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ベルリンで食べたアジアンヌードルがとてもおいしかったので、早くも懐かしく思っています。日本のどこかに食べさせてくれるところがあるといいのですが・・・・・・。

 ベルリンの街を歩いていると、バディー・ベアと呼ばれる二メートル大の熊の形をした彫刻に出会うことがある。ベルリンの市旗や市章には熊が描かれていることから、ベルリンと熊は、とりわけ密接な関係にあるようだ。どこかのサイトで読んだのだが、ベルリンを表すBerlinのBerの発音と熊を意味するBearの発音が似ていることから来ているとか。そう言えば、映画の世界においても、ベルリン国際映画祭に金熊賞というコンペティション部門での最優秀作品賞が設けられている。

 このバディー・ベアには、各国のアーチストたちがいろいろなペイントを施している。単体で見ると、何故、両手(熊にとっては手というよりも足?)を上に挙げているのだろうと思ってしまうのだが、並べたときに互いに手を取り合うように創られているらしい。バディー・ベア(Buddy Bear)のBuddyは仲間や相棒を意味する単語であることから、ペイントを施した各国のアーチストたちがそれぞれの国を代表しているのだとすれば、世界中が手を取り合って一つになるようにイメージされて創られているのかもしれない。今回は、そんなバディー・ベアたちをご紹介したい。

街で見掛けたバディー・ベアー

ベルリン中央駅で見掛けたバディー・ベアー

宿泊先のホテルで見掛けたバディー・ベアー

 考えてみると、これらのバディー・ベアは、同じキャンバスに様々なアーチストたちが個性を表現したものだと思われる。ベースに同じ素材を使っていても、実にいろいろな表現方法があり、個性を表現する方法としても面白い。

 いろいろな方たちのブログなどを拝見すると、ベルリンにはこれ以外にもたくさんのバディー・ベアが存在しているようである。ベルリンの街を、様々なバディー・ベアを探しながら歩くのも楽しいかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。日曜日の朝に帰国して、一日休んだあと、月曜日から出勤で、しかも残業続きでしたので、さすがに疲れが溜まっていました。できれば、この週末はゆっくり休みたいと思います。

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2012.08.16

アジアンヌードルとカレー・ヴルスト

昼食にわずか一ユーロのプレッツェルの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。酔っぱらった女性が東急東横線渋谷駅で電車とホームの間に足を挟まれ、足を切断することになったという事件がありましたね。実は独身の頃、私も似たようなことを経験しました。やはり同じ渋谷駅だったのですが、私の場合は東急東横線ではなく、京王井の頭線の渋谷駅でした。独身時代、東京に住んでいた私は、通勤に京王井の頭線を利用していました。電車がホームに着いたとき、ホームに降りようとして足を踏み出すタイミングを誤り、片足の一部が電車とホームの間に飲み込まれてしまったのです。幸い、私の場合は本格的なすり傷程度で済んだのですが、そのあと駅員さんに誘導されて、駅の事務室で傷の手当てを受けたのを覚えています。そのことを、当時、お付き合いをしていた男性に、すぐに電話を掛けて報告したのですが、出勤前で忙しいからとあまり話を聞いてもらえませんでした。自分が愛されていないことを実感した瞬間でしたね。初期の「ガンまる日記」にしばしば登場しているカルマの相手です。そんなことがあってからは、満員電車から降りるときは、電車とホームのギャップに気を付けています。ロンドンの地下鉄で言うところの、"Mind the gap."ですね。(苦笑)

 ヨーロッパに来ると、主食がパンになってしまうため、日本で食べていた食事がとてつもなく恋しくなる。私たちの場合、昼も夜も観光や移動に費やしていたため、レストランに入って食事をすることはほとんどなく、朝は宿泊先のホテルで朝食ビュッフェをお腹いっぱい食べて、昼と夜は出先でサンドイッチを買って食べることが多かった。ヨーロッパで食べるサンドイッチは、日本のサンドイッチと違ってパンがカリカリしていて固く、具もしっかり詰まっているので、お腹一杯にはなる。しかし、毎度の食事がパンだと、どうしても飽きてしまう。そんなときに助けてくれたのが、アジアンヌードルのお店である。

 ベルリン動物園駅(Bahnhof Berlin Zoologischer Garten)の地下に、アジアンヌードルを売っているお店があったので利用してみた。確か、二年前に出掛けたオランダのユトレヒトでも食べた記憶がある。紙製のカップに入っているピリ辛ヌードルだ。MサイズとLサイズのアジアンヌードルが売られていたので、お腹が空いていた私たちはLサイズのものを二つ注文した。

 注文したアジアンヌードルが紙製のパックに入れられたあと、アジア人のお店の人に何か聞かれたのだが、良く聞き取れなかったので、無難に
"Yes."
と答えてみた。すると、お店の人は、紙製のパックの蓋を素早く閉じた。なるほど、ここで食べて行くか、それとも持ち出すかを聞かれたらしい。しかし、
"Here? To go?"
ならば聞き取れたのに、そういう内容ではなかったと思うので、紙製パックの蓋を閉じてしまってもいいかどうかを直接聞かれたのだと思う。結果的には、"Yes"でも"No"でもどちらでも良かった。

 早速食べてみたところ、これが思いのほかおいしかった。やはり、味はピリ辛なのだが、癖になる辛さなのだ。

アジアンヌードルのお店

アジアンヌードルを紙製のカップに入れてくれる

中身はこんな感じ。これがとてもおいしかった!

 そう言えば、去年、オーストラリアに行ったときに、現地ツアーでクルージングに参加したのだが、そのときに案内してくださった現地の日本人ガイドの方が、シドニーはとても家賃が高いので、十人くらいでアパートを借りて住んでいるとおっしゃっていた。現地の日本人ガイドの方曰く、一緒に暮らしている人たちは、アジア出身の人たちばかりだそうだ。かつては欧米の人たちと一緒に住んでいたこともあったようだが、やはり食生活が異なるので、アジア出身の人たちと一緒に住むと安心できるともおっしゃっていた。ヨーロッパに来ると、その気持ちがとても良くわかる。私たちがこうしてヨーロッパに来て、アジアンヌードルを強く求めるのも、そうした心理が働くからだろうと思う。

 さて、アジアンヌードルを食べるために地上に上がってみると、ベルリン名物のカレー・ヴルストを食べさせてくれるお店があった。有名なお店のようで、行列が出来ていた。私は良く知らなかったのだが、ガイドブックで見ていたのk、ガンモがこのお店のことをひどく気に掛けていたようで、Lサイズのアジアンヌードルを食べてお腹がいっぱいだというのに、わざわざ行列に並んで買って来た。

ベルリン名物のカレー・ヴルストを食べさせてくれるお店

カレー・ヴルスト。ヴルストはソーセージのこと。フライドポテトはおまけ

 私も少し食べてみたのだが、あまり健康にはよろしくなさそうな食べ物だった。ヴルストはソーセージのことらしく、もともとはカレー味のソーセージがメインなのだが、たいてい、おまけにフライドポテトがくっついて来るものらしい。ドイツの人たちは、サンドイッチで生野菜を補っているため、こうした食べ物が好まれるのかもしれないが、このときはアジアンヌードルを食べて、生野菜を食べなかった私としては、何となく敬遠したい食べ物だと思った。サンドイッチだけでもお腹一杯になるはずなので、ベルリンの人たちは、一体このカレー・ヴルストをいつ食べているのだろうと不思議に思った。もしかすると、ビールのおつまみに食べているのだろうか。

 購入したカレー・ヴルストは、私があまり食べなかったので、ガンモが頑張って食べていた。もう少しお腹が空いていたならば、もっとおいしく食べられたかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このとき食べたアジアンヌードルは最高においしかったですね。類似のお店がいくつかあるので、もしもこれからベルリンに行かれる方がいらっしゃいましたら、ご紹介した紙製パッケージの写真をご参考になさってください。

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2012.08.15

昼食にわずか一ユーロのプレッツェル

OSTPAKETで買い物をするの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 韓国の李明博(イミョンバク)大統領の発言が問題になっていますね。李明博大統領の発言の詳細を読ませていただきましたが、私は、一国の大統領として素晴らしい発言をされていると思いました。それに対し、日本が抗議したりするのはおかしいと思います。相手の本気の発言に対し、こちらも本気の対応をしなければならないというのに、日本のリーダーは李明博大統領の発言を表面的な部分だけで捉え、本当にお粗末な対応しかできていないのが残念でなりません。

 ベルリンに雨が降った日も、私たちは観光すべく、ベルリンの街へと繰り出していた。雨が少し収まって来たので、ベンチに座って休息していると、道路脇で、おじさんが何やら自転車にいっぱい積み込んで売っているのが見えた。一体何をそんなに積み重ねているのだろうと思って良く見てみると、すぐにあれだとわかった。そう、ドイツで良く売られているプレッツェルというパンである。

道路脇で、プレッツェルを積み重ねて売っているおじさん

 何と、一つわずか一ユーロ(一ユーロは約九十六円)だという。早速ガンモが偵察に出向き、二つ買って来た。チーズがふりかかっているのとふりかかっていないのと、一つずつである。

ガンモは、チーズがふりかかっているのとふりかかっていないのを一つずつ買って来た。これで、合計二ユーロである。ガンモが自分で写真を撮るために掲げたところを、私も便乗してパチリ

 私たちは、宿泊先のホテルでたっぷりの朝食ビュッフェを食べていたので、昼食は軽くても良かった。そこで、このプレッツェルを昼食にすることにしたのである。野菜が足りないのが気にはなったが、飲み物は日本からマグボトルを持参していたので、ガンモはホテルの部屋で作ったコーヒーをマグボトルに入れて持ち歩いていたし、私はというと、日本から持ち込んだ酵素ドリンクを入れて持ち歩いていた。

 ご存じのように、プレッツェルは塩辛いパンである。私たちは、チーズ入りとチーズ入りでないのを交互に分けて食べた。宿泊先のホテルでたっぷりの朝食を取っているので、これだけでも充分な昼食だった。

