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2011年6月

2011.06.30

上下の温度差沈静活動

ホットヨガ(二四三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 長野県の松本市で震度五強の地震があったそうですね。松本城の天守閣の壁にもひびが入ってしまったとか。学生時代に、松本にある温泉旅館で住み込みのアルバイトをしていたので気に掛かります。地震の被害に遭われた皆さんにお見舞い申し上げます。

 毎日、とても暑いというのに、節電対策のため、オフィスを冷やす冷房はやや緩めに設定されている。冷房対策というカテゴリまで作っているように、数年前まで、私は夏のオフィスの寒さに凍える毎日だった。それなのに、今では上半身にほてりがあるために、上半身が暑くて暑くてたまらない。何しろ、冬でもオフィスでは半袖Tシャツで過ごしているくらいだから、節電対策が行われているオフィスの緩い冷房が、今の私にとっていかに暑いかがおわかりいただけるだろうと思う。

 オフィスが寒いと感じていたときも、なりふりかまわ我が道を行く私だったが、暑くなってもそれは変わらない。自分の身体は自分で快適にしなければ、暑さ寒さは他の人には調整することができないのだ。というわけで、私は相変わらず冷える下半身を温めつつ、ほてりのある上半身を冷やしている。

 上半身を冷やすことに関しては、これまで冷たい感覚が比較的長時間持続するマジクールなどのはちまきタイプの商品を活用して来たのだが、私の場合、特に腕や手が熱くなるので、マジクールよりも冷やせるエリアが広い商品を探していた。そこで辿り着いたのが、【あす楽対応】6月だけで300枚突破!繰り返し使えてエコ♪電気・冷凍庫不使用なのに冷たい!【...である。

 私はこの商品を、まだ夏が始まる前にたまたま衣料品店で見付け、格安だったので購入しておいた。そして、上半身のほてりを抑えるために、夏が始まる少し前からオフィスで使用し始めたのだ。

 使用してみてわかったことは、マジクールなどのはちまきタイプの商品よりも面積が広い分、冷たくて気持ちのいい感覚を味わうことができるということだった。実際、見た目を気にしなければ、現在のように緩く冷房の効いたオフィスで使用するにはもってこいの商品である。ただ、マジクールなどのはちまきタイプの商品は、吸水ポリマーが水をたっぷり含むため、冷却期間が持続するものの、【あす楽対応】6月だけで300枚突破!繰り返し使えてエコ♪電気・冷凍庫不使用なのに冷たい!【...は冷やすエリアが広いだけに、布が薄く、乾燥したオフィスでは、使用し始めてわずか数時間程度でパリパリに乾いてしまう。そのため、トイレに立ったタイミングで、乾いていないかどうかをチェックして、水分を補給している。

 ちなみに私が使用しているのは、【あす楽対応】6月だけで300枚突破!繰り返し使えてエコ♪電気・冷凍庫不使用なのに冷たい!【...のスカーフタイプである。これをグルグルと両腕に巻きつけ、髪の毛を結ぶゴムでその上下を固定させている。スカーフタイプなので、首に巻くときは専用のゴムを活用すれば便利である。

 さて、冷房の冷たい空気はどんどん下に溜まるので、オフィスにいるときは、下半身の対策も怠ってはいけない。これまで私は、百円ショップで購入した発汗作用を促すグッズで足首周辺を守って来たのだが、今ではかるい ふっくら あったか 羽毛で包むレッグウォーマ・サイズオーダー着脱簡単【送料別途】...に落ち着いている。

 これは、羽毛布団を再利用して作られた羽毛のレッグウォーマーで、着けてみるととても温かい。少し前までは、これともう一つ、売り切れとなってしまっている羽毛が軽くて暖かなダウン レッグウォーマー。一度使うと手放せない ぽかぽかアイテム!メンズ...を代わる代わるズボンの上から履いていたのだが、さすがに気温が高くなって来たので、今ではズボンの下にこっそり着けて足首周辺を守っている。この方法ならば、この暑い時期に羽毛のレッグウォーマーを使用しているようには見えないからだ。

 すなわち、上下の温度差のある私の場合、下半身は羽毛のレッグウォーマーでしっかりと温めながら、上半身は冷感グッズでせっせと冷やしているといわけなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どうしてこんな身体になってしまったのか、いつの間にか、上半身と下半身で温度差のある身体になってしまいました。(苦笑)先日、お年寄りの女性たちと話す機会がありましたが、お年寄りの女性たちは、更年期障害の時期でさえも、上半身のほてりを感じたりすることはなかったそうです。また、現在も、下半身が特に冷えるということもなく、ひざ掛けも必要ないと言われました。私は、女性は下半身が冷えるものだと思い込んでいたので、ひざ掛けが必要ないと言われたときにはとにかく驚きましたね。やはり、冷房が当たり前になっている現代と昔では、女性が身体に受ける影響も変化しているのかもしれません。

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2011.06.29

ホットヨガ(二四三回目)

映画『戦火の中へ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。気温が上昇し、熱中症で亡くなられた方たちのニュースが報道されていますね。まだ六月だというのに、甲府では三十八.五度まで気温が上昇したとか。いやはや、恐ろしいことであります。「暑いなあ」と思っていても、まさかそこまで気温が上昇しているとは気付かずに、普段と変わりなく過してしまうのかもしれません。皆さんも、こまめな水分補給を心掛けてくださいね。

 六月二十五日は梅田店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。諸事情により、ホットヨガのレッスンに通うのはおよそ三週間振りのことである。実のところ、今回のレッスンも、参加しようかどうしようかとずいぶん迷ったのだが、あれこれ考えた挙げ句、思い切って参加することにした。

 今回のレッスンの参加者は十八名だった。しばらくレッスンから遠ざかっているうちに、いつも梅田店で骨盤コースのレッスンを一緒に受けていたご年配の女性のお姿が見えなくなってしまったのが少し残念に思えた。ちなみに男性会員は、十八名の参加者のうち、わずか一名だけだった。奥様とご一緒に参加されている男性である。その奥様は、以前は少し戸惑いながら骨盤コースのレッスンを受けていらっしゃったのだが、その戸惑いもなくなってしまっていることから、今ではすっかり骨盤コースのレッスンの常連さんのようである。

 ところで私は少し前から、自分の呼吸が浅くなってしまっていることに気が付いていた。どうやらその原因は、貧血から来ているようである。レッスンの数日前に生理が終わったばかりだったのだが、今回は生理の出血量がやや多かったためか、生理が始まって四日目くらいから急に呼吸が浅くなってしまったのを感じたのである。ひょっとすると、このまま呼吸をしなくても生きていられるのではないかと思うくらい、呼吸が浅いなってしまったのだ。これはまずいと思い、以前、I医師が処方してくださった鉄剤がまだ残っていたので、しばらく服用することにした。ところが、前回、鉄剤を服用してからずいぶん時間が経ってしまっているため、服用する量を間違えて、一回一錠のところを一回二錠も服用してしまった。二日続けて一回二錠も服用してしまったのだが、何となく以前、服用していたときの感覚を思い出し、お薬手帳を確認したところ、やはり一回一錠だけであることがわかった。そこで、一回一錠に戻して服用を始めたところ、少し呼吸が楽にはなったものの、それでも以前に比べるとまだまだ呼吸は浅いようである。

 とは言え、久し振りのレッスンだったことと、生理が終わって数日経っていたからか、身体が排泄モードに切り替わっていたようで、汗をたくさん掻いた。貧血のため、呼吸が浅くなりがちで、ポーズもろくに取ることができなかったのだが、それでもフェイスタオルが私の汗をたっぷり含んでじっとりと濡れるくらい汗を掻いたので、とても気持ちが良かった。

 レッスンを終えたあと、受付でヨガマットのレンタル料として千円を払った。六月中にヨガマットのレンタル料を更新するように促されていたためである。それはさておき、私は今後のレッスンに通えるかどうか、あれやこれやと思いを巡らせていた。というのも、私は去年、VIP会員の申し込みをして、誕生日月に十パーセントオフで回数券を購入できる権利を獲得している。現在、私が使用している回数券は来月で切れることになっている上に、来月は私の誕生月なのだ。とは言え、現在の私の状況からすると、これまでのペースではレッスンに通えなくなる可能性もある。自分の未来設計を確実なものにするためにも、これまで通り、五十回回数券を購入してしまうのも一つの手かもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とにかく今回のレッスンでは汗をたくさん掻きました。やはり、生理が終わったあとは、身体が排泄モードに切り替わっていますね。だから、ダイエットには向いている時期とされています。反対に、生理の前は、生理に備えて身体が水分を溜め込もうとするので、なかなか痩せないそうです。

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2011.06.28

映画『戦火の中へ』

招かれざる客の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。熊本で震度四の地震があったそうですが、熊本にお住まいの皆さん、大丈夫でしょうか。日本のあちらこちらで地震が起こっていますね。日本は地震大国だなどと言われていますが、ようやくそれを実感するようになって来たこの頃です。急に揺れると驚きますので、地震については正確な予知ができるといいですね。

 本作を鑑賞したのは、二月二十三日のことである。映画『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』を鑑賞して間もない頃だったので、短期間のうちに戦争映画ばかりを鑑賞することに多少のためらいもあった。しかし、鑑賞して本当に良かったと思った。というのも、映画『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』とはまた違った意味で、ずいぶん見応えのある作品だったからである。

 本作は、朝鮮戦争のときに、ほとんど戦闘経験のない韓国軍のわずか七十一人の学徒兵たちが、北朝鮮軍と激戦を繰り広げる様子が描かれている。何と、この悲惨な物語は、実話に基づいているのだそうだ。

 最初のうち、七十一人の学徒兵たちは、まとまりがなかった。多くの学徒兵たちは、学徒兵のリーダーに任命されたジャンボムの指示に従っていたものの、少年院送りを逃れるために兵士に志願したガプチョらは、いつもジャンボムに反発していた。しかし、やがて七十一人の学徒兵たちは本格的な戦いを強いられることになり、その戦いを通じて、これまで反発し合っていた心がようやく一つになるという感動的な物語となっている。とは言え、ようやくそこに真の友情を見出したというのに、一つになる時期があまりにも遅過ぎて、涙を誘うのである。

 歴史的な出来事は、様々な要因が重なった末に起こるものだと実感する。わずか七十一人の学徒兵たちが北朝鮮軍と激戦を繰り広げることになってしまったのは、国連軍の支援を受けていた韓国軍が軍司令部のあった浦項に駐留していたというのに、招集がかかってしまったことに起因する。しかも、北朝鮮軍の部隊は、上司の命令に背いて浦項にやって来る。学徒兵たちは、慌てて韓国軍に応援を要請するものの、そのときの戦いが劣勢に傾いていた韓国軍にには援軍を回す余裕がなかった。浦項にやって来た北朝鮮軍のパク・ムラン少佐は、韓国軍の学徒兵たちに降伏するよう提案するものの、彼らは降伏することなく、七十一人の学徒兵だけで北朝鮮軍と戦うことになってしまったのである。

