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2012年2月

2012.02.29

映画『ヒマラヤ 運命の山』

頑固もののガンモ(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。各地で雪が降ったようですが、皆さんのお住まいの地域ではいかがでしたでしょうか。私の住んでいる地域には雪は降りませんでしたが、私の実家方面では、夜のうちに雪が降り、やがて雪が雨に変わり、雪を溶かして行ったようです。



 本作を鑑賞したのは、映画『水曜日のエミリア』を鑑賞したのと同じ八月二十六日のことである。

 ラインホルトとギュンターは子供の頃から仲の良い兄弟だった。二人はいつしか登山に興味を持ち、標高八千メートル以上もあるヒマラヤ山脈のナンガ・パルバートに登りたいと考えるようになった。やがて成長した二人は、若き登山家として知られるようになり、とうとう念願のナンガ・パルバートに登るチャンスに恵まれることになる。しかし二人は、前人未踏の難壁「ルパール壁」への初登攀を果たしたものの、下山したのは兄のラインホルトだけだった。

 山岳映画と言うと、映画『アイガー北壁』映画『岳 -ガク-』が記憶に新しい。映画『アイガー北壁』もまた、本作同様、ドイツの山岳映画だと記憶している。ドイツの山岳映画は描写が詳細かつリアルで、登山に詳しくない私でも、ついつい引き込まれてしまう。

 とは言え、山岳映画を鑑賞する度に思うのは、何故、命の危険を冒してまで冬山に登りたがるのか、私には理解できないということだ。それは、「何故、そんなに同じアーチストのコンサートにばかり足を運ぶのかわからない。同じアーチストのツアーならば、一回見ればいいのではないか」と誰かに言われるのと同じかもしれないが、少なくとも、私が好きなアーチストのコンサートに何度足を運ぼうとも、命の危険を冒すようなことはほとんどないと言っていい。

 実のところ、私自身、山に登った経験はひどく少ない。この「ガンまる日記」を「登山」というキーワードで検索してみると、あった、あった。ガンモと一緒にハワイのダイアモンドヘッドに登っていた。しかし、私たちの登山など、映画にもならない。

 さて、話を本作に戻そう。ラインホルトとギュンターの兄弟は、天候と相談しながら「ルパール壁」を目指すのだが、その先に待ち受けていたのは、実に過酷な運命だった。二人は「ルパール壁」への初登攀を果たすものの、下山中に弟のギュンターが高山病にかかってしまい、下山できなくなってしまうのだ。凍てつくような寒さの中で、ラインホルトは必死に弟のギュンターに手を差しのべるのだが・・・・・・。見ているだけでも凍えてしまいそうなリアルな映像だった。

 本作は、ラインホルトの協力のもとに製作されている。実際にナンガ・パルバートでロケが行われたらしく、その映像も真実味のあるものになっている。ナンガ・パルバート付近で暮らす地元の人たちの様子も描かれていて、ナンガ・パルバートを制覇するためにいろいろな国からやって来た血気盛んな登山家たちと、落ち着いた地元の人たちとのギャップもまた見どころとなっている。

 更に、ラインホルトが一人で下山したことで、ラインホルトらを指揮していた遠征隊との確執も描かれている。どうやら登山家といえども、どこかの遠征隊に所属して(仲間に入れてもらって)登山することになるらしい。そのあたりの複雑な事情は、他の山岳映画ではななか観られなかったので、私としてはとても新鮮な作品だったのだ。見方によっては、自然の恐ろしさを感じさせる作品でもある。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「何故、山に登るのか。何故なら、そこに山があるからだ」という言葉がありますよね。人は誰しも、何らかの方法で達成感を味わいたいのだとは思いますが、命を懸けた登山は、果たしてどうなのでしょう。ほとんどの人たちは、自分の身内が自分の好きなことに没頭するのを応援するとは思うのですが、やはり、冬山で登山をするのが自分の身内であれば、心配でたまらないと思います。ちなみに、ラインホルトは、弟を喪ってもなお、再びナンガ・パルバートに登攀しているそうです。そこまでできるのは、きっと山には彼を駆り立てる何かがあるのでしょうね。

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2012.02.28

頑固もののガンモ(前編)

幽霊ホテルの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 寒さがぶり返して、雪の降る地域もあるとか。四国で大雪などというニュースも流れていましたが、普段から雪に慣れていない地域にお住まいの皆さんは、雪道や道路の凍結にはくれぐれもご注意くださいね。

 幽霊ホテルをチェックアウトした私たちは、私の実家へと向かったものの、実は心配ごとが二つあった。それは、ホテルの慣れない暖房のために、ガンモが風邪を引き掛けてしまったことだ。

 それほどひどい状況ではないものの、ガンモは時折咳をしたり、頭痛も訴えていた。私は運転免許を持っていないので、ここから兵庫県にある我が家までの運転もガンモ一人に任せることになってしまう。ガンモが無理をして、風邪が悪化してしまわないかという心配がまず一つあった。そしてもう一つは、やはり抗がん剤の投与により、免疫力がひどく低下してしまっている母に、風邪をうつしてしまったりしないだろうかという不安があった。もしも母に風邪がうつり、高熱を出してしまったら、取り返しのつかないことになってしまうかもしれないのだ。しかも、そんな状況であるにもかかわらず、午前十時から行ったというガンモの仕事の電話会議の続きが、十六時から再開されるという。

 今回の私たちの帰省に関して、最初のうち、母は消極的な姿勢を示していた。私たちが帰省した数日後にも抗がん剤の投与を控えていた上に、何よりも、免疫力がひどく低下しているために、人との接触を控えるように主治医に言われていたからである。しかし、のちに母は、わずか一時間の滞在時間に限定して、私たちを受け入れることを提案してくれたのだった。

 一方、私たちは、私の実家で過ごしたあとは、香川県にあるガンモの実家に立ち寄ることにしていた。私の実家に着いたのが十二時半過ぎで、そこから一時間だけ滞在し、高速道路を利用して香川県にあるガンモの実家へと向かう。そこでガンモは仕事で使っているノートパソコンと携帯電話をスタンバイして、再び電話会議に臨む。ガンモが十六時からの電話会議に参加するならば、そのようなストーリーになるだろうと思っていた。

 ところが、ガンモは、私の実家に到着するや、家の中には入らないと言い出した。風邪を引き掛けているため、免疫力がひどく低下している母に風邪をうつしてしまってはいけないと判断したのだ。

 私たちが帰省すると、私の両親は、必ずと言っていいほどわざわざ外に出て来て私たちを出迎えてくれる。今回もそれは例外ではなかった。私は、この寒い冬に両親が出迎えてくれているので、ガンモも一緒に暖かい家の中に入り、母の用意してくれたお昼ご飯を食べたいと思っていた。それが、私たちなりの親孝行だと思っていたのだ。

 しかしガンモは、断固としてカングーから降りようとはしなかった。運転席のシートを倒して横になり、カングーの中に置いてある私の膝掛け用毛布を身体の上に掛けて、「絶対に降りないぞ」という姿勢を見せたのだ。

 私は、風邪を引き掛けているのに、ガンモがカングーの中に残り続けることは良くないと思った。それに、病気の母が一生懸命用意してくれた手料理を食べないでいることは、何としてでも避けたかった。そのことをガンモに言うと、
「カングーの中に運んでくれ」
と言う。わずか一時間の滞在時間しかないというのに、そんな手間を掛けさせようとするのかと思い、私はひどく腹が立った。私としては、咳をしているならマスクを着用して、暖房の効いた家の中に入って暖まって欲しかったのだが、私が何度も何度も家の中に入るように促しても、ガンモはカングーから降りようとはしなかった。

 私は、寒いので、両親には家の中に入ってもらい、一人で残ってガンモの説得を続けた。
「マスクを着用して、家の中に入ってよ」
と言うと、ガンモは、
「嫌だ。マスクなんて、意味ないから」
と言う。確かにマスクは日本人の象徴みたいなもので、海外に行くと、マスクを着用している人はほとんどいない。世界的にインフルエンザが流行していたときに海外に出掛けたが、そのときでさえ、マスクを着用している人はほとんどいなかった。しかし、だからと言って、風邪を引き掛けているガンモを寒いカングーの中に残しておくわけには行かないだろう。

 私は、うまく行かない苛立ちを感じながら、ひとまず家の中に入った。私たちが昼食をとるはずの部屋のテーブルには、母が用意してくれた手料理が並べられていた。その内容やボリュームからも、母が私たちのことを歓迎してくれているのが良くわかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモというハンドルネームは、頑固から来ているわけではないのですが、このときばかりは、ガンモをかなりの頑固者だと思いましたね。いろいろなベクトルを一つにまとめることの難しさを実感しました。

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2012.02.27

幽霊ホテル

映画『水曜日のエミリア』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m いったん暖かくなっていたのに、また寒さがぶり返しましたね。先日、ネットオークションで、一個わずか四百九十円のゴム製湯たんぽを落札しました。ここのところずいぶん暖かかかったので、湯たんぽを購入しても、この冬はもはや出番がないのではないかと思っていたのですが、寒さがぶり返してあまりにも寒かったので、とうとうこの冬初めての暖房器具として湯たんぽデビューを果たしました。電気の暖かさではなく、お湯の暖かさはとても気持ちがいいいですね。優しい暖かさだと思います。

 週末に帰省したときに、事情があって、私たちは私の実家近くのホテルに宿泊した。実は、私の母は肺がん(喫煙者でもないのに扁平上皮がん、ステージIV)を患っていて、肺以外の箇所への転移もあり、手術ができないため、通いで点滴による抗がん剤の投与を受けている。自宅では、ほぼこれまで通りの生活を送ってはいるものの、抗がん剤の投与により、免疫力がひどく低下してしまっているために、主治医からは、人との接触をできるだけ控えるように言われている。免疫力のある健康な人ならば何でもないことであっても、免疫力がひどく低下している母にとっては、風邪を引いて高熱を出したりすることが命に関わることもあるのだ。そのため、父も母も細心の注意を払い、手洗いやうがいを欠かさない日々を送っている。そんな状況なので、私たちは私の実家には泊まらずに、ホテルを予約したというわけなのだ。今回は、そのホテルについて書いてみようと思う。

 そこはビジネスホテルなのだが、二人一室の利用で何と一人二千二百五十円という安さだった。安さに惹かれ、楽天トラベル経由で宿泊の予約をして、支払いも済ませておいた。宿泊前に香川県の高松方面で用事があったので、用事を済ませてから愛媛県にあるこのホテルに向かうと、二十二時頃になってしまった。

 ホテルには予め、二十三時頃のチェックインになると伝えてあったからだろうか。ホテルに着いてカングーから荷物を降ろし、誰もいないフロントに向かうと、メモ用紙に書かれた私宛のメッセージとともに部屋の鍵が置かれていた。そのメッセージには、最初に私の本名がフルネームで呼び掛けられ、「○○号室をお使いください。何かあれば090-XXXX-XXXXまでお電話ください」と書かれてあった。これまでいろいろなホテルに宿泊して来たが、確かに地方にある格安ホテルに泊まると、このような方式でチェックインすることがあったことを思い出した。私はフロントに置かれていた鍵を手に取り、エレベータに乗って指定された部屋に入った。エレベータは、これまで乗ったエレベータの中で最小だったかもしれない。ガンモも、
「このエレベータ、ちっちゃいから」
と驚いていた。

 部屋の扉を開けて中に入ると、少々古さを感じるものの、広い上に必要なものは何でも揃っていた。中央にはテーブルがあり、部屋の両脇にはベッドが二つ並んでいた。格安料金だから、てっきり一つのセミダブルベッドを二人で共用するのだと思い込んでいたのだが、ベッドの数は二つあり、ツインルームとなっていた。

 浴衣の用意はないものの、部屋にはユニットバス、トイレ、シャンプー、ボディソープ、フェイスタオル、バスタオル、スリッパ、テレビ、湯沸かしポット、冷蔵庫、電気スタンド、無線LANなどが備え付けられていた。ただ、中央にあるテーブルとそのサイドに置かれた椅子の高さはまったく合わず、テーブルを使いたいときは椅子を使えず、椅子に座りたいときはテーブルを使えずといった状況だった。それでも私たちは、その空間がとても気に入り、一夜をそこで快適に過ごしたのだった。

 翌朝、ガンモは十時から仕事で電話会議が入っていた。ほとんどのホテルのチェックアウト時間は十時なので、十時前になると慌ててチェックアウトを済ませることになる。しかし、それでは、十時から行われるという電話会議に落ち着いて参加することができない。電話会議にはパソコンを使用するため、パソコンのACアダプタを挿すコンセントが必要なのだ。

 有り難いことに、そのホテルのチェックアウト時間は十二時だった。そのため、ガンモは十時になるとパソコンや携帯電話のマイクをセットアップし、落ち着いて電話会議に臨んだのだった。一方、私はというと、自分のノートパソコンに向かって「ガンまる日記」を書いていた。

 ガンモの電話会議は思っていたよりも長引いたのだが、それでもチェックアウト時刻には充分間に合う時間に終わった。私もようやく「ガンまる日記」を書き上げたので、私たちは十二時少し前に荷物をまとめてホテルをチェックアウトすることにした。

 今回、私たちはカングーで帰省していたので、駐車場が必要だった。有り難いことに、宿泊先のホテルには、小さいながらも駐車場があったので、楽天トラベルから予約をしたあと、電話で駐車場の予約を入れておいた。そのとき対応してくださったのが中年の女性だったので、きっと朝になればその方がチェックアウトの手続きをしてくださるものと思っていた。

 ところがである。世界最小かもしれないエレベータを降りてフロントに向かうと、やはりどなたもいらっしゃらないのである。フロントには、「何かあれば090-XXXX-XXXXまでお電話ください」と書かれたメモが置かれていた。なるほど、既に支払いを済ませてあるので、チェックインもチェックアウトも無人のままで問題ないというわけだ。大きなホテルのように、冷蔵庫に有料の飲み物が用意されているわけでもないため、清算も必要ない。

 私は、さすがに部屋の鍵だけを置いて出て行く気にはなれなかったので、フロントにあったメモ用紙を一枚取り、「○○(私の名字)です。お世話になりました」と一言だけ書いて、その上に部屋の鍵を置いておいた。

 チェックインのときもチェックアウトのときもホテルの人がいなかったので、ガンモはそのホテルを「幽霊ホテル」と名付けた。ガンモ曰く、「幽霊が経営しているホテル」なのだそうだ。それでも、滞在中はとても快適に過ごすことができた。そんな「幽霊ホテル」は、何だか私たちの定宿になりそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 毎日電話を掛けていたり、調べものをしたりしていたのは、実はこういう事情があったのです。母の病気を通していろいろ学ぶことも多いので、またそれらについても書かせていただきますね。「幽霊ホテル」の経営は、人件費がかからないので、他に仕事を持っていても可能ですね。(笑)

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2012.02.26

映画『水曜日のエミリア』

いつもの交差点の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 週末は、四国の実家に帰省していました。ガンモの実家の両親は既に他界してしまっているのですが(義母は四年前に亡くなり、義父は去年亡くなりました)、ガンモの実家の仏壇には、新しいお花やバナナがお供えしてありました。少し離れたところに住んでいる義弟が欠かさずお供えをしてくれているようで、有り難い気持ちでいっぱいになりました。