 それにしても、雨のベルリンは、緑がとても美しかった。ベルリンを観光している人たちは、どういうわけか傘をあまりささず、ファッショナブルなカッパを着込んで歩いている人たちが多かった。傘をさすよりも、防寒も兼ねたカッパのほうが重宝されているのかもしれない。

雨のベルリンは、緑が美しい

 私たちがくつろいでいると、妙な乗り物に乗ってやって来る人たちがいた。ベルリンの街で何度か見掛けたのだが、立って乗るセグウェイと呼ばれる二輪車のようだ。

妙な乗り物に乗ってやって来る人たちがいた

立って乗るセグウェイと呼ばれる二輪車のようだ

 セグウェイに乗っている人たちは、万が一、転んでしまったときのために、ヘルメットを着用していた。乗っている人たちは、みんな楽しそうだった。私たちがわずか一ユーロの昼食を楽しんでいるのと同じように、みんなそれぞれのベルリンの時間を楽しんでいるのだと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m プレッツェルは、二年前にフランクフルトを訪れたときにも食べたのですが、もう少し高かったように記憶しています。一つ一ユーロというのは安いですよね。栄養のバランスはあまり良くありませんでしたが、朝食をたっぷり食べていた私たちにはちょうど良い昼食でした。

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2012.08.14

OSTPAKETで買い物をする

チェックポイント・チャーリーと壁博物館の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏休みに入っている企業が多いためか、通勤電車がとても空いています。そのため、ひどく混雑している普段よりも、気持ちに余裕が出ています。電車の中で、自分の立ち位置を確実に確保できるということは、意外にも大きかったのですね。

 ベルリンでは、OSTPAKETというお店で買い物をしてみた。ここは、DDR(Deutsche Demokratische Republik/ドイツ民主共和国)時代の商品を扱っているお店である。宿泊していたホテルと近かったので、私たちは宿泊していたホテルを出てから、OSTPAKETまで歩いて行った。

 不思議なことに、OSTPAKETが入っているビルの中には、OST何某(なにがし)のお店がたくさんあった。ドイツ語を知らない私は、第二外国語にドイツ語を選択していたガンモに、
「OSTって何?」
と尋ねた。するとガンモは、
「東っていう意味だよ」
と教えてくれた。なるほど。ということは、このビルの中にあるOST何某と名の付くお店はすべて、DDR(Deutsche Demokratische Republik/ドイツ民主共和国)時代の商品を扱っているということなのだろうか。

OSTPAKET

 お店としては、一部お土産売り場のような雰囲気も漂っていたが、生活用品と思える商品もたくさん扱われていた。お店の人は英語を話さなかったことから、どうやらこのお店は観光客をターゲットにしたお店というわけではなさそうだ。そして、こうしたお店が商売として成り立っているということは、ベルリンの壁が崩壊した今でも、DDR(Deutsche Demokratische Republik/ドイツ民主共和国)時代を懐かしむ人たちがいるということなのかもしれない。

 ガンモはここで、ゆで卵スタンドとDDR(Deutsche Demokratische Republik ドイツ民主共和国)時代を象徴する自動車であるトラバントのキーホルダー、それから瓶ビールを買った。瓶ビールについては、DDR博物館を見学するの記事にも書かせていただいた通り、ジュースよりも値段が安かったそうだ。

 ちなみに、私がここで買ったのは、TRAVEL MINTと書かれた平べったい缶に入った食べ物である。缶を開けると、お口直しのための粒状の白いミントが入っている。実は、私がこれを買ったのは、ミントが欲しかったわけではなく、ミントの入れ物となっている缶が欲しかったためだ。

TRAVEL MINT。どういうわけか、ロンドンバスのデザインも

蓋を開けると、白いミントが入っている

 こうした平べったい缶は、デジタルカメラで使用するメディアを入れたり、薬を入れたりするのに大変重宝するのだ。どういうわけか、私は、贅沢な感じのしないこの質素なパッケージに強く心惹かれるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 生活用品もお土産も扱っているという不思議な雰囲気のお店でした。Tシャツなんかもありました。ちなみに、ガンモが買ったゆで卵スタンドは、DDR博物館でも売られていたのですが、OSTPAKETで売られている商品のほうが割安でした。

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2012.08.13

チェックポイント・チャーリーと壁博物館

"Jammar"の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏休み明けから、いきなり残業生活が始まっています。そのため、帰宅してから就寝までの時間を何とか工面しようとして寝不足に陥り、何とか日本時間での生活に戻ることができました。寝不足の状態で旅行を始めることで時差ボケを調整するという、旅行が始まるときのパターンと同じですね。(苦笑)

 ベルリンでは、チェックポイント・チャーリーと壁博物館にも足を運んだ。チェックポイント・チャーリーとは、ベルリンが東西に分けられていた時代に、ベルリンの東西境界線に設置されていた検問所のことである。チェックポイント・チャーリーの場合、検問所と言っても、西側連合軍の関係者や外国人、外交官らが徒歩または自動車で通行するためのものだったらしい。

 ちなみに、チャーリーというのはアルファベットの「C」を表すコード名だそうで、チェックポイント・チャーリーとは、検問所Cといった意味合いなのだそうだ。

 チェックポイント・チャーリーは、旧アメリカ側と旧ソ連側に分かれていた。旧アメリカ側にはアメリカ兵士の写真が掲げられ、旧ソ連側にはソ連の兵士の写真が掲げられていた。それぞれの兵士の写真を撮影しておきたかったのだが、残念ながら、片方だけしか撮影できなかった。ちなみに、壁博物館は、チェックポイント・チャーリーのすぐ近くにあった。

 壁博物館の館内は狭いので、リュックなどの大きな荷物は地下のコインロッカーに預けることになっていた。二ユーロを入れて利用するコインロッカーで、利用後に二ユーロは返却される仕組みになっている。この手のコインロッカーは、ヨーロッパの博物館で多く見られる。

 さて、壁博物館には、東側から西側への脱出を試みた人たちの資料などがたくさん展示されていた。ベルリンには数多くの博物館があるのだが、展示物に対し、ドイツ語と英語による丁寧な説明が施されているので、一つ一つの展示物をじっくりと味わうことができる。壁博物館では、展示物をじっくり味わっていると、次第に言葉を失ってしまう。そういう意味では、とても静かな博物館だと言える。

 東側から西側への脱出を試みた人たちの例として、自動車のトランクやスピーカー、改造されたタンクの中に身を隠して脱出に成功した人たちの話も展示されていた。中には気球に乗って脱出した家族の話もあった。男性が女性を助けるケースが多いようで、のちに二人が結婚するというケースもあったようだ。

 悲しいことに、東側から西側へと脱出する際に、兵士に見付かれば射殺されていたようだ。あの地味な雰囲気のベルリンには、そうした暗い過去があったのだ。

 館内には小さなシアターがあり、ベルリンが東西に分かれていた時代を扱った作品が上映されていた。私たちもほんの少し鑑賞したのだが、敵側の兵士を次々に道路の下に落として焼き殺すというとても残酷な映画だった。壁博物館のサイトに、上映中の作品のタイトルが記載されていたので、DVDを探してじっくり鑑賞してみようと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、チェックポイント・チャーリーと壁博物館をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何となくこの記事を書きながら、もっとじっくりと味わうべきだったと後悔しています。とにかく資料の多い博物館で、東西に分断されていた頃のベルリンを写真や文章でたっぷり味わうことができます。私たちは、過去にこういう時代があったことを忘れてはいけませんね。

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2012.08.12

"Jammar"

Rockeyに癒されるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「ガンまる日記」は、およそ半日から一日遅れで記事を書いています。いったん記事をアップしたあと、記事を推敲するときに、日付を前日の二十三時五十九分に変更しています。そのため、Rockeyに癒されるの記事を実際に書かせていただいたのは日曜日のことですが、記事の更新時間としては土曜日の設定となっています。実は、その時間は、私たちはまだ帰りの飛行機の中にいて、実際には帰国していませんが、リアルタイムの情報をお伝えするということで、帰国のお知らせはそのままにしておきますね。さて、帰宅してから睡眠を取ったのですが、やはり身体が日本時間になかなか戻りません。行きは寝不足のまま出掛けたので、すぐにベルリン時間、コペンハーゲン時間に慣れたのですが、帰りは早朝の飛行機に乗ったせいか、すぐには戻らないみたいです。こんな調子ではありますが、月曜日からの仕事を頑張りたいと思います。

 今回は、ベルリンでスターバックスコーヒーを利用したときのことを書かせていただこうと思う。特に喉が乾いていたわけではなく、歩き疲れて、座って休憩を取っていた場所のすぐ近くにスターバックスコーヒーがあったので、利用してみようと思い立ったのだ。

 暑い日本の夏には想像したくないことだが、日本よりも涼しいベルリンでは、店内で購入したものを店の外に設置されたテーブルに運んで飲めるようになっていた。涼しいヨーロッパならではの光景である。

 ガンモは、他の利用客が飲んでいるオレンジ色の飲み物がひどく気になったらしく、
「あれのグランデをお願い」
と私に言った。
「ええっ? 私が注文するの?」
何だ、また私が注文するのか。だいたい、海外に行くと、食べ物や飲み物を注文するのはいつも私の担当になる。その代わり、鉄道の窓口では、ガンモが率先して担当してくれる。

 メニューを確認してみると、ガンモが飲みたいと言ったのは、日本では「マンゴーパッションティーフラペチーノ」と呼ばれている商品のようだ。私は注文カウンターに出向き、ガンモの希望通り、たっぷりサイズのグランデを注文した。一方、私はというと、カフェラテのグランデを注文した。もともと紅茶好きの私には、コーヒーを外で飲む習慣がないので、日本にいるときもスターバックスコーヒーを利用することはほとんどない。そのため、海外でスターバックスコーヒーを注文するのは、ちょっぴり勇気の要ることだった。

