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2011.08.05

食堂内のコミュニケーション

ホットヨガ(二五〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東海テレビで不適切なテロップが流れたことが話題になっていますね。これは、言い逃れのできないことですので、正直に事情を話して謝罪しているようです。しかし、いくら謝罪したとしても、心の中にある裏の部分を見せてしまってからでは、もはや遅過ぎるでしょう。誰の心にも、表の部分だけでなく、裏の部分があるとは思いますが、心の裏の部分を見せられるのは、既に気心の知れた少数の人に限られると思います。だから、気心の知れていない大多数の人たちに心の裏の部分を見せてしまったことは、このテロップの製作に関わった担当者にとってもかなりの苦痛だったと思います。仮に心の中に裏の部分があることを認めたとしても、表面化させても差し支えないものとそうでないものがあるということなんでしょうね。果たして、この問題はどのように収束して行くのでしょうか。東海テレビの今後の対応を見守りたいと思います。

 最近、昼休みは食堂で温かいご飯を食べるようにしている。ある時期までは、お弁当を持参していたものの、やはり、慌しい朝には十分な用意ができないことから、次第にコンビニ弁当や職場の売店で売られているお弁当に傾いて行った。とは言え、市販されているお弁当には油もののおかずが多い上に生野菜が少ないことから、必ずしも健康に良い食事であるとは言い切れなかった。

 あるとき、かつて同じ職場で働いていた派遣仲間が退職することになり、派遣仲間同士で集まって、昼休みの食堂で彼女のちょっとした送別会を開いた。私の働いているビルは、いくつかの関連会社が集まっているビルである。かつて同じ職場で働いていた派遣仲間たちの中にも、今では同じビルの別の関連会社で働いている派遣仲間たちが何人かいる。退職したのは、その中の一人である。

 何年か前までは、残業をすることも多かったので、夕方の休息時間になるとこの食堂にやって来て、夕食を食べてから残業をこなしていたものだった。しかし、景気が著しく後退してからは、残業することも少なくなり、必然的に食堂を利用することもなくなっていた。思えば、これまでも昼休みに利用しても良かったのだが、昼休みの食堂はひどく混雑するというイメージがあり、まったくと言っていいほど利用していなかったのだ。ところが、派遣仲間の送別会のために昼休みに利用した食堂は、思っていたよりもずっと空いていた。そこで私は、お昼に油っこいお弁当を買うのをやめて、食堂で温かいお昼ご飯を食べることにしたのである。

 それからというもの、昼休みに食堂で過ごす時間は、私にとって、ちょっとした楽しみの時間とになった。というのも、今は節電対策のためにオフィスの冷房はやや高めに設定されているものの、食堂は食べ物を扱うためか、冷房が比較的良く効いて涼しいからだ。これは、上半身にほてりのある私には、とてもありがたいことである。また、昼休みになると、オフィスは照明も落とされ、暗くなってしまうのだが、食堂は照明が落とされることもなく、大きな窓から外の光もふんだんに取り入れられているため、とても明るかった。そして何よりも、生野菜や温かい料理を食べられるのがうれしいではないか。

 とは言え、食堂を利用すると、一回の食費が七百円を超えてしまうのが難点と言えば難点である。残業時間に食べていた定食は、四百円台とかなりお値打ち価格だったのだが、お昼はいろいろなお料理が用意されているためか、お値打ち価格の定食はなく、油っこいお弁当を買って食べるよりも少々割高になってしまうようだ。そこで私は、自宅から保温ジャーに温かいご飯を入れて食堂に持ち込むようになった。これで、お昼ご飯は六百円台に収めることができるようになった。

 同じオフィスで働いている女性たちの中には、何人かで集まって、食堂で食事をしているグループもいる。しかし私は、人数が多くなると、話がなかなか深くならないことを知っているので、彼女たちの仲間には加わらずに一人で食堂で食べている。これまでは、食堂でご飯を食べない女性たちは、オフィスの机で個々にお弁当を食べていたので、一人でお昼ご飯を食べるのはまったくもって苦ではないのだ。むしろ、こういう類の話をしたいと思っている話題からひどくかけ離れた話題に参加するほうが、自分自身を偽ってしまいそうで避けたいのである。

 一人でお昼ご飯を食べていると、食堂を利用している人たちをウォッチングすることができる。席に座ったときに、自然に聞こえて来る会話に耳を傾けていると、会話をしている人たちの力関係が即座にわかってしまう。ほとんどのグループは、話をする人と話を聞く人にはっきりと分かれている。言うまでもなく、話をする人はメインでずっと話を続け、話を聞いている人は、自分はしゃべらずに話を聞くことに徹している。会話に対し、能動的な態度と受動的な態度がはっきりと分かれているのだ。しかも、別の日にたまたま近くの席に座ることがあっても、その役割が変化していないのは面白い。ありとあらゆる人間関係は、常にアンバランスであり続けるのだろうか。それとも、誰かが話をし、誰かが話を聞くという暗黙のバランスが出来上がっているのだろうか。

 食堂で語られているいくつもの会話に耳を傾けながら、私は自分の好みに合う会話を探そうとしている。しかし、私の好む話題はにはなかなか巡り合えない。ふと、会話とは何だろうと考えてみる。ひょっとするとそれは、周波数のようなものかもしれない。私は耳というラジオを使って、周波数を合わせながら、自分の好みの会話をずっと探り続けている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 昼休みの食堂には、いろいろなドラマがあることがわかって来ました。一人で過ごしていると、誰かと一緒にいるときよりも、他者の言動に対して敏感になりますね。ところで、明日は三日に一度の映画のレビューを書かせていただく日なのですが、明日からリアルタイムで旅行の記事を書かせていただくことになるため、しばらく映画のレビューはお休みさせていただきます。映画のレビューは、旅行から帰って、旅の記事がある程度、落ち着いてから再開させていただきます。それでは皆さん、行って参ります!

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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