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2011年7月

2011.07.31

映画『サラエボ,希望の街角』

企業の節電対策の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事の中でご紹介した節電対策以外では、関東地方にある事業所において、分割して合計二週間の夏休みが予定され、夏の電力消費のピークが去った頃に休日出勤をして埋め合わせるという対策が取られることになります。単に夏休みが多いだけならば、大いに喜ぶべきことだと思うのですが、あとで周りの人たちが休んでいるときに出勤しなければならないのは、少々複雑な気持ちでしょうね。

 本作を鑑賞したのは、三月二十六日のことである。タイトルに「サラエボ」が含まれていることから、何年か前にDVDで鑑賞した映画『サラエボの花』を思い出した。調べてみると、本作は、映画『サラエボの花』のヤスミラ・ジュバニッチ監督の作品のようである。確か、映画『サラエボの花』でも、ボスニア紛争の残した傷跡をテーマとして扱っていたが、本作でもまた、前作の映画『サラエボの花』とは別の観点から、ボスニア紛争あとのサラエボを舞台に、ある恋人同士の抱える苦悩を描き出している。

 映画『サラエボの花』のほかに、ボスニア紛争の残した傷跡について描き出した作品と言えば、同じくDVDで鑑賞した映画『あなたになら言える秘密のこと』が記憶に新しい。こちらは、ヤスミラ・ジュバニッチ監督の作品ではないのだが、サラ・ポーリー主演の作品で、やはりボスニア紛争により受けた深い心の傷が描き出されている。

 本作の最初の部分だけを鑑賞すると、ボスニアで暮らす人々の間には、もはやボスニア紛争の傷跡など残ってはいないのではないかと錯覚してしまう。と言うのも、ボスニアで航空機の客室乗務員として働くルナと空港の管制室で働くアマルは、金銭的にも精神的にも満たされた恋人同士であるように見えるからだ。しかし、それはあくまで表面的な見え方であり、実際のところ、ルナは目の前で両親を殺されるという深い傷を負っている。一方、アマルもまた、ボスニア紛争で戦ったときの悲惨な体験を忘れようと、アルコールの力を借りていた。

 あるときアマルは、勤務中の飲酒がばれてしまい、半年間もの定職処分を受けてしまう。アマルはその間に、別の仕事を探そうと試みるのだが、ちょうどその頃、かつての戦友だったイスラム原理主義者の友人と再会し、次第にアマル自身もイスラム原理主義者へと傾いて行く。その結果、ルナとアマルの関係は確実に変化して行くのだった。

 本作を鑑賞すると、ボスニア紛争が残して行った傷跡は、想像以上に深いものだとわかる。特に、戦場での体験を忘れることができずにアルコールの力を借りていたアマルは、次第にイスラム原理主義へと傾いて行ったが、アマルにとっては、アルコールがイスラム原理主義に変わっただけだとも思える。すなわち、アマルには何らかの寄りかかりが必要だったというわけだ。

 アルコールであれ、イスラム原理主義であれ、アマルの選んだ道が「現実からの逃避」あるいは「依存」であるならば、のちにルナが選んだ道は「自立」であると言える。対照的な二人が選んだ道は、やがて大きく分かれることになるのだ。もしも二人の心の中にボスニア紛争の残した大きな傷跡がなければ、二人の間には、これまでと同じような時間が流れ続けていたのかもしれないが、そうはならなかった。

 相手が変わることで、相手との関係性までもが変わってしまうのは、相対的な関係と言える。絶対的な関係ならば、相手がどんなに変わろうとも、二人の間に愛情だけは残ると思うのだ。そういう観点からすると、本作は、ボスニア紛争が残して行った傷跡を題材に描かれているようでいて、実は、それぞれの人たちが自分本来の生き方に目覚めたことにより、相対的な関係が崩壊して行く様が描かれているのかもしれない。アマルとの子供を望んでいたはずのルナが、思い切った決断を下す姿に、人はここまで変われるものなのだろうかと、私は驚きを隠し切れなかった。真の愛情とは、どんな状況に対しても決して揺れることのない感情なのだと、私は改めて認識することになったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞した直後は、ボスニア紛争が残して行った傷跡を題材に描かれた作品だと思っていたのですが、こうしてレビューを書くにあたり、作品を振り返ってみると、男女の愛の理想的な姿を逆説的に表現している作品のように思えて来ました。このような作品を鑑賞することによって、男女の愛を体験している人たちは、自分たちの愛の体験と照らし合わせて考えることができるのではないでしょうか。

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2011.07.30

企業の節電対策

隠し扉の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東日本大震災の復興のために、「復興宝くじ」というのが発売されているそうですね。私はつい先日、「サマージャンボ宝くじ」を購入したばかりですが、できればこの「復興宝くじ」も購入したいと思っています。

 節電対策が叫ばれる中で、関東地方では電車に乗っても車内は暗く、ほとんど冷房も効いていないという。もはや、電車の車内は暗いことが当たり前になっているのか、むしろ照明を点けるときに車内アナウンスが流れるという状況のようだ。関東地方で働いている人からは、電車の中で本が読めなくなったという話も聞いている。一方、関西地方はというと、電車の車内は明るく、冷房も良く効いていて涼しい。とは言え、買い物に出掛けると、スーパーなどの店内の照明はまだまだ明るいものの、冷房に関しては比較的緩く設定されている。そして、街では多くの自動販売機の照明が落とされ、「販売中」を主張する張り紙が掲げられている。

 そんな状況の中、私の働いている職場では、どのような節電対策が取られているのか、思い切って書かせていただこうと思う。通常、勤務先で知りえた情報については、ブログなどには綴ってはいけないことになっているのだが、これから書かせていただくようなことは、むしろアピールすべきことだとも思えるので、書かせていただいても差し支えないだろうと判断させていただいた。

 まず、私の職場ではパソコンを多く使用しているので、打ち合わせなどでパソコンをしばらく使用しないときは、パソコンのモニタの電源を切ったり、パソコンを自動的にスタンバイモードに移行させるような運用が始まった。特に、長時間に渡って離籍するときなどにスタンバイモードに移行させておくと、節電に繋がっているようである。

 また、蛍光灯の消費電力を節約するため、照明を落とす対策も取られ始めた。とは言え、企業が節電対策を行いたいと思っても、もともとビル全体が節電に対応した設計になっていないため、なかなか難しい。照明を落とすにしても、蛍光灯一本に対し、スイッチがあるわけではなく、グループ単位で制御することになっている。しかし、実際はもっと細かい単位で蛍光灯を制御したい。そこで考えられたのが、蛍光灯を一つ飛ばしに抜いて運用して行く方法である。例え照明のスイッチがオンになっていたとしても、そこに蛍光灯が存在しなければ通電はされないということで、節電対策に繋がると考えられたようだ。それを実現させるために、ビル内で蛍光灯が切れたときなどに迅速に交換してくださる設備係の方たちが脚立を持ってやって来て、実に手際良く、蛍光灯を一つ飛ばしに取り外してくださった。一体、これでどれくらいの節電に繋がるのかわからないが、ざっと見積もって、オフィスの照明はこれまでの半分になったというわけだ。正直言うと、以前よりもオフィスは暗くなってはいるのだが、仕事に差し支えるような暗さではない。

 他にも、エアコンの設定温度を上げるなどの節電対策が取られている。そのため、かつて私が苦しんでいたときのように、オフィスの冷房がきついというようなことはなく、上半身のほてりがある私にはむしろ暑いくらいである。オフィスの冷房はそれでいいのだが、マシンルームの冷房はオフィスとは異なる空調設備で管理されていて、その温度設定が問題になっている。というのも、作業する場所によって、同じ温度設定でも暑く感じる人と寒く感じる人がいるからだ。

 マシンルームには、室内の温度差をなくすために扇風機が何台か設置されているのだが、私が作業している場所は冷房の冷たい空気が流れ込んで来にくいばかりか、近くに扇風機もないので、仕事中にひどく暑いことを主張して、移動させても差し支えない扇風機を移動してもらった。ところが、私のすぐ側で作業をしている他の人からは、扇風機の風が当たり続けると寒いとか、コンタクトレンズがひどく乾くという意見が出て来た。さあ、困った。扇風機を使わなければ、冷房の冷たい空気が流れ込んで来にくい場所なので、ひどく暑い。しかし、扇風機を使えば他の問題も出て来る。かくいう私もハードコンタクトレンズを使用しているので、確かに扇風機の風に当たり続けていると、目が乾いて来るので困ってもいる。冷房の温度を一度上げたり、下げたりすると、例え設定温度は同じであっても、作業場所によっても条件が異なり、また、人によって体感温度も異なるために調整が難しく、節電対策もなかなか容易ではないと実感しているところだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一言で節電対策と言っても、実際は節電だけでなく、いろいろな問題を抱えることになりますね。扇風機は自宅でも活用していますが、確かに扇風機の風に長時間当たり続けると、身体が干からびてしまうのが良くわかります。ひと昔前よりも技術が発達して来ているとは言え、冷房の運用については、まだまだ改善すべきところがありそうですね。家族単位で利用していた電話が携帯電話に発展してパーソナルになったように、将来的には、冷暖房の設備もまた、パーソナルへと発展して行くのかもしれません。そうなると、温度調整は各自で行えるようになりますね。しかし、そうなると、節電対策からはかけ離れてしまいそうです。(苦笑)

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2011.07.29

隠し扉

映画『トゥルー・グリット』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 新潟県や福島県で豪雨による被害が出ているようですね。両県にお住まいの方たちにお見舞い申し上げます。今、日本が厳しい状態にあるときに、更に追い討ちを掛けるような自然の状況ではありますが、何とかこれ以上、被害が拡大しないことをお祈りしています。

 同じ職場の男性の身体の調子が良くないというので、免疫力を高めれば改善されるのではないかという話をした。彼は、現在の職場で働くようになってから、免疫力がすっかり落ちてしまったようなのだ。かくいう私も、現在の職場で働き始めてから丸九年が経過しているが、それまでは子宮筋腫もなく、下半身の冷えもそれほどひどくはなかった。私の場合は、夏のオフィスの冷房があまりにもきつかったために、自律神経を制御する働きが衰えてしまい、現在に至っているのだと思っている。

 それはさておき、彼の場合は精神的なストレスから、自分の身体をおかしくしてしまっているようだった。私は彼の症状を聞き、本当は身体の外に出たがっているものが身体の中に溜まってしまい、とうとう耐え切れなくなった身体が「膿」という形で一気に身体の外に出してしまおうとしているのではないかと思えた。彼の身体に溜まってしまったものは、本当は日常生活の中で、彼自身の感情を通して発散させるべきものであるはずだ。私にはそう思えたのである。もしかすると、私の子宮筋腫もそうなのかもしれない。

 職場では極端に口数の少ない彼だが、あることに対しては、突然、スイッチが入る。それは、彼が応援している音楽アーチストのことに話題が触れたときである。彼は、その音楽アーチストのライブを鑑賞するために、日本国内だけでなく海外までも遠征しているという。私にも同じような経験あるので、
「そういう気持ち、すごく良くわかるよ」
と私は彼に言った。彼は、職場でもそのような話を誰かと話して盛り上がりたいらしい。しかし、同じ職場の人たちとは趣味や価値観があまりにも違い過ぎるために、自分の好きな話題を振ることができないという。自分の持っている感情があまりにも大きいために、簡単にかわされてしまうことを恐れているのである。実際、私の職場では、スポーツ観戦やゲームなどの話題で盛り上がることはあるものの、頻繁に旅行に出掛けたり、特定のアーチストに対し、並々ならぬ愛情を注いだりしている人はほとんどいない。そう、もともと旅行に出掛けたりする人たちが少ないために、毎年、選択制の夏休みがなかなか決まらないのだろう。もしも、旅行に出掛ける人が多ければ、選択制の夏休みを早く決めて欲しいという要望を出すと思うからだ。

 いつだったか、飲み会の席で彼の好きなアーチストの話題になった。彼がそのアーチストに対し、並々ならぬ愛情を注いでいることがわかったので、私も若い頃の自分の体験談を熱く語った。その席で彼と私は、特定のアーチストを、アーチストである前に、一人の人間として好きになれるかどうかで、人の価値観は大きく分かれるということで意見が一致した。

 実際、私の周りにいた人たちは、アーチストをアーチストとして見る人たちが多かった。すなわち、ファンとしてアーチストと関わって行こうとする人たちが圧倒的に多かったのである。しかし私は昔から、アーチストをアーチストとして見るよりも以前に、一人の人間として見ていた。だから、そのアーチストが真剣な恋愛の対象ともなり得たのだ。そうした理由から、ある時期までは、サインをもらうことさえためらっていた。彼の話を聞いていると、彼も私と同じような気持ちを抱えているのが良くわかった。

 私は彼に、職場でのコミュニケーションは、感情レベルがそれほど高くなくても成り立つという話をした。その対象が何であれ、特定の何かに対し、心が大きく揺れ動くという体験をしている人は、とりとめもない会話が苦手である。何故なら、常に高い感情の波の中に自分自身を置いておきたいからだ。かくいう私もその一人で、例えば美容院で交わされる美容師との当たり障りのない会話や、単に女性同士というだけでお昼休みに集まり、一緒にお昼ご飯を食べながら交わす取りとめのない会話がひどく苦手である。そうした会話では、自分の期待している高い感情の波を体験することができないので、自分にとって心地良い居場所を見付けることができずにむずむずしてしまうのである。有り難いことに、現在の職場には自立した女性が多いので、昼休みに集まって一緒に昼食を食べている人たちはごくわずかである。ほとんどの女性たちは、昼休みでも静かに自席に座り、独りでお昼ご飯を食べている。そのことが私にはとても心地が良い。

 極端に口数が少なかったり、独りでいるのが好きなようで孤独に見えている人は、ひょっとすると、心の中に熱いものを隠し持っているだけかもしれない。その証拠に、その人の心の中にある熱いものにほんのちょっと触れただけで、その人の口からは、次から次へと熱いものが飛び出して、止まらなくなる。もしもあなたの中にも、通常の価値観から外れてしまうほどの熱い何かがあるのなら、極端に口数の少ない人や、独りでいるのが好きなようで孤独に見えている人に話し掛けてみるといいだろう。まるで隠し扉のような入口が、二人の間に見付かるかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何を隠そう、私は、極端に口数が少なかったり、独りでいるのが好きなようで孤独に見えている人から、熱いものを引き出すのが好きです。(笑)その反面、特に女性同士で、「○○ちゃんと△△ちゃんも集まるから、一緒に来ない?」と誘われるのはとても苦手です。単に女性同士だからという理由だけで会話が成り立つわけではないと思っていますし、互いの個を尊重し、集まった人たちの中でどれだけ熱くて深い感情を共有できるかが重要だと思っているからです。だから、集まった人たちの中で共有できるものがないために、当たり障りのない話で貴重な時間が過ぎてしまうのはとてももったいないと感じているのですね。私の中には、そんな気持ちがいつもありますので、人と会うときはできるだけ少数で会うことを心掛けています。やはり私の魂は、どんなときでも濃厚な会話を体験したがっているようです。

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2011.07.28

映画『トゥルー・グリット』

ホットヨガ(二四八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m これまで「ガンまる日記」用にレンタルしていたカウンターが突然、使用できなくなってしまいました。そこで、新たなカウンターを設置させていただきました。月齢のカウンター、とても気に入っていたのに残念です。カウンター値は、ココログの管理画面に表示されている値を採用しました。ココログの管理画面にカウンター値が現れたのは、ココログを使い始めてからかなり時間が経ってからですので、実際は表示されているカウンター値よりも進んでいるかと思います。残念ではありますが、新しいカウンターでしばらく様子を見てみますね。

 東日本大震災の翌日である三月十二日に映画『ホームカミング』を鑑賞したものの、今は映画を鑑賞している場合ではないと思い、しばらく映画館から足が遠ざかっていた。それでも、少しずつ気持ちが前向きになって来たのか、その次に映画館に足を運んだのが、本作を鑑賞した三月二十五日である。これは、月に十数本程度の作品を鑑賞している私にとっては、かなり久しぶりの鑑賞である。それほど、私の中でも、東日本大震災の衝撃が大きかったのだと思う。

 さて、本作もまた、映画『ノーカントリー』映画『シリアスマン』のコーエン兄弟の監督作品である。しかも、製作総指揮はスティーヴン・スピルバーグというとびきり豪華な組み合わせである。

 父を殺された少女が、二人の男の力を借りながら、父を殺した殺人犯チェイニーに復讐するための長い旅に出る。少女に力を貸すことになる二人の男を演じているのは、映画『クレイジー・ハート』のジェフ・ブリッジス、それから映画『ヒア アフター』のマット・デイモンである。

 何とも印象的なのが、父を殺されたわずか十四歳の少女マティ・ロスが、大人の男を相手にいろいろ交渉するシーンだ。ジェフ・ブリッジス演じる保安官のコグバーンに応援を要請するときも、また、馬を売買するときも、決して自分の掲げた条件を譲ろうとはしない。少女だからと、最初からなめてかかっている大人たちは、そんな意志の固いマティに圧倒され、とうとう降参する。

 テキサスからやって来たマット・デイモン演じるラビーフは、たまたま別件でチェイニーを追っていた。そのため、同じような目的を持っているという意味で仲間に加わるのだが、マティとしては、ラビーフにチェイニーを引き渡さずに、自らの手でチェイニーの息の根を止めたいと思っている。一方、ラビーフとしては、チェイニーを捉えてテキサスに連行したいと思っている。そのあたりの想いに違いはあるものの、同じ標的を求めているということで、それぞれが結び付くのである。

 本作の見どころは、単なる復讐劇では終わっていないところだろう。用意された結末に、観客らは涙するのではないだろうか。それは、チェイニーを追うという行為が、同じ目的を持って結成された一つの打算的なプロジェクトだとすれば、そのプロジェクトに参加した者たちが、やがて打算的な枠を越え、真に結び付くからではないだろうか。お互いのことをまだ良く知らないうちに相手を遠ざけたりして、深い領域まで踏み込もうとしなかった初期の頃と、長い旅を共にすることで結んだ固い絆のギャップを感じてみると、三人は本当にかけがえのない時間を過ごして来たことがわかる。だから、それらの時間は、プロジェクトが解散してもなお、彼らの中でずっと心に残る貴重な時間に成長したのではないだろうか。

