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2011.09.26

映画『抱きたいカンケイ』

シドニーの夕焼けの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。リビアの首都トリポリで大量の遺体が埋められたと見られる空き地が見付かったそうですね。一九九六年に刑務所で起きた囚人大量殺人事件の証拠となるかもしれないとのことでした。政治的な指示が絡んでいるのだとしたら、とても恐ろしいことですね。当時のことは良くわかりませんが、それだけの数の囚人が殺害されてしまったのだとしたら、問題にならなかったのでしょうか。解明を待ちたいと思います。

 今から五ヶ月も前の四月二十二日に鑑賞しているので仕方のないことかもしれないが、この手の作品は、すぐに細かな内容を忘れ去ってしまう。どうやら私の中では、この手の作品は、どこか浅いところでさっさと処理されてしまうようだ。主演はナタリー・ポートマンで、彼女は本作の製作総指揮も手掛けている。

 ナタリー・ポートマン演じる医師として働くエマは、あまりにも仕事が忙し過ぎて恋人を作る暇がなく、おまけに、恋に傷つくのが怖い。そこで、感情を介入させないセックス・フレンドを作って肉体だけの関係を楽しむことにした。その相手とは、十二歳の頃にサマー・キャンプで出会って以来、偶然が重なり、何度かばったり会うことが続いた男友達のアダムである。アダムの父は有名な人気テレビスターだったが、アダムのかつての恋人が父と付き合っていることがわかり、アダムはショックを受けていた。そんな彼の心の傷を新しい恋が癒してくれれば良かったのに、アダムはふとしたことからエマと一線を越えてしまい、そこから始まったのは心を癒してくれるはずの新しい恋ではなく、エマとのセックス・フレンドの関係だったというわけだ。

 忙しいエマには時間がないために、エマは自分の都合のいいときにメールでアダムを呼び出しては、アダムと慌しく逢瀬を繰り返し、互いの肉体を重ね合う。会って、お互いの気持ちが盛り上がった末にセックスをするのではなく、セックスをするために度々会うのだ。

 ここまでの状況が揃うと、だいたいその先の展開が読めてしまう。もともと二人は、最初に出会ったあとに、何度も偶然の再会を重ねていることからも、運命的な相手であるという要素は揃っていたわけである。だから、もっと感情を介したドラマチックな展開になっても良かったはずなのに、セックス・フレンドになるという言わば遠回りをした上で、互いに感情を介した本当の恋人へと発展するというわけである。

 単に肉体だけの関係から、二人の間に恋愛感情が芽生えて行くプロセスをスクリーンで見守るのはなかなか楽しかった。嫉妬心が芽生えるのも、互いに感情を交わさないまま付き合っていることの弊害だろう。本作は、人間が生きて行く上で、様々な感情を体験することがいかに大切であるかということを、逆説的に扱った作品だと言える。今になって思えば、セックス・フレンドという形を取った二人の行為は、彼らなりの恋愛セラピーだったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画『ブラック・スワン』とは違った意味で、ナタリー・ポートマンが身体を張った作品と言えると思います。映画『ブラック・スワン』では、ナタリー・ポートマンの感情が重たいほどに伝わって来るのですが、本作の前半では感情をとことん押し殺していますね。私には、共感の少ない作品ではありましたが、一組のカップルが感情を交わすことの大切さを知るプロセスを見守ったという意味では貴重な体験をさせてもらったのかもしれません。

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