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2011.11.28

映画『戦火のナージャ』

ガンモ、ミイラになる(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ここのところ、ずいぶん暖かいですね。おかげで私は、「マタギ」になるチャンスを失っています。(苦笑)それでも、また急に寒くなると、体調を崩される方が出て来ると思います。気温と女性ホルモンは、何だか似ていますね。

 本作を鑑賞したのは、五月二十一日のことである。公開前から映画館で予告編を何度も観ていて、楽しみに鑑賞したのだが、創り手のエネルギーを強く感じられる作品であったにもかかわらず、私にはとても難解な作品だった。

 特にわかりにくかったのが、人間関係である。元陸軍大佐のコトフは、スターリンに背いた罪で処刑されたことになっていたのだが、実際は生き延びていた。スターリンは、コトフがまだ生きているのではないかと推測し、ドミートリ大佐にその調査を依頼するのだが、ドミートリ大佐は、コトフの妻のマルーシャと娘のナージャをかくまっている。そして、どういうわけか、ドミートリ大佐とマルーシャは恋愛関係にあるように見える。あとから映画サイトの解説を読んで知ったことだが、二人はかつて恋人関係にあったものの、コトフの巧妙な策略によって別れさせられたとドミートリ大佐が思っていたために、スターリンに背いた罪でコトフを連行したらしい。鑑賞していると、どうもそのあたりの事情がわかりにくかった。

 本作は、ロシア映画史上最大の制作費が投入された作品と言われているだけに、確かにリアルで激しい戦闘シーンなどにたくさんの制作費が費やされていると感じる。本作は、ロシアとドイツが戦争をしている時代の物語なのだ。

 ただ、私がかつて絶賛したリメイク版の映画『12人の怒れる男』でメガホンを取ったニキータ・ミハルコフ監督の作品であるだけに、もっと深いものが隠されていそうだと期待してしまう。リメイク版の映画『12人の怒れる男』がほとんど一つの建物の中だけで繰り広げられる人間模様を描き出した作品であるのに対し、本作は派手な戦闘シーンを含む壮大なスケールの作品の中で、やや複雑な人間関係を描き出している。それだけに、限られた空間の中で繰り広げられる人間模様にはならずに、人間関係までもが拡散してしまったようにも思える。何よりも、東日本大震災からそれほど時間の経っていない日本において、本作を鑑賞された方たちの中には、建物が崩れたりたくさんの人たちが亡くなったりするシーンを受け入れられない人たちも多かったのではないだろうか。

 そして、何と言っても気になるのはラストシーンである。これはちょっと共感できない。女性経験のない兵士が死を迎えつつあるとして、彼が心置きなく肉体を去って行けるように、何か手助けができるのだとしたら、欲望よりも愛を教えるべきだったのではないだろうか。私にはそれが残念に思えてしまったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 壮大なスケールで描かれた作品ではありますが、やや難解なところがありましたね。実は、本作に登場するコトフを演じているのは、本作でメガホンを取っているニキータ・ミハルコフ監督自身であり、また、彼の娘であるナージャを演じているのは、ニキータ・ミハルコフ監督の実の娘であるナージャ・ミハルコフだそうです。どうやら本作はニキータ・ミハルコフ監督の前作の続編という位置付けのようですが、私はその前作を鑑賞していませんでした。人間関係を把握し直した上でもう一度鑑賞してみると、また違った感想を抱けるのかもしれません。

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