 本作を鑑賞したのは、八月二十六日のことである。ここのところ、映画『抱きたいカンケイ』映画『ブラック・スワン』でご活躍のナタリー・ポートマン主演の作品である。

 ナタリー・ポートマンが演じているのは、妻子ある職場の上司と不倫の末に結ばれた新人弁護士のエミリアである。『水曜日のエミリア』という邦題が付けられているのは、エミリアにとって、毎週水曜日に夫の連れ子であるウィリアムを学校まで迎えに行くのが憂鬱なためだろう。というのも、略奪愛を経て後妻となったエミリアは、学校の父兄たちに後妻であることをささやかれたり、息子のウィリアムもなかなか心を開いてはくれなかったからだ。しかもエミリアは、夫との間に赤ん坊を身ごもり出産したものの、生まれて来た娘がわずか三日で亡くなってしまい、心に深い傷を負っている。更に、夫の前妻は小児科の医師で、子育てについてもいろいろうるさく干渉して来た。略奪愛であるとは言え、愛する男性と結ばれたはずなのに、なかなか幸せを掴むことができないエミリアは、次第に追い込まれて行くのだった。

 本作で注目すべきなのは、エミリアと夫の関係というよりも、エミリアと前妻やエミリアとウィリアムといった、夫を愛することによって築かれることになった新たな関係だろう。人と人が密に関わろうとすることで、次々にトラブルが発生するさまは見逃せない。これらの状況に加え、父親の長年の浮気により、夫婦生活がうまく行っていなかったエミリア自身の両親も登場し、新たなスパイスを加えて行く。

 そんな、ボタンをかけ違えたかのようなぎくしゃくした関係の中で、最終的にエミリアが辿り着くところがいい。そこは、通常では考えられないような領域なのだが、このような領域にたどり着くことができれば、一気に魂のレベルがパワーアップできるように思う。

 何故なら、奪われたら、自分も奪おうとするのではなく、逆に与えようとしているからだ。これが、ネガティブな感情の連鎖を断ち切る唯一の方法なのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ナタリー・ポートマンは、思い悩む役柄が似合っていますね。ちなみに彼女は本作で製作総指揮も努めているという、彼女にとってはとても力の入った作品なのです。

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2012.02.25

いつもの交差点

肩凝りを侮るなかれの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ここのところ、週末になっても寝不足が解消されません。週末になると、就寝時間が遅くなるというのに、早起きの癖がついているためか、どうしても早起きしてしまうからだと思います。学生の頃のように、たっぷりと睡眠を貪ってみたいものです。

 二週間ほど前のことである。金曜日の夜は、映画のレイトショーを鑑賞することの多い私だが、不思議なことに、特に打ち合わせをしていなくてもガンモの帰宅時間と重なることが多く、私が自宅近くの大型映画館でレイトショーを鑑賞したあと、遅くまで仕事をして帰宅しようとするガンモと自宅の最寄駅近くの交差点で合流できることがある。驚いたことに、その誤差はわずか数分程度である。

 とても不思議なことなのだが、もともとガンモと私は、綿密に時間の打ち合わせをしなくても、仕事帰りに同じ電車に乗っていることがあり、電車を降りてから自宅の最寄駅でばったり出くわしたり、仕事の関係でいつもとは違う路線を利用して帰宅途中であっても、自宅近くの交差点でばったり出くわすこともしばしばあった。だから、いつもガンモとそれほどキチキチに約束を取り交わすわけでもなく、緩い感覚でいたのだ。

 そして、その日もレイトショー鑑賞後にガンモに電話を掛けてみたところ、ガンモはちょうど三ノ宮から電車に乗るところだったので、またガンモといつもの交差点で待ち合わせをして、一緒に帰宅できるだろうと思っていた。

 ガンモと電話で話をしたとき、私は、携帯電話でサンシャイン牧場をしてから帰宅するとガンモに宣言したあと、
「じゃあ、いつもの交差点で待ってるから」
と付け加えた。それに対し、ガンモからは何やらガサゴソという音が聞こえただけだったが、しばらくすると、ガンモから、
「もう電車に乗るから」
という声が聞こえて来たので、電話を切った。

 私がレイトショーを鑑賞している自宅近くの大型映画館から自宅の最寄駅までは、自転車で数分掛かる。それに対し、三ノ宮から自宅の最寄駅までは十数分掛かるので、私は大型映画館の駐輪場に行くまでの間に時間調整をするために、立ち止まって携帯電話を操作した。その後、いつもの交差点に向かったのだが、ガンモがそろそろ来るはずの時間が来ても、ガンモはなかなか現れなかった。

 私は時計を見ながら、「あのとき、『もう電車に乗るから』と言ったよなあ」と思いながら、いつもの交差点でじっとガンモを待ち続けた。その日はそれほど寒くはなかったのが幸いだった。しかし、待てど暮らせど、ガンモはいつもの交差点に現れなかったのだ。

 とうとうしびれを切らした私がガンモに電話を掛けてみると、何と、ガンモは既に自宅に居るではないか。
「いつもの交差点で待ってたのに、どうして?」
と尋ねてみると、ガンモは私がいつもの交差点で待っているとは思っていなかったようだった。どうやら、私が、
「じゃあ、いつもの交差点で待ってるから」
と言ったとき、ガンモはちょうど改札を通り抜けようとしていたため、私と通話中の携帯電話を耳から離してしまっていたらしい。そのため、私のその言葉を聞き漏らしてしまっていたのだ。

 いつものことだから、私はいつもの交差点でガンモを待っていたのだが、ガンモは私がその前に言った携帯電話でサンシャイン牧場をするという宣言が耳に残っていたために、その言葉を「先に帰ってて」という意味にとらえたらしい。

 ガンモとの電話を切った私は、がっくりと肩を落として帰宅した。せっかくいつもの交差点で待っていたというのに、報われなかった苦い想いを抱えながら。

 帰宅すると、ガンモは申し訳なさそうな顔をして私に謝って来た。私はちょっぴりすねてみたが、何となく、心の奥の部分では、私が勝手に待っていただけなので、この価値観をガンモに押し付けてはいけないとも思っていた。そして、私たちはすぐに仲直りしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモが既に帰宅してしまっているという事実を知ったときは、目の前が真っ暗になりましたが、まあ、長いこと夫婦をやっていれば、こんなすれ違いもありますよね。私が、「じゃあ、いつもの交差点で待ってるから」と言ったその瞬間、ガンモには私のその言葉が聞こえていなくて、そのあとにお互いが取った行動が違っていただけなのです。

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2012.02.24

肩凝りを侮るなかれ

映画『一枚のハガキ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大学生の二十四パーセントが「平均」の意味を理解していないというニュースが流れ、話題になっていますね。これは、現代の生活環境からすると、当たり前と言えば当たり前のことだと思います。今は、わからないことがあればGoogle先生が何でも教えてくれますから、若い人たちだけに限らず、インターネットや携帯電話を使う多くの世代で考える能力が衰えて来ていると思います。また、携帯電話のメールやTwitterの流行などにより、長い文章を読めなくなったり、書けなくなったりする傾向も出て来ていると感じます。すぐに答えに辿り着けてしまう世の中だけに、人々は待てなくなり、論理的な思考からもどんどん遠ざかってしまっているのではないでしょうか。

 ここのところ、激しい肩凝りを伴う頭痛が顕著になって来た。これまでは、三ヶ月から数ヵ月に一回程度発生していたのが、今月になって、二回もこの症状に見舞われている。しかも、これまでは休日に発生することが多かったのだが、ついに出勤中にその症状に見舞われてしまった。

 頭痛に激しい肩凝りを伴いながらも、お昼休みになったので、私は食堂に出掛けた。あまり食欲がなかったので、いつもよりも少な目のおかずをトレーに取り、会計を済ませて席に着いた。しかし、何だか体調が優れない。肩凝りがひどく、頭痛がする。私は何度もため息をつきながらも、トレーに取ったサラダの小鉢を突付いた。しかし、どうにもこうにも食が進まず、あと一口か二口というところまで食べて、サラダの入った小鉢をトレーに戻した。

 他に、メインディッシュにご飯、フードポットに入れて持参したスープもあったのだが、体調が優れず、それ以上、箸をつけることができなかった。せっかく購入したというのにもったいないが、昼休み終了前のチャイムが鳴ってしまったので、私は多くを残したまま、トレーや食器を食堂の返却口に返却した。普段、何でも残さずに食べるように努めているので、注文したほとんどの食べ物を残してしまったことを悔やんだが、それよりも、気持ち悪さと頭痛を抱えたまま仕事を続けるのが憂鬱だった。

 私は、大事を取って午後から帰宅させてもらおうかとも思っていた。しかし、私にとって金曜日の夜は、仕事帰りに映画鑑賞することのできる唯一の日なので、私はその瞬間をとても楽しみにしていた。仮に帰宅途中に体調が回復したとしても、まさか早退して映画館に直行するわけにも行かないだろう。また、私の職場から自宅まで一時間半掛かってしまうことも、早退を躊躇した原因の一つだった。体調が優れないというのに、一時間半掛けなければ、帰宅することができないのである。

 いろいろ考えた結果、私は帰宅せずに仕事を続けることにした。このような症状が現れたときのために、私は普段からオフィスにカイロを巻くことのできるタオルマフラーとカイロを用意しているので、それを首の後ろに当てて、カイロの熱で首を温めた。いつもこの方法で復活できるのだ。

 しかし、トイレに行きたくなり、トイレに立ったところ、トイレの中で、お昼休みに少しだけ食べた小鉢のサラダを思い切り戻してしまった。それでも、吐いたことで、身体は少し楽になった。また、ワイヤー入りのブラジャーもきつく感じられたので、思い切って外してしまった。私は、乳がんになるのを避けたい一心で、ワイヤー入りのブラジャーは使わないようにしていたのだが、洗濯が間に合わず、仕方なくワイヤー入りのブラジャーを着けていたのだ。ワイヤー入りのブラジャーのホックを外した途端、リラックスできたので、やはりワイヤー入りのブラジャーは使いたくないと思った。それが心地好くて、というよりも、再び身体を締め付ける気にはなれなくて、私は大胆にもブラジャーのホックを外したまま一日を過ごすことになったのだ。

 それでも、自席に戻ると、しばらく肩凝りと頭痛が続いていた。私は、百円均一のお店で買った器具を使って首の後ろを何度もマッサージしながら、首の後ろの緊張をほぐした。どういうわけか、同時に強烈な眠気までもが私を襲った。いつも、自宅でこの方法を実践しているときは、ベッドに横になって寝てしまうので気付かなかったのだが、首の後ろを温めると、眠くなるのだろうか。私は、激しい眠気に時々降参しながら仕事を続けた。

 そんな戦いが三時間ほど続いただろうか。肩凝りはまだ解消されていなかったが、有り難いことに頭痛からは解放され、食欲も出て来た。何しろ、お昼ご飯に食べたサラダを戻してしまったので、実質、お昼御飯を何も食べていないのと同じである。そこで私は、非常食として用意しているバランス栄養食を口にした。フードポットに入れて食堂に持参したスープもすすり、コーヒーも飲んだ。やれやれである。体調がすっかり回復したので、仕事を終えたあとは、予定通り映画を鑑賞して帰宅した。

 昔、こうした肩凝りに悩まされたときは、ピップエレキバンを肩に張り巡らせていたものだった。ピップエレキバンを張り替えるための予備シールも、百円均一のお店で買い溜めしていたほどだ。しかし、ホットヨガのレッスンに通うようになってからは、酷い肩凝りからはずいぶん解放されたはずだった。それなのに、再び激しい肩凝りに見舞われるようになってしまったのである。これほど酷い肩凝りに見舞われるのは、やはり普段の姿勢が良くないのだろう。普段、自分が歩いている姿を、何らかの方法で客観的に見てみたいものである。そして、今の自分の抱えている症状と照らし合わせながら、自分で総合的に判断してみたい。そうすることで、人から言われたことを鵜呑みにするのではなく、自分で危機感を感じながら改めることができるような気がしているのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今、私が注目しているのは背骨です。私は昔から、背骨が曲がっているのですね。下半身が冷たく、上半身にほてりがあるのも、また、大きな筋腫があるのも、背骨の歪みをかばうような形で今の身体が形成されてしまっているからかもしれないと思い始めました。ひどい肩凝りも、背骨の歪みと関係しているのかもしれません。

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2012.02.23

映画『一枚のハガキ』

ボタンを掛け違えたままの一日の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 息子さんの大学受験のために十時間も自家用車を運転するという友人から再びメールが届き、実家のお父さまも一緒に行くことになったと書かれていました。彼女のお父さまはご高齢の上、病気も抱えていらっしゃるというのに、自分が一緒に行くことになれば、娘の運転を替わってあげることができるだろうという想いで、同行してくださるそうです。私は安易に電車で行くことを友人に勧めてしまいましたが、こんなにも愛情溢れた自動車旅行は、きっと彼女たちにとって特別なものになるに違いありません。

 日本における最高年齢の現役映画監督でいらっしゃる新藤兼人さんの監督作品である本作を鑑賞したのは、映画『おじいさんと草原の小学校』を鑑賞したのと同じ八月二十日のことである。本作には、今年の四月に百歳のお誕生日を迎えられる新藤兼人監督ご自身の戦争体験が盛り込まれているのだそうだ。

 太平洋戦争末期、百人の男たちが招集され、そのうち生き残ったのはたった六人だけだった。百人の男たちの生死を切り分けたのは、何と、「くじ引き」だった。

 豊川悦司さん演じる松山啓太は、六平直政さん演じる戦友の森川定造から一枚のハガキを託される。そのハガキは、定造の妻である友子から送られて来たものだった。フィリピン行きが決まった定造は、もしも自分がこのまま帰って来なかったら、このハガキを読んだことを妻の友子に伝えて欲しいと言うのだ。定造が自分で返事を書けばいいのに、当時は検閲が厳しくて手紙もなかなか書けなかったようだ。いろいろな人たちが、自分の持つ本来の感情を抑え込みながら生きていた時代である。

 やがて戦争が終わり、落ち着いた頃、定造から預かったハガキのことを思い出した啓太は、定造の妻である友子を訪ねて行く。そこから先は、大掛かりな仕掛けなど必要のない、人間同士の会話と回想シーンで構成されている。

 大竹しのぶさん演じる友子は、夫である定造の亡きあと、定造の弟と夫婦の契りを結ぶものの、不幸なことに定造の弟までもが戦死してしまう。今どきの時代では、考えられないような展開だが、当時は子供を生んで育てることが今以上に大切だったのではないだろうか。

 そんな友子は、その都度、その都度、自分に与えられた状況を受け入れて行く女性であるかのように思えた。しかし、大杉漣さん演じる吉五郎のことは受け入れていなかった。吉五郎は妻帯者でありながらも、友子に想いを寄せていたのだ。友子は、吉五郎が妻帯者であることを知っていたので、吉五郎のことを受け入れても、妾にしかなれないとわかっていたのかもしれない。

 ハガキを持って訪ねて来た啓太に対し、警戒心をむき出しにする吉五郎の取る行動は、ほとんどコメディと言ってしまってもいいかもしれない。あたかも友子を取り合うかのように、啓太と吉五郎が大喧嘩をするシーンはなかなか面白い。

 のどかな田舎で、啓太と友子の間で、次第に中身の濃い会話が繰り広げられて行く。このような会話に耳を傾けていると、何故、お金に困っているはずの友子が吉五郎に傾かなかったのか、わかるような気がする。

 多くの会話で成り立っている本作は、稀薄になってしまった現代のコミュニケーションを振り返るのに、とてもいい作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 当時は、誰かに恋い焦がれて結婚するという世の中ではなかったのですね。女性は、用意された結婚にうなずく形で嫁いで行ったようです。夫が亡くなれば、夫の弟と結婚することも、珍しくはなかったようですね。そんな時代を生きて来た二人が短時間で絆を結んだのは、お互いの境遇が似ていたからかもしれませんね。