 私たちは、本作のような戦争映画を通して、戦争がいかに悲惨なものであるかを疑似体験する。これはたまらんと思ったのは、戦死した韓国軍の兵士たちの遺体を学徒兵たちが埋葬するシーンである。現代の日本で誰かが亡くなれば、近親者が葬儀をあげて、僧侶がとなえるお経により死者の魂が安らかになると、やがて火葬される。しかし、戦争中に亡くなった兵士たちは、土の中に埋められるだけである。そこには、ただ一人の兵士だけでなく、何人もの兵士たちの遺体が時間を置かずに次々に埋葬される。戦争で人の命の尊さが忘れ去られてしまうのは、このように大量の遺体を目にすることになるために、本来の感覚が麻痺してしまうからだと思う。あるいは、ただ一つの命を失った悲しみに立ち止まり続けることはできない状況のために、悲しみをよそへ追いやって、戦い続けるのかもしれない。いずれにしても、自分の本当の気持ちを味わい尽くさずに次の段階へと進んでいるために、精神的な後遺症が残ってしまいかねない。どうやら、感覚を麻痺させて、無理に次の段階へと進もうとするのが戦争のようである。

 私はこれまで、戦争映画はあまり好きではなかったと書いて来た。実際、その通りなのだが、それでもこの世の中に多くの戦争映画が存在するのは、悲惨な出来事を通して私たちが学ぶべきものがそこに隠されているからだと思う。戦争映画の作り手は、どうしてもそれを伝えたくて戦争映画を世の中に送り出しているのだと思う。

 ちなみに本作の監督は、映画『サヨナライツカ』のイ・ジェハン監督だそうだ。映画『サヨナライツカ』では、まったくと言っていいほど感動がなかったのだが、本作はとても感動的で、骨のあるいい映画を観させてもらったと思っている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 北朝鮮軍を率いるパク・ムラン少佐を演じていたチャ・スンウォンもなかなかいい味を出していました。グループのリーダーとなる人は、ある程度、話のわかる人なのかもしれません。もしも学徒兵たちが、パク・ムラン少佐の提案を受け入れて降伏していたならば、本作で描かれているのとはまた違った結末があったことでしょう。しかし、学徒兵たちは勇敢に戦いました。訓練のときにはなかなか一つになることができなかったのに、究極的な状況に追い込まれると、人間はようやく本心を引き出せるのかもしれません。

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2011.06.27

招かれざる客

帰巣本能の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。少し前に、ポンパレで五百円のマックカード(マクドナルドのプリペイドカード)をわずか百円で購入しました。それがようやく送られて来たのですが、何とマックカードの現物をメール便で送付されているのですね。百円しか払っていないのにその中身は実質五百円であり、しかも送料まで掛かっているわけです。消費者にとっては大変ありがたい話ではありますが、これではかえって大赤字なのではないかと、こちらが心配になってしまいました。(苦笑)

 人々が深い悲しみにうちひしがれているときでさえ、その機会を利用してやろうと目論む人たちがいる。例えば、葬儀の席で来賓席の先頭を陣取る議員たちである。はっきり言って、彼らは生前の故人とは何の関係もない。ただ新聞などの情報から、そこで葬儀が行われることを知り、たまたまスケジュールが空いていたために立ち寄っただけである。だから、葬儀の最中に退屈そうに貧乏ゆすりをし、自分のお焼香が終わればさっさと退場してしまう。彼らにとってそれは営業活動であり、葬儀に参列したことをアピールできればそれで目的は達成されるのだ。おそらく彼らは、葬儀の途中で退場したあと、スケジュールの許す限り、次なる葬儀場へと向かい、同じことを繰り返しているはずである。また、葬儀に参列できないときは、弔電を打って自らの存在をアピールする議員たちもいる。言い換えれば、葬儀という厳粛で愛に溢れた神聖な場が、議員たちの営業活動に利用されていると言っても過言ではない。

 葬儀の翌日に呼び鈴を鳴らす人たちもいる。仏壇のセールスや香典返しのセールスである。仏壇のセールスは、
「できればお焼香させてください」
と言って、家の中に入るチャンスをうかがおうとする。そして、家の中に入ることができれば、仏壇を買って欲しいがために、仏壇についてあれこれ意見を言うのだろう。お焼香したいと申し出る人を断る人は少ないために、そうした心理をうまく突いた商法だと感じる。

 私たちは愛に包まれているとき、愛に包まれていない行為をたちどころに見破る。愛に包まれていない行為に違和感を感じてしまうのだ。しかし、儀礼として、いつの間にかそうした行為を容認してしまってもいる。その一方で、愛に包まれている行為と愛に包まれていない行為が同時に存在しているからこそ、愛に包まれている行為をとても温かく感じられるのもまた事実なのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 世の中には、「何故、存在しているのだろう? (風習も含めて)こんなもの要らないんじゃないか?」と首をかしげてしまうものがありますよね。しかし、そう思えるのは、私たちが愛に包まれている証拠なのかもしれませんね。

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2011.06.26

帰巣本能

映画『しあわせの雨傘』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m あまりにも暑い上に風もなかったため、とうとう我が家もこの夏初めてのクーラーを稼動させてしまいました。六月からクーラーを稼動させるのは、我が家では異例のことであります。この夏が、去年のように猛暑にならなければいいとは思っていますが、六月の時点で既に気温が三十度に達していますので、心配ですよね。私のように上半身のほてりを抱えている方もいらっしゃるかと思いますが、例え猛暑であっても、できる限り工夫して涼しくお過ごしくださいね。

 父ちゃんのことを記事に書くのは、ずいぶん久し振りのことである。そう、「ガンまる日記」で父ちゃんと言えば、我が家のベランダに棲み付いているの父ちゃんのことである。思えば父ちゃんとの付き合いも、今年で丸六年になる。

 父ちゃんは、かつて三代目母ちゃんと夫婦の契りを結んでいたが、一年ほど前から三代目母ちゃんの姿が見えなくなり、それ以来、ずっと独身を通している。これまでの父ちゃんならば、すぐにどこかの鳩の社交場で新しい嫁さんを見付けて来ては再婚を繰り返していたのだが、再婚もせずに単独で行動するようになったのである。鳩の世界では三回までの婚姻しか認められていないのか、はたまた、三代目母ちゃんのことを猛烈に愛していて今でも忘れられないでいるのか、あるいは、実際は若い雌の鳩に何度もアタックしてはいるものの、老体のためにもはや相手にされていないのか、それとも、生殖機能が衰えてしまっているために、もはや雌の鳩を追い求めなくなったのか、それは私たちにもわからない。

 そんな父ちゃんは、マンションの大規模修繕が終了したあと、私たちの部屋のベランダにしばらく単独で棲んでいた。一時期までの、父ちゃんと歴代の母ちゃんたちの間に生まれた子供たちとのにぎやかな共同生活を思えば、ベランダに父ちゃん一羽だけというのは、ずいぶん平和で静かなものだった。

 ところが、ちょうど六月に入った頃だったろうか。父ちゃんの娘夫婦(これまたややこしいのだが、一時的に今は亡きTKMYの婿となったイケメンくんが、TKMY亡きあと、TKMYの妹と結婚した)と一緒に我が家のベランダに棲み始めた。父ちゃんにしてみれば、これまで自分だけでこのベランダと私たちに与えられる餌を占有できていたものだから、自分の縄張りを守るために、毎日のように娘夫婦たちと激戦を繰り広げていた。

 そんなある日、突然、父ちゃんの姿が見えなくなった。雄の鳩は、昼間のうちはどこかに出掛けていても、暗くなる前に必ず帰って来る。ちなみに、雌の鳩ならば、どこかに巣を作って卵を産んでいる場合、夜間に卵を温める当番なので帰って来ない。しかし、縄張り争いを繰り広げるほと我が家を気に入ってくれていた父ちゃんが帰って来なくなってしまったのである。私たちは、父ちゃんの身の上に何かが起こってしまったのか、それとも、父ちゃんの娘夫婦が父ちゃんを追い払ってしまったのかと思い、娘夫婦に、
「父ちゃんはどこへ行った? あなたたちが父ちゃんを追い出したの?」
などと問い掛けていた。しかし、そんな私たちの問い掛けに対し、娘夫婦が答えてくれるはずもなかった。

 それから二週間近く経った頃だろうか。私が寝室のベッドの上でくつろぎながら、ノートパソコンを広げて書き物をしていると、ベランダから父ちゃんの鳴き声が聞こえて来るではないか。かれこれ六年もの付き合いになれば、それが父ちゃんの鳴き声かどうかはすぐにわかる。私はガンモに、
「父ちゃんの声だ! 父ちゃんが帰って来た!」
と言って、寝室の窓を開けた。するとガンモもすぐに窓辺に掛け寄って来て、ベランダの様子を確認した。

 そこには確かに父ちゃんの姿があった。しかし、負傷しているのか、左側の肩と言うべきか、羽が下に下がっていた。おまけに歩き方も何だかぎこちない。その様子からして、父ちゃんが、命からがら飛んで来たように見えた。いつもならば、私たちが寝室の窓から顔を出すと、餌をもらえるとばかりに喜び勇んで窓辺に飛んで来るのだが、帰って来たばかりの父ちゃんは、ベランダの下から私たちのいるベランダの窓辺を見上げるものの、ベランダの窓辺までは飛んで来られない様子だった。それでも、マンションの五階にある私たちの部屋のベランダまで飛んで帰って来たのだから、父ちゃんとしてもかなり踏ん張ったのだろう。

 ガンモはすぐに台所からベランダに飛び出して、お腹を空かせているであろう父ちゃんのために餌を与えた。おそらく父ちゃんは、しばらく餌にありつけていなかったのだろう。餌箱をがつがつと突付きながら餌を食べた。父ちゃんは思うように飛べないようだったが、食欲はあるようなので、ひとまず安心である。餌で空腹を満たした父ちゃんは、今は亡きTKMYやキッコロが巣を作っていた排水溝のあたりを陣取り、身体を休めていた。ガンモは父ちゃんのために、排水溝のすぐ近くに餌の入った餌箱と水の入った水入れを置いた。

 朝、起きて父ちゃんの様子を確認してみると、父ちゃんはまだ排水溝のあたりにいた。夜が明けても飛び立って行こうとしないということは、やはり身体が弱っているのだろう。相変わらず左側の肩が落ちていて、歩き方もぎこちなかった。良くもまあ、そんな状態で我が家に帰って来られたものである。

