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2012.07.10

「声かけ事案」に思う

映画『50/50 フィフティ・フィフティ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 暑かったですが、節電のためにエアコンを使わずに、扇風機だけで何とかやり過ごしました。しかし、ほてりがあって、どうにもこうにも暑いので、私は水に濡らすことで身体を冷やすことのできる冷感タオル(?)を肌の上に掛けて過ごしました。とは言え、扇風機の風に当たると、冷感タオル(?)があれよあれよという間に乾いてしまうのですね。そのため、大きなペットボトルに水をたっぷり注いで寝室に持ち込み、冷感タオル(?)が乾いたと感じる度にペットボトルの水を含ませていました。冷感タオル(?)をそのまま人間の身体に例えてみると、扇風機の風に当たるところにいれば、身体の水分がどんどん失われてしまうということなのでしょうね。扇風機で身体を冷やすときは、こまめに水分補給をしなければ干からびてしまいそうです。熱中症だけでなく、こういうこともあるので、皆さんも、夏の水分不足には充分お気をつけくださいね。

 ひょうご防犯ネットに登録して、兵庫県の防犯情報をメールで受信し始めたという話を少し前に書かせていただいたと思う。今回は、ひょうご防犯ネットから届いたメールを引用させていただきながら、記事を書かせていただこうと思う。

 実は、ひょうご防犯ネットからのメールを受信するようになってから、初めて知った言葉がある。それは、「声かけ事案」という言葉だ。一体どのような意味を持つ言葉なのかというと、どうも、街で知らない人に声を掛けられた事件のことを意味しているらしい。以下に、「声かけ事案」を示すメールをご紹介させていただくことにする。

声かけ事案発生(7月9日・尼崎北)

7月9日(月)午後4時ごろ、尼崎市南武庫之荘の路上で、声かけ事案が発生しました。
徒歩で通行中の女子生徒に対して、卑わいな言葉をかけながらつきまとったもので、生徒が無視して逃げると、北方へ立ち去りました。
声をかけたのは、30~40歳位、170センチ位、小太りの男です。

 このメールから判断すると、「声かけ事案」として扱われている事件というのは、卑猥な言葉を発したり、何か性的な欲望が奥に潜んでいる行動だと読み取ることができる。しかし、同じ「声かけ事案」でも、以下のようなケースもある。同様に、メールを引用させていただく。

声かけ事案発生(7月9日・神戸北)

7月9日(月)午後3時45分ごろ、神戸市北区甲栄台1丁目2番付近の路上で、声かけ事案が発生しました。
徒歩で通行中の女子児童に対して、すれ違いざまに突然「どこ行くの」と声をかけたもので、怖くなった児童が走って逃げると、西方に立ち去りました。
声をかけたのは、30歳代位、170センチ位、中肉、黒っぽい服装の男です。

 街で「どこ行くの」と声を掛けられただけでも、相手が見知らぬ人ならば、「声かけ事案」に含まれるのだろうか。正直言って、これには少々驚いた。大人ならば、単に無視してしまえばいいだけの話だが、小学生くらいの児童(ここには児童の年齢は書かれていないので、小学生くらいと書いたのは、私の勝手な想像である)であれば、恐ろしいことだろう。

 とは言え、関西に住んでいれば、見知らぬ人から声を掛けられることは日常茶飯事と言ってもいい。以前も書かせていただいたが、カメラを首からぶら下げて大阪の街を歩けば、
「ええ写真、撮れたかあ?」
と見知らぬおじさんから声を掛けられるし、ズボンに付いている紐がほどけたままで歩いていようものなら、
「ズボンのの紐がほどけてるでー」
と親切なおばちゃんから声を掛けられる。ひょっとすると、大阪の声かけ事案は、兵庫県よりももっと多いのではないだろうか。

 そう言えば、数ヵ月ほど前のことだろうか。私がJR三ノ宮駅前で携帯電話を操作していると、見知らぬ男性から声を掛けられた。
「それ、パソコン?」
それに対し、私が、
「携帯電話です」
と答えると、
「へえ、携帯電話なんや。ところで、暇なん? お茶でもせえへんかなあと思って」
と言われた。私は即座に断ったのだが、もしも私がこのことを警察に通報していれば、以下のようなメールが配信されるのだろうか。

声かけ事案発生(×月×日・神戸三宮駅前)

×月×日(×)午後6時25分ごろ、神戸市中央区XXXXXXのJR三ノ宮駅前で、声かけ事案が発生しました。
携帯電話を操作している女性に対して、「それ、パソコン?」と声をかけたもので、女性が「携帯電話です」と答えると、「へえ、携帯電話なんや。ところで、暇なん? お茶でもせえへんかなあと思って」とお茶に誘って来たという。
女性がはっきりと断ると、男はそれ以上、つきまとっては来ませんでした。
声をかけたのは、XX歳代位、XXXセンチ位、中肉、XXXっぽい服装の男です。

 このように、大人にとっては日常茶飯事の出来事であっても、物事を判断できない子供にとっては恐ろしいできごとなのだろう。

 ただ、私が思うのは、「声かけ事案」として報告されているものの中には、心の中に友好的な想いが含まれているものも存在していたのではないかということだ。そして、仮にそのような出来事でさえも、「声かけ事案」として取り上げられるとするならば、それだけ、人と人との繋がりが薄くなってしまっているという時代の現れではないかと思えるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何でもかんでも「声かけ事案」になってしまったとしたら、見知らぬ大人と子供が新たに出会うチャンスはなくなってしまいますよね。子供が見知らぬ大人に声を掛けられたときに、その子供の中に何が残ったが大切なのかもしれません。

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