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2012.02.22

ボタンを掛け違えたままの一日

ホットヨガ(二八一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 何だか急に暖かくなりましたね。これで冬も終わり、これから暖かい春を迎えることになるのでしょうか。そうだとすると、私としてはちょっぴり寂しいような気がしています。何故なら、上半身にほてりのある私にとって、この寒い冬はとても快適に過ごすことができました。ほてりのなかった頃の私ならば、暖かい春がやって来るのを心待ちにしていたものでしたが、ほてりがあると、暖かさも暑さに変わってしまいますので、私は皆さんよりも一足早く、暑さと戦わなくてはなりません。そのことがちょっぴり憂鬱ですね。

 今日は、ボタンを掛け違えたような一日だった。いつもは座ることのできる朝の通勤電車で座ることができず、何だか調子が出ないままに出勤し、何とか一日の仕事を終えた。帰宅途中にふと、「今夜は友人とGoogle Talkの音声チャットで会話をしよう」と思い立った。インターネットに接続できる環境でGoogle Talkの音声チャットを利用すれば、電話代不要で通話ができるのでとてもお得なのだ。そこで友人に、今夜、音声チャットで会話ができるかどうかお伺いを立てるために、携帯電話からメールしてみた。すると、その直後に、私が三ノ宮から乗車した新快速列車が途中の駅で停車してしまったのだ。

 新快速列車が途中の駅で停車するなど、余程のことである。まさか、私が乗っている新快速列車が人身事故を起こしてしまったのだろうか? 最初のうち、そんな不安が頭をよぎった。しばらくすると、茨木ー摂津富田(せっつとんだ)間でバイクと列車の接触事故が発生した影響により、安全確認を行うため、しばらく運転を見合わせるとの車内アナウンスが流れた。

 茨木も摂津富田も、神戸からは少し離れたところにある。どうやら、そんな少し離れたエリアで発生した接触事故が、私が普段利用している路線にまで影響を与えているようだ。

 いつもならば、三ノ宮駅からわずか一駅しか新快速列車を利用しないため、新快速列車の乗車時間はせいぜい数分程度である。乗車時間が数分程度ならば、車内で立っているのも決して苦ではない。しかし、三十分間も停車した列車の中にずっと立ちっぱなしとなると、さすがに疲れも出て来た。しかも、いつ発車できるかどうかもわからない。車内は暑いので、いっそのことジャケットを脱いでしまいたい。外は涼しそうなのに、新快速列車の停車駅ではないために、降ろしてはくれないのだろうか。

 そんなことを思っていると、再び車内アナウンスが流れ、
「扉を開けても良いとの許可がおりましたので、間もなく扉を開けます。ドア付近の方はご注意ください」
と案内があった。そして、扉が開くや、ほとんどの人たちが新快速列車を飛び出して、ホームに出た。

 駅の案内に耳を傾けていると、私が乗車していた新快速列車の発車見込みは立っていないものの、間もなく快速列車がホームに入って来るという。有り難いことに、私はそれに乗り換えれば帰宅することができる。

 Google Talkの音声チャットで話をしようと思っていた友人からは、「夕べ、あまり良く眠れなかったので、チャットするなら早い時間のほうがいい」という返事が返って来ていた。私は、乗っていた電車が止まってしまったことや、しばらく発車見込みがないことなどを既に友人に伝えてあり、遅くなりそうだから今夜は諦めると結んでおいた。友人からは、何時頃に帰宅できるのかと尋ねられたので、快速列車がホームに入た時間と自宅の最寄駅までの時間を計算して、二十時頃には帰宅できそうだと再度メールしておいた。寝不足の友人は、その時間なら待ってくれると言ってくれた。

 間もなく快速列車がホームに入って来たのだが、それに乗り替えて何とか自宅の最寄駅に到着したものの、外は雨が降っていた。私はレインポンチョを持ってはいたのだが、友人を待たせてしまっているため、レインポンチョをかぶっている時間がもったいないと思い、雨に濡れるがままに家路を急いだ。

 しかし、帰宅してから、手を洗ってうがいをしたあと顔を洗ったり、コンタクトレンズを外したりしたのがいけなかったのかもしれない。パソコンを立ち上げて、Google Talk経由で友人に呼び掛けてみたのだが、うんともすんとも反応がなかった。どうやら、眠気に負けてしまい、眠ってしまったようだった。電車が遅れてしまったのだから仕方がないが、よりにもよって、新快速列車が遅れたのが友人の寝不足の日と重なってしまっていたのだ。

 このようにして、ボタンを掛け違えたままの一日は過ぎて行ったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何だか不思議な一日でしたね。でも、長く生きていれば、こういう日もありますよね。

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2012.02.21

ホットヨガ(二八一回目)

映画『おじいさんと草原の小学校』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 仕事帰りに、いつも利用している交差点近くに救急車が二台も待機しているのを見掛けました。良く見ると、その交差点で車二台の接触事故があったばかりらしく、たくさんの警察官が集まって作業をしていました。車はかなり壊れていましたが、救急車が発車しないことからすると、それほど緊急を要する怪我ではなかったのかもしれません。いつも利用している交差点でこのような事故を見ると、日常と非日常が一瞬のうちに切り替わってしまうことを痛感せずにはいられませんね。

 二月十八日土曜日は、ホットヨガの梅田店のスタジオで、六十分のフリースタイル骨盤調整のレッスンを受けた。今回は、いつもよりも一本早い電車に乗ることができたので、久し振りに梅田店のスタジオまで歩いて行った。

 しかし、梅田店のスタジオの近くまで来てみると、何やらざわついた雰囲気が感じられた。もともと人の多い梅田周辺だが、どうやら梅田店のスタジオの近くにある梅田芸術劇場で、何かの公演が行われるらしかった。「Sexy Zoneのチケットを譲ってください」と書かれた紙を持って立っている女性たちが何人もいる。「Sexy Zone? 何だ、それ?」と、テレビを見ないおばさんの私は思った。あとから知ったことだが、男性アイドルグループのようだ。

 私が梅田店のスタジオを目指してずんずん歩いていると、明らかにダフ屋と思われる男性に、
「チケット余ってない? 余ってたら買うよ」
と声を掛けられた。チケットを譲って欲しいと願う女性たちがたくさん立っていたことからすると、もしもチケットがダフ屋の手に渡ってしまったならば、高価な値段で売られてしまうに違いない。

 若い女性たちで混雑した道路を歩きながら、梅田店のスタジオに着いたのは、レッスン開始の五分前だった。

 着替えを済ませてレッスンの行われるスタジオに入ってみると、レッスンの参加者は十二名だった。そのうち男性会員は一人だけで、しばしば骨盤コースのレッスンに参加されていた方だった。やはり時間帯のせいだろう。これまで午前中に行われていた骨盤コースの参加者よりもかなり少ない。

 レッスンを担当してくださったのは、最初にこのフリースタイル骨盤調整のレッスンを担当してくださったインストラクターである。今回、気付いたのだが、インストラクターは、ユーミン(松任谷由実さん)と声が似ていると思った。

 インストラクターからは、身体の原理について教わった。右肩に荷物をかけると、右肩が上がり、左脇腹が縮むそうだ。そのため、普段から右肩に荷物を持つ癖がある人は、左脇腹を伸ばしてあげることで、左右のバランスが整って来るそうだ。

 また、右手の親指を怪我すると、身体がバランスを保とうとして左肩が上がり、その結果、左側の骨盤も上がるという。このように、身体は常にバランスを保つために動くため、片方の調子がおかしくなると、もう片方に負担が掛かって来るようだ。

 レッスン後にシャワーを浴びて受付に行くと、何と、三宮店で良くお話をさせていただいているインストラクターが受付にいらっしゃるではないか。午前中に行われていた九十分のベーシックコースのレッスンを担当されたそうだ。梅田店のスタジオに入るのは、もう何年か振りだとおっしゃっていた。

 インストラクターは、これまでロッカールームには入ったことがなかったらしい。私が、
「梅田店のロッカールームは迷いますよね」
と言うと、激しく同意してくださった。梅田店のロッカールームは複雑な構造をしているので、初めて訪れた人は必ずと言っていいほど迷子になるのだ。

 私は、いつも三宮店で行われている夕方の骨盤コースのレッスンを予約するものの、レッスンの直前になると毎回キャンセルしている。三宮店のインストラクターは、そのこともちゃんとご存じだった。というのも、そのインストラクターがその時間のレッスンを担当されているので、参加者をしばしばチェックされているからだそうだ。そんな状況で、私はここのところ三宮店にはすっかりご無沙汰してしまっているため、梅田店で三宮店のインストラクターとお会いすることができて良かったと思う。

 ところで、今回、ムートンブーツは入口に脱いだままにせずに、片方ずつ分けて、二枚のシューズ袋に入れてロッカーに持ち込んだ。私がムートンブーツをシューズ袋から取り出して帰り支度を整えていると、さきほどのレッスンを担当してくださったユーミンインストラクターが声を掛けてくださった。
「足は大丈夫ですか?」
と言われたので、インストラクターからすると、私が足をかばっているように見えてしまったのかもしれない。私は、筋腫が大きいことをインストラクターに話そうかどうしようかと思ったが、話が重くなってしまうことがためらわれたので、
「前屈がなかなかできないんです
とだけ言った。すると、インストラクターは、
「背中の後ろのほうの筋肉を動かして、身体を前に倒して五秒保つと違って来ますよ」
とアドバイスしてくださった。そして、
「一緒に頑張って行きましょう」
とも言ってくださった。有り難いことである。

 梅田店のスタジオを出たあと、すぐ近くにある梅田ロフトの周辺を歩いていると、楽屋口らしきところで誰かの出待ちをしている人たちがいた。良く見ると、私がいつも足を運んでいるミニシアター系映画館のスタッフもいらっしゃる。なるほど、映画の公開初日で舞台挨拶があって、有名人をお見送りしようとしているのだろうと想像が付いた。

 しばらく様子をうかがっていると、すぐにその有名人が出て来られた。誰なのかは良くわからなかったが、女性だった。あとで調べてみると、舞台挨拶に来られていたのは、黒木瞳さん、木村多江さん、山崎静代さん、真矢みきさんだったらしい。果たして、私が見掛けた女優さんは誰だったのだろう。Sexy Zoneと言い、ミニシアター系映画館の楽屋口で見掛けた女優さんと言い、何だか盛りだくさんな一日だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m Sexy Zoneとやらのコンサートが行われていたからでしょうか。レッスンのあと、いつものようにお気に入りの場所で遅めの昼食をとったのですが、これまでにないほど混雑していました。女性のパワーは凄いですね。(苦笑)

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2012.02.20

映画『おじいさんと草原の小学校』

二穴パンチのシールプリントの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。なかなかわかりにくい世界を感じ取ってくださったことに感謝申し上げます。実は、私の持っているこうした価値観もまた、多くの方たちには理解されない価値観であるように思います。そのため、同じアーチストを応援しているファン同士であっても、「ああ、私の中にある想いとはずいぶん違うなあ」と感じることは多々あります。それでも、自分と同じような感覚を持っている人に出会うと、すぐに打ち解け合うことができます。そんな、一瞬にして理解し合える友人たちとは、コンサートで他の地域まで遠征に行ったときに、しばしば同じホテルの部屋に泊まったりましたね。

 本作を鑑賞したのは、八月二十日のことである。八十四歳のおじいさんが、文字を読めるようになりたい一心で小学校に通い始めるという感動の実話は、私の心を強く惹き付け、予告編を目にした瞬間から、公開されたら絶対に鑑賞したいと思っていた。

 かつて、イギリスの植民地だったアフリカのケニアで、無償教育制度が導入された。無料で教育が受けられると知った八十四歳のキマニ・マルゲは、文字を読めるようになりたい一心で、自分も教育を受けたいと小学校の門を叩く。しかし、小学校は子供たちが勉強するところだと、何度も門前払いの扱いを受けるのだが、マルゲは決して諦めようとはせずに何度も何度も小学校へと向かう。そんなマルゲの熱意に突き動かされ、周囲の反対を押し切って、とうとう小学校の女校長ジェーンがマルゲを受け入れようとするのだが・・・・・・。

 本作には、繰り返し写し出されている映像がある。それは、若い女性が誰かに殺されるシーンだ。実は、その昔、ケニアで民族独立運動があり、マルゲはその運動に参加していた。そのときに、愛する家族を自分の目の前で殺されるという悲劇的な体験をしたのだ。そのシーンが、本作に繰り返し挿入されているのは、マルゲの中でいまだにそのときの悲しみが完全には癒えていないことを意味している。

 また、のちに強制収容所に入れられたマルゲは、そこで激しい拷問を受けることになる。マルゲが背負って来た大きな悲しみや苦しみは、その深い皺(しわ)に刻み込まれているようにも思えた。

 本作がお涙頂戴的の作品でないのは、マルゲが小学校に通うことに対し、反対する人が多かったことまで描かれていることもあると思う。また、マルゲを小学校に受け入れた、子供たちと一緒に勉強をすることを許可した女校長ジェーンへの風当たりも大きい。しかし、それだけに、ラストの感動が生きて来る。本作は、マルゲだけの物語ではなく、女校長ジェーンの物語でもあるように思う。

 ちなみに、女校長ジェーンを演じている女優さんを、過去に何かの作品で拝見したことがあると思っていたところ、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズで女呪術師役を演じていたナオミ・ハリスだということがわかった。彼女は、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでは怪しげなる女呪術師を演じていたが、本作ではとても人間味溢れる女校長の役を見事に演じていた。

 マルゲを演じているのは、元ニュースキャスターのオリヴァー・リトンドという方らしい。私は、黒人の男優さん主演の作品を鑑賞する度に、彼らが生まれ持った愛情の深さを感じ取る。その哀情の深さを前煮、私たちは決して太刀打ちできないのではないかと思ってしまうほどである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 陰も陽も表現された良い作品だと思います。集団の力は時に恐ろしくもあり、また、素晴らしくもありますね。

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2012.02.19

二穴パンチのシールプリント

ホットヨガ(二八〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 茨城県の日立で震度五弱の地震があったそうですね。該当地にお住まいの皆さん、お怪我などはありませんでしたでしょうか。茨城県は、最近、地震が多いですね。日立というと、何年か前に日立電鉄が廃線になるというので、ガンモと一緒に訪れたのを思い出します。今でも赤い車両が記憶に焼き付いています。

 先日、私がプライベートで所有している二穴パンチを、職場で仕事仲間に貸す機会が訪れた。私はその二穴パンチをずいぶん前から愛用しているのだが、実はその二穴パンチの表面には、私がずいぶん若い頃に好きなアーチストと一緒に撮っていただいた写真をシールプリントにして貼り付けている。シールプリントとは、今で言うところのプリクラサイズのシール用紙に十六分割された写真のプリントサービスだ。ちなみにシールプリントには、十六分割以外にもいろいろな分割方式がある。

 それらの写真は、古くはおよそ二十八年前に撮影していただいたものから始まって、二十七年前、十五~六年前に撮影していただいたもので構成されていた。好きなアーチストの髪型や私の体型などもすっかり変わってしまってはいるものの、見る人が見ればわかるようだった。

 「これらの写真、どこで撮影したんですか?」
と職場の同僚に尋ねられたので、私は恥ずかしげもなく、
「これは東京駅。昔、東京に住んでいたとき、彼らがツアーに出掛けて行くときに、同じ新幹線や飛行機に乗ってついて行ったりしてたから。あと、これは趣味のサークルの忘年会」
そんな説明を加えると、職場の同僚はひどく驚き、
「ひぇええ、有名人と接点のある方がこんなに身近にいるんて、驚きですよ」
と言った。私は、
「それは、別に大したことじゃないですよ。彼らも一人の人間ですし」
ということを言いたかったのだが、相手にちゃんと伝わったかどうかはわからない。