 戦いの中で、毒蛇に噛まれたマティを背負い、老体に鞭打ちながらも医者を求めて遠い遠い道のりを歩くコグバーンは、もはや、単に少女だからという理由でマティを遠ざけようとしていたコグバーンではない。人と人が密に関わるということは、その人たちの持つ表面的な接点の形までも変えてしまうことなのだと実感せずにはいられない。もともと簡単には結び付かなかったはずの個々のブロックが、同じ目的と意志を持ち、密な時間をともに過ごすことで、ピンチを迎えたときに他者との接点の形を変え、これまで密に結び付いたことのない相手と密な関係を結ぶことができるということだ。例え人生を長く生き抜いたとしても、果たしてその領域まで辿り着くことができる人たちがどれほどいるだろうか。そこに辿り着いたかどうかで、人生の面白さは大きく違って来るような気がする。人生の中で、決して忘れられない何かがあるかどうか。それが最も重要なことであるように思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何となく、最初は利害関係で結び付いているように見える三人でしたが、チェイニーを追うという一つのプロジェクトを通して、利害関係の結び付きではなく、人間的な結び付きへと成長したと言えるのではないでしょうか。人と人は、密に関われば関わるほど心地良い関係に変わって行くということを感じさせてくれる作品でありました。

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2011.07.27

ホットヨガ(二四八回目)

ストーンヘンジの羊たちに想いを馳せるの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この猛暑で、日本人女性の平均寿命が〇.〇五歳若くなっているそうですね。どうやら、熱中症で亡くなってしまっている女性の高齢者が多いようです。実際にこのような形で数値に現れると、いろいろ考えさせられます。私たちは、節電対策と熱中症予防の狭間にいるようです。

 ちょうど回数券の切り替え時期に差し掛かっていたため、ここのところ、ホットヨガのレッスンに足繁く通っていた。七月十六日は、I医師の診察を受けたあと、三宮店で六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 いつものように、受付に回数券と会員証を差し出すと、私の名前がレッスンの参加者名簿に記録されていないことがわかった。ひょっとすると、私が予約をしていたつもりでも、実際は予約していなかったのだろうか。あるいは、いったん予約したものの、キャンセルしてしまったのだろうか。私の名前が参加者名簿にないというのに、対応してくださった元神戸店のインストラクターは、慌てず冷静に対処してくださった。そして、今月は誕生日月だったので、三宮店から届いたDMを持参し、水とレンタルバスタオルのサービスを受け取った。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、さきほど受付で対応してくださった元神戸店のインストラクターである。レッスンの参加者は、私を入れて十七名だった。小さいほうのスタジオだったので、既にヨガマットがびっしりと敷かれていたのだが、インストラクターは冷静にヨガマットを一枚追加してくださっていた。ああ、私の予約が取れていなかったために、今、追加されているヨガマットは、まさしく私の追加分だと思いながら、ちょっぴり恐縮していた。私の予約ミスならば、大変申し訳ないことである。とは言え、I医師の診察はずっと以前から決まっていたことなので、私は早々と予約を入れていたはずなのだが・・・・・・。実際に予約していたのに予約が取れていなかったのかどうか、今となってはもわからない。

 久し振りに受けたリラックスコースのレッスンは、あまりにも気持ちが良くて、私はイグアナのポーズを取っているときに、ついうとうと眠ってしまった。インストラクターが、ポーズを長めに設定してくださったおかげで、ずいぶん長いことリラックスすることができた。

 リラックスコースのレッスンは、骨盤コースのレッスンよりも今の私の身体には負担が少ない。そうなると、わざわざ土曜日の午前中に梅田店まで出掛けて行かなくてもいいだろうかとも思ってしまう。とは言え、梅田店でレッスンを受けたあとにお気に入りの場所で食べる昼食や、ミニシアター系映画館で映画鑑賞も捨てられない。こうなったら、流れに任せるしかない。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、受付で五十回回数券と東日本大震災のチャリティチケットを購入した。誕生日月なので、VIP会員の私は、五十回回数券を一割引で購入することができた。一回千円のチャリティチケットは、回数券が新しくなる度に一枚購入することができるので、新たに購入しておいたのだ。

真新しい五十回回数券

 いつの間にか、回数券は新しいデザインに変わっていた。私は、これまでの回数券を持ち帰りたいと申し出た。回数券の購入手続きをしてくださった礼儀正しいインストラクターは、私の回数券に押されているいろいろな色のはんこに興味を示してくださった。回数券に押されるスタンプは、すべてではないものの、支店によって異なっているのだ。

 思えば、以前はもっといろいろな支店に足を運んだものだった。今はなき博多駅前店や名古屋の矢場町店にも足を運んだことがある。川崎店や溝の口店でもレッスンを受けている。そう言えば、大阪にも心斎橋店や本町店があり、これらの支店でもレッスンを受けていたことがある。そして、かつて京都にあった京都四条通店や京都駅前店も懐かしい。今では京都にあった二つの支店が京都店という一つの視点に統合されている。私が目指すのは、銀座店でレッスンを受けることである。いつか実現させたいものである。

これまでの五十回回数券

 手続きを終え、礼儀正しいインストラクターが回数券の購入時に、ある取り計らいをしてくださったので御礼を言って、三宮店をあとにした。三宮店の外でエレベータを待っていると、さきほど手続きをしてくださった礼儀正しいインストラクターが慌てて出て来てくださり、ヒアルロン酸ドリンクを一箱、お土産にくださった。どうやら更新特典のようである。私は有り難くいただいて、レッスン後の次なるお楽しみであるミニシアター系映画館へと向かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回も5五十回回数券を購入しようかどうしようか、迷ってはいたのですが、思い切って購入しました。何かに左右されることなく、自分の未来は自分で決めてしまえばいいんですよね。(笑)

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2011.07.26

ストーンヘンジの羊たちに想いを馳せる

映画『ホームカミング』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 毎年、クリスマスの頃に日本を訪問してくれているフィンランド政府公認のサンタクロースが、東日本大震災で被災した子供たちを励ますために、冬を待ち切れずにわざわざフィンランドからやって来てくれたそうですね。サンタクロースが夏に日本を訪問するのは初めてのことだそうですが、フィンランドは夏でも涼しい国のはずですので、おそらく今の日本の暑さにはかなり参っていらっしゃるのではないでしょうか。サンタクロースが日本に滞在中に夏バテしないよう、祈っています。(笑)

 ここのところ、夏休みになると、毎年のように涼しいヨーロッパに出掛けていた私たちだが、今年は諸事情により、海外に出掛けて行くのは見送ろうと思っている。とは言え、ひょっとすると、ごく短い期間に限って、国内旅行を計画するかもしれない。

 私たちがイギリスのストーンヘンジを訪れたのは四年前のことだが、過去の旅を回想するとき、どういうわけか、ストーンヘンジそのものではなく、ストーンヘンジ周辺で放牧されていた羊たちに想いを馳せている。

ストーンヘンジ周辺で放牧されていた羊たち。彼らの手前にうっすらと見えているのは、電流の流れる柵

 当時の記事にも綴ったが、ストーンヘンジ周辺には、放牧されている羊たちが逃げ出さないように、電気の流れる柵が施されていた。だから、観光客がストーンヘンジを訪れ、羊たちの姿に癒されたとしても、現実の彼らには自由がないのだ。それでも、慌しい日々を送っている現代人は、広大な草原でのんびりと暮らしている羊たちに対し、一種の憧れのような気持ちを抱くことだろう。

 もこもこしているはずの彼らの毛は、人間の手によって、きれいに刈り取られていた。イギリスは夏でも涼しい国なので、夏にもこもこした毛を持つ羊が放牧されていたとしても、それほど暑苦しくはないのだが、彼らは人間たちに毛を刈り取ってもらうことによって、もこもことしたたくさんの毛がもつれ合うことなく、すっきりとした夏を過ごせるのかもしれない。

 ストーンヘンジを訪れたとき、私は芝生の上に寝転がって、突き抜けるような空を見上げた。空は曇っていたが、あのときの感覚を私は今でも忘れない。

 たくさんの旅を続けていれば、常に新しい旅に夢中になり、過去の旅を振り返る余裕はない。旅先で撮影した写真も、たくさんの写真の中にいつしか埋もれてしまう。しかし、こうして過去の旅を振り返ることで、旅先で撮影したただ一枚の写真にスポットを当てることができる。時には、そんな振り返りもいいのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ストーンヘンジの周辺で放牧されていた羊たちは、今でも元気にしているでしょうか。果たして彼らは、自分たちが世界的に有名な遺跡の周辺で暮らしていることを認識しているのでしょうか。毎日、入れ替わり立ち替わり、いろいろな国の人たちがやって来るなあ、俺たちに会いに来ているのかなあ、などと思っているかもしれませんね。(笑)

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2011.07.25

映画『ホームカミング』

ホットヨガ(二四七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 中国の大きな鉄道事故が話題になっていますね。事故後の対応にも問題があるようで、何となく国民性を表しているようにも見えますね。急激に経済成長したために、人々の気持ちがまだ追いつかないのではないかと分析する人もいるようですが、もともとの価値観の違いもあろうかと思います。今後の展開を見守りたいものですね。

 本作を鑑賞したのは、三月十二日、すなわち東日本大震災の翌日のことである。この時期、私の住んでいる関西地方では、東日本大震災の影響をまったくと言っていいほど受けていなかったとは言え、気持ちの中ではとても大きな衝撃を受けていた。しかし、この日はホットヨガのレッスンを予約していたので梅田まで出掛け、レッスンを受けたあとにお気に入りのお店で昼食をとり、いつものように映画鑑賞に踏み切ったのだ。

 取っている行動はいつもの週末と変わりがないのに、私の中では明らかに何かが違っていた。気持ちの中では、何か行動を起こせるような状態ではないはずなのに、これまでと同じ自分を保とうとするために、とりあえず身体だけを先に動かしてしまい、気持ちが着いて行かないような、そんな複雑な心境だった。そんなときに鑑賞した作品なので、私にとっては東日本大震災が動かせない大きな現実であり、映画で表現されている世界は、とても遠い世界の出来事のように感じられた。そのため、映画鑑賞に没頭することができなかったのも事実である。

 とは言え、そんな背景を考慮したとしても、一言で言うと本作は、東日本大震災の直後に鑑賞するような作品ではなかった。まるでテレビの延長線上にあるかのような軽い乗りの作品だったのだが、テレビドラマの制作に関わっている監督がメガフォンを取っているらしい。

 おそらく、本作がミニシアター系映画館で上映される作品でなければ、きっと鑑賞していなかっただろうと思う。鑑賞したのは、ミニシアター系映画館で上映される作品だから、きっと作品としての奥深さがあるに違いないと思ったからだ。しかし本作には、求めていた奥深さはない代わりに、軽快なストーリーが待ち受けていた。

 主演は、これまでテレビではお笑い系のキャラクターを演じることの多かった高田純二さんである。驚いたことに、高田純二さんは、本作が映画での初主演なのだそうだ。しかし、定年を迎えた男性を演じているためか、かつてのようなはちゃめちゃなお笑いキャラではない。一方、高田純二さんの妻を演じているのは、高橋恵子さんである。更にその脇を固めているのが、『太陽にほえろ!』のゴリさんこと竜雷太さん、秋野太作さん、黒部進さんらである。

 彼らがどのような行動を起こすのかと言うと、一言で表現するならば、活気のない街を活気付けるために、地元の祭りを企画して成功させようということである。登場人物らの世代には、年頃の息子さんたちや娘さんたちがいるのだが、それらの若い世代の人たちが、この街を誇りに思えるような街づくりをするべく、リタイアした高齢者たちが立ち上がるのだ。そして、その伏線として、祭りの開催を妨害しようとする荒くれ者が現れたり、街で誘拐事件が発生したりするのである。

 物語はハッピーエンドで終わるので、決して余韻を引きずるような展開にはならないのだが、これまでずっと、祭りの開催を妨害して来た荒くれ者に急激な変化が訪れるところあたりが、作品としての救いのシーンである。荒くれ者のこれまでの醜い行動は、すべてそのシーンのためにあったのではないかとも想像させる。

 本作を鑑賞して感じることは、作品としての素晴らしさ云々よりも、かつては男盛り、女盛りの世代だったはずの役者さんたちが、今では一歩退いた役を演じていることだろうか。そういうところに寂しさを感じさせる作品であるだけに、高齢者たちが祭りを成功させようとして立ち上がるという展開が微笑ましくもあるのだ。ただ、やはりテレビドラマではなく、映画にしたことへの必然性はそれほど感じなかった。映画にしたことのメリットは、私のように、普段からテレビドラマを観る習慣のない人たちの目に触れることになったことぐらいではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m テレビドラマの延長線上にある作品だったと思います。ヒューマンドラマではなく、コメディに近い作品なので、仕方のないことなのかもしれません。ミニシアター系映画館で鑑賞するには、意外な作品でした。(苦笑)

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2011.07.24

ホットヨガ(二四七回目)

まだまだシーサーの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 関西地方で、ちょこっとだけ地震がありました。震源地は三重県のようですね。私が住んでいる地域では震度一でしたが、マンションの五階だからなのか、揺れているのが良くわかりました。これだけの揺れでも恐ろしいのに、震度五以上の揺れをしばしば経験されている方たちは、もっと恐ろしいでしょうね。自分で何とかできるわけではなく、ただ受身になるだけの状態というのは、信頼がない限り、とても恐ろしいことだとわかりました。

 七月十一日の仕事帰りは、その前の週と同様に、三宮店で六十分のスタンダードコースのレッスンを受けた。レッスンを担当してくださったのは、前回と同じインストラクターである。

 レッスンの参加者は、やはり十名と少なかった。しかも、スタジオ内に用意された後列のヨガマットは既に満席だったのに、私が陣取った前列のヨガマットにはわずか三人しかいなかった。そのため、ゆったりとポーズを取ることができた。

 今回、改めて思ったのだが、意外にも、スタンダードコースのレッスンには前屈のポーズが多いということだ。そのため私は、すっかりポーズが取り辛くなってしまっていた。

 途中、うつ伏せのポーズに入ったので、レッスンの途中だったがスタジオの外に出てしばらく休んだ。すると、いつも礼儀正しく接してくださるインストラクターが受付にいらっしゃったので、少しお話をさせていただいた。実は私は、その方が三宮店の新しい店長さんなのではないかと思っていたので、ちょうど良い機会だと思い、確認してみたところ、そうではないという答えが返って来た。現在、三宮店には店長さんはいらっしゃらないのだそうだ。なるほど、かつての神戸店の店長さんが退職されてからは、三宮店はずっと店長さん不在のままなのだそうだ。

 それに加え、最近、新しいスタッフが受付にいらっしゃるので、そのことにも触れてみた。新しいスタッフは、もうすぐレッスンにもデビューされるそうだ。ただ、ここのところしばらくお目に掛かっていなかったインストラクターの名前を口にしてみると、残念ながら既に退職されたという。ちょっぴり寂しくはあるものの、また新しいスタッフに期待したいと思う。

 七月は私の使用している回数券の更新月に当たっているため、私はそろそろ継続して回数券を購入するかどうかについての決断を下さなければならなかった。現在のところ、これまでのように、一年間有効な五十回回数券を購入したとしても、使い切ることができるかどうかは未知数だった。だからと言って、五十回回数券よりも割高な回数券をチビチビ購入するのももったいない。そこで私は思い切って、これまでと同様に五十回回数券を購入することにした。前回は梅田店で購入することになってしまったが、私は神戸店でレッスンを受けることが多かったものの、もともと三宮店の会員なので、次回、回数券を購入するときは三宮店で購入しようと思っていた。

 ある時期から、ホットヨガのスタジオではクレジットカードが利用できなくなってしまったので、私はその日、回数券を購入するためのお金を銀行からおろして用意していた。そこで、回数券の購入手続きを、今日、行ったほうがいいかどうか、インストラクターに尋ねてみたところ、新しく購入した回数券は翌日から有効になるため、現在の回数券の有効期間がまだ残っている場合、購入時期をできるだけ引き延ばしたほうがいいとアドバイスしてくださった。使い切れなかった回数券が、新しい回数券の購入時にすべて繰り越されるため、できるだけ回数券の有効期限が長いほうが、使う人にとっては都合が良いのである。そのアドバイスを受けて、その日ではなく、週末の土曜日に再び三宮店を訪れたときに回数券の更新手続きをお願いすることにした。

 しばらくスタジオの外で冷たい空気に触れたので、私は再びスタジオに戻り、レッスンを続けた。レッスンはそろそろ終盤に差し掛かっていた。有り難いことに、今回のレッスンでは呼吸はそれほど浅くはならず、息もそれほど苦しくはなかった。つまり、調子が良かったのだ。

 レッスンを終えたあと、シャワーを浴びのだが、わずか十名の参加者しかいなかったので、シャワールームも混雑せずに余裕があり、ゆったりと利用することができた。ところが、シャワーを浴びたあと、ソファに座ってのんびりと靴下を重ね履きしていると、ロッカールームにどやどやとたくさんの人たちが流れ込んで来た。どうやら私が参加したスタンダードコースよりも二十分あとに始まった骨盤コースのレッスンが終了したようである。やはり、骨盤コースのレッスンに参加している方たちの数はとても多かった。

 ロッカールームで、いつも骨盤コースのレッスンでお目に掛かるサウナスーツの女性がサウナスーツを脱いでいる姿をチラッと拝見した。サウナスーツの下は汗びっしょりだったので、ちょっとうらやましかった。私もあんなふうにたっぷりと汗を掻くことができたら気持ちがいいとは思うのだが、ただでさえ私にはほてりがあり、スタジオ内が暑く感じられるので、三十八度もの室温のスタジオでサウナスーツを着る勇気はとてもないだろうと思う。

