« 平日のランチ | トップページ | コアラのなる木、再び »

2011.09.23

映画『キラー・インサイド・ミー』

平日のランチの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 涼しくなったので、寝室の温度調節が難しくなりました。ほてりのある私は、窓を開けて涼しく過ごしたいのに、ガンモは窓を開けると寒いと言います。そのため、私は自分にだけ風が当たるように、扇風機を回すことになるのですが、窓を開ければ涼しいのにもったいないですね。(苦笑)

 四月二十一日に、何とも後味の悪い映画を観てしまった。しかし、後味は悪くても、映画として優れていないわけではない。むしろ、後味の悪さとは関係なく、高い評価を付けたくなる作品である。しかし、どうやら後味の悪さが評価にも影響してしまっているようで、鑑賞された方たちの評価は大きく二分されている。

 タイトルの通り、本作は、「内なる殺人者」を描いた作品である。アメリカの田舎町で保安官助手を務める青年ルーが、ある娼婦との出会いをきっかけにして、街の人々から持たれている好印象とは裏腹に、冷血な殺人鬼としてのスイッチが入ってしまう。スイッチが入ってしまってからのルーは、長年の恋人がいながらも娼婦とSM的な肉体関係を持ち、その娼婦や娼婦に入れあげている同級生らを次々に殺害する。そして、それらの殺人について、疑惑の目がルー向けられ始めると、あたかもそれらの疑惑をもみ消すかのように、ルーは更なる殺人を犯して行く。

 事件が起こっているのは、一九五〇年代のアメリカという設定なので、捜査方法もまだ科学的なものではない。それだけに、現代に置き換えて考えてみれば、すぐにルーが真犯人だとわかってしまうだろうという証拠も多々残されているはずなのだが、時代の古さが彼を真犯人に追い詰めようとはしない。

 本作で後味の悪い感情を引きずってしまうのは、ルーが何のためらいもなく、親しかった人たちに手を掛けてしまうところだ。そこに激しい嫌悪感を覚える。殺人鬼としてのスイッチが入ってしまった彼を形成しているのは、子供の頃の経験から来ているようでもあるが、はっきりとは描かれていない。とは言え、最初に娼婦や同級生らを殺害したのも、それなりの理由がありそうだ。というのも、殺された同級生の父親には、ルーの義兄を殺害した疑いがあったからだ。ルーは、義兄への復讐のために娼婦を巻き添えにし、同級生を殺害したようにも見えるのだが、真相はわからない。仮に義兄への復讐心からだとすると、少なくともルーの中には義兄への愛だけは存在していたことになるのだが、本作を鑑賞する限り、冷血な殺人鬼と化したルーの中に愛と呼べるものが存在していたかどうかは甚だ疑問なのである。

 ルーを演じているケイシー・アフレックは、ずいぶんはまり役だと思う。つぶやくようにしゃべる彼の演技からは、どんな感情も読み取れない。その淡々とした口調のために、彼は本物の殺人鬼なのではないかと錯覚してしまうほどだ。ちなみに、ケイシー・アフレックは、映画『ザ・タウン』で監督兼主役を演じていたベン・アフレックの実弟だそうだ。映画『ザ・タウン』のベン・アフレックが演じていた主役には、悪人から善人へと変わろうとする葛藤が感じられたが、本作のルーにはどんな感情も感じられない。それだけに、ひどく後味の悪い映画に仕上がっているのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく、容赦なく殺人を犯すという残酷な映画でありました。これまでにも容赦なく殺人が犯される作品は観て来ましたが、他の作品の場合、殺人を犯す犯人の狂気が何となく伝わって来るのですが、本作の場合、犯人の感情がなかなか読み取れないので、余計に残酷に思えたのかもしれません。後味の悪い映画を鑑賞したい方にはお勧めします。(苦笑)

人気blogランキングには、もともとブログの書籍化を夢見て参加させていただきました。まだまだほど遠いですが、私の夢を応援してくださると、大変うれしく思います。
↓↓↓↓↓↓

哲学・思想[人気blogランキング]に

|

« 平日のランチ | トップページ | コアラのなる木、再び »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/52820229

この記事へのトラックバック一覧です: 映画『キラー・インサイド・ミー』:

« 平日のランチ | トップページ | コアラのなる木、再び »