ベルリンのスターバックスコーヒー

私はカフェラテのグランデを注文

 さて、注文時に、
「出来上がったときにお名前をお呼びしますので、お名前を教えてください」
と言われた。しかし、私の名字には母音が多い。そこで、名字の一部である「山」で呼んでもらうことにした。

 そして、注文の品が出来上がると、私の指定した名前の「山」が呼ばれた。そのとき、単なる「山」ではなく、「山ー」と長音を含んで伸ばされたように感じた。

 受け取ったカップを見てみると、そこには"Jammar"と書かれていた。第二外国語にドイツ語を選択していたガンモ曰く、ドイツ語ではYをJと記述するのだそうだ。それに加え、私の指定した「山」には長音が含まれているわけでもないのに、伸ばすのが当然だと判断され、"Jammar"になったのだろう。

受け取ったカップには、"Jammar"と書かれていた

 ひょっとすると、私と同じ山某(なにがし)の名字の方たちも、ベルリンのスターバックスで注文をしたときに、同じようなことを経験されているのかもしれないと思った。またベルリンに来ることがあるかどうかはわからないが、次にベルリンのスターバックスコーヒーを利用する機会があるならば、再び「山」と呼んでもらおうと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m "marumi"でも良かったのですが、こちらも母音が多いので避けました。"Jammar"と書かれると、何だか自分のことではない感じですね。(苦笑)

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2012.08.11

Rockeyに癒される

そろそろ夏休みの終わりの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これを書いている今、私たちは無事に帰国しました。日中の最高気温が十九度くらいのところから帰って来たので、早くもこのうだるような暑さに参っています。毎年そうですが、書き切れなかった旅行の記事については、少しずつ書かせていただきたいと思います。デンマーク国鉄の発煙騒ぎの記事について、リアルタイムでは写真を貼り付けていませんでしたが、貼り付けておきましたので、後追いで申し訳ありませんが、よろしければご覧ください。

 帰国の前日、私たちはユーレイルパスを有効活用するために、デンマーク国鉄の特急列車に二時間半も揺られて、ちょっと遠出をした。その帰りの特急列車の中で、Rockeyという犬を連れたデンマーク人男性に出会った。Rockeyはとても大人しく、座席の上にちょこんと座っていたのだが、女性車掌さんから、犬は座席に座らせてはいけないと注意を受けたため、Rockeyはいったん床の上に下ろされた。デンマークの犬は、人間たちと共存する術を心得ている。列車の中でも、決して興奮したり、吠えたりしないのだ。また、犬が苦手な乗客もいないのも、子供の頃から犬に接する機会が多いからなのかもしれない。いろいろな車掌さんがいらっしゃるが、フレンドリーな車掌さんならば、Rockeyの顔をなでて通過して行く。

Rockey.と男性。男性は、ガンモのノートパソコンで、Facebookのページを検索中

 通路を挟んで隣の席を見れば、パグを連れたご家族がいた。パグを連れたご家族は、Rockeyを連れた男性と話をしていたものの、もともとの知り合いではなく、単にこの特急列車で知り合っただけの間柄のようだった。

 私たちがノートパソコンを開き、車内のインターネット接続サービスを五時間分購入してインターネットに接続していると、その男性からFacebiookのアカウントのことが話題に昇った。私はFacebookのアカウントを持ってはいないのだが、ガンモが持っているため、Facebookにログインしている状態でその男性のFacebookのアカウントページにアクセスしてもらった。そこには、Rockeyの写真が掲載されていた。

 その男性は、私たちが訪れたクロンボー城の近くに住んでいるという。私たちは、クロンボー城に足を運んだことを話した。

 更に、デンマークは物価が高いという話をすると、デンマークでは二十五パーセントの課税率だと男性がおっしゃった。私もその話はガンモから聞いて知っていた。男性に、日本はもっと物価が安いのかと尋ねられたので、日本ではわずか五パーセントの課税率だと答えた。

 私たちの住んでいるところは東京からは近いのかとも聞かれたので、私は、東京からは遠く、むしろ大阪のほうが近いと答えた。やはり、去年、日本で起こった大きな地震のことや原子力発電所の事故のことはご存知のようだった。男性曰く、デンマークには原子力発電所がないのだそうだ。なるほど、そう言われてみれば、列車の窓から、しばしば風力発電所らしきものが見えていた。デンマークは、原子力発電以外の電力でまかなえているということなのだろうか。確かに、日本の夏のように暑くなければ、それほど多くの電力を必要としないのかもしれない。今の日本は、まだまだ原子力発電に頼っている状態なので、やってみなければわからないことではある。

 お互いに母国語が英吾ではないため、うまく通じ合わないところもあったのだが、おおまかな会話は成立していたと思う。男性から、「コペンハーゲン」の正しい発音について教えてもらったのだが、日本人が発音する「コペンハーゲン」とはおおよそかけ離れたものだった。カタカナで無理矢理書くならば、「カプンハウヴン」に近い発音だった。私が男性の発音を真似て「カプンハウヴン」と発音していると、通路を挟んで隣のシートに座っていた小学生の男の子に大笑いされてしまった。お腹を抱えて笑っていたので、相当おかしかったらしい。私も、自分の良く知っている地名を外国人がしどろもどろに発音したなら、やはりお腹を抱えて笑ったかもしれない。

 Rockeyと男性のおかげで、特急列車の二時間半の旅はとても充実したものになった。Rockeyと男性が特急列車を降りたあと、もっと英語を上手に話すことができたならば、もっといろいろなことを話せたのにとガンモと語り合った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 犬が身近にいるだけで癒されますね。犬たちも、人間たちから安定した愛情を受け取っているために大人しいのでしょうか。犬と人間との間に、良い循環が出来上がっているという感じです。犬と一緒に列車に乗ることができるということは、マンションやアパートで犬を飼うことに関しても寛大なのでしょうか。

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2012.08.10

そろそろ夏休みの終わり

デンマーク国鉄の発煙騒ぎの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 日本から借りて持参したモバイルルータが突然、使えなくなり、インターネットに接続することができなくなってしまいました。今は、デンマーク国鉄の特急列車の中で、有料のインターネット接続サービスを利用して書いています。本当は、デンマーク国鉄の発煙騒ぎの記事の中で写真をご紹介しながら記事を書きたかったのですが、いつも利用させていただいている旅行アルバムも使えない状態なので、写真については帰国してから少しずつアップロードさせていただきます。今回の旅行では、いろいろな通信障害があり、更新がままなりませんでした。しかし、その分、人との出会いもあったりして、なかなか面白い旅でした。

 私たちの夏休みもそろそろ終わりに近付いて来た。この記事をアップしたあと、私たちは睡眠を取り、帰国の準備を整え、デンマーク時間の早朝の飛行機に乗る。

 そのため、実質最終日となった今日は、ユーレイルパスを使用して、コペンハーゲンから二時間半も特急列車に乗り、ちょっぴり遠出の旅を楽しんだ。そのあたりのことは、帰国してからじっくりと書かせていただくことにして、旅の最終日ということで、今回の旅を振り返ってみたいと思う。

 まずは気温だが、ベルリンに着いた直後は、日本ほどではないにしても、暑いと感じた。私たちの滞在中、ベルリンの日中の最高気温は二十七度前後だったように記憶している。そのため、半袖Tシャツ一枚で過ごしてちょうど良かった。

 一方、コペンハーゲンでは、日中の最高気温が十七度から十九度くらいだった。そのため、半袖Tシャツ一枚だけでは寒く、ガンモは半袖Tシャツの上に更に半袖シャツを羽織っていたが、それでも寒かったようだ。夏でも気温が低いので、ヨーロッパにはありがちな光景だが、パーカーを着ている人がいたり、コートやジャンパーを羽織っている人たちもいる。私はというと、ほてりがあるために、半袖Tシャツの上にキャミソールを着て歩き回っていた。日中はそれでちょうど良かったのだが、夜になると少し肌寒かった。そのため、日本から持って来た半袖のアクリルのジャケットを着込むこともあった。

 次に、通貨についてである。いつも海外に行くと、お札のほうが分かりやすいために、ついついお金を払うときにはお札を出してしまい、小銭がどんどん溜まってしまいがちなのだが、今回は意識的に小銭を使ってみることにした。小銭は、落ち着いて使えば良いだけなのに、これまでの旅では、たったそれだけの余裕がなかったのだ。そのため、いつまで経っても小銭に慣れることができなかった。しかし、ほんの少し余裕を持って小銭に表示されている金額を確認するだけで、小銭を活用することができたのだった。海外で小銭を使うことは、思ったよりも簡単だったということに驚いている。

 デンマークでは、街の至るところにベンチがあり、観光に疲れると、休みながら観光を続けることができた。また、イギリス同様、芝生もたくさんあり、夏でも澄んだ空気に包まれていて、芝生の上に座って美しい空を見上げることができた。

 デンマークの至るところにセブンイレブンがあったが、買い物をしても、こちらが申し出ない限り買い物袋をくれなかった。そのため、エコバッグを持ち歩いたほうが賢明だと思った。もちろん、私たちはエコバッグを持参していた。

 また、いつもは一時間か二時間置きにトイレに立つ私でも、トイレの少ないヨーロッパに来ると、身体が尿を溜め込むモードに切り替わり、それほどトイレに行かずに済んだ。人間の身体は、順応性に優れているものだと思った。

 不思議なことに、ベルリンは、滞在中には地味な街に思えて仕方がなかったのだが、いったん離れてみると妙に懐かしくなってしまった。ベルリンからコペンハーゲンに移動して二日ほどは、デンマークになかなか慣れなかったせいか、ベルリンのことが懐かしくて仕方がなかった。

