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2011.06.09

会話の内容ではなかった!

ブリージングストレッチセミナー in 京都(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 関西電力圏においても、十五パーセントの節電を要請する動きが出て来ているようです。何でも、地震や津波対策が不十分であるために、定期点検を終えた原子力発電が再稼動しない可能性もあるとか。いやはや、これは判断が難しいですね。地震や津波対策を取るにしても、どれくらいの規模のものを想定するのかなかなか判断できないでしょうし、もしもその想定を超える地震や津波が起こってしまった場合、東京電力の二の舞になりかねません。未来を予知できないだけに難しいですよね。しかし、夏にクーラーの使用を制限するようになれば、熱中症なども心配ですし、私自身、ほてりが強いので、できるだけ快適に過ごせるように今から更なる対策を練っておかなければなりません。

 これから書かせていただくのは、ブリージングストレッチセミナー in 京都(6)の記事に書かせていただいた、周囲の人たちと自分の望む話題で繋がれないという自らのぼやきへの反論である。

 先日私は、勤務先の上司に、
「(事情があって、)もしかするとこの先、一ヶ月か二ヶ月、お休みをいただくことになるかもしれません」
と伝えた。事情についてはここには書けないのだが、上司にはきちんと説明させていただいた。その事情については、仕事で使用しているメールにしたためるべきか、それとも派遣会社の営業を通して間接的かつ事務的に伝えるべきか、ずいぶん悩んだものだった。しかし私は、仕事中に今がチャンスとばかりに立ち上がり、上司のもとへと歩いて行き、自席で仕事をしている上司に向かって語り掛けたのだった。ひととおり事情を話すと、上司はとても驚き、
「こういう話は、ここで話すような内容じゃないですね」
ということでお互いの意見が合致した。要するに、本来ならば、会議室などにこもってひっそりと話す内容だったということだ。

 その会話を通して、実は上司も、私の直面している状況と当たらずとも遠からずの状況であることを聞かせてくださった。そのためか、自席での話をひとまず切り上げて持ち場に戻ると、あとから上司が声を掛けてくださり、
「ちょっと話をしましょうか」
と、私を休憩コーナーに誘ってくださった。

 休息コーナーといえどもオープンなスペースではあったのだが、他の人たちがパソコンに向かってしきりに仕事をしているすぐ側で声を潜めて話をするよりも、気兼ねすることなく話に没頭することができた。上司と私は休息コーナーのテーブルを囲み、お互いが直面している課題について、より突っ込んだ会話を実現させることができたのである。

 私はその経験を通して、こちらが心を開けば、相手も心を開いてくれることを実感した。例えそれが、私自身が会話として求めて止まない分野の会話ではなかったとしても、互いに臆すことなく本心で語り合うことができれば、会話の内容に関係なく相手と繋がることができるのだということを実感した。何を隠そう、その上司というのは、三ヶ月ほど前に、仕事中に大きな声で激しいバトルを繰り広げた上司だったのである。

 その事情について、何人かの人たちに報告したところ、中にはあまりにも内容が重過ぎたのか、返事が返って来なかった人もいたのだが、ほとんどの人たちはとても親身になって返事を返してくれた。中にはメールの内容を目で追った途端、突き上げて来るような感動に包まれ、嗚咽するほど高いエネルギーを放つメールもいただいた。

 これらの経験を通して、私は、人と繋がるのは、決して会話の内容ではないことを悟った。例えそれまでの間に一度も互いの本気の感情に触れることなく接していたとしても、いざというときに、互いにフィルタを通さない本気の感情で関わることができるかどうかがとても重要なことなのだとわかった。

 それと同時に、目で追う言葉は、必ずしも相手の感情とイコールではないこともわかって来た。目で追う言葉、すなわちメールなどの文字によるコミュニケーションは、実際の感情とは別にいくらでも装飾を施すことができる一方で、自分の感情にぴったりと合った言葉を探し当てることができず、実際の感情を表現するのに追いつかないことも多いようである。すなわち、目で追う言葉よりも感覚や行動のほうが、その人にとっての真実であることがわかったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 感情の領域とでも言うのでしょうか。普段、のほほんと生きていると達することのできない領域が確実に存在しますね。会話の内容ではなく、その領域に達したときに、いかに感情的にシンクロできるかどうかが重要なのだということが良くわかりました。「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中にも、忙しい中にわざわざ時間を割いてくださって、本気の感情で関わってくださった方がいます。心からありがとう。こういう体験もまた、必ず陰と陽がセットになっているのが実に不思議なところですね。言い換えると、究極的な陰の体験は、究極的な陽の体験とセットになっているということでしょうか。陰が深ければ深いほど、それと同じくらいの深さの陽を体験できるということのようです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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