 月曜日の夜のスタンダードコースのレッスンは、骨盤コースのレッスンよりも二十分早く終わるため、退出時もスタッフの手を煩わせることなく三宮店をあとにした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 月曜日の夜のレッスンは、参加者が少ないと聞いていたのですが、やはり骨盤コースのレッスンに参加される方たちは多いようですね。今でも骨盤ブームが続いているのかもしれません。スタンダードコースのレッスンと骨盤コースのレッスンは、参加者の数において、大きく違いがあるように感じました。そういう意味で、スタンダードコースのレッスンは穴場ですね。(笑)

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2011.07.23

まだまだシーサー

映画『シリアスマン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 誕生日を迎え、また一つ歳を重ねました。うむむむ、四捨五入すると・・・・・・。もはや、切り捨てもできない年齢になってしまいました。(苦笑)さて、今年の一月に出掛けたタイ旅行の記事をリアルタイムで書かせていただいたため、しばらく時間が空いてしまいましたが、週末を中心にお届けしている旅行の記事として、二〇一〇年十二月に出掛けた沖縄旅行の記事の続きを書かせていただくことにします。かなり時間が空いてしまいましたので、それまでの旅の流れについては、カテゴリの二〇一〇年十二月頃の記事をご参照くだされば幸いです。それでは、沖縄は顔抜きの宝庫だったの続きを書かせていただきます。

 沖縄美ら海水族館を堪能したあと、私たちはしばらくの間、沖縄美ら海水族館の敷地内に残り、周辺を観光していた。沖縄美ら海水族館の周辺には、いくつかの植物園があり、沖縄美ら海水族館の入場者は入場料金が割引になる植物園もあるとのことだった。私たちは、せっかくレンタカーを借りてここまでやって来たのだから、jこれからそれらの植物園のどれかに向かおうと思っていた。しかし、もはや夕方とも言える時間帯になっていたことと、沖縄美ら海水族館を堪能して肉体的にもひどく疲れてしまっていたことが重なり、私たちは植物園に向かう元気を奮い起こすことも、また帰路につく決断もつかぬまま、沖縄美ら海水族館の周辺をしばらく彷徨っていたのだ。

 沖縄では、あちらこちらでシーサーを見掛けると魔除けのシーサーの記事に書かせていただいたが、沖縄美ら海水族館の周辺にもたくさんのシーサーがいた。単体のシーサーもいれば、阿吽の形を取った対のシーサーもいる。屋根の上から下を見下ろすシーサーもいれば、入口に並んで建物の中に入って来る人たちを見守るシーサーもいる。また、まるでおあつらえ向きのように、ちょっとしたスペースに配置されたシーサーもいる。まさしく、あちらにもシーサー、こちらにもシーサーという状況だった。

 また、沖縄美ら海水族館の周辺の周辺には、シーサーのほかにも、植木で作られたカニやエビ、海ガメ、親子のやんばるくいな、イシカワガエルなどが配置されていた。私は、ものめずらしそうに、それらの一つ一つをカメラに収めた。

 菅総理大臣の沖縄訪問の時期と重なったため、通常ならば、高速道路を使って一時間半で来られるところを、行きはレンタカーで三時間も掛かってしまった。果たして帰りはどうなのだろう。そんなことを思うと、やはり植物園まで足を運ぶ気にはなれず、結局私たちは、仕方なく見送ることにした。そして私たちは、宿泊先のホテルを目指してとうとう帰路についたのだ。帰りは高速道路を利用しなかったにもかかわらず、およそ二時間程度でホテルに到着した。ひょっとすると、行きも高速道路を使わなければ、同じくらいの時間で到着できたかもしれないが、今となっては単なる仮定に過ぎない。ちなみにレンタカーは、翌朝、返却することになっていたので、宿泊先のホテルの駐車場に停めておいた。

 こうして、レンタカーを借りてちょっぴり遠出をした、沖縄での滞在二日目が静かに幕を閉じたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、まだまだシーサーをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 沖縄での滞在初日にリアルタイムでシーサーの写真を何枚もアップしたあと、その翌日に出掛けた沖縄美ら海水族館の周辺でまたまたたくさんのシーサーを見掛けたわけですから、「これはしまった!」と思いましたね。(笑)私は滞在中にすっかりシーサーの虜になり、お土産を買うときに、シーサーに関するものを選んだのは言うまでもありません。

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2011.07.22

映画『シリアスマン』

ツインソウルは一対九の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。サイドバーにも表示されていますように、どういうわけか、「ガンまる日記」の検索キーワードのトップは「ツインソウル」なんですよね。それだけ、世の中にはツインソウルとの関わり方について模索し続けている方が多いのかもしれません。確かに、出会ったばかりのツインソウルは荒削りなので、頭を抱えてしまうことも多いかと思います。しかし、価値観が違うからと言って、相手をコントロールして自分の側に引き寄せようとせずに、相手が自分らしく振舞っている姿に魂としての輝きを感じることができるようになれば、悩むこともなくなるように思います。難しいですが、一対九ということは、自分が持っていないものを相手が持っていることになりますので、一つのものを不公平に分け合っている感覚をむしろ楽しむようにすればいいのではないかと思います。

 映画『ノーカントリー』のコーエン兄弟の監督作品である本作を鑑賞したのは、三月五日のことである。

 舞台となっているのは、一九六七年のアメリカ中西部にあるユダヤ人コミュニティーである。大学教授のラリーは、妻と二人の子供、それから実の兄と一緒に暮らしている。幸せそうに見えていても、ラリーにはいくつかの悩みがあった。兄は無気力で仕事もせず、自立していないためにラリーに世話をかけている。そうかと思えば、ラリーの妻は突然、ラリーに別れを切り出し、再婚を考えている人がいると言う。その相手は何と、ラリーの友人サイだった。それだけではない。ラリーの息子は同級生からマリファナの代金を請求されて怯えているし、娘は娘で鼻の美容整形を密かに計画している。

 一方、ラリーの勤務先の大学では、ラリーがアジア人の男子生徒に落第点を付けたところ、その男子学生が現金入りの封筒をさりげなく研究室に置いて行った。それは、ラリーに落第点を付けさせないためのワイロだと思い、返しに行くと、今度は男子生徒の父親に圧力をかけられてしまう。そんなとき、妻の不倫相手のサイが交通事故で亡くなってしまい、サイの葬儀の費用をラリーが持つことになる。他にもいろいろあるのだが、とにかくいろいろなことが次々にラリーの身に降りかかるのである。

 日本ならば、これだけいろいろなことが次々に身に降りかかれば、神社などで御祓いしてもらおうとするのではないかと思う。しかし、日本人の信仰心はひどく曖昧なので、自分を助けてくれる対象は神でも仏でもいい。ユダヤ人のラリーの場合、ユダヤ教の宗教的な指導者であるラビに意見を仰ぐことになる。

 実は、BBCのラジオドラマを聴いていると、rabbiという単語を頻繁に良く耳にする。私自身、ユダヤ教にあまり詳しくないので、最初は良くわからなかったのだが、Wikipediaによれば、rabbiとは日本で言うところの神社の神主さんやお寺の住職さんのような立場の人らしい。人生で道に迷ったときに、そのような立場の人たちに意見を仰ぐというのが、ユダヤ教を信仰する人たちの中ではごく当たり前に行われていることのようだ。しかも、興味深いのは、ラビにも階級のようなものがあるらしく、最初は下位のラビから意見を仰ぎ、それで解決しなければ次第に上位のラビから意見を仰ぐようになっているらしい。そのような感覚が、ユダヤ教と馴染みのない私にはひどく新鮮でもある。

 特に、上位のラビがラリーに話す歯科医の話は大変興味深い。歯科医がある患者の歯を治療していたところ、患者の歯の裏に文字を発見し、その文字に意味があるのではないかと思い、ありとあらゆる患者の歯の裏を調べ尽くすという話だ。結局のところ、上位のラビがラリーに言いたかったのは、患者の歯の裏に文字を発見したからと言って、そのことが何らかのメッセージ性を含んでいるわけではないということだったようだ。ラビはすなわち、歯の裏に見付かった文字を例えに、不幸とも思える様々な出来事が立て続けに起こったとしても、あまり気にせず前を向いて生きなさいということだったのかもしれない。しかし、それにしてはとても気になる例えである。私としては、そうした例えに高度な落ちを期待してしまいがちなのだが、結局どこにも落ちなかったので、自分の中で勝手に盛り上がった気持ちをどこかに収めなければならなかった。

 本作を鑑賞するにあたり、あまり小さなことにはこだわらず、ただ文化の違いを楽しめばいいだけなのかもしれない。おそらく、私たち日本人にとっては、文化の違いからあまりにも非日常的な出来事が描かれているにしても、ラリーのようにユダヤ人コミュニティーで生活する人たちにとっては、日常が描かれているのだと思う。だから、決して特別なことが起こるわけではなく、むしろそういう人たちの日常がブラックコメディとして描かれている作品なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 作品の背景として、宗教に特化した内容が含まれていると、なかなか理解し辛いものがありますね。何か悩みを抱えたときに、ラビの意見を仰ぐことが日常だなんて、私にはまるで別世界の出来事でした。とは言え、逆に私たちが当たり前のように実践している日常が、外国の人たちにとっては当たり前ではないということはたくさんあると思います。例えば、おじぎをしたりする行為や、「ありがとう」よりも「ごめんなさい」のほうが多く使われるのも、日本人の特性だと思います。こうした日常が映画化されることにより、その渦中にいる人たちはそれらの行為を客観視できると思います。本作もまた、ユダヤ教を信仰する人たちにとっては、自分たちを客観視する材料になっているのかもしれません。

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2011.07.21

ツインソウルは一対九

ホットヨガ(二四六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東電OLの殺人事件は、発生当時、殺害された女性が昼と夜で別々の顔を持っていたことがわかり、世間に大きな衝撃を与えましたね。確か殺害されたのは、東電のエリート女子社員だったと思います。間もなくネパール人男性が殺人犯として捕らえられましたが、逮捕された当初から、その逮捕については疑問視されていたと記憶しています。それが、今頃になってDNAが一致しないと発表されましたが、その事実を導き出すのに、これほど時間は掛からないはずです。もしかすると、一度下してしまった判決を覆したくないのかもしれませんね。

 今回は、久し振りにツインソウルについて書いてみようと思う。これまで私は、ツインソウルは陰陽であり、正反対であると主張して来た。確かにその通りではあるのだが、もう少し発展的なところに触れてみたい。

 わかり易く言えば、ツインソウルの陰陽、そして正反対は、一対九という比率で表現することができる。すなわち、ある特性をほとんど持っていないか、とりわけたくさん持っているかの両極端の組み合わせだということである。その特性をほとんど持っていないほうが陰で、とりわけたくさん持っているほうが陽と言える。しかし、ツインソウルの陰陽は、互いの持つありとあらゆる要素に関して、互いに相対的である。私はある時期まで、どちらかが完全に陰に傾き、どちらかが完全に陽に傾いているのがツインソウルだと思っていたが、決してそうではなく、最近は、互いの持つありとあらゆる要素に関して、相対的に陰陽を織り成しているのがツインソウルだと感じるようになった。一言で言えば、ツインソウルは互いの持つありとあらゆる要素を一対九に分け合った存在と言える。

 また、ありとあらゆる要素において一対九の相対性を織り成すツインソウルだが、中には共通点もあり、その共通点が出会いや発展のきっかけになっているようである。

 ツインソウルが引き合う場合、そこには本能的な力が働いている。ソウルメイトが相手の中に自分と同じものを見出そうとするのに対し、ツインソウルは相手の中に自分にないものを見出し、相手を認め、自分自身の欠如を補えることに喜びを感じる。

 とは言え、ツインソウルは、ある時期までは反発を繰り返す。それは、相手の中に自分と同じものを求ようとしてことごとく失敗し、自分が相手に受け入れられていないと感じるために、とりあえず反発をして、相手に対して駆け引きを仕掛けようとしているのではないかと思う。しかし、自分が相手に受け入れられていることに気付くと、駆け引きの時代は終わり、反発することもなくなる。言わば、それは降参にも近い状態かもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 自分の中にある、ありとあらゆる要素がツインソウルと一対九で構成されているとわかると(ある要素に関しては自分が一で相手が九ですが、他の要素に関しては自分が九で相手が一ということもあります)、エネルギーのバランスの美しさを感じられるようになるのではないでしょうか。「降参する」ということは、これらのバランスに気付いて、自分自身を明け渡すことなのかもしれません。

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2011.07.20

ホットヨガ(二四六回目)

映画『アンチクライスト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私の住んでいる地域では、台風六号の被害はほとんどなかったと感じています。皆さんのお住まいの地域ではいかがでしたしょうか。最近、熱中症の症状を訴える人の数が増えているとインターネットのニュース記事で読みました。節電対策が行われている状況ですから、いつもと違う境界線を引いて生活してしまっているのだと思います。特に扇風機を使用すると、身体から水分が奪われがちなので、注意が必要ですね。特別暑い夏ではありますが、どうか皆さんが少しでも快適に過ごせますように。

 七月九日土曜日は、三宮店で六十分のビギナーコースのレッスンを受けた。

 ガンモの仕事が休みだと聞いていたので、私は午前中に歯医者に行き、数ヶ月に一度のデンタルケアを受けたあと「ガンまる日記」を書き上げ、ガンモと一緒に出掛ける予定を立てていた。ところがガンモの予定が仕事の待機要員に変わり、朝から仕事に出掛けて行くことがわかったので、私もホットヨガのレッスンを受けることにした。

 いつもならば、土曜日の午前中は梅田店で骨盤コースのレッスンを受けているのだが、歯医者でデンタルケアを受けていたため、十時半からの骨盤コースのレッスンに間に合うかどうかわからなかった。そこで、どうせ骨盤コースのレッスンを受けられないならばと、三宮店でレッスンを受けることにしたのである。

 ところが、三宮店に電話を掛けてみると、受けたいと思っていたリラックスコースのレッスンは既にいっぱいだと言われてしまった。キャンセル待ちならば一番で取れるとも言われた。しかし、いくら一番でキャンセル待ちを予約したとしても、誰かがレッスンをキャンセルしない限り、レッスンには参加できない。レッスンに参加できるかどうか、不確かなのは不安である。電話に出てくださったスタッフからは、今、お取りできるのは、六十分のアクティブコースか九十分のベーシックコース、そして十七時からの六十分のビギナーコースだと案内された。アクティブコースは、今の私にはきつ過ぎる。九十分のベーシックコースもまた、スタジオの暑さに耐えられなくなるだろう。となると、六十分のビギナーコースがそれらの候補の中では一番適していると思い、
「じゃあ、ビギナーコースでお願いします」
と予約を入れた。

 ホットヨガのレッスンは、携帯電話やパソコンからも予約ができるのだが、私はこの日、三宮店で行われるリラックスコースのレッスンを一旦予約していてキャンセルしたのだ。というのも、I医師の診察の予約を一週間間違えていて、この日にI医師の診察を受けると勘違いしていたからである。三宮店のレッスンは慌ててキャンセルしたものの、キャンセルした場合、同じレッスンを予約するには電話を掛けなければならないのだ。そして、その電話に出てくださったのは、元神戸店のインストラクターだった。私のことを声でわかってくださったそうで、ありがたい。

 さて、気持ちも新たにビギナーコースのレッスンに参加してみると、何と、参加者は二十五名だった。定員は二十四名のはずだったが、レッスンの途中にあとからもう一人、スタジオに入って来られたのだ。しかし、ヨガマットは既にすべて埋まってしまっていた。本来ならばインストラクターもずいぶん慌てるところだろうが、インストラクターは落ち着いて新たなヨガマットを用意され、他の参加者に協力を仰ぎ、何とかスペースを確保して、遅れて来られた方を案内していた。

 レッスンを担当してくださったのは、いつも礼儀正しく接してくださるインストラクターである。定員二十四名のところ、どうやら手違いで、二十五名の予約を入れてしまったらしい。隣の人との距離がかなり狭かったが、それほど苦にはならなかった。また、ビギナーコースということで、最初からスタジオの温度が低く設定されていたのか、それとも、参加人数が多いということで、インストラクターがファンヒーターの使用を控えてくださったのか、スタジオ内はそれほど暑くはならず、快適だった。

 しかも、私にとってはかなり久し振りのビギナーコースだったので、どのポーズもとても新鮮だった。三日月のポーズや踊り子のポーズ、船のポーズ、足をずらして腕を斜めに上げ、胸を広げるだけの鳩のポーズ、どれも懐かしいポーズだった。

三日月のポーズ

船のポーズ

 ビギナーコースのレッスンということで、やはりバランスのポーズに入ると、何人かの参加者の方たちが安定性を失い、グラグラしていた。私はというと、確かにビギナーコースのレッスンを受けていた頃は足元がグラグラしていたバランスのポーズも、今ではポーズが安定していた。以前もビギナーコースのレッスンに参加したときに驚いたことだが、いつの間にかバランスが取れるようになっていた自分を再発見することができた。

 レッスンのあと、映画を鑑賞しようと思っていたため、二回目の休憩のポーズはパスさせていただいて、ひと早く退出させていただいた。二十五名もの参加者がいれば、シャワールームが混雑すると思ったからだ。

 シャワーを浴びて着替えを済ませ、受付に行くと、さきほどレッスンを担当してくださったインストラクターがいらっしゃったので、
「久し振りにビギナーコースのレッスンを受けて、とても新鮮でした」
と感想を述べさせていただいた。するとインストラクターは、レッスン中の私の表情が笑顔だったので、私が気持ち良くレッスンを受けていると安心してくださっていたようだ。なるほど、確かに私はここのところ骨盤コースのレッスンで息が荒くなりがちだったので、レッスン中に余裕がなかったかもしれない。インストラクターは、
「ビギナーは、うつ伏せになるポーズも少ないですしね」
と言ってくださった。まさしくその通りなのだが、多くの参加者の方たちと接しているインストラクターが、私の立場から、そのような発言をしてくださったことがとてもうれしかった。