 さて、楽しかった旅も、もうすぐ終わりを迎えようとしている。ベルリンのことが遅れて懐かしくなったように、コペンハーゲンのこともすぐに懐かしくなるだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつもは記事を書き上げたあとに推敲したりしているのですが、今回はそれさえもままなりませんでした。こちらも、帰国してからの宿題とさせていただきたいと思います。日本では、これから夏休みが始まるという方が圧倒的に多いかと思います。皆さんもどうか、楽しい夏休みをお過ごしください。

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2012.08.09

デンマーク国鉄の発煙騒ぎ

ハムレットの舞台になったクロンボー城(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今日も、あちらこちらを観光したのですが、やはり撮影した写真の量が多いため、処理し切れません。そのため今回は、観光先の出来事ではなく、移動中の出来事について綴ってみたいと思います。

 朝、宿泊先のホテルを出た私たちは、ユーレイルパスを活用するために、コペンハーゲン中央駅で特急列車に乗り換えることになっていた。ガンモ曰く、特急列車に乗るまでにはまだ時間があるのというので、手持ちの日本円をデンマーククローネに両替することにした。ガンモが日本で、ひとまず二万円分のデンマーククローネに換金してくれていたのだが、やはり物価が高いのと、一部のお店ではクレジットカードの手数料を取られてしまったため、換金しておこうということになったのだ。

 両替所は、コペンハーゲン中央駅構内にある簡易式の銀行といえどもやはり銀行なので、番号札を取って順番待ちをすることになっていた。しかし、おそらく用途によって使い分けているのだろう。番号札を受け取るためのボタンが三つあり、デンマーク語でしかボタンの説明が書かれていなかったため、どのボタンを押したらいいのかわからなかった。そこで私は、他の人がボタンを操作するのを真似て、一番上のボタンを押して、出て来た番号札を受け取った。片手には、一万円札を握り締めていた。

 私の持っている番号札の番号が呼び出されたので、いそいそと窓口に出向き、番号札と一万円札を差し出したところ、一万円が六百八十五デンマーククローネに変わった。若干の手数料が含まれているものの、一デンマーククローネがおよそ十五円弱といったところである。面白いのは、デンマークの硬貨に日本の五十円玉のような穴開き硬貨が含まれていることだった。

 無事に換金を終えて、ガンモのところに戻ってみると、ガンモの顔が殺気立っていた。特急列車の発車時刻までまだ時間があると言っていたガンモだったが、駅の時刻表を見てみると、たった今、私たちが乗ろうとしている方面の特急列車が発車したところだという。しかも、次の特急列車まで一時間待ちになるというのだ。私は、
「そんな話は聞いてないよ。出発まであと二十分あると聞いてたから、換金しに行ったのに」
とガンモに言った。それでもガンモは、私が換金に行かなければ、たった今、発車したばかりの特急列車に乗車することができたのにと、ひどく悔しそうだった。

 ところが、ほんの少しの期待を持って駅のホームに降りてみると、私たちが乗り過ごしてしまったと思った特急列車がまだホームにいたのだ。私はガンモに、
「これに乗る?」
と素早く判断を仰ぎし、ガンモが乗ると答えたので、慌てて飛び乗った。特急列車は、まるで私たちが乗るのを待っていてくれたかのように、私たちを乗せるとすぐに発車した。

 何とか席も確保し、これから一時間半の旅を楽しもうと思っていたところ、まだ走り出してから間もないというのに、何やら緊迫した雰囲気の車内アナウンスが流れたかと思うと、乗客たちはざわめきながら降りる準備を始めた。私は、車内アナウンスで語られたデンマーク語の意味がさっぱりわからずにおろおろしていた。すると、親切な老紳士が私の様子に気づいて、車内アナウンスの内容を英訳してくださった。それによると、車内から煙が出たため、私たちはこの列車から降りなければならないという。そう言えば、先ほどから電気系統の何かが焼け焦げたような臭いがしていた。

 私たちも慌てて降りる準備をしていると、再び車内アナウンスが流れ、降りる準備をしていた人たちの手が止まった。やはり、デンマーク語のみの車内アナウンスだったので、再び老紳士が英訳してくださった。それによると、降りるのは十二号車の乗客のみで、十一号車に乗車している私たちは対象外とのことだった。

 そこで不安ながらもやれやれと思っていると、またしても車内アナウンスが流れた。今度も親切な老紳士が英訳してくださり、やはり全員降りることになったと教えてくださった。そこで、とうとう私たちも他の乗客に倣(なら)って、その列車を降りたのだ。

 何だか知らない途中の駅で降ろされ、途方に暮れたものの、ホームにいる他のたくさんの乗客も私たちと同じ状況にあるのだと思うと、何だか妙な連帯感が生まれた。

 そうこうしているうちに、私たちが乗車していた列車からもくもくと煙が上がっているのが見えた。おいおい、大丈夫だろうか。列車ごと爆発したりしないだろうか。そんな不安を抱えながら、私たちはできるだけ列車から離れ、様子を見守っていた。幸い、煙はすぐに収まった。

 間もなく反対側のホームに列車が入って来た。列車を降りた人たちが次々にその列車に乗り込もうとしたが、女性スタッフが何か説明すると、いったん乗車した人たちが降りて来た。しかし、中にはそのまま乗車したままの人たちもいた。相変わらずデンマーク語のみで会話がなされているので、何が起こっているのかわからない。ああ、誰か、英訳してくれないだろうか。先ほどの老紳士と離れてしまったので、英訳してくれる人がいなくなってしまったのだ。

 いったん列車に乗り込んだ人たちが降りて来たのだから、何か問題があるのだろうとは思ったのだが、ひとまず私たちは前に進みたかったので、思い切って乗車することにした。しばらくすると、列車を降りた他の乗客もパラパラと私たちの乗り込んだ列車に戻って来た。

 しばらくすると列車が動き始めた。列車はひどく混み合っていたため、私たちは座ることができなかった。しかも、途中の駅で何やらざわざわした雰囲気になったかと思うと、近くにいた男性が、ここで特急列車に乗り換えできると英語で教えてくれた。デンマークは親切な人が多い。

 どうやら私たちが乗り込んだのは、各駅停車だったらしい。イギリス人らしい女性が誰かに、
"This is a slow train."
と説明しているのが聞こえて来た。なるほど、それで、特急列車を降りた人たちがいったん乗り込んだものの、降りて来たのだろう。そんな状況の中、その駅で別の特急列車に乗り換えることができることがわかり、私たちも含めてその列車に乗り込んだほとんどの乗客が降りた。

 とは言え、次にやって来るという特急列車の発車時刻まではまだ時間があるようだった。そうこうしているうちに、別の列車がホームに入って来た。その列車も各駅停車のようだったが、私たちが先ほどまで乗車していた各駅停車よりも早く発車するようだった。次の特急列車はまだ到着しそうにない。そこで、ガンモの提案により、私たちはやって来た各駅停車に乗り込んだのだった。

 その各駅停車もひどく混み合っていたが、何とか座ることができた。私たちの視界の範囲内には、大きな白い犬がいた。デンマーク国鉄は、自転車やベビーカーだけでなく、犬と一緒に乗車することができるのだ。しかも、日本のように、犬を専用のキャリーバッグに入れる必要もない。犬は家族と同等の扱いなのかもしれない。犬好きの私としては、列車の中で犬に会えるのは、実に微笑ましい光景だった。一方、今回の旅行では、猫の姿を一匹も見てはいない。もともと私は猫好きではないので、猫がいなくても十分やって行ける。

 こうして私たちは、犬と一緒に各駅停車の旅を楽しみながら、予定よりも三十分遅れ程度で目的地へと辿り着いたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、デンマーク国鉄の発煙騒ぎをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回も更新が遅くなり、申し訳ありません。毎朝四時半には起きて記事の更新の準備を整えているのですが、今回も諸事情により、更新が遅くなってしまいました。今回の旅は、通信系でいろいろトラブルがありますね。また、のちほどゆっくり書かせていただきます。

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2012.08.08

ハムレットの舞台になったクロンボー城(前編)

ガンまる、再びICEに乗るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 諸事情により、またまた記事の更新が遅くなってしまいました。やはり、旅行アルバムに写真とコメントをアップした上で、記事も書いて行くのは、とても手間が掛かります。普段、休日にしかできないようなことを、観光でくたくたに疲れた状態で実践しているのですから、なかなか骨の折れる仕事であります。今回も、記事の更新が遅れてしまいましたが、デンマークでの様子をお伝えして行きたいと思います。ただ、撮影した写真の数があまりにも多く、一度にご紹介し切れないため、中途半端な内容になって申し訳ありませんが、この続きは帰国してから書かせていただこうと思っています。

 コペンハーゲン滞在二日目は、デンマーク国鉄に乗り、世界遺産であり、シェークスピアの『ハムレット』の舞台となったKronborg Slot: SLKE(クロンボー城)に出掛けた。鉄道好きの私たちは、今回もOne Countryのユーレイルパスを購入していた。そこで、まずはデンマーク国鉄の窓口でユーレイルパスを有効化してから、ヘルシンゲル行きの列車に乗った。コペンハーゲン中央駅からの所要時間は、およそ一時間程度だった。

 デンマーク国鉄の面白いところは、テーブル単位の席にごみ袋が何枚かの予備のごみ袋とともに設置されているところである。ごみ箱の場合、すぐに一杯になってしまうが、ごみ袋ならば、いっぱいになったごみ袋を捨ててしまえば、また新しいごみ袋にごみを入れることができるという発想なのだろう。とは言え、いっぱいになってしまったごみ袋を捨てるのは、果たして誰なのだろうか。

 デンマーク国鉄には、自転車はもちろん、ベビーカーも一緒に乗車することができるようになっていた。そのため、自転車やベビーカー専用の座席の少ない車両も用意されていた。

 一時間ほどでヘルシンゲルに着いてみると、やはり駅の構内にはセブンイレブンがあった。どうやらデンマーク国鉄とセブンイレブンは、ずいぶん仲良しのようである。

 駅前には花屋さんがあり、美しい花たちが並べられていた。私たちは、ヘルシンゲル駅前から歩いてKronborg Slot: SLKE(クロンボー城)を目指した。目の前に見えているので、それほど時間は掛からないだろうと思っていたのだが、実際に歩き始めてみると、思ったよりも遠かった。しかも、工事中のため、立ち入り禁止の旗が立てられているというのに、門が開いていたのをいいことに、私たちは工事中の道をずんずん歩いて行った。