 以前も書かせていただいたが、現在、私の職場には、私のこのような気持ちを理解できる派遣仲間がいる。彼は海外のアーチストが好きなので、年に何度も海外に出掛けて行っては、好きなアーチストとの接触を果たしている。私の知る限り、彼と彼の好きなアーチストは、かなり近いところにいるように思うのだが、今以上に踏み込んだ関係に発展させるのはなかなか難しいそうだ。

 私も彼が体験しているほどの近さではないにしても、好きなアーチストとは個人的な想い出がたくさんある。ただ、私の場合は、その延長戦上にカルマ的な男性やガンモとの出会いが用意されていたので、好きなアーチストとの個人的な想い出は、独身時代からそれほど増えてはいない。

 私は、芸能人に対して線引きすることなく、心の中で熱いものを燃やしながら接触を試みる人たちとは、どこか言葉の要らない世界で繋がっているように感じている。このような感覚は、私の愛用しているニ穴パンチに張り付けたシールプリントを見て驚いた職場の同僚には、おそらく言葉で説明しようとしても通じない感覚なのかもしれない。私はそこに、とても大きな心理的なギャップを感じてしまったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おそらくですが、有名人を一般人と線引きしてしまい、接触を試みようとしないのは、そこで理性が働くからなのでしょうね。それに対し、大胆にも接触を試みようとする人たちは、本能に突き動かされている気がしますね。きっとその先には、特別な何かが待ち受けているのだと思います。

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2012.02.18

ホットヨガ(二八〇回目)

映画『キツツキと雨』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 久し振りにガンモと一緒に大阪の「なんば」まで足を伸ばしてみました。いつもはホットヨガのレッスンのあと、大阪駅周辺(いわゆる「梅田」)で買い物をしたり映画を鑑賞したりすることが多かったのですが、今回はホットヨガのレッスンを終えて昼食をとったあと、ガンモと「なんば」で合流したわけです。久し振りに訪れた「なんば」は大きく変わっていました。面白いお店もたくさんあって、ショッピングを楽しみたかったのですが、私の体調があまり優れず、映画鑑賞のあと、少しだけ街をぶらついて帰路につきました。ガンモには、「またゆっくり行こう」と言いました。ちなみに、「なんば」は、「梅田」から地下鉄に乗って四駅ほどのところにあります。

 二月十一日土曜日は、梅田店で六十分のフリースタイル骨盤調整のレッスンを受けた。またしても家を出るのが遅くなってしまったので、前回と同様、JR大阪駅前からタクシーを利用した。タクシーの運転手さんは話好きのおじさんで、
「最近の大阪駅、不便でしょう?」
と私に尋ねて来られたので、私は、
「はい、特にヨドバシカメラの前あたりが不便ですね」
と答えた。これまでにも「ガンまる日記」に書いて来たが、去年のゴールデンウィークあたりにJR大阪駅が大幅に改装され、駅ビルはずいぶん充実したものの、利用客にとっては不便な駅に変わってしまった。これまで比較的楽に足を運ぶことができていた場所に移動するのに、ひどく時間が掛かるようになってしまったのだ。特に、JR大阪駅前にあるヨドバシカメラに行くのに、電車を降りるとわざわざエスカレータで三階まで上がって改札を出て、三階から二階までエスカレータを下り、二階から一階までは階段を利用することになってしまった。改装が行われる前までは、電車を降りたあと一階の改札口を通り、少し歩いただけでヨドバシカメラの前の横断歩道まで移動できたのだ。

 少し前にも、JR大阪駅の三階の改札を出たあたりで、おばあさんが、JR大阪駅の案内係の人に苦情を言っているのを聞いたことがある。おばあさんは誰かと待ち合わせをしていたらしいのだが、JR大阪駅がすっかり変わってしまい、待ち合わせに指定された場所がどこなのかさっぱりわからないとのことだった。案内係の人に罪はないのだが、確かにおばあさんの言い分もわかるような気がした。

 タクシーの運転手さんも、
「何かぎょうさん歩かされるとかで、お客さんみんな怒ってますわ」
とおっしゃった。私は、
「そうなんです。それに、新しい大阪駅ビルには映画館もあるんですが、エレベータでは行けないくらい混雑していますね」
と話した。JR大阪駅ビルの中に新しく出来た映画館に、これまで二回ほど足を運んだことがあるのだが、ビルの十一階にあるというのに、エレベータがひどく混雑していてどのエレベータにも乗ることができず、恐ろしいことに、エスカレータで上がったほうが早く着くのだ。どうしてもエレベータを利用したい場合は、いったん下まで降りて、そのままエレベータに乗り続けるというちょっとずるい方法を選ばなければならない。

 さて、今回のタクシーの料金は、基本料金の六百四十円円だった。前回よりも安かったのは、道路が空いていたからだろう。

 タクシーを利用したおかげで、レッスン開始の十分前に梅田店のスタジオに着くことができたので、私としては余裕である。しかし、着替えを済ませてもまだ時間があると思い、トイレを済ませてからスタジオに入ったところ、既にレッスンは始まってしまっていた。
 
 最初のうちは、インストラクターのユニフォームではなく私服を着た方が立っていらっしゃるので、まだレッスンは始まっていないのではないかと思っていた。しかし、スタジオの中にいた人たちがみんなヨガマットの上に寝転がり、足をよじらせていたので、どうやら私服を着ているのはインストラクターだということがわかった。スタジオの入口の一番手前のヨガマットが空いていたので、私はそこに腰をおろした。

 レッスンに参加していたのは十二名だった。そのうち男性会員は四名で、Nさんも参加されていた。骨盤コースのレッスンでしばしばお見かけしていた男性会員も参加されていた。それにしても、十二時半からというひどくお腹の空く時間帯だからだろうか。十時半から行われていたかつての骨盤コースのレッスンには毎回二十名前後の方たちが参加されていたというのに、フリースタイル骨盤調整のレッスンには、参加者がわずか十数名程度である。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、おそらく私にとって、初めてレッスンを担当してくださるインストラクターだったのではないかと思う。前回のレッスンとは、内容がまったく異なっていたので、骨盤調整のレッスンは、骨盤について学んだインストラクターがそれぞれの方法で創造しているのかもしれないと思った。

 一部の四つん這いのポーズや三角のポーズなどは、従来の骨盤コースのレッスンにも含まれていたのだが、何と、それらのポーズにダウンドッグのポーズが組み込まれていた。ダウンドッグのポーズは休憩のポーズとも言われているのだが、私にはとてもきつかった。

 片足を折り曲げて片足を伸ばすポーズは、骨盤を小さくするポーズとして、骨盤コースのレッスンの最後に行われていたものだ。骨盤コースのレッスンでは、片足ではなく両足でぺちゃんこ座りをして、そのまま後ろに倒れ込むポーズを取っていた。片足ずつ行うのは、ぺちゃんこ座りのポーズを取るのが辛い人向けだった。

 私はレッスン中に暑くなってしまったので、スタジオの外に出て少し休んだ。インストラクターは、スタジオの入口の扉をパタパタと開閉して空気を入れ換えてくださったのだが、その行為はとても控えめだった。

 全体的な感想としては、前屈のポーズがたくさん含まれていたので、リュープリンの注射でこれまでよりも筋腫が小さくなっている状態であるとは言え、まだまだ筋腫の大きい私にはポーズが取りにくかった。ただ、レッスン終了後は骨盤に良く効いてくれていると感じた。

 フリースタイル骨盤調整のレッスンは、レールに敷かれていないレッスンなので、毎回、何が飛び出すかがとても楽しみである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 十二時半から行われるレッスンということで、やはり参加者が少ないのでしょうね。レッスンはできるだけ空腹で受けるのが望ましいですし、十二時半から六十分のレッスンを終えたあとに、シャワーを浴びてスタジオを出ると、十四時を軽く回ってしまいますので、かなりお腹が空いていますね。私としては、平日の寝不足を解消するための時間と、自宅で「ガンまる日記」を書く時間が確保できているようにも思いますが、レッスンのあと、映画鑑賞に充てる時間が減ってしまっているようにも思います。(苦笑)

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2012.02.17

映画『キツツキと雨』

ちこちゃんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 首の後ろと肩がひどく凝っていて、なかなか調子が出ません。食欲もなく、食べると戻したりします。三ヶ月に一回くらいの割合で、このような症状に見舞われています。首の後ろにカイロを当てて暖めると症状が緩和するので、今回もそれでしのいでいます。普段の姿勢が良くないか、食べ過ぎが原因なのでしょうかね。肩凝りは辛いですね。

 本作を鑑賞したのは、今日の仕事帰りのことである。体調が優れず、寝不足も続いていたのだが、最近の私にとって、金曜日の夜は仕事帰りに映画を鑑賞できる唯一の日だったので、ちょっと無理をして映画鑑賞することにした。鑑賞中に眠くなれば、ちょっぴり居眠りしてしまおうというくらいの軽い気持ちで鑑賞に臨んだのだ。

 本作に関してほとんど予備知識もなく、劇場で予告編を見てもいなかったので、行き当たりばったりで選んだ作品だったのだが、実はこれが大当たりだった。劇場で声を挙げて思い切り笑ったのは、ずいぶん久し振りのことだったように思う。いろいろと考えることの多いこの頃だが、そんな状況にある私でさえも、思わず笑ってしまうような作品である。

 まずは、これまでありそうでなかった設定にとても引き込まれた。役所広司さん演じる、小さな山間に住む木こりの克彦と、都会からやって来た映画の撮影隊は、お互いにまったく異なる世界観を持ちながらも、いつしか溶け合って行く。このプロセスが実にいいのだ。環境や考え方の違いから生まれるギャップが描かれているのではなく、溶け合って行くプロセスが絶妙な間とともに描かれている。

 都会からやって来た映画の撮影隊は、克彦の住む村で、何と、ゾンビの映画を撮っている。木こりの仕事をしている克彦は、いつしか彼らの撮影に協力することになり、小栗旬演じる新米監督の幸一とも次第に打ち解け合って行く。スタッフばかりがせわしく動き回り、これまで監督としての実力を発揮することができていなかった幸一も、克彦との交流を経て、次第に映画監督らしく成長して行くのだ。映画の中で別の映画の撮影が行われているという奇妙な構成ではあるものの、何とも惹き付けられる作品である。

 本作のメガホンを取っているのは、映画『南極料理人』の沖田修一監督である。高良健吾くん、古舘寛治さん、黒田大輔さん、嶋田久作さんなど、映画『南極料理人』に出演されていた俳優さんたちも多く出演されている。公開されてから間もない作品なので、あまり多くは語らないでおこう。とにかく、私に騙されたと思って観て欲しい作品の一つである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こういう日本映画が、私は大好きですね。こういう映画に高い評価を付けられる人たちのことも、私は大好きです。(笑)

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2012.02.16

ちこちゃん

「ガンまる日記」も八周年の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。皆さんのおかげで、新たな気持ちで九年目を迎えることができました。最近の「ガンまる日記」は、カテゴリが多岐に渡っていますが、九年目を迎え、更新が滞ってしまっているカテゴリにも光を当てて行きたいと思います。いつも応援してくださっている皆さん、本当にありがとうございます。m(__)m

 子供の頃に良く遊んでいた幼馴染みとも言えるちこちゃんが、食道がんのために亡くなったことを知った。ちこちゃんは父方の親戚の、私と同い年の女性だった。

 ちこちゃんが食道がんを患っていることを知ったのは、確か去年の春頃のことだったと思う。食べ物が喉を通らないので、痩せ細ってしまっているという話を人づてに聞いた。親戚であるとは言え、従姉妹のように近い間柄でもないので、私が最後にちこちゃんに会ったのは、中学生の頃だったと思う。

 ちこちゃんの家庭はとても複雑で、ちこちゃんのおばあさんが母親代わりになって、ちこちゃんを育てていた。ちこちゃんは、そのおばあさんが自分の母親だと思い込んだまま成長したのだが、あるとき自分の母親ではなく祖母であることを知り、大きなショックを受けたようだった。

 その後、彼女が少し突っ張った人生を送ることになったのは、そうした複雑な家庭環境が原因だったのかもしれない。私が最後に彼女に会ったとき、彼女は多くの人たちから恐れられる存在だったと記憶している。

 大人になった彼女は、結婚したものの、間もなく離婚したようだった。しかも、私生活はかなり荒れ果てていたらしい。彼女がどんな職業についていたかも良く知らないのだが、彼女が食道がんになってしまったのは、荒れ果ててしまった私生活が原因だったのかもしれない。

 ちこちゃんと同い年の私は、ちこちゃんとはまったく違う人生を送って来た。その、あまりもの違いに驚愕するほどだ。良く、映画などで、求めても求めても欲しいものがなかなか手に入らずに苦悩する芸術家や著名人の人生を描いた作品に出会うことがある。ちこちゃんの人生もまた、何かを求めてやまず、自分の欲しいものをなかなか手に入れることができない人生だったのかもしれない。

 しかし、ちこちゃんは、確かに何かを求めて止まなかったかもしれないが、きっと、他の人たちが何年もかけて味わう悲しみや苦しみを一気に味わい尽くし、ちこちゃんなりの人生をまっとうしたのではないだろうか。私は、人はそれぞれ、その人固有の人生の花を咲かせるのだと感じた。

 人はそれぞれ異なる魂の輝きを持っている。ちこちゃんの命の灯火は消えて、もはや私たちの肉眼では確認することができなくなってしまったが、ちこちゃんの魂そのものがどこかに移動してしまったわけではなく、ちゃんと、あるべきところに存在していると思う。今は肉体的な苦しみから解放されて、空の上から私たちのことをそっと見守ってくれているかもしれない。ちこちゃんよ、どうか安らかに。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちこちゃんとの想い出は、お互いが小さい頃のままで止まってしまっています。かなり辛い人生だったとは思うのですが、それだけいろいろなことをやり遂げたために、早めに肉体を去って行ったのかもしれません。ちこちゃんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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2012.02.15

「ガンまる日記」も八周年

映画『リミットレス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大学受験シーズンですね。友人の息子さんが遠方の大学を受験されるというので、友人が息子さんの受験について行くと言っていました。同じホテルに泊まって、息子さんの受験を見守るみたいですね。しかも、その受験地までは、自宅からの交通の便が良くないので、何と友人が自家用車を運転して息子さんを送り届けるのだとか。休憩時間を入れると片道十時間ほど掛かりそうだとのことでした。私は驚き、列車を利用すると、三回の乗り換えののち、六時間半弱で着くことがわかったので、列車の乗り継ぎを調べて友人にメールしました。私は友人に、途中で雪道があったり、渋滞に巻き込まれるといけないので、列車の利用を勧めたのですが、果たして彼女はどのような決断をするのでしょうか。

 二月十四日で、この「ガンまる日記」は、書き始めてから丸八周年を迎えた。一日一記事を目指して書き続け、いつの間にか八年が経過したというわけだ。最初はガンモとの愛の日々を中心に綴っていたのだが、どんどんカテゴリを増やし、最近では映画のレビューを書いたり、旅行の記事を書いたり、身体のことを書いたりしている。

 現在は、およそ八時間遅れで記事を書かせていただいているのだが、かつては一日半遅れで記事を書き、あとから日付を変更していたこともあった。何が何でも一日一記事を書き上げるため、旅行に出掛けて行くときもノートパソコンとモバイルカードを必ず持ち歩き、毎日の更新を欠かさなかった。もちろん、海外旅行に出掛けるときも、何とかしてインターネットに接続できる環境を整えて来た。

 こうして、今、「ガンまる日記」をお借りしているココログの管理画面を立ち上げてみると、これまで書き上げた記事の数は二九二三件にも上っている。なるほど、これを一年三六五日で割ってみると、確かに八よりも少し多い値が導き出されるので、途中でうるう年を含んでいるのだろう。いやはや、我ながらあっぱれである。

