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2011年12月

2011.12.31

ホットヨガ(二七四回目)

映画『あぜ道のダンディ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 二〇一一年も大変お世話になり、ありがとうございました。毎日のように「ガンまる日記」を隅々まで読んでくださっている方たちに支えられながら、記事を書き続けることができました。新年のごあいさつはご遠慮させていただきますが、来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

 I医師の診察のあとは、少し早めの昼食をとると、三宮店のスタジオに向かい、先週に引き続き、七十五分のホットバレエストレッチのレッスンを受けた。レッスンバッグの中に四本も貯まってしまったヒアルロン酸ドリンクは、さすがに重いので自宅に置いて来た。

 先週の参加者はわずか九名だったというのに、今回は何と二十名もの方たちがレッスンに参加されていた。やはり、年末年始の休暇に入り、普段は参加できない平日のレッスンに参加してみようと思われた方が多かったのかもしれない。特に、ホットバレエストレッチのレッスンは、週に一度のこの時間帯にしか行われていないので、私のように、平日に仕事をしている人たちは、レッスンに参加することができないのである。ちなみに今回も、サウナスーツの女性が参加されていた。そう言えば、サウナスーツの女性には、少し前に梅田店のスタジオでもお目に掛かっていた。

 レッスンを担当してくださったのは、先週と同じインストラクターである。先週とまったく同じレッスンなのかと思いきや、内容がずいぶん異なっていた。最も異なっていたのは後半の立ちポーズで、足をリズミカルに踏み出しながら、後退したり前に進んだりするレッスンを行った。このときインストラクターは、足と足の指を別々に開くことができれば、足の冷えを改善できるとおっしゃった。やはり、私の思っていた通りである。私の足が固まって動かないのも、冷えと関係していたようだ。

 今回も、ターンがなかったので幸いだったが、ふと思ったのは、男性会員もいらっしゃる梅田店でもホットバレエストレッチのレッスンは行われているのだろうかということだった。というのも、ホットバレエストレッチのレッスンを受けてみた感じでは、この動きはどう見ても女性らしい動きであるように思えてしまったからだ。そこで、梅田店のレッスンスケジュールを確認してみたところ、レッスンメニューにはホットバレエストレッチが挙げられているものの、実際のレッスンスケジュールには組み込まれていなかった。ということは、やはり、ホットバレエストレッチのレッスンは女性会員向けなのかもしれない。いや、バレエを踊る男性はたくさんいらっしゃるとは思うのだが、男性には男性向きの踊りが用意されているのではないだろうか。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、受付にロッカーの鍵を返しに行ったのだが、梅田店でいただいているような宝くじをくださらなかった。そう言えば、先週もこの宝くじをいただいていない。この時期にレッスンを受けるともらえる宝くじは、会員カードと一緒に受け取ると、かばんの中にしまうのがやや面倒ではあるものの、私の中では年末の楽しみの一つとなっていた。宝くじについて書かれたポスターには、「なくなり次第、終了します」というようなことが書かれているので、もしかすると、三宮店での配布は既に終了してしまったのかもしれない。ちょっとがっかりである。

 受付で対応してくださった礼儀正しいスタッフが、三宮店の年末年始のレッスンスケジュールについて案内してくださったので、今後の三宮店でのレッスンについては、また考えてからインターネットで予約を入れますと答え、三宮店をあとにしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これでまたしばらくは、ホットバレエストレッチのレッスンを受けることができなくなってしまました。この次にレッスンを受けられるのはいつのことでしょうか。(苦笑)ちなみにホットバレエストレッチのレッスンは、あくまでバレエストレッチであり、ヨガのレッスンではないようです。

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2011.12.30

映画『あぜ道のダンディ』

リュープリンという選択(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。更新が遅くなり、申し訳ありません。今年もたくさんの映画を鑑賞しましたが、鑑賞した本数があまりにも多過ぎて、年内にすべてのレビューを書き上げることができませんでした。年が明けてからも、しばらくの間は、今年鑑賞した作品のレビューをお届けすることになりそうです。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、七月二日のことである。ミニシアター系映画館にしては、積極的な宣伝がなされていたのは、石井裕也監督の作品だからだろうか。私は、石井裕也監督の映画『川の底からこんにちは』などの代表作を鑑賞していないので、特に贔屓目に見ることもなく鑑賞することができた。

 まず、タイトルが覚え易い。タイトルを象徴するかのようなポスターも劇場内に大きく掲載されていた。しかし実際は、ダンディな登場人物たちがあぜ道で何かをするわけではない。おそらくあぜ道とは、登場人物たちが住んでいる場所を象徴しているのではないだろうか。

 光石研さん演じる配送会社のドライバーの仕事をしている宮田には、浪人中の息子と高校三年生の娘がいるのだが、普段から家族のコミュニケーションがうまく行っていなかった。二人の子供たちは、間もなく東京の大学に同時に進学しようとしている。妻が三十九歳のときに胃がんで他界してしまったため、宮田は男手一つで二人の子供たちを育てて来た。そんな宮田には、田口トモロヲさん演じる真田という友人がいる。二人の子供たちとのコミュニケーションがうまく行っていないことに加え、宮田は最近、胃の調子が良くないのを実感していた。胃がんで亡くなった妻と症状が似ているため、自分は胃がんであると思い込み、真田にだけそのことを打ち明ける。

 まさしく、日本の家族を象徴するような作品だと思う。親子でも夫婦でも、一緒に生活していると、距離的に遠い関係の人たちよりも、様々な感情表現を省略してしまう傾向にある。まるで、大切なことを言わないことが美学のようになってしまっているのだ。しかし、そんな状況に甘えていると、本作のような家族になってしまう。

 おかしいのは、宮田が二人の子供たちとの距離を縮めようとして、四苦八苦するシーンだ。娘と一緒にプリクラでツーショット写真を撮りたいと願ってみたり、息子と一緒にゲームをするためにゲーム機を購入しても、息子が持っている機種とは異なるゲーム機だったり・・・・・・。何とかして子供たちとの距離を縮めようとして、とことん失敗して空回りしてしまう宮田を見ると、明らかに、今は親が子供に合わせようとする時代なのだろうかと感じてしまう。

 他にも印象に残っているのは、亡き妻が踊っていた「うさぎのダンス」を回想しながら踊るシーンだ。宮田にとって、妻の存在はとても大きかった。若いうちに妻を亡くしてしまっただけに、後悔も大きいだろう。もしも妻が生きていてくれたら、子供たちとの距離もこれほど開くことはなかったのにと恨めしく思っているかもしれない。「うさぎのダンス」が印象に残ったので、YouTubeで探してみた。

 子供たちは、早くも大学への進学を考える年齢になっていて、とても「うさぎのダンス」を踊るような年齢ではない。しかし、宮田の中で「うさぎのダンス」が妻との回想シーンとして流れたということは、妻との思い出は、まだ子供たちが小さい段階で止まってしまっているのだと感じた。

 数多くの映画に出演されている光石研さんだが、主演を演じたのは、実に三十三年振りのことなのだそうだ。いろいろなことがうまく行かずに、キリキリしている宮田を真田がなだめている。真田を演じているのは田口トモロヲさんだが、田口トモロヲさんというお名前はあちらこちらで拝見していても、こうして役を演じていらっしゃるお姿を拝見するのは初めだった。何ともキリキリした宮田のクッションになるような、良い役柄だと思う。

 さて、本作のテーマに同調できなくて申し訳ないのだが、「大切な人には本当のことを隠して生きる」というのがダンディな生き方ならば、私はその生き方には賛成きないと感じた。何故なら、表面だけを取り繕っているように見えてしまうからだ。表面だけでなく、もっと根本から人と繋がりを持つには、本当のことを隠さずに共有してしまったほうがいいように思う。子供たちとの間にできてしまった距離は、本当のことを言わずに過ごして来たツケなのではないかと、私には思えてしまったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 「お金のことなら任せておけ」と断言する宮田の嘘を、息子は見破り、東京で暮らす部屋のランクを思い切り下げるのですね。本作は、そういう間接的な優しさが身にしみて来る作品なのでしょうね。ダンディを貫くことは、外見え的にはいいのかもしれませんが、どこか自己犠牲を払っているような気もしてしまいました。

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2011.12.29

リュープリンという選択(7)

受け身になるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夜寝るときに足が冷えるので、あったかソックス あったかパットLight あったかおやすみソックス(就寝用靴下)約23~25cm 東京西川あったかソックス あったかパットLight あったかおやすみソックス(就寝用靴下)約23~25cm 東京西川という商品を購入しました。履いてしばらくすると、とてもぽかぽかして来ます。私にとって、手放せないグッズの一つになったのですが、私の寝相が悪いのか、朝、起きるとおやすみソックスが脱げてしまっているのが難点です。(苦笑)

 年末年始の休暇の一日目は、いくつもの予定でてんこ盛りだった。その一つがI医師の診察である。現在、私は四週ごとに女性ホルモンの分泌を止める注射をしていて、その注射の時期が病院の年末年始の休みと重ならないように調整した結果、この日に注射をしていただくことが決まったのだ。

 私は既に年末年始の休暇に入っていたが、世間では平日に当たっているのか、病院がとても混雑していた。いや、混雑しているのは、他にも理由があるのかもしれない。実は、つい先日のことなのだが、私の上司が私に、
「○○さん(私の苗字)って、子宮筋腫でしたっけ?」
と話し掛けて来た。
「そうですよ」
と答えると、上司は、
「△△病院の医師がテレビに出て、子宮筋腫の手術の解説をしていたんです」
とおしゃったのだ。△△病院とは、まさしく私がI医師の診察を受けている病院である。

 私が△△病院で診察を受けているという話は、以前、上司に話したことがあった。上司はそのことを覚えていて、テレビに△△病院の医師が出演していたので私に教えてくださったようなのだ。詳しくは書けないのだが、どうやら子宮筋腫の画期的な手術の方法について報道されたらしい。私は上司に、
「年末に診察を受けるので、主治医にテレビに出たかどうか確認してみますよ」
と言っておいた。

 上司との話のあと、インターネットで検索してみたところ、やはりテレビ出演していたのは私の主治医であることがわかった。確かに全国進出されている医師ではあるので、テレビに出演されたとしてもおかしくはない。そんなこともあり、患者さんの数が以前よりも増えて待合室に人が多いのかもしれなかった。とは言え、完全予約制で診察が行われるのは有り難い。予約時間に少し遅れて病院入りした私は、自分の名前が呼ばれるのを静かに待っていた。

 しばらくすると、私の名前が呼ばれたので、案内されるがままにひとまず中待合に入った。私の前の患者さんの診察はすぐに終わり、間もなく私は診察室に入った。私は、今回は特に変化がなかったので、I医師に報告すべき特別なことがなかった。ただ、スプレキュアに変えていただいてから、少しずつ筋腫が大きくなって来たように感じていたので、そのことを報告させていただいた。右の下腹あたりが筋腫で硬くなっていたのだ。私はI医師に、
「上のほうにあった筋腫が下に下りて来たんでしょうか。右の下腹が硬くなって来たんです」
と言った。するとI医師は、
「診てみましょうか。ちょっと横になってください」
とおっしゃった。

 私が診察室のベッドの上に仰向けになると、I医師は私のお腹を確認された。
「相変わらず大きいねえ」
とI医師はおっしゃった。確かに、自分では以前よりも小さくなっていると実感しているはずなのだが、ここのところ小さくなっているという感覚から遠ざかってしまっていた。そこで私は、
「最初の注射はリュープリンでしたが、きつ過ぎるので途中でスプレキュアに変えていただきました。しかし、ここのところ、筋腫が小さくなっているという実感がないので、やはりリュープリンに戻していただけないでしょうか? あまりにも副作用が強ければ、次回はスプレキュアに戻すということでいかがでしょうか」
と提案させていただいた。リュープリンの注射を受けることで、副作用もそれなりに大きいのだが、生理は止まっていても、筋腫が大きくなっていると感じられるのであればあまり意味はない。それに、この注射も、今回を含めてあと二回だけだと思えば、副作用にも何とか耐えられるだろうと思ったからだ。

 I医師は、私の提案を受け入れてくださった。次回の診察を予約するとき、このままで行くとまた平日に当たってしまうので、何日ずらせるかを確認した上で、次回は土曜日にしていただいた。確か、最初は、注射の時期をずらすときは、前に五日しかずらせないと聞いていたのだが、三回目以降の注射ならば、後ろにずらすことになるのだそうだ。そのため、土曜日を指定し易かったのである。

 ところで、診察中にI医師に、
「先生、テレビに出られたんですか?」
と尋ねてみたところ、I医師は、
「はい」
とおっしゃったっきり、それ以上、何もおっしゃらなかった。待合所でたくさんの患者さんが待っていたことを考えると、あまり無駄話もできないと思われたのかもしれないし、現在、私が受けている治療がI医師がテレビ出演された内容とはまったく関係のないものだからかもしれないかった。

 次回の予約を済ませると、いつものように処方箋の用紙を受け取り、注射をしていただくために処置室へと向かった。平日だからだろう。前回同様、処置室の前はたくさんの患者さんたちで溢れ返っていた。それでも、比較的早めに私の名前が呼ばれ、いつものように下腹部に皮下注射をしていただいた。その後、会計コーナーで清算を済ませ、薬局で処方箋を受け取ったあと、少し早めの昼食を取って、次なる予定をこなすべく、電車に乗り込んだのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 主治医であるI医師がテレビ出演されたことと、現在の私の治療法は直接的な関係はありません。それだけに、何となくテレビ出演された治療法がI医師の行いたい治療法なのだとすると、患者としての私は、I医師が自ら実践したいと思っていることをちゃんと引き出せていないのではないかと感じてしまいました。そのため、ちょっと寂しい気持ちになってしまったのも否めませんね。

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2011.12.28

受け身になる

映画『テンペスト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 皆さんはもう、今年の仕事納めをされましたでしょうか? 私は今日、ちょうど切りも良く仕事納めできました。いつも、職場の飲み会には参加できないことが多いので、納会には最後まで残っていろいろ話をしました。

 直径十二センチの彼女のことを覚えてくださっているだろうか。かつて私と同じ職場で働いていた派遣仲間で、筋腫の大きさが直径十二センチと診断されたスピリチュアルな彼女である。とは言え、彼女の実際の筋腫の大きさは、直径十二センチではなかったのだが・・・・・・。

 その彼女から、突然、今日、会えないかと私の携帯電話宛にメールが届いた。彼女は私の住んでいる市内で用があるとかで、その用が終わったあとに会えないかと誘ってくれたのだ。

 まだ仕事納めをしていない平日のことだったので、私は、
「○時頃なら、仕事を終えて自宅の最寄駅まで移動してると思うけど、最寄駅に着いてからは電話を掛けるところがあるので、そのあとであればOKだよ」
と返信した。私は、あることをきっかけに、毎日欠かさず電話を掛けている。もちろん、夏休みに思い切ってオーストラリアに出掛けたときも、例外ではなかった。

 彼女は、私が既に仕事納めをして年末年始の休みに入っているものと思い込み、連絡をして来てくれたらしい。そのため、私が指定した時刻が夕方だったので、かえって驚いたようだ。その後、彼女の予定が変更になったりもしたのだが、結局のところ、ほぼ最初に予定した通りの時間に私の自宅の最寄駅で彼女と会うことができた。

 彼女と会うのは、今年の一月以来のことである。久し振りに会った彼女は、とても彼女らしくキラキラと輝いていた。いろいろなストレスを抱えてはいるものの、それらが彼女の中で停滞したりせずに、ちゃんと外に出ているのが良くわかった。

 彼女は、私の肌が以前にも増してツルツルだと言ってくれた。有り難いことに、職場でも、出先でも、そのように言ってくださる方が何人かいらっしゃるのだが、私は自分ではあまり実感していなかった。しかし、普段からお世辞など言わない彼女が何度も誉めてくれるので、私もちょっといい気分になった。私は普段から、顔を洗うときも普通の石鹸かボディーソープを使い、洗顔後は化粧水も乳液も付けていない。それでも私の肌を気に入ってくださる方がいるとするならば、やはり顔に化学物質を塗っていないからだと断言することができるだろう。

 彼女と一緒に入ったお店は、私の自宅の最寄駅ではやや有名なレストランだった。私も以前から気にはなっていたのだが、私がいつも利用している最寄駅の出口とは反対側にお店があることもあり、これまで一度も足を運んだことがなかった。一方、彼女のほうも、このお店の存在は以前から知っていたようなのだが、やはり一度も利用したことがなかったようだ。

 店内はとても静かで、圧倒的に女性客に人気のあるお店だった。カップルの利用客が一組もいないというのも珍しい。私たちはディナーのために用意されたスパゲティのセットを注文して食べた。さすが、人気のあるお店だけあって、とてもおいしかった。