 ちょうどお昼どきだったので、私たちはとてもお腹が空いていた。ありがたいことに、Kronborg Slot: SLKE(クロンボー城)の手前にも、そして敷地内にも、カフェ&レストランがあったのだが、どのメニューもデンマーク語のみで書かれていたため、内容がさっぱりわからず、注文を見送ってしまった。しかも、私はおにぎりかスパゲティを食べたかったのだが、当然、そんなものはメニューにはなさそうだった。

 昼食にありつくことができないので、私たちは仕方なく、チケットを購入するところまで歩いて来た。Kronborg Slot: SLKE(クロンボー城)のチケットは何種類からあり、私たちが購入したのは、Ticket 2で、Royal Chambers, Ballroom, Casemates, Castle Chapelを見学できるタイプのチケットだった。チケットはシールになっていて、係員の見えるところに貼ることになっているようだ。ちょうど私たちが入場するときに、このチケットを胸に貼った人たちが集団で出て来たので、どこかの国のツアー客なのだろうと思っていたのだが、実はこれがチケットだったのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ハムレットの舞台になったクロンボー城(1)をご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m そろそろおにぎりを食べたくなりました。(苦笑)日本では、セブンイレブンに行けば、おにぎりを購入することができるのに、さすがにデンマークのセブンイレブンにおにぎりは売られていなかったですね。それにしても、デンマークは物価が高いです。二人分のサンドイッチとサラダ、それから飲み物を一本だけ買って二千円です。(苦笑)スーパーに寄って、ちょっと買い物をしただけでも六千円くらいです。こりゃ、たまりません。(苦笑)

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2012.08.07

ガンまる、再びICEに乗る

DDR博物館を見学するの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 昨日の記事の更新が遅くなってしまいましたので、立て続けの投稿となってしまいますが、どうぞご了承ください。

 ベルリンに三泊した私たちは、宿泊していたホテルをチェックアウトしたあとベルリン中央駅まで移動し、ドイツの新幹線であるICEに乗り込んだ。実のところ、私たちがICEに乗車するのは、今回で二回目である。初回は、今からおよそ二年前に、ドイツのフランクフルトからオランダのアムステルダムに移動するために利用した。そのときは所要時間五時間だったのだが、今回は所要時間七時間である。新幹線で七時間も移動するとなると、ずいぶん遠い距離を移動するように思われるかもしれないが、実はこの新幹線、途中で新幹線ごとフェリーに乗り込み、海を渡るのだ。

 ベルリン中央駅に少し早めに着いた私たちは、少しだけショッピングを楽しんだあと、DB(ドイツ国鉄)のラウンジを利用した。今回、私たちは、ICEのファーストクラスの席を利用するため、このラウンジを利用することができるのだ。私たちはラウンジで、好きな飲み物を飲みながらくつろいだ。

 しばらくくつろいでいるうちに、出発時間が近付いて来たので、私たちはホームへと向かった。ICEのチケットは、インターネットで予約することができる。予約が完了すると、QRコードのようなものが割り当てられるので、予約内容とともにQRコードのようなものを紙に印刷して車掌さんに提示することになっている。要するに、それがチケットになるのだ。車掌さんは、紙に印刷されたQRコードのようなものを専用の機械で読み取って、その印刷物が有効であるかどうかを判断する。そのとき、切符を購入したクレジットカードの提示も必要だ。

 ガンモが印刷した用紙には、E乗り場から乗車するように書かれていたのだが、実際にICEがホームに入って来ると、E乗り場ではないことがわかった。私たちは慌てふためき、ICEのスタッフに正しい乗り場を尋ね、スタッフに指示された場所から、発車時刻ギリギリにやって来たICEに何とか乗り込んだのだった。実は、私たちが利用するICEは、二つの行き先の列車が連結されていた。印刷した紙に書かれていたE乗り場から乗車していたら、危うく別の行き先に向かう列車に乗り込んでしまうところだった。

 さて、何とかコペンハーゲン行きのICEに乗り込み、車掌さんのチェックもパスすると、車掌さんからドリンク及び軽食サービスのチケットを受け取った。ヨーロッパでファーストクラスの新幹線などを利用すると、たいていは食事が付いて来るものだが、私たちが利用したICEには食事のサービスはなく、売店で飲み物とクロワッサンかスニッカーズを自ら選んで受け取るシステムになっていた。

 さて、ICEに乗車している時間が七時間もあるので、私はICEの中で「ガンまる日記」を書き上げ、アップしようと思っていた。インターネットに接続できる環境は、いつものように海外で利用できるモバイルルータをレンタルしていたので、七時間もあれば、「ガンまる日記」を書く以外にもいろいろなことができるだろうと喜んでいた。有り難いことに、ICEにはコンセントまで用意されていた。これだけの設備が整っていれば、快適に「ガンまる日記」を書くことができると思うだろう。

 しかし、そんな考えは甘かった。モバイルルータから電波が来ていたのは、ICEが発車してからわずか一時間程度のことで、あとは電波が途切れたり、ときどき繋がったりの繰り返しだった。全体を通して、繋がらない時間のほうが長かったように思う。それもそのはずで、ICEがコペンハーゲンを目指して走る道は、のどかな風景が多かったのだ。そのため、電波が弱いか電波の届かない地域だったのかもしれない。

 「ガンまる日記」を更新することができない私は、かなりイライラしていた。しかし、そのうちICEがフェリーの中に入り、車内アナウンスに従っていったんフェリーを降りることになった頃には、もう腹をくくっていた。それでも、何とかチャンスはないものかと、フェリーの中で頑張ってみたりはしたのだが、フェリーの中でもほとんど圏外を示していた。

 ちなみに、フェリーには、ICEを受け入れるためのレールがあり、ICEはフェリーを利用する他のトラックや自動車と一緒にフェリーの駐車場に収められた。それは、とても不思議な光景だった。

 およそ四十五分でフェリーの旅が終わり、船室に散らばっていた乗客はICEに戻った。それからICEは再び陸を走り、フェリーを降りてからおよそ二時間で、今回の旅の最終目的地であるコペンハーゲンに着いた。

 コペンハーゲンの駅の構内にはセブンイレブンがあった。しかし、どうやら、日本よりも物価が高いように思える。これまで三日間を過ごしたベルリンで使っていたユーロが安かったからかもしれない。コペンハーゲンでは、単品のビッグマックが一つ八百円ほどで売られているようである。ということは、単純に計算して、日本よりも二倍以上の物価ということにならないだろうか。まだまだ到着したばかりで良くわからないが、これからコペンハーゲンを散策して、皆さんにお伝えして行こうと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ガンまる、再びICEに乗るをご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の旅の最終目的地であるコペンハーゲンに到着しました。コペンハーゲンの通貨はユーロではなく、デンマーククローネですね。何だか物価が高いです。しかし、最高気温は十九度くらいなので、少し寒いくらいですね。日本で暑い想いをされている皆さんに、少しでも涼しさをお届けできればと思っています。

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2012.08.06

DDR博物館を見学する

雨のブランデンブルク門とベルリンの壁の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。日本とベルリンの間には七時間の時差がある上に(皆さんが、朝、起きて活動している頃、ベルリンはまだ夜です)、これを書いている今、移動中でインターネット接続環境がひどく不安定なため、すっかり更新が遅くなってしまいました。記事を旅行アルバムと連携させるためには、撮影した写真を旅行アルバムのサイトにアップロードしなければならず、インターネット接続環境がひどく不安定な状態ではなかなか写真のアップロード作業を進めることができませんでした。おまけに、いつも活用させていただいている旅行アルバムのメンテナンス期間と重なり、アップロード途中で旅行アルバムの管理画面にアクセスできなくなってしまい、以下のようなメッセージが表示されました。

リニューアルにあって、8月8日午前0時より、旅行記やクチコミ等の投稿機能につきましては、8月13日月曜日正午まで一時停止させていただくこととなりました。
いつもご投稿いただいている会員様には、ご不便をおかけしますが、ご理解のほどよろしくお願いを申し上げます。

移動中にインターネットが使えなかったことと言い、いつも利用している旅行アルバムがメンテナンスのためにしばらく使えなくなってしまうことと言い、重なるときは重なるものですね。それでも、別のサービスを利用して、ようやく記事を旅行アルバムと連携させることができましたので、遅ればせながら、ベルリンの様子をお伝えして行きますね。

 ベルリン滞在三日目の今日は、DDR Museumに足を運んだ。実は、滞在二日目にも足を運んだのだが、ベルリン市内の交通機関で利用できる四十八時間フリー切符を提示すると割引になるというので、フリー切符を持参して出向いたところ、私たちは単にフリー切符を購入しただけで、有効化していなかったため、いったん何らかの交通機関を利用してから再び出向くことにしたのだ。

 ちょうどお昼どきだったので、DDR Museumに入る前に、DDR Museumのすぐ近くで売られているソーセージ付きパンを一ユーロ五十セントで購入して腹ごしらえをしておいた。また、ベルリンでは、ジュースよりもビールが安いので、ホテル近くのお店で購入した瓶ビールも一緒に口に運んだ。ところが、瓶ビールを購入したものの、栓抜きを持っていなかったため、ガンモがDDR Museum前のコンクリートの隙間に瓶ビールの栓を器用に引っ掛けて、何とか開けた。ジュースを買うよりも安いビールは、やはりビールの本場とあってとてもおいしかった。

 さて、DDR MuseumのDDRとは、Deutsche Demokratische Republik(ドイツ民主共和国)の略称である。Republikは綴り間違いではなく、ドイツ語の場合、英語で言うところのcがkと表記されることが多いようだ。すなわちDDR Museumは、いわば旧東ドイツの実情を伝えるための博物館であるとも言える。