 ここまで書き続けて来られたのは、やはり毎日のように記事を読んでくださっている皆さんのおかげであるとともに、ブログランキングの反応に励まされ続けて来たことも大きい。皆さん、本当にありがとう。

 これからも、一日一記事のペースを守り続けることはできないかもしれないが、書き続けられる限り書いて行きたいと思う。目指すは十周年である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ブログを書いていていつも感じるのは、リアルな知人や友人から見た自分と、本当の自分との間に大きなギャップがあることです。多くの友人や知人は、例え私の書いた記事を読める状態にあったとしても、私が毎日綴っている記事を読んでくださってはいないようです。それなのに、普段、顔を合わせたときは、何気ない会話を続けています。そういうときはたいてい、私が普段から切望しているような内容の会話には発展しないことが多いですね。このギャップを何とか埋めたいとずっと思って来ましたが、情報過多の時代ではなかなか難しいですね。

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2012.02.14

映画『リミットレス』

ホットヨガ(二七九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。先日、JR線のホームで、「ご乗車の方は、空いている扉からご乗車致してください」というような奇妙な日本語のアナウンスを耳にしました。「ええっ?」と驚いたのですが、乗客の取る行為に対し、謙譲語を使ってしまってはいけませんよね。謙譲語を取り払ってしまって、「ご乗車の方は、空いている扉からご乗車ください」でいいと思います。

 本作を鑑賞したのは、八月六日のことである。実は、この時点では、日本においては未公開の作品だったのだが、夏休みに出掛けたオーストラリアのシドニー行きの飛行機の中で鑑賞したのである。

 作家志望の主人公エディ・モーラは、ひょんなことから、脳を百パーセント活性化させるという薬を手に入れ、服用し始める。人間の脳は、普段は二十パーセント程度しか活動していないと言われているのだが、その薬を飲むと、記憶力や創造力、思考力などが百パーセント活性化され、まるで超人のようにてきぱきと作業をこなせるようになる。しかし、エディはやがて、麻薬のようにその薬に取りつかれてしまい・・・・・・。

 私としては、なかなか面白い作品だと思ったのだが、日本での評価は決して悪くはないものの、ごく普通の評価といったところである。私が本作を特に素晴らしいと感じたのは、ラストの展開である。エディが飲んでいた薬が麻薬のような存在ならば、おそらく、このような結末にはならなかっただろう。いや、例えそれが麻薬ではないごく一般的な薬だったとしても、普段から薬に頼る生活を送っている人たちはたくさんいらっしゃる。エディの選択は、人間の持つ本来のパワーを引き出したことになるのだろうか。例え物語の途中でその薬を求めて壮絶な戦いが繰り広げられるとしても、その結末にとても好感が持てるのだ。

 ちなみに、本作でメガホンを取っているのは、映画『幻影師アイゼンハイム』のニール・バーガー監督だそうだ。私にとって、映画『幻影師アイゼンハイム』はとても良い作品だったので、こうして同じ監督作品を再び高く評価できるのはうれしい。今後もこの監督の作品に注目して行きたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 薬をただ求めるだけならば、主人公が堕落して行く作品となるのですが、本作は違うのです。原作を読んでいないので、最初からこのような結末が用意されていたかどうかはわかりませんが、とにかくこの結末には好感が持てますね。

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2012.02.13

ホットヨガ(二七九回目)

強烈な夢の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。最近、悪天候による電車の遅れや私自身の遅れなど、様々な事情で仕事に遅刻することが多くなってしまいました。先日も、いつも利用している電車に乗れるだろうと思っていたところ、「車内で急病人のお客様が発生したため、しばらく停車します」というアナウンスが流れたかと思うと、駅員さんが車椅子を用意して待機されていました。乗ろうとしていた電車がすぐに発車せずに、駅のホームにしばらく停車してしまったため、その先で乗り換えるはずのいつもの地下鉄に乗車することができませんでした。その急病人のお客様は、私が乗ろうとしていた車両から誰の介護も受けずにたった一人で降りて来られて、どこかに歩いて行きました。さすがにそれではいけないと思ったのか、駅員さんがその方に「大丈夫ですか? 顔色が良くないですね」と声を掛け、その方は駅の事務所で休むことにされたようです。仕事には遅刻してしまいましたが、急病人のお客様をお迎えするために、そのお客様がどの車両にいらっしゃるかを電車内のスタッフと駅のスタッフが緊密に連絡を取り合い、そのお客様がいらっしゃる付近で待機しているという連携プレイには感動しました。急病人と言われていたお客様も、自分の足で立って歩けるようで良かったと思います。

 二月四日土曜日は、ホットヨガ梅田店のスタジオでフリースタイル骨盤調整のレッスンを受けた。これまで土曜日の十時半から行われていた骨盤コースのレッスンがなくなってしまい、替わりにフリースタイル骨盤調整というレッスンを見付けたので、どんなレッスンなのかと期待しつつ、レッスンを申し込んでおいたのだ。フリースタイルと名の付くレッスンは、三宮店や梅田店ではあまり聞いたことがなかったが、年に何度か足を運んでいる南森町店や京都店ではしばしばレッスンに参加したことがある。ちなみに、梅田店で行われているフリースタイルのレッスンとしては、他に美脚コースがある。

 実はこの日は、前日の夜に自転車の後輪の空気が抜けてしまっていたため、ガンモの自転車を借りて出掛けることになってしまっただけでなく、おろしたてのムートンブーツもなかなか足に入らず、バタバタしながら家を出た。

 JR大阪駅に着いても、ムートンブーツが足に入らないので、私はJR大阪駅前でタクシーを拾って梅田店のスタジオまで移動することにした。梅田店のスタジオのすぐ近くにはわかりやすい建物があるので、タクシーの運転手さんには行き先をお願いし易いのだ。道路はひどく混んでいたものの、タクシーを利用したおかげでレッスン開始の五分前にはスタジオに着くことができた。

 大急ぎで着替えを済ませ、スタジオに入ってみると、何だかいつもの骨盤コースとは雰囲気が違っていた。これまでの骨盤コースのレッスンがレールに敷かれたレッスンならば、今回の骨盤調整のレッスンは、レッスンを担当してくださるインストラクターが創造して行くような、ゆったりとした雰囲気のレッスンだった。レッスンの参加者は十四名で、そのうち男性会員はNさん一人だけだった。

 ヨガマットの上で、しばらくは足の指を動かすことに徹した。足の指を開いたり、伸ばしたり、親指だけを反らせてみたり、また、ピアノを弾くように、マットの上に小指から一本ずつ足の指を下ろすなどの動きを行った。これらの動作はなかなか難しく、私は自分の足の指を思うように動かせないことがわかった。そのため、自分の身体を制御するコントローラーを握っているというのに、動きの微調整ができずにもどかしい想いを抱えてしまった。

 インストラクターはとても勤勉な方で、骨盤調整のレッスンで行う内容をきちんとノートにまとめていらっしゃった。少し前まで参加していた六十分の骨盤コースを産み出したと言われている、既に退職されてしまった南森町店のインストラクターもまた、私たちに伝えたいことをノートにびっしりと書かれていた。骨盤に関するレッスンを創造してくださるインストラクターたちは、ノートにまとめることにより、骨盤の理論を理解しようとしているのかもしれない。丸暗記ではなく、骨盤の理論から理解できているインストラクターのレッスンは、いつも手応えと安心感を感じる。

 インストラクターは、足の指を動かすときに、どの筋肉が使われているかについても説明してくださった。骨盤調整のレッスンはまるでセミナーにでも参加しているような雰囲気で、私自身も筆記用具を持参して参加したいくらいだった。

 あっという間に六十分のレッスンが終わった。これからは、なかなか楽しい週末になりそうだと思ったのだが、十二時半から行われるレッスンを終えてから十四時過ぎに昼食をとることになるので、ひどくお腹が空いてしまうことに気が付いた。朝御飯の時間を調整することで、何とか対処しようと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまでの骨盤コースのレッスンとは異なるフリースタイル骨盤調整のレッスンに参加してみました。レッスンのあと、レッスン中に身体を動かしたことが、何だか骨盤に効いていると感じましたね。やはり、レッスンを受ける側も、理論的に身体を動かすことで、自分自身で骨盤を調整するという意識が強く働くのかもしれません。

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2012.02.12

強烈な夢

映画『モールス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m アメリカのポップス界で活躍していた人気歌手のホイットニー・ヒューストンさんが、ビバリーヒルズのホテルで亡くなられたとのニュースが飛び込んで来ました。私よりもずっと年上の方だと思っていたのですが、わずか二歳しか年齢差がないことが今回の悲報によりわかりました。詳しいことがわからないので、海外のサイトにアクセスして情報を得ようとしていたのですが、海外だからと言って、先に詳しい情報を入手できるというわけではなかったようです。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 仕事に関する強烈な夢を見てしまった。私は、かなりやばい仕事をしている企業の契約社員として働いていた。企業の規模としては、東京に住んでいたときに結婚直前まで働いていた企業に近い。東京に住んでいた頃、私は夢の中に出て来た企業に近い規模の会社と直接契約を結び、フリーで働いていたのだ。

 夢に出て来た企業は、生き残って行くためには手段を選ばないようなワイルドな体質で、時には殺人さえも犯し、その事実をもみ消してしまうことさえあった。私が何故、そのような恐ろしい企業で働いていたのかというと、おそらくそのような企業で働かなければ食べて行けないほど、日本の経済が落ち込んでしまっていたのだと思う。

 夢の中で、私はその企業で何らかのミスをしでかして、責任を問われていた。そんなやばい企業でも、私は契約を切られたくなかったのだろう。必死に自分を正当化し、契約を切らないように企業の採用担当者に懇願していた。しかし、やがてその企業は、私の弱みを握るために「ガンまる日記」を探り当て、そこに書いてあることに目を通し始めた。そこには、企業の秘密とまでは言えないまでも、仕事を通してリアルタイムで体験した様々な出来事を綴っていた。

 夢の中で私を雇っている企業の採用担当者は、私の書いた記事に目を通し、私に対して解雇を言い渡した。しかし、私は既にその企業の秘密をたくさん握っていたため、やがて企業は私の取り扱いについて慎重になった。

 夢の中の私はかなりの情報通で、自分のところに入って来る企業の秘密情報を盾に、必死で自分を守ろうとしていた。しかし、企業は私の握っている秘密を封じ込めようと、私をしつこく追い掛けて来た。私は東南アジアのどこかの国に逃げ込んで、ひっそりと身を隠そうと企んだ。

 私は、その企業が販売しているドリンクを飲むときには細心の注意を払わなければならないことを知っていた。ドリンクのキャップに仕掛けがあり、その仕掛けに気付かなければドリンクは爆発することになっていたのだ。

 こんな強烈な夢を見て目覚めたとき、私は興奮した。そして、この夢は、これまで自分が書いて来たものを守りなさいという警告なのではないかと想像した。そこで、インターネット上に公開している本名を削除し、ハンドルネームのみに変更させていただいた次第である。いやはや何とも、久し振りにずいぶんリアルで恐ろしい夢を見てしまったものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私の見た夢が少し先のことを表しているならば、少し先の未来は、仕事が極端に少なくなり、人々が今の仕事にしがみつく時代になってしまうのでしょうかね。できればそれは避けたいものです。自由な選択肢の中から、自分の一番したいことを仕事に選べる時代を迎えたいものですね。

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2012.02.11

映画『モールス』

パンク修理の外注(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 長引いている風邪ですが、服用している風邪薬を顆粒タイプのものから錠剤タイプのものに変えたところ、薬が効いて良くなって来ました。まだまだ鼻から抜けたような甘い鼻声ですが、薬が違えばこんなにも効き目が違うのだと驚いています。少なくとも、辛い鼻詰まりからは解放されました。

 本作を鑑賞したのは、八月十三日のことである。実は、本作を鑑賞する少し前に、夏休みを利用してガンモと一緒に出掛けたオーストラリア行きの飛行機の中で、一年ほど前に劇場で鑑賞した映画『ぼくのエリ 200歳の少女』を鑑賞した。何を隠そう、私にとって映画『ぼくのエリ 200歳の少女』は、これまで鑑賞したすべての作品の中で三本の指に入るくらい大好きな作品である。その作品が、飛行機の中でも鑑賞できるというので、おさらいをしたのだ。大好きな作品をもう一度鑑賞すると、最初に鑑賞したときには見落としてしまっていたことまで見えて来るので、作品の理解を深めるにはとてもいい。

 前置きが長くなってしまったが、本作は、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』のハリウッド版リメイクの作品である。ただ、私の中では、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』への特別な想いがあるだけに、ハリウッド映画としてリメイクして欲しくなかった気持ちが大きかった。そのため、がっかりすることがわかっているのならば、最初から鑑賞しなくても良いのではないかという気持ちもあった。とは言え、やはり気にはなるもので、好奇心から、とうとう映画館に足を運んでしまったのである。

 映画『ぼくのエリ 200歳の少女』では、ストックホルム郊外に住むオスカー少年とエリという少女の恋の物語だったが、本作ではオーウェン少年とアビーという少女の恋の物語として構成されている。どちらも、雪のたくさん降る地域が舞台となっているのだが、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』の舞台となっているストックホルムが切れるほどの寒さを感じさせるのに対し、本作は普通に雪のたくさん降る寒い地域という印象だった。

 本作を鑑賞した感想としては、「ああ、やっぱりハリウッド映画になると、こうなっちゃうのよねえ」という残念な気持ちが一番大きかった。オリジナルとの比較ばかりで申し訳ないのだが、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』は繊細かつ透明感のある作品に仕上がっていたのだが、本作は表現方法があまりにもストレート過ぎる上に、ヴァンパイアであるアビーの凶暴な性格が増強されてしまっていた。そのため、どこかホラー映画に近いような仕上がりになってしまっているのだ。私としては、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』の詩的で想像力を掻き立てられるような描写が好きで好きでたまらない。

 本作を鑑賞されたいろいろな方たちのレビューを拝見すると、やはり私と同じような感想を抱かれた方が多いようだ。一方、本作に高い評価を付けていらっしゃる方も多いのだが、そういう方たちは、オリジナルの映画『ぼくのエリ 200歳の少女』を鑑賞されていない方たちのようだった。

 私なりにこの現象を分析してみたのだが、まず、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』を上映していた映画館はミニシアター系映画館だったが、本作を上映していたのは比較的ポピュラーな映画館だった。そのため、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』を鑑賞された方たちと、本作を鑑賞された方たちは、客層が異なっていたのではないかと思う。すなわち、本作に高い評価を付けているのは、普段からハリウッド映画を好んで鑑賞している方たちだと思う。それに対し、ミニシアター系映画館に通い詰めている人たちは、ハリウッド映画があまり肌に合わず、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』のような詩的で繊細な作品を好む人たちなのではないかと思うのだ。だから、普段から好んで鑑賞している繊細な作品とは違う仕上がりになってしまっている本作では物足りなく感じてしまったが、普段からハリウッド映画に慣れている人たちにとっては衝撃的な作品だったために、高い評価を付けたのではないかと想像する。参考までに、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』の予告編もご紹介しておこう。

 ちなみに、本作でヴァンパイアのアビーを演じているのは、映画『キック・アス』でヒット・ガールを演じていた クロエ・モレッツである。彼女は確かにかわいいのだが、映画『キック・アス』では圧倒的な存在感を放ってはいたものの、やはり映画『ぼくのエリ 200歳の少女』でエリを演じていたリーナ・レアンデションのほうがずっとヴァンパイアに近い怪しげな存在であるように思えた。