 そもそも、彼女が私の住んでいる市内を訪れた目的は、彼女があることで受け身になるためだった。これまでにも彼女は、何度もその手のことで受け身になって来た。彼女が受け身になって実践しているのはスピリチュアルなことなので、私も決して興味が持てないわけではないのだが、どうも私はその手のことをもっと能動的に実践したがっているようだ。すなわち、あまり人の力を借りたりはしない。彼女の行動を観察した結果、私自身はなかなか受け身になれないという弱点を見出したわけである。

 平日の夜で翌日も仕事だというのに、彼女とは二十一時半頃まで話し込んでいた。休日前であれば、時間を気にすることなくもっともっと話ができたのだが、翌日も仕事があるので早めに切り上げることにした。普段は、平日の夜で翌日も仕事がある日は大人しくしているのだが、急な展開を受け入れてみて良かったと思った。これまで私は、受け身になるのは苦手だと思っていたが、今回のことで、気後れせずに状況を受け入れてみることで、こうして楽しい時間を過ごせることもわかったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ここのところ、本気の感情を探し続けていたので、彼女との話が表面的なもので終わってしまわなくて良かったと思いました。私にはやはり、複数の人たちと同時に話をするよりも、一対一で話をするほうが心地がいいですね。

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2011.12.27

映画『テンペスト』

ホットヨガ(二七三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 年賀状作りに忙しくしていないからでしょうか。年末だという実感がほとんどありません。それにしても、早くも年の瀬だなんて、一年は本当に早いものです。今年はいろいろなことがありましたが、振り返ってみると、あっという間なんですね。

 本作を鑑賞したのは、六月二十五日のことである。折しも「テンペスト」という言葉を含んだ日本の映画が公開される頃だが、本作は邦画ではなく、シェイクスピア原作の戯曲が映画化されたアメリカ映画である。いや、アメリカ映画と言っても、出演者にはイギリス人が多いので、彼らの話す英語は、私の耳にはとても心地良い。

 実は、本作は、映画『アクロス・ザ・ユニバース』のジュリー・テイモアの監督作品ということで、楽しみに鑑賞したのだが、何とも現実離れした不思議な世界を味わっただけで、心に残るものが少なかった。

 もともとシェイクスピアの原作では、男性が主人公だったらしいのだが、本作では、ヘレン・ミレン演じるプロスペラが魔術を使って復讐する物語となっていた。

 本編に入ると、プロスペラが魔術を使って嵐を起こし、ナポリ王らの乗った船を難破させるシーンが映し出される。どうやらプロスペラには、彼らに対して長年の恨みがあるらしい。それなのに、彼らと同じ船に乗っていた王子がプロスペラの娘と激しい恋に落ちてしまうのだ。

 本作は、舞台で演じられることを前提として原作が書かれているからなのだろうか。全体を通してどうも現実味がない。それゆえに、どの登場人物に対しても感情移入できなかったのが残念である。せめて、激しい恋に落ちた若い二人のことだけでも心に残したかった。

 ちなみに、プロスペラを演じているヘレン・ミレンは、映画『RED/レッド』ではイギリスの元MI6諜報部員のヴィクトリア、映画『終着駅 トルストイ最後の旅』で妻のソフィヤ、また、映画『クィーン』ではエリザベス女王を演じていた。言うまでもなく、本作のプロスペラよりも他の作品のほうが圧倒的に彼女のことを支持したくなってしまう。だから、決して出演者に問題があるわけではなく、現実味がなく感情移入できない脚本に問題があるのではないかと思うのだ。原作を良く知らない私が言うのも変な話だが、他の人たちからの評価も低い作品のようなので、あまり原作には手を加えずに、できるだけ原作に忠実に表現したほうが良かったのではないかと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジュリー・テイモアの監督作品だっただけに、今回はとても残念でした。鑑賞後に狐につままれたような感じでしたね。まあ、映画をたくさん鑑賞していると、いろいろな作品に出会うものです。(苦笑)

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2011.12.26

ホットヨガ(二七三回目)

ガンモ、ミイラになる(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この冬、初めて、切れるような寒さを実感しました。あまりにも寒いので、分厚いジャケットを着込んで出勤したのですが、周りの人たちからは驚かれてしまいました。さすがにこの厳しい寒さで「マタギ」の格好はできないでしょう。(苦笑)

 十二月二十四日土曜日のクリスマスイブは、ガンモが自宅で仕事をするというので、私はホットヨガの梅田店のスタジオまで出掛け、六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。いつもと同じ時間に家を出てしまったので、やはり梅田店に着いたのは、レッスン開始の二、三分前のことだった。

 受付でロッカーの鍵を受け取るときに、スタッフから鍵のたくさん入った箱を見せられ、
「この中から好きな鍵を選んでください」
と言われた。その鍵が当たりならば、選んだロッカーの中に何かが入っているという。なるほど、クリスマス・イブのレッスンなので、クリスマス・プレゼントを用意してくださったのだろうか。なかなか粋なことをしてくださるものである。私は超能力を使って当たりを見付け、九十五番のロッカーの鍵を選んだ。

 果たして、私が選んだロッカーが当たりなのかどうか、胸を躍らせながら九十五番のロッカーを開けたのだが、残念ながら、ロッカーを開けても何も出て来なかった。がっかりしながら荷物を置いたところ、良く見ると、傘立てのようなところに「当たり」と書かれたカードが入っているではないか。どうやら、当たりだったようである。

良く見ると、ロッカーの中には、当たり券があった

 私は、レッスンを終えたあとに、ざわざわしたロッカールームでこの当たり券の写真を撮影するのは困難だと思い、以前、持ち歩いていた古い携帯電話を取り出して、当たり券を撮影した。レッスン前にそんなことをしていたため、レッスンには八分ほど遅刻してしまった。

当たり券

 撮影を終えて、慌てて着替えを済ませてスタジオに滑り込んでみると、レッスンの参加者は十五名で、そのうち男性会員はゼロだった。三連休だったこともあるが、クリスマス・イブにホットヨガのレッスンを受ける人は少ないということだ。ちなみに、今回のレッスンを担当してくださったのは、以前も梅田店で骨盤コースのレッスンを担当してくださり、好感を持っていたインストラクターである。

 スタジオ内が暑く感じられたので、私はバランスのポーズが始まってしばらくすると、スタジオの外に出て休んだ。そして、ロビーにあるヨガの本を開いて読みふけっていると、インストラクターがわざわざ私のところまでやって来て、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けてくださった。私は、
「大丈夫です。暑がりなので」
と答えた。そして、私はしばらくスタジオの外で休むと、再びスタジオに戻ってレッスンを受けた。

 さて、レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、ロッカールームでくつろいでいると、既に着替えを済ませた人が、使い古されたスリッパを履いて帰り支度を整えているのが見えた。その方は、少し前にトイレのほうから歩いて来られたので、おそらくトイレのスリッパを脱がずに履いたままでトイレから出て来てしまったものと思われる。このままでは、その方が受付で自分の靴に履き変える前に恥ずかしい思いをしてしまうのではないか。いやいや、今、私がここで、
「それ、トイレのスリッパじゃないですか?」
などと声を掛けてしまったほうが、恥ずかしい想いは強いのではないか。それよりも、お連れの方もいらっしゃるようだし、ご自身でトイレのスリッパだと気付くか、お連れの方が指摘してくださるほうが恥ずかしい気持ちが和らぐのではないか。私は、頭の中で勝手にいろいろなことを想い巡らせていた。

 結局、私はその女性のお連れの方に、その女性が履いているのがトイレのスリッパだと促す役割を託すことにした。そして、その女性はとうとうトイレのスリッパを履いたままであることにご自身では気付かないまま、お連れの方と一緒にロッカールームを出て行ってしまわれたのである。

 ところが、しばらくしてその女性はロッカールームに戻って来られた。やはり、トイレのスリッパを履いたままでロッカールームを出て行ってしまったことに気付かれたようだ。その女性は、ロッカールームに戻って来られるや、まっすぐトイレまで歩いて行った。帰りにその女性の表情をちらっとのぞいてみると、何ともばつが悪そうな表情をしていた。

 さて、私も支度を整え、受付にロッカーの鍵を返却するときに、ロッカーに入っていた当たり券を一緒に差し出した。すると、
「当たりましたね。それでは、ささやかですが・・・・・・」
と言って、手渡してくださったのは、何と、ヒアルロン酸ドリンクだった。

 言うまでもなく、私はレッスンバッグが重いと日頃から嘆いているというのに、レッスンバッグに入れたままの三本のヒアルロン酸ドリンクをまだ飲んでいなかった。そこに、新たな仲間が加わったのである。

当たり券を景品と引き換えると、レッスンバッグの中には四本のヒアルロン酸が大集合した

 こうして私は、更に重くなったレッスンバッグを引きずりながら、お気に入りの場所でお昼ごはんを食べて、ガンモの仕事が終わる頃まで映画を鑑賞してから帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m きっと、誰にでも当たるのであれば、このような凝ったことはしないと思いますので、やはり「当たった」ことを喜んでいいんですよね。いやはや、それにいても、さすがにビン入りのヒアルロン酸ドリンクが四本も集まると、レッスンバッグは更に重いですね。そろそろこれらのヒアルロン酸ドリンクをレッスンバッグから取り出して、毎日一本ずつでも飲まなければ・・・・・・と思っています。(苦笑)

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2011.12.25

ガンモ、ミイラになる(7)

映画『クリスマスのその夜に』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ここのところ、寒さがずいぶん厳しいですね。西日本でも、雪が降った地域があるようですが、今のところ、私たちの住んでいる地域には雪は降っていないようです。これだけ寒くても、我が家はまだ暖房器具を使っていません。上半身にほてりのある私は、自宅では半袖Tシャツで過ごして来ましたが、さすがに寒いので、半袖Tシャツの上から厚手のケープで身体を覆っています。それでは、しばらく時間が空いてしまいましたが、ガンモ、ミイラになる(6)の続きを書かせていただきます。

 日数の経過とともに、ガンモの帯状疱疹の痛みは、少しずつ和らいで来た。背中の痛みが引いて来たので、塗り薬も自分で塗れるようになった。更に、痛み止めのロキソニンSを服用する回数も次第に減って一日一回のみの服用となり、ついには不要になった。ガンモはようやく帯状疱疹の辛い痛みから解放されたのだ。

 また、帯状疱疹の痛みが治まって来るのと同期して、アテロームのために切り開かれていた後頭部も次第に塞がって来た。この頃になると、ガンモは自分で洗髪できるようになり、洗髪後の消毒も自分で行うようになっていた。

 やがてガンモは、自分の身体が回復するのを待ちかねていたかのように、かなり厳しいスケジュールの仕事をこなした。土曜日のお昼頃に客先に出掛け、二十時前にいったん仕事を終えて帰宅して仮眠したあと、日付の変わった二時前に再び家を出て行った。そして、日曜日のお昼頃に帰宅して、再び仮眠を取り、またまた夕方に出掛けて行き、月曜日の夜中に帰宅したのだ。

 言うまでもなく、ガンモは月曜日に仕事を終えたあと、泥のように眠っていたらしい。もともとこの仕事は、ガンモがアテロームや帯状疱疹を患う以前から計画されていたもので、ガンモ自身がスケジューリングしたのだそうだ。絶対に外せない仕事だったらしく、もしもこれがあと一週間前にずれていたら、ガンモはこの仕事をこなせなかっただろう。そういう意味では、とてもラッキーだったと言える。

 アテロームと帯状疱疹という二つの症状が同時に出てしまったため、ガンモはしばらく仕事を休んでいたわけだが、少し体調が回復し始めた頃に、ガンモは、
「俺はやっぱり、仕事をしているときのほうが身体が元気になれる」
と私に言った。不思議なことに、家の中でじっとしているよりも、外の空気を吸って、仕事をバリバリこなしたほうが元気になれると言うのだ。

 ところで、ガンモの症状が落ち着いてしばらくした頃、友人からみかん箱が届いた。一体何事だろうと思い、メールでひとまず御礼を言うと、
「『ガンまる日記』を読んでガンモちゃんのことを知ったので、そのお見舞いです」
と返事に書かれてあった。ガンモはとにかくみかんが大好物なので、何ともありがたいことである。

 更に友人は、自宅にインターネット環境がないため、しばらく出先で「ガンまる日記」を読んでくれていたのだが、状況が変わって読めなくなってしまったため、「ガンまる日記」を読めなくなったのが残念だとも書いてくれていた。書くことが好きな私としては、とても励みになる言葉である。

 彼女も私も、今年は究極的なことを体験した。その結果、本気の感情で人と繋がることの喜びを知った。彼女ともう一人、やはり、現在の私と同じような状況を抱えている友人とも、本気の感情で繋がることができたように思う。いつも感じていることではあるが、決して悲惨なことばかりが起こっているのではない。究極的な出来事とセットになってやって来る別の出来事も味わい尽くしてこそ、味わい深い人生と言えるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m おかげ様でガンモは、アテロームのために切り開かれていた傷も塞がり、帯状疱疹の痛みからも解放されたようです。症状が改善されてからは、ガンモの仕事が忙しくなり、病院で診察を受けることができなくなってしまいした。そのため、アテロームに関しては、中の袋を取り出さないまましばらく様子を見ることになりそうです。頭を切開すると、ひどく免疫力が下がるということを学習しました。なお、タイトルの中に、ガンモがミイラになるというような表現がありますが、結果的にガンモはミイラにはなりませんでした。あしからずご了承ください。(苦笑)

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2011.12.24

映画『クリスマスのその夜に』

編み物をする女性が教えてくれたことの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。クリスマスではありますが、今年は積極的にクリスマスをお祝いし合うのを自粛させていただいています。それでも、少しだけクリスマス気分を味わおうと、ケンタッキーに寄ってチキンを買って帰ろうと思ったのですが、入口のドアをくぐると、「ご予約の方ですか?」と尋ねられ、「いいえ」と答えたところ、「三十分待ちになりますが、よろしいですか?」と言われました。普段、私が利用している最寄駅にはケンタッキーがないので、わざわざ途中下車してまでケンタッキーを目指したというのに、三十分も待たなければならないのかと思い、途方に暮れていたところ、すぐ近くにモスバーガーがあり、店頭でチキンも売られていたので、そこでチキンとハンバーグとサラダを購入して帰宅しました。

 クリスマスにちなんで、十二月十六日に鑑賞したばかりの作品のレビューを書かせていただこうと思う。

 実は、予告編を観た限りでは、本作はそれほど心惹かれる作品であるようには感じられなかった。というのも、一つの物語で構成されているわけではなく、あちらこちらでいくつもの物語が並行して進行している作品だと感じられたからだ。ところが実際に鑑賞してみると、確かにクリスマス・イブにあちらこちらでいくつもの物語が生まれてはいるのだが、登場人物が多くても、それほど混乱するような内容ではなかったのが幸いだった。それどころか、どこか心がほっこりして来るような作品に仕上がっていた。

 予告編では、それほど心惹かれる作品ではないと感じられたというのに、最終的に本作を鑑賞しようと思い立ったのは、本作が、映画『ホルテンさんのはじめての冒険』のベント・ハーメル監督の作品だったからだ。確かに、予告編を観たときに、登場人物たちが話している言語が私の判別できる言語ではないことが気にはなってはいたのだが、ノルウェー映画ということであれば、それも納得が行く。映画『ホルテンさんのはじめての冒険』を鑑賞したときも、雪の多い国だと実感してはいたが、本作も同様だった。

 スクリーンを通して展開されるいくつもの物語は、クリスマス・イブだというのに、どれを取っても手放しでハッピーと言えるものではなかった。妻に愛想をつかされ、家を追い出されてしまった男が友人の医師のところで何かを受け取る。それが何であるのかは、あとになってからわかる。かつて彼が住んでいた家では、子供たちとともに、妻とその恋人が仲睦まじく暮らしていた。そして、サンタクロースに扮して子供たちへのプレゼントを渡すために、妻の恋人が納屋にやって来る。納屋にはサンタクロースの衣装が用意されていて、そこでサンタクロースの服装に着替えをしてから子供たちにプレゼントを渡すことになっているのだ。すなわち、かつては男が実践していたことを、今年は妻の恋人が実践しようとしている。当然、男の心の中は穏やかではない。男は、妻の恋人よりも先にサンタクロースに扮し、自分が用意したプレゼントと摩り替えて、納屋で妻の恋人を待ち構えるのだった。

 久し振りに故郷でクリスマスを過ごそうと考えているものの、所持金が少なく、故郷に帰れない男もいた。何と、その物語の中では、警報が鳴って駆けつける車としてカングーが登場した。なるほど、ヨーロッパ映画だからカングーが登場しても決して不思議ではない。実際、カングーの故郷であるパリを訪れたときも、およそ二分に一台の割合でカングーを見掛けたし、それ以外のヨーロッパの国々でもカングーはたくさん活躍していた。それでも、こうしてはっきりとカングーを映画で認識するのは初めてのことだったかもしれない。

 中年の男女がクリスマス・イブに情熱的なセックスをしているシーンも印象的だった。セックスそのものもやけにリアルだったが、決して体型のいいカップルとは言えないところに、現実味が溢れ過ぎていた。しかし、このカップルが不倫カップルだったということに、あとになってから気付く。というのも、女は男が妻と別れると口にしたことをずっと信じて、今年こそ新たな展開を待ち続けていたからだ。