 ガンモは、
「俺は父ちゃんの介護があるから、旅行には行けない」
などと冗談を言った。しかし、その後、やむにやまれぬ事情により、数日間、家を空けることになった。そのときガンモは、帰宅する頃になると、
「父ちゃん、大丈夫かな」
としきりに心配していた。そしてガンモは帰宅するや、ベランダに出向き、父ちゃんの様子を見に行った。父ちゃんは、これまでよりも元気そうだった。ただ、出掛ける前に餌箱にたっぷり入れておいた餌は、きれいになくなってしまっていた。父ちゃん以外の鳩が餌箱を突付いたのかもしれない。ガンモが餌箱に餌を入れると、父ちゃんは夢中で餌箱を突付き始めた。

 その後、父ちゃんは順調に回復し、朝になるとベランダから飛び立って行くようになった。父ちゃんの身に何が起こっていたのかはわからないが、とにかく父ちゃんは命からがら我が家のベランダに戻って来て、餌を食べて元気になりつつあるようだ。これらのことからも、どうやら父ちゃんの中に、我が家のベランダが自分の住処であるという認識があるのはほぼ間違いないだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 父ちゃんは、去年の秋にマンションの大規模修繕が行われているときにも、おそらく修繕に使われていた塗料の匂いを嫌ってだと思うのですが、しばらく私たちのマンションのベランダから離れていました。それでも、大規模修繕が落ち着くとまた戻って来ました。そして今回は、おそらく飛べない状態になっていたために、しばらく戻って来られなかったのでしょうね。これまで、父ちゃんの歴代の母ちゃんたちが帰って来なくなったことが何度かあるので、ひょっとすると父ちゃんの身の上にも何かが起こってしまったのではないかと心配していたのですが、何はともあれ、我が家に戻って来てくれた上に体力も回復したので、安心しています。

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2011.06.25

映画『しあわせの雨傘』

ブリージングストレッチセミナー in 京都(10)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。古久澤先生が、twitterで「ガンまる日記」をご紹介してくださいました。どうもありがとうございます。m(__)m そう言えば、もうすぐ名古屋セミナーですよね。名古屋セミナーが開催されるとわかったとき、参加申し込みの受付が始まったら真っ先に参加申し込みをさせていただこうと意気込んでいたのですが、残念ながら、事情により参加できなくなってしまいました。名古屋セミナーに参加される皆さん、どうか名古屋セミナーを思い切り楽しんでくださいね。

 本作を鑑賞したのは、二月二十一日のことである。予告編を観て気になり、本作が劇場公開されたら必ず鑑賞しようと心に決めていたにもかかわらず、上映スケジュールと私のスケジュールが折り合わず、なかなか鑑賞することができなかった。そうこうしているうちに、いつも足を運んでいる映画館での上映が終了してしまい、残念に思っていたところ、別の映画館での上映が始まったのでこれ幸いと思い、一足遅れての鑑賞となった。

 実際に本作を鑑賞してみると、予告編から描いたイメージとは大きくかけ離れていた。一言で言うと、本作は映画というよりも、テレビドラマにありがちなコメディだと思う。しかも、主な登場人物は、パートナーを裏切ることに対して罪悪感のない人たちで構成されている。とは言え、本作がフランス映画であることを思い出せば、それも納得が行く。

 カトリーヌ・ドヌーヴ演じるスザンヌは、雨傘工場を営む夫、ロベールの妻である。何不自由ない裕福な暮らしをしているスザンヌだったが、あるとき娘に「お飾りの妻」呼ばわりされてしまう。「お飾りの妻」とはすなわち、日々きれいに着飾り、夫の言うなりではあるものの、実際には役に立っていない妻のことである。本作の原題となっている"POTICHE"は、暖炉などに飾る壺のことをさし、美しくても、実際には役に立たないものを意味しているそうだ。要するに"POTICHE"とは、スザンヌのような女性たちのことを軽蔑して用いる表現らしい。

 あるとき雨傘工場で働く従業員たちは、労働組合の要求を拒否されたことを理由に、ロベールを社長室に監禁してしまう。そのことを知ったスザンヌは、かつての恋人であった市長のモリス・ババンに助けを求めに行く。おかげでロベールは解放されるものの、心臓発作で倒れてしまい、これまで何も知らなかったスザンヌが新社長を務めることになる。そのことをきっかけに、スザンヌが次第に夫からの自立へと動いて行くことは容易に想像できる。そういう展開はもちろん応援できるのだが、前述したように、主な登場人物たちがパートナーを裏切ることに対して罪悪感を持たないのは、私の中では大きな減点ポイントである。

 ロベールを演じているファブリス・ルキーニは、フランスのコメディ映画にはしばしば登場する役者さんである。真面目な顔をしておどけた役柄をこなすので、とにかくおかしいのである。私の中で、彼が演じた最もお気に入りの役柄は、映画『PARIS(パリ)』の歴史学者である。また、映画『モリエール 恋こそ喜劇』の金持ちの商人も良かった。本作では、雨傘工場の秘書と浮気をしながら、雨傘工場ではワンマンな社長を演じ、家庭では亭主関白の夫を演じている。

 夫からの自立を果たしたスザンヌだって負けてはいない。妻がひとたび夫から自立してしまえば、いつまでも夫に対して従順かつ貞淑な妻ではないのだ。とは言え、人と人との相性の良さを考えたときに、最もその人らしさを互いに引き出し合える間柄が素晴らしいのだとしたら、スザンヌを「お飾りの妻」に留めておいたロベールは、スザンヌにとっては理想的な夫ではなかったのかもしれない。スザンヌが自分の言いなりになってくれることでロベールにとって都合が良かったのならば、ロベールはスザンヌを利用していたことになりはしないだろうか。かと言って、スザンヌにとっての理想的な男性が、かつての恋人であったモリス・ババンであったとも思えない。スザンヌの自立は、もはや夫であるロベールやかつての恋人であるモリス・ババンでさえも大きく引き離してしまったように思えるからだ。

 ちなみに本作でメガフォンを取ったのは、映画『ぼくを葬(おく)る』、映画『Ricky リッキー』、映画『エンジェル』などのフランソワ・オゾン監督である。私は、これらの近年の彼の作品しか鑑賞していないのだが、好みを言わせていただくならば、例え多くの人たちが本作を支持していようとも、私はやはり本作よりも他の作品のほうが好感は持てるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 予告編から、勝手にイメージを膨らませて鑑賞に臨んだのですが、予想に反して軽いタッチの作品でした。(苦笑)それでも、鑑賞された方たちの評価はずいぶん高いようです。予告編を観て勝手にイメージを膨らまさず、映画を現実と切り離して楽しまれた方が多いのかもしれませんね。

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2011.06.24

ブリージングストレッチセミナー in 京都(10)

鈴虫寺の幸福御守の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m それにしても暑いですね。我が家はまだクーラーを使用していませんが、そろそろ扇風機だけでは、この暑さをしのげなくなってしまうような気がします。とは言え、六月にクーラーを使用するなんて、我が家では前例のないことですので、もう少し踏ん張らなければと思っています。(苦笑)それでは、ブリージングストレッチセミナー in 京都(9)の続きを書かせていただきます。

 懇親会について綴る前に、一つ書き忘れていたことがあった。セミナー会場で、過去二回の神戸セミナーのお世話をしてくださったみぃみさんにお目に掛かったのだ。何だか私よりも派手な方がいらっしゃるなあと、ライバル意識を抱きながらチラチラと拝見していたところ、みぃみさんだったのだ。残念ながらみぃみさんは、このあとお気に入りのアーチストのライブに参加されるご予定があるとかで、懇親会は欠席された。私は、「また神戸でもセミナーを企画してくださいね」とお願いしておいた。

 さて、京都駅前にある懇親会の会場まで、みんなでぞろぞろ歩いて行った。最初は互いに初対面のため少し緊張気味だったセミナー参加者の方たちも、次第に会話がはずんで来たのか、和気藹々と会話をしながらの移動となった。私は、整体師のお仕事をされているという方とお話をさせていただいた。その方は、今回、初めて古久澤先生のセミナーに参加されたとおっしゃっていたので、セミナーに参加された感想を尋ねてみたところ、
「もう、(整体師としての)レベルが全然違いますよ。圧倒されました」
とおっしゃっていた。

 土曜日で京都駅前の会場だったこともあり、懇親会会場となったお店は大繁盛の様子だった。そのため、次の宴会の予約が詰まっているとかで、時間の延長はなく、定められた時間内にきっかり懇親会を終了させなければならないようだった。

 懇親会に参加されたのは、セミナー参加者のおよそ半分の四十名ほどの方たちだったようだ。八十名というセミナー参加者の数も多いが、四十名という懇親会の参加者の数も多い。それでも、懇親会に参加されている方たちがリラックスされているのがわかった。もちろん、私もおかげ様でずいぶんリラックスすることができた。

 古久澤先生は、まず最初に、私たちのテーブルに来てくださった。セミナー会場で私とストレッチ体操のペアを組んでくださった方が私の隣に座っていたのだが、その方は古久澤先生が上着を脱ぐと、
「ハンガーにお掛けしましょうか?」
という言葉が自然に出ていた。それを聞いた途端、私の目からは、はらはらとウロコが剥がれ落ちた。ああ、私はこういうことに対し、いつも気が回らない。人のことをちゃんと見ていないのかもしれない。その方は、あるサービス業に従事されている方で、週末はなかなか休暇が取れないのだそうだ。そのため、去年の神戸セミナーも泣く泣く見送ってしまわれたとか。しかし、今回は気合を入れて休暇を申請され、ようやく参加することができたのだそうだ。

 古久澤先生は、その方がハンガーに上着を掛けてくださったのを見届けると、
「沖縄のホテルでアルバイトしていたときのことを思い出しましたよ」
とおっしゃった。確かに古久澤先生は、沖縄でのことをメルマガにも書かれていたと記憶している。実は私も、長野県にあるリゾートホテルで学生時代に二回ほど、住み込みのアルバイトをしていたことがあった。最初はフロント業務で、二回目は仲居さんだった。その頃、サービス業に憧れてはいたものの、実際に就職したのはまったく違う業界だった。私もサービス業の仕事に就いていたら、その方のような自然な気遣いの言葉が出て来ただろうか。

 さて、乾杯の音頭を取ってくださったのは、今回の主催者であるTさんである。乾杯のとき、飲み放題のコースに含まれているビールなどのドリンクを注文した人たちの手元には飲み物があったのだが、ソフトドリンクを注文された方たちの手元には何もなく、奇妙な乾杯となった。

 古久澤先生は、まだみんながそれほど飲んでいないうちから、同じテーブルにいる女性が飲兵衛であることを見破った。実際、その方は、顔色一つ変えず、ものすごい勢いで飲んでいた。私も負けずにビールをごくごく飲んだ。どうして古久澤先生は、その方が飲兵衛であることを見破ることができたのかと尋ねてみると、セミナー会場での顔つきとまったく違っていたからだそうだ。いやはや、素晴らしい。八十名もの参加者は、全体に溶け込むと一つになってしまうというのに、古久澤先生は八十名もの参加者の前で話をしながら、一つ一つの「個」を感じ取っていらっしゃったのだ。