 また、主人公のオーウェン少年を演じていたコディ・スミット=マクフィーよりも、やはり映画『ぼくのエリ 200歳の少女』でオスカー少年を演じていたカーレ・ヘーデブラントのほうがはるかに適役のような気がする。要するに、私の中で、映画『ぼくのエリ 200歳の少女』があまりにも大切な作品であるがために、本作のありとあらゆるところを受け入れられなかった。感想としては、その一言に尽きるような気がする。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく私は、オリジナル作品の虜なんですね。また、オリジナルでは、エリの正体がお風呂上がりのシーンでわかるのですが、本作ではそのような描写はされていませんでした。何故、その描写が含まれていないのかは、ちょっと謎ですね。

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2012.02.10

パンク修理の外注(後編)

パンク修理の外注(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、オフィスの温度が上昇しているため、仕事中に大きな団扇でパタパタ扇いでいます。(苦笑)どうやら、窓際付近に座っている方たちがひどく寒いらしく、ビルから供給される暖房の温度を上げてもらっているのだそうです。一部が寒いためにオフィス全体の温度を上げなければならないというよりも、もっとエリアを絞ってピンポイントで調整できるとありがたいですね。

 パンク修理というと、もちろん独身時代は自分でパンク修理をすることができなかったので、自転車屋さんにお願いしていたはずである。その頃は東京に住んでいたので、日本の平均的な相場よりも高かったかもしれないが、確か一回のパンク修理料金が千円ちょっとだったと記憶している。鮮明に覚えているのは、一回のパンク修理料金が八百円の頃だが、それはもう何十年も前のことである。あれからずいぶん歳月が流れてしまっているので、きっとパンク修理料金の相場も上がっていることだろう。そんなことを思いながら、いよいよ目的の自転車屋さんに到着した。お店の外に店員さんがいらっしゃったので、思い切って声を掛けて、パンク修理をお願いした。

 有り難いことに、そのお店には、パンク修理料金が店頭に掲げられているとともに、店員さんからも説明を受けた。な、何と! 塞ぐ穴が一つだけであれば、わずか五百円で済むという。そして、塞ぐ穴が一つ増えるごとに二百円割り増しになるのだそうだ。ただ、チューブごと交換が必要な場合は、二千円以上掛かるとのことだった。しかも、修理時間はわずか三十分で、店の営業時間が二十時までなので、十九時五十五分頃には引き取りに来てくださいと言われた。

 私は、
「わかりました」
と言って、店内でパンク修理完了後の引換券を発行していただいた。その引換券を受け取るときに、
「それでは、十九時四十五分には仕上がっていますので」
とお店の方に言われた。いやはや、驚きである。私は、
「お願いします。じゃあ、その辺で時間を潰して来ます」
と答えたものの、その辺と言っても、そこは自宅近くの住宅街だったので、自転車がなければ時間を潰せるような場所まで移動することはできなかった。うろうろ歩き回るのも何だか面倒臭い。ただ、三十分程度ならば、座るところと携帯電話があれば十分潰せると思った。そこで、自転車屋さんの敷地の奥のほうにある低いブロック塀に腰を掛けて携帯電話をいじっていたところ、通行人の方に、
「びっくりしました」
と驚かれてしまったので、移動することにした。おそらく、普段、そこに腰掛けている人などいないのだろう。

 通行人の方をびっくりさせてしまっては申し訳ないので、今度は、すぐ近くにあった歩道橋の階段に腰掛けて、帰宅したら食べようと思っていたサンドイッチをほおばった。幸い、寒い日ではなかったので、誰も渡る人のいない歩道橋は、格好の休息場になった。私は、歩道橋の階段に腰掛けて、「果たしてこの歩道橋、使う人がいるのだろうか」と心配になっていた。少なくとも私が座っていた三十分近くの間、誰もその歩道橋を渡る人はいなかったのである。

 私は、腕時計をチラチラ見ながら、十九時四十五分になるのを待っていた。そして、十九時四十五分になったのを確認すると、おもむろに立ち上がり、自転車屋さんに戻った。私の自転車のパンク修理は、約束通り、完了していた。お店の方が、
「穴は一つだけでしたので、今回は五百円です」
と言ってくださった。私は喜び勇んで五百円を支払い、帰路についた。パンク修理がなされた私の古い自転車は、再び軽快な走りを見せてくれた。

 仕事から帰宅したガンモに、わずか五百円でパンク修理ができたことを伝えると、ガンモも驚いていた。三十分で修理が完了するとしても、塞ぐ穴が一つだけだった場合、一時間働いてもわずか千円の儲けにしかならない。ガンモは、
「きっとサービスでやってんだよ」
と言った。更に、
「でも、いいなあ。室内でパンク修理できるもんなあ」
とも言った。我が家は、冬でも吹きさらしの屋外でしかパンク修理をすることができないので、ガンモとしては、その恵まれた環境に憧れを抱いたようだ。

 私は、
「五百円で済むんだったら、これからは自転車屋さんにパンク修理をお願いしようかな」
と言ってみた。仕事が忙しいガンモは、やはり、
「禁止!」
とは言わなかった。しかし、のちに私が、
ボンドで貼り合わせて履いているブルーのムートンブーツなんだけど、自分で手を掛けただけに、どんどん愛着がわいて来たよ」
と言うと、ガンモは、
「俺もまるみの自転車にはずいぶん手を掛けて来たから、あの自転車にはずいぶん愛着があるよ」
と言ったのだ。なるほど、私もその気持ちは良くわかる。自分がたくさん手を掛けたものほど愛着がわいて来るものなのだ。私は、かなり古びてしまっている自転車だが、まだまだ新しい自転車に乗り換えるのは先送りにしようと心に決めたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m パンク修理が五百円というのは、驚異的な金額だと思います。おそらく、パンク修理だけでお店が成り立っているわけではないので、ガンモの言うように、パンク修理は顧客へのサービスみたいなもので、他のものを売ることで利益を出しているのでしょうね。店員さんの対応もきちんとしていて好感の持てるお店です。きっと、本当に自転車を好きな方たちが働いているお店なのでしょうね。これからも、寒い冬の時期や、ガンモの仕事が忙しいときは、利用したいと思います。

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2012.02.09

パンク修理の外注(前編)

映画『海洋天堂』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 風邪を引いてから早くも二週間近く経つのですが、まだ完治しません。喉を痛める風邪はうがい薬が良く効いてくれるのですが、今回の風邪は、鼻がぐずぐず言っています。鼻のフィルター機能を使用することができないので、マスクを着用してフィルター機能を働かせています。皆さんも、どうかご自愛くださいね。

 ここのところ、自転車に乗ると、自転車のスピードがひどくのろいように感じていた。坂道を登り切ることができずに途中で止まってしまうこともあれば、平らな道であっても、歩行者に抜かれてしまうこともあった。私の腹筋力や脚力がすっかり衰えてしまっているために、こんなにも自転車で走るのが遅くなってしまったのかと嘆いていたのだが、やがて自転車の後輪のタイヤがガタガタし始めたので、空気が抜け掛けてしまっていることに気が付いた。そこで、いつも金曜日の夜にレイトショーを鑑賞している映画館の駐輪場に設置されている無料の自転車用空気入れを拝借し、たっぷり空気を入れた。

 ところが、映画を鑑賞したあと、いざ帰宅しようとすると、映画を鑑賞する前に入れたばかりの空気が抜けてしまっているではないか。「ひょっとすると、パンクしていたのだろうか?」と思い、ガンモに電話を掛けて事情を話したところ、「帰宅したら、部屋の前まで自転車を運んでおくように」と言われた。自転車がパンクしたときはいつも、ガンモがパンク修理を担当してくれているためだ。

 私は、後輪のタイヤの空気が抜けたままでは帰宅できないと思い、再び、無料の自転車用空気入れを拝借し、後輪のタイヤをぱんぱんにして帰宅した。入れた空気は、帰宅するまで持ってくれたようだった。

 その日、ガンモは深夜に帰宅したのだが、翌日の土曜日に仕事が休みだったので、パンク修理をしてくれることになっていた。翌朝、私はホットヨガのレッスンに出掛けて行く予定だったが、まだガンモによるパンク修理が終わっていなかったので、私はガンモの自転車を借りて自宅の最寄駅まで移動した。

 ホットヨガのレッスンに出掛けて行く前に、前日の夜、レイトショーを鑑賞したあとに後輪のタイヤに入れた空気が抜けていないかどうか確認したところ、抜けてはいなかった。そのことをガンモに報告すると、
「ひょっとするとパンクしているわけじゃなくて、ムシを交換するだけで済むかもしれない」
と言われた。ムシとは、いわゆる虫ゴムと言われているもので、自転車の空気入れの先に付いているゴムのことである。そして、私がホットヨガのレッスンを受けている間に、ガンモは私の自転車の虫ゴムを交換してくれた。

 そのまま月曜日の朝まで空気が抜けていなかったので、私はガンモにお礼を言って、月曜日の朝からその自転車に乗って通勤した。乗った感じも違和感がなかったので、今回は、虫ゴムの交換だけで快適になったのだと思っていた。

 ところが、火曜日の朝に出勤しようと思い、自転車にまたがってみると、これまで感じていたような重たさが甦っていた。しかも、走ってみると、ガタガタするではないか。残念なことに、金曜日の夜の状態に戻ってしまっていたのである。

 私はまたしてもガンモに電話を掛けて、
「やっぱり虫ゴムの交換だけではダメだったみたい」
と言って、金曜日の夜と同じ状態に戻ってしまったことを報告した。

 しかし、ガンモにパンク修理をしてもらおうにも、最近のガンモは仕事がひどく忙しく、帰宅時間が遅くて時間がなかった。そこで私は、
「じゃあ、仕事帰りに自転車屋さんに寄って、パンク修理してもらうよ」
と言った。いつもならば、
「禁止!(すなわち、俺に修理させろという意味)」
という返事が返って来るのだが、今回はさすがに仕事が忙しいせいか、ちょっと弱気な返事が返って来た。
「パンク修理してもらうくらいだったら、新しい自転車を買うように」

 確かに私の自転車はもうかなり古く、十数年前に購入した安物の自転車である。ガンモはそんな私の自転車に、これまで何度も何度も手を入れてくれていたのだ。

 しかし、私よりも一年ほど前に自転車を購入したガンモが、少し前についに新しい自転車を購入した。やはりガンモのかつての自転車も、もうこれ以上は手を入れられないほどにメンテナンスを繰り返し、ボロボロになっていたからだ。ガンモは、自分の乗っている新しい自転車がとても快適なので、私にそんなことを言ったのかもしれない。

 ガンモにそうは言われたものの、私は仕事帰りに重い自転車を引きずりながら、様々な選択に迫られていた。一つ目は、ガンモが自転車修理をしたがっていることは知っていたので、ガンモの次の休みまで持たせるために、ひとまず自転車に空気を入れるという選択肢である。そのために、金曜日の夜に利用した自宅近くの映画館の駐輪場に設置されている無料の自転車用空気入れを拝借してパンパンに空気を入れるという選択肢と、自宅に戻ってから空気を入れるという選択肢があった。しかし、前者は自宅とは反対方向にある映画館まで重い自転車を走らせなければならず、後者は、帰宅してから重い自転車を部屋の前まで運ぶか、自転車を置いていったん部屋の前まで戻って、空気入れを持って、マンションの駐輪場に戻らなければならなかった。しかし、そのときの私には、どの選択肢を選んでもやっかいなことのように思えた。

 そこで思い付いたのが、自宅近くの自転車屋さんでパンク修理をしてもらうという新たな選択肢だった。ガンモには申し訳ないが、今の状況では、この選択肢が一番いいのではないか。私はそう思い、重い自転車を必死でこいで、自宅近くの自転車屋さんへと向かったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつもはガンモが自転車のパンク修理をしてくれているのですが、今回ばかりはさすがに時間的な余裕がなかったようです。更に、作業場所がマンションの部屋の前になりますので、吹きさらしで寒いみたいですね。(苦笑)

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2012.02.08

映画『海洋天堂』

ムートンブーツと格闘する(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 新潟県の佐渡で震度五強の地震が発生したとの防災速報メールが届きました。久し振りの防災速報メールでしたので、やはりメールを開封するときには緊張が走りましたね。地震の被害に遇われた皆さん、お怪我はありませんでしたでしょうか? そろそろ本格的に、災害に対する備えが必要になって来ているのかもしれません。いざというときに冷静に対処できる自分でありたいものです。

 本作を鑑賞したのは、七月二十九日のことである。アクションスターとして有名な映画『SPIRIT』のジェット・リーが、何と、ノーギャラで出演している。

 水族館で働くジェット・リー演じるシンチョンは、がんを患っているために、自分の余命がわずかしかないことを知っている。シンチョンには二十一歳になる自閉症の息子ターフーがいて、妻亡きあとは二人だけで暮らしている。自分が先立ってしまうと、ターフー独りでは生きて行けないと悲観し、あるときシンチョンはターフーを連れて海で心中を図ろうとするものの、ターフーの泳ぎがうまいために一命をとりとめる。そのことをきっかけに、シンチョンは、ターフーが独りで生きて行く上で必要なことをとことん教え始める。

 まず、ジェット・リーの表情がいい。これまで、力の強いジェット・リーしか見て来なかったからだろうか。余命いくばくもなく、自閉症の息子の未来を心配する父親の顔がとても新鮮だった。力の強いジェット・リーでなくても、息子への愛情溢れる精神力の強いお父さんを演じている。

 息子のターフーを演じているウェン・ジャンもまた、自閉症の役柄を見事にこなしている。いやはや、演技でここまで別人になり切れるものだろうかと驚きである。彼の取っている手の動きが特徴的で、癖になりそうだ。

 また、水族館に巡業にやって来た女ピエロのリンリンの役どころもいい。彼女はターフーと仲良くなるのだが、決して上から目線ではなく、ターフーと対等に接している。このような接し方は、なかなか実現できないのが実情ではないだろうか。

 シンチョンは、自分の亡きあとの、ターフーの受け入れ先を必死に探すのだが、周りの人たちの協力体制がとてもいい。水族館の館長や、近所に住む女性チャイ、それから、かつてお世話になったリュウ先生らに支えられながら、ターフーが独りでも生きて行けるような環境作りを整えて行く。

 ターフーを施設に預けたとしても、シンチョンが遺してくれたお金はいつか底をついてしまうのではないかという突っ込みどころもあるのだが、例えそのような状況に直面したとしても、きっとターフーのことを暖かく迎えてくれそうな、そんな予感を感じさせてくれる暖かい作品である。ジェット・リーの柔らかい表情を見るだけでも価値があると思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジェット・リーの柔らかい表情がそこかしこに見られる作品です。ジェット・リーにとって、アクションなしの作品は、本作が初めてのようですね。しかも、ノーギャラですから、彼が本作の脚本に惚れ込んだのがわかりますね。

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2012.02.07

ムートンブーツと格闘する(後編)

ムートンブーツと格闘する(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m さっぽろ雪まつりの会場で、展示中の雪の像が崩れ、怪我人が出るという事故がありましたね。ここのところずいぶん暖かかったですが、札幌も例外ではなく、三月上旬並みの気温だったとか。それに加え、崩れた雪の像も安定性の良くないものだったそうです。いろいろな要因が重なって、事故に発展してしまったようですね。不謹慎かもしれませんが、大怪我をしたとは言え、命を落とさずに済んだことは、不幸中の幸いだったと思いたいです。

 ムートンブーツと格闘する(前編)の記事を書いたあとに、タイトルの後ろに慌てて(前編)と付け加えたのには訳がある。実は、後編を書くような出来事が起こったからだ。

 今日も私は、ブルーのムートンブーツを履いて仕事に出掛けた。かつて、足の甲のあたりがひどくきつかったブルーのムートンブーツも、これまでよりは私の足に馴染んで、冷え取り健康法の靴下を四枚重ね履きしていても何とか履けるようになっていた。