 他にも、妻に家を追い出された男の友人である医師の話や、クリスマスなのに家族とお祝いをしない男の子と女の子が天体望遠鏡で夜空を眺める話など、実に様々な物語が盛り込まれている。それらは互いに完全には繋がらないものの、誰もがクリスマスをきっかけに素直になって、愛を求めたり、与えたりする物語が詰まっているのである。

 日本からはるか遠い国で起こっているいくつかの出来事は、クリスマスという全世界共通の行事を通して、日本にいる私たちにとっても身近な物語に変わるのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 妻に追い出された男がサンタクロースに扮する話は何とも痛々しかったですね。何故なら男は、サンタクロースの格好をして自分の子供たちを抱きしめるからです。しかも、それだけでなく・・・・・・。ああ、何故、人生はこうもうまく行かないのでしょう。うまく行かないことがあるからこそ、うまく行ったときの喜びもひとしおだとわかってはいるのですが、やはり、サンタクロースの仮面をかぶった男は悲し過ぎますね。

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2011.12.23

編み物をする女性が教えてくれたこと

ホットヨガ(二七二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモと一緒にタイ料理のお店に行き、本格的なタイ料理を食べました。そこは日本人に対して容赦ない辛さのタイ料理を提供しているお店で、タイで食べたのと同じくらい、ものすごく辛いタイ料理だったのですが、とてもおいしかったです。レジの近くにタイの洪水のための募金箱が設置されていたので、いくらか募金しておきました。

 電車の中で、編み物をしている人に出会った。その女性は、バッグの中から毛糸をちょろりとのぞかせて、器用に編み棒を使ってせっせと編み物をしていた。ひと昔前ならば、電車の中などで、このように編み物をする女性の姿を良く見掛けたものだったが、最近ではほとんどと言っていいほど見掛けなくなってしまった。このような女性を見掛けたのは、実に数年振りくらいではないだろうか。

 既に編み上がっている部分の毛糸の色はとてもカラフルで、私が心惹かれる色合いだった。その女性をさりげなく観察してみると、足元には彼女自身の手編みと思われるレッグウォーマーを履いていた。そのレッグウォーマーは、片方ずつ毛糸の色が違っていた。とても暖かそうなレッグウォーマーで、彼女の足にぴったりとフィットしていて、好感が持てた。そのレッグウォーマーを見て、おそらく彼女が電車の中で編んでいるのも、新しいレッグウォーマーなのではないかと思った。クリスマスに向けて、誰かへのプレゼントのつもりで編んでいるのかもしれない。

 そのとき私は、自分の欲しいものがなかなか見つからないと日頃から嘆いていることを思い出した。何か欲しいものがあったとしても、既製品にはなかなか心惹かれるものがないのだ。その代表的なものが、バッグやリュック、服などの身の回りのものである。私は、彼女がレッグウォーマーらしきものを編んでいる姿を見ながら、「なるほど、自分で欲しいものがあれば、作ってしまえばいいのだ」と思った。とは言え、我が家にはミシンもなく、私は編み物もできないわけだが・・・・・・。

 私は、その女性が編み物をしていることから、更にいろいろなことを考えた。例えば、その女性が編み上げたレッグウォーマーを、私がとても気に入ったとする。現在、彼女が編んでいるレッグウォーマーは、自分、あるいは誰か他の人に向けて編んでいるものだとしても、それが完成すれば、彼女はまた別のものを編み始めるかもしれない。そして、編んだものをフリーマーケットなりインターネットなりで販売することも可能なわけである。

 仮に彼女が私の友人で、彼女が私のためにそのカラフルなデザインのレッグウォーマーをプレゼントしてくれたとしよう。そのとき、私は彼女にお金を払う以外に何ができるのだろうか。ひょっとすると、彼女を喜ばせてあげることはできないかもしれない。そんなことを考えたときに、お金というものが世の中に誕生したのは、相手にしてもらったことに対して、自分自身に成すすべがないと感じてお手上げになってしまったからではないかと想像したのだった。そう考えると、お手上げにならないほうが、きっといい世の中になるのではないかとも思った。そんなことを思いながら、いつの間にか自分が、手作りで実現できるを避けて、お金の力に頼り過ぎていたことを自覚したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 考えてみれば、今の世の中には、たいていのものは手に入るというのに、彼女が手編みにこだわるというのは、それなりの理由があるのでしょうね。彼女の中には、「自分でそれを編みたい!」という強い意志が存在しているのだと思いました。私の中に、彼女のような強い意志があるのだろうかと振り返ってみたところ、やはり私には書くことだろうと再認識しました。とにかく、彼女の編み物を通じて、いろいろなことを感じました。

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2011.12.22

ホットヨガ(二七二回目)

映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m JR新小岩駅での飛び込み自殺が相次いでいるようですね。JR新小岩駅は、私が東京に住んでいた頃も、ほとんど利用したことのない駅だったので、どのような造りのホームだったのかはわかりませんが、飛び込み自殺に利用したくなるような造りの駅なのだとしたら、思い切って改装したほうがいいですよね。

 本来ならば、今日は、ガンモと一緒に旅行に出掛けて行くために何ヶ月も前から休暇を申請していた。しかし、諸事情により、旅行をキャンセルしたため、休暇だけが残った。ガンモは休暇を取りやめにして出勤したのだが、私は有給休暇を消化するために、そのまま休暇を取ることにした。そして、ガンモが仕事に出掛けて行くならばと、私はホットヨガのレッスンへと出掛けたわけである。

 今回は、梅田店ではなく、三宮店のスタジオで七十五分のホットバレエストレッチのレッスンを受けた。三宮店でレッスンを受けるのもずいぶん久し振りのことだが、ホットバレエストレッチのレッスンを受けるのもずいぶん久し振りのことである。実は、三宮店でのレッスンは、毎週のように予約だけは入れてあるのだが、平日の仕事帰りなのであまり余裕がなく、直前になってキャンセルを繰り返してばかりいたのである。

 ホットバレエストレッチは、ホットヨガのレッスンで使用しているスタジオで、通常のレッスンよりも室内の温度をやや低めの三十五度に設定して行うストレッチである。ホットバレエストレッチのレッスンを担当してくださっているのは、バレエ経験のあるインストラクターたちである。

 受付で三宮店のスタッフにごあいさつをさせていただくと、やはりフレンドリーな活気を感じた。三宮店よりも会員数が多いためなのか、それとも、私が三宮店の会員だからなのか、梅田店のスタジオでは、なかなかそういうわけにも行かない。久し振りにお目に掛かった三宮店のスタッフの髪の毛がずいぶん伸びていたので驚いた。平日にレッスンに来ているのが珍しいと言われたので、今日は休暇を取っているのだと説明させていただいた。

 そんな話をしていると、いつもお話をさせていただいているインストラクターが奥のほうから出て来られた。久し振りのごあいさつをさせていただくと、何と、今日のホットバレエストレッチを担当してくださるのだという。私は知らなかったのだが、そのインストラクターは、バレエ経験者だったのだ。三宮店でのホットバレエストレッチのレッスンは、ほとんど担当されているそうだ。

 さて、今回のレッスンの参加者は、私を入れて九名だった。週末のレッスンで考えると少ないが、平日のレッスンとして考えると多いほうだと思う。いつも骨盤コースのレッスンでお目に掛かるサウナスーツの女性も参加されていた。スタジオに入ったとき、出入口に近い後列のヨガマットが空いていたので、そこに腰を下ろしたのだが、前列のヨガマットはほとんど空いていた。そして、レッスンが始まる頃になっても前列のヨガマットはなかなか埋まらなかったので、広々とポーズを取るために、私は前列のヨガマットに移動した。

 ホットバレエストレッチのレッスンの前に行われるウォーミングアップのストレッチには、足の指を開くストレッチが加えられている。私は以前から、自分の足の指がなかなか広がらないことに気が付いていたのだが、周りの人たちを観察してみると、私のように足の指がなかなか広がらない人もいらっしゃれば、手の指を動かすのと同じくらいしっかりと広がっている方もいらっしゃった。私は密かに、足の指を自由自在に広げられないのは、下半身の冷えと関係しているのではないかと思っている。

 ホットバレエストレッチのレッスンは、バレエを踊るときに行う手の形や足の形を取り入れてストレッチを行う。私には、バレエの手の形を取るのがとても難しかった。どんな手かと言うと、まず、両手を広げて腕全体を前方に傾けて、手先はフレミングの左手の法則のような形を両手で取るのだ。このような動きを取ることができないでいると、私は自分がひどく不器用な人間に思えてしまった。

 それでも、目新しいレッスンに、私の目は始終釘付けだった。ただ、後半の立ちポーズになると、やや難しくなった。手の動きに足のポーズが加わり、ほんの短い時間ではあるものの、バレエらしい連続した動きが実現されるのだ。私は、一連のポーズがなかなか覚えられないので、インストラクターの動きから少し遅れて身体を動かしていた。

 ホットバレエストレッチのレッスンは、今回で参加するのが何回目になるのかはもはやわからないのだが、その内容は、次第に進化して来ているように感じられた。バレエ経験のあるインストラクターによって、少しずつアレンジが加えられて来たのかもしれない。

 レッスンを終えたあと、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターが受付にいらっしゃったので、レッスンを担当してくださった御礼とともに、ホットバレエストレッチのレッスンがとても新鮮だったことと、レッスンが進化して来ていると感想を述べさせていただいた。三宮店では、ホットバレエストレッチのレッスンは、週に一度しか行われていないそうだ。刺激を受けるためにも、こうしてたまに参加してみるのもいいのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回のホットバレエストレッチのレッスンにはターンが入っていませんでしたが、ターンが入ると、難易度は更にアップします。なかなかうまく行かないので、スタジオ内はざわついて来ます。(苦笑)それでも音楽に合わせながらターンを含んだポーズを取るのですが、そういうときは、終わり良ければすべて良し、みたいな雰囲気になりますね。

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2011.12.21

映画『パイレーツ・オブ・カリビアン/生命(いのち)の泉』

文字コードとバイナリエディタで愛の告白の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。docomoのスマートフォンのサービスでメールアドレスがすり変わってしまうという障害が発生したようですね。利用者の秘密が守られるべきメールシステムでこのようなことが発生するのは、とても恐ろしいことであります。私はdocomoユーザではありますが、スマートフォンユーザではないので、被害には遭っていません。急速に普及し始めたスマートフォンですが、「スマートフォン対応」と書かれていても利用できないシステムがあったりと、まだまだスマートフォンがらみのシステムは安定していないという感がありますね。ちなみに、私はキーボードで文字を入力したいので、今後もスマートフォンに切り替える予定はありません。

 本作を鑑賞したのは、六月三日のことである。このシリーズの作品は、DVD鑑賞も含めてずっと鑑賞して来たのだが、本作に限って言えば、過去の作品ほど心が躍らなかった。過去の作品ならば、鑑賞したあと、早くレビューを書きたくてうずうずしていたというのに、本作は、どんな内容の作品だったのかを思い出すのに精一杯である。

 やはり、これまでの主要キャラクターを演じていたオーランド・ブルームとキーラ・ナイトレイの不在は大きい。一体何があったのか知らないが、前作で、あれほど余韻を残すような終わり方をしたというのに、二人は続編への出演を断ったのだそうだ。私としては、ジョニー・デップにオーランド・ブルーム、それからキーラ・ナイトレイという奇妙な三角関係のもつれに期待していた部分もあるので、肩透かしを食らったような気もしている。それに加え、本作から、これまでとは違う監督がメガホンを取っている。どうやら、私の心が踊らなかったのは、そんな背景もあるようだ。

 オーランド・ブルームもキーラ・ナイトレイも出演しないとなると、ジャック・スパロウ役のジョニー・デップも調子が出ないのではないかと思ってしまった。やはりシリーズものは、互いに慣れ親しんだ役者さん同士の同窓会のような雰囲気で作り上げて欲しいものだ。

 キーラ・ナイトレイの代わりと言っては何だが、ジャックの元恋人役として登場するのが、女海賊アンジェリカを演じているペネロペ・クルスである。肌の色や目の大きさが同じくらいだからだろうか。彼女とジョニーの持つ雰囲気には近いものがある。現在、熱烈に愛し合う関係ではなく、腐れ縁的な元恋人という間柄ならば、二人の雰囲気は余計にしっくり来る。その点だけは良かったのだが、ペネロペ・クルスと言えば、普段から、もう少し色っぽい役柄を演じているのを見守って来ているだけに、子供さんたちも多く鑑賞されるこのシリーズに登場しているという点においてはちょっぴり違和感があった。果たして、ペネロペ・クルスは、これからもこのシリーズに登場し続けるのだろうか。そうだとすると、これまでのシリーズの中で見え隠れしていた三角関係のように、もっともっと彼女との関係を複雑にして欲しいと密かに願うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジョニー・デップは、新たなパートナーとなったペネロペ・クルスとも、うまくやって行くのでしょうね。そうなれば、ペネロペ・クルスはこのシリーズには欠かせない存在となって行くのでしょう。その頃には、私たちも、少しずつ彼女がこのシリーズに登場することを受け入れて行くのかもしれませんね。

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2011.12.20

文字コードとバイナリエディタで愛の告白

電話してもらえませんか?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回は、三日に一度の映画のレビューを書かせていただく日ではありますが、先日、二日間連続で映画のレビューを書かせていただいたので、今回は通常の記事をお届けします。

 あれは確か、ガンモと結婚した私が関西に移住してから勤務した、二つ目か三つ目の派遣先での出来事である。その派遣先で、別の派遣会社から仕事に来ている派遣社員と仲良くなった。その彼女が、あるとき私に、
「こんなメールをもらったんだけど、意味が良くわからない」
と言って、メールの内容をそのまま私の職場のメールアドレスに転送して来た。

 転送されて来たメールには、十六進数の文字コードがテキストモードで記載されたテキストファイルとともに、バイナリエディタも添付されていた。もしかすると、文字コードもバイナリエディタも聞き慣れない方がいらっしゃるかもしれない。まず、文字コードとは、簡単に言えば、コンピュータが文字を理解するための記号のようなものだと言える。実は、私たちが普段、こうしてコンピュータに向かって文字を入力すると、実際は文字そのものではなく、文字コードを入力しているに等しい。コンピュータに向かって入力した文字は、私たちの目には日本語やカタカナや英語に見えたとしても、実際は文字コードと呼ばれるものをパソコンが判別して、私たちの理解できる(目に見える)文字に置き換えてくれているのである。一般的に言う文字化けとは、この置き換え処理がうまく行かなかったとき、すなわち、入力された文字コードが私たちの理解できる(目に見える)文字に当てはまらなかったときに発生する。そして、私たちが話す言語と同じように、文字コードにもいろいろな種別がある。

 普段、多くの人たちが使用している秀丸エディタやメモ帳などは、バイナリエディタではなくテキストエディタである。テキストエディタは、文字コードの判別さえ適切に行うことができれば、テキストで書かれた文字を読み書きすることができる。一方、バイナリエディタは、文字コードも含めて、コンピュータの中でやりとりされる、テキストエディタでは文字化けしてしまうようなデータでさえも直接参照することのできる技術者寄りのエディタである。バイナリエディタは、それがテキストモードで書かれた文字であろうとなかろうと、とにかくいろいろな情報を読み書きできるエディタなのだ。例えば皆さんも、WordやExcelなどのファイルを秀丸やメモ帳などのテキストエディタで開こうとしても、文字化けが発生して読めなかったという経験があるのではないだろうか。テキストデータだけで構成されていないファイルをテキストエディタで開こうとすると、そのような現象に陥ってしまうのだが、バイナリエディタにはそのようなことがない。それだけに、コンピュータの技術者でなければ理解に苦しんでしまうエディタなのである。

 さて、そのメールを私に転送して来た派遣社員の彼女は、私のようなソフトウェア技術者ではなく、事務職を担当していた。そのため、当然、バイナリエディタを普段から業務で使いこなしているはずがない。そのため、十六進数の文字コードがテキストモードで記載されたテキストファイルが添えられていようとも、おそらく何のことだかさっぱりわけがわからなかったはずだ。だから、私に助けを求めたのだと思う。

 私は、メールに添付されていたバイナリエディタを使って、一緒に添えられていた十六進数の文字コードをそのまま入力してみた。すると、「すき」という言葉が出て来たではないか。このメールを彼女に送信して来た相手は私と同じくソフトウェア技術者で、テキストで「好き」と書かずに、コンピュータにしか判別できない十六進数の文字コードを使って「好き」と書き、彼女がそれを解読できるようにするためにバイナリエディタを添付して来たのである。

 それだけならちょっぴり微笑ましいのだが、実はそのメールを私に転送して来た彼女は既婚者だった。そして、彼女に「すき」のメールを送信して来た男性もまた、既婚者だった。彼女に真実を伝えると気まずくなってしまうのではないかと懸念されたが、結局、私は彼女に対して正直に、
「何て書いてあるか、わかったよ」
と言って、解読の仕方を教えた。書かれている内容を理解した彼女は、冷静に、相手の男性からの好意はほんの軽いものだと主張したのだが、軽い気持ちを伝えるだけならば、事務職である彼女に対し、わざわざ文字コードとバイナリエディタを使ったりはしないだろう。

 幸い、その後も彼女とは特に気まずい雰囲気になることもなく、私はその会社での契約満了を迎えた。その会社を去ってからも、彼女とはときどきメールで連絡を取り合っていた。そして彼女はあるとき、ご主人さんの都合でアメリカに移住することになった。彼女は引っ越しの前に私たち夫婦を家に呼んでくれて、アメリカには持って行けない不要なものをいろいろ分けてくれた。アメリカに渡ってからも、何度かメールのやりとりをしていたのだが、最近ではすっかり連絡が途絶えてしまった。どちらが連絡を怠けてしまったのか、もはや知るよしもないが、彼女は今でもアメリカで元気にしているのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちが普段、主に使用しているのは十進数ですが、バイナリエディタは、十六進数で使用します。十六進数というと、これまた聞き慣れないかもしれませんが、私たちだって、実は十進数以外のものを使用しているのですよ。それは、時間ですね。時間は、完全ではないものの、六十進数がベースになっていると思います。五十九の次に、一つ繰り上がりますもんね。

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2011.12.19

電話してもらえませんか?