 やがて古久澤先生は、ご自身のグラスとお箸をご持参になり、他のテーブルへの行脚の旅に出られた。そこで今度は、古久澤先生が座られていた席にチンパンのブログのチンパンさんをお迎えすることになった。チンパンさんとは、去年の神戸セミナーのときに少しだけお話をさせていただいている。実は、私の隣に座っていらっしゃったSさんも、古久澤先生の体操教室に通っていらっしゃる方で、同じく去年の神戸セミナーのときにお目に掛かっている。チンパンさんもSさんも、古久澤先生のマンツーマンレッスンを受けていらっしゃるのだそうだ。マンツーマンレッスンがどのようなものなのか、私には想像もつかなかったので尋ねてみると、会話に費やす時間が多いのだそうだ。きっとそこには、セミナーよりも凝縮された時間が流れているのだろう。

 やはり、古久澤先生の体操教室に通っていらっしゃる方たちは、男女ともに、皆さんとても仲良しである。しかも、セミナー参加者の方たちに対していつも開かれているので、とても話し易い。まったくもって奇妙な例えかもしれないが、体操教室に通っていらっしゃる生徒さんたちからすれば、古久澤先生の相次ぐ本の出版やセミナーへの全国展開は拡大に相当するわけで、その中には、自分が古くから応援して来たアーチストがメジャーになって行くような複雑な想いが含まれていたりしないのだろうかと勝手に想像してしまう。しかし、実際にセミナーや懇親会に参加してみると、セミナー参加者の方たちと体操教室の生徒さんという壁が見事に取り払われているので、セミナーや懇親会に参加された方たちは、その心地良さにいつも酔いしれるのではないだろうか。もちろん、私もしっかりと心地良い雰囲気に酔いしれてしまった。

 懇親会は、時間の制約もあって少し慌しかったが、その分、とても濃い時間を過ごせたのではないかと思う。私は最初から最後まで、トイレに立つ以外はテーブルを動かなかったので、まったくお話できなかった方も多いのだが、またどこかのセミナーで皆さんにお会いできるのを今から楽しみにしている。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 懇親会のあと、実はかなりビールを飲んでいることに気が付きました。(苦笑)同じテーブルに座っていた飲兵衛さんにライバル意識を燃やしていたのか、それとも心地良い雰囲気に酔いしれていたのかわかりませんが、自分でも、無事に家に辿り着いたのが不思議なくらいに酔っていました。それでも何とか、京都から自宅の最寄駅まで、各駅停車に揺られてのんびり帰って来ました。快速列車や新快速列車を利用するよりも、各駅停車のほうが座れると思ったからです。古久澤先生をはじめ、セミナー会場や懇親会でお目に掛かった皆さん、このセミナーを主催してくださったTさん、本当に楽しいひとときをありがとうございました。セミナーで学んだことを日々の生活に活かしつつ、またどこかのセミナーで皆さんにお目に掛かれるのを楽しみにしています。

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2011.06.23

鈴虫寺の幸福御守

映画『ミスティック・リバー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東北地方では、震度四の余震が複数回発生していますね。少し前まで落ち着いていたのに、また余震が活発になって来ているのでしょうか。該当地域にお住まいの方は、十分ご注意ください。

 先日の記事に、ここのところ気掛かりなことが二つあり、そのうちの一つは既に大きな変化があったと書いた。それらの状況を報告した友人から封書が届き、開封してみると、何と、彼女の手書きの手紙に添えて、京都鈴虫寺の幸福御守が入っていた。私は京都にあるという鈴虫寺のことは良く知らなかったのだが、わらじを履いたお地蔵様が人々の願いをただ一つだけ聞き入れてくださるという。友人は、私のためにわざわざ幸福御守を購入して送ってくれたのだ。

京都鈴虫寺の幸福御守

 私はその御守を見た途端、強い感動に打ち震え、自然にこみ上げて来る涙を流した。ちょうど新たな変化があり、様々な選択肢の中からどのような選択をしたらいいのか思いあぐねていたところだった。こちらを選べば大きなプラス要素は期待できるものの、大きなマイナス要素という不安材料も伴う。しかし、大きなマイナス要素を回避するために、こちらを選ばなければ、またまた別の問題が浮上してしまう。私は、とにかくすがるような気持ちで、幸福御守の説明書を確認し、京都の方を向いて幸福御守を「幸」の字が見えるように手に挟んでお地蔵さまにお願いをした。お願いごとはただ一つだけとのことだったが、現在の状況を説明するのに様々な条件が加わり、少々複雑なお願いごとになってしまった。お地蔵様は、やや複雑な事情を理解してくださっただろうか。ちなみに、この幸福御守は、お願いごとをしたあとは肌身離さず持つように書かれていたので、この問題に取り組むために用意したノートに貼り付けた。

 鈴虫寺のお地蔵様がわらじを履いているのは、人々の願いを聞き入れるために、わざわざ歩いて来てくださるからだという。そのため、お地蔵さまにお願いごとをするときは、住所と名前を言うことになっている。私は、住所をそらで言うことはできなかったので、インターネットで住所を調べてお地蔵様にお願いした。やはり、口に出してお願いごとをするとなれば、「音」が大切だと思い、正確な読み方まできちんと確認した。そのとき、私は自宅の住所を口にしたわけではないのに、お願いごとをしてからしばらく経ったあとと、その翌日の早朝に誰かが訪れたような物音がした。ひょっとしたら、お地蔵様が私のところにもわらじを履いて歩いて来てくださったのかもしれない。

 ありがたいことに、気掛かりだったことは、現在のところ、良好な状態にあることがわかった。お地蔵様に深く感謝するとともに、この状態が続くことを切に願っている。そして、私の願いが聞き入れられたとわかったら、ガンモと一緒に鈴虫寺に御礼参りに参拝したい。

 ここ何日かの間、私は様々な方たちからたくさんのポジティブなエネルギーをいただいている。状況を考えると、不安なこともたくさんあるのだが、受け取ったポジティブなエネルギーもまた大きい。私の抱えている問題のために貴重な時間を割き、複数の方たちが連携プレイを実現してくださったり、何とかして状況を改善しようと動いてくださったり、心からの温かい言葉を投げ掛けてくださった方もいる。更に、似たような状況に直面しているためか、これまでよりも心を開いた状態で接してくれる人もいる。その方たちに深く深く感謝する。

 これらのことを総合すると、「閉じている」のではなく、「開かれている」と感じているので、そこにポジティブなエネルギーがどんどん流れ込んでいるようにも感じられる。

 そして、私自身の生活は、以前よりもずっとシンプルになった。あれほど足繁く通っていた映画館には、今はほとんど通っていない。ホットヨガのレッスンにも通っていない。それよりももっともっと大切なことが、今の私には起こっているからだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人生の中で本当に大切なものとは、「ああ、このときだ」と身構えて体験するものでhなく、気付かないうちに通り過ぎて行ってしまうものなのかもしれません。これまで当たり前のように起こっていたことが、実は本当に大切なことだったのですね。どうか皆さんも、「今」を大切にしてください。

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2011.06.22

映画『ミスティック・リバー』

私の目指すおばあさんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 急に夏がやって来ましたね。六月下旬で早くもこの気温だと、先が思いやられます。熱中症で倒れた方も何人もいらっしゃるようで、節電が叫ばれる中での熱中症対策が気になるところです。私は、マジクール相当品を既に活用し始めていますが、楽天市場で探してみたところ、早くもマジクールは売り切れが続出しているようですね。どうか皆さんが、この暑い夏を快適に過ごすことができますように。

 本作を鑑賞したのは、二月二十日のことである。鑑賞してから四ヶ月も経ってしまうと、一体どの映画館で鑑賞したのか、もはやすっかり忘れてしまっている。そこで、スクリーンに映し出されていた内容と映画館の客席の様子を何とかして重ね合わせようと試みたのだが、どうにもこうにも重ならない。はて、私は一体どの映画館で本作を鑑賞したのだろうと疑問に思い、映画の半券まで調べ始めた。しかし、その前後の作品の半券は確かに存在しているのに、本作だけ見当たらない。更に、本作のレビューを書くにあたり、映画サイトを参考にしてみたところ、本作が二〇〇三年に製作されたものであることがわかり、いよいよ首をかしげることになった。ひょっとすると、映画館ではなく、Gyao!で鑑賞したのだろうか。ああ、思い出した。確かその通りだ。間違いない。

 子供の頃から仲の良かったジミー、デイブ、ショーンという三人の男たちが、ある殺人事件をきっかけに、二十五年の歳月を経て再び交わるようになる。とは言え、三人は、ある時期から既に別々の道を歩み始めていた。その大きな分岐点とは、刑事に変装した男たちに三人の中からデイブだけが連れ去られ、監禁されたあげく陵辱されるというものだった。不幸中の幸いにして、デイブは数日後に無事に保護されたものの、その後の人生が大きく変わってしまったデイブの中には、「あのとき、自分ではなく、他の誰かが選ばれていたら・・・・・・」というネガティブな想いが生まれる。一方、そのとき大きな分岐点に立たなかったジミーとショーンは、自分が選ばれなかったことに対し、デイブに借りを作ってしまったような気持ちになっていた。そして、互いに疎遠になってしまうのである。そんな状況の中、ジミーの愛娘が殺害されるという事件が発生し、刑事となったショーンがジミーの愛娘の殺人事件を担当することになる。

 ジミーを演じているのはショーン・ペン、デイブを演じているのはティム・ロビンス、そして、ショーンを演じているのはケヴィン・ベーコンである。大人になった三人の間には、もしもあんな事件さえなければ、おそらく今でも順調に交流が続いていたであろう緊張感が漂っている。そんな緊張感の中、ジミーは愛娘が殺害された夜、デイブが血まみれになって帰宅したことを知る。

 本作を鑑賞していると、映像を通して伝わって来る緊張感に圧倒される。そんな緊張感を形成しているのは、三人の中でただ一人、デイブだけが選ばれて陵辱されたという忌まわしい過去と、愛娘を殺害されたジミーの中に生まれた、愛娘を殺害したのはデイブではないかという強い猜疑心である。

 ある出来事が別の出来事の要因となり、思い込みという自由意思も加わり、また新たな出来事を生み出す。一人の人間が行動を起こすとき、その行動は、時として不必要なほどの広がりを持ちながら第三者に影響を与えることになる。そこには、私たちが繰り返して来ているであろう輪廻転生の縮図が描かれているようにも思える。

