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2011.08.27

映画『ザ・ファイター』

ホットヨガ(二五二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 公開していた記事の推敲がなかなかできずに申し訳ありませんでした。自宅で記事を書き上げたあと、すぐに出掛けたのですが、いつもならば、手持ちの携帯電話を使って出先で記事を推敲をするとともに、記事のタイムスタンプも一日前の二十三時五十九分に変更しています。しかし、記事の内容が長かったため、手持ちの携帯電話からココログの管理画面にアクセスしても記事を呼び出すことができず、推敲することができませんでした。そのため、長時間に渡ってかなりガタガタした文章を公開し続けていたことをお詫び申し上げます。

 三日に一度の映画のレビューを書かせていただくにあたり、鑑賞した映画のタイトルを書き留めているノートを開いてみたところ、本作のタイトルが目に留まった。はて、映画『ザ・ファイター』とは、どんな作品だったのだろう? 鑑賞したのが四月八日と、既に五ヶ月近くも経過しているためか、作品の内容をすっかり忘れてしまっていた。そこでいつものように、映画情報サイトにアクセスして、映画『ザ・ファイター』の紹介ページを参考にさせていただいたところ、ようやくその内容を思い出すことができた。いや、決して内容にインパクトがなかったために、作品の内容をすっかり忘れてしまったわけではない。良くありがちな作品のタイトルだったために、私の中に残っている作品の内容と作品のタイトルがすぐに結び付かなかっただけのことである。

 本作は、実在するプロボクサー、ミッキー・ウォードとその異父兄ディッキー・エクランド、そして母アリスを含めた家族のヒューマンドラマである。家族のヒューマンドラマというと、感動的な家族の繋がりがポジティヴに描かれた作品ではないかと期待される方もいらっしゃるかもしれないが、残念ながら、決してそうではない。

 かつてはプロボクサーとして活躍していたディッキーは、過去の栄光に浸りながらも、今ではすっかり麻薬に溺れ、自堕落な生活を送っている。それでもディッキーは、ミッキーのボクシングのトレーナーを担当しながら、ボクシングへの情熱を持ち続けている。一方、母のアリスは、ミッキーのマネージャー的な存在ではあるものの、ミッキーの自由意思を奪うことばかり続けて来た。しかも、全員がひと癖もふた癖もありそうな異常な数の姉妹の存在には、空いた口が塞がらなくなってしまう。母と姉妹らは、あたかもミッキーの栄光のおいしいところだけをすべて吸い取ってしまいそうな勢いである。

 そんなとき、ミッキーはバーで働くシャーリーンと出会い、恋に落ちる。気の強いシャーリーンは、ミッキーがプロボクサーとして成功するためには、家族との決別が必要だとアドバイスし、ミッキーも彼女の意見に従う。しかし、家族とミッキーを引き離そうとするシャーリーンに対し、母や姉妹らは怒りを露にしながら、シャーリーンと激しい対立を繰り広げることになる。

 おそらく誰が見ても、シャーリーンの取っている行動を応援したくなるだろう。何故なら、母や姉妹らのエゴがとても醜いと感じてしまうからだ。ミッキーに決別されてしまっては、自分たちの都合が悪くなるので、彼女たちは形相を変えてシャーリーンに立ち向かう。その姿には、ホラー映画さながらの恐ろしさと迫力がある。それこそ、狂気の世界と言ってもいいくらいだ。表現方法を変えるならば、何が何でもミッキーを守ろうとするシャーリーンの深い愛に触れることのできる作品であるとも言える。

 とは言え、例えどんなに悪影響を及ぼす家族であったとしても、長年関わって来た家族と完全に決別するのは難しい。何故なら、家族というものは、目に見えている行動が歪んでいるだけで、その根底には深い愛が存在しているはずだからである。いったん関係がこじれてしまうと、根底に存在しているはずの深い愛が見えなくなってしまい、修復が難しくなる。だから、窃盗の罪で逮捕されたディッキーが出所して来たとき、ミッキーは再び兄にトレーナーを頼むかどうかで心が揺れたのではないだろうか。

 悪環境からミッキーを引き離そうとするシャーリーンの取る行動も愛の一つだが、出所したディッキーを再び受け入れようとするミッキーの取る行動もまた愛の一つである。一瞬のうちに許しが起こるのも愛の一つであることからすると、愛は普段、私たちには見えないところで深く繋がっていて、何らかのきっかけにより、ほんの一瞬だけ、その結び目を手繰り寄せることができるものなのかもしれない。

 ミッキーを演じているのは、映画『ハプニング』や映画『ラブリーボーン』のマーク・ウォールバーグである。本作の強烈なキャラクターであるディッキーやアリスの影に隠れてしまうような弱い立場の役ではあるものの、強いシャーリーンにとことん愛され、幸せだったのではないかと思う。

 一方、ディッキーを演じているのはクリスチャン・ベイルである。麻薬に染まったディッキーを演じた彼は、本作でアカデミー賞の助演男優賞を獲得しただけに、本当に麻薬中毒患者なのではないかと錯覚してしまうくらいクレイジーだった。私はディッキーという存在に、激しい嫌悪感を感じてしまったほどだ。しかし、役から離れたクリスチャン・ベイルの写真を拝見して、そのあまりにも紳士的な雰囲気に驚いた。映画サイトの情報によると、彼は本作の役作りのために大幅に減量し、髪の毛を抜き、歯並びも変えてディッキーの役に挑んだそうだ。そんな涙ぐましいほどの努力の甲斐があって、ここまで別人に変身することができたのだろう。本作の中では、過去の栄光にすがり続けていた彼だったが、それだけに、もはやプロボクサーではなくなってしまったことを心の中でこっそり嘆き、麻薬の力を借りるようになってしまったのかもしれない。本作は、ミッキーの物語であると同時に、ディッキーの物語でもあるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m クリスチャン・ベイルの演技力には、とにかく圧倒されますね。私は、鑑賞中に何度も何度も彼の取る行動に腹を立てました。しかし、彼は過去の栄光にしがみついていただけだったんですね。そんな状況にあってもなお、弟のミッキーの成功を応援していたのですから、やはりいろいろあっても二人の間には愛が存在していたのでしょう。エンドロールでは、本物のミッキーとディッキーの写真が紹介されていました。本作で語られていた内容がすべて事実だとすると、ずいぶん赤裸々な作品だと思います。

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