ホットヨガ(二七一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。北朝鮮の金正日総書記が亡くなられたそうですね。十七日の朝に亡くなられているというのに、二日も経ってから公式発表されるとは、いかにも北朝鮮らしいですね。これからの北朝鮮は、どう変わって行くのでしょうか。

 ホットヨガのレッスンの帰りに、いや、正確には、ホットヨガのレッスンのあと、映画を鑑賞した帰りに、男性から声を掛けられた。一体何ごとだろうと思いながら、振り返ってみると、四十代後半くらいの見知らぬ男性だった。男性は、目が赤く充血していて、心に深い悲しみを抱えているようにも見えた。

 ひょっとすると、「お金を貸してください」などと言われるのだろうかと思いながら、男性が次に何を言い出すのか耳を傾けていると、男性は懇願するような表情を浮かべ、
「電話を掛けて、嫁さんと子供の居場所を聞き出してもらえませんか?」
と私に言った。あまりにも突拍子な言葉に、私が、
「へっ?」
と声を挙げると、男性は、奥さんと子供が出て行ってしまい、居場所がわからないので、居場所を知っている奥さんの姉のところ(だったと思う)に電話を掛けて、居場所を聞き出して欲しいと補足した。

 私は、「これは、やっかいな問題に巻き込まれてしまいそうだ」と予感した。しかし、辛そうな男性の表情を見ると、無視することもできず、そのときに気になったことを口にしてみた。

 まず、彼の奥さんと同じ女性として、女性が子供を連れて家を出て行くには、それなりの理由があるのではないかと想像した。更に、彼の奥さんが子供を置いて出て行ったのではなく、子供を一緒に連れて出て行ったのだから、彼の奥さんに好きな男性ができたという奥さんの都合ではなく、私に声を掛けて来たその男性から避難するように逃げ出してしまったのではないかと推測された。そこで私は男性に、
「奥さんが家を出て行くには、それなりの理由があったんじゃないんですか? それを改めましたか?」
と言ってみた。それに対し、男性は、もごもごと口ごもったが、
「嫁さんのことはもういいんです。子供に会いたいだけなんです。電話してもらえませんか?」
と繰り返した。

 その言葉を聞いたとき、「夫婦って、そういうもんじゃないだろう」と説教したくなったのだが、私はまるでスイッチが入ったように男性を振り切り、
「いえ、お断りします」
と言って、遅い足でずんずん歩いたのだった。男性は、それ以上、ついては来なかった。

 この男性は、何故、奥さんが子供を連れて出て行ってしまったのかを、じっくりと考えた上で状況を受け入れる必要があるように思う。それを受け入れずに、子供に会いたいという自らの主張ばかりを通そうとするのならば、おそらく私以外の通行人にも拒絶されてしまうのではないだろうか。決してその男性が日本のお父さんの代表選手ではないとは思うのだが、「世の中の男性諸君、しっかりしろよ」と思ってしまったのは言うまでもない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 彼はあのようにして、梅田の街角に立ち、いろいろな女性たちに声を掛けて来たのでしょうね。おそらく女性のほうが、奥さんの友達だと説明し易いからなのでしょう。しかし、仮に電話を掛けたとしても、それでは根本解決にならないように思います。むしろ、電話を掛けて相手を騙してしまうほうが、良好な関係からは遠ざかってしまうような気がしますね。

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2011.12.18

ホットヨガ(二七一回目)

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m この冬もインフルエンザが流行するみたいですね。ガンモも私も、生まれてこのかた一度もインフルエンザには感染したことがありません。それなりに、免疫力が高いと思っていいのでしょうか。この冬も感染しないように気を付けたいものです。皆さんも、どうかお気を付けくださいね。

 十二月十七日土曜日は、ホットヨガの梅田店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。心の中にある心配ごとは、少しだけ前向きの状況に変わっていた。

 やはり、出掛ける直前まで、「ガンまる日記」の下書きを書いていたため、いつもと同じギリギリの時間に家を出ることになってしまった。とは言え、お気に入りのコンビニ兼酒屋の店先には気になるものが何も並べられていなかったので、私はそのままずんずん歩き、先週よりも一分ほど早く梅田店のスタジオに着くことができた。

 実は、あまりにもレッスンに持参する荷物が多過ぎると感じていたため、今回から、レッスンウェアに半ズボンを採用してみた。外を歩くためのズボンの下にその半ズボンを履いておいたので、ロッカールームでは、上着を脱いで半袖Tシャツになると、あとはズボンを脱いだだけでレッスンウェアに早替わりした。足を露出させることで、少しは足が細くなるのではないかという期待感もあった。しかし、内心、荷物を減らしたいと思ってはいても、レッスンバッグの中には相変わらず三本のヒアルロン酸ドリンクを入れたままだった。

 レッスンの参加者は十九名で、今回も、男性会員はゼロだった。レッスンを担当してくださったのは、私とはあまり相性の良くないインストラクターである。

 今回も、呼吸法を意識しながらレッスンを受けたところ、やはりいつもよりもたくさんの汗を掻くことができた。また、今回のレッスンから半ズボンに変えてみたわけだが、足に汗を掻くと、半ズボンで正座をしたり胡座(あぐら)をかいたりするのは、汗でぬるぬるして気持ちが悪いと感じてしまった。これまでは、長ズボンを履いていたため、足に掻いた汗は、長ズボンが吸収してくれていたのだ。自分の汗を直接感じてしまうことには慣れていなかったが、荷物を減らすためには、しばらく半ズボンでレッスンを受け続けてみようと思う。

 ところで、ロシアのある女性がヨガのレッスンをしているときに、猫が女性の身体の上に乗っかったものの、猫はバランス感覚が優れているために、ありとあらゆるヨガのポーズを取る女性の身体の上で器用にバランスを取り続け、女性の身体からは決して転がり落ちないという素晴らしい映像を見た。私はこの映像を、ガンモが仕事で徹夜明けのために寝ているときに鑑賞したのだが、寝ているガンモを起こさないようにするために、おかしさをこらえるのに必死だった。その画像をここにご紹介させていただこうと思う。

 何となく、この映像は、彼らにとっての「日常」という気がする。きっと猫にとっても、この女性にとっても、このような光景は当たり前なのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回から、レッスンウェアを半ズボンにして、太い足をむき出しにしてレッスンを受けることにしました。荷物が若干減ったのはいいのですが、自分が足に掻いている汗にはなかなか慣れないですね。とは言え、これまでは足に汗を掻いていることを意識していなかったので、半ズボンに変えたことで、意識するきっかけになったかもしれません。

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2011.12.17

映画『グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独』

映画『マイ・バック・ページ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。しかも、諸事情により、二日連続の映画レビューの記事となってしまいますが、どうかご了承くださいませ。

 ガンモがほぼ一日中仕事だったので、ホットヨガのレッスンの帰りに梅田店のスタジオの近くにあるミニシアター系映画館で映画を二本鑑賞した。そこで今回は、本日鑑賞したばかりの作品のレビューを書かせていただこうと思う。

 鑑賞前に、本作について調べていたところ、ドキュメンタリー作品と紹介されていたので、最初のうちは鑑賞しようかどうしようか迷っていたのだが、たまたまタイミング良く上映されていたので、思い切って鑑賞してみることにした。結果は大当たりだったと言える。

 グレン・グールドは、今から三十年近く前の一九八二年にわずか五十歳で亡くなったカナダ生まれの天才ピアニストである。私は、クラシックの音楽にはかなり疎いため、彼の存在すら知らなかった。しかし、本編で流れた彼のピアノを弾く映像とその生きた音に釘付けになった。本編で流れた映像に比較的近い映像をYouTubeで見付けたので、ご紹介させていただこう。

 彼の愛人だった女性が、彼のピアノは、すべての音をばらして再編成しているというようなことを本編で言っていたのだが、私もまさしくその通りだと感じた。自ら音を組み上げ直して行く過程で、彼はその演奏曲を完全に自分のものにしていると感じた。何か別のことをしていたとしても、彼のピアノが聞こえて来ただけで、多くの人たちは手を止めて、彼の弾くピアノの音に熱心に耳を傾けるのではないかと思う。

 実際、モスクワで行われた演奏会で、まだ無名だった彼がピアノ演奏を披露したとき、客席に居た人たちは次々に席を立ち、友人や知人に電話を掛け始めたそうだ。その結果、最初は半分程度しか入っていなかった会場も、演奏会の後半には立ち見が出るほと満杯になったという。

 彼には、絶対に妥協できないいくつかのこだわりがあった。一つは、ピアノを弾くときに座る椅子で、どんな演奏会にも、足の長さが三十センチの特注品を持ち込んでいたという。彼は、この椅子がないと実力を発揮できないらしく、椅子を忘れてしまったときは、演奏会の会場にある椅子を工具で三十センチの長さにカットさせてもらったため、その椅子を買い取る羽目に陥ってしまったとか。そのほかにも、ピアノを弾くのに大切な指を保護するために、日頃から手袋をはめていたらしい。

 そうした、一見、人とは違うこだわりについて、私も彼と近い状態にあるので良くわかる。例えば、私はコンピュータのソフトウェアを開発する仕事に携わっているのだが、ソフトウェアを開発するときに使用するエディタは、多くの人たちが愛用している秀丸エディタなどのWindowsエディタではなく、viエディタというunixのエディタにこだわっている。このviエディタに行番号を表示させ、タブを4タブに設定して使用しているのだ。多くのWindowsエディタは、ファンクションキーなどを駆使して機能を呼び出すのだが、viエディタは、ありとあらゆる機能をコマンドで呼び出すことができるので、指がコマンドを覚えてしまえばとても便利なのである。また、これは仕事ではなく身体を快適にするためのこだわりだが、私の場合、上半身が暑く、下半身が寒いので、足には夏でもレッグウォーマーを履いて、足の冷えから身体を守り、何かあったときのためにも普段からひざ掛けを持ち歩いている。

 私自身がそんなこだわりを持っているために、私にはグレン・グールドの気持ちが良くわかったのだが、周りから見ると、グレン・グールドはかなりの変わり者に映って見えたようだ。しかし、それらのこだわりは、彼が自分自身の実力を十分に発揮するためにはどうしても必要なことだったのだ。

 彼自身は既に亡くなってしまっているので、本作は、彼の過去の映像と、生前、彼と関わりのあった人たちの証言などで成り立っている。その中には、彼を愛した女性たちも三人含まれている。映画『イヴ・サンローラン』を鑑賞したときも感じたことだが、世の中で成功した人たちが感じていた孤独は、本人の死後、こうしたドキュメンタリー映画でも製作されなければ表に現れては来ない。それゆえに私たちは、表に見えている部分だけで彼らを判断しようとし、もてはやしてもいる。こうしたドキュメンタリー映画を立て続けに鑑賞したということは、相手の内面を観察しようとはせずに、表に見えている部分だけで判断するのをそろそろやめなければならないというメッセージが含まれているのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく、彼がピアノを弾く姿に圧倒されました。天才とは、余裕のある人のことを言うのではないかとも思いましたね。恥ずかしながら、私も小さい頃にピアノを習っていた時期がありましたが、楽譜を追うのが精一杯で、弾く曲が、まったく自分のものにはなっていなかったと実感しています。いやはや、驚きました。

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2011.12.16

映画『マイ・バック・ページ』

にぎやかな筆談の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。忘年会のシーズンですね。参加人数が多くなると話が深くならないので、私は、若い頃からたくさんの人たちが集まる飲み会などに参加することについては消極的でした。昔、「動物占い」が流行ったときに、私は「サル」だったのですが、「サル」の説明に、「どんちゃん騒ぎが大好き!」というようなことが書かれていて、「こうも当たらない占いは珍しい」と思っていました。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、映画『手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく』映画『プリンセス トヨトミ』を鑑賞したのと同じ五月二十八日のことである。何故、同じ日に三本も鑑賞したのかというと、TOHOシネマズの1ヶ月フリーパスの有効期限がこの日までだったため、ちょうどこの日に公開された作品を鑑賞しておきたいと思ったからだ。

 本作でメガフォンを取っているのは、三年前に閉館してしまった私の最もお気に入りの映画館で行われたトークショーでお目に掛かった山下敦弘監督である。山下敦弘監督の作品は、何本か鑑賞しているが、私には本作が一番強く心に響いた。

 もしかすると、現代を生きる若者たちにとっては、本作の置かれている状況を理解することは難しいかもしれない。というのも、本作は、反戦運動や全共闘運動が盛んだった一九六九年から一九七二年までを時代背景として描かれているからだ。

 この時代に、私は既に生まれてはいるものの、まだ幼稚園か小学校の低学年だったので、当時、世の中で何が起こっていたかについてはほとんど知らない。それでも、その時代を熱く生きた人たちが残したものの一つとして、その頃流行っていたいくつものフォークソングに耳を傾けて来た。

 当時と比べると、今は明らかに無気力、無関心の時代だと思う。当時のフォークソングからも感じられるように、当時の人たちはとても熱かった。だから、納得の行かないことがあれば、学生たちは力を合わせて立ち上がったのだ。

 本作で描かれているのは、ある記者と学生活動家との奇妙な関わりである。週刊誌編集部で働く記者の沢田を妻夫木聡くんが演じ、左翼思想の学生活動家である梅山を松山ケンイチくんが演じている。

 ある日、沢田は、梅山と名乗る男から、もうすぐ武装決起するという情報を得る。梅山の言葉に半信半疑の沢田だったが、不思議と彼に惹かれ、それほど親密ではないものの、やがて酒を酌み交わす仲となる。

 私から見ると、記者である沢田は、梅山の中に、自分では到底実現できない願望をこっそり託していたのではないかと思う。当時、新米記者だった沢田と、まだ学生だった梅山は、それほど年齢差はなかったはずである。自分とほとんど年齢の変わらない学生たちが、大学に集まり、熱い行動を起こしている姿を見守りながら、沢田は、自分の中にある熱いものを理性で抑えていたように思えるのだ。そして、そんな沢田の中に、自分と同じような熱いものがあると見破ったからこそ、梅山は自らの計画を沢田に語ったのではないだろうか。

 沢田たちが生き抜いて来た時代は、いろいろなものが「足りていない」である。だから、何にしても、「求めよう」とする気持ちが強く、行動一つを取っても、とにかく熱い。それに対し、現代は飽食の時代とも言われているように、いろいろなものが「過剰になってしまっている」時代である。だから、もはや人々の中では、何かを必死に求めようとする気持ちが薄れ、ものごとに対しても熱くはなれない。

 私は、ラストで沢田が泣くシーンがとても印象に残っている。何でもないときに、何故、あんなに泣くのかと不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれないが、あの時代を生き抜いて来た沢田の中には、既にいろいろな感情が芽生えていたものと思われる。もしかすると、それらの感情は、沢田がその後の時代を生き抜いて行くためには封印しなければならない感情だったのかもしれない。だから、ふとしたきっかけであの時代のことを思い出したときに、とうとう封印が解けて、どうしようもなく涙が出て来てしまったのではないだろうか。特に、沢田が取材のために、その時代を必死で生きている人たちの中に紛れ込んで生活していたときのことを思い返すと、たまらない感情がこみ上げて来るのではにだろうか。取材で訪れている自分には帰るべき別の場所があるというのに、そこで必死に生きている人たちは、代わりのない精一杯の人生を生きている。だから、「また帰って来いよ」の一言が余計に胸に響いて来るのだろう。本作は、ラストの沢田の涙に、何もかも集約された作品なのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は、川本三郎という人がジャーナリスト時代に実際に体験したノンフィクションなのだそうです。だから、ドラマとして完結しているわけではなく、川本三郎氏自身を投影させているであろう沢田と活動家の梅本との関係も、どことなく曖昧です。武装決起すると宣言した梅本は、のちに実際に暴動を起こすのですが、そのときに死者が出てしまうのですね。沢田は、武装決起すると、予め梅本から聞いていたので、本作には、梅本の計画を食い止めることができなかった原作者の川本三郎氏自身の後悔が含まれているのかもしれません。

