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2012.06.30

映画『ファイナル・ジャッジメント』

ファースト・イレッサ(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 暑いですね。とうとう我が家もクーラーを使い始めてしまいました。風通しの良くない寝室のあまりもの暑さに、私よりもガンモのほうが我慢できなくなってしまったようです。ガンモに、「ところで、まるみが住んでいた東京の部屋には、クーラーはあったっけ?」と聞かれて驚きました。そう言えば、独身時代に東京で一人暮らしをしていた頃、部屋にはクーラーがありませんでした。今となってはとても考えられないことですね。その頃よりも、地球の温暖化が進んでしまっているということなのでしょうか。それとも、身体がすっかりクーラーに慣れてしまったのでしょうか。

 今日は、六月二十九日に鑑賞したばかりの本作のレビューを書かせていただこうと思う。

 仕事のある日は早朝から起きて活動しているため、私が平日に映画を鑑賞することができるのは金曜日の夜だけである。金曜日になると、私は水を得た魚のように映画館へと出掛けて行く。自宅近くの大型映画館に足を運ぶこともあれば、三宮にあるミニシアター系映画館に足を運ぶこともある。

 今回は、仕事帰りに三宮にあるミニシアター系映画館に足を向けた。そこで、十九時から上映される作品を一つだけ鑑賞しようと思い、受付でチケットを求めたところ、その映画館の上映スケジュールが目に留まった。それによると、私が鑑賞しようと思った作品が上映されるスクリーンで、二十一時から別の作品が上映されることになっていた。タイトルを見ると、まだ鑑賞していない作品だったので、せっかくの金曜日だと思い、二十一時から上映されるもう一つの作品のチケットも追加で購入した。それが本作だったというわけだ。

 十九時から上映された作品は、およそ半分ほどの席が埋まっていた。その作品の上映が終わり、いったんトイレを済ませてから再びそのスクリーン付近で本作の上映案内を待ち、再入場した。しかし、周りを見回してみると、鑑賞する人が私を入れても三~四人しかいないのである。そのとき、私ははたと気が付いた。「え? 映画『ファイナル・ジャッジメント』というと、もしかして、あの『幸福の科学』の・・・・・・?」そう、つい先日、たまたま訪問したブログで、本作を絶賛する記事に出くわしたのだ。どうもそのブログを書かれているのは、「幸福の科学」の信者の方だったようだ。

 私は、映画好きの人たちが集まるミニシアター系映画館で、これほど観客の少ない作品に出会ったことがなかった。もしかすると、「幸福の科学」という宗教団体が製作に関わっているために、本作を鑑賞したいと思う人が圧倒的に少ないのかもしれないと思ったが、私自身は映画として公平な目で判断するつもりで鑑賞に臨んだ。

 しかし、鑑賞しているうちに、最初のそんな意気込みはどこかに吹き飛んでしまった。はっきり言って、この作品はひどい。いい台詞もたくさんあるはずなのに、心にまったく響いて来ない上に、感情移入できるところもまったくないのである。登場人物の演技に力が入り過ぎているからなのだろうか。ものすごく冷めた目で見てしまうのだ。

 ストーリーとしては、日本がオウラン国というアジアの大国に侵略され、言論や宗教の自由を奪われてしまう。しかし、それでも宗教を求める人たちが集まり、"ROLE"という地下組織を形成している。そんな中、政治家を目指す鷲尾正悟という青年が立ち上がり、やがて「救世主」へと成長して行くというものだ。

 製作総指揮は、「幸福の科学」の総裁大川隆法氏である。果たして、ここに表現されていることが、彼の思想なのだろうか? 仮にそうだとすると、あまりにもお粗末である。決して、「幸福の科学」の思想の押し付けというわけではないのだが、何故、こんなにも心に響かない作品が出来上がってしまうのか、不思議なくらいである。スピリチュアルなものを求める人ならば、誰でも経験があるだろう。自分のまったく意図しないところで起こるある種の衝撃--それは、これまで自分の中で閉じていたものが突如として開かれ、涙さえ出て来るほどの新たな気付きである。本作は、そういう経験をしてもおかしくないほどのテーマを扱っているというのに、残念ながら、そのような経験には至らないのだ。

 鑑賞後、他の方たちの評価が気になって、映画サイトに投稿されているいくつものレビューを拝見してみた。やはり、私と同じような感想を抱いている人たちがたくさんいらっしゃった。反対に、本作を高く評価しているのは、やはり「幸福の科学」の信者の方たちのようである。

 驚いたのは、どこの地域だか知らないが、「幸福の科学」の信者の方たちが本作の無料鑑賞券を配っていたので、それをもらって鑑賞されたという方が何人かいらっしゃったことだ。ああ、私にも誰かが無料鑑賞券を分けてくだされば良かったのに。わざわざお金を払って鑑賞してしまった。

 「幸福の科学」は、これまでにも映画という表現方法で様々な作品を世の中に送り出して来たようである。そう言えば、私も過去に一度、「幸福の科学」が製作に関わった作品を鑑賞している。あれは確か、私がまだ結婚して間もない頃のことだった。東京に住んでいたときに出会った「幸福の科学」の信者の方が、映画『ヘルメス-愛は風の如く』という作品の鑑賞券を二枚送ってくださったのだ。ガンモと一緒に観に行ったのだが、鑑賞してから十数年も経ってみると、きれいさっぱり内容を忘れてしまっている。インターネットを検索してようやく予告編を掘り出してみたのだが、やはり内容を思い出せない。もしも私がその作品を鑑賞して何か心に残ったものがあるならば、それはいつまで経っても色あせたりはしないのではないだろうか。

 考えてみると、映画『ヘルメス-愛は風の如く』も本作も、作品の中に激しい戦いが登場している。大川隆法氏は、その救いとして、信仰心を大切にしなさいと言いたいのだろうか。確かに、表現方法として、信仰心と対比させるものを持ち出すのはうなずける。逆に、信仰心と対比させるものが何もない場合、もっとのっぺりとした作品になってしまうことだろう。しかし、本作に一番足りていないのは、「気付き」だと思う。「気付き」を得るためには、深い領域にまで入って行かなければならない。例えばオウラン国の兵士たちが日本人の言論や宗教の自由を奪おうとするとき、彼らは深い領域には至っていない。しかし、ある兵士がふとしたときに何かに気付いて、これまで達していなかった深い領域まで入り込んで行く。そういう展開がないのだ。こうした「気付き」は、オウラン国の兵士たちに限らず、信仰心を持った人たちの描写にさえも使われていない。そのため、全体を通してどうしても浅く感じてしまうのだ。

 ふとしたときに訪れる「気付き」や、役者さんたちの表情などにも気を配れば、もっと心に響く作品に仕上がっていたのではないだろうか。作品の中で、「目に見えないものに真実は隠されている」と主張しながらも、目に見えるものでしか表現しようとしていない、すなわち、目に見えないもので暗黙的に表現しようとしていないというところが非常に残念な作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 突然のオウラン国の侵略があまりにも現実的でなかったので、引いてしまったのかもしれません。私にはとても考えにくい展開でしたね。また、政治と宗教が結びついているところは、今後の日本の幸福実現党への期待がこめられているのでしょうか。

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