 インストラクターは、私が今月、VIP会員の特典である回数券購入時に十パーセントオフの特典を受けられる誕生日月で、しかも、回数券の購入時期がそろそろ差し掛かっていることを良くご存知だった。私はもともと三宮店の会員なのだが、前回の回数券は、回数券を購入するタイミングに三宮店に足を運ぶことができなかったため、梅田店で回数券を購入させていただいた。しかし今回は、三宮店で回数券を購入しようと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ビギナーコースのレッスンに参加するのは、本当に久し振りのことでした。ビギナーの皆さんから、初々しいエネルギーをいただいたという感じです。(笑)インストラクターがおっしゃっていたように、確かにうつ伏せになるポーズも少なかったので、レッスン中、とても快適に過ごすことができました。たまにはビギナーコースのレッスンに参加して、初心に帰ってみるのもいいですね。(笑)

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2011.07.19

映画『アンチクライスト』

呼吸が浅くなった理由の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 超大型台風六号は、当初の予定よりも少しルートを変えたようですね。その結果、直撃を免れた地域もあれば、逆に大きな被害を被った地域もあるのかもしれません。和歌山に大雨が降り注いでいる映像を、仕事帰りに少しだけ見ました。和歌山にお住まいの皆さん、大丈夫でしょうか。地盤が緩んでいたり、交通機関にも乱れが発生しているようですので、台風情報に注意しながら行動して行きましょう。

 本作を鑑賞したのは、三月五日のことである。公開前から衝撃的な予告編を何度となく劇場で観ていたので、本作が公開されたら是非とも鑑賞したいと思っていた。果たしてタイトルの『アンチクライスト』は、一体何を意味しているのだろうか。

 冒頭には、夫婦が濃厚に愛し合うシーンに加え、その間に幼い息子が窓から落ちて行くシーンがスローモーションで映し出されている。すなわち、夫婦が愛し合っている最中に、息子が窓から転落し、亡くなってしまうのだ。それ以来、妻は心の傷を抱えたまま、深い闇に落ちてしまったかのように見える。しかし、どうもこの物語には裏があるようだ。その裏は、スローモーションで映し出されている冒頭の部分にヒントがあるらしい。なるほど、冒頭のシーンを後半に用意されている出来事と結び付けて行くことで、作品の見方を変えてしまうことができる。

 とにかくこの作品には圧倒されっ放しだった。ある段階から、妻の理性が解き放たれるからだ。息子の死から立ち直るために、セラピストの夫と一緒に森の中にある山小屋で生活を始めた妻は、夫のセラピーによって立ち直って行くのではないかと期待させるのだが、夫の努力にも関わらず、かえって状況が悪化して行くようにも見える。そして、やがて大どんでん返しが待ち受けているのだ。誰かがそのプロセスについて、妻が森のエネルギーをどんどん吸収して行くのに対し、夫は弱って行くと表現していたが、まさしくその通りだと思う。夫婦が生活を始めた森の中の山小屋では、どんぐりの転がる音が鮮明に聞こえて来て、鑑賞する側に森で暮らすことの憧れさえも感じさせてくれる。しかし、やがてそれが一変するのだ。

 本作は、妻が息子を喪った悲しみから立ち直れないでいるというある一面だけにとらわれると、作品の本質が見えなくなってしまうのかもしれない。そうではなく、もう一面用意されていると気付いたとき、妻が何故、あれほど豹変して行ったのかをおぼろげながら理解することができる。おそらく本作を理解するヒントは、作品の至るところに散りばめられているのだろう。例えば、妻の長年の研究と思われる「魔女狩り」にも大きなヒントが隠されていそうである。そして、キリストを意味する十字架をひっくり返すと女性のマークになることも、関連性がありそうだ。

 ちなみに、妻を演じているのは、シャルロット・ゲンズブール、夫を演じているのはウィレム・デフォーである。私は、こんな狂気のシャルロット・ゲンズブールを見たことがない。彼女は本作でカンヌ国際映画祭主演女優賞に輝いたそうだ。

 本作は、決して一度や二度の鑑賞で理解できる作品とは思えない。キリスト教や魔女狩りに関する知識の他、いろいろな方たちのレビューを拝見しながら学習し、DVDで再確認して理解を深める必要がありそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、衝撃的な展開でありました。DVDがリリースされているようですので、是非ともおさらいしたい作品の一つです。本作のラース・フォン・トリアー監督は、これまでにも、本作のように考えさせられる作品を世の中に送り出している監督のようです。私はおそらく、彼の作品を鑑賞したのは初めてですね。このような表現方法もあるのかと、とても勉強になります。

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2011.07.18

呼吸が浅くなった理由

ホットヨガ(二四五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 超大型台風が接近していますね。速度がかなり遅いようで、超大型台風による雨や風の影響を長時間に渡って受けることが予想されているようです。現在、台風の通り道に予定されている九州地方、四国地方、それから関西地方の皆さん、どうかくれぐれもお気をつけください。このまま日本列島を直撃せずに、手前で反れてくれたらいいのですが・・・・・・。

 この三連休の初日の土曜日は、I医師の診察を受けることになっていた。九時からの予約だったのだが、家を出るのが遅くなってしまい、診察の予約時間に数分遅れて病院に到着してしまった。急いで婦人科の待合所に足を運んでみると、人影はまばらだった。以前も感じていたことだが、かつては完全予約制ではなく、予約していても数十分から一時間以上も待っていたはずの婦人科の診察が、いつの間にか完全予約制に変わったようなのである。そのため、長時間の診察待ちをすることなく、受付を済ませると直ちに名前が呼ばれた。私は、予約時間に遅刻してしまったのが申し訳ないくらいだった。

 I医師から、
「どうですか?」
と尋ねられたので、
「最近、呼吸が苦しいわけではないのですが、呼吸が浅いように感じます。筋腫が圧迫しているのでしょうか」
と尋ねてみた。するとI医師は、施術台の上に横になるようにおっしゃった。

 私は、I医師のホームページに、私と同じような症状と思われる患者さんの子宮全摘手術の写真が掲載されていたことを持ち出した。するとI医師は、
「あの方の筋腫はXXXXグラムもあったけれど、あなたの場合は、まだそんなにないでしょう」
とおっしゃった。私は、
「じゃあ、まだまだ大丈夫ですかね」
などと言って、手術を逃れようとした。しかしI医師は、そんな私に、
「早く横になってください」
と促した。

 I医師は、私にお腹を出すようにおっしゃったので、私は衣服をめくり上げ、腹巻を下げた。I医師は、私の筋腫がどのあたりまで来ているのかを触診してくださった。私としては、筋腫が呼吸を邪魔するほど大きくなっているのではないかという不安があったのだが、実際は私が思っているほど胸の辺りまでは接近していなかったようで、せいぜいおへその数センチ上までといったところだった。

 I医師は、去年の十一月に撮影したMRIの画像をパソコンに読み出して、その画像を見ながら解説してくださった。そのとき私は、四月に行われた健康診断で、ヘモグロビン値が九台だったことを伝えた。これは、生理の出血量が増えているということである。生理の出血量に関しては、自分ではそれほど多くはないと感じていても、以前よりもトイレに行く回数が増えているため、布ナプキンを取り替える回数が増えてしまっているようだ。

 I医師は、子宮の絵が描かれた図を取り出して、私に示しながら、どのような手術が行われるかについて説明してくださった。やはり、手術を勧められているようである。I医師は、開腹以外の方法で筋腫や子宮を摘出する高い技術をお持ちなのだが、残念ながら、現在の病院には、子宮筋腫の手術に使用するそれらの医療機器がないのだそうだ。そのため、私の自宅がその病院から遠いこともあり、手術をするなら他の病院を紹介しますよと言ってくださった。

 これまでにも何度となく説明を受けて来たことだが、私のように筋腫が大きいと、腹腔鏡を使って手術をするのはもはや難しいが、女性ホルモンの分泌を抑制する注射で、ある程度、筋腫を小さくした状態であるならば、ひょっとすると手術は可能かもしれないとのことだった。

 また、とりあえず生理の出血量だけを減らしたいならば、腹腔鏡を使って子宮内膜に掛かっている筋腫をやっつければ、生理の出血量は減って来るだろうとのことだった。とは言え、それでは周辺にある大きな筋腫を残すことになってしまうので、せっかく手術を受けるというのにあまり意味がないともおっしゃった。要するに、私の場合は筋腫が大きいために、腹腔鏡による手術ではなく、開腹による手術が適しているということだ。

 もともとI医師は、筋腫の大きさを重視されているわけではない。ただ、筋腫が大きくなると、足に血栓ができる場合もあるので注意が必要だとおっしゃった。I医師にとっては、筋腫の大きさよりも、筋腫がどこにあるかが重要なようで、私のように子宮内膜に筋腫が掛かっていると、生理の出血量が多くなるので貧血になりやすいのだそうだ。

 I医師は、去年の11月にMRIの検査を受けているなら、そろそろMRIの検査を受けて、その結果を見て、筋腫が大きくなっているようであれば、手術を考えましょうとおっしゃった。そこで、二ヵ月後のMRIと診察の予約をすることになった。いつもの桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)も二ヵ月分処方していただいた。

 一度収まり掛けた手術の話が再び持ち上がりったので、私は何となく逃げ出したい気持ちになった。このまま、MRIの予約を無視して、筋腫を放置してしまおうかとも思った。

 帰り際に、
「きっと大きくなっているでしょうね」
と私が言うと、I医師はそれに同意された。これまで何とか逃げ延びていたが、私は今度こそ、手術を受け入れることになるのだろうか。手術を受け入れたくない私としては、とにかく気が重かった。また、手術を受け入れてしまえば、私はこの病院に足を運ぶこともなくなってしまうのだろうか。まだまだI医師から学びたいことがたくさんあるというのに・・・・・・。ふと、そんな寂しさも覚えた。私はいつものように、病院の近くの薬局で処方箋を受け取り、路線バスで病院の最寄駅に向かうと、お気に入りの場所で「ガンまる日記」を書き上げ、ホットヨガのレッスンに臨んだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 二ヶ月後に受けるMRIの結果、筋腫が成長しているようならば、またまた手術を勧められることになりました。I医師は、私の場合、やはり子宮全摘手術を受けたほうがいいとおっしゃいました。これまで一生懸命、手術から逃げ延びて来たのに・・・・・・。まあ、二ヶ月ありますので、何とか逃げ延びる方法を模索したいと思います。(苦笑)

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2011.07.17

ホットヨガ(二四五回目)

映画『英国王のスピーチ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m サイパンで自殺を図り、意識不明の状態に陥っていたTAIJIが亡くなってしまいましたね。とても残念です。この悲報に多くのファンが衝撃を受けているようです。奇しくもTAIJIは、今月十二日にお誕生日を迎えたばかりだったのですね。ご冥福をお祈り申し上げます。

 七月四日の仕事帰りに三宮店で六十分のスタンダードコースのレッスンを受けた。ここのところ、骨盤コースのレッスンで息が荒くなりがちだったので、もう少し緩いスタンダードコースならば、心身ともに余裕を持ってレッスンに参加できるのではないかと思ったのだ。この日、スタンダードコースのレッスンは、三宮店で十九時十分から開催され、そのあと十九時半からは骨盤コースのレッスンも開催されることになっていた。二十分違いで骨盤コースのレッスンが開催されるというのに、私が骨盤コースよりもスタンダードコースのレッスンを選んだのは、とても珍しいことである。

 受付で、いつもお話をさせていただくインストラクターと顔を合わせたので、今回のレッスンを担当してくださるのかと尋ねてみると、何と、担当してくださるとの答えが返って来た。インストラクターには、私が骨盤コースではなく、スタンダードコースのレッスンを受けるので、ずいぶん珍しがられてしまった。インストラクターご自身もスタンダードコースのレッスンはあまり慣れていらっしゃらないとかで、お互い、慣れない同士で頑張りましょうと励まし合って、レッスンに臨んだ。

 驚いたことに、レッスンの参加者は、わずか八名だった。私は、参加人数がとても少ないのでうれしくなった。レッスンの参加人数が少ないと、私には、インストラクターも含めたスタジオにいる人たちとの関係がとても密になれる気がするのだ。それぞれが大多数の中に埋もれてしまわないのがいいのである。

 さて、レッスンの内容だが、やはり私には、あまり慣れないポーズが多かった。これまで、スタンダードコースのレッスンにはほとんど参加したことがなかったので、無理もない。とは言え、とても新鮮な気持ちでレッスンに参加することができた。スタンダードコースで取るポーズにはどんなポーズがあるかと言うと、例えば片腕を斜め上に挙げて、もう片方の手で、挙げた手を支えるようにして斜め前を向いてポーズを取ったり、三角のポーズや英雄のポーズを組み合わせたあと、半月のポーズなどを行う。いくつかのポーズの動画をYouTubeで見付けたので、ここにご紹介しておきたい。

半月のポーズ

 また、座位のポーズに入ると、賢者のポーズや開脚バランスのポーズを行う。ちなみに、賢者のポーズは骨盤コースのレッスンでも行われている。

賢者のポーズ

開脚バランスのポーズ

 そして、お馴染みのダウンドッグのポーズやテーブルのポーズを取り、テーブルのポーズのまま、今度は両足を伸ばすポーズへと移行する。

ダウンドッグのポーズ

テーブルのポーズ

 今回のレッスンで、私は以前よりも呼吸が深くなっているのを感じた。もしかすると、貧血が改善されつつあるのかもしれない。あるいは、生理の周期と同期して、大きな筋腫が一時的に縮小している時期なのかもしれない。それでも、後半になると、少しずつ息が荒くなって来た。レッスンが終わる頃には息切れをしてしまっていた。インストラクターが、
「お疲れ様でした」
と言ってくださり、解散となったのだが、私はインストラクターに、
「スタンダードコースのレッスンをなめてました」
と、意外にもスタンダードコースのレッスンがきつかったことをほのめかした。

 スタンダードコースのレッスンが終わってから、骨盤コースのレッスンが終わるまでの二十分は静寂とも言えるほどののんびりとした時間だった。参加人数が少ないので、シャワールームも慌てることなく使用することができた。しかし、私がもたもたしているうちに、瞬く間に二十分が経過してしまい、骨盤コースのレッスンを終えた方たちがどやどやとシャワールームに流れ込んで来た。やはり、月曜日の夜といえども、骨盤コースのレッスンに参加される方たちの数は多いようである。

 三宮店は、仕事帰りに立ち寄ることができる上に、十九時十分からのレッスンであれば二十一時半には帰宅できるので、翌日の仕事にもそれほど差し支えることはない。ただ、「ガンまる日記」の下書きを一時間余りで済ませなければならないので、ちょっと忙しい。今月期限の回数券が余っているので、週末だけでなく、できるだけ平日の仕事帰りも活用したいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m スタンダードコースのレッスンは、ビギナーコースのレッスンと同等だと思っていたのですが、私にしてみれば、スタンダードコースのレッスンのほうがビギナーコースのレッスンよりもきついように感じました。これまでほとんど取ったことのないポーズでレッスンが構成されていると、新鮮な気持ちでレッスンを受けられますね。

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2011.07.16

映画『英国王のスピーチ』

湯村温泉(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 三連休がやって来ましたね。この夏は、どこに出掛けて行っても暑いですが、おまけに超大型台風もやって来ているとか。ここのところ日本はずっと、自然との激しい戦いを繰り広げていますね。

 本作を鑑賞したのは、三月三日のことである。数々の映画賞を総なめにした作品ということで、期待に胸を膨らませながらの鑑賞となったのだが、実際に鑑賞してみると、他の人たちの評価に左右されるよりも、自分自身の感覚で本作を楽しみたかったと思った。

 本作は、現在のエリザベス二世のお父様でいらっしゃる英国王ジョージ六世の物語である。お父様でいらっしゃる英国王ジョージ五世やお兄様でいらっしゃるエドワード八世らの陰に隠れ、静かな日々を送っていた内気なジョージ六世が、ジョージ五世の亡きあと、エドワード八世が王位よりも恋に生きることを選んだことから、お兄様に代わって即位することになる。しかし、子供の頃から吃音(きつおん)に悩まされていたジョージ六世は、人前で堂々とスピーチできる状態にはなく、スピーチ矯正の専門家ライオネルの力を借りて、吃音を克服しようと試みる。

 まず、本作は、素晴らしいキャストで構成されている。吃音に悩むジョージ六世を演じているのは、映画『シングルマン』で優雅な大学教授を演じていたコリン・ファースである。そして、ジョージ六世の妻エリザベスを演じているのは、ティム・バートン監督の内縁の妻であるヘレナ・ボナム=カーターである。ヘレナ・ボナム=カーターと言えば、映画『アリス・イン・ワンダーランド』の赤の女王を演じた姿が記憶に新しい。更に、ジョージ六世の吃音を克服するために全力を注いだライオネルを演じているのは、映画『パイレーツ・オブ・カリビアン』シリーズでキャプテン・バルボッサを演じているジェフリー・ラッシュである。

 本作の中で注目すべきところは、ジョージ六世とライオネルが結んだ交友好関係だろう。本作には、ライオネルのほうが積極的に、英国王であるジョージ六世と対等な関係を結ぼうとしたように描かれているものの、ジョージ六世はあくまで国王の立場からライオネルと接していたようにも見て取れる。だから、ジョージ六世はライオネルのことをファーストネームでは呼ばない。それでも、本作からは、ジョージ六世がライオネルを頼っている雰囲気が伝わって来る。

 もともとジョージ六世は、ライオネルのやり方を信頼していたわけではなかった。しかし、音楽とともに録音された自分の声が、途中で詰まることなくなめらかであるのを聞いて、再びライオネルのもとを訪れるようになる。私は、ライオネルがジョージ六世の潜在的な能力を引き出すことに成功したことに拍手を贈りたい。誰かを変えようとするとき、その人の持つ潜在的な能力を引き出さなければ、その道はずいぶん遠回りになると思う。例えば、健康面に関してもこれが言えるだろう。どんなに優秀な医師が外から医学的な力を患者に加えようとも、患者自身の持つ能力を引き出さなければ、すぐに解けてしまう魔法のようなものだと思う。患者自身が自分の可能性に気付き、医師を信頼して治療を続けることで、医師の治療は相乗効果をもたらすだろうと思う。