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2011.12.15

にぎやかな筆談

ガンモ、ミイラになる(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 十二階建ての社宅の十階から、父親によって投げ落とされた一歳の男の赤ちゃんが、目立った外傷もなく、無事だったという事件がありましたね。父親は仕事上の悩みを抱えていて、一歳になるその息子を十階の窓から殺すつもりで投げ落としたのだそうです。父親は、息子を殺してしまったと思い、警察に通報したのですが、息子は無傷だったのですね。これは、本になってもいいくらいの事件だと思います。おそらくですが、父親よりも息子さんのほうが霊性が高いのでしょうね。だから、加害者である父親は、息子さんの存在を通して、まだまだたくさんのことを学んで行くのではないでしょうか。

 少し前に、食堂内のコミュニケーションという記事を書かせていただいた。この記事は、普段から私が求めようとしているコミュニケーションがなかなか実現できないことを表してもいる。職場での人間関係は、必ずしも話の合う者同士が集まっているわけではないので、仕方がないことなのかもしれない。

 そんな中で、微笑ましいほどに盛り上がっている男女の二人組がいる。盛り上がっていると言っても、実はその二人組は、口から発する言葉ではなく、自分の言いたいことを紙に書きながらコミュニケーションを取っている。すなわち、筆談である。いつだったか、男性が別の男性と手話で会話をしているのを見掛けたことがあるので、おそらく男性のほうが、耳が聞こえないか、口から言葉を発することができない障害を抱えていらっしゃるのだと思う。ちなみに、相手の女性は外国人である。

 彼らは食堂に来るときに、オフィスから紙とペンを持参している。そして食事中に、さも楽しそうに、「書く」コミュニケーションに励んでいるのだ。

 感情が大きく揺れ動いたときは、書くよりも、口から発する言葉のほうがはるかにスピードが速いはずである。それでも彼らは、明らかに興奮気味に、心で感じていることを紙に書いて相手に見せている。

 たまたま彼らの座っている席のすぐ近くで昼食をとったことが二回ほどあったのだが、その「書く」コミュニケーションに参加していない私にさえ彼らの興奮が伝わって来るくらい、そのコミュニケーションを通じて彼らの感情が大きく揺れ動いているのがわかった。書かれている文字にちらっと目をやると、日本語だった。ということは、外国人である彼女も、彼に日本語を書いてコミュニケーションを成立させているのだ。

 一体何を話せば盛り上がるのかを恐る恐る模索しながら発展させて行こうとする職場の人間関係が多い中で、これほどまで盛り上がることのできる相手に巡り会えるというのはものすごくラッキーなことだと思う。彼らは間違いなく、素晴らしい出会いを果たしたのだ。これからもときどき彼らの近くに座り、揺れ動く感情のおすそわけをいただきたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 筆談しながら、女性からは常に笑い声が聞こえて来ます。彼女がこの筆談に夢中になっていることが良くわかります。きっと、相性がいいのでしょうね。二人が恋愛関係にあるのかどうかまではわかりませんが、もし恋愛関係にあるのならば、是非とも結ばれるように応援したいですね。

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2011.12.14

ガンモ、ミイラになる(6)

映画『プリンセス トヨトミ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m つい先日、長袖デビューを果たしたばかりだというのに、ここのところ暖かいので、またしても「マタギ」に逆戻りしました。仕事中もパソコンの熱がオフィスにこもってひどく暑いので、夏に愛用しているマジクール相当品で頭を冷やしています。(苦笑)それでは、ガンモ、ミイラになる(5)の続きを書かせていただきますね。

 私は、頭の中にある複数の心配ごとに優先順位を付けたくはなかった。とは言え、現実問題としては、今の自分にできることに真剣に取り組んで行くしかなかった。今の私が直接的にできることと言えば、ガンモの毎晩の洗髪と後頭部のガーゼの取り替え、それからガンモの帯状疱疹の患部に塗り薬を塗ることだった。

 後頭部にガーゼを固定させるためには、ガンモの髪の毛の生え際の辺りを医療用テープでとめるしかなかったのだが、ガーゼを毎日取り替えていたため、ガンモの髪の毛の生え際の辺りは、医療用テープを何度も何度も貼ったり剥がしたりしたことにより、かなりのストレスが加わっていた。本来ならば、後頭部の上のほうも医療用テープで固定させてしまったほうがいいのだろうが、そこには髪の毛があるため、医療用テープでとめられない。そこで、私が使用しているターバンを首巻きのようにして首に当てて、そのターバンを少し上のほうまでずらして患部を保護することにした。こうしておけば、ターバンによってガーゼが軽く押さえられるからだ。

 ちなみに、帯状疱疹に関しては、飲み薬よりも塗り薬のほうがはるかに効いていたように思う。お風呂に入ったあとや、朝、起きたときに、ガンモの胸や脇腹、背中に塗り薬を塗っていると、これまで赤くなっていた患部が少しずつ薄くなって行くのがわかった。

 それでも、アテローム対策として緊急切開されたガンモの後頭部の傷は次第に塞がりつつあったものの、帯状疱疹の痛みはなかなか治まる気配がなかった。そんな状況の中で、さすがに何日も仕事を休み続けるわけにも行かず、ガンモは帯状疱疹の痛みに耐えながらも、とうとう仕事に復帰した。

 男性医師からは、痛み止めの薬を処方していただいていたのだが、すぐに使い切ってしまったので、ガンモは薬局で鎮痛剤のロキソニンSを購入した。ロキソニンSは第一類医薬品なので、薬局で購入するときは、薬剤師さんを介さなければならない。言い換えれば、ロキソニンSを販売している薬局には、薬剤師さんがいらっしゃるということである。私は生理痛などで鎮痛剤を飲む習慣はまったくないので良くわからないのだが、ロキソニンSは、薬剤師さんが取り扱ってくださる鎮痛剤であるだけに、とても良く効くらしい。

 ガンモは、一日二回の割合で、ロキソニンSを服用し続けた。服用しなければ、相変わらず強い痛みに襲われるからだ。ロキソニンSの効果が薄れて来ると、ガンモは時々うずくまって痛みを我慢した。そして、その痛みに我慢できなくなると、次のロキソニンSを服用し、痛みが治まって来るまで痛みに耐え続けていた。
「俺は今、人生で一番の痛みを経験している」
とガンモは言っていた。

 ガンモがこれほど痛がっているというのに、私の肉体はガンモと繋がっているわけではないため、ガンモの感じる痛みを感じ取ることができなかった。例えば、コンサートやスポーツ観戦などで感じる一体感は、集団で感じられるものである。しかし、肉体の痛みというものは、あくまで個人レベルでしかない。だから、側にいる第三者は、痛みを抱えている当事者が痛みに耐えられるようにサポートするしかないのだ。

 患部の見た目の赤みは少しずつ引き掛けているというのに、まだ痛みに苦しんでいるガンモに、
「以前と比べてどんな感じなの?」
と尋ねてみた。すると、ガンモは、
「神経の奥のほうから感じる痛みはなくなった気がするけど、それでもまだ痛い」
と言った。どうやらガンモの抱えている痛みは、まだまだ続きそうだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鎮痛剤は、痛みを取り除いてくれるわけではなく、痛みを感じないようにするための薬ですので、服用することで身体が楽になると、かえって肉体に負担を掛けてしまうような気もします。とは言え、ガンモは鎮痛剤を飲まなければ痛みには耐えられない状況だったようです。それは表面的な痛みではなく、神経の痛みだとガンモは言っていました。

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2011.12.13

映画『プリンセス トヨトミ』

ホットヨガ(二七〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。三歳の長男にレジ袋をかぶせて引きずったという母親が殺人未遂で逮捕されたそうですね。私は子育ての経験はありませんが、最近、いろいろな場所で、ご自身の子供さんに対してひどく厳しい口調で叱り付ける母親を目にします。あるときは飲食店で、あるときは仕事帰りの道路で・・・・・・。仕事帰りのことをちょっと書いてみますね。私が自転車に乗って走っていると、狭い道路に小学校低学年くらいの女の子が立っていました。私が自転車でそこを通れないので戸惑っていると、その子のお母さんが私に気付いて、「道を空けなさい! どうして気付かないの? うんたらかんたら」とその女の子をこっぴどく叱りつけたのです。女の子には、ちょっと避けてもらえばいいだけのことだったのに、何故、そんなにも、その女の子の人格を否定するほどまで怒りを込めて叱りつけるのか、私には理解できませんでした。まるで、子供を叱りつけることで、日頃のストレスを発散させているかのようにも見えました。もしも、そのような母親が増えているのだとしたら、これは社会問題だと思いました。

 本作を鑑賞したのは、映画『手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく』を鑑賞したのと同じ五月二十八日のことである。本作の予告編は、劇場でイヤというほど目にしていて、なかなか面白そうだと感じていたので、鑑賞に踏み切った。

 ところが、実際に鑑賞してみると、「何じゃ、こりゃ?」というような展開に驚いてしまった。おそらく後半は、かなり冷めた感覚で鑑賞していたと思う。ただ、あることが父親から息子へと語り継がれるときの、親子の愛情を強く感じたときには、ほろりと来てしまった。

 団体が税金の無駄遣いをしていないかを調査するために、会計検査院の調査官が、東京からはるばる大阪にやって来た。堤真一さん演じる松平元と綾瀬はるかちゃん演じる鳥居忠子、岡田将生くん演じる旭ゲーンズブールの三人である。三人は、調査を進めて行くうちに、不審な財団法人を見付けてしまい、調査に乗り出すことになる。

 不審な財団法人のある場所のすぐ近くにはお好み焼き屋さんがあり、そこの主人である真田幸一を中井貴一さんが演じている。鳥居は、張り込みという名目のもとに、そのお店でお好み焼きを食べてばかりである。一言で言って、彼女のボケぶりが全開の作品だったと言える。とにかく、本当に食べるのが好きなキャラクターなのだ。それにしても、何故、彼女のように食べるのが好きなキャラクターを綾瀬はるかちゃんのようなスリムな女性が演じたのだろう。もっとふっくらとした女性が演じれば、笑いの質が違って来るからだろうか。ちなみに原作では、鳥居と旭の性別が逆なのだそうだ。

 内容としては、良くもまあ、このような作品を大真面目に作ったものだと、感心というよりも呆れ返ってしまった。確かに大阪は、日本から独立してもいいくらいのパワーを持っている。エスカレータの立ち位置も右側で、テレビやラジオでも当たり前のように大阪弁が流れていて、世の中に倣おうとする気がない。仮にそのような背景があるにしても、後半からの流れはあまりにも受け入れがたいのではないか。

 予告編で、「大阪国総理大臣」と名乗っている真田が主人公なのかと思うのだが、タイトルには「プリンセス」と女性名詞が付いている。一体、誰がプリンセス トヨトミなのか気にしていると、やがて答えがわかる。

 とは言え、彼女がプリンセス トヨトミだとしても、その大切な彼女を守るために、大阪中の人たちが縁の下の力持ち的な存在としてこっそり力を貸しているなんて、絶対に考えられない。何故なら、とてもおしゃべり好きな大阪人は、外に向かってエネルギーを発散させようとするため、プリンセス トヨトミが誰であるかを知ったならば、町中に垂れ幕を飾ったり、町興しをして盛り上がりたがるだろうからだ。終盤の展開に違和感を感じたのは、日頃からそうした大阪の、外に向かって行くエネルギーに当たり前のように触れているからかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 公開前から、劇場で何度も何度も予告編が流れていましたので、かなりの宣伝費が費やされた作品だったと思うのですが、鑑賞された人たちの評価は低いですね。私も、高い評価は付けられません。(苦笑)ただ、父親から息子に語り継がれる話だけは良かったです。

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2011.12.12

ホットヨガ(二七〇回目)

外れた自転車のチェーンの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ついに私も長袖デビューを果たしました。日曜日あたりから、自宅で過ごしていても、半袖では腕の辺りが寒いと感じるようになり、とうとう半袖Tシャツの上にもこもこのレッグウォーマーを腕につけました。いつでも着脱可能な長袖なので、暑くなれば外し、寒くなればまたつけるという繰り返しでした。(苦笑)そして、通勤にもとうとう長袖のジャケットを着て行きました。すると、最寄駅の駐輪場のおじさんや、職場の警備員さんから、「今日は長袖ですね」と驚かれてしまいました。(苦笑)

 十二月十日土曜日は、ホットヨガの梅田店のスタジオで、六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。いつもと変わりのない週末を送っているかのように見えてしまうかもしれないが、心の中は違う。

 いつもよりも家を出るのが早かったというのに、電車を一本早められるほど早い時間にはならなかったため、結局のところ、いつもと同じ電車に乗る羽目になってしまった。それでも、いつも立ち寄っているお気に入りのコンビニ兼酒屋の店頭に気になるグッズが並んでいたというのに、購入するのをぐっとこらえて梅田店への道を急いだためか、レッスン開始時間の二分ほど前に梅田店のスタジオに着いた。

 受付で、VIP会員の更新特典を利用してペットボトル入りの水を二本もらい、そのうちの一本と自宅から持参した還元水素水の入った保冷専用ボトルを持ってスタジオに滑り込んだ。

 レッスンの参加者は十九名で、そのうち男性会員はゼロだった。入口に近いヨガマットが空いていたので、私はそこに腰を下ろした。レッスンを担当してくださったのは、先週と同じインストラクターである。

 前回のレッスンで、私は他の人たちに比べて私はあまり汗を掻いていないことに気付いてしまったので、以前、京都店のカリスマインストラクターに指導していただいたように、呼吸を深くすることを意識してみた。すると、少しだけだが、いつもよりも汗をたくさん掻くことができたのを実感した。やはり、私の呼吸は浅かったのだ。

 今回は、レッスン中に一度もスタジオの外に出ることなく最後までレッスンを受けることができた。出入口に近い場所でレッスンを受けていたため、インストラクターが出入口のドアを開閉して換気してくださったときに生き返ることができたのだと思う。

 不思議なことに、レッスンを終えてロッカールームに戻ってみると、ロッカールームが少し寒いと感じてしまった。今、この記事を書きながら思うのだが、以前よりもほてりが収まりつつあるように感じている。長袖のジャケットを着用して仕事に出掛けたのも、ほてりが収まりつつあるからかもしれない。

 それにしても、私のレッスンバッグはどうしてこうも重いのだろうと思っていたところ、レッスンバッグの底のほうから、まだ飲んでいないヒアルロン酸ドリンクが三本も出て来た。一週間以内にレッスンを受けると受付でもらえたヒアルロン酸ドリンクがいつの間にか貯まっていたのだ。内容量は少なくても、瓶入りなので、それなりに重かったようだ。

 さて、この日は、ガンモの体調が少しずつ回復して来たので、レッスン後にガンモと梅田で待ち合わせて、一緒に映画を鑑賞したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 呼吸法で、汗を掻く量が違って来るんですね。ということは、レッスン中にたくさん汗を掻いていらっしゃる方たちは、私よりもずっと呼吸が深いのだと思います。梅田店でのレッスンは、毎回遅刻してしまうため、ウォーミングアップで行われている深呼吸に間に合わないのも良くないのかもしれません。(苦笑)

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2011.12.11

外れた自転車のチェーン

映画『手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今年の夏から秋にかけて、秋田県内でカメムシが大量発生したそうですね。秋田県には、「カメムシが多いと大雪になる」という言い伝えがあるそうで、地元の人たちの間では、「今年も大雪かもね」というような会話がなされているそうです。秋田県に大雪が降るということは、おそらく東日本大震災の被災地にも大雪が降ることになると思います。仮設住宅で生活されている方もたくさんいらっしゃると思いますので、暖房器具や燃料がちゃんと行き届いているか心配ですね。とは言え、逆に雪が少なければ、例えばスキー場など積雪に依存した施設の経営問題にも関わって来ますし、なかなか難しいものです。

 先日のことである。近所のスーパーで買い物をして、自転車置き場に停めてあった自転車に乗って帰宅しようとしたところ、私の自転車のすぐ隣に自転車を停めていた女性が、何やらうずくまって自転車と格闘しているではないか。彼女のすぐ側には、スーパーで購入したばかりと思われる食料品がエコバッグに入れられ、地べたに置かれていた。

 彼女の様子から、おそらく自転車のチェーンが外れてしまったものと思い、私は自分の経験を活かすために彼女に声を掛けた。
「チェーンが外れたんですか? 自転車を逆さまにすると直し易いですよ」
私の言葉を受けて、彼女が立ち上がったので、私も自分の荷物を地べたに置いて、彼女の自転車を逆さまにするのを手伝った。自転車のチェーンが外れたときは、自転車を逆さまにすることで、チェーンをはめ易くなるのだ。