 映画を鑑賞する私たちは、物語の流れを食い止めることはできないために、思い込みで暴走してしまうジミーの取った行動に対し、実に後味の悪い余韻を引きずることになってしまう。そんな、特定の地域に根付いたドロドロとした人間模様を詳細に描き出したのは、クリント・イーストウッド監督である。本作を鑑賞し、やはり彼は、人間模様を詳細に描き出すことのできる優れた映画監督だと再認識することができた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人が何か行動を起こすとき、その行動は必ず過去の何かに起因しているのではないかということについて深く考えさせられる作品です。それならば、デイブをさらって陵辱した犯人たちにも、そうなるに至った何らかの理由が存在していることになります。そう考えると、私たちの一日は、過去からずっと続いている原因と結果の流れの中の、ある二十四時間だけを切り取ったものなのかもしれませんね。

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2011.06.21

私の目指すおばあさん

代替医療に思うことの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大阪府と兵庫県の知事が、関西電力からの十五パーセントの節電要請を、根拠が不明確であることを理由に拒否したそうですね。ちなみに我が家では、普段から部屋の明かりを暗くして生活しています。(笑)もともと私は蛍光灯の光があまり好きではないので、ガンモより早く帰宅しても、部屋の蛍光灯は使わず、かつての白熱灯からオレンジ色の光を放つ蛍光灯に取り変えた電気スタンドのスイッチを入れます。幻想的な雰囲気だからでしょうか。オレンジの光に包まれていると、文章が次々に浮かんで来るのです。

 ガンモの実家に帰っていたときに、親戚のお年寄りたちと話をする機会に恵まれた。お年寄りたちの話の中には、過去から蓄積されたアイディアや昔話がたっぷり詰まっている。その中でも、七十七歳の伯母はとても活動的で、再会する度に面白い話を聞かせてくれる。

 伯母は、コーヒーに入れる小さなカップ入りのミルク(関西地方に移住して初めて知ったのだが、関西地方ではこれを「フレッシュ」と呼んでいる)の残りを手にすり込んで、ハンドクリーム代わりになることを教えてくれた。伯母曰く、手にすり込んでも、匂いもないそうだ。私は恐る恐る、小さなカップの中に残ったミルクを手にすり込んでみた。私は普段からハンドクリームの類を一切使わないので良くわからないのだが、確かにミルクを手にすり込んでみると、ハンドクリームの代わりを果たしてくれそうである。しかも、伯母の言う通り、匂いもなかった。伯母は、小さなカップに残ったミルクをハンドクリーム代わりに使うときは、周りの目もあるのでさりげなく行うと良いとアドバイスしてくれた。

 その伯母はとにかく面白い人で、子供の頃に、蜘蛛(くも)を捕まえては、お腹の中にある糸を引っ張り出して、取り出した糸をまるで絹の糸のようにぐるぐる巻きにして遊んでいたそうだ。糸を抜き取られた蜘蛛は、お腹がぺしゃんこになり、歩くのもままならない様子でよたよたと去って行ったそうだ。伯母曰く、蜘蛛のお腹の中には糸がたくさん詰まっていて、そのたくさんの糸で身体のバランスを取っていたのではないかとのことだった。

 また、伯母は、やはり子供の頃に、蛇の尻尾のあたりを手で掴んだことがあるそうだ。蛇によっては、尻尾のあたりを手で掴んでも、前しか向かない蛇もいるそうで、伯母が掴んだ蛇もまさしくその類の蛇だったらしい。もちろん、中には手で尻尾のあたりを手で掴むと、振り返って噛み付いてくる蛇もいるらしい。伯母が手を離すと、蛇は逃げて行ったそうだが、伯母の手は蛇の残して行った液体で泡だらけになっていたそうだ。しかも、その液体は、臭くて臭くてたまらなかったという。

 こうして今、伯母たちの子供時代を振り返ってみると、例えそれがどんな形であれ、昆虫や動物たちとの触れ合いが存在していたようだ。今の子供たちがどんな遊びをしているのか私は良く知らないが、伯母の子供時代のように、昆虫や蛇たちと戯れているという話はあまり聞かない。むしろ、虫や蛇を怖がる子供たちが多いのではないかと思う。伯母の子供時代の遊びを思うと、今の子供たちが抱えている虫や蛇への恐怖は、「未知のもの」に対する恐怖であるように思える。

 ちなみに伯母は、七十七歳になってもなお、図書館で本を借りて読んでいるだけでなく、踊りの稽古をしたり、裁縫をしたり、畑で野菜を作ったり、発掘を手伝ったり、地域のサークルに参加したりと、とにかく毎日、忙しく動き回っているそうだ。伯母は、カレンダーでスケジュール管理を行っているそうだが、そのカレンダーは真っ赤だという。いやはや、私も何かと予定を入れてしまうほうだが、お年寄りになってもカレンダーが真っ赤になるほど活動するという、私の目指すおばあさんの姿を、そこに見たのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m その後、伯母の娘さんとも会話を交わしたので、「お母さまは、ずいぶん活発ですね」と言ったところ、娘さんは、「(母は)酉年だから、あっちをつついたかと思うと、今度はこっちをつついて、どんどん収集がつかなくなる」と言っていました。(苦笑)伯母の話にも驚いたのですが、伯母が更年期障害を体験しなかったという話にも更に驚きました。他のお年寄りたちもそうでしたが、高齢であるにもかかわらず、下半身に冷えはないそうで、ひざ掛けも不要だと言っていました。女性はみんな下半身が冷えるものだと思っていましたが、違うのですね。(苦笑)

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2011.06.20

代替医療に思うこと

映画『ブローン・アパート』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 気になるのに聞けない!! みんなの下着事情★大調査 ワコールというページを見付けました。注目したのは、いつブラジャーを外すかというアンケートです。驚いたことに、お風呂に入る前に外すという方が一番多いのですね。何を隠そう、私は普段からブラジャーに不快感を感じているので、帰宅後、すぐに外します。(笑)

 代替(だいたい)医療という言葉がある。簡単に言えば、病院の医師の指示以外の方法で行われる医療のことで、その代表的なものとしては、ハーブティーやサプリメントなどが挙げられる。

 一部の医療において、東洋医学による漢方薬などが処方されてはいるものの、現代の日本では、西洋医学による医療が主流である。しかし、代替医療という言葉そのものが存在しているのも、西洋医学による医療だけでは患者が満足しないということの現れなのだろう。

 自分自身や身内が深刻な病気にかかってしまえば、病人あるいは病人の身内の人たちは、何とかその状況を改善したいと、血眼になって改善策を探し求める。というのも、病院で行われている治療だけでは不安なことも多いからだ。

 有り難いことに、現代は、インターネットという情報源があるために、素人であっても様々な情報を容易に入手することができる。しかし、実際は、「過大な広告」と「実体験」の区別がつかず、また、情報量の多さにも戸惑うことになる。例えば、深刻な症状を緩和してくれそうな商品に出会うことができたとする。しかし、そこに書かれている紹介文は、「実体験」に基づいた記述ではなく、「過大な広告」かもしれない。そのため、それが本当に効くのかどうかさえもわからない。しかも、そうした藁をも掴もうとする人たちに対し、業者たちはひどく高価な価格で商品を販売している。

 先日、私は、日本では五百ミリリットル入りが六千三百円もの価格で売られているハーブティーを、アメリカから、そのおよそ三分の一程度の価格で個人輸入した。更に、英語に抵抗がなければ、もっともっと安い価格でその商品を個人輸入できることもわかった。そうして手に入れたハーブティーを飲み続けたいと主張しても、西洋医学の医療の現場にいる医師たちは、あまりいい顔をしない。「そういうもので患者が治ったという報告は学会では上がっていない」とか、「それを飲んだことで何か良くないことが患者の身体に起こったとしても、私たちは一切関知しないので、自己責任でお願いします」といったような冷たい反応を目の当たりにすることになる。そんなことを言われてしまえば、素人はもう引き下がるしかない。

 おそらく、病院が代替医療に対して消極的な姿勢を取っているのは、自分たちの行っている医療の正確なデータを取りたいというエゴがあるからなのではないだろうか。代替医療によって、患者がいろいろなことを同時に試そうとしたとき、西洋医学による処置によって症状が緩和されたのか、それとも代替医療により緩和されたのか、区別がつかなくなってしまうことを危惧しているように思える。

 自分自身や身内が深刻な病気にかかった場合、病人あるいは病人の身内の人たちの中には、何とかその状況を改善したいと、藁をも掴みたい気持ちが生まれる。しかし、そうした藁をも掴みたい気持ちを利用して、様々な業者らは利益を上げようとし、西洋医学の医療の現場にいる人たちは、藁をも掴ませないように動いている。それが日本の現状である。もしかしたら、中には本当に効果のある代替医療もあるかもしれないのに、このようにして、その可能性の芽は摘み取られているのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、いろいろな意味で「温度差」を感じることが多くなりました。藁をも掴みたい気持ちと、掴んだものは藁に過ぎないといった温度差は、何とかして可能性を見出そうとする気持ちがあるかないかにより、生じているように思います。以前から、西洋医学による治療が中心であるという日本の医療の現場にも疑問を感じていました。製薬会社には、もっと身体に優しい薬を作って欲しいと思います。また、代替医療の中にも優れているものはきっとあるはずなので、それらをどんどん検証して、保険適用の対象にして欲しいと思います。

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2011.06.19

映画『ブローン・アパート』

スピリチュアルな芽の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ニュースによれば、今なお、生きたツチノコを捕獲しようとする動きがあるようですね。中には懸賞金まで賭けられている企画もあるようです。私も、実際に見たことはありませんが、小学生の頃からツチノコには大変興味を持っていました。ということは、少なくとも四十年近くも前からツチノコは話題になっていたことになります。それにもかからず、いまだかつて生きたツチノコが捕獲されていないのは不思議ですね。

 本作を鑑賞したのは、二月十九日のことである。はっきり言って、不倫を題材にした作品は好みではない。何度も書くが、そこに描かれているのは愛ではなく、欲望である。だから、鑑賞中に感動は生まれない。いとも簡単に男女が結び付き、会っているそのときだけ身体を貪り合うような物語ではなく、互いに全身全霊で愛し合う物語のほうが断然いい。

 やがて主人公の女性は、不倫の大きな代償を支払うことになる。彼女が恋人と情事にふけっている間に、夫と幼い息子が爆弾テロ事件に巻き込まれ、命を落としてしまうのである。

 その後の展開は、やや不可解だった。一番納得が行かなかったのは、爆弾テロ事件で夫と息子を同時に喪いながらも、彼女の中では息子への想いだけが強烈に募っていることである。そんな彼女の行動を見守っていると、爆発テロ事件で彼女が喪ったのは、実は息子だけだったのではないかと錯覚してしまうほどなのである。しかし、彼女の取っていた行動が彼女自身の正直な想いとイコールであるとするならば、夫のいる彼女が別の男性といとも簡単に結び付いてしまった理由もわかるような気がする。彼女の中に夫への深い愛があれば、決して軽はずみな行動は取らないはずだからだ。すなわち、彼女は最初から、夫に対する愛情が薄かったために、他の男性を受け入れられるだけの余裕があったのではないかと考えられる。