 こうして、ジョージ六世との信頼関係を築くことに成功したライオネルだったが、彼がオーストラリア人であることで、ジョージ六世の側近以外の人たちから受けた風当たりはやや冷たかったように思う。見方を変えれば、イギリス人はこんなにも他国籍の人を差別する傾向にあるのだろうかとも感じた。それは、彼らにとって美しい英語を守るためでもあるのだろうか。映画用に作られた物語として見れば、ジョージ六世がライオネルのことをいつまでもファーストネームで呼ばなかったり、ライオネルがオーストラリア人であることで差別的なことを言われたりするのが気にはなるのだが、事実に基づいた作品なのだから仕方がない。また、良くは聞き取れなかったが、ヘレナ・ボナム=カーターが普段とは違う英語を話していたのも興味深かった。思えば、これらのいろいろな要素が集約されて、様々な賞を総なめにする作品にまで仕上がったのかもしれない。吃音のジョージ六世を見事に演じていたコリン・ファースに大きな拍手を贈りたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 吃音のためにうまくしゃべれないジョージ六世を演じているコリン・ファースを、思わず横から助けてあげたくなるような作品でありました。人が何らかの後天的な問題と向き合おうとしているとき、とても励みになる作品だと思います。

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2011.07.15

湯村温泉(2)

SPITZ Jamboree Tour 2011 "とげまリーナ" in 大阪城ホールの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 元X(現在のX JAPAN)のメンバーTAIJIがサイパン行きの飛行機の中で暴れたあと、自殺を図って意識不明の状態に陥っているというニュースを読みました。X JAPANは、TUBE同様、私とほぼ同年齢のメンバーで構成されたバンドですが、何だかいろいろありますね。そう言えば、私が東京に住んでいた頃、彼らのカウントダウンコンサートのために東京ドームまで足を運んだ思い出があります。そのときは、もはやTAIJIはXのメンバーではありませんでしたので、彼の生演奏を見たわけではありませんが、彼に対しては、もっと命を大切にして欲しいと言いたいですね。それでは、週末になりましたので、湯村温泉(1)の続きを書かせていただきます。

 湯村温泉にあるいくつもの売店では、卵が売られている。と言っても、決してこの辺りが卵の名産地であるというわけではない。実は、湯村温泉の源泉が九十八度という日本一温度の高い源泉であることから、観光客は売店で卵を購入して、湯村温泉のお湯でゆで卵を作ることができるのである。すなわち、観光客がゆで卵を作るための場所が提供されているということである。このような設備まで完備されているならば、もっと高い値段で卵を売ってもいいはずなのに、売店で売られている卵は、三個入りで百五十円だった。スーパーで売られている十個パック入りの卵よりは割高だが、とてつもなく高い値段ではない。ありがたいことに、ゆで上がった卵につけて食べるための、ペーパーに小分けされた塩までセットになっていた。塩は袋に入っているわけではなく、地元のおばあちゃんたちが内職でこしらえたような紙に小分けされていた。

 温泉に卵というと、箱根温泉の黒たまごをすぐに思い出すが、湯村温泉では、自分で卵を買ってゆで卵を作るという手作り感覚を味わえるのがいい。購入した卵は網に入っているので、そのまま吊り下げて熱い温泉の中に垂らし、しばらく待つ。ゆで卵を作る荒湯の周辺には河原があり、たくさんの観光客が河原に設置された足湯でくつろいでいた。河原に足湯があるということは、それだけで温泉の資源が観光客に惜しみなくけ与えられていることを意味している。何しろ、源泉が九十八度もあるとなると、むしろ冷やさなければ足湯としても利用できないだろう。そういう意味で、河原は高い源泉を冷やす役割も果たしているのではないだろうか。

 私は、足湯に入ってみたかったのだが、さきほど薬師湯で温まったばかりで、しかも、冷え取り健康法のために靴下を四枚も重ね履きしているため、わざわざ時間を掛けて履いた靴下を脱いでしまう気にはなれず、とうとう足湯は利用しなかった。

 さて、ほどよい頃合を見計らって卵を引き上げてみると、確かにゆで卵ができ上がっていた。私たちは河原に設置されたベンチに腰掛け、あつあつの卵の殻をむき、塩を振りかけて食べた。自然の中で、自然のエネルギーをもらってゆで上げたゆで卵はとてもおいしかった。辺りがそろそろ暗くなりかけていたので、湯村温泉に大満足した私たちは、再びカングーに乗り込み、帰路についたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、湯村温泉(2)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の記事で、城崎温泉から始まったカニ三昧ツアーの旅の記事は完結とさせていただきます。河原の足湯で足を温めている人たちは、みんな幸せそうでした。ゆでた卵を食べている人たちも幸せそうでした。人々は、自然に触れ、ある程度のことまでを自分自身で実践しようとしたときに、笑顔になれるのではないでしょうか。湯村温泉で食べる卵は、誰かにゆでてもらった卵ではなく、自分でゆでた卵であることが、観光客の笑顔の秘密であるように思います。

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2011.07.14

SPITZ Jamboree Tour 2011 "とげまリーナ" in 大阪城ホール

映画『Ricky リッキー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 節電対策のためか、どこに出掛けて行っても冷房が緩く、暑く感じられますね。しかも、外の気温も高くなっています。いやはや、今年の夏は本当に暑い夏になりそうです。群馬では何と、三十七.八度まで気温が上昇したとか。日本ではとても考えられない気温であります。この先、日本はどうなってしまうのでしょうか。繰り返しになりますが、皆さん、くれぐれも熱中症にはお気をつけくださいね。

 今日の関西地方は、およそ一万人の人たちが休暇を取って大阪城ホールに駆けつけたのではないだろうか。いや、中には学生さんも含まれていたはずなので、学生さんたちの人数を差し引くと、休暇を取ったのは数千人だろうか。そう、ご覧の通り、大阪城ホールで行われたスピッツのコンサートに、ガンモと私も休暇を取って参加して来たのだ。

 私がスピッツベルゲンというスピッツのファンクラブに加入していることは、以前にも書かせていただいた通りである。スピッツベルゲンの会員には、コンサートツアーが開催される度に、チケットを二枚だけ購入できるチャンスが巡って来る。今回のツアーが決定したとき、私は目を皿のようにして、通常のホールコンサートが行われるツアースケジュールをチェックしたのだが、どのコンサートも平日の開催ばかりで、なかなか参加しにくい状況だった。しかも、休暇を取ってどこかに遠征するにしても、コンサートの日程が週の半ばに設定されているため、週末の休暇とは連携させにくく、日帰りが不可能なために週の半ばに少なくとも二日間の休暇を申請しなければならなかった。さすがにそれはなかなか言い出しにくいことなので、私は泣く泣く通常のホールコンサートを見送ることにした。

 スピッツベルゲンの特典を活かしてスピッツのコンサートに参加できる残されたるチャンスは、"とげまリーナ"と掲げられた、通常のコンサートホールよりも大きな会場で行われるアリーナツアーだった。私は、"とげまリーナ"のツアースケジュールが手元に届いたとき、再び目を皿のようにしてチェックしたのだが、愛知、埼玉、大阪と設定された会場の中で、最も参加しやすい大阪は、またしても平日の開催だった。しかも、三日間も開催されるというのに、三日間とも平日だったのである。

 私は、週末の休みを利用して、愛知か埼玉まで遠征するか、それとも休暇を取って、平日の大阪公演に参加するかでしばらく悩んだ。その結果、休暇を申請して、平日の大阪公演に参加することにしたのである。それにしても、何故、大阪公演だけ平日に開催されるのだろうか。スピッツならば、平日でも、大きな会場を埋められるだけの人気があるということなのだろう。

 こうしてチケットの申し込みを何とか済ませると、有り難いことに当選通知が届いた。その後、振込み用紙が手元に届いたので、私はチケット代金を振り込んでチケットの到着を楽しみに待っていた。

 ところが、その後、東日本大震災が勃発し、その影響で、ボーカルのマサムネが病気になってしまった。私は彼の熱烈なファンではないので詳しいことは良くわからないが、東日本大震災の影響で音楽活動に支障をきたしてしまうくらいなのだから、きっと彼は心優しい人なのだと思う。東日本大震災による計画停電や彼の病気により、いくつかのホールコンサートが延期になってしまった。

 一方、私のほうにもいろいろなことが起こっていた。結論から言えば、今の私は、週末を利用して愛知や埼玉まで遠征できる状況にはなかった。むしろ、平日に休暇を取って大阪公演に参加するほうが動き易い状況だった。

 さて、こうして待ちに待ったコンサートの当日がやって来たので、ガンモと一緒に大阪城ホールを目指したのだが、思えば私は、毎年冬に、好きなアーチストのコンサートに参加するため、大阪城ホールを訪れている。しかし、コンサートの開始時間はそれほど変わりがないというのに、今は夏で日照時間が長いため、外が明るいのだ。私は、大阪城ホールというと、冬に行われる好きなアーチストのコンサートにばかり足を運んでいたため、辺りが暗くなってからの景色しか見たことがなかったように思う。まだ明るいうちに大阪城ホールに足を運ぶのは、とても新鮮だった。

 さて、今回の私たちの席は、アリーナ席の前から十三列目の真ん中よりも少し左寄りだった。席に着いてみると、比較的良く見える場所ではあった。ただ、コンサートが始まると、前の人たちがみんな立ってしまったため、前の座席との高さに差のないアリーナ席では、自分自身も立たなければスピッツのメンバーの顔を拝むことができなかった。

SPITZ Jamboree Tour 2011 "とげまリーナ" in 大阪城ホールのチケット

 また、比較的ステージから席が近かったからだろうか。ドラムの低音が胸の上のほうでドコスコ響いた。私は、あまりにもドラムの低音が響くので、スタッフにお願いして、もう少しドラムの音の出力を抑えてもらおうかと思ったくらいだ。しかし、結局のところそれはせずに、自分の手で胸の上のほうを押さえて、激しい振動から胸を守っていた。あとからガンモにも確認してみたところ、やはりガンモも、振動のために胸がかなり響いていたようだ。これまでいろいろなアーチストのコンサートに参加して来たが、コンサートの最中に振動を和らげるために、自分の胸を手で押さえたのは初めてのことだった。

 実は、スピッツのコンサートは、演奏中に大きく弾けたい人にとっては、どのように乗ればいいのかわからず、不完全燃焼に陥ってしまう曲も多い。例えば私は、「ラズベリー」という曲が大好きなのだが、今回のコンサートでも「ラズベリー」が演奏されたにもかかわらず、弾けることができなかった。曲のリズムはいいのに、演奏中に飛び跳ねようとする人たちがいないのである。そのため、参加している人たちが、どこか抑えているような大人しいコンサートになってしまいがちなのだ。それでも以前から比べると、コンサート中に弾ける人たちの数は、ずっと増えているほうだ。

 ホールコンサートとは違い、大きな会場で行われたアリーナツアーだったため、ステージの後ろに設置されたスクリーンで演奏中の彼らを確認することができた。彼らの顔が良く見えない人たちにとっては、ほぼリアルタイムで彼らの映像を確認することができて、とても有り難い演出だったはずだ。

 いつものように、美しく高音のボーカルとどこか素人っぽいマサムネのMCと、飛び跳ねながらステージ中を歩き回る田村っちのベース、一見、すれていそうで実は親しみ易いテツヤのエレキギター、野球好きの崎ちゃんのドラムに耳を傾け、十八時半過ぎにスタートした彼らのコンサートは二十一時に終了した。これまで、通常のホールコンサートならば、きっかり二時間で終了していたのだが、"とげまリーナ"は入場料も少し割高なせいか、いつもよりも三十分、長いコンサートだった。

 スピッツのファンは、コンサートが終了しても、いつまでも熱狂的にアンコールを掛けたりはしない。みんな潔く、たった一度のアンコールをおねだりしただけで帰り支度を整え始める。そのあたりが、私が普段、参加しているコンサートとは大きく異なるところである。演奏中の乗りも大人しく、引き際も心得ているといった感じである。そのせいか、ほとんどのコンサートはほぼ予定された時間に終了する。

 私たちも、他の参加者に倣って、潔く会場をあとにした。ガンモは、
「たこ焼きが食べたい」
と言ったが、いつも大阪城ホールの外で売られているはずのたこ焼き屋さんが見当たらなかったので、帰りにダンキンドーナツに立ち寄り、遅めの夕食をとってから帰路についたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 平日だというのに、大阪城ホールにはたくさんの人たちが集まっていましたね。それを考えると、やはりスピッツの人気はただものではないと感じます。ちなみに、私の職場でも、私と同じ日に休暇を申請していた人が私を入れて少なくとも四人はいたようですが、その人たちがスピッツのコンサートに参加していたかどうかまではわかりません。(苦笑)

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2011.07.13

映画『Ricky リッキー』

湯村温泉(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 規定値を超える放射性セシウムが含まれた牛が福島県から出荷されたことが話題になっていますね。こういうニュースが流れる度に思うのは、私たちが動物の肉を食べるために動物たちが殺されることと、人間の食の安全を確保するために動物たちが殺されるということは、殺されるという点においては同じであっても、どこか違うということです。その違いが何であるのかを的確に説明することができずに、ずっと悶々とし続けています。

 三月一日に元町映画館でちょっと変わった映画を鑑賞した。つい先日、レビューを書かせていただいたばかりの映画『しあわせの雨傘』のフランソワ・オゾン監督の作品である。

 予告編にもあるように、ある男女の間に男の子の赤ちゃんが生まれる。ところが、リッキーと名付けられたその赤ちゃんは、他の赤ちゃんとは違っていた。何と、成長するにつれ、背中に羽が生えて来たのである。そのことを知った私は、昔のフォークグループ「五つの赤い風船」の「もしもボクの背中に羽根が生えていたら」という曲を思い出した。

 リッキーが背中の羽をばたつかせながら、スーパーを飛び回る姿が映像としてニュースで流れ、リッキーを含めた家族は一躍有名になる。しかし、リッキーの背中に羽が生えて来たことが、必ずしもこの家族に幸せをもたらしたかどうかはわからない。もしも本作がアメリカ映画ならば、リッキーに羽が生えて来たことで家族はとても幸せになるように作られるだろう。ひょっとすると、飛んでいるリッキーを見物したいと申し出る人たちに対し、次々にお金を取って商売さえ始めてしまうかもしれない。しかし、フランス映画ではそういう展開にはならず、背中に羽が生えて来た息子を持つ親として、もっと複雑な苦悩を描き出す。

 もともとリッキーを産んだ母親のカティは、娘のリザと二人だけで暮らすシングルマザーで、リッキーの父親となったパコと職場で知り合い、恋に落ちたことで、ようやく女性としての幸せを掴んだように思えた。その反面、これまでカティと二人だけで生活を続け、カティからの愛情を独り占めしていたリザからすれば、本来、自分に注がれるべきカティからの愛情が、パコやリッキーカティに横取りされてしまうような気がしてしまう。そのためリザは、反抗することで自分が愛情不足に陥っていることを訴えようとする。パコは、そんなリザに歩み寄り、リザと仲良くなることに成功する。

 これからはカティとリザ、そしてパコとリッキーという四人の家族がそれぞれの想いを一つにしてリッキーを守って行くかのように思えた。しかし、人間の感情はそれほど単純ではない。ちょっとしたすれ違いから、パコは家を出て行ってしまう。私たち人間は、不安定な状態にいるときはしきりに安定を求めようとするものの、ひとたび目的が達成され、安定を得ることができると、悲しいことに、安定の状態を守り続けることができない。

 結局のところ、リッキーに生えて来た羽は、天使の羽などではなく、自由でありたいことへの象徴だったのかもしれない。皮肉なことに、真っ先に自由になったのは、羽を持つリッキー自身だったというわけだ。そういう意味で、本作は、結末の予測できない、実に不思議な物語と言える。ともすれば、人と大いに違うことをポジティブかつアバウトに表現してしまいがちな状況にありながらも、そこに単純な喜びを見出さずにむしろ複雑にしているところに面白さを感じる。私たち人間は、決して単純な動物などではなく、もっと複雑な動物なのだということを認識させてくれる作品であるとも言える。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もしも自分の家族の背中にリッキーのような羽が生えていたら、やはりそのことを隠すでしょうか。ふと、そんなことを考えてみました。リザはリッキーに羽があることをひどく心配して、病院にまで連れて行くのですね。背中に羽が生えて来るという突拍子もない設定であるにもかかわらず、息子のリッキーが他の子供たちと大きく違うところに苦悩するというあたりが、いかにもフランス映画なのかなと思います。こうした苦悩が描かれるからこそ、私は普段から、アメリカ映画よりもフランス映画のほうを好むのかもしれません。

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2011.07.12

湯村温泉(1)

渡辺水産?の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 猛暑ですね。群馬県館林市と福島県喜多方市では、三十七度を記録したとか。三十七度というと、私たちの平熱よりも高い気温ではないでしょうか。電力不足の夏に、これはかなり危機的な状況ですね。先日、職場の食堂で誰かが話をしているのが聞こえて来たのですが、今、扇風機がとても良く売れているそうで、大きなお店に行っても、とびきり高価な扇風機か、普段、あまり聞かないようなメーカーのひどく安価な扇風機しか手に入らないのだそうです。日本で良く知られる家電メーカーの扇風機は、商品売り場から姿を消してしまっているとか。節電対策のために扇風機が例年よりも良く売れているのか、それとも、クーラーと併用するために良く売れているのか、それはわかりません。少し前までは、わずか一九八〇円くらいの安価な扇風機を良く見掛けたものでしたが、今はそういう時代ではなくなってしまったようですね。おまけに、羽のない扇風機なるものもまで登場していますしね。扇風機が旋風を巻き起こしているのでしょうか。(笑)それでは、渡辺水産?の続きを書かせていただきます。

 腹ごしらえをした私たちは、浜坂の近くにある湯村温泉へと向かった。昼食をとった隆栄水産から湯村温泉までは、何十分も掛からなかったと思う。

 湯村温泉に着くと、駐車場があったので、そこにカングーを停めた。ガンモが駐車場の管理事務所に出向き、駐車場代金を支払おうとすると、こちらが何も言わないのに、駐車場を管理しているおじいさんが、カングーのナンバーを提示して来たので驚いた。そこは、駐車しない自動車もどんどん行き来する、自動車の出入りの多い場所のはずだった。それなのに、駐車場を管理しているおじいさんは、駐車場付近を通過する自動車のナンバープレートをしっかりと記録していたのである。