 私は、後輪のチェーンがギヤに収まっていることを確認したので、外れている前輪のチェーンに手を掛け、正しい位置に戻すと、
「治りましたよ」
と言った。そして、自転車をひっくり返して元の位置に戻してみたのだが、どうもしっくり来なかった。良く見てみると、チェーンは前輪のギヤには確かに食い込んでいたのだが、後輪のギヤからは外れてしまっていた。そこで私は、再び彼女と力を合わせて自転車を逆さまにして、後輪のチェーンと格闘した。

 彼女の自転車は、変速式のものではなかった。それなのに、どういうわけかチェーンが緩い。素人の私にも、チェーンがたるんでしまっているのがわかる。彼女曰く、
「何度もチェーンを詰めてもらったんですけど・・・・・・」
とのことだった。変速式の自転車ならば、一番軽い位置に合わせることで、チェーンの長さを調整できる。しかし、彼女の自転車は変速式ではない自転車だったので、それ以上、チェーンのたるみを取ることができなかった。その後も私は、後輪のギヤをはめようと頑張ってみたのだが、いったん引っ掛かっても、前輪のギヤをはめてから車輪を回すとすぐに外れてしまった。

 そうこうしているうちに、男性客一人と、スーパーの警備員さんがやって来て、
「チェーンが外れたん?」
と助け船を出してくださった。警備員さんに、
「ちゃんと引っ掛けても、車輪を回すと後輪のギヤが外れてしまうんです」
と説明すると、警備員さんは、
「先に後輪のギヤをはめてから前輪のギヤをはめるんですよ」
と教えてくださった。

 警備員さんも手伝ってくださり、まずは後輪のギヤからはめて、かっちりとはまっているのを確認したあと、前輪のギヤをはめたのだが、やはり車輪を回すと後輪のギヤが外れてしまった。彼女の自転車のチェーンは、明らかにだらんと伸びてしまっているようだった。

 何度かトライしても、なかなか状況が改善されなかったので、私は彼女に、
「家(うち)はこの近くですか?」
と尋ねてみた。すると彼女は、
「○○なんです」
と答えた。そこは、自転車で走ったとしても十五分は掛かる場所だった。チェーンが外れたままでは、もはや自転車を転がして帰るしかないだろうと思い、彼女に住んでいる場所を尋ねてみたのだが、自転車で十五分も掛かる場所に住んでいるならば、自転車を転がして帰るのは現実的ではないと感じた。

 「ああ、ガンモならば、たるんでしまったチェーンを詰めることができるのに・・・・・・」
と私は思った。そのとき、ガンモは自宅に居たのだが、ここのところ「ガンまる日記」にも綴っているように、体調が芳しくない状況だったので、寒い日の夜に呼び出すのは控えることにした。それに、まだ親交を結んでもいない人に対し、
「夫なら直せますよ。私も夫に何度かチェーンを詰めてもらったことがあります。専用の工具も持っていますので」
と提案するのは、何だか相手をひどく恐縮させてしまうような気がしてしまったのだ。

 彼女が○○に住んでいると聞いて、警備員さんは、
「お家(うち)に車を運転できる人はおるん?」
と尋ねた。しかし、彼女は、
「いいえ、いません。独り暮らしなので」
と答えた。すると、警備員さんは、
「そしたら、自転車をここに置いて、タクシーかバスで帰るんやね」
とおっしゃった。彼女が、
「ここ(スーパー)に自転車を置いて帰ってもいいんですか?」
と尋ねると、警備員さんは、
「ええよ。置いて帰ってる人、ぎょうさんおるし」
と答えた。

 スーパーの駐輪場に無断駐輪された自転車を取り締まるのもきっと警備員さんの役目のはずなのに、警備員さんは、そのルールに例外を適用し、彼女に自転車を置いて帰宅することを提案したのだった。

 帰宅して、ガンモにこの話をすると、
「俺を呼んでくれても良かったのに」
と笑いながら言ったのだが、私は、
「いやあ、それも思ったけど、スーパーでちょっと出会っただけの人だったし、『夫が直せますので、ちょっと待っててください』なんて言ったら、相手が恐縮するでしょ。それに帯状疱疹も出ているんだし・・・・・・」
と言って苦笑いした。

 それにしても、女性がうずくまっているとちゃんと声を掛けてくださり、的確なアドバイスをくださった警備員さんには脱帽である。私も、チェーンの取り付けを手伝って手が汚れてしまったのだが、警備員さんのおかげで、そんなことはまったく気にならないくらいすがすがしい気持ちに包まれていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回のことを通して、私たちは「人のために動くのではない」と感じました。自分自身がうれしくなるのですね。だから、例え手が汚れたとしても、実は、そんなことはものともしないくらいの感動を得ているわけなのです。

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2011.12.10

映画『手塚治虫のブッダ 赤い砂漠よ!美しく』

ガンモ、ミイラになる(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。世間は皆既月食の話題で持ち切りだというのに、私たち夫婦は皆既月食とは無縁の夜を過ごしていました。(苦笑)月食や日食というと、映画か何かで、発展途上の地域に住む原住民が、白人を捕らえて火あぶりにしようとしたそのときに、月食あるいは日食が始まり、捕らえた白人を神と崇めるシーンがあったのを思い出しました。しかし、改めてそのシーンを振り返ってみると、通常では考えられないようなタイミングで月食あるいは日食が始まったことになりますよね。やはり、そのような絶妙なタイミングで月食あるいは日食が訪れるのは、映画やドラマの世界に限ってのことでしょう。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、五月二十八日のことである。劇場公開日に鑑賞しているというのに、鑑賞する映画の本数が多過ぎるために、鑑賞してから実に半年以上も経過してからレビューを書いている。

 普段、原作を読まずに映画を鑑賞することの多い私だが、本作に関しては違うと断言する。しかも、『ブッダ』は、手塚治虫先生の漫画の中では一番好きな作品なのだ。かなりの長編だが、とても読み応えのある作品である。

 私が手塚治虫先生の『ブッダ』の感想を述べるとき、最も印象に残ったシーンとして、お腹を空かせた人間に食べてもらうために、うさぎが自ら火の中に飛び込んで丸焼けになるシーンを取り上げる。原作を読んだときに、私にはそのシーンが最も深く心に残った。本作では、そのシーンがいきなり冒頭に現れる。しかし、「あれ? ここは感動するシーンのはずなのに・・・・・・」というのが、そのシーンを見届けた私が抱いた正直な感想だった。原作では確かに深く心に響き、号泣したはずのシーンがあまりにも素早く通り過ぎてしまったことを、私はとても残念に思えて仕方がなかった。原作を読んだときには、自らの命を投げ打ってまで火の中に飛び込んで行ったうさぎの、お腹を空かせている人間に対する深い愛情をビンビン感じたはずだったのだ。

 そのシーンで感動できなかったことは、やがて作品全体を通しての落胆へと繋がって行った。もちろん、手塚治虫先生は既に亡くなられているので、絵がオリジナルでないことは仕方のないことかもしれないのだが、全体的に、心に響いて来る要素がそぎ落とされてしまっているように思えた。それに加え、シャカ国の国王の声がいかにも棒読みといった感じで、聞いていられなかった。

 もともと手塚治虫先生の『ブッダ』は、登場人物が多く、いくつもの物語が同時進行して行くのだが、一見、複雑に見えても、読み進めるうちにその世界にグイグイ引き込まれて行く作品である。しかし、本作を鑑賞している間に、あまりにもがっかりすることが多かったために、ひょっとすると原作を読んでいない人たちは、このいくつもの流れについて行くのが困難かもしれないとも思った。

 原作が長編であるために、どうやら映画のほうは三部作で公開されるらしい。本作は、その中の第一部ということになる。しかし、第一部を鑑賞してがっかりした人たちが、第二部、第三部に期待を寄せて鑑賞するのだろうか。私としても微妙なところではあるのだが、やはり好きな作品であるだけに、第一部での酷評をバネにして、製作者には頑張って欲しいと強く願うのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m シッダールタがミゲーラとの恋を引き裂かれてしまうシーンを見て改めて思ったのですが、手塚治虫先生は、『ブッダ』の中で光も闇も同時に描き出そうとしたのではないでしょうか。戦争や身分違いの恋など、シッダールタが思い悩むには十分過ぎるほどの背景が、彼の生きた時代には当たり前のようにあったのですね。そこで立ち止まろうとせずに、「世の中はこういうものだ」と割り切ってしまえば、シッダールタが悟りを開くことはなかったでしょう。しかし、彼が立ち止まり、悟りを開くに至ったのは、こうした理不尽な背景があったからこそ、なのでしょうね。

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2011.12.09

ガンモ、ミイラになる(5)

ホットヨガ(二六九回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 本格的な寒さがやって来ましたね。とうとう私も、ガンモに「マタギ」と言われた半袖のフェイクファーのジャケットを通勤時に着用するようになりました。いつもはひざ掛けを持ち歩いているのですが、フェイクファーのジャケットを脱げばひざ掛けになるので、ひざ掛けを持ち歩かなくても良くなりました。ただ、本格的な寒さがやって来たとは言え、私にはやはり暑いので、実際はマタギのジャケットを羽織らずに、手に持って歩くことのほうが多いようです。(苦笑)それでは、ガンモ、ミイラになる(4)の続きを書かせていただきます。

 まだ皆さんにご紹介していなかったのだが、ガンモがぬいぐるみになったり、後頭部の痛みを訴えてミイラになりかけているのは、アテロームという病気のためである。

 後頭部を切開して自然に膿を出すようにしてから数日経った頃、ガンモは背中の傷みを訴え始めた。ガンモは切り開かれた後頭部を保護するために、いつものように仰向けには寝ずに、しばらく横向きに寝ていたので、慣れない姿勢で寝違えてしまったのではないかと最初は思っていた。そのため、ガンモに頼まれて、筋肉痛を緩和させる市販の塗り薬を背中に塗ってみたりもしたのだが、ガンモの背中の痛みは一向に取れなかった。ただ、痛いと言うガンモの背中には、虫にさされたときのような赤い傷あとのようなものがいくつかあるのを確認した。

 寝違えたにしては痛過ぎる痛みを抱えていたガンモは、背中の痛みについて、インターネットでいろいろ調べたようだ。そして、
「もしかすると、帯状疱疹(たいじょうほうしん)かもしれない」
と私に言った。その頃、ガンモは、アテロームの治療のために、ほとんど毎日のように病院通いをしていたので、私は、
「せっかくお医者さんに診てもらってるんだから、背中の痛みも一緒に診てもらったら?」
と提案した。

 その日も平日で、私は仕事に出掛けていたのだが、病院で診察を受けたガンモから報告のメールが届いた。それによると、やはり背中の痛みは帯状疱疹と診断されたそうだ。その日は、いつもの男性医師の診察日ではなかったので、別の医師が帯状疱疹の飲み薬を処方してくださったそうだが、何と、一日に五回も服用しなければならず、その上、たった四日分だったというのに、薬代がひどく高価だったらしい。

 ひとまず病名がわかり、ほっとしたものの、実家の両親にガンモが帯状疱疹であることを話すと、ひどく心配されてしまった。というのも、私の父も母も、過去に帯状疱疹を体験していて、その大変さを知っていたからだ。特に母からは、
「帯状疱疹を侮ってはいけない」
と何度も釘を刺された。

 母曰く、背中や胸にできる帯状疱疹は、身体の片側にのみ、お坊さんが袈裟をかけたように現れるらしい。強い痛みを伴い、患部が服にこすれると痛くなるので、ガーゼで患部を覆うよう保護すれば、痛みを軽減できると教えてくれた。そこで私は、大きめのガーゼとともに、日々、後頭部のガーゼを取り替えるための消毒液なども一緒に薬局で購入して来た。

 帯状疱疹と診断された翌日は、ガンモのアテロームを診察してくださっている男性医師の診察日だったので、ガンモはアテロームとともに帯状疱疹も診ていただいたそうだ。男性医師は、アテロームを診察するときよりも、帯状疱疹を診察するときのほうが険しい表情だったそうだ。しかし、男性医師は、そのときになって初めて、ガンモの後頭部にできているアテロームに関して、
「この先、手術で頭の中の袋を取り出すとなると、すぐ下に静脈が走っているので、なかなか難しい」
と言われたそうだ。

 もともと、後頭部を切開していただいたのは、ガンモの訴えた痛みに緊急対処するためで、自然に膿が出てしまうのを待つのが目的だった。そして、膿が出てしまったあとは、やはり頭の中にある袋を取り出す外科手術が行われるらしいのだ。そうしなければ、再びその袋の中に膿が溜まってしまうようだ。しかし、その外科手術を行うには、静脈を避ける高度な技術が必要ということらしい。

 実は、この頃、ガンモのアテロームや帯状疱疹とは別に、「ガンまる日記」には書いていない大きな心配ごとも浮上していて、私の頭の中はいくつもの心配ごとでいっぱいいっぱいだった。いやはや本当に、東日本大震災が起こってしまうほどの年にはいろいろあるものだと思った。そんな厳しい状況にあっても、何とか希望を持って前に進んで行きたいと思う毎日だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ぼーっとしていると、毎日は瞬く間に過ぎて行ってしまうのですが、感情をそこに落とし込むことのより、過ぎて行く時間の速さよりも、その中身に注目できるようになりますね。そして、自分自身がそのようなモードに切り替わると、人との付き合い方も変わって来るような気がします。

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2011.12.08

ホットヨガ(二六九回目)

映画『アジャストメント』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 仕事で第三者に「これをこのように修正してください」とお願いしたところ、出来上がったものに見落としが多く、結局、何度も何度も同じことをお願いする羽目になってしまいました。先へ先へと進もうとする意識が強いためなのか、相手が私のお願いメールを注意深く読んでくださっていないのが良くわかりました。そのやりとりを通じて、自分自身の「振動の回数」(ものごとに対してどれだけ詳細でいられるかの度合い)と相手の「振動の回数」が噛み合っていないと、心地の良い関係はなかなか築けないものだと実感しました。

 十二月三日は、ホットヨガの梅田店のスタジオで、六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。またしても家を出るのが遅くなってしまい、梅田店のスタジオに着いたのは、ちょうどレッスンが始まった頃だった。受付でVIP会員の更新特典としてもらったカードを提示して、ペットボトル入りの水を二本もらった。この日も自宅から還元水素水を持参していたのだが、この更新特典の有効期限が今月の下旬だったため、有効期限までに活用しておこうと思ったのだ。

 着替えを済ませてスタジオに滑り込んでみると、以前、好印象を持ったインストラクターがレッスンを担当してくださっていた。スタジオの中ほどにあるヨガマットが空いていたので、そこに腰を下ろしてレッスンを受けた。

 レッスンに参加していたのは二十名で、そのうち男性会員は二名だった。二名の男性会員のうちの一人は、ご夫婦で参加されている方だと思う。スタジオ内を見渡してみると、しばらくお見掛けしていなかったご年配の女性が参加されているのがわかった。以前は、毎回と言っていいほど、この時間に行われている骨盤コースのレッスンに参加されていたものだったが、ここのところまったくお姿を拝見していなかったので、どうしたのだろうと思っていたのだ。この方が、のちに更衣室で知り合いの方とお話しされているのを耳にしたのだが、骨盤コースのレッスンに参加されたのはずいぶん久し振りのことであり、久し振りであるがゆえに、とても新鮮だったとおっしゃっていた。おそらく、しばらくの間、別のレッスンに参加されていたのだろう。

 前半の立ちポーズが終わると、私は保冷専用ボトルを持ってロッカールームまで戻り、さきほど受付で受け取ったペットボトルの水を足した。前回のレッスンでは、比較的調子の良かった私だが、今回のレッスンはどうも気合が入らなかった。後半の座位のポーズもなかなか深くならず、特に四つん這いのポーズはほとんどお休みさせていただくことになってしまった。前回、あれほど調子の良いレッスンを体験したばかりだというのに、何故、逆戻りしてしまったのだろうか。

 レッスンを受けていて、一つ気付いたことがある。私はレッスン中にほとんど汗を掻いていないのだが、レッスンに参加されている方の多くは汗をたくさん掻いていた。ほてりのある私は、暑いと感じる気持ちは他の人たちよりも強いはずなのに、汗を掻かないのはおかしいではないか。ということは、暑いという不快感は、汗が出ないことへの不快感なのかもしれない。暑いと感じているときに汗がたくさん出るのであれば、もっと身体が楽になれるような気がするのだ。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、受付に行くと、今回も宝くじをくださった。ちなみに、入口で脱いだブーツは番号札で管理されるようになっていた。やはり、スタッフルームに通じる場所に会員が自由に出入りするのは避けたいのだろう。梅田店のスタッフは、会員のブーツの管理まですることになり、大変だろうと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私は、他の会員さんに比べて、レッスン中に汗が出ていないですね。以前からそれとなく感じてはいましたが、今回、はっきりと感じてしまいました。やはり他の人に比べて、新陳代謝が良くないということなのでしょうね。

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2011.12.07

映画『アジャストメント』

ガンモ、ミイラになる(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 公衆無線LAN会社がネットワーク上に流れている利用者のデータを傍受して、twitterなどのユーザアカウント情報を勝手に取得したり、自分たちに利益があるようにアフィリエイト広告の情報を改ざんしたのではないかという疑いが持たれていますね。これは、技術的には可能なことだと思います。この会社は、無料で公衆無線LANを提供していたそうですが、無料であるのをいいことに、このようなことが実施されていたのだとすれば、とても恐ろしいことです。httpsから始まるアドレスを使用してサイトにアクセスすれば、ネットワーク上に流れる情報が暗号化されて大切な個人情報を守ることができますので、どこかのサイトにログインするためにユーザIDやパスワードの情報を送出するときや、Webメールを読むときなどは常に意識されると良いと思います。

 本作を鑑賞したのは、五月二十七日のことである。鑑賞してから既に半年以上が経過しているわけだが、例えそのような状況であったとしても、心にしっかりと残っている作品はある。しかし、どうやら私にとっての本作は、そのような作品ではなかったようだ。

 とは言え、人々の運命が「アジャストメント・ビューロー(運命調整局)」によって操られているという設定は、なかなか面白い。精神世界の観点から言えば、私たちは転生と転生の間にある中間世と呼ばれる時期に、次の転生でどのような目的を達成するかの計画を立てているようだが、本作では、帽子をかぶった運命調査局の人たちが、運命で決められた以外の道に進み始めると、慌てて修正しようとしている。

 そんな運命のからくりを知ってしまった者にしてみれば、自分の思い通りにことが運ばないとき、運命調整局に強く反発したい気持ちも生まれることだろう。本作は、そのようにして運命調整局に強く反発しようとする行為を、一組の男女の愛を通して描き出そうとしている。

 愛し合う男女とは、マット・デイモン演じる上院議員候補のデヴィッド・ノリスと、エミリー・ブラント演じるエリースである。二人は出会い、やがて恋に落ちるのだが、運命調整局は、二人がその恋を継続させるようには計画していなかった。運命調整局が、決められた運命通りに二人を別れさせようとしていることに気付いたノリスは、何とか自分たちの恋を継続させようと強く反発する。

 本作の中で、愛し合う二人は、運命に逆らいながらも熱烈に愛し合うという設定だったのだが、演じているのがマット・デイモンとエミリー・ブラントということで、男女の組み合わせとしてどこかアンバランスなものを感じてしまった。いや、アンバランスというよりも、本当は二人が映画の設定ほど強く引き合っていないのがスクリーンを通じて伝わって来てしまった。私から見ると、二人は、熱烈に愛し合う男女にはとても見えなかったのである。

 二人がこんなにも惹かれ合うのは、過去に二回も、結ばれそうで結ばれなかったという転生があるからだという設定は良かったのだが、そこでスピリチュアルな展開にはならずに、ふたりの愛の強さだけが前面に打ち出されていた。視点はとてもユニークなのだから、二人が真剣に愛し合っている雰囲気がスクリーンを通じて伝わって来たならば、本作を鑑賞された方たちの評価ももう少し高かったのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m マット・デイモンとエミリー・ブラントは、愛し合う男女という感じではなかったですね。制作者の意図は別にして、私には、二人が愛し合う男女として見られなかったために、運命調整局が決めた運命ではなく、自分たち(役者としての二人)が決めた運命に無理に従おうとしているように見えてしまいました。

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2011.12.06

ガンモ、ミイラになる(4)

スプレキュアという選択(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ファミリーマートで発売されていたスライム肉まんは、大好評のうちに販売を終了したようですね。百万個限定販売だったそうですが、私はとうとうありつくことができませんでした。ファミリーマートを見付ける度に店内を覗いてみたのですが、どこのファミリーマートでも、売られている気配はありませんでしたね。スライム肉まんの宣伝さえも控えめだったように思います。スライムだから、簡単にやっつけられるのではないかと思っていましたが、なかなか競争率が激しかったようです。(苦笑)それでは、ガンモ、ミイラになる(3)の続きを書かせていただきますね。

 後頭部を切開してもらい、中に溜まっている膿が自然に出て来るのを待つようになってからは、毎日のように病院に通うため、ガンモは仕事を休むようになった。有り難いことに、ちょうど仕事を休めるタイミングに当たっていたようだ。

 しかし、ガンモは外科手術を受けてからも、後頭部の痛みを訴え続けていた。既に後頭部が膿で膨らんでしまっていた状態なので、無理もない。その上、後頭部を切開された痛みも加わったので、ガンモは、
「痛い、痛い」
と言っていた。通常の外科手術ならば、処置が終わったあとに縫い合わせてもらえるのだが、ガンモの場合は膿が自然に出て行くのを待つことになったために、切開された後頭部が縫い合わされることもなく、傷口をガーゼで塞いでテープで軽く保護されているだけの状態だったのだ。

 最初のうち、ガンモは自分の髪の毛を洗うのに、傷口にお湯が掛からないようにするために、シャワーで少し濡らして洗う程度だったらしい。しかし、やがてそれだけでは満足しなくなり、徹底的に頭を洗いたくなったようだ。そこで、毎晩、洗面台でガンモの洗髪を私が手伝うことになった。

 初回は、私がガンモの傷口を手で押さえ、傷口にお湯が入らないようにしっかりと保護されているという安心感のもとで、ガンモが自分の頭をゴシゴシとシャンプーした。しかし、次の日からは、試しにガンモが自分の傷口を手で押さえ、私がガンモの頭をゴシゴシとシャンプーすることにすると、しっくり馴染んだ。もともとガンモの専属の床屋である私は、ガンモの髪の毛が伸びて来ると、いつもお風呂場でガンモの髪の毛をカットしているのだが、これまでシャンプーのサービスまでは行っていなかった。その専属の床屋が、今回からガンモにシャンプーのサービスを始めたようなものである。それまで恐る恐る髪の毛を洗っていたガンモは、とても気持ちがいいと言って喜んだ。ガンモの喜びが、ガンモの髪をシャンプーをしている私にまで伝わって来た。

 「幸せ」というものは、普段、当たり前のようにそこに存在しているものの、私たちはそれに気付かないで通り過ぎてしまうようだ。そして、それを失いかけたときに、ようやくその「幸せ」の存在に気付くのだ。ガンモは、髪の毛をゴシゴシ洗えるという「幸せ」を失いかけて、ようやくその当たり前の「幸せ」に気付いたのだった。

 シャンプーを終えたあとは、洗った髪の毛をタオルで拭いたあと、今度は後頭部の傷を保護しているガーゼを取り替える作業を行った。最初のうち、ガンモの頭から出ていた膿を見たときは、かなり衝撃を受けた私だったが、次第に慣れて来ていた。ガンモは毎日のように病院に行き、男性医師や看護師さんがガンモの後頭部のガーゼを取り払った状態を確認してくださっていることで、決して今の状態が悪い状態ではないというのがわかっていたからだ。

 私は、ガンモの後頭部にある髪の毛にまとわりついた医療用のテープとガーゼを慎重に取り外し、薬局で買った新しいガーゼをあてがい、同じく薬局で買った医療用テープで軽く保護した。そして、寝るときは、私が愛用しているバンダナでガーゼの部分を保護して、単にテープで保護しているだけのガーゼがずれないように注意するという毎日が始まったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仕事を休んで、毎日のように病院に行くというのは、ガンモの人生、始まって以来のことだったようです。このようなことは、私自身にも経験がありませんね。(苦笑)厄年はとっくに終わっているはずなのですが、いろいろなことが起こっているこの一年なので、決して不思議ではないのかもしれません。

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2011.12.05

スプレキュアという選択(2)

映画『岳 -ガク-』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 集中して記事を書ける状況ではないため、記事の更新が遅れがちになってしまっています。記事が更新されているかどうか、一日のうちに何度かチェックしてくださっている方がいらっしゃるのが励みになっています。どうもありがとうございます。m(__)m

 十二月一日は休暇を取って、I医師の診察を受けた。いつもは土曜日に診察を受けているというのに、わざわざ休暇を取って出掛けて行ったのは、前回も書かせていただいた通り、病院が年末年始の休みに入る前に注射を打っていただきたかったからだ。注射は四週ごとに打っていただいているので、病院の年内最終診察日である十二月二十九日に注射を打っていただくために、その四週前である十二月一日に出掛けて行ったのである。

 I医師に、その後の経過を尋ねられたので、
「不正出血の回数は減り、この一ヶ月で二回程度でした」
と答えた。ちなみに、I医師に報告した二回程度の不正出血とは、連続した二日ではなく、一日のみの不正出血が二回ということである。更に、抱えていたもう一の問題も緩和されたと報告させていただいた。

 ほてりに関しては、あろうことか、処方していただいた桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)を紛失してしまい、数日に渡って服用できなかったところ、下半身がひどく冷えてほてりが強くなってしまったので、薬が効いていたことがわかったと言った。I医師は、私の報告の一つ一つにうなずいていた。

 私は、筋腫が小さくなっているのを実感できるようになったとI医師に言った。そして、
「六ヶ月経ったら、またMRIの検査をするのですか?」
かと尋ねてみた。すると、I医師は、
「してもいいけど、小さくなっているのを確認するだけでしょう? お金もかかるし、いいんじゃない?」
などとおっしゃったので、私は相変わらずだなと思いながら笑った。以前からI医師は、患者に負担を掛けない治療を行ってくださっていたが、勤務する病院が変わってもちっとも変わっていなかった。

I医師曰く、今は、実際の閉経よりも強いレベルで女性ホルモンが止まっているのだそうだ。だから、筋腫も小さくなりやすいという。実際に閉経した場合は、もっと緩やかなスピードで筋腫が小さくなるのだそうだ。更に、更年期障害の症状も、もっと緩やかになるという。確認はしなかったが、おそらく身体が女性ホルモンが少なくなるという変化を受け入れながら順応して行くためだろう。

 ちなみに、二ヶ月前まで打っていただいていたリュープリンは、女性ホルモンだけでなく、男性ホルモンの分泌も止めてしまうそうだ。だから、前立腺がんの治療に使われているという。私は、男性にも女性ホルモンがあると思い込んでいたので、間違った解釈が訂正されて良かった。

 私が、
「注射をやめると筋腫は大きくなるんですよね?」
と、わかり切っていることに、半ば期待を込めながら尋ねてみると、I医師からは、
「残念ながら
という答えが返って来た。

 I医師曰く、この注射を繰り返していると、閉経が早まるのだそうだ。どうしてなのかと思い、
「卵巣に対して、女性ホルモンを分泌する信号が脳から出にくくなるからですか?」
と尋ねてみると、I医師は、
「そうです」
とおっしゃった。要するに、反応が鈍くなってしまうのだろう。とは言え、大きな筋腫を抱えている私としては、閉経が早まるのは、かえってありがたい。

 I医師にはいつものように桂枝茯苓丸を処方していただき、次の注射の予約を十二月二十九日にしていただいた。その後、スプレキュアの注射のため処置室に移動したところ、平日だったためか、処置室の前にある椅子でたくさんの人たちが順番待ちをしていた。これまで、土曜日しかこの病院を訪れていなかったが、土曜日の処置室は比較的静かだったので驚いた。

 しばらく処置室の前の椅子に座り、待っていると、ようやく名前を呼ばれた。処置室の中に入ってみると、これまたたくさんの人たちが処置を受けていた。私は、カーテンのあるベッドに案内され、お腹を出してスプレキュアを注射していただいた。

 そして、病院で会計を済ませると、薬局に寄り、処方せんを受け取ったのだが、薬局もひどく混み合っていた。普段、平日に病院に来ることはほとんどなかったのだが、平日のほうが患者さんがたくさんいることに驚いたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ガンモも今、平日に病院通いをしていますが、やはり土曜日よりも平日のほうが混んでいると言っています。ご年配の患者さんが多いので、病院は平日に混み合っているのかもしれません。

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2011.12.04

映画『岳 -ガク-』

自転車日和(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 松山市の病院で、「永久気管孔」として開けられていた二センチ程度の穴を看護師が塞いでしまい、患者が窒息死してしまうという医療ミスがありましたね。とても残念で悲劇的なニュースではありますが、病院スタッフ間で患者の治療に必要な情報が共有されていなかったことがミスの原因であるとわかり、私は、穴を塞いでしまった看護師の責任だけではないと感じてしまいました。人命に関わるほどの大きなミスに繋がってしまいましたが、こうした連携の悪さは、私たちが普段、携わっている仕事にも起こりがちなことだと思います。誰かの頭の中にしか存在していないことが、第三者にまで的確に伝わるとは限りません。それが人命に関わることであれば、なおさら、それを知らない人たちにきちんと提示しておくことが必要でしたね。とても残念な結果を招いてしまいましたが、せめて私たちは、人命に関わるほどの大きなミスには発展しないにしても、自分たちの身近なところで決して同じようなことが起こらないように努めたいものです。

 本作を鑑賞したのは、映画『イヴ・サンローラン』を鑑賞したのと同じ五月二十三日のことである。

 冬山への登山をテーマにした作品だが、鑑賞してみて実にいろいろなことを感じた。まず、映画の世界だけでなく、現実の世界においても、冬山の登山における遭難事故はあとを絶たない。私自身、冬山の登山とはほぼ無縁の生活を送っているためか、何故、あれほど危険だと言われている冬山にわざわざ登りに行くのだろうかと不思議でならない。冬山の登山による遭難事故を防ぐには、冬山の登山を全面禁止してしまえばいいのではないかと、普段から登山とは無縁の生活を送っている私は安直に思ってしまうのだが、本作が伝えようとしているのはそういうことではない。それは、長野県警山岳救助隊と連携して、山岳遭難救助のボランティアをしている三歩(さんぽ)の、
「またおいでよ」
という言葉に集約されているように思う。

 本作を鑑賞すると、人命を奪うほどの大自然の恐ろしさを感じずにはいられない。しかし、大自然の恐ろしさの裏側には、大自然が与えてくれる大きな感動もあるのだろう。だから、そんな大自然の恐ろしさをものともせず、たくさんの人たちが危険な冬山へと登って行くのだ。

 そうして遭難してしまった人たちを救うために、長野県警には山岳救助隊が編成されていることを知った。山岳救助隊が闘う相手は極悪犯人などではなく、時には人の命を奪ってしまうほどの大自然である。山岳救助隊に所属している人たちは、訓練に訓練を重ね、自分自身の命はもちろんのこと、山で遭難した人たちの命を守ろうとしている。

 そんな山岳救助隊に配属されたのが、長澤まさみちゃん演じる椎名久美である。遭難者救助への意気込みだけは強く感じられる久美だが、自らの身体を酷使して救助する仕事であるだけに、訓練に訓練を重ねてもなかなか実績が上がらない。特に冬山での遭難者救助は、女性にとってはかなり過酷な仕事だと思う。それに対し、まるで山が自分の庭であるかのように、三歩は冬山を自由に渡り歩いている。山では迷子にならない三歩が、陸では迷子になってしまうという設定もなかなか面白い。久美は、そんな三歩から、遭難者救助に関する多くのことを学びながら、次第に鍛えられて行くのだった。

 恥ずかしながら、三歩を演じているのが小栗旬くんだと気付いたのは、本作を鑑賞し終えてからのことだった。というのも、本作の三歩は、これまでスクリーンを通して私が見て来た小栗くんの雰囲気とはまったく異なっていたからだ。これまで私が観て来た作品の中に登場していた小栗くんは、もしかすると彼自身の演出によるものだったのかもしれない。しかし、本作は、とても自然な小栗くん自身であるかのように見えた。言い換えると、三歩という山岳遭難救助のボランティアが、実際に小栗くん自身なのではないかと錯覚してしまうほどハマリ役だったのだ。

 本作を鑑賞した登山家たちは、また冬山に登りたいと感じるのではないだろうか。三歩に救出され、生死の境をさ迷った登山家でさえ、再び冬山へと登っているのだから。私の勝手な想像だが、本作の原作者は、冬山を本当に知り尽くした三歩のような人なのではないだろうか。そうでなければ、ありとあらゆることを許容した上で、明るい結末に導くことはできないように思うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく本作では、小栗くんが演じている三歩の役が魅力的ですね。もともと小栗くんは、原作の漫画を愛読していたそうで、本作への出演を依頼されて、実際は高所恐怖症であるにもかからわず、撮影のための訓練に臨んだそうです。本作は、彼のそうした努力の賜物でもあるのですね。

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2011.12.03

自転車日和(2)

自転車日和(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m シュレッダー文書を解読するコンテストがアメリカで行われ、何と一万個にまで切り刻まれた紙片が見事に復元されて解読されたそうですね。これは、シュレッダーを使って秘密文書を守ろうとしても、必ずしも守り切れないことを意味していると思います。この結果を受けて、シュレッダーを提供している会社は、新たな製品の開発に踏み切るのでしょうか。それでは、自転車日和(1)の続きを書かせていただきます。

 十二時半頃になると、試験のためのインストラクションがスピーカーから流れた。そして、解答用紙に必要な事項を書き込む時間とアンケートに答えるための時間が設けられ、その後、十分間のトイレ休憩となった。私は、最初に講義室を訪れる前に既にトイレを済ませておいたのだが、念のため、この十分間の休憩時間にもトイレに行っておいた。試験会場が女子大学なので、トイレの数が多いのはとても有り難い。たくさんの人たちがトイレ待ちの列を作っているというのにスイスイ進むのだ。

 トイレを済ませて席に戻ってしばらくすると、携帯電話の電源が確実に切られていることと、身分証明書の再チェックが試験官によって行われた。私は、パスポートを再提示するとともに、確実に携帯電話の電源が切れていることを証明するために、試験官が訪れたときに携帯電話の本体のボタンを押して光が点灯しないことを試験官に見せた。

 それらのチェックが終わると、いよいよ問題用紙が配られた。問題用紙にも受験番号と名前を素早く記入すると、試験の開始を待った。私のすぐ後ろの席の人が風邪を引いているのか、何度も何度も鼻をすすり上げていた。私は、この手の音にはかなり敏感なほうなので、
「すみませんが、試験の前に鼻をかんでいただけませんか?」
とお願いしたかったのだが、試験が終わったあと、互いに気まずい想いをすることになるかもしれないと思い、その言葉を胸の奥にしまいこんだ。おそらく、鼻をすすっているご本人も、試験には集中できないのではないかと思う。

 十三時になると、リスニングのインストラクションが流れ始めた。いよいよ試験開始である。TOEIC IPテストも含めて何度もTOEICの試験を受けている私は、既にこのあたりの勝手がわかっているので、インストラクションが流れている間にリーディングの穴埋め問題を解くことにしている。該当ページまで問題用紙をめくり、リスニング問題の本番が始まるギリギリのところまでリーディングの穴埋め問題を解くと、リスニング問題の本番に取り掛かった。そのまま、順調にリスニング問題に解答しているつもりだったのだが、あろうことか、途中で問題の番号と自分が解答している番号がずれていることに気が付いてしまった。おかしい。私は、途中でリスニング問題をスキップしたつもりはなかったのだが、自分が解答している数が足りていないのだ。

 これは困った。最初のリスニング問題で点数を稼いでおかなければならないというのに、このままではそれもままならない。しかし、ここで戸惑っている暇もない。何故なら、リスニング問題が次から次へとスピーカーから流れているからだ。それも聞き逃してはいけない。そうこうしているうちに、ふと、リスニングのインストラクションが流れている間に解答したリーディングの穴埋め問題の解答に目をやった。そこには、私が解答した以上の答えがマークシートで埋められているではないか。「これだ!」と私は思った。私は、リスニングのインストラクションが流れている間に解答したリーディングの穴埋め問題の解答欄に、リスニング問題の最初の解答を書き込んでしまっていたのだ。

 それに気付いてからの私は、とにかく大慌てだった。TOEICの試験は、問題用紙に書き込みをしてはいけないことになっている。しかし、ずれてしまった解答を元に戻すには、一時的に情報を退避しておくための領域が必要である。私は、次々とリスニングの問題が流れている最中にその作業をして、問題用紙に書き写した自分なりの解答をマークシートに素早く書き写した。その間に、聞き取るべきリスニング問題をいくつか逃してしまったのは言うまでもない。

 そんなハプニングがあったため、今回はリスニング問題でかなりロスをしてしまった。その後、リーディング問題に取り組んだのだが、相変わらず時間が足りず、四苦八苦することになった。解答できなかった問題については、すべて"B"で塗りつぶしておいた。

 試験を終えた私は、今回も、自信を持って解答することができなかったことで落胆していた。しかし、TOEIC IPテストも含めてTOEICの試験を頻繁に受けてはいるものの、私はがむしゃらに英語を勉強しているわけではなかった。高校時代まで英語が得意だったことに甘えてしまっているのだ。TOEICで高得点を獲得している人たちは、みんなある時期に集中して英語を学習した人たちばかりである。しかし、私には、そこまで集中して英語の勉強に取り組むエネルギーがないことに気が付いてしまったのだ。私は、高校時代の延長で、あまり勉強しなくても点数が取れると思い込んでいるのだが、実際に試験を受けてみると、毎回、期待を裏切られてしまっているのである。

 私は、一体どうしてTOEICの試験を受け続けているのだろうと思った。もともとTOEICの試験を頻繁に受け始めたのは、外資系の会社に勤めるガンモに張り合うためだったと思う。しかし、私のほうがガンモよりもたくさんの英単語を知っているというのに、何度受験してもガンモには叶わない。何か変だ。そう思いながら、いつの間にか時間が経ってしまっていたのである。

 更に、TOEICについて深く掘り下げて考えてみると、私は自分の英語力を数値で知りたいとは思っていることがわかった。そのために、TOEICを利用していることは確かである。しかし、高校時代までの英語の試験と明らかに違うのは、高校時代の英語の試験は記述式であるのに対し、TOEICの試験はマークシート方式の試験であることだ。マークシート方式の試験は、例え自分の実力では解答できないことであっても、選択肢の中から候補を一つ選び、解答することができる。今回、私が時間が足りずに解答できなかった問題について、すべて"B"で塗りつぶしたのと同じようなことを、私よりも数は少ないにしても、他の人たちも実践されていることと思う。しかし、それは、本当にその人の英語の実力と言えるのだろうか? 高校時代までの記述式の英語の試験であれば、自分がわからない問題に答えることはできなかったのに、TOEICの試験ではそれが可能なのである。もちろん、多くの受験者の採点を素早く行うには、マークシート方式で試験を行うのが手っ取り早いのかもしれないが、やはり先ほど書いたような理由から、TOEICで自分の本当の実力を知るには、今回実施したように、解答できなかった問題に対してすべて"B"で塗りつぶすようなことを実践しないほうがいいのではないかと思うようになった。

 私が改めて英語学習に目覚めたとき、イギリスの子供たちが日常生活で英語を学んでいるのと同じように、すなわち、私たちが日本語を習得して来たのと同じように、日常生活の中で自然に英語が上達できればいいと考え、イギリスの小学校や中学校で使われている教科書を読み始め、辞書を引かずに、前後の文脈から単語の意味を推測するようにして来た。しかし、このような方法で英語を学習していても、TOEICで高得点を取れるような対策にはならないようだ。おそらく、TOEICというものは、英語力の高い人たちがスピード解答をして自分の実力を量るためのものなのだろう。私が購読している英語関係のメルマガにも、英会話をベースとした英語の学習法とTOEICの学習法は異なっているとはっきり書かれていた。

 マイペースで英語を学習するには、むしろTOEICにとらわれないほうがいいのかもしれない。というのも、私自身、スピードを競うような感覚で解答するのはひどく抵抗があるからだ。今は自分の中に、スピードで解答するよりももっと確実なものを築き上げたい。今回の公開試験を通して、そんなふうに考えるようになったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 高校時代までの英語の試験とTOEICの試験で大きく違うところは、覚えた熟語があまり役に立たないことでしょうか。(苦笑)高校時代までの英語の試験では、穴埋め問題に熟語が良く出題されていましたよね。TOEICの穴埋め問題は、文法力が問われるものであって、熟語力が問われるものではありません。それに、高校時代までの英語が得意であったとしても、例えば同じような意味合いの単語を使い分ける能力は身についてはいないのです。高校時代までの英語は、何となく丸暗記方式の英語だったのかもしれません。TOEICの試験を受けると、高校時代までの英語と、実用としての英語とのギャップを強く感じてしまいますね。

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2011.12.02

自転車日和(1)

映画『イヴ・サンローラン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今年は東日本大震災の影響で、日本全国の人たちが節電を心掛けるため、クリスマスのイルミネーションを飾る家庭はほとんどないだろうと思っていました。ところが、帰宅途中に少なくとも二軒以上の家で、屋外にクリスマスイルミネーションを灯しているのを見掛けました。喉元過ぎれば熱さ忘れると言いますか、価値観の違いなのかもしれませんね。

 三年前に、地図が読めないわけではない女(1)という記事を書いた。このとき私は、TOEICの受験のために、市内にあるM女子大学まで自転車で向かい、迷いに迷って、受付終了の直前にようやくM女子大に辿り着くことができたという大冒険をした。

 決して地図が読めなかったわけではなく、高速道路も走っている大きな道路を自転車で走るには、高架を回避するために道が必ずしもまっすぐに伸びているわけではないことに注意しなければならなかっただけなのだ。

 私がTOEICの公開テストを受けているのは、リピート受験割引が適用される今の時期である。この次にM女子大がTOEICの試験会場に指定されれば、必ず迷わずに自転車で行き着くことができると自信たっぷりだったのに、あれから毎年のようにリピート受験割引でTOEICを受験していたにもかかわらず、M女子大学が試験会場に指定されることはなかった。

 そして三年が経過し、今年もリピート受験割引でTOEICを受験できる季節がやって来た。私の手元に届いた受験票には、試験会場がM女子大学であることが記されていた。私は、今度こそ迷うことなくM女子大学まで辿り着くという意気込みで、受付開始時間の一時間半前に自宅を出発したのだった。

 ちなみにガンモは、今回のTOEIC公開テストを申し込みそびれてしまったらしい。そのため、私だけが受験に出掛けて行くことになったのだが、今になって思えば、ガンモはちょうど後頭部の痛みに苦しんでいる時期だったので、受験したとしても持っている力を十分に発揮することはできなかったかもしれない。

 さて、三年前の帰りに、大きな道路に出てからは、進行方向右側の道路をひたすらまっすぐ走ればM女子大学に着くことがわかっていたので、私は自転車の走ることのできる道路を、ただただひたすらまっすぐに走り続けた。三年前は、進行方向左側の道路を走ったため、途中で高架を回避するための様々な迂回路に邪魔をされ、とうとう道に迷ってしまったのだった。

 自宅を出てから二十分ほど走ると、特別なスポーツをしている高校生たちの憧れの場所へと到着した。私はそこで少し休み、写真を撮ってmixiにつぶやきをアップしたりする余裕を見せた。

 そこからM女子大学までは、自転車で五分くらい走れば良かった。M女子大学の建物が見えて来たときは、ほっとしたものだった。私は試験の前に腹ごしらえをしておくために、M女子大学の周辺でコンビニを探した。十一時半から受付が開始され、実際の試験が行われるのは、十三時から十五時くらいまでである。そのため、私はいつも試験会場にサンドイッチを持ち込み、腹ごしらえをしてから試験に臨むことにしているのだ。

 M女子大学の少し手前で、コンビニを求めて少し路地を入って行くと、お目当てのコンビニがあった。しかも、駐輪場まで見付けてしまったのだ。

M女子大学 南第1駐車場

M女子大学 南第2駐車場

 実は前回、迷いながらようやくM女子大学まで自転車で辿り着いたとき、駐輪場が見付からなかったので、試験中に撤去されてしまうのではないかと恐れながらも、乗って来た自転車を路上駐車する羽目になってしまった。何しろ、受付時間のギリギリにM女子大学に到着してしまったため、自転車を安全に駐輪できる場所を探す余裕がなかったのだ。しかし、今回は時間的な余裕がある。私はM女子大学の駐輪場に自転車を停めると、その近くにあるコンビニでサンドイッチとコーヒーを買った。そして、試験会場となるM女子大学の構内にあるベンチに腰を下ろし、サンドイッチをほおばった。

 試験会場は女子大なので、当然のことながら、TOEICの試験を受ける人たちもみんな女性ばかりである。エストロゲンの減少により、体温調節ができない私は、夏でも冬でも試験中の室内の温度がひどく気になってしまう。とにかく上半身がほてるので、夏でも冬でも下半身をしっかりガードしなければならない。下半身をしっかりガードしていると前提で、夏には冷房が効いていることが望ましいが、冬には暖房は効いていて欲しくない。暖房が入っているとほてるのだ。とにかく、自分では体温調節できないために、環境が自分の身体に合うかどうかがひどく気になってしまうのである。

TOEIC会場の案内

 腹ごしらえをした私は、構内の案内に従って、受験する講義室を探した。受験する講義室は、受験番号によって振り分けられていて、どの講義室で受験するかは、受験会場の入り口に貼り出されている。その振り分け表によると、私が受験するのは四階にある講義室だった。何と、四階までは、階段で昇らなければならないという。しかし、あとから気付いたことだが、そのとき既に二階にいたので、あと二階分の階段を昇ればいいだけだった。

 私がしばしば受験している派遣会社主催のTOEIC IPテストでは、写真付きの受験票も身分証明書の提示も不要なのだが、さすがに公開テストともなると、写真を添付した受験票に加え、身分証明書の提示が必要である。私は、自動車の運転免許証を持っていないので、毎回、パスポートを提示している。

 さて、受付を済ませて講義室に入ると、受験番号順に席が決められていた。幸い、私の席は出入口に近い端の席だった。講義室のテーブルは横に長いので、三人掛けとなっている。そのため、飛行機の三人掛けの席と同様、真ん中の席の人がトイレに立つには、端の人にお願いして立っていただかなければならない。端の席は、そんな不便を感じることのない席であるだけでなく、荷物も広々と置けるので快適だった。しかも、暖房設備の稼働も抑え気味で、上半身は半袖Tシャツ一枚、ズボンを履いた下半身に膝掛けを二枚掛けてちょうどいい具合だった。もちろん、足にはレッグウォーマーも必需品である。私は、暖房によるほてりを感じることなく、ちょうど良い温度で受験できることを喜んでいた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一年振りの公開テストを受験して来ました。今回は、迷うことなく早めにM女子大学に入ることができました。電車で移動するとなると、我が家からは不便なので、駐輪場があることがわかって良かったと思います。天候にも恵まれ、この日は絶好の自転車日和でした。

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2011.12.01

映画『イヴ・サンローラン』

ガンモ、ミイラになる(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もう十二月なんですね。いやはや、月日が経つのは本当に早いものです。私はまだ、長袖の服が着られないので、半袖で過ごしています。何だかこのまま年末まで半袖で過ごせそうな気がして来ました。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、五月二十三日のことである。実は恥ずかしながら、本作を鑑賞するまで、世界的なファッションデザイナーであるイヴ・サンローランが同性愛主義者であったことを私は知らなかった。彼はピエール・ベルジェという運命的な恋人との出会いを果たし、ピエールの助けによりイヴ・サンローランを設立して世界的なファッションデザイナーへと成長したのだった。本作の多くのシーンは、ピエールへのインタビューによって成り立っている。

 本作を鑑賞すると、イヴの中から、有名人にありがちな「憂鬱」を感じ取ってしまう。本当に求めているものが手に入らずに、激しく苦悩しているのだ。

 世間的には、華やかなファッション業界で活躍していたイヴなので、彼を表面的なところでしか見ていない人たちは、彼を「成功した人」として見ていたはずである。確かにその通りなのかもしれないが、イヴは、イヴ・サンローランというブランドの人気を保ち続けるために、かなり無理をしていたと感じる。人気を維持するために、自分自身をひどく痛めつけてしまっているように思えたのだ。彼の内面にはかなりの苦しみがあったはずなのに、表面的には華やかな一面を見せ続けていた。イヴのパートナーのピエールは、そんな彼の二面性を感じ取っていたようである。

 自分が生み出したものが世の中に受け入れられ、それが常に上位をキープしていたら、素直にうれしい。ブログランキングに参加している私だって、応援クリックの数が多くなり、上位にランキングできたらとてもうれしい。しかし、上位にいることで、その状態を維持するプレッシャーも生まれて来る。イヴは長年に渡り、そのプレッシャーと戦い続けて来たように思う。だから、思い切って引退宣言をしたときに、晴れ晴れとした表情をしていたのではないだろうか。

 イヴ亡きあと、ピエールは、美を追求するためにイヴと二人で集めた数々の価値ある骨董品をオークションにかけている。その数に圧倒されるとともに、イヴがどれだけたくさんのお金を手にしていたかを想像することができる。
 しかし、例えたくさんのお金に恵まれていたとしても、決して幸せにはなれないということを、憂鬱なイヴが証明してくれているように思う。クリスチャン・ディオールの後継者に抜擢された頃から、イヴの輝かしい未来は決まっていたかのように見えたが、次々に運び出されて行く高価な骨董品を見ていると、金銭的には恵まれなくても、自分が本当にやりたいことを実践しながら、本当に好きな人と一緒に過ごす素朴な人生のほうに魅力を感じてしまうのだった。一見、華やかそうに見える人生の裏に、これほどの憂鬱があったということに、とにかく驚かされる作品だった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつも思うのですが、世の中で成功する人は、その成功を助けてくれる重要な人物に出会っていますよね。イヴにとっては、まさしくピエールがそうでした。そして、イヴを喪ったピエールの悲しみは、まだまだ深いように感じられました。

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