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2012.03.13

担当外の医師による説明(1)

映画『ハウスメイド』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。福島近郊のサービスエリアに設置されているごみ箱に、福島産のお土産や、おそらく実家などからのもらいもののと思われる生野菜などが大量に捨てられているというニュースを読みました。これには、胸が痛みますね。東北地方頑張れとか、とりわけ福島に対しても、表向きにはたくさんのエールが贈られている中で、実際にはこのようなことが起こっているというのです。がれきの受け入れに関しても、放射能の問題が浮き彫りになっていると聞きました。私は、福島産の食べ物については、他県以上に厳密な検査が行われているのではないかと思っているのですが・・・・・・。特に、生野菜などは、その土地に住んでいる人たちが食べているものでもあるので、何とも胸の痛む出来事でありますね。「捨てられたのは、福島産のお土産や生野菜ではなく、放射能である!」と福島の方たちに向かって叫びたくなります。日本国民が本当の意味で東日本大震災の痛みを分かち合うには、こうした恐れを福島の皆さんたちと一緒に体験して行くことのように思えて来ました。

 青天の霹靂から二週間ほど経ち、母が肺がんであることを自分の中で少しずつ受け入れながら、次第に冷静さを取り戻したとき、一番最初に思ったのは、喫煙者でもない母が、何故、肺がんになったのかということだった。この頃、私はがんに対する知識はほとんどなかったのだが、四年前にある肉腫で義母が他界したことをきっかけに、ガンモはがんに関するブログなどを熱心に読んでいた。そのため、ガンモは私よりも、がんに関する知識が豊富だった。

 やがて私は、肺がんの中でも腺がんという種類のがんならば、喫煙者でなくても肺がんになることを知った。だから、母の場合も、きっと腺がんなのだろうと思っていた。

 さて、大きな病院で診ていただく前に、地元の少し大きな病院で頭のMRIの検査を受けたところ、母の肺がんは、既に頭にも転移していることがわかった。ただ、この時点ではとても小さな転移性脳腫瘍が一つあっただけだった。ガンモは、
「転移があると、IV期、つまり末期だから」
と言った。それを聞いた私は、目の前が真っ暗になったのを覚えている。

 五月の終わりから六月の初めに掛けて、母は大きな病院に検査入院をした。その検査入院中に、母は心電図を取っていただき、内視鏡の検査も受けたそうだ。この頃は正確な記録を取っていなかったのであやふやなのだが、おそらくPET-CTの検査も受けたのではないかと思う。

 母曰く、内視鏡の検査は、思いのほか辛かったらしい。その後、肺が傷ついていないか、レントゲンを撮って確認していただいたあと、退院したという。

 六月上旬にそのときの検査結果が出るというので、私は休暇を取って帰省した。このときガンモは仕事の都合で私とは一緒に帰省できなかったので、私は一日の仕事を終えたあと、高速バスを利用して帰省した。母の肺がんが発覚してから初めて母との対面を果たした私は、母の顔を見て安心するとともに、これからのことを考えるととにかく不安な気持ちでいっぱいだったと思う。

 実家に一泊したあと、私は両親とともに病院に出掛ける準備を整えた。驚いたことに、父と母はよそ行きの服を着ていた。地元の病院ではなく、自家用車で四十分ほど走ったところにある大きな病院に出向くことになるので、ずいぶんかしこまっているらしい。一方、私はというと、いつもと同じラフな服装だった。私自身が病院で診察を受けるときも、特によそ行きの服を着たりはしない。私は、病院に出掛けて行くことに関しての意識の違いを強く感じたものだった。

 私たちは、父の運転する自家用車で大きな病院へと向かった。予約時間よりもずいぶん早い出発である。この日、ガンモはもしかすると、検査結果を説明してくださる医師の話を一緒に聞きに行けるかもしれないと言っていた。しかし、前日の夜も遅かったようなので、兵庫県から愛媛県まで午前中のうちに移動するのは難しいだろうと思っていた。

 ところが、大きな病院に着いて順番待ちをしているときに、父が、
「トイレの前で、珍しい人に会った」
と言うではないか。誰だろうと思って顔を上げてみると、何と、ガンモだった。ガンモは早朝に目覚め、ほとんど睡眠を取らずに、高速道路を飛ばして、大きな病院まで駆け付けてくれたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この少し前までは、とにかく動揺していましたね。母が肺がんであることを受け入れるまでにずいぶん時間が掛かったように思います。仕事をしていたのが不思議なくらいです。確かに仕事中も、しばしば涙がにじんでいたのを覚えています。(苦笑)こうして振り返ってみると、私たちはちゃんと前を向いて生きて行けるのだと感じました。

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