 駐車場を管理しているおじいさんの見事な仕事振りに感動した私たちは、薬師湯を目指して歩いた。薬師湯は、温泉を利用した銭湯である。

 湯村温泉には、いかにも温泉街といった感じの街並みが広がっていた。城崎温泉とはまた違う趣である。私はトイレに行くのをずっと我慢していたので、温泉街にある公衆トイレに駆け込んだ。その公衆トイレは、トイレそのものは至って普通のトイレだったのだが、手を洗う流し場が傾斜して、洗い流した水が溝に流れ込むようになっていて、とても変わっていた。この流し場では、ハードコンタクトレンズの汚れを洗い流すのは非常に困難だろう。

 私は今回初めて湯村温泉を訪れたのだが、ガンモは会社の人たちとカニを食べに行った帰りなどに、薬師湯を利用するために何度か訪れているらしい。しかし、会社の人たちと一緒にお風呂に入るのは恥ずかしいらしく、会社の人たちが薬師湯に入っている間に、ガンモは温泉街で時間を潰しているという。そのせいか、ガンモの会社の人たちは、ガンモに刺青があるのではないかと冗談混じりに言うそうだ。

 スーパー銭湯のような造りの薬師湯は、町民と町民以外で入泉料が異なっていた。町民でない私たちは四百円支払って利用することになった。銭湯なので、石鹸やシャンプーなどは備え付けられていないようである。しかし、ガンモがボディソープとシャンプーをカングーに忘れて来たと言うので、私の持っているお風呂セットをガンモに貸してあげることにした。時間はたっぷりあったので、先にガンモがお風呂に入り、その間、私は休憩所でガンモが出て来るのを待っていた。私は、ガンモがお風呂から上がったあとに、ゆっくり入ろうと思っていたのだ。

 しかし、ガンモを先に送り出した私は、そのとき持ち歩いていたお風呂セットのボディーソープとシャンプーの中身を入れ替えていることを、ガンモに伝え忘れたことに気が付いた。そのとき私は、ロンドンのホテルから持ち帰った小さなシャンプーボトルにボディーソープの中身を詰めて使っていたのだ。外から見ると、それはシャンプーなのだが、実際の中身はボディーソープなのだ。私はついうっかりして、そのことをガンモに伝えるのを忘れてしまった。何も知らないガンモは、シャンプーと書かれたボトルに入っているのは、当然、シャンプーだと思い込んでしまうだろう。

 私はお風呂から上がったガンモに、
「ごめん。シャンプーの入れ物にボディーソープの中身を入れ替えてるのを言い忘れた」
と言った。ガンモは一瞬、青ざめた顔をしたが、すぐに、たいしたことないよという顔をした。やはりガンモは、シャンプーボトルに入っているので疑いもせずに、中に入っているボディーソープをシャンプーとして使ってしまったようだ。
「どうりでパサパサすると思った」
とガンモは言った。

 続いて私がそのお風呂セットを持ってお風呂に入った。その間、ガンモは休憩室で休息を取りながら待ってくれていた。お風呂は、シンプルだがとても温まるお風呂だった。やはり私は露天風呂が大好きなので、露天風呂で上半身を外の冷たい空気にさらしながら、たっぷりと半身浴を行った。露天風呂には半身浴のライバルがいたので、その人と張り合いながら、根気強く半身浴を続けた。私としてはもう少し張り合っていたかったのだが、ガンモが待ってくれていると思うと、それほど長居もできなかった。

 旅の疲れが出て来たのだろうか。私がお風呂から上がると、ガンモは畳のある休息所でしばらく眠った。そこで少し休んだあと、私たちは薬師湯をあとにしたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、湯村温泉(1)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 薬師湯はとても気持ち良かったです。温泉旅館に宿泊しなくても、わずか四百円で温泉を利用できるのがいいですね。そう言えば、これまで訪れた温泉の中で、「ここはいかにも温泉街だなあ」と感じたのは、下呂温泉でした。湯村温泉は、私の中では下呂温泉に続く、温泉らしい温泉だと思います。やはり、温泉街に大きな川があるのはポイントですね。(笑)城崎温泉にも川はありますが、それほど大きくはありません。そう言えば、三朝温泉にも大きな川がありますね。温泉には、大きな川がつきもののようです。

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2011.07.11

渡辺水産?

映画『僕と妻の1778の物語』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。最近、Yahoo! JAPANなどの検索エンジンにアクセスすると、電力の使用状況が視覚的にわかるようなメーターが表示されていますね。関東地方では既に当たり前のことだったのかもしれませんが、関西地方でもようやく表示されるようになりました。私が「ガンまる日記」を書いている時間帯の関西電力の電力使用率は、五十一パーセントと表示されています。どうやら朝四時台の情報のようですね。ここに示されている情報をいつも気に掛けながら、節電に努めるというのもいいですね。この電力使用率は、東北電力や関西電力に比べて、東京電力の場合、小さく収まっているのだそうです。東京電力圏に住んでいらっしゃる方たちが、それだけ危機感を持ちながら節電に取り組んでいらっしゃる努力の賜物とも言えます。その一方で、関西地方の暑さも関係していると思います。この時期、関西在住の人が関東地方に行くと、やはり涼しく感じるみたいですね。私も、夏に東京から新幹線に乗って帰って来たときの、新大阪駅のむんわりとした熱い空気を思い出します。それでは、平日ではありますが、写真の数が少ないので、余部(あまるべ)橋梁の続きを書かせていただきます。

 余部(あまるべ)橋梁を見学した私たちには、そろそろ腹ごしらえが必要だった。そこで私たちは、浜坂(はまさか)にある渡辺水産という水産物のお土産ものを扱うお店が経営するレストランに足を運んだ。そこは、このあたり出身のガンモの後輩がお勧めする水産品ショップである。

 水産品ショップといえどもお土産ものばかりを扱っているわけではなく、同じビル内にはレストランもあるのだ。私たちは、一階に掲げられたレストランの案内を見て、三階にあるレストランで六八〇円の日替わり定食を食べようと思っていた。ところが、三階まで上がろうとすると、ちょうどお昼時だったためか、団体さんが観光バスでやって来て、エレベータや階段を使ってどやどやと上の階になだれ込んで行った。どうやら、団体さんがお食事をされる場所は、私たちの目指す三階ではなさそうである。とは言え、ちょうど団体客が到着されたばかりでレストランも人手不足なのか、レストランの店員さんはてんてこ舞いの様子だった。しかも、私たちが足を運んだ三階のレストランも、別の団体客が食事を終えたばかりのようで、後片付けの必要な食器類がテーブルの上にたくさん残っている状態だった。

 お店の方は、私たちの姿を認めると、
「後片付けをしながらのご対応となりますが、よろしいですか?」
と確認してくださった。私たちも、既に人手の必要な状況を把握していたのと、ひどくお腹が空いているために、これから別のお店を探すために移動する元気もなかったので、
「はい。かまいません」
と答えた。

 有り難いことに、私たちはそれほど待たされることもなくテーブルに案内され、六八〇円の日替わり定食を注文した。間もなく注文の品がやって来て、私たちは新鮮な海産物たっぷりの日替わり定食をおいしくいただいた。しかし、運ばれて来た日替わり定食に付いていたお箸には、渡辺水産ではなく、隆栄水産と印刷されていた。それでも、ひどくお腹が空いていた私たちは、レストランは海産物のお土産品を扱う渡辺水産とは違うお店なのかもしれないと思い、それほど気にも留めずに日替わり定食を次から次へと口の中へと運んだ。やはり、水産品ショップの直営するレストランとあって、海産物がおいしかった。

 こうして昼食を終えて帰ろうとすると、私たちのカングーを停めている場所をさえぎるように、何台もの観光バスが停車していた。やはり、地元でも有名なだけに、渡辺水産を目指してやって来る観光バスが多いのだろう。しかし、これではカングーを発車させることができないとやきもきしていると、観光バスの運転手さんが私たちの存在に気付いてくださり、観光バスを少し移動させてくださった。

 これでカングーを発車させられると思い、カングーに乗り込んだ私たちは、恐る恐る、バックで渡辺水産の駐車場から発車しようと思っていた。すると、お店の方が気付いて出て来てくださり、私たちのカングーを道路まで誘導してくださった。誘導してくださったお店の方に頭を下げて去ろうとすると、すぐ隣に「渡辺水産」と書かれた大きな大きなお店が見えているではないか。それを見るなり、ガンモが、
「あっ、あそこが渡辺水産だった!」
と言った。どうやら私たちは、渡辺水産の文字を遠くに認めながら、カングーを駐車させて建物の中に入ったものの、そこは渡辺水産ではなく、別の水産品ショップだったようだ。そう、日替わりランチに付いて来たお箸の入れ物に書かれていた通り、隆栄水産だったのである。せっかくガンモの後輩お勧めの渡辺水産で食事をして、するめのお土産まで買ったというのに、まったく違うお店だったことに気が付いて、唖然としながらも私たちはカングーで走り去ったのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、渡辺水産?をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 調べてみると、渡辺水産隆栄水産も同じ番地になっていますね。お店ごとに番地を分けなかったということは、関連性があるのかもしれません。決して、間違えても仕方のないことだと主張しているわけではありませんが、こういうことがあるから、旅は楽しく、またここに立ち寄りたいと思えるのだと思います。(笑)

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2011.07.10

映画『僕と妻の1778の物語』

余部(あまるべ)橋梁の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東北地方でまたまた地震があり、東日本大震災後、初めての津波が観測されたそうですね。例え十センチの津波であっても、大津波を体験された方たちにとっては大変な恐怖だったろうと思います。今回の地震も、東日本大震災の余震だと言われているようですが、あれからもう四ヶ月も経つというのに、余震はなかなか収まらないものですね。専門家も、「余震が収束するには年単位の時間を要する」とおっしゃっているそうです。とは言え、一日も早く落ち着いて欲しいものですね。

 本作は、二月二十七日に映画『毎日かあさん』を鑑賞した直後に同じ映画館で鑑賞した。実話に基づき、SF作家の眉村卓さんとその夫人の悦子さんの夫婦愛の物語が、同じくSF作家の朔太郎とその夫人の節子の夫婦愛の物語として生まれ変わっている。思えば、私たちはこの日、がんという大病を扱った二つの邦画を立て続けに鑑賞したことになる。

 高校時代からの付き合いとなる朔太郎と節子は、結婚してもとても仲睦まじい夫婦だった。男女の夫婦の形には、大きく分けて三つの組み合わせがあると私は考えている。ツインソウルの夫婦、ソウルメイトの夫婦、そして、前世からのカルマの解消をするために結び付いた夫婦だ。朔太郎と節子の場合、ほぼ間違いなくソウルメイトの夫婦だと思う。二人の魂は横並びで、いつも仲睦まじく寄り添っているように見える。だから、何らかの理由で二人が一緒にいられなくなってしまったときの喪失感は、果てしなく大きいだろうと思う。何故なら、ツインソウルの夫婦ならば互いに自立心が働き、強く生きられると思うのだが、ソウルメイトの夫婦の場合は、なかなかそうは行かないと思うからだ。カルマ夫婦の場合は、もともと真の意味での愛情で結び付いていなかったり、また、どちらかが相手に対して激しく依存する関係だったりもするので、ソウルメイトの夫婦のような喪失感を体験するかどうかはわからない。

 あるとき朔太郎は、節子が大腸がんに侵されていることを知る。医師から受けた余命宣告は、わずか一年だった。それでも、その医師から、笑うことが免疫力アップに繋がると助言され、朔太郎は節子のために毎日欠かさず一つの短編小説を書き上げる。

 実はここのところ、私は人間の持つ自然治癒力にとても興味を持っている。免疫力も、自然治癒力とほぼ同義だと思う。例え医学的には治癒が難しいとされている病気であっても、決して希望を失うことなく、日々笑いながら過ごすことができれば免疫力が高まると、医師は朔太郎にアドバイスするのである。私は、普段から西洋医学の立場を取っている医師が、患者や患者の家族にこのようなことをアドバイスしてくださるならば、本作の節子のような深刻な病気を抱えた患者がもっともっと長生きできるのではないかと思えるのだ。

 朔太郎が書き上げる毎日一話ずつの短編小説を、節子はとても楽しみに読み、そして笑う。その結果、実際に免疫力が高まったのだろう。医師から余命一年と宣告されていたにもかかわらず、節子は二年、三年と生き続ける。とは言え、以前と比べれば、節子のがんは確実に進行しているように見えた。

 私は、毎日短編小説を一話書き上げるというところで、私自身が毎日綴っている「ガンまる日記」の記事を書く行為と重ねた。確かに毎日書き続けていると、朔太郎のようにスランプに陥ることもある。私の場合は、日々の出来事や映画のレビューなどを綴っているため、ネタ切れになることもほとんどないが、節子を笑わせるための短編小説ともなると、それなりのアイディアが必要である。節子のがんが進行しているというのに、なかなか一日一話の短編小説を書き上げることができず、朔太郎はついに寝不足に陥ってしまう。今になって思えば、極度の寝不足に陥りながらも、必死で短編小説を書き上げようとするどこか病的とも言える朔太郎と、がんが進行し、すっかり体力が弱ってしまった節子は、ものの見事にシンクロしていたように思える。そして、節子のために毎日一話ずつの短編小説を書き続けたということは、のちの朔太郎の作家人生に大きな自信を与えたのではないかと思う。

 わずか一年という余命宣告を受けても、二年、三年と生き続けた節子は、確実に、朔太郎の書く短編小説から生きるエネルギーを受け取り、自分自身の免疫力を高めていたと思う。こうした感動的な事例が映画化され、多くの人たちに鑑賞されることによって、現在、とても深刻な病気を抱えている患者やその家族が、希望を持って生きられるのではないかと思う。そして、朔太郎と節子が実践したような免疫力を高める方法が、本作を鑑賞した多くの人たちに引き継がれることによって、もっともっと進化し、医療の現場にも積極的に取り入れられて行くのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく感動的な物語でしたね。免疫力を高めることにより、医師の余命宣告さえも覆してしまうということを、本作が証明してくれていると思います。私たちの中にある免疫力や自然治癒力は、まだまだ計り知れないパワーを秘めているように感じます。

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2011.07.09

余部(あまるべ)橋梁

ホットヨガ(二四四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東京電力の福島第一原子力発電所で作業に当たっていた方たちが、熱中症のために医師の診察を受けられたそうですね。確か、防護服を着るとひどく暑いらしく、また、トイレに行くのもままならないと何かの記事で読んだことがあります。東京電力としては、熱中症対策として、防護服の下に保冷剤を入れたベストを着用するように指示していたそうですが、その指示に従っている作業員はほんのわずかだったとか。これからもまだまだ暑くなりますので、何とか工夫しながら作業を進めて欲しいものです。それでは週末になりましたので、城崎温泉で念願のカニ三昧(3)の続きを書かせていただきます。

 城崎温泉からの帰り、私たちはかつて香住町(かすみちょう)と呼ばれていた地域(現在は香美町(かみちょう))にある余部(あまるべ)橋梁に立ち寄った。ここは、鉄道でも何度か訪れ、自家用車でもおよそ五年前に訪れている。五年前に来たときは、餘部(あまるべ)鉄橋と呼ばれていた。それが、およそ三年の歳月を掛けて余部橋梁(あまるべきょうりょう)という近代的な橋に生まれ変わったのだ。

 私たちは駐車場にカングーを停め、生まれ変わった余部橋梁を見上げながら、小高いところにある餘部(あまるべ)駅を目指した。以前、餘部駅を訪れたときは、山道をくねくねと登ってようやく辿り着いた記憶があるのだが、今回はまだ余部橋梁の工事の名残があったためか、工事用通路のようなところを歩くことができたおかげで、餘部駅までの道のりがいくぶん短縮されていた。

 餘部駅に着いてみると、橋だけでなく、駅までも近代的に変わってしまっていた。かつての餘部駅には、餘部駅を作って欲しいと切望する児童たちが、餘部駅の建設のためにせっせと石を運んでいる様子が描かれた壁画が飾られていたものだった。しかし、もはやその壁画は撤去されてしまっていた。その代わりと言っては何だが、かつての餘部鉄橋の一部が餘部駅の椅子として設置され、再利用されていた。(餘部駅の歴史については、五年前の記事をご参照ください)

 餘部駅の更に上にある展望台には、今でもたくさんのギャラリーたちが三脚の上にカメラをセットして、撮影のチャンスをうかがっていた。そう、ここは鉄道ファンには有名な撮影ポイントなのだ。もちろん私たちも展望台に登り、上りと下りの列車を一本ずつ見送った。高所恐怖症の私でさえも、この展望台に来ると美しい景色に酔いしれる。誰しも、ここに来ると気分が高揚するのか、見知らぬ人との会話さえも成り立ってしまう。

 私たちが訪れたときも、ちょうどおばさんの団体さんが登って来られたにもかからず、間もなく立ち去ろうとされているので、
「もうすぐ列車が来ますよ」
と教えてあげた。その一言でおばさんたちは展望台周辺にしばらく待機され、新しくなった余部橋梁を列車が通過するのを楽しそうに見守っていた。

 私たちは、心行くまで美しい景色をカメラと心に焼き付けると、元来た山道を降りて、次なる目的地へと向かったのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、余部(あまるべ)橋梁をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 余部橋梁が新しくなっても、展望台から見える景色は変わりなく美しかったですね。私たちが訪れたのは去年の十一月の終わりでしたので、まだ東日本大震災の前でした。余部橋梁のすぐ近くには海もあり、海からのエネルギーをもらって生計を立てている方たちもいらっしゃるようでした。東日本大震災が発生してからは、海というと津波の危険性を想像してしまいますが、海にはこうしたおだやかな一面もあることを忘れてはならないのだと、今となっては思いますね。

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2011.07.08

ホットヨガ(二四四回目)