 しかし、ここのところの雨が良くなかったのか、何だか歩きにくさを感じて足元を確認してみたところ、何と、ムートンブーツの靴底がぱっくりと開いてしまっているではないか。おかげで早歩きができず、また、走ることもままならなかったため、あろうことか、仕事に遅刻してしまった。

 購入した値段が値段なので、仕方のないことなのかもしれないが、何とも情けない話である。私は、ムートンブーツ好きの派遣仲間にぱっくりと開いたブルーのムートンブーツを見せて、
「気が付いたらムートンブーツがこんなになってて、走れなかったから遅刻したよ」
と情けない表情で言った。すると彼女は、ぱっくりと開いた私のムートンブーツを見て、気の毒そうに笑ってくれた。

 私が、
「(職場の)売店でボンドを買って、くっつけようかなあ」
と言うと、ムートンブーツの値段を知っている彼女は、
「ボンドのほうが高いかも」
と切り返して来た。確かに私もそれには同意し、
「それは言えてる」
と言って笑った。

 また、トイレに立ったときに、別の派遣仲間の二人に会ったので、ぱっくりと開いたブルーのムートンブーツを彼女たちにも見せて、これが今朝の遅刻の原因だと告白した。やはり、彼女たちにも情けない表情で笑われてしまった。
「そこまで開いてると、思い切りがいいですね」
とも言われた。私が、
「売店でボンドを買ってくっつけようと思ってる」
と言うと、
「もう一足買ったほうが早い」
などと、笑いながら言われた。

 その後、職場の売店でボンドを探してみたのだが、あいにくボンドは売られていなかった。仕事中も、私はぱっくりと開いたままのムートンブーツを履いたままで、恐る恐る足を踏み出していたのだが、ひょっとするとこの分ならば、何も対処しなくとも、自宅まで何とか辿り着けるのではないかという気がしていた。そこで、仕事帰りに自宅の最寄り駅前のお店でボンドを購入し、帰宅してから接着を試みた。くっつくのに時間が掛かるので、ボンドを着けたムートンブーツの上に重いものをしばらく載せておいたところ、しっかりとくっついてくれたようだ。やれやれである。

 これでまた、このブルーのムートンブーツを履いて仕事に出掛けて行くことができるようになったわけだが、ちょっぴり不安なので、このブルーのムートンブーツを履いて出掛けるときは、ボンドも一緒に持ち歩こうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ぱっくりと開いたブルーのムートンブーツが見事に甦りました。(苦笑)格安で購入したムートンブーツですが、遅刻した分の差し引き金額と、ボンドの経費が加算されましたので、購入当初よりは、割高なムートンブーツになってしまいました。(苦笑)

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2012.02.06

ムートンブーツと格闘する(前編)

映画『不惑のアダージョ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまでの寒さがまるで嘘のように暖かくなりましたね。しばらくするとまた冷え込みがぶり返して来るようですが、ひとまず今は暖かいので、外に出掛けて行くときのジャケットを短いものに変えました。皆さんも、今後の気温差にはくれぐれもご注意くださいね。

 楽天市場で、またまた格安のムートンブーツを買った。何と、今回は税込で一足わずか三百四十九円である。あまりにも安いので、色違いのものを二足購入してみた。ブルーとイエローである。ムートンブーツは、落ち着いた色合いのものが服に合わせやすいからだろう。はっきりとした色合いのムートンブーツは売れ残ってしまうために、格安で売り出されていたのかもしれない。

 商品が届いた翌日、私はホットヨガのレッスンに出掛けて行くのに、届いたばかりのブルーのムートンブーツをおろしてみた。触ったときに、他のムートンブーツよりも生地がやや固い気はしてはいたのだが、いざ足を突っ込んでみると、いつもと同じMサイズを購入したにもかかわらず、入らないのだ。途中で引っかかり、自分の足先がムートンブーツの足先まで到達しないのである。しかし、これまでの経験から言えば、こうした現象は、おろしたてのムートンブーツには良くあることである。

 「これは困った!」と思いつつも、履き古しのムートンブーツを既にいくつも処分してしまったあとだったので、もはやホットヨガのレッスンに履いて行くムートンブーツはない。足先が入らないならば、秋頃までに履いていたスニーカーを履いて出掛けて行くという手もあったのだが、ひとたびムートンブーツの暖かさに慣れてしまえば、この寒い冬にスニーカーを履く気にはなれなかった。

 もう、ホットヨガのレッスンに出掛けて行くのにあまり時間がなかったので、私は思い切って、入らないムートンブーツに足先を途中まで突っ込んで、半ば引きずりながら家を出た。果たして本当に大丈夫だろうかという一抹の不安がよぎったのだが、これまで履きにくいと感じていたムートンブーツであっても、最終的には履けるようになったという実績があるので、何とか大丈夫だろうと思ったのだ。

 ところが、足先の入らないムートンブーツを履いて最寄駅まで自転車をこぎ、JR大阪駅まで移動してもなお、私は足先の入らないムートンブーツを引きずり続けていた。これではレッスンに間に合わないと思い、意を決してタクシーを利用することにした。ちょうどJR大阪駅前でタクシーを拾うことができたのは幸いだった。

 タクシーを降りて、梅田店のスタジオでホットヨガのレッスンを受けたあと、私は普段ならば四枚も重ね履きしている冷え取り健康法の靴下を一枚だけにして、再び足先の入らないムートンブーツと格闘し始めた。具体的にどのような状態かと言うと、写真の通り、足先が入らずに、踵(かかと)の部分が浮いてしまっているのである。これでは足にフィットしないので、ひどく歩きにくい。


足先の入らないムートンブーツ

 私は、ホットヨガの重い荷物を置いて、道端のベンチに腰掛け、思い切ってムートンブーツの踵の皺(しわ)を何とかたぐり寄せて、自分の足先をムートンブーツの足先まで奥深く突っ込んだ。すると、ようやく左足だけ入った。どうもこのムートンブーツは、足の甲が引っかかってしまい、奥のほうへと足を突っ込むことができないようである。これだけ格闘してようやく足が納まったというのに、靴下を一枚しか履いていないからか、足先はぶかぶかだった。つまり、足の甲の部分だけが特にきつく、そこを何とか通過してしまえば、中はゆったりとしているというわけなのである。もともと私の足は二十二センチか二十二.五センチしかないのに、冷え取り健康法の靴下を重ね履きしているために、二十三.五センチの靴を履いているだけなので、靴下一枚だけしか履いていない状態では、足のサイズと靴のサイズにギャップがあるのだ。

 左足がようやく入ったので、私は気合を入れて右足も何とかムートンブーツの踵の皺をたぐり寄せて、自分の足先をムートンブーツの足先まで奥深く突っ込んだ。右足は、左足のようには行かなかったのだが、格闘しているうちにようやく入った。やれやれである。これまで、いろいろなムートンブーツを履いて来たが、自分の足先をムートンブーツに収めるのに、これほど苦労したのは初めてのことである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 格安のムートンブーツなので、室内履きとして購入されている方もいらっしゃるようです。確かに、足がすんなり入れば、この価格は大変お買い得ですものね。(苦笑)同じ職場に、ムートンブーツ好きの派遣仲間がいるのですが、ようやく履けるようになったブルーのムートンブーツを履いて仕事に出掛けたところ、「今度、イエローも履いて来てください」と言われました。きっとブルーを履いたのと同じくらいの苦労が待っているんでしょうね。(苦笑)

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2012.02.05

映画『不惑のアダージョ』

まるみ流しゃっくりの止め方の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 高齢者の方が入浴時に脳卒中などを起こして心肺停止状態に陥る事故が増えているそうですね。原因は、脱衣場や風呂場と、浴槽内の温度差によるものらしいです。こうした事故を防ぐために、脱衣場やトイレに置く暖房器具を探していたのですが、場所を取らず、天井からぶら下げる明かりと一体になった暖房器具があると知り、実家の両親のために注文してみました。私の実家は古い木造なので、脱衣場も風呂場もトイレもひどく寒いのです。まだ注文したばかりですが、この効果に期待しています。

 今回は、二月四日に鑑賞したばかりの作品のレビューを書かせていただくことにする。梅田店のスタジオでホットヨガのレッスンを受けたあと、いつものようにミニシアター系映画館で映画を鑑賞することにしたのだが、その日が公開初日の作品で、しかも上映終了直後に井上都紀(いのうえつき)監督によるティーチインが行われるという。ティーチインとは討論集会のことで、言わば観客を巻き込んだトークショーのようなものだ。要するに、作品の鑑賞直後に、その作品の内容について、監督自身に質問できる場が設けられるのだ。

 私がしばしば足を運んでいるそのミニシアター系映画館では、ときどきこのようなイベントが開催されているのだが、舞台あいさつやトークショーが行われる回の上映はひどく混雑していることが多く、時にはチケットを購入できないこともある。しかし今回は、上映の二時間ほど前にチケットを購入したにもかかわらず、まだ満席ではなかったので、期待感いっぱいの鑑賞となった。ちなみに、上映終了直後にティーチインが行われるため、予告編の上映はなく、いきなり本編からの上映となった。

 同じ劇場で、本作の予告編を何度か観ていたのだが、シスター(修道女)が主人公なので、厳粛なシスターがいつしか神への道を踏み外してしまう作品なのだと勝手に思い込んでいた。しかし、実際に鑑賞してみると、私の予想とは違っていた。そんな先入観を持って鑑賞したからなのか、スクリーンの中で何か特別なことが起こりそうなのにとうとう起こらず、いつの間にか終わりを迎えてしまったような気がしてしまった。言わば本作は、映画『ヒミズ』の園子温監督が産み出す世界とは対極にある作品と言える。

 困ったことに、主人公のシスターからは、なかなか感情を読み取ることができなかった。イエスなのかノーなのかわからない。しかし、彼女はただ流されながら生きているだけでもない。それでも、どうやら「受け入れる」ことに関しては、私よりもずっと長けているように思えた。

 上映終了後に、劇場スタッフが井上都紀監督を紹介してくださり、三十分の予定でティーチインが始まった。井上都紀監督自身の口から語られて驚いたのは、本作が、女性の更年期障害をテーマに扱った作品であるということだった。

 現在、女性ホルモンの分泌を止める注射をしているため、まさしく私自身が更年期の真っ只中にいるようなものだが、情けないことに、主人公のシスターが更年期を迎えていることに、まったく気が付かなかった。映画サイトの情報によれば、主人公のシスターは四十歳で、他の人たちよりも早めの閉経を迎え、更年期にさしかかったようだ。なるほど、タイトルにある「不惑」とは、四十歳のことだった。そう言えば、「四十にして惑わず」という表現がどこかにあったような気がする。すなわち本作は、ずっと神に仕えて来たシスターが更年期を迎え、更年期による憂鬱と、身体や心の変化を受け入れながら、そうした苦悩から脱出して行く様が描かれた作品だったのである。

 本作の中で、シスターが何度も何度も婦人科の前を行ったり来たりするのだが、なかなか婦人科の門をくぐろうとはしない。見方によっては、そのあたりがとてももどかしい作品だとも言える。私ならば、迷わず中に入るだろう。

 もしも私が本作の監督を努めるならば、やはり最初は更年期を迎える前のはつらつとしたシスターを描き出し、やがて更年期を迎えたならば、みんなが長袖を着ているというのに、堂々と半袖で過ごす女性を描くだろうと思う。そして、寒い時期に半袖で過ごしているために、周りの人たちから、
「元気だね」
と言われて、
「本当は元気じゃないのに」
と憂鬱になるのだ。

 ティーチインの中で、監督自身もおっしゃっていたが、監督ご自身はまだ三十代の女性で、更年期は迎えていらっしゃらないらしい。しかし、いずれご自身も迎えるであろう更年期をテーマに作品を撮ってみたかったのだそうだ。

 誰かが挙手をして、
「男性の立場からはわかりにくい作品ですね」
と感想を述べた。私は内心、
「女性の立場からもわかりにくいですよ」
と思っていた。何しろ、監督からの説明を受けなければ、シスターの生理が止まり、更年期を迎えているなどとはまったく気が付かなかったのだから。もともと、シスターの感情の起伏が少ないのも、わかりにくい要因の一つとなっている。

 とは言え、会場内には、監督の熱烈なファンである男性もいらっしゃった。その方は、過去に本作を鑑賞され、やはりティーチインにも参加されているらしい。それゆえに、作品に対する理解もずっと深かった。

 ちなみに、本作でシスターを演じているのは、CoCoなどにも曲を提供していう柴草玲さんというシンガー・ソング・ライターなのだそうだ。監督曰く、最初に脚本があって、この役柄を柴草玲さんにお願いしたのではなく、柴草玲さんにこの役を演じて欲しいと思い、わざわざ脚本を用意されたのだそうだ。

 「何かご質問があれば・・・・・・」
と監督から呼び掛けていただいたものの、私自身が本作をあまり理解できていなかったために、せっかくのいいチャンスを活用することができなかった。今となっては、ちょっともったいない気もしている。

 ユリの花のめしべとおしべや、小学生くらいの女の子に落ち葉を渡して、「女性には決められた切符がある」と説明するシーン、それから、その小学生の女の子と一緒にお赤飯を食べるシーンがとても印象的だった。もちろん、女の子にとって、お赤飯を食べることは、生理を迎えたお祝いなのだろうが、更年期を迎えたシスターにとっては、新たな始まりを意味していたに違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一つ一つのシーンはとても美しいと思えたのですが、やはり感情が読み取れないのがとても残念でした。更年期を迎えているから感情が読み取れないのかどうかも良くわかりませんでしたが、それでも、印象的なシーンはいつまでも心に残りそうな気がしています。

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2012.02.04

まるみ流しゃっくりの止め方

パソコン通信時代のメールアドレスの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 少し前に引いた風邪が、ちょっと長引いています。(苦笑)市販の風邪薬を服用しているのですが、風邪薬が効いている間は鼻詰まりもなく、なかなか快適なのですが、薬の効果が薄れてしまうと、途端に鼻詰まりの状態に戻ってしまいます。単に鼻が詰まっているというだけなのに、かなり不快感がありますね。

 ここのところ、まるみ流なんとかかんとかを「ガンまる日記」でご紹介しているので、ガンモには、「ネタ切れなの?」などと冷やかされているのだが、決してそういうわけではない。書きたいと思っていることを書いていいものかどうか、判断する時間が欲しいのだ。

 さて、今回ご紹介させていただくのは、「まるみ流しゃっくりの止め方」である。突然、しゃっくりが出て来て、なかなか止めることができずに困ってしまったという経験は、誰にでもあることだろうと思う。しゃっくりを止めるために、水を飲んだり、誰かに驚かしてもらうという方法も古くからあるようだが、そうした古典的な方法ではしゃっくりが止まらないこともある。私が小さい頃は、コップに注いだ水を、コップの手前からではなく、コップの反対側から飲むという方法が伝えられていたが、それでも止まらないしゃっくりもある。今からご紹介する方法は、誰でも手軽にできる、ほぼ確実な方法だと思う。

 まず、用意するものは、秒針付きの時計である。パソコンに向かっているならば、時計を表示させて、秒針が出る設定に変えてしまってもいいだろう。しゃっくりが出ているときに、時計の秒針を見つめて、「あと五秒、しゃっくりを我慢する」と、短い目標を定める。五秒の目的を達成したら、次の五秒間、同じ目標を定めて再び秒針を見つめる。これを繰り返しているうちに、いつの間にかしゃっくりは止まっている。