 館内に展示されていた展示物は、私にはちょっと理解し難いものが多かった。とは言え、旧東ドイツ好きの人たちにとってはたまらない内容らしかった。展示のさせ方が実にユニークで、ロッカーを開けたり、引き出しを開けたりしながら、展示物を楽しめるようになっていた。

 それにしても、そもそも何故、旧東ドイツ好きの人たちがいるのかさえも、私には良くわかっていなかった。西側に比べて東側は不自由な国だと思っていたのだが、そうした抑圧された時代をひどく懐かしむ人たちがいるということなのだろうか。

 DDR Museumには、例えば旧東ドイツの軍隊に入った人の生活用品、監獄、階級をなくす目的で裸のまま海水浴をしている人たちの写真などが展示されていた。また、旧東ドイツ時代に生産されていたトラバントという自動車も展示され、乗車できるようにもなっていた。トラバントは、一九五八年から一九九一年まで、ほとんどモデルチェンジもされないまま製造され続けた自動車なのだそうだ。写真を見るとおわかりいただけると思うが、いかにも古めかしいデザインの自動車である。これほど古めかしいデザインの自動車が一九九一年まで製造され続けていたことに驚くばかりだ。それを考えると、私たちのような環境に育った人たちは、常に新しいものを求め過ぎなのかもしれない。ちなみに、ベルリンのお土産売り場には、トラバントのミニカーやマウスパッド、キーホルダーなどのたくさんの関連商品が売りに出されていた。

 私にとって、馴染みの深い展示物もあった。旧東ドイツ時代の古いカメラである。旧ロシア製のカメラもそうなのだが、社会主義国においては、同じモデルのカメラを何十年にも渡って製造し続ける。旧ロシアのカメラも、デザインはとても古めかしいのに、カメラ自体はとても新しいものにしばしば出会うことがある。それは、旧ロシアが同じ型のカメラを何十年にも渡って製造し続けたからなのである。人々は、あまり変化を求めたがらなかったのだろうか。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、DDR博物館を見学するをご覧ください。

※スマートフォンやタブレットからアクセスしてくださっている方たちには、スライドショーが表示されないそうで、申し訳ありません。m(__)m

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 少し前までは、パソコンが一台あれば、いろいろなことができたものですが、今は、インターネットに繋ぐことができないと、ほとんど何もできないのに等しいですね。インターネットに接続できなくて、かなりやきもきしていました。もしかすると、更新が遅いために、旅先で何かあったのではないかと心配してくださった優しい方がいらっしゃるかもしれませんが、単にインターネットに接続できなかっただけですので、ご心配なく。次の更新まで、あまり時間がありませんが、一眠りしてから次の更新に取り掛かりたいと思います。(苦笑)

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2012.08.05

雨のブランデンブルク門とベルリンの壁

ロンドンオリンピックの雰囲気だけ味わうの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 普段は、仕事に出掛けている間も、携帯電話を自由自在に使って、たくさんの情報を受け取ったり、こちらから発信したりしていますが、海外に来るとパケット料金がひどく割高になるため、携帯電話はほとんど使っていません。そうなると、ホテルに帰ってから操作するパソコンだけが情報源となり、大量の情報を受け取るのに時間が掛かってしまいます。そんな経験から、私たちはもはや、携帯電話なしでは、一日の情報量をうまく処理し切れないのではないかと思いました。携帯電話を使って、何時間かごとに新たな情報を次々に受け入れながら情報を分散させることで、これまでの生活が成り立っていたんですね。

 ロンドンのヒースロー国際空港から私たちが利用したのは、British Airwaysのベルリン行きの飛行機である。驚いたことに、私たち以外には日本人は誰も乗っていなかった。実は、私はエアバスが好きではなく、できれば利用するのは裂けたいと思っている。何故なら、飛行機が墜落したニュースというを聞く度に、墜落した飛行機のメーカを調べてみると、エアバスであることが多いように思うからだ。

 今回、私たちが利用したエアバスは、これまであまり利用したことのない左右に三列ずつの構造だった。British Airwaysのキャビンアテンダントは男性が多く、女性キャビンアテンダントの多い日本の飛行機に乗り慣れていた私としては、何だかとても新鮮だった。

 飛行中、一度だけ飲み物とおつまみが配られたので、私はダイエットコーラをいただいた。ダイエットコーラは、ミニ缶に入っていた。氷をつけてもらい、カップの中に注いで飲んだ。

 飛行機は二時間ほどでベルリン・テーゲル国際空港に着いた。ベルリン・テーゲル国際空港に着いてまず最初に驚いたのは、飛行機を降りた直後に長い行列ができていたことだ。通常、飛行機を降りると、長い通路を歩き始めることが多いはずなのだが、どういうわけかなかなか前に進まないのだ。一体何が起こっているのかと思いきや、何と、飛行機を降りてすぐの場所に、入国審査の窓口があるのだった。私は驚きながらも、ようやく順番が回って来たので、入国審査を受けた。「ドイツは初めてですか?」「ドイツにはどのくらい滞在するのですか?」と尋ねられたので、「初めてではありません」「三~四日です」と答えた。

 そして、その先を歩いて、預けた荷物を受け取るところに出たのだが、何とまあ、小さな空港だろうと驚いた。預けた荷物が回っているレーンも小さく、場所もひどく狭いのだ。ガンモ曰く、もうすぐこのベルリン・テーゲル国際空港は閉鎖され、ベルリン・ブランデンブルク国際空港という現在建設中の新しい空港に切り替わるのだそうだ。ベルリンはドイツの首都だというのに、これほど小さな規模の空港で、これまで良くやって来られたものだと思った。

 空港からは路線バスに乗り、宿泊するホテルまで向かった。ホテルに着いたのは、日本時間で言うと朝の五時を過ぎていたので、まさしく今回の旅行に出掛けて行くために自宅を出てから二十四時間も経過していたわけである。途中、飛行機の中で少しうとうとしたものの、さすがに睡眠不足と疲れが出てしまい、自宅を出てから二十四時間も経過しているというのに、私はシャワーも浴びずにベッドに潜り込み、泥のように眠った。

 目覚めてみると、就寝してからまだ四時間ほどしか経っていなかったが、熟睡できたので、とてもすっきりしていた。そしてむくむくと起き上がり、「ガンまる日記」を書き上げ、朝食を取り、実家の両親に電話を掛けてから、ガンモと二人でベルリンの街へと繰り出した。

 私たちがベルリンの街を歩き始めてからしばらく経つと、雨が降り始めた。旅先で雨に降られるのは仕方がない。しかし、雨が降ると傘をさして歩かなければならず、傘をさすと、両手でカメラを構えて写真を撮影したい私たちとしては、片手しか使えないことがとても不便で仕方がなかった。それでも、何とかベルリンの街をカメラに収めながら、ベルリンの街を次々に観光した。

 ベルリンの街を一言で表現するならば、「地味」だろうか。日本で言えば、東京と同じ立場の首都だというのに、都会の華やかさは感じない。建物一つを取ってみても、無駄な装飾が省かれ、もう何十年もそこに建っていそうな年季の入った建物ばかりである。

 ベルリンの観光名所で一番にお伝えすべきことは、ブランデンブルク門とベルリンの壁だろう。ブランデンブルク門は、まだ東西を隔てる壁が存在していた頃も、そして、壁が取り払われた現在でも、ベルリンを象徴する門として存在し続けている。雨に見舞われたブランデンブルク門の周りには、瞑想集団やスパイダーマンの格好をした人たちによるパフォーマンスが行われていた。ヨーロッパの路上では良く見掛けることである。

 そんな中に、軍人の服を着た人が大人しく座っていたので、この人もパフォーマンスを遂行中なのだと思い、写真をパシャパシャ撮影していたところ、いつまで経ってもその人がまばたきさえしないので、どうやらそれはただの人形だったことに気が付いた。

 それから私たちは、ベルリン市内に残されているベルリンの壁の一部を見学した。こうしたベルリンの壁は、街の複数の箇所に今でも残されているようだ。コンクリートで作られたその壁には、絵や文字が描かれていた。また、街を歩いてみると、かつてベルリンの壁が存在していた場所にはっきりと印を残している場所もあった。一九八九年のベルリンの壁崩壊から既に二十三年が経過しているわけだが、東西に隔たりを作っていた壁が取り払われ、のちにこのような形で観光名物になることを、果たして、壁があった時代にベルリンに住んでいた人たちは予想できただろうか。

 ベルリンの崩壊から二十三年が経過してもなお、他の資本主義社会のような華やかな雰囲気はなかなか作り出せないでいる。私は現在のこの地味なベルリンに、まだまだどこか抑制された雰囲気を感じたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、雨のブランデンブルク門とベルリンの壁をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m かつて社会主義国だった頃の名残でしょうか。ベルリンは、「ここが本当に首都なの?」と不思議に思ってしまうくらい、地味な場所ですね。北京のほうがまだ栄えている気がします。それでも、観光客は多いですね。まだまだベルリンを探索してお伝えして行きますね。

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2012.08.04

ロンドンオリンピックの雰囲気だけ味わう

今年の夏休みは・・・・・・の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。桑名正博さんの気管切開手術は無事に終わったみたいですね。状態も安定しているとか。既に、長い闘病生活が始まってしまっているのかもしれませんが、病気と向き合う人と病気の人を支える人たちとの間には、他の経験からは得られないほどの大きな学びがあると思っています。病気が長期化することによって、時には人間関係の歪みも出て来るかもしれませんが、そうしたことでさえも、その人たちにとっては、とても貴重な経験になるだろうと思います。

 四時に起床して、出発の準備を整え、荷物をまとめて五時半にガンモの運転するカングーに乗り込んだ。伊丹空港から出発する朝の早い便に乗りたかったのだが、あまりにも時間が早いため、自宅の最寄駅から運行されている路線バスがなかった。そこで、ひとまず荷物をカングーに載せて自宅のJRの最寄駅まで行き、私がJRの最寄駅で荷物番をしている間にガンモはカングーを置くために自宅へ戻り、今度は自転車に乗って自宅のJRの最寄駅までやって来るというちょっとした冒険をした。