 息子の不在により、彼女はとうとう精神的に壊れてしまう。そして、彼女が辿り着いた楽園とは、彼女自身にしかわからない楽園だった。

 本作の中には、私がずっと以前から感じていた違和感が的確に表現されていた。それは、夫よりも子供を特別深く愛するという光景である。若い頃の私は確かに、この光景がとても不自然に思えていた。だから、子供を産んで育てる使命が私自身の中にもあるとは思えなかった。夫婦になっても、男女の愛を忘れたくない。そんな想いが、私の中では特別強かったのだ。

 しかし、こうして本作を通して、自分とは正反対の生き方を見せ付けられると、男女の愛に傾いてしまうこともまた偏りの一つなのではないかとも思えて来る。彼女の息子への愛を過剰とし、夫への愛を欠如ととらえるならば、私の場合はガンモへの愛を過剰とし、私たち夫婦の間には存在していない子供への愛を欠如ととらえることができるからだ。そうだとすると、男女の愛と子供への愛のバランスが取れている家族というのは、決して過剰にはならず、また欠如も在り得ないことになる。しかし、それではまるで当たり障りのないぬるま湯のような家族になってしまわないだろうか。

 感情のつまみを調整してバランスを取ろうとするならば、彼女の場合、過剰になってしまっている息子への愛を融通して、欠如してしまっている夫への愛を埋め合わせる行為が必要になってしまう。とは言え、こうして見事にバランス配合された男女の愛と息子への愛を前提にすると、そもそも本作は成り立たなくなってしまうのかもしれない。どんな作品も、過剰と欠如が存在しているからこそ楽しむことができるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 息子と夫の両方を亡くしてしまったのなら、息子と夫の両方の不在を嘆き悲しむのが自然な流れだとは思うのですが、本作の場合は不自然に思えるほど息子の不在だけを嘆き悲しんでいるのですね。そこに違和感を感じながらも、前半の不倫への流れが夫への愛が不足しているために起こっていることであり、後半の亡き息子を徹底的に追い求めるという流れが息子への過剰な愛から起こっていることを理解するのです。

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2011.06.18

スピリチュアルな芽

ブリージングストレッチセミナー in 京都(9)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東日本大震災からの復興を願うために、福島県南相馬市の畑に三十六万個のひまわりの種が植えられたそうですね。八月下旬には大きな花を咲かせることになるそうです。たくさん咲いたひまわりの大きな花が、被災地の方々に希望を与えてくれるといいですね。

 今、私はガンモの実家でこの記事を書いている。今年六歳になる姪は、ガンモの弟の娘である。感性豊かな姪は、どんなときも遠慮なく自分の感情を表現している。ときどき彼女は、自分の感情を表現するのに言葉が間に合わず、苦しそうに息をしながら言葉を紡いでいる。我が家には子供がいないので、普段は子供との密な接点はないのだが、今回、姪と再会して、いろいろなことを感じたのでここに記しておきたい。

 夢のコラボセミナー 心と体と気づきのストレッチ in 神戸(3)の記事に書かせていただいた、生まれて来る前のことを子供たちが覚えているというルースさんのお話がとても心に残っていたので、私は姪に尋ねてみた。
「生まれて来る前のこと、覚えてる?」
すると彼女は、
「ううん、覚えていない」
と答えた。私が質問を変えて、
「じゃあ、お母さんのお腹から出て来たときのことを覚えてる?」
と尋ねてみると、彼女は、
「大泣きした。生まれて来るときはみんな泣くでしょ?」
と答えたではないか。私はそれを聞いたとき、彼女にはお母さんのお腹の中から出て来たときの記憶があることをはっきりと認識した。ルースさんがおっしゃっていた内容にとても近いことを確認できたことが驚きでもあり、また、喜びでもあった。

 私は更に、
「大泣きしたのは、お母さんのお腹の中がとても心地良かったのに、そこから出て行かなければならない不安があったからなの?」
と尋ねてみた。すると姪は、しばらく考えたあと、
「うん、そうだと思う」
と答えた。

 姪は、ときどき大人がうなるほどスピリチュアルな言葉を発する。例えば、話の流れの中で、
「幽霊が怖い」
と大人が言うと、彼女にとって身近な故人の名前を出して、
「(故人が)守ってくれるのに」
などと言う。私は姪の発言に、なるほどと思う。「幽霊という怖い存在から、故人が守ってくれる」という姪の発言は、姪が頭の中で考えて、大人を納得させるために導き出した言葉ではないと感じる。彼女は、自分の中で既に感覚的に知っていることを、大人との会話を通じて引き出しているだけなのだと思うのだ。

 そう言えば、昔、職場の後輩が、子供の頃に、人々の頭の上に色の付いた「わっか」が乗っているのが見えていたことを告白してくれた。後輩曰く、その「わっか」は人によって様々な色を放っていたそうで、彼女は、
「あの人は緑。あの人は黄色」
などと、自分の目に見える色を自分の母親の前で口にしていたという。しかし、彼女の母親は、
「そんなことを言うもんじゃありません」
と言って彼女を制したそうで、それ以来、彼女は目に見える色を口にするのをやめてしまったそうだ。そうこうしているうちに、とうとう色も見えなくなってしまったという。

 私は、こうした子供たちの能力とでも言うべき感性を、周りにいる大人たちが自然な形で伸ばしてあげることで、子供たちはいつまでもスピリチュアルな芽を摘み取らずに済むのではないかと思う。もしも皆さんのお子さんがはっとするような言葉を発したら、
「そんなことを言うもんじゃありません」
などと言ってしまわずに、お子さんから、もっともっといろいろなことを聞き出してみて欲しいと思う。姪との有意義な会話を通じて、子供たちの中には、大人がなかなか引き出せないような、素晴らしい感性が潜んでいるのではないかと思うこの頃である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回ご紹介したのは、子供が大きくなるにつれて、蓋をしてしまいがちな能力なのかもしれませんね。私は普段、子供と接する機会が極端に乏しいのですが、今回、姪といろいろな話ができて、子供の中からいろいろな感性を引き出すのはとても楽しいと感じました。そんな職業があるといいのですが・・・・・・。(笑)それと、結婚したら何故、子供を産んで育てるかもわかって来ました。若い頃は、その理由もわからずに、ただ漠然と子供を産むわけには行かないと思っていました。(苦笑)その理由とは、「自分が親に愛されたことを、子供にも伝えて行くため」ではないでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.06.17

ブリージングストレッチセミナー in 京都(9)

映画『ネスト』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m またまた古久澤先生が、twitterで「ガンまる日記」をご紹介くださいました。いつも本当にありがとうございます。私の「ガンまる日記」は、ブリージングストレッチのセミナー内容について非公式で書かせていただいているブログですが、ブリージングストレッチの教室やセミナーの内容については、京都セミナーで写真撮影などのお世話をしてくださっていたブリージングストレッチ院のスタッフであるふぐじろうさんが書かれているふぐじろうのブリージングストレッチ日記や、ブリージングストレッチ院の生徒さんでいらっしゃるチンパンさんが書かれているチンパンのブログなどの公式ブログがあります。ブリージングストレッチの理論から書かれているとてもわかりやすいブログなので、もしもまだご存知ない方はご参考になさってください。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 京都(8)の続きを書かせていただきます。

 ブリージングストレッチセミナー in 京都(8)の記事を書かせていただいたときに実感したのだが、セミナー会場で古久澤先生のお話をノートに走り書きしても、ブリージングストレッチの理論がわかっていなければ、メモに書き切れなかった行間を埋めることができない。ちなみに、チンパンのブログを書かれているチンパンさんは、質疑応答のときにそれぞれの質問に対し、ご自分ならばどのように回答するかを頭の中でイメージしながら古久澤先生のお話に耳を傾けていらっしゃったそうだ。それは、ブリージングストレッチの理論を理解されているからこそ実践できることだと思う。私の場合は、ブリージングストレッチの理論を理解できていないために、断片的な内容をお伝えすることしかできなくて、大変申し訳ない。前回同様、Q.の括りが古久澤先生に向けて投げ掛けられた質問で、A.の括りが、質問に対する古久澤先生の回答である。なお、私が補足させていただく内容については、( )で括っている。

Q.耳鳴りが治りません。

A.耳鳴りがするのは、腎臓が悪いのです。耳鳴りが起こったら、指で耳を挟んで三十六回こするといいです。ポニーテールの方向(すなわち、後ろに向かって)にもむといいです。頚椎が凝っているので、座っている合間に頚椎を伸ばす体操を行うと良いでしょう。

Q.水泳をしたときに、ものすごくたくさんのくしゃみが出ます。泳ぐ距離は三キロで、週に二回通っています。

A.くしゃみは、骨盤の角度と関係がありますので、骨盤系の体操を実践すると良いでしょう。デスクワークをしているときに、右回りや左回りの回転を行うといいです。また、蒸しタオルを首の後ろに当てるのもいいです。水泳は、口で息を吸うためにこのような症状が出ていると思います。くしゃみがたくさん出るということは、肋骨が緊張しているので、肋骨の緊張を取るためにくしゃみが出ていると考えられます。

Q.ヘルニアについてアドバイスしてください。

A.つぶれたところが飛び出したものが椎間板ヘルニアです。背筋が伸びる体操は、全部効きます。いろいろな症状の中で、体操が一番効くのがヘルニアです。

Q.バストアップの手法を教えてください。

A.バストと関係があるのは、胃腸です。胸郭がしっかりしていると、バストは垂れなくなります。肩甲骨の体操がいいでしょう。

Q.アルコールが大好きなのですが、対処方法はありますか?

A.それは、やめるしかないですね。(と、古久澤先生は、笑いながらおっしゃった。)(お酒を飲むときは、)つまみで違って来ます。枝豆が好きな場合はOKです。もずくなどの海草類のつまみもOKです。最悪な組み合わせは、甘いカクテル系の飲み物にポッキーです。また、呼吸が浅い人ほど煙草を吸う量が多くなります。

Q.イラッとしたときに気持ちを切り替える方法を教えてください。

A.本人が目元と口元を固めたまま(相手の気を?)受けると、六秒経つと(相手の気が?)入って来てしまいます。アカンベーをすると、ネガティブな感情は入って来ません。目や口元を動かすことで、感情によるいろいろなものが入って来なくなります。

Q.歯の噛み合わせが良くありません。

A.肩甲骨のストレッチで良くなります。志村けんさんの「アイーン」の表情がありますよね。肋骨を伸ばし、骨盤から治す必要があります。

Q.母が転んでしまい、腰にまだ痛みが残っています。

A.仰向けに寝て、足を片方ずつストン、ストンと落とすといいです。

Q.(遠方からセミナーに参加されている方で、このあと自家用車を運転して帰宅される方からの質問だったと思う。)気持ち良くて眠くなってしまうので、覚醒させる体操はありますか?

