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2011.09.11

映画『ダンシング・チャップリン』

爬虫類の観察の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 九月十一日は、東日本大震災からちょうど半年を迎えるとともに、アメリカでの同時多発テロ事件からちょうど十年でもあったのですね。特に東日本大震災の被害に遭われた方たちにとっては、本当に大変な半年間だったろうと思います。同じ苦しみを経験していない私が言えることではありませんが、もしも東日本大震災で大切な方を亡くされた方がいらっしゃるならば、少しでも心の痛みが癒えていることを願っています。この世に陰陽が確実に存在しているならば、被災者の方たちが体験された深い悲しみと絶望の反対方向に存在しているはずの大きな喜びがいつかもたらされますように。

 本作を鑑賞したのは、四月十六日のことである。予告編を観たときからずっと気になっていて、一体どのような作品なのだろうと、頭の中で勝手にイメージを膨らませながら公開を楽しみにしていた。私は、ストーリー性のある一本の作品なのだろうと勝手に思い込んでいたのだが、実際に鑑賞してみると大きく違っていた。

 まず、本作は一部と二部に分割され、一部の上映と二部の上映の間には休憩時間が設けられていた。一部は二部のメイキング映像となっていて、チャップリンの演じた映画がバレエ化された二部は、いくつかの短編が連ねられていた。

 一部のメイキング映像は、単なるメイキング映像ではなかった。こんなことまで映画として公開してしまっていいのだろうかと冷や冷やするような内容まで含まれていたのである。例えば、フランス人ダンサーの青年がバレリーナである草刈民代さんを持ち上げるシーンがあるのだが、どうやらフランス人ダンサーの青年の動きが物足りないらしく、他の人に替えたいなどということがシビアに討論されている。舞台ではなく、映画として後世にまで映像が残るというプレッシャーが、完璧さを求める気持ちに拍車を掛けているようにも見えた。私は、そのメイキング映像を見ながら、フランス人ダンサーの青年がとても気の毒に思えた。

 本作の制作には、世界各国からいろいろな実力者たちが集まって参加していた。その中でも特にご紹介しておきたいのが、チャップリン役を演じていたルイジ・ボニーノと世界的に有名な振付師のローラン・プティである。ルイジ・ボニーノは、ローラン・プティの主催するバレエ団でダンサーを勤めていたことから、ローラン・プティからの信頼が厚く、海外で公演するときはローラン・プティの振付を共演者たちに伝える役割も担っていた。また、ルイジ・ボニーノは、過去に『ダンシング・チャップリン』という公演をローラン・プティとともに成功させており、また、バレリーナとしての草刈民代さんの引退公演でも共演していることから、本作への出演の流れも自然に出来上がったものと思われる。

 振付師のローラン・プティについては、今年の七月十日に亡くなられたというニュースがインターネットでも流れていたので、バレエにそれほど詳しくない方であっても、彼の名前を耳にしたことがあるかもしれない。一部のメイキング映像では、本作の監督である周防正行監督と打ち合わせを行いながら、作品を綿密に練り上げて行くプロセスが表現されている。ただ、やはりローラン・プティと周防正行監督は対等ではなく、周防正行監督がローラン・プティにお伺いを立てている様子が伝わって来た。ちなみに、映画『それでもボクはやってない』の周防正行監督と草刈民代さんはご夫婦である。

 稽古場では、ルイジ・ボニーノと草刈民代さんが英語でやりとりをし、ルイジ・ボニーノとフランス人ダンサーたちはフランス語でやりとりをしていた。もともとルイジ・ボニーノはイタリア人なのだが、フランスでローラン・プティのバレエ団に入団していたことから、フランス語も自由に話せるのである。そして、ローラン・プティはフランス語で話をしていたと思うので、おそらく周防正行監督と話をするときは通訳の方が介入されていたのではないかと思う。

 そんな国際色豊かで、出演者や製作者たちの縁も互いに深い本作だが、本編とも言える二部では、映画といえども舞台が作られ、そこで演じられていた。そのため、映画を鑑賞する側としては、まるで舞台で録画された映像を観ているような感覚を味わうことができた。私はチャップリンの映画にあまり詳しくはないのだが、それでもずいぶん楽しめたと思う。

 本作の中で紹介されていたチャップリンのオリジナルの映像で特に印象に残ったのは、チャップリンがパンにフォークを突き立てて、パンを躍らせる卓上芸だった。私はその卓上芸が披露されている『黄金時代』というチャップリンの作品を知らなかったのだが、本作の中で少しだけ流れたその映像を観ながら、チャップリンという人は確実に、自分を客観的に観る眼を持っていたと感じた。そうでなければ、あのような卓上芸は披露できないだろう。本作では、ルイジ・ボニーノがチャップリンの役を演じ、パンにフォークを突き立てて躍らせるというチャップリンの卓上芸をトゥー・シューズに置き替えて実現させていた。

 本作を鑑賞したとき、劇場にはご年配の方が圧倒的に多かった。やはり、リアルタイムでチャップリンの作品を愛でていた方たちが、本作に期待感を持って劇場に足を運ばれたのではないだろうか。前述したように、私はチャップリンの映画には詳しくないが、リアルタイムでチャップリンの映画を愛でていた人たちが本作を鑑賞しても、きっと期待を裏切るものではなかっただろうと想像している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ルイジ・ボニーノは、さすがローラン・プティの振付を他の共演者たちに伝える役割を担っているだけあって、様々な意味においてパイプ役を務めていたと思います。おそらく周防正行監督が本作でメガフォンをとったのも、奥様である草刈民代さんがバレリーナとしての現役を引退されたことがきっかけになったのではないかと思います。そして、いろいろな人脈が繋がり、本作が生み出されたのはないでしょうか。人と人との繋がりの深さを意識せずにはいられない作品であります。

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