 自宅のJRの最寄駅で再び合流した私たちは、JR線に乗って大阪駅まで移動し、大阪駅から阪急電車に乗り換えて蛍池で降りたあと、大阪モノレールに乗って伊丹空港まで出た。伊丹空港は、我が家からカングーで行くには近いのだが、公共の交通機関を利用して移動するとなると、ちょっと大変なのである。かと言って、駐車場料金も高そうなので、便利であるとは言え、カングーではあまり利用したくない。大阪モノレールを使用するならば、最初から、阪急の最寄駅に移動しても良かったのだが、カングーを置いてからガンモが自転車で阪急の最寄駅に移動するとなると、自転車の駐輪料金が掛かってしまう。いつも通勤に利用しているJRの最寄駅の駐輪場ならば、月契約で駐輪料金を払っているので、一週間ほど預かってもらっても問題はないというわけだ。

 他の人たちも夏休みが始まったためか、朝の伊丹空港はひどく混雑していた。私たちは、成田国際空港行きの飛行機に乗り、成田国際空港からは、ロンドン行きの飛行機に乗り込んだ。

 座席はエコノミー席で、ガンモが窓際、私が真ん中、私の右隣にはインド人と思われる男性が座っていた。成田国際空港からロンドンのヒースロー国際空港までの所要時間は十二時間余りだった。私たちは、インド人と思われる男性にお願いして、飛行中、三、四回ほどトイレに立った。

 飛行機の中では、二回の食事と一回のリフレッシュメントが配られた。一回目の食事の写真は撮り忘れてしまったのだが、二回目の食事とリフレッシュメントは写真に収めることに成功した。二回目の食事は、何と、Air Mosだった。モスバーガーの空弁(?)とでも言っていいのだろうか。袋を開けてみると、モスライスバーガーの中にきんぴらごぼうが挟まっていた。また、リフレッシュメントとして配られたパンにも驚いた。最初は何だか良くわからなかったのだが、ガンモが、
「これ、オリンピックのマークじゃない?」
と言った。確かに良く見ると、青、黒、赤、黄色、緑と五つの輪が描かれてる。しかも、色の並びまでオリンピックのマークと同じである。とは言え、どことなく中華風に感じてしまうのは私だけだろうか。まるで孫悟空でも出て来そうな雰囲気である。

 私たちの乗った飛行機は、途中、少し揺れたりもしたのだが、映画を鑑賞したり、うとうとしたりしているうちに、無事にヒースロー国際空港に到着した。ちなみに、私たちがヒースロー国際空港に降り立つのは四年振りのことである。早朝から家を出て来たというのに、ようやくヒースロー国際空港に着いたのは、日本時間の〇時頃だった。

 とは言え、今回はロンドンに滞在するわけではなく、ロンドンに着いたあと、ヒースロー国際空港で別の国際線に乗り換えることになっていた。そこで私たちは、別の国際線に乗り換えるまでのおよそ二時間をヒースロー国際空港で過ごしたのである。

 折しも、ロンドンではロンドンオリンピックが開催中である。そんなロンドンオリンピックの雰囲気だけでも味わおうと、ヒースロー国際空港内でロンドンオリンピックに関連するグッズを探してみたのだが、ほとんど見当たらなかった。やはり、別の国際線に乗り換えるための出発ロビーだからだろうか。到着ロビーならば、他国からやって来た人たちを迎えるために、ロンドンオリンピックを象徴するような何かが展示されていたりするのかもしれない。

 私たちはがっかりしながらも、お土産売り場をのぞいたりした。イギリスのお土産がいくつか売られてはいるものの、やはりオリンピックのグッズは見当たらなかった。また、ヒースロー国際空港での搭乗ゲートは、あらかじめ決まっているわけではなく、ヨーロッパの列車と同じく出発の少し前に決まるので、私たちが乗る飛行機の搭乗ゲートが決まるまでは何となく落ち着かなかった。私たちは、搭乗ゲートが表示されている案内板を気に掛けながら、お腹が空いたので、サンドイッチを食べることにした。かつてロンドンで食べたサンドイッチがおいしかったことを思い出したからだ。

 一つのサンドイッチをガンモと分けて食べた。パンがカリカリしていておいしかった。一緒に買ったコカコーラのラベルにユニオンジャックとロンドンオリンピックを象徴するマークが描かれていたので、私たちはやれやれと思った。コカコーラの中に、ようやくロンドンオリンピックの雰囲気を感じることができたからだ。

 そうこうしているうちに、私たちが乗る別の国際線の搭乗ゲートが決まったので、その搭乗ゲートまで移動したのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ロンドンオリンピックの雰囲気だけ味わうをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いよいよ夏休みが始まり、私たちの旅も始まりました。お土産売り場でユニオンジャックの国旗を見たとき、ああ、イギリスに来たんだなあと胸が高鳴りました。国旗としてかっこいいですよね。しかし、ヒースロー国際空港にはたった二時間しか滞在しない上に、搭乗ゲートもなかなか決まらないため、何だか中途半端な二時間を過ごしてしまいました。

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2012.08.03

今年の夏休みは・・・・・・

映画『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 毎日本当に暑いですね。オフィスで席替えをしたのですが、これまでとても暑い席だったのに、とても涼しい席に変わりました。それはそれでありがたいのですが、夏に涼しいであるということは、足元がひどく冷えるのです。上半身はほてりがあるので、涼しいのはとてもありがたいことなのに、足が冷えて困っています。(苦笑)そこで私は、軽量コンパクト!非常用持ち出し袋の必需品!非常用防水シートや、防寒シート、災害用保温シー...(防寒用のアルミシート)を持参して、ひざ掛けの下に忍ばせて使ってみました。使うときにパサパサ音がしますが、とても暖かいことがわかりました。よろしければ皆さんもお試しください。

 心理的なことの記事には、母が病気のため、すべての旅行はさし控えたいと書かせていただいた。また、私たちが例年のように夏休みは海外旅行に出掛けて行くのではないかと人に言われたことに対し、腹を立てたりもした。

 実は、今年のお正月を過ぎたあたりに、やはり母の経過が良好なので、ガンモからシンガポールに旅行に行こうと提案されていた。しかし、あとで順を追って書かせていただくことにするが、母はその頃、新しい抗がん剤を投与していただくことになり、私としても心配な状況に直面していた。ガンモは、まだまだイレッサが効き続けると思っていたので、シンガポールに出掛けて行くつもりで、飛行機を予約していたのだ。しかし、そんな不安な状況では、とても旅行に出掛けて行く気にはなれず、私たちはキャンセル料を支払って、旅行をキャンセルした。そんなこともあるので、何ヶ月も先の予定は立てられないと思った。抗がん剤は、ある時期までは良く効いていても、いつまでも効き続けてくれるわけではないからだ。だから、何ヶ月も先の予定を人に聞かれたり、私たちが例年と同じように旅行に出掛けて行くのではないかと、これまでの先入観から人に思われるのがとても嫌だった。

 実際、私はこの一ヶ月ほど前までそうした気持ちに変わりはなく、母の経過が良好なため、相変わらず夏休みに旅行に行きたいと主張するガンモと大喧嘩をしたりもした。私の職場は、夏休みがなかなか決まらない職場なので、夏休みの少し前になると、
「夏休みは決まった? いつ?」
などとガンモにしばしば聞かれたものだった。しかし、私としては、夏休みにどこかに出掛けて行くつもりはなかったので、
「夏休みが決まっても決まらなくても関係ないでしょ」
と答えていた。

 それが、やはりファースト・イレッサ(9)と同じような流れになり、私はどこかに出掛けて行くつもりなどなかったというのに、とうとう重い腰を上げて、夏休みに旅行に出掛けて行くことにしたのだ。母は、
「毎年、旅行に行きよるんじゃけん(行っているのだから)、行って来たら。こっちは心配ないけん(心配ないから)」
と言ってくれたのだ。

 考えてみれば、母の経過が良好なのは、末期がんであることを悲観せずに、できるだけおおらかな気持ちでいることも関係しているのかもしれない。主治医と漫才のような会話を楽しんだり、入院中も同室の人たちと積極的にコミュニケーションを取ったりと、普段と変わりなく過ごすことで、免疫力が高まっているのではないかとも思う。それならば、私たちも母の病気のことを悲観したりせずに、常に前向きに、むしろ気に掛けるべきところはしっかりと気に掛けて、できるだけいつも通りにするのがいいのではないか。そんなふうにも思えたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 夏休み前の仕事も無事に終えて、私たちは事実上、夏休みに入りました。次回の更新は、旅先からの予定です。行き先は、いつものように、日本よりは涼しいところです。私たちが不在にすることで、関西電力の節電にも貢献していますよね。(笑)それでは、行って参ります!