A.眠気を覚ますのは、ねじり運動です。前後の運動をすると、反対に眠くなるので、車を運転するときなどは避けたほうがいいです。(前後の運動には、催眠効果があるらしい)

 こうして、最初は遠慮がちだった参加者の方たちも、質疑応答の時間で大いに盛り上がり、次から次へと古久澤先生に向けて質問が投げ掛けられた。古久澤先生は、まるでプロの卓球選手、いやいや、プロのテニス選手が相手からのボールを打ち返すかのように、確実な回答をしてくださった。

 このあとは、いよいよ楽しみな懇親会の時間となった。懇親会に参加される方たちは、控え室で着替えを済ませると、京都駅前にある懇親会会場へと徒歩で向かうことになった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、今になって思えば、八十名もの参加者が集結された京都セミナーは、絶大なエネルギーを放っていたのですね。それだけ多くの人たちが参加されていても、エネルギーがあちらこちらに分散することなく、一つにまとまっていたと感じます。それぞれの参加者の方たちの中に、自分がどのように在りたいかという自由意思は確実に存在していたはずなのに、一つにまとまっていたのはとても素晴らしいことだと思いました。

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2011.06.16

映画『ネスト』

ブリージングストレッチセミナー in 京都(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 実はここのところ、私の周りでは、とても気掛かりなことが二つ同時進行していました。そして、私たちの結婚記念日である六月十六日、そのうちの一つに大きな変化が起こりました。詳しい状況をご存知の方ならば、「ガンまる日記」を書いている状況ではないと思われるかもしれませんが、私は例えどんな状況にあったとしても、できる限り「ガンまる日記」を書いて行きたいと思っています。やはり私は、文月のふみの日に生まれていますので、書くということが、私にとっての「神の仕事」であるように思っているからです。

 二月十九日にちょっと変な映画をホットヨガ梅田店のすぐ近くにあるミニシアター系映画館で鑑賞した。ミニシアター系映画館で鑑賞する作品は、二重にも三重にも深い部分を含んでいることが多いのだが、本作の場合はホラー映画に位置づけられているためか、感情面での描写が少し物足りなかった。

 妻と離婚した小説家のジョンが娘のルイーサと息子のサムを連れて、サウスカロライナ州の田舎町にある大きな一軒家に引っ越して来る。引越しのシーンから、何となくその家に何か特別な事情がありそうに思えるのだが、本作で着眼すべき点は「家」ではない。映画『ネスト』という邦題の通り、「巣」なのである。では、一体、何の巣なのか・・・・・・。

 物語のヒントになっているのは、サムが学校の教材として使っている蟻(あり)の観察キットである。その観察キットは、蟻が巣を作っている様子が外から観察できるように、透明なケースの中に入っている。観察キットを覗き込むと、何匹もの蟻が女王蟻のためにせっせと働いている姿を観察することができる。

 やがて、引越し先のすぐ側に大きな塚があることがわかると、ルイーサが毎晩一人で出掛けて行っては、泥だらけになって帰って来るようになった。しかも、もともと反抗期を迎えていたルイーサは、まるで別人のように破壊的な人格へと変わって行く。ジョンは、ルイーサの不可解な行動の原因が塚にあるのではないかと睨み、塚について調べ始める。そして、かつてその家に住んでいた家族が不可解な事件に巻き込まれていたことを知り、その家の娘がルイーサと同じように破壊的な行動を取っていることを突き止めるのだった。

 ジョンを演じているのは、今ではすっかりいいおじさまになったケヴィン・コスナーである。ルイーサを演じている若い娘さんを過去に何かの映画で拝見しているはずだと思っていたところ、映画『パンズ・ラビリンス』で主役のオフェリアを演じていた少女であることがわかった。映画『パンズ・ラビリンス』が感覚的かつ感情的に強く引き込まれる作品だったとすると、本作は好奇心に引っ張られる作品である。そのため、私個人としては、やはり主人公の感情面がわかりやすい映画『パンズ・ラビリンス』のほうに強く惹かれてしまうのだ。

 とは言え、本作で、蟻の巣がモチーフに描かれているのはなかなか面白い。ただ、そこに登場人物の感情を丁寧に絡めて行けば、もっと面白い作品になったのではないかと思う。特に、「塚」が彼女を必要としているにしても、彼女自身が「塚」の存在をどのようにとらえていたかがまったくと言っていいほどわからなかった。そのあたりの描写をしっかりとして欲しいと思う。

 そんな本作を通じて私なりに感じ取ったことは、何としてでも娘を助けたいと願う父から娘への命を掛けた絶対的な愛情だろう。更にもっと深読みするならば、ジョンが男親ということで、付き合う男たちによって変わって行く、あるいは変えられて行く娘を守りたい男親の気持ちが投影されている作品であるとも取れる。日本人の感覚からすれば、男親にとっての娘とは、例え結婚が娘の幸せに繋がるとわかっていても、嫁になど出さずに自分の身近に置いておきたい存在であると思うからだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最初は「家」に意識を集中させているためか、鑑賞しているときはちょっとわかりにくい作品でした。かつてその家に住んでいた家族が残して行った残骸が、「家」に残っていたのかもしれません。ただ、そこに意識を奪われてしまうと、迷子になってしまう作品でもあります。物語の後半から、「塚」の専門家が登場するのはなかなか興味深いですね。研究対象としての「塚」を存続させたい専門家と、何としてでも娘を助けたいジョンの対立も、こうして振り返ってみると面白いと感じます。このように、題材はとてもユニークなので、もっと丁寧に登場人物の感情を描き出して欲しかったですね。

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2011.06.15

ブリージングストレッチセミナー in 京都(8)

ブリージングストレッチセミナー in 京都(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。最近、中田悟さんという方が録音された屋久島の自然音に癒されています。残念ながら、中田悟さんは既にご病気で亡くなられているのですが、自然音を録音するにあたり、徹底的なこだわりを持っていたそうです。そのこだわりは、実際に、中田悟さんが録音された自然音に耳を傾けてみればわかります。中田悟/自然音シリーズ 生命の島、屋久島などで彼の録音した自然音を聴くことができますので、興味を持たれた方は是非聴いてみてください。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 京都(7)の続きを書かせていただきます。

 セミナーの本編が終了すると、質疑応答の時間がたっぷり取られた。一部、断片的ではあるものの、それらをQ&A形式でここにご紹介したいと思う。言うまでもなく、Q.の括りが古久澤先生に向けて投げ掛けられた質問で、A.の括りが、質問に対する古久澤先生の回答である。なお、私が補足させていただく内容については、( )で括っている。

Q.子供と一緒に運動をしているのですが、運動中に口を開けている子供がいます。どうしたらいいですか?

A.子供に口を閉じることを教えるべきですね。アトピーやぜんそく、花粉症などは、口呼吸が原因となります。口が開くと、腸が締まる力が弱まります。朝食は、果物でおなかいっぱいにさせてあげるといいです。

Q.アルツハイマーについての考えを聞かせてください。(私の記憶違いでなければ、この質問をされたのは、二月に行われた岡山セミナーで、血栓について質問された方だったと思う)

A.口紅はクレヨンと一緒です。口紅が薄くなるということは、口紅を食べています。(古久澤先生は、すなわち、口などを通して身体に有害物質が入って来ることが語られていたと思う。)男性の場合は、それが頭に行きます。(アルツハイマーだけなら、時間は掛かるけれども治るとおっしゃっていたように思う。)ただ、アルツハイマーと脳血管の混合型は治り難いです。

Q.生活が昼夜逆転しています。健康のためにどのようなことを意識すれば良いでしょうか?

A.ちょっと難しいですね。少なくとも、寝る直前に食事をすることと、起床後すぐの食事はやめることですね。午前中に骨盤を緩ませるのは難しいでしょう。

Q.リューマチの方の痛みについて教えてください。(この質問をされたのは、今回のセミナーの主催者のTさんだったと思う)

A.リューマチは、百パーセント腸の汚れから来ています。腸の汚れを徹底して取ることが大切です。手浴や足湯を徹底してやるのもいいでしょう。

Q.普段の呼吸法について、どんなことに気をつければいいですか?

A.いつでもそのときの最適の呼吸ができるように、普段の心の持ち方に気をつけるといいです。ただ、呼吸が深いことと健康は必ずしもイコールではありません。呼吸が深くても、有名なダイバーで自殺した人もいるくらいです。感情が大事なんですね。

Q.六十歳の母の腎臓に膿が溜まっています。

A.生まれてから四十四~四十五歳くらいまでは、右の腎臓が大きいんです。しかし、それ以降は逆転します。立っていたり、足をたくさん使って運動をすると、エネルギーが減ります。腎臓は、身体の臓器の中で一番冷えに弱いんです。腎臓にいい食べ物は、例えばひじきなどの黒いものです。また、両手を温めて、温かい手で三十六回腎臓をさすります。足の裏からねばっこい汗が出て来るようになります。(これは好転反応だろうか?)

Q.職場に嫌な人がいます。そういう人と一緒に仕事をするのが嫌なのですが、どうすればいいでしょうか?

A.目の前の人は、もう一人の自分です。(そう言えば、自分の前に現れる相手は、自分自身の鏡であると良く言われている。すなわち、自分を客観的に見せるために現れると解釈されている。)だから、自分を変えるしかありません。目の前に嫌な人がいる場合、その人の中に自分がいるのです。こういうとき、相手よりも呼吸が深くなると、あっけなく解決します(すなわち、相手よりも自分のほうが呼吸が浅いために、こういうことが起こってしまっているらしい)。また、相手があなたを自分の味方だと思っていないために嫌なことをさせているので、五芒星(ごぼうせい)のポーズを取るといいでしょう。ちなみに、嫌いな人がいなくなれば、金運は勝手に上がってくれます。

 最初は遠慮しがちだった参加者の方たちも、このように有意義な質疑応答が続くと、「やっぱり聞いてみようか」と思い直したのかもしれない。さすが、八十名もの参加者が集まっているセミナーである。このあとも、質疑応答は更に続くのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最初は男性ばかりが質問されていたのですが、次第に女性の質問者も出て来ました。それにしても、セミナーに参加する度に思うのですが、古久澤先生が身体についてのどんな質問も積極的に受け付けてくださるというのは、本当に凄いことだと思います。医師にも、例えば呼吸器系とか婦人科系とか専門分野があるはずなのです。それだけ、古久澤先生の中で、病気となる原因と結果が密接に結び付いて、一つの理論として導き出されているということなのでしょうね。

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2011.06.14

ブリージングストレッチセミナー in 京都(7)