映画『毎日かあさん』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m あちらこちらのネットショップで売り切れが続出しているマジクールなどの冷感グッズですが、売れ行きがいいと聞いているのに、オフィスや電車の中で使用している人はいませんね。公共の場所で堂々と使用しているのは、私ぐらいなものです。(苦笑)ある派遣仲間に聞いてみたところ、彼女は自宅では使用しているとのことでした。なるほど、あれほど売れているはずなのに見掛けないのは、ご自宅で使用されている方が多いからなのですね。確かに地味な柄(がら)のものが多いですし、もうちょっとおしゃれな柄になれば、オフィスや電車の中で使用する人が増えて来るのかもしれません。

 七月二日土曜日は、梅田店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。着替えを済ませ、レッスン前にトイレに駆け込んでみると、うれしいことがあった。これまで自動で開閉していたトイレの蓋が取り去られていたのである。実は、人の動きを察知して自動で開閉するトイレの蓋は、タイミングが合わなくて使い辛かった。使いたいときに蓋が開いてくれなかったり、もたもたしているうちに、一度開いた蓋が勝手に閉じてしまったりするからだ。その蓋が取り去られていたので、私はとても快適にトイレを使うことができた。もしかすると、自動で開閉するトイレの蓋が取り去られたのは、節電対策のためなのかもしれない。

 今回のレッスンの参加者は十九名で、そのうち男性会員は一人だけだった。骨盤コースのレッスンで最も良くお見掛けする男性会員さんである。それにしても、やはり、毎週土曜日の同じ時間に行われている骨盤コースのレッスンで、これまで毎回お見掛けしていたご年配の女性のお姿が見当たらないのは寂しいものだ。骨盤コースを卒業され、他のレッスンに参加されているのだろうか。

 レッスンを担当してくださったのは、梅田店でオリジナルの骨盤コースのレッスンを展開してくださっていたインストラクターである。これまで、南森町店や京都店でお目に掛かったことのあるインストラクターでもある。ところで、先週受けた梅田店でのレッスンについて、書き忘れていたことがある。何と、これまでレッスンの度に、骨盤コースの一部の座位のポーズを省略してしまっていたインストラクターが、オリジナルの骨盤コースで行われていたレッスンに戻してくださったのだ。一体、何が起こったのかはわからないが、これはとても良い傾向である。

 それはさておき、私は前回同様、呼吸が浅くなりがちで、身体の動きに対し、呼吸が追いつかなかったためか、レッスン中に大きな息を繰り返す羽目になってしまった。どういうわけか、吐く息よりも吸う息のほうが浅くなりがちである。呼吸を深めるには、毎回、吸う息を強く意識してゆっくりと空気を吸い込まなければならない。

 私の場合、既に筋腫がかなり大きくなってしまっているため、ホットヨガのレッスン中に前屈したりうつ伏せになったりするポーズが苦手であることはこれまでにも触れて来た通りである。幸い、骨盤コースのレッスンにはうつ伏せになるポーズはないのだが、前屈するポーズはいくつかある。最近は、以前にも増して前屈するのが困難になって来たように思う。骨盤コースのレッスンで息を荒げて参加しているのは私だけで、他の方たちはみんな涼しい顔をした優等生である。

 あまりにも息が荒くて続かないので、私はレッスンの途中、スタジオの外に出て少し休んだ。そのとき、しばらくの間、ロビーにあったヨガの本を読んで過ごしたのだが、その本に掲載されているヨガのポーズを取っている女性の贅肉のない身体を見て、私の身体には余分なものがたくさん付き過ぎていると感じた。これらの余分なものを取り去るには、呼吸が深くならなければならないというのに、今ではそれがままならない。この傾向はこれからも続くのか、それとも貧血を和らげることにより改善されて行くのか、それはわからない。もしも貧血から来るものであれば、貧血が落ち着くことで改善されるのだろうが、そうでない場合は、筋腫が大きくなり過ぎて、お腹を膨らませる機能が劣化してしまっているとも考えられる。実際、そんなことがあり得るのかどうか、次回の診察のときにI医師に聞いてみようと思う。

 呼吸が浅いために大きな息を繰り返しながらも、前回のレッスン同様、汗をびっしょり掻いた。レッスンが終わる頃には、私の使ったフェイスタオルはじっとりと湿っていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 呼吸が浅いというのが、ここ最近の悩みであります。ちょっと困りましたね。こういうときは、腹式呼吸よりも胸式呼吸を行ったほうがいいのでしょうか。私は、複式呼吸のほうが実践しやすいのですが・・・・・・。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.07.07

映画『毎日かあさん』

城崎温泉で念願のカニ三昧(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 九州電力の「やらせメール」問題で、九州電力の社長が責任を取って、退任するかどうかを判断しようとしていますね。ううむ、何故、いつもこういうことになると、トップが退任しようとするのでしょうか。私にはそれが理解できません。「責任を取って退任する」ではなく、「責任を取って立て直す」のほうがずっとポジティブじゃないでしょうか。そういう視点からすると、管総理は今、とても良く頑張っていると思うのですが、相変わらず周りからの評価が良くないのは、人の話にちゃんと耳を傾けていないからなのかもしれません。それに対し、枝野官房長官の人気が高いのは、きっと福耳のせいもあるかと思いますが、やはりご自身の主張と人の話に耳を傾けることのバランスが取れている方だからだと思います。

 本作を鑑賞したのは、二月二十七日のことである。ガンモと一緒に鑑賞しようと思い、派遣会社の福利厚生サービスを利用して早々と格安の前売券を購入していたのだが、ガンモと私のスケジュールと映画の上映スケジュールがなかなか合わず、結局のところ、尼崎駅前にある映画館まで出掛けて行く羽目になってしまった。というのも、本作ともう一つ、別の作品を同じ日に同じ映画館で鑑賞したいと思っていたからだ。しかし、もう一つの作品が公開日からかなり日数が経過してしまっていたため、二つの作品を上映している映画館を探すのに四苦八苦してしまったのだ。そして、それらの条件を満たしてくれる映画館が、尼崎駅前にある映画館だったというわけである。

 私は既に映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう』を鑑賞していたので、本作のストーリーについてもだいたい予測がついていた。そう、映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう』も本作も、漫画家の西原理恵子さんとかつての夫だった元戦場カメラマンの鴨志田穣さんとの奇妙な夫婦愛を描いた作品なのである。映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう』が鴨志田さん目線の作品ならば、本作は西原さん目線の作品と言われている。

 どちらの作品を鑑賞しても、西原さんと鴨志田さんは、世間の型にはまらないご夫婦だったと言える。簡単に言えば、鴨志田さんがアルコール依存症であったために西原さんとの夫婦関係がうまく行かず、離婚することになる。しかし、離婚して別々に暮らし始めてもなお、二人の縁は切れることなく、再び家族として一緒に暮らし始めることになる。しかし、その間に、鴨志田さんの身体の中では、アルコール依存症のほかにも別の深刻な病気が進行していた。

 映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう』が鴨志田さん目線で描かれているためか、彼がどのような理由からアルコール依存症になってしまったのかがとても分かり易い。しかし、本作だけを鑑賞した人には、ひょっとすると鴨志田さんが単なる飲んだくれに映って見えてしまうかもしれない。私は、実際はそうではないことを知っている。鴨志田さんは戦場でたくさんの悲惨なシーンを目の当たりにしてしまったために、目に焼きついて離れなくなってしまったそれらの残酷なシーンを何とかして忘れようとするために、酒浸りになってしまったのではないだろうか。いわば、鴨志田さんのアルコール依存症は、戦場カメラマンとしての一種の職業病だったとも言えるのではないだろうか。それは、鴨志田さんが戦場で写真を撮っていたときに、「開かれていた」証でもあると思う。鴨志田さんの、その開かれいた部分から、いろいろなものが次から次へと入って来てしまい、鴨志田さんはお酒を飲まずにはいられなくなってしまったのではないかと推測する。反対に、鴨志田さんが「閉じた」カメラマンならば、戦場に赴いても受け取るものは少なくて、アルコール依存症になることもなかったのかもしれない。

 本作で注目すべきは、何と言ってもキャスティングだろう。西原さんを演じているのがキョンキョンで、鴨志田さんを演じているのが、かつてキョンキョンと実際に夫婦だった永瀬正敏くんなのである。私は、本作のポスターを公開前に映画館で目にしたとき、お二人が夫婦の役を演じることに驚き、立ち止まってポスターに見入ったものだ。しかも、私の記憶違いでなければ、永瀬くんはM型ライカを使いこなすかなりの写真好きではなかっただろうか。だから、戦場カメラマンとして活躍されていたという鴨志田さんがレンズを通して見ていたであろうものに、一歩近付くことができたのではないかと思う。

 ところで、映画『酔いがさめたら、うちに帰ろう』を鑑賞しているときも注目していたのだが、本作にも登場しているように、西原さんが仕事場で使っている椅子は、ずいぶん座り心地が良さそうである。やはり、描くということを職業にされている方は椅子にこだわりを持っていらっしゃるのだろう。仕事ではないが、「ガンまる日記」を毎日綴っている私も、座り心地のいい椅子を購入すれば、もっともっと作業が捗り、未来の記事までも書き溜めておけるかもしれない。とは言え、あんなに気持ちの良さそうな椅子ならば、椅子に座ったまま居眠りしてしまいそうな気もしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m およそ二ヶ月の間に、別々の監督によって、同じ家族のことを扱った作品を鑑賞するのは不思議なものですね。鴨志田さん目線の作品と、西原さん目線の作品と、それぞれ雰囲気は違っていますが、どちらにも描かれているのは、婚姻届とは関係のないところにある夫婦愛です。離婚しても絆が途切れず、ぎこちなさも感じさせないのは、二人の間にしっかりとした愛が根付いているからだと思います。表面的なことに惑わされずに、その根底にあるものに目を向けた家族の愛の物語だと思います。

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2011.07.06

城崎温泉で念願のカニ三昧(3)

魂としての輝きの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。九州電力が自社や子会社の社員に対し、原子力発電を支持するメールをある番組宛に送るように指示していたことが大きな問題になっていますね。いや、かつての企業には、これと同様の出来事がたくさん起こっていたと思います。しかし、これまでは、現代ほど情報が共有化され、外に漏れ出ることも少なかったために、企業のこうした活動が明るみになることも少なかったのではないでしょうか。そういう意味においては、決して九州電力だけを責められないようにも思います。例え規模は小さくても、私たちだって、普段の生活の中で同じような出来事に直面することもあるのではないでしょうか。例えば、同等の商品が店に並んでいる場合、息子が勤めている会社の商品を親が好んで購入したり、親戚や友人にも勧めたりすることもあろうかと思います。だからと言って、原子力発電に関わることですので、それらと同等に考えることはできませんが・・・・・・。やはり、単に利己的な想いからではなく、ベースに愛があるかどうかで判断することになるのでしょうね。それでは、城崎温泉で念願のカニ三昧(2)の続きを書かせていただきます。

 夕食をとったあと、私はしばらく部屋で休むと、再び城崎温泉の七つの外湯へと繰り出した。せっかく城崎温泉までやって来て、しかも、七つの外湯に何度でも入ることのできる城崎温泉外湯浴場入浴券を手にしているというのに、もったいないではないか。私は七つの外湯に出掛けるためにガンモを誘ったのだが、ガンモは「蟹三昧コース」でもはや身動きが取れないほどお腹がいっぱいになっていた上に雨も降っていたため、私一人で出掛けることになったのである。

 城崎温泉にやって来て、一人で、しかも夜に温泉街に繰り出したのはそれれなりの理由があった。というのも、私には、城崎温泉に来るとどうしても入っておきたい外湯があったからだ。その外湯とは、まんだら湯である。まんだら湯は、城崎温泉の七つの外湯としては温泉街のかなり奥のほうにあるのだが、そこには私の大好きな桶風呂の露天風呂があるのだ。私はまんだら湯の桶風呂に入ると、ツインソウルとの調和したエネルギーを感じることができる。ツインソウルと私のいびつな形をした魂の境界線がぴたりと合わさっている感覚を体験することができるのである。

 雨の中、まんだら湯までの比較的遠い道のりを、私は旅館で借りた傘をさしてずんずん歩いた。十一月の終わりだったので、私はこのときムートンブーツを愛用していた。温泉街を歩くならば、やはり丹前と浴衣だろうと思ったが、それだけでは寒いので、丹前と浴衣の間に何か着込んでいたと思う。そのようないでたちならば、当然、下は下駄を履くのが自然なのだが、冷え取り健康法のために重ね履きしている靴下を脱ぎたくはなかったので、私は旅館に用意されていた下駄ではなく、自前のムートンブーツを履いた。というのも、靴下を履いたままで下駄を履くと、ひどく歩き難いことがわかっていたからだ。そんな理由から選択したムートンブーツだったのだが、やはり雨が降っていたため、歩いているうちにムートンブーツは雨に濡れてびちょびちょになってしまった。

 雨に濡れながらもようやくまんだら湯に着いて中に入ってみると、ありがたいことに、いつも混んでいるはずのまんだら湯が思いのほか空いていた。カニシーズンの城崎温泉はひどく混雑するものだが、金曜日の夜だったことと、ちょうど夕食が終わる時間帯だったので、利用客が少なかったのだと思う。このときばかりは、夕食の開始時間を十八時にしてもらって良かったと思った。

まんだら湯(二〇〇五年二月撮影:再掲載)

 私は念願の桶風呂の露天風呂で半身浴をしながら瞑想に耽(ふけ)った。しかし、かつて感じたようなツインソウルとの調和したエネルギーを感じることはできなかった。私が瞑想をしていると、一人の利用客が桶風呂に入って来た。まんだら湯のおけ風呂は、一人用ではないので、他の利用客も遠慮なく入って来る。不思議なことに、一つの桶風呂に入っていると、どういうわけか相手がその桶風呂に入ることについてどのように感じているのかが良くわかる。ときには、「この桶風呂を一人で占有したいんだけどなあ」という相手の願望さえも感じ取ることがある。しかし私も桶風呂が大好きなので、なかなか譲らない。どうやらまんだら湯の桶風呂に入りたがる人たちは、私と同じように、この桶風呂を占有して一人になりたいと考えていらっしゃる方が圧倒的に多いように感じた。しかし、さきほど入って来られたその方は、まるで私が一人で桶風呂に入っているのと変わりがないくらいに、存在としてとても自然だった。私は、そのような方がいらっしゃることに驚いたものだ。その方の意識と私の意識は、桶風呂の中で反発し合うことなく同化していたのかもしれない。

 私は、心ゆくまで桶風呂に浸かり、たっぷりと半身浴をしたあと、再び雨の中を一人歩いて、ガンモの待つ旅館へと戻った。まんだら湯の桶風呂で半身浴を試みた私の下半身は、いつの間にか温まりすぎて赤く染まっていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m やはり露天風呂の桶風呂はいいですね。寒い時期の露天風呂で半身浴をすると、上半身が冷たくて下半身が温かいので、私のように上半身にほてりを抱え、下半身が冷たい人には最適だと思います。おかげで心行くまで下半身を温めることができました。混雑しているカニシーズンでも、空いている時間帯があることがわかり、ちょっぴり得した気分でした。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.07.05

魂としての輝き

映画『悪魔を見た』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。イ・ビョンホンのファンの方たちがたくさん訪問してくださったようです。どうもありがとうございます。m(__)m ちなみに、イ・ビョンホン主演の映画で私が大好きな作品は、何と言っても映画『夏物語』ですね。もう、ぐじゅぐじゅになるくらい泣きました。男女の愛を扱った作品を鑑賞したいという方にはお勧めです。ところで、和歌山県で震度五強の地震があったそうですが、和歌山にお住まいの皆さん、大丈夫だったでしょうか。和歌山県というと、我が家からもそれほど遠くはないと思いますが、私が住んでいる地域は震度二だったので、地震の最中に移動中だったこともあり、まったく揺れを感じませんでした。それにしても、今や日本列島のあちらこちらで震度五以上の地震が発生していますね。やはり、東日本大震災でかなりの歪みが生じてしまったために、その歪みを矯正しようと、日本列島が寝返りを打っている状態なのかもしれませんね。

 ここのところ、私が感じていることを皆さんとシェアしておきたいと思う。

 私たちは、一人一人が、生まれながらにして愛そのものである。誰かの笑顔を思い出すとき、私たちはそこに相手の魂としての輝きを感じ取っている。その相手は、ときには自分が周りに受け入れられていないという大きなストレスを抱えているかもしれない。また、人には言えない深い悩みを抱えているかもしれない。あるいは、大きな悲しみを背負っているかもしれない。しかし、本質は愛そのものだ。だから、周りが受け入れてあげることで、その人の魂はもっともっと輝きを増すことができる。

 究極的な状態にいるとき、私たちは普段受け取れないようなものを受け取ることができる。急な変更に対し、仕事を快く引き受けてくれる同僚や、重い状況に対し、臆することなく歩み寄ってくれる友人、また、多数の言葉の中に埋もれ、思わず素通りしてしまいがちな状況にあったとしても、忘れずにちゃんと立ち止まって適切な言葉を掛けてくれる人・・・・・・。そうした人たちは、普段は見えて来なくても、私たちが互いに支え合いながら生きていることを実感させてくれる。

 言葉はスピードが重要なのではない。もちろん、長さでもない。すれ違いざまに語り掛けられたときのような慌しさを感じさせる言葉には、想いがこもらない。残念ながら、そのような言葉は、相手に向けて発せられるや否や、その言葉を発した人が既に別の方向を向いてしまっていることを感じさせてしまう。これは、常にスピードを求められながら生きている現代人が陥ってしまいがちな落とし穴である。遅くても速くても、長くても短くても、その言葉の中にそれを発した人の魂のかけらが落とし込まれていれば、その言葉はいつまで経っても受け取った人の中に残り続ける。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちが究極的な状態にいるときは、本質的なものを求める傾向にあるようです。究極的な状況とは、余分なものを削ぎ落としたり、これまで見えなかったものが見えて来るチャンスなのかもしれません。知らず知らずのうちに、魂としての輝きを求めているのでしょうね。この時期に受け取ったものを決して忘れずることなく、いつか逆の立場でお返しできたらと思っています。

