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2011.10.20

映画『監督失格』

海を越えてやって来たpaperblanksの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。一日一ページのpaperblanksを愛用している私には、街で普通に販売されているスケジュール帳に設けられた日々の枠が、あまりにも小さ過ぎて使い辛いように思えてしまうのですが、ひょっとすると、見開き一週間タイプの手帳や見開き一ヶ月タイプの手帳を愛用されている方たちは、記号か何かでスペースを節約してスケジュール帳を活用されているのでしょうか。

 今回も、比較的最近、鑑賞した作品のレビューを書かせていただくことにしよう。本作を鑑賞したのは、十月五日のことである。鑑賞したあと、あまりにも衝撃が強過ぎて、しばらく本作の内容が頭から離れなかった。改めて、命の大切さについて考えさせられるとともに、男女として一緒に過ごすことができない間柄というものが確実に存在することを知った。

 本作を鑑賞しようと思い立ったとき、前知識として映画サイトの作品紹介ページに軽く目を通した。そこには、三十五歳の誕生日を目前に急逝した女優林由美香の元恋人が撮影したプライベート映像も含まれた作品であるといった説明が書かれていた。すなわち、本作の平野監督は、由美香のかつての恋人だったというわけだ。二人は、別れてからも親交があったとも書かれていた。

 実際に鑑賞してみると、林由美香という女優さんはAV女優であることがわかった。更に、彼女の元恋人である本作の平野監督はAV業界の監督であり、おまけに妻帯者であることもわかった。すなわち、二人は不倫関係にあったわけである。しかも、はっきり言って、作品中のカメラワークも酷く、素人のプライベート映像と言ってもいいくらいの仕上がりだった。そんな状況から、鑑賞しているうちに、「何だ、こりゃ?」と思ってしまったのは言うまでもない。しかし、それはあくまで、ある段階までのことである。

 一九九六年夏、恋人関係にあった由美香と平野監督は、二人だけで北海道まで自転車旅行に出掛ける。一ヶ月余りにも及ぶその長い旅は、ろくにお風呂にも入れず、テントで寝るという、女性にとってはかなり過酷なものだった。もともとその旅は、平野監督が一人で出掛ける予定だったのだが、由美香が軽い気持ちで一緒に行きたいと言い、着いて来たのである。しかし、実際に旅を始めてみると、軽い気持ちで旅に参加した由美香にとっては想像以上に大変な旅だったようだ。映像の中でも、由美香は何度も何度も泣いていた。それでもそこには、これまで世間知らずだった女性が脱皮して行くかのように、この過酷な旅を徐々に受け入れて行くプロセスが描かれていた。

 二人は、長い北海道旅行の途中で挫折することなく、無事に目的地に到達し、絆を深めた。とは言え、途中で何度も険悪なムードになり、喧嘩も繰り返したようだが、作品を振り返ってみると、この旅が二人の絆をかけがえのないものにしたことは間違いないと思う。

 それにもかかわらず、その後、二人はあっさり別れてしまうのだ。北海道旅行であんなにも固い絆を結んだはずの二人なのに、「二人の関係はもろいものだな」などと思っていると、やがてそんな解釈が甘かったことに気付かされる。由美香にとってはどうだったのかはわからないが、どうやら平野監督の中で、由美香のことはずっと、「別れても好きな人」として存在し続けていたようなのである。しかも、並々ならぬ感情を伴っていたようだ。一方、由美香のほうも、傷ついたときなどには平野監督を頼り、愚痴を聞いてもらったりする間柄だったようだ。別れても、際どいところで友人関係を結んでいたのがうかがえる。

 作品の中には、由美香のお母様も何度か登場している。実に男っぽいお母様で、事情によって一時的に由美香と疎遠になってはいたものの、二人の間には確かな親子の愛情が通っていたことがうかがえる。

 あるとき、由美香と平野監督は、仕事で落ち合う約束をする。しかし、約束の時間になっても由美香は現れず、また、連絡も取れない。一体、由美香に何が起こったのか。そこから先は、もう覚悟なしには見られない。

 通常、人と人が関わるときには、ある種のボーターラインが存在していると言える。ほとんどの人たちは、そのボーダーラインの範囲内で理性的に関わり合っている。しかし本作には、そのボーダーラインを超えてしまった関係が描かれている。言い換えると、生涯を通じて、ここまで関わることになる人間関係もあるのだろうかと驚きを隠し切れない。しかも、夫婦でも恋人同士でもなく、かつて恋人だったという友人関係において、それが起こっているのである。

 本作は、平野監督が作品として公開すべきかどうか悩み抜いた上でようやく公開となった作品である。途中、由美香とのお母様とのいざこざもあったようだが、本作を鑑賞すると、平野監督と由美香のお母様がそんな領域をすっかり越えてしまっていることに気付く。だから、あのような映像も公開できたわけである。

 タイトルの『監督失格』とは、由美香がかつて、平野監督に言った台詞である。この言葉には、「監督ならば、例えどんな状況にあっても撮り続けろ」という意味が込められている。だから平野監督は、平野監督なりに悩み抜いて本作を仕上げたのだろう。妻帯者でありながらも由美香をとことん愛した平野監督が、ようやく前を向いて歩いて行こうと自分自身に言い聞かせるための作品でもあると思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく、胸がえぐられるような作品でしたね。ボーダーラインを越えると、これまでの価値観は関係なくなります。枠にはめられなくなってしまうのですね。とにかく、究極の作品だと思います。

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