映画『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。古久澤先生が、またまたtwitterでガンまる日記をご紹介してくださいました。いつも本当にありがとうございます。m(__)m 肩こりや頭痛の対処方法についても書いてくださっていましたので、参考にさせていただきました。肩こりや頭痛を解消するストレッチに関しては、確かセミナーでも何度か実践していますし、古久澤先生の著書寝ているうちにやせるカラダになる!ブリ-ジングストレッチの七十一ページにも書かれているのを確認しました。ヨガのポーズで言うと、三角のポーズに近いのかもしれません。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 京都(6)の続きを書かせていただきます。

 古久澤先生曰く、合蹠(がっせき)を取ると、短いほうの足が上がり易いそうだ。私は、どちらの足が短いのかははっきりとわかってはいないのだが、おそらく左足のほうが上がり易いと思う。ということは、左足のほうが短いのかもしれない。セミナー会場では、セミナー参加者の方たちのお手本になる方たちが古久澤先生の施術を受けたのだが、ほとんどの方たちが左足のほうが長いようだった。言い換えると、右足のほうが短いということだ。

 その後、骨盤調整のために、セミナー参加者全員で、合蹠の状態から片足を前に出し、もう片方の足を閉じ込めて、両手で自分の肩を抱き締め、手を使わずに足だけ使って回転するストレッチの実践に入った。また、古久澤先生の著書しあわせを引き寄せるカラダの五十六ページにも書かれているような、「お尻ウォーク」の実践も行った。これらはなかなか難しかった。まるで座ったまま、いもむしになってしまったかのようだった。

 古久澤先生曰く、胃の中に何か食べ物が入っている状態では、食べたものを消化することにエネルギーが費やされるため、その状態では病気は治らないとおっしゃった。胃の中がゼロになるまでは、病気を治すエネルギーが作られないのだそうだ。古久澤先生の発行されているメルマガでは、既にお馴染みの内容ではあるのだが、知らない方が聞いたらきっと驚かれることだろう。

 古久澤先生は、ブリージングストレッチを始めてから二十五キロ痩せた女性が五人以上もいらっしゃるとおっしゃった。この記事を書きながら、もう一度、セミナー当日にメモした内容を確認してみるのだが、確かに二十五キロと書かれている。二と五の間に少数点は存在していない。驚きである。何を隠そう、私は若い頃、潜在意識を活用して、半年間で十六キロ痩せたことがあるのだが、ブリージングストレッチの効果はそのときの値を大幅に上回っている。いやはや、うらやましい。私は結婚してから、ガンモとの生活があまりにも楽ちんなため、体重がどんどん増えてしまった。結婚前の私を知っている人から見ると、もはや別人二十八号である。そんな私がなかなか痩せられないでいるのは、睡眠時間が足りていないことに加え、半身浴と古久澤先生に教わったストレッチを継続的に実践できていないからなのだろう。

 その後、古久澤先生のお話は、食べ物の話に切り替わった。古久澤先生曰く、お米やお味噌、お漬物、お野菜など、「お」の付くものを食べると、噛む力が付いて来るそうだ。とは言え、「お」を付けるのが一般的でない食べ物にまで「お」を付ける必要はないとのことだった。

 古久澤先生は、鏡の前では必ず笑いましょうとおっしゃった。笑うときは、歯を見せない笑いと言われている微笑みでも、歯を見せる笑いでもいいそうだ。

 古久澤先生曰く、舌が良く動くと、幸運がやって来るそうだ。反対に、自殺するような人は、自殺する前に舌が動かなくなってしまうという。その後、セミナー参加者全員で、舌を上下左右に動かすストレッチを行った。私は、舌は動くのだが、舌が短いためにストレッチし辛かった。ちなみに、舌のストレッチを行っているときに舌を噛み易くなったときは、身体を休めたほうがいいそうだ。参考までに、舌についての講義中のメモをご紹介させていただくと、「舌をたくさん出す」、「首のストレッチをする」、「脳のストレッチになる」という走り書きのほか、「小腸が悪くなると、舌に来る」とあった。

 続いて、過去のセミナーでは何度か伺ったことだが、古久澤先生は、六歳までに肌の感覚を通して愛された経験があると、大人になったときに何かあっても頑張れるとおっしゃった。しかし、実際は六歳を過ぎてからもまだ間に合うそうだ。すなわち、肌を通して愛される感覚は、それほど重要だということだ。そのことは、私も普段から強く実感している。

 そこで、またまたセミナー参加者同士が組になって行うストレッチの実践に入った。一人が座り、後ろに控えたもう一人が火をおこすように手と手をこすり合わせたあと、座っている人の肩甲骨と肩甲骨の間にその手を当てた。座っている人は、当ててもらった手を温かいと感じることに集中した。これがうまく行かないときは、手を当てる人の手が温かくないときのようである。

 古久澤先生曰く、悪いことをしようとしたときは、手が温かくなれないそうだ。憎しみや恨みがあると、酵素が奪われてしまうという。しかし、許せるということは、一生掛かっても価値のあることだと古久澤先生はおっしゃった。実は最近、私は身近な人の病気を通して、そのことを痛感している。憎しみや恨みがあるために身体の中から酵素が奪われ、深刻な病気になってしまった人が身近にいるのだ。現在、私は、これまで古久澤先生に教わったことを活かしながら、その憎しみや恨みを和らげる方法を模索しているところだ。いやはや、本当に、心の状態が身体に現れているというのは、古久澤先生のおっしゃる通りだと実感している。つまり、自分で自分を病気に追い込んでしまったという典型を身近に見てしまったわけである。このことに気付かせてくださった古久澤先生には深く深く感謝している。

 こうして、十三時半から始まった京都セミナーの本編は、大盛況のうちに終了したのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 休憩時間中に、ブリージング酵素のサンプルをいただきました。私は、朝食を果物に変えているのでブリージング酵素の注文はしていなかったのですが、ミネラルウォーターで薄めて飲むタイプだというのにとても新鮮で驚きました。しかも、とてもおいしいのです。実は、ずっと以前に楽天市場で粉末タイプの酵素を購入したことがあるのですが、小麦粉みたいな白い粉で、これが本当に酵素なのだろうかと疑ってしまっていたのです。(苦笑)ブリージング酵素を飲んでみたいと思われる方は、浅草橋、ヨガ、整体、酵素断食、ブリージングストレッチ教室のサイトをご覧ください。

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2011.06.13

映画『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』

ホットヨガ(二四二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大阪の橋下知事は、独創的な考え方をする方ですね。関西電力の原子力発電所が、実際に消費電力の多い大阪や神戸、京都から少し離れた福井にあることを指摘し、原子力発電所は消費電力の多い都市部に設けるべきではないかと発言したそうです。いやはや、それも一理ありますね。とは言え、福井としては、原子力発電所が存在していることで、雇用が成り立ち、活性化されているとの意見もあるそうです。やはり、沖縄の米軍基地の移設と同様、なかなか難しい問題ですね。

 本作を鑑賞したのは、二月十八日のことである。何を隠そう、私は戦争映画があまり好きではない。そもそも、国のために人間同士が殺し合いをする理由が良くわからない上に、スクリーンに次々に映し出される残酷なシーンにも目を背けたくなるからだ。しかし、本作を鑑賞し終えた私は、思いのほか深い感動に包まれた。

 本作は、タイトルの通り、「フォックス」と呼ばれたある日本軍大尉の物語である。「フォックス」、すなわち「狐」とは、彼のことをそう呼んでいたアメリカ軍にとって、「知恵のある者」といった意味合いで用いられていたようである。その知恵とは、決して悪知恵などではない。思わず彼の人望の厚さに魂が打ち震えるような、そんな温かさをも持っているのだ。だから、アメリカ軍にとって日本軍は敵国であるにもかかわらず、「フォックス」に対しては畏敬の念が込められていたのである。

 時代は一九四四年、太平洋戦争末期である。サイパンに残った日本軍の兵士たちをとりまとめていた大場栄大尉は、わずか四十七人という少人数体制でありながらも、様々な知恵を駆使して、十六ヶ月間もの間、アメリカ軍に立ち向かうかたわら、たくさんの民間人を守って来た。もしも大場栄大尉が、アメリカ軍を出し抜くための悪知恵だけを駆使した人であったならば、本作の感動は生まれなかったことだろう。それでは、例え頭が切れたとしても、人間的には問題のある人物の物語になってしまうからだ。大場栄大尉は、ありとあらゆる面において、人々から尊敬される存在だった。それゆえ、日本人だけでなく、敵国であるはずのアメリカ軍からも一目置かれていたのである。

 心に残っているのは、優勢でありながらも、なかなか日本軍を降参させることができないアメリカ軍がやっきになり、日本の童謡などを大音量のスピーカーで流しながら日本軍を探しにやって来るシーンである。懐かしい童謡に心を奪われ、ついふらふらと油断をしてしまい、日本軍や日本人がアメリカ軍の前に姿を現すことを期待していたのだろう。おそらく日本の童謡など、アメリカ軍にとってはほとんど意味不明の歌のはずで、日本語のわかる私が聞くと、まるでアメリカ軍が日本人を馬鹿にしているような印象さえ抱いてしまう。とは言え、その一方で、アメリカ軍がそのような作戦を取っていることに、アメリカ軍の苦戦する様子が現れていておかしかった。

 太平洋戦争が終わろうとしているとき、大場栄大尉がアメリカ軍の基地に忍び込み、捕虜となっている元木末吉と会話をするシーンも印象的である。まずは敵の基地に忍び込むというのに、大場栄大尉のあれほどの余裕に驚いた。まるで隣人が柵を乗り越えて隣家にやって来たみたいな落ち着きようだったのである。大場栄大尉と話をした元木末吉を演じていたのは阿部サダヲくんだが、これまで私は彼のハイテンションについて行けなかったので、彼の出演作は意識的に見送って来た。しかし、本作の中でアメリカ軍と日本軍の間に入って通訳をする彼を見て、このような役柄を演じることもできるのかと彼を見直したのである。

 大場栄大尉を演じているのは、映画『さまよう刃』の竹之内豊くんである。映画『さまよう刃』では、刑事として法に従うか、それとも人間として法から外れた行為を認めるかで激しく揺れ動いていた彼だったが、思えばそうした葛藤を抱える役柄を見事に演じ切っていたことからも、彼は歳を重ねるごとにいい役者に成長したと思うのだ。

 大場栄大尉が頭でじっくりと考えて行動するタイプならば、身体から先に動いてしまうような兵士もいる。映画『20世紀少年』シリーズの唐沢寿明くん演じるやくざ者の堀内である。やくざ者で、身体から先に動いてしまうところからも、大場栄大尉とは対照的な存在かもしれないが、彼の正義感溢れるキャラクターも、本作の中では大いに活きている。

 本作は、実話を基にした作品だそうである。原作となっているのは、大場栄大尉らと敵として戦ったアメリカ軍兵士が書いた物語なのだそうだ。戦争を背景に、