映画『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』
※ホットヨガ(二七八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の風邪は、それほどひどい状況には至らなかったのですが、大事を取って、仕事を一日お休みました。オフィスで働いている自分の姿を想像したときに、「今日はさすがにオフィスで、半袖Tシャツ一枚だけで過ごすのは無理だろう」と思えたのです。明日はいつも通り出勤する予定ですが、はてさて、いつものようにオフィスで半袖Tシャツ一枚だけで過ごせるのでしょうか。おそらく無理だろうと思いますので、薄手の長袖ジャケットを羽織るなどして、寒さをしのごうと思っています。

本作を鑑賞したのは、七月二十四日のことである。このシリーズは、公開される度に、ガンモと一緒に鑑賞している。とうとう今回で最終作となったわけだが、振り返ってみると、やはり作品としての歴史を感じる。主人公の三人も成長したが、この作品を鑑賞して来た私たちも、彼らと一緒に成長したのではないだろうか。ちなみに今回は、シリーズ最終作にしてシリーズ初の試みとなる3Dでの鑑賞となった。
前作で、一体どのような結び方をしていたのか、案の定、すっかり忘れてしまっていた。覚えているのは、カモフラージュのためにハリーの仲間たちがハリーに変装したために、ハリーの顔をした人たちがたくさんいたことと、ロンとハーマイオニーが喧嘩をしたことくらいである。何度も書くようだが、私にとって、この手の作品は、鑑賞しても、すぐに記憶の彼方へと消え去ってしまう。おそらく、私が普段から張り巡らせているアンテナに引っかからないからだろう。
そして、こうして鑑賞から半年が過ぎてしまった今、またしても内容のほとんどを忘れてしまっていたのだが、予告編の映像を観て、ようやく思い出した。あるシーンを一つ思い出せば、記憶はつるつるとよみがえって来るものである。
そう、私にとって本作は、このシリーズの作品の中では最も感動した作品の一つだったことを思い出した。鑑賞しながら、とても良く出来ていると感心したものだった。何故なら、物語の始めと終わりがきちんと結ばれていて、過去のこんな出来事の背景には、あんな事実が隠されていたからなのかとひどく納得したからだ。
本作の中で思わず涙したシーンがある。それは、スネイプ先生の過去に関するシーンだ。いやはや、スネイプ先生にあんな秘密があったとは、ずいぶん泣かせてくれるではないか。シリーズ全体を通して、スネイプ先生は、あるときはハリーの味方だったり、また、敵対する関係だったりもしたのだが、本作を鑑賞してようやくスネイプ先生のはっきりしない態度の真意を理解することができた。スネイプ先生の、見えていない部分に潜んでいた想いがあまりにも強過ぎて、思わず涙してしまった次第である。
何故、ハリーとヴォルデモードが密接な関係にあったのかも、本作を鑑賞すればわかる。もしかすると彼らは表裏一体なのかもしれない。すなわち陰と陽だ。しかし、真の陰と陽ならば、対立せずに、引き合うはずではないだろうか。しかも、二人が命を賭けて対決したならば、双方が同じだけのエネルギーを持っているために、いつまでも決着が付かないのではないだろうか。そんな疑問もあったのだが、本作は実に感動的に、そして納得の行く形でストーリーを完結させてくれた。
私は、本作の原作を書き上げた私と同い年のJ・K・ローリングの完璧なまでのストーリーに感動した。長編小説を仕上げる過程において、ある程度の矛盾はつきものだと思うのだが、彼女はその矛盾を最小限に抑えて物語を仕上げた。ソフトウェアを開発する作業に例えると、彼女は設計力が優れていることになる。設計力の優れたソフトウェアは、実に良く売れて、多くの人たちに使われることになる。ただ小説を書くだけでなく、書き始めた段階から、主人公たちがどこに向かって行くのかを確実に考慮していたということだ。あれほど長いシリーズものにおいて、それが実現されているのは実に素晴らしいことである。
※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このシリーズの作品がとうとう完結してしまいましたが、本作を鑑賞された皆さんもきっと満足感に包まれていると思います。もしもこのシリーズの作品をDVDで鑑賞し直すならば、真っ先に本作を鑑賞したいですね。それくらい完成度の高い作品だったと思います。
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