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2011.07.04

映画『悪魔を見た』

城崎温泉で念願のカニ三昧(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東海道新幹線で赤と黒のまだらの蛇が捕獲されたというニュースを読みました。座席にいたところを車掌さんが発見されたそうですが、蛇が座席指定券を持っていたら怖いですよね。(苦笑)中米・ホンジュラス原産の蛇だそうですので、おそらく乗客の誰かがペットショップなどで購入した蛇を新幹線で運んでいる最中に逃げ出してしまったのではないでしょうか。これは驚きの事件ですね。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、二月二十六日のことである。最初から、どんな作品であるのかを予習してから鑑賞に臨んだのだが、そんな予習をはるかに越えてしまっていた。もう、とにかく凄いのだ。そこで繰り広げられている、婚約者を殺されて復讐に燃える男と、血も涙もない猟奇的連続殺人鬼とのギリギリの戦いに、一体どちらが悪魔なのか、もはや区別がつかなくなってしまっていた。良くもまあ、このような作品を世の中に送り出すことができたものだと感心してしまう。韓国の人たちは、キムチを食べているからこんなに熱いのだろうか。それとも、焼肉を食べているからなのだろうか。ここまでしぶとくも残酷な作品を、私はこれまで観たことがない。

 実際に鑑賞するまでは、イ・ビョンホン主演の作品なので、どこかにちょっとした甘さが残っているのではないかとも思っていた。しかし、そんな予想は見事に裏切られた。ひょっとすると、イ・ビョンホンの熱烈なファンの方が本作を鑑賞された場合、途中で気持ちが悪くなって退場してしまうかもしれない。それくらい気合の入った作品である。

 イ・ビョンホンと対抗するのは、チェ・ミンシクである。今回、彼が演じているのは、血も涙もない猟奇的連続殺人鬼である。彼は確か、映画『ハッピーエンド』で妻に浮気される哀れな夫役を演じたり、映画『親切なクムジャさん』では、クムジャさんの復讐の対象となったペク先生を演じていた。映画『親切なクムジャさん』を鑑賞したときは、ここに描かれている連携プレイの復讐劇が、私の鑑賞した最も残酷な復讐劇だと思っていたのだが、本作は一人で下す直接的な残酷さという意味においては、映画『親切なクムジャさん』の残酷さを上回る作品なのではないかと思う。このように、韓国では、他の国々よりも、復讐劇が多く製作されているのかもしれない。

 イ・ビョンホンが演じているのは、婚約者を惨殺された国家情報院捜査官スヒョンである。スヒョンは、婚約者を殺した犯人を自分で探し出し、復讐しようと、休暇を取り、チェ・ミンシク演じる猟奇的連続殺人鬼ギョンチョルの住みかを突き止める。スヒョンはギョンチョルと常に張り合うくらい強く、それでいて、ギョンチョルを簡単には殺さない。ギョンチョルをギリギリのところでいつまでも生かしているところが、スヒョンの復讐に繋がっているのだ。

 ギョンチョルもギョンチョルで、スヒョンに激しく痛めつけられているというのに、その度に復活し、猟奇的殺人を繰り返す。スヒョンを駆り立てているものは婚約者を惨殺された復讐心だろうが、ギョンチョルを駆り立てているものは一体何なのだろう。愛のために残酷な悪魔になろうとするスヒョンに対し、ギョンチョルは自らの快楽のために悪魔になり、猟奇的殺人を繰り返す。スクリーンを通して、残虐な行為そのものは同じように映って見えても、二人の行為の前にある動機はまったく異なっている。本作を鑑賞する上で、そのことに注目しなければならないだろう。おそらく本作には、そうした皮肉も含まれているのではないだろうか。

 愛のために復讐を企てたスヒョンだからこそ、ラストの計画へと結び付いて行くように思う。ラストで彼が企てた計画は、彼が愛を知った人であるからこそ思いついた究極的な復讐方法なのだ。そこには、愛を知った者の何とも表現しがたい悲しみが漂っている。スヒョンとしても、愛を知った者して、この方法だけは実践したくなかったのではないだろうか。だから、最後の最後までその究極的な方法を実践せずにいたように思うのだ。

 目の前で起こっている出来事が例え同じように残酷なものであったとしても、それは愛を知った者によるやむにやまれぬ行為なのか、愛を知らずに自らの快楽のために行っているだけの行為なのかをしっかりと見極める必要があるように思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞中、「これは忘れられない!」というシーンがありました。お食事中の方には大変申し訳ないシーンであります。(苦笑)スヒョンはギョンチョルの行動を監視するために、ギョンチョルにGPSカプセルを飲み込ませるのですね。そのことに気付いたギョンチョルがトイレで・・・・・・。ああ、これ以上は書きたくありませんが、そのリアルな映像に思わず目を背けながらも、この映画はとにかくただものではないと感じていました。(苦笑)

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2011.07.03

城崎温泉で念願のカニ三昧(2)

城崎温泉で念願のカニ三昧(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、水の事故で小さなお子さんがお亡くなりになる事件が増えていますね。実は、これまでに何度となく触れては来ましたが、ガンモは子供の頃に、水の事故で弟を亡くしています。幼い子供を事故などで亡くすのは、親御さんたちにとって、立ち直るのに相当時間の掛かることだと思います。もしも気配りの範囲を広げるだけで幼い命を救うことができるのなら、どうか普段から気配りの範囲をしっかりと広げて、幼い子供たちの安全を守ってあげてくださいね。それでは、城崎温泉で念願のカニ三昧(1)の続きを書かせていただきます。

 今回、私たちが指定していたカニ料理のプランは、「蟹三昧コース」である。「蟹三昧コース」は、通常のコースよりもカニが二杯多い。そのため、チェックイン時にフロントのスタッフから、
「お客様は蟹三昧コースですので、ご夕食は十八時からのほうがよろしいかと思います」
と勧められていた。おそらく私たちが夕食を食べ終わるまでに時間が掛かることを考慮してくださってのことなのだろうが、ひょっとすると、私たちのためというよりも、できるだけ早く仕事を終えて帰宅したいであろう食堂スタッフへの気遣いだったのかもしれない。

 私たちが食堂に着いたのは、十八時を少し回った頃だった。私たちが、部屋番号の書かれた札の置かれているテーブルに落ち着くと、女性スタッフが私たちのところへやって来て、
「お布団を引かせていただいてもよろしいですか?」
と尋ねてくださった。食事付きの旅館に宿泊すると、たいてい、夕食をとっている間にスタッフが部屋にお布団を敷いてくださり、朝食をとっている間にお布団を片付けてくださる。もちろん、私たちは、最初からそれがわかっていたので、
「はい、お願いします」
と答えた。

 私たちはまず手始めに、カニのお刺身に手を付けた。切れ目の入ったカニの足を引っ張ると、中からプルプルした身が飛び出して来たので、私は急いでわさび醤油に浸し、活きのいいそれを自分の口の中へと運んだ。ああ、おいしい。さすが、城崎温泉の新鮮なカニである。この一年間、おいしいカニ料理を求めてあちらこちらを彷徨ったものの、結局、辿り着いたのは、これまで慣れ親しんだ城崎温泉だった。

 更に私たちは、カニ味噌の盛られた小皿を箸で突付いて平らげると、カニすきの準備に取り掛かった。土鍋に入れられたカニすきの汁がほどよく温まると、私たちは土鍋の中に次々にカニすきの材料を入れて行った。やがてカニすきの材料がぐつぐつと煮えて来たので、私たちはカニすきを小皿に取り分け、夢中で突付いた。その間にも、次々にカニ料理が運ばれて来た。ゆでガニと焼きガニである。その他にも確か、蒸しガニも運ばれて来たはずだが、もはや撮影したカニ料理の写真を見ても、どれがゆでガニで、どれが焼きガニで、どれが蒸しガニなのかわからない。

 カニすきを平らげたあとは、その残り汁の中にご飯と卵を落とし込み、海苔を振りかけてカニ雑炊をいただいた。ガンモは最初からピッチをあげて食べ続けたせいか、カニ雑炊を食べる頃には既にお腹が苦しいと言い始めた。私はというと、いつものようにマイペースで食べ続けたため、それほど苦しくはならなかった。写真ではピンぼけになってしまったデザートも、余裕でいただいた。

 今回、私たちが「蟹三昧コース」という、カニ尽くしとも言えるコースを堪能したのは、この一年のうちに、おいしいカニにありつけなかった反動だと思われる。とにかく私たちは、城崎温泉の常宿で、たくさんのカニを食べて食べて、食べ尽くした。私たちはもう、おいしいカニ料理を求めてあちこちを旅しなくてもいい。城崎温泉に来れば確実に、おいしいカニ料理を食べさせてもらえるのだから。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、城崎温泉で念願のカニ三昧をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ちなみに朝食のおかずは、お味噌汁に焼き魚と海苔、玉子焼き、湯豆腐、梅干などでした。ご飯はテーブルごとにお櫃に入れられて運ばれて来たのですが、私たちはお櫃に入ったご飯をノルマとして残らず平らげました。(笑)こうしておいしいカニ料理をたらふくいただきましたが、城崎温泉の記事は、他の記事を挟みながらもう少し続きます。よろしければ引き続きお付き合いくださいませ。

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2011.07.02

城崎温泉で念願のカニ三昧(1)

映画『相棒-劇場版II- 警視庁占拠!特命係の一番長い夜』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 節電への取り組みが本格化する中で、何と、スカートを履いて授業を行う千葉大学教授の写真を拝見しました。なるほど、男性にしてみれば、女性の履くスカートは涼しいと感じられるのでしょうね。確かに私も、足元が冷えるという理由から、ここ何年もスカートを履いていません。ガンモは、「スカートを履くくらいなら、短パンでもいいんじゃないか」と言っていましたが、写真で見ると、短パンよりもスカートのほうが上品な感じが漂っています。そのうち、男性用スカートが発売されるかもしれませんね。(笑)さて、ここのところの記事を書く余裕がありませんでしたが、久し振りにお届けしたいと思います。ずいぶん季節外れで申し訳ないのですが、城崎温泉にカニ料理を食べに出掛けたときのことを書かせていただきますので、しばらくお付き合いくだされば幸いです。

 冬になると、私たちはカニ料理を食べに城崎(きのさき)温泉まで出掛けている。しかし、そろそろ新しい場所を開拓してみたくなり、北海道まで足を伸ばしてみたり、また、同じ兵庫県の宮津(みやづ)までカニ料理を食べに行ったりもした。ところが、どこに出掛けて行っても、城崎温泉ほどおいしいカニを食べさせてくれるところに巡り合うことはできず、おいしいカニを食べたいという私たちの想いはずっとくすぶったままだった。そこで、これまでと同じ過ちを繰り返さないためにも、去年の十一月の終わりに、私たちは城崎温泉の常宿を訪れた。ちょうどカニシーズン中で、土曜日からの一泊では予約が取れなかったため、ガンモと私はわざわざ休暇を取り、金曜日の夜に宿泊することにした。

 城崎温泉までは、去年の十一月から装いも新たに運行し始めた特急はまかぜを利用する手もあったのだが、帰りに寄りたいところがあったため、ガンモの運転によるカングーで向かった。とは言え、私たちがカングーで出掛けるときは、列車の発車時刻などの時間の制約がないためか、ついつい家を出るのが遅くなってしまう。このときも、私たちが家を出たのはお昼過ぎのことだった。

 我が家から城崎温泉までは、およそ三時間あまり掛かってしまう。途中の休憩時間も加わったため、城崎温泉に着いたのは、十七時過ぎだった。これでは、夕食までに七つの外湯を堪能できないではないか。そこで私たちは、常宿から最も近い城崎温泉駅前の「さとの湯」を利用することにした。

 ご存知のように、城崎温泉には七つの外湯がある。城崎温泉の旅館あるいはホテルに宿泊すると、翌朝十時まで城崎温泉の七つの外湯で利用することのできる城崎温泉外湯浴場入浴券をもらえるのだ。これまでならば、常宿のフロントで必要な枚数だけ城崎温泉外湯浴場入浴券を受け取っていた。

城崎温泉外湯浴場入浴券(旧バージョン)

 ところが、私たちが一年間、城崎温泉を訪れないでいるうちに、城崎温泉外湯浴場入浴券は大きな進化を遂げていた。何と、有効期間や利用人数などの情報が埋め込まれたバーコードが印刷された一枚だけの城崎温泉外湯浴場入浴券に生まれ変わっていたのだ。なるほど、これは良いアイディアだと思う。何故なら、これまでは何ヶ月か先まで有効の城崎温泉外湯浴場入浴券を、必要な枚数だけ宿泊先の旅館なりホテルなりのフロントで受け取り、訪問した七つの外湯の受付に渡していたからだ。すなわち、一つの外湯を利用するにあたり、一人一枚の城崎温泉外湯浴場入浴券が必要だったため、利用客は城崎温泉外湯浴場入浴券を多めにもらっていたのではないかと思う。しかし、バーコード付きの城崎温泉外湯浴場入浴券ならば、何度でも繰り返し利用できるため、無駄がない。これまでの城崎温泉外湯浴場入浴券と比べると、ちょっと味気ない気はするものの、限られた資源をできるだけ再利用できるのは良いことである。

城崎温泉外湯浴場入浴券(新バージョン)

 私たちは、バーコード付きの城崎温泉外湯浴場入浴券を使って、夕食前に「さとの湯」でささっと入浴を済ませると、待ちに待った城崎温泉のカニを食べるために定宿の食堂へと向かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまでの城崎温泉外湯浴場入浴券には、ずいぶん無駄があるのではないかと感じていました。それが、一枚のバーコード付きの城崎温泉外湯浴場入浴券に変わったのは大きな進歩だと思います。とは言え、かつての城崎温泉外湯浴場入浴券は、東京都の公衆浴場で利用できる都内共通入浴券と良く似ていたので、東京時代を思い出して、懐かしくもありました。

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2011.07.01

映画『相棒-劇場版II- 警視庁占拠!特命係の一番長い夜』

上下の温度差沈静活動の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。七月に入りました。関東地方では、計画停電が予定されているようですね。東京電力のホームページを拝見すると、一日のうちの最も暑い時間帯でさえも計画停電の対象になってしまっていますね。とは言え、同じ時間帯における計画停電が一つのグループに偏ってしまわないように、複数のグループ間で計画停電の実施時間を少しずつずらす工夫がなされているようです。私自身、上半身にほてりを抱えていますので、自分が暑いと感じているときにどうにもできないときの気持ちは良くわかります。しかし、考えてみると、私たちが子供の頃は、夏の暑い時期に必ずしもクーラーの良く効いた部屋で過ごしていたわけではありませんでした。地球温暖化により、当時の夏の気温と現代の夏の気温には差があるのかもしれませんが、ひょっとすると当時の夏の過ごし方に、この暑い夏を涼しく過ごせるヒントが隠されているかもしれません。計画停電が実施される地域にお住まいの方が少しでも暑い夏を快適に過ごせるよう応援しています。

 本作を鑑賞したのは、二月二十五日のことである。私が好んで鑑賞する作品の分野を良くご存知の方ならば、私が本作のような作品を劇場で鑑賞したことに驚きを感じていらっしゃるかもしれない。実は、私自身もこうしてレビューを書きながら驚いている。私は普段からテレビも観ない上に、本作は私が好んで鑑賞するような作品ではないからだ。それでも鑑賞しようと思い立ったのは、おそらくこの時期に公開されていた第一候補から第何候補かまでの作品を既に鑑賞し尽くしてしまい、それでもまだ映画館で映画を鑑賞したい気持ちが残っていたからだと思う。実は、本作が鑑賞対象の候補に挙がったのは、私が昔、ミッチー(及川光博さん)のファンだったことも大きいだろう。その昔、私はミッチーのファンクラブにまで加入していて、ミッチーのライブに通ったことも何度かあったのだ。

 鑑賞してみると、なるほどこれは面白い作品だと思った。私はテレビを観ていないので、最近のミッチーの活躍ぶりはもちろんのこと、本作のテレビシリーズにおける水谷豊さんの鋭い切れ具合もまったく知らなかった。しかし、タイトルに「相棒」という言葉が使用されている通り、この二人の組み合わせは確かにいい味を出していると思う。一緒に仕事をするパートナーとしての相性の良さがにじみ出ているのだ。

 しかも、不明点を明確にして行くための着眼点が面白い。例えば、犯人の画像を何とかして取得しようと、犯人をデジタルカメラで撮影するときの大胆な行動力には笑った。最近は、画像処理の技術が進歩しているので、デジタルカメラで撮影した写真があれば、ある程度、人物を特定できるらしい。そう言えば、私が活用させていただいている旅行ブログのサイトでも、一つ一つの写真に対し、「似ている写真を探す」などというリンクが張られている。実際にクリックしてみると、まったく違う写真が表示されたりもするのだが、同じ観光地で他の人が撮影した写真が表示されることもある。本作では、デジタルカメラで撮影した犯人の画像データと、データベースに登録されている様々な人物の画像データを照らし合わせ、ものの見事に犯人を特定することができたのだ。

 その犯人はというと、警視庁の上層部の人たちを人質に取り、警視庁本部内に立て籠もっているのである。しかも、撮影したデジタルカメラの映像を分析して割り出した人物は、元警視庁刑事だったことがわかる。犯人が一体何を望んでいるのかを探って行くにつれ、過去に起こった出来事が少しずつ明るみになって行く。鑑賞する人たちは、次第に紐解かれて行く過去の出来事にどんどんのめり込んで行くだろう。そういう意味においても、実に良く出来た脚本だと思う。

 水谷豊さんというと、その昔、「カリフォルニア・コレクション」という歌が大ヒットしてブレークした。その頃だったか、ドラマで共演したミッキー・マッケンジーという外国人女優さんとゴールインしたものの、すぐに破局してしまった。その後、元キャンディーズの伊藤蘭さんと再婚し、現在に至るそうだ。

 事件を解決に導くための発想がユニークなことに加え、「相棒」というタイトルが見事に活かされるべく、水谷豊さんの個性とミッチーの個性がうまく溶け合っていることが、本作の人気の秘密なのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 水谷豊さんは、刑事さんや探偵の役がとてもお似合いだと思います。彼の会話のテンポが、頭の中で推理したり、ものごとを理論的に説明したりするのに向いていると思うからです。ミッチーもまた、水谷豊さんをサポートする役としてはまり役だと思いますね。(笑)

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