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2012.08.02

映画『ベティ・ブルー/愛と激情の日々』

ファースト・イレッサ(9)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ああ、またまたやってしまいました。わずか一時間ではありますが、またしても書きかけの記事をアップして公開してしまいました。(苦笑)アクセスしてくださった皆さんには、書きかけの記事をお見せすることになってしまい、申し訳ありませんでした。最近、残業続きのため、帰宅してから就寝までの時間が短く、記事をなかなか書き上げられないのです。そのため、更新時間が、これまでの通勤途中から昼休みにまでずれ込んでしまっています。今回も昼休みにしこしこ書いていたのですが、時間内に書き上がらず、もうすぐ昼休みが終わってしまうと思い、慌てて下書き保存したつもりだったのですが、間違って記事を公開してしまいました。書きかけの記事を公開してしまったことを後悔しています。(苦笑)ここに改めて公開させていただきます。

 本作を鑑賞したのは、つい先日の七月二十八日のことである。製作から二十五年を経た作品が、デジタル・リマスター版で生まれ変わって劇場公開されたのだ。私は、リアルタイムで鑑賞していなかったので、これは良い機会だと思い、劇場に足を運んだ。

 一九八〇年代の作品だからだろうか。やはり、リアルタイムで鑑賞されたであろう五十代や六十代の観客が多く、鑑賞したミニシアター系映画館の小さなスクリーンは、前列のほうまで埋まっていた。

 本編の上映が始まって驚いたのは、その映像の美しさである。デジタル・りマスター版をリリースする手順については良くわかっていないのだが、何しろ作品が古いので、あまり期待はしていなかったのだ。ところがそんな考えは甘かったとすぐに気付かされることになる。まるで、最近撮られたばかりの作品のように美しかったのである。

 本編が始まると、いきなり濃厚なベッドシーンが写し出された。「あれ? でも、何か、嫌じゃない。このベッドシーンには愛があるぞ」私はそう感じた。少し前に鑑賞した映画『ヘルタースケルター』のラブシーンとは大きな違いである。

 濃厚なベッドシーンでは、男女が欲望に任せて絡み合っているのではなく、互いに自分の中にあるものを与え合っていた。そのベッドシーンには、男女としての美しさが描き出されていた。

 私は、本作のようなベッドシーンを、子供たちにももっと見せるべきだと思う。世の中に溢れているベッドシーンの多くは、欲望にまみれていて目を覆いたくなるものばかりだが、本作のようなベッドシーンには、例え一見、過激であるかのように見えても、ベースにある深い愛をはっきりと感じ取ることができるので、子供たちに向けても封印すべきではないと思うのだ。

 ペンキ塗りで生計を立てているゾルグと情緒不安定なベティが出会い、激しい恋に落ちる。ゾルグは常にベティに与え続け、感情のコントロールが効かず、情緒不安定なベティはゾルグを振り回し続ける。まさしく、邦題のサブタイトルに掲げられている「愛と激情の日々」がぴったりの作品である。

 作品の中で、彼らが結んで行く友情も面白い。べティの親戚にホテルを経営している女性がいて、二人はその女性を頼り、そこで共同生活を始める。その女性には恋人がいて、べティとゾルグはその恋人ともすぐに意気投合する。そして、その恋人の紹介で職や家にありつけるというわけだ。

 そして、私が本作を鑑賞していて気になったのは、ガスコンロの使い方である。通常、ガスコンロは、鍋に火を通したりするのに使うものだが、どうも本作では、明かり代わりに使われることもあるように思えた。フランスでは、ガスコンロを明かり代わりに使うことも多いのだろうか。

 また、自動車で働きに出掛けていたゾルグが、ガスコンロにかけたままの鍋をさも熱そうにつつくシーンも気が気ではない。だいたい、ガスコンロに火をかけたまま仕事に出掛けて行くなど考えられない。そして、「間に合った」と言って鍋をテーブルまで運ぶのに、ガスコンロの火は止めないのだ。「おいおい、早くガスコンロの火を止めなよ!」と、思わず叫びたくなってしまった。本作には、そんなシーンがいくつか用意されている。ガスコンロの火を止める概念が、日本とフランスでは異なっているのかもしれない。

 物語としては、かなり長いほうではないかと思う。まるで、一ヶ所に留まっているのは退屈なんだと言わんばかりに、状況が次々に変化して行く。だからと言って、決して展開が速くて追いつけないわけではない。好感の持てる展開のスピードだ。

 状況の変化が大きいためか、出会った頃のべティとゾルグと、物語の終盤を迎える頃の二人は、もはやまったく別人のようである。そして、衝撃のラストは、どんどん加速して変化してしまったべティに、とうとう追い付けなくなってしまったゾルグが思い切って取った行動なのかもしれない。

 ちなみに、べティを演じているのは、のちの映画『屋敷女』のベアトリス・ダルだそうだ。私は、映画『屋敷女』は予告編しか観ていないのだが、彼女なら、映画『屋敷女』のようなホラー映画でも何かしでかしそうな気がする。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何となく、平穏な関係ではいられないカップルっていますよね。ゾルグとべティがまさしくそんなカップルだったのではないかと思います。べティは感情のコントロールができない女性で、気に入らないことがあると、部屋の窓から生活用品を次々に投げてしまいます。それだけならまだしも、予告編にもあるように、住んでいた家に火を付けてしまったりもするのですね。ゾルグはそんなべティも受け入れて行くのです。ここに描かれているのは、そんな激しい愛ですね。

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2012.08.01

ファースト・イレッサ(9)

ホットヨガ(三〇三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m インドで大停電が発生し、たくさんの人たちが影響を受けているようですね。今の日本でさえ、この暑さのために、熱中症でたくさんの方たちが亡くなられたり、病院で処置を受けたりしているというのに、日本よりももっと暑いインドで大停電が発生すると、被害は更に大きくなるのではないでしょうか。インドはインドで、日本とは別の事情から、電力不足の問題を抱えていたのですね。それでは、まだまだ一年前の出来事を書かせていただいていますが、ファースト・イレッサ(8)の続きを書かせていただきます。

 香川県にあるガンモの実家で行われた義父の四十九日の法要が終わったあと、私たちは愛媛にある私の実家へと向かった。

 私の実家方面では、身内の人が亡くなると、「服(ぶく)がかかっている」などと言って、神仏に近付かないようにするだけでなく、四十九日の法要を終えるまでは他者との交流を極端に控える習わしがある。義父が亡くなったすぐあとに、母の古くからの友人の義母さまが亡くなられた。その友人と母はとても仲が良く、いつも電話で話をしたり、お互いの家を行き来する仲なのだが、母の友人は、義母さまの四十九日の法要を終えるまでは、母には会えないとおっしゃったそうだ。そうすることで、それと同じようなことが自分の接する人たちに起こらないようにしているかのようだった。すなわち、母の友人が母と会わないと宣言したのは、母に対する気遣いでもあったのだ。

 母自身もそうした習わしをひどく気にしていたので、義父が亡くなった直後に、私たちもイレッサ服用の経過を診ていただくために入院した母を見舞うのを控えた。そのため、その帰省は、母の検査結果を聞きに行くために六月に帰省して以来、およそ二ヶ月振りの帰省となったわけである。

 義父の四十九日の法要を終えて帰省したのは、ちょうど今から一年前の七月末だったので、夏休みの一週間ほど前のことだった。もうすぐ夏休みで、ガンモが旅行に出掛けて行きたがってはいるものの、私自身はまったく乗り気ではなく、旅行になど行きたくない、絶対に行かないと母にも宣言していた。

 実際、これまでにも書かせていただいたように、母の経過はとても良好だったので、夏休みにガンモが旅行に行きたがったとしても不思議ではない状況だった。しかも、それまで多いときは月に一回ペースで鉄道乗り潰しの旅に出掛けていたこともある私たちが、義父のことや母のことが気掛かりだったので、旅行に出掛けて行くのを控えていた。そんな状況だったので、夏休みが目前に迫っているというのに、旅行の計画を立ててはいなかったのである。

 しかし、ガンモが旅行に行きたがっていると知った母は、
「旅行に行きたかったら、行って来たらええんよ(いいのよ)。むしろ、旅行に行かないことでストレスを溜めて欲しくない」
と言ってくれた。それでも私は旅行に出掛けて行く気にはなれず、旅行に行きたいというガンモと、旅行に行って来たらいいと勧めてくれる母に対し、旅行には行きたくないと頑なに主張し続けていた。

 とは言え、母の経過が思いのほか良好だったので、ガンモは私と顔を合わせる度に、夏休みに旅行に出掛けて行きたいと言った。ガンモにしてみれば、旅行を楽しみに仕事を頑張っているところも大きかったからだ。また、この頃のガンモは、仕事によるストレスもかなり溜めていたようだった。私も精神的に辛そうなガンモを見て来たので、ガンモの抱えているストレスに対しては、何とかしたい気持ちもあった。

 そして、それらのことを総合的に考えた上で、私はようやく重い腰を上げた。私はガンモに、
「夏休み、旅行に行こうか」
と提案したのだ。ガンモの目はみるみる輝き、私が母にそのことを報告すると、ガンモは早速、飛行機とホテルを手配した。ガンモはそんな旅行の準備の作業も大好きなのだ。

 実家に一泊して、私たちが帰宅して日常に戻った頃、母は主治医の診察を受けた。この頃、母は定期的に受診していたのだ。母が診察に出掛けて行く日の朝、母に電話を掛けてみると、母は、今日、これから病院に行くのが楽しみだと言った。きっと、経過が良好なため、がん細胞がまた小さくなっていることを確認するのが楽しいのだろう。私は、そんな母の言葉に胸がつまる想いがした。

 母が病院で診察を受ける日は、診察が終わったあと、昼休みに連絡をくれることになっている。そのため、私は職場の食堂にも携帯電話を持参して、できるだけ母と話し易い場所を陣取り、母からの連絡を待つのだった。

 その日も、主治医の診察を終えた母から連絡が入った。やはり、イレッサが良く効いていて、母のがん細胞は、またしても小さくなっていたのだそうだ。何と、最初の半分ほどの大きさになっているという。母のがん細胞は、肺にできた空洞も含めて八センチ余りあると聞いていたので、このとき四センチくらいになっていたことになる。何とありがたいことなのだろう。

 そして私たちは、本当に様々な想いを抱えながら、夏休みにオーストラリアに旅立ったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 去年の私たちの夏休みの旅行は、このような感じでようやく決まったのです。しかし、私たちが毎年のように旅行に出掛けていることを知っている人たちから見れば、例年と同じように映って見えていたかもしれません。でも、実際は違っていたので、このギャップをどのように理解してもらえばいいのだろうと、かなり悶々としていたのを覚えています。そして、実は今年も去年と同じような状況だったのですが、やはり母の経過がとても良好なので、思い切って旅行に出掛けて行くことにしたのです。(笑)

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