 この方法は、私だけの秘密にしていたのだが、少し前に職場の同僚のしゃっくりが止まらなくなってしまったので教えてあげたところ、すぐにしゃっくりが止まって感謝された。皆さんもどうかお試しあれ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 漢方薬の本を読みながら、自分の身体をチェックしています。少し前の記事にも書かせていただきましたが、今の私は「気滞(きたい)タイプ」のようです。どのような状況かと言いますと、「精神的なストレスなどによる気の異常・流れが悪い状態で、本来上から下へ流れる気が逆流して上昇する」というものです。自律神経失調症に近い状態みたいですね。エストロゲンの減少も関係しているのかもしれません。また、毎日、忙し過ぎて、リラックスできていないこともあるかと思います。時間を気にせずにのんびりするためには、情報過多の状態から抜け出すことが必要なのでしょうね。

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2012.02.03

パソコン通信時代のメールアドレス

映画『黄色い星の子供たち』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 寒い日が続いていますね。靴底が擦り切れて、歩きにくくなってしまった古いムートンブーツをまとめて処分しました。靴底を見てみると、自分の歩き方の癖が見えて来ますね。姿勢のいい人は、靴底の減り具合も均等なのでしょうか。

 私がメインで使用しているメールアドレスは、一九九四年にパソコン通信を始めた頃に取得したパソコン通信ID(アルファベットの大文字+数字)@ドメイン名のメールアドレスである。思えば、このメールアドレスとの付き合いも、かれこれ十八年にもなる。当時、パソコン通信を活用していた多くの人たちも、インターネットの海へと流れ出すとともに、パソコン通信時代のメールアドレスはきれいさっぱり捨て去り、新たなメールアドレスを取得されているのではないかと思う。しかし、私は、このパソコン通信時代からのメールアドレスで既にいろいろなサービスに登録してしまっていたことや、このメールアドレスを使って古くから交流している友人たちもいるため、今でもパソコン通信時代のメールアドレスを愛用し続けている。

 ところが、最近になって、アルファベットの大文字+数字というパソコン通信時代のメールアドレスを使い続けていると、一部のサービスでは不具合が発生することがわかって来た。今回は、そのことについて触れてみようと思う。発生する不具合は、メールアドレスに含まれるアルファベットの大文字が、勝手に小文字に変換されてしまうことと関係しているように思う。

 例えば、私の携帯電話はスマートフォンではなく、今でもdocomoのiモード端末を使用しているのだが、iモードからアクセスできるパソコンメールのWebメールサイトからは、自分のメールアドレスが勝手にアルファベットの小文字+数字に変換されてしまう。こうした大文字、小文字の変換は、私自身がメールを受信する上ではまったく差し支えないことなのだが(大文字アドレスでも小文字アドレスでも問題なくメールは届く)、メールを送信するときには問題が発生しやすい。

 というのも、私は携帯電話をメインに使用している何人かの友人たちと交流をするのに、自分の携帯電話のアドレスではなく、パソコンのメールアドレスを指定している。今はフルキーボード付き携帯電話を愛用するようになったために、メールの文章を打ちにくいというようなことはほとんどないのだが、かつて使用していた携帯電話では長いメールを打つことにストレスを感じていたために、友人たちにお願いして、パソコンのメールアドレスにメールを送ってもらっていたのだ。

 通常、パソコンに届いたメールを携帯電話からリアルタイムに読むことは難しいのだが(届いたメールを、こちらからわざわざ取りに行く必要があるため)、私の場合、メインで使用しているメールアドレスに届いたメールはすべてGmailのアカウントにコピー転送し、Gmailの設定画面からフィルタの条件を追加して、リアルタイムで読みたいメールだけを自分の携帯電話のアドレスに更にコピー転送することで、それが可能になっている。

 メールを受信するときはそれでいいのだが、携帯電話から、メインで使用しているメールアドレスを使ってメールを発信するときは、iモードからアクセスできるパソコンメールのWebメールサイトを使用しなければならない。ここで設定されている自分のメールアドレスが、有無を言わさずアルファベットの小文字+数字に変換されてしまっているため、一部の携帯電話ユーザには私の発信したメールが届かないという現象が発生したことが何度かあるのだ(vodafone、softbankユーザに多い)。

 携帯電話のWebメールサイトから送信したメールが届かなかったという友人に確認してみると、宛先指定受信などの設定は行っていないようなので、私が送信したメールが相手の携帯電話に届かなかった理由は良くわからない。しかし、毎回、届かないのは困るので、メールが届かなかったという友人たちには、私のアルファベットの小文字+数字のメールアドレスを携帯電話に登録してもらうようにしたところ、メールが届くようになった。良くわからないが、相手側の携帯電話の電話帳に私の大文字+数字のメールアドレスの登録があるため、同じアドレスだが小文字+英数字のメールアドレスからのメールを受信してしまうとやっかいなことになってしまうと判断され、メールを受信できなかったのかもしれない。

 また、会員制サイトでユーザ名にメールアドレスを指定する際にも不具合が発生している。あるとき、登録している会員制サイトに自分のメールアドレスとパスワードを入力してもログインできなくなってしまったので、「パスワードを忘れた方はこちら」というリンクをクリックして、パスワードの再設定を行った。しかし、パスワードの再設定を行うためのURLの案内や、新しいパスワードが設定されたことを知らせるメールは届くのに、新たに設定したパスワードを指定してログインしようとしても、やはりそのサイトにログインできないという問題が発生してしまった。実は、現在もその状況が改善されず、その原因を調べてもらっているところなのだが、私としては、メールアドレスに含まれるアルファベットの大文字+数字が内部的にアルファベットの小文字+数字に勝手に変換され、内部で登録メールアドレスの不整合が起こってしまっているのではないかと推測している。しかし、私がしきりにそのことをサポートの担当者に主張しても、感触としては相手にあまりうまく伝わっていないように思えるのがとても残念なところである。

 もしも皆さんの周りにも、私と同じようにパソコン通信時代からのメールアドレスを使い続けている方がいらっしゃるようであれば、もしかすると私と同じような問題で悩んでいらっしゃる可能性もあるので、ご参考になれば幸いである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m メールアドレスに、自分の名前など、覚え易い文字を使用していらっしゃる方も多いですよね。そんなメールアドレスにちょっぴり憧れますが、仮にパソコン通信時代から使用しているメールアドレスに自分の本名を含ませることができていたとしても、女性は結婚すると苗字も変わりますもんね。それを思えば、パソコン通信時代から愛着のあるメールアドレスでもいいかなと思います。とにかく、歴史を感じるメールアドレスからね。(笑)

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2012.02.02

映画『黄色い星の子供たち』

まるみ流デスクトップ整理術の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 玉川温泉の岩盤浴場で雪崩に遭って亡くなられた方がいらっしゃいましたね。玉川温泉の岩盤浴場と言えば、全国からがんを患った方たちが訪れる湯治場として有名ですが、まさか雪崩で亡くなってしまうとは・・・・・・。去年あたりから、自然が起こす現象で命を落とす方が増えています。いろいろな事故は、自然と人間とのアンバランスが引き起こしているのでしょうか。もしもそうだとすると、自然に対して受身になるだけでなく、能動的に働き掛けるためには、私たちはどうすればいいのでしょうね。

 本作を鑑賞したのは、七月二十八日のことである。実はつい最近、映画『サラの鍵』を鑑賞したばかりなのだが、映画『サラの鍵』を鑑賞中に、数ヶ月前にも同じような時代背景の作品を鑑賞したことを思い出していた。それがまさしく本作なのだ。本作と映画『サラの鍵』に共通しているのは、フランス政府によって行われたユダヤ人一斉検挙「ヴェル・ディヴ事件」が時代背景として描かれていることである。

 ヴェル・ディヴ事件とは、ナチス占領下のフランスで、フランス警察がおよそ一万三千人ものユダヤ人を一斉に検挙して冬季競輪場に集めた事件である。本作の映像でも伝わって来るのだが、何しろ一万三千人もの人たちが集められているので、衛生状態は良くなかったらしい。汚い話で大変恐縮だが、トイレを使わせてもらえなかったせいで、排泄物が至るところに散乱し、臭いもひどかったという。そのため、身体の不調を訴える人たちが相次いだそうだ。

 冬季競輪場には、ジャン・レノ演じるユダヤ人として検挙された医師シェインバウムと映画『オーケストラ!』のメラニー・ロラン演じるアネットら数人の看護師が患者の対応に当たるが、身体の不調を訴える人たちの数があまりにも多く、とてもとても人手が足りなかった。そんな厳しい状況下に置かれながらも、私には、シェインバウムとアネットとの間にほのかな愛が育ち始めているように感じられた。

 アネットは、ユダヤ人たちが置かれている悲惨な状況を周りに主張するために、冬季競輪場から、のちに収容所に送られた人たちと同じご飯を食べるようになる。更に、ユダヤ人たちに配給されたものを食べるとこのような姿になるということを知ってもらうために、栄養の行き届かない痩せ細った身体で知事に会いに行き、配給物資をもっと充実させてくれるように懇願するのだ。大きな力が働いているときに、正義感を持ってその大きな力に向かって立ち向かえるのは、とても勇気ある行為である。

 アネットが人間の心を持っているのと同じように、冬季競輪場にも人間の心を持っている消防士の姿が見られた。彼は、冬季競輪場に消防のホースの点検にやって来た消防士なのだが、水を欲しがるユダヤ人たちにたくさんの水をプレゼントするのだ。それは、少々手荒い方法であるようにも思えるのだが、手口の荒さよりも、根底に愛があるかどうかが何よりも大切なのである。

 また、映画『サラの鍵』の中にもあったのだが、ユダヤ人として検挙され、冬季競輪場に送り込まれても、そこから脱出する闇の手段があった。その闇の手段とは、決して善良な市民が真似できるようなものではないのだが、とにかくそこを抜け出したい一心で、命懸けで脱出を試みる人たちもいたようだ。言い換えると、ヴェル・ディヴ事件は、そこまで人々の心を闇に向かわせてしまったことにもなるわけである。

 本作でメガホンを取った監督は、冬季競輪場に集められて生き残った人たちから当時の状況を聞いて回り、物語を組み立てたそうだ。すなわち、ここに写し出されているのは決して創作などではなく、事実に基づいた物語ということだ。それを考えると、占領下のフランスにまでユダヤ人検挙をさせたドイツという国は、実に恐ろしい国だと感じる。現在公開中の映画『サラの鍵』とセットで鑑賞されると、より理解が深まることと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 当時のユダヤ人の子供たちは、胸に黄色い星を着けて、自分がユダヤ人であることを周りに対して宣言しなければならなかったそうです。何故、ドイツ人がこうもユダヤ人を意味嫌うのか、そこを理解していないと、頭の中ははてなマークでいっぱいになってしまいますね。私の頭の中も、はてなマークでいっぱいです。

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2012.02.01

まるみ流デスクトップ整理術

まるみ流メール整理術の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。強力な寒気がやって来ているのか、ひどく寒いですね。良くなったかように思えた私の風邪も、この寒気のせいなのか、それともオフィスで仕事をしたからなのか、声がしわがれ声からすっかり鼻声に変わってしまいました。とにかく寒いので、皆さんもどうか風邪にはくれぐれもお気を付けくださいね。

 現実に生活をしている部屋は片付いているのに、パソコンのデスクトップは、たくさんのショートカットが散乱していて、ひどく散らかっているという人がいらっしゃるかもしれない。プログラムメニューを辿ってアプリケーションを起動するよりも、デスクトップに作成したショートカットから起動させたほうがずっと楽なので、アプリケーションのショートカットを次から次へとデスクトップに並べて使っている人たちも多いのではないだろうか。実は、ガンモがまさしくそうである。

 一方、私はというと、デスクトップに配置させるショートカットは最小限のものに留めている。インターネットエクスプローラーなど、本当は消してしまってもいいくらいのものも配置させているのだが、デフォルトなのでそのままにしている。

ほとんど何もない私のデスクトップ

 デスクトップにショートカットを配置させていなければ、アプリケーションを起動させるのに不便を感じるのではないかと思われる方もいらっしゃることだろう。しかし、私の場合、デスクトップにはショートカットをほとんど配置させていない代わりに、クィック起動のツールバー(スタートメニューのすぐ隣のエリア)をショートカットで充実させているのだ。

デスクトップにほとんどない代わりに、クイック起動のツールバーはショートカットで充実させている

 いつの頃からか、私は、デスクトップが散らかるのがひどく嫌になったため、良く使うアプリケーションをクィック起動のツールバーに登録するようになった。通常、クィック起動のツールバーは小さなアイコン表示なのだが、私は大きなアイコン表示に変えて、まるでランチャーのように使用している。

クィック起動のアイコンは大きいアイコンに設定している

 クィック起動のツールバーにアプリケーションのショートカットを登録するには、スタートメニューにそのアプリケーションのショートカットが存在している場合は、コントロールキーを押しながらクィック起動のツールバーにそのままドラッグ&ドロップすれば良い。ただし、コントロールキーを押しながら作業を行わなければ、ショートカットの移動になってしまうので、注意が必要だ。

 あるいは、エクスプローラを開き、アプリケーションをインストールしているフォルダまで移動したあと、ショートカットを作成し、作成したショートカットをクィック起動のツールバーまでドラッグ&ドロップして移動させる。こちらは自分が作成したショートカットなので、移動してしまって良い。

アプリケーションのショートカットを作製するには、エクスプローラを開いてアプリケーションがインストールされているフォルダまで移動し、「ショートカットの作製」を実行する。そして、クィック起動のツールバーにドラッグ&ドロップする

 ちなみに、クィック起動のツールバーの動作は、自分の好みに合わせて設定することができる。設定するには、[スタート]メニューから[設定]、そして、タスクバーと[スタート]メニューを選択すれば良い。

クイック起動のツールバーの設定方法は、[スタート]メニューから[設定]、そして、タスクバーと[スタート]メニューを選択する

 私の場合、「タスクバーを自動的に隠す」と「タスクバーをほかのウィンドウの手前に表示する」をチェックしている。これは、あくまで個人の好みによるので、必ずしも私と同じ設定にしなくても良いと思う。私の設定でどのように動作するかというと、普段はクィック起動のツールバーは表示されないが、マウスカーソルを画面の下のほうに持って行くと、クィック起動のツールバーが表示され、登録しているショートカットを選択できるようになっている。クィック起動のツールバーを使用しないときは、自動的に隠れてくれるので、この設定に慣れればとても便利である。

私の場合、「タスクバーを自動的に隠す」と「タスクバーをほかのウィンドウの手前に表示する」をチェックしている

 ところで、クィック起動のツールバーを使用するときに困ることがある。それは、ログインすると毎回、「言語バー」が表示されてしまい、クィック起動のツールバーの上に表示されてしまうことだ。私は、この言語バーがひどく邪魔なので、ログインする度に非表示に設定している。非表示にする方法は、クィック起動のツールバーのどこかのエリアをマウスの右ボタンでクリックしてメニューを表示させ、「ツールバー」を選択し、その中から「言語バー」のチェックを外す。これで、邪魔な言語バーは登場しない。文字入力するのに、言語バーはほとんど必要ないと言っていいだろう。もしも、単語登録などを行いたいときは、同じようにクィック起動からこのメニューを表示させて、「言語バー」のチェックを付ければ良い。

「言語バー」は邪魔なので、表示させていない

 ご紹介したのは、ちょっとマニアックな設定方法かもしれない。しかし、おかげでデスクトップは散らからないし、クィック起動のツールバーに配置させたアイコンの場所を何となく覚えているので、アプリケーションの起動も速い。このように、デスクトップは自分の好きなようにいろいろカスタマイズできるので、皆さんもお試しあれ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は、職場で使う自分専用パソコンにもこの設定を施しています。デスクトップも散らからないですし、慣れるととても便利なので、重宝していますが、他の人たちはこの設定に慣れていないので、戸惑うみたいですね。(苦笑)

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