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2012.05.08

映画『猿の惑星:創世記(ジェネシス)』

しまなみ海道散策(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。仕事から帰宅したところ、マンションの前にガラクタのようなものをいっぱい積み込んだ自転車が停まっていました。そのままマンションの自転車置き場まで進んでみたところ、マンションのゴミ置き場で空き缶を集めている見知らぬ男性の後姿がありました。やがてその男性は、私たちの住んでいるマンションのゴミ置き場から、両手にいっぱいの空き缶を集め、立ち去って行きました。実はこうした光景には、ときどき出くわします。私たち住民としては、ゴミ置き場に捨てた空き缶が市の清掃局の職員に収集されようが、第三者に収集されようが、あまり変わりはないのですが、市の清掃局の職員がゴミを収集しに来てくれるのと、第三者が勝手にゴミを収集しに(漁りに?)来るのとでは、明らかに気持ちの持ち方に違いが出て来ます。市の清掃局の職員がゴミを収集しに来てくれるのは、許可されている人たちに収集してもらっているという意識でいますが、第三者に勝手にゴミを収集されるのは、見知らぬ人がマンションの敷地内に入って来ているという防犯上の危機感を覚えますね。しかし、その男性は、このような形でいろいろな場所から空き缶を収集しなければ、生活ができないかもしれないんですよね。

 本作を鑑賞したのは、十月二十一日のことである。

 私が近年鑑賞した「猿の惑星」と名の付く作品は、ティム・バートン監督の映画『PLANET OF THE APES 猿の惑星』だった。本作は、そのシリーズの作品が基になっているらしい。

 舞台となっているのは、現代のサンフランシスコである。生体実験によってチンパンジーの脳が驚異的に発達し、やがて彼らによって人類が脅かされそうになる物語である。

 製薬会社の研究所では、アルツハイマー病に対する新薬の開発のために、チンパンジーによる生体実験が行われていた。神経科学者のウィルは、開発中の新薬をチンパンジーに投与した結果、チンパンジーの脳が驚異的に発達したことを知る。しかし、薬の副作用のためか、そのチンパンジーは突然暴れ出し、警備員によって射殺されてしまう。ところが、射殺されたチンパンジーは妊娠中で、何と、お腹の子供は無事だった。ウィルは無事に生まれたチンパンジーの赤ん坊にシーザーと名付け、自宅で密かに飼育するようになる。

 新薬を投与された母親から生まれたシーザーは、人間でさえも簡単には成し得ないようなことをてきぱきとこなす。しかし、脳が過剰に発達しているだけに、他のものも過剰に発達してしまっているように見受けられる。予告編にもあるように、敵とみなした相手から自分の家族を守ろうとするために、過度に攻撃的にもなる。このような光景を目にすると、シーザーの母親に新薬を投与したことは、自然の法則に反することだったのではないかと思ってしまう。人間に対して攻撃的に振る舞ったシーザーは、やがて霊長類保護施設に入れられることになり、ウィルとも離ればなれになるのだった。

 私には、技術者としても、親子の愛情という観点からも、新薬を開発していたウィルが、新薬の効果を諦め切れなかった気持ちが良くわかる。生体実験で驚異的な効果が現れているのだから、あとは副作用を抑えるだけだろう。ウィルがこの新薬にこだわり続けたのは、ウィル自身の父親がアルツハイマー病に侵されていたからだ。劇的な効果を期待できるのならば、何とかして新薬の力に頼りたくなってしまうのも無理はないだろう。実際、ウィルは、製薬会社の研究所から開発途中の新薬を持ち帰り、自分の父親に投与してしまうのである。

 それだけではない。新薬の影響で高度な知能を得たシーザーは、この新薬を仲間の猿たちにも投与してしまう。その結果、進化した猿たちによって人間が迫害されて行くことになるのだ。

 本作は、新薬を使うことの素晴らしさを伝えるとともに、同時に良く効く薬の副作用の恐ろしさも伝えている。前半では、新薬の素晴らしさが伝わって来るものの、後半になると、副作用の恐ろしさにスポットが当たっている。結局のところ、二元的な世界に留まっている私たちは、大きなプラスだけを選び取ることはできないということなのかもしれない。私たちが大きくプラスに傾こうとするとき、そこには大きなマイナスが密かに共存しているものなのだ。それならば、プラスにもマイナスにも傾かずに、常にニュートラルでいたほうが害はないことにもなるのだが、そうなると、単にそこに留まるだけで、進化も何も起こらないことになってしまう。「虎穴に入らずんば虎児を得ず」ということわざを思い出してしまった。

 ウィルは、シーザーを動物病院に連れて行ったことをきっかけに、女性獣医と恋仲になる。神経科学者のウィルと獣医のキャロラインとの恋は、知的でとてもまぶしい。

 ちなみに、ウィルを演じているのは、映画『127時間』などのジェームズ・フランコである。一方、ウィルの恋人キャロラインを演じているのは、映画『スラムドッグ$ミリオネア』で主人公ジャマールの運命の相手の女性ラティカを演じていたフリーダ・ピントである。

 私は本作を鑑賞して、自宅で仕事ができる人がうらやましくなった。神経科学者のウィルは、自宅に開発環境を整えて、仕事をこなしながら、シーザーや父親と長い時間をともに過ごすことができるのだ。すべての人たちがそんな環境を整えることができれば、今よりももっと愛情ある生活を送ることができるような気がしてやまない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「猿の惑星」シリーズは、常に傲慢な人間への報復をテーマにしていますね。しかし、本作の結末は、何だか他の作品よりも受け入れられる気がしました。

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