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2011.11.04

映画『ブラック・スワン』

シドニーのライトレール(路面電車)とモノレール(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 金曜日に一日休暇を取れば四連休にできると思い、休暇を取ってみたのですが、実践すべきことがあれやこれやと山積みで、「ガンまる日記」の更新さえも遅れがちになってしまっています。今、最も時間を費やしているのは人とのコミュニケーションですが、簡単なコミュニケーションで済ませてしまうような時代だからこそ、時間を掛けながら、丁寧に関わって行きたいと思っています。

 本作を鑑賞したのは、五月十二日のことである。公開前からかなり積極的な宣伝が行われていたためか、私の頭の中では本作に対するイメージが勝手に膨らんでしまっていた。しかし、今になって思えば、これほど積極的に宣伝されなくても自ら映画館に足を運んで鑑賞した作品なので、できるだけ先入観のない状態で鑑賞したかったと思う。

 一言で言ってしまえば、本作はとても洗練された作品である。描かれているのは、主人公のディープな内面の世界だ。しかも、ある種のボーダーラインを越えてしまっている。それゆえに、大きな映画館でポップコーンをほおばりながら、軽い気持ちで鑑賞するような作品ではないと言える。それなのに、積極的な宣伝効果もあってか、こうしたディープな内面の世界や、ある種のボーダーラインを越えてしまった描写に不慣れな方たちも、意図しないところで本作に引きずり込まれてしまったのではないだろうか。

 ニューヨークのバレエ団に所属しているバレリーナのニノは、次回作となる「白鳥の湖」の舞台で、プリマ・バレリーナに抜擢された。しかし、今回、新たな振り付けが行われた「白鳥の湖」は、清楚な白鳥だけでなく官能的で邪悪な心を持つ黒鳥も演じなければならなかった。

 まず、この時点で、題材としてとても面白い作品だと思った。何故なら、私たちには二面性があり、まさしくニノが舞台で演じようとしている白鳥の部分と黒鳥の部分を併せ持っていると思うからだ。しかし、ある人は、白鳥の部分が九割以上で、黒鳥の部分は一割にも満たないかもしれない。反対に、ある人は、白鳥の部分が一割にも満たず、黒鳥の部分が九割以上を占めているかもしれない。ほとんどの人たちは、自分の中にある白鳥の部分と黒鳥の部分を上手にコントロールしながらバランスを保ちつつ生きている。本作で描かれているのは、いわば保つべきそのバランスを崩してしまった主人公の物語なのである。

 おそらくだが、ニノの場合は最初から白鳥の部分が九割以上存在していたのではないだろうか。だから、プリマ・バレリーナに抜擢されたことは大変うれしくもあったが、果たして自分が黒鳥の役を演じられるのかどうか不安でたまらなかったはずだ。そんなとき、舞台を指導する芸術監督は、黒鳥のイメージを持つ新人のリリーを黒鳥に採用しようとする。ようやくプリマ・バレリーナの座を勝ち取ったニノとしては、まるで自分が黒鳥を演じることができない事実を突き付けられているようで、それこそ気が気ではなかったことだろう。あたかもそれを証明するかのように、次第にニノは追い込まれて行く。いや、追い込まれて行くというよりも、ニノ自身が自分を追い込んでしまったと言える。

 本作を最後まで鑑賞したならば、おそらく多くの人たちは、「ニノは、それほどまでプリマ・バレリーナになりたかったのか」という驚きに打ちのめされることだろう。プリマ・バレリーナの座を必死で守りたいがために、ニノは自分自身を追い込みながら、ある種のボーダーラインを超えてしまう。黒鳥の役を自分で演じたいという強い気持ちが、ニノに通常のモードでは入ることのないスイッチを押させてしまったようにも見える。

 冷静に考えてみると、リリーは確かに黒鳥のイメージにぴったりではあるものの、反対に白鳥の役を演じることはできなかったはずである。それなのにニノは、リリーに黒鳥役を取られてしまうのではないかとびくびくしながら、自分自身を肉体的にも精神的にも追い込み、傷つけてしまう。もともと私たち人間が白鳥の部分と黒鳥の部分を併せ持っていたとしても、舞台に立つときに求めらるキャラクターの持つ白鳥の部分と黒鳥の部分の割合と、本来、自分が併せ持っている白鳥の部分と黒鳥の部分の割合が著しく異なっていた場合、本作で描かれているようなことが起こり得るのかもしれない。

 白鳥と黒鳥、内に向かって行くエネルギーと外に向かって行くエネルギー、そして陰陽。本作は、それらのキーワードをたっぷりと感じさせてくれる作品だった。最も興味深いのは、ニノが自分自身をどんどん追い詰めてしまっていたことだ。あれはおそらく、彼女自身の中に眠っていた内に向かって行くエネルギーだったのだろう。もしもニノの中で外に向かって行くエネルギーが発達していたならば、彼女は自分自身を傷つけずに、第三者を傷つけてしまったに違いない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞直後は、積極的な宣伝効果の影響を受けていたために、作品に対してちょっぴり反発したいような気持ちもあったのですが、こうして作品を振り返ってみると、とても良く出来た作品だと改めて感じました。ナタリー・ポートマンの演技には幅がありますね。つまり、女優としての彼女の中には、白鳥の部分も黒鳥の部分も確実に両方存在していて、演じる役によってそれらを上手に使い分けているということです。これからも、彼女が出演する作品に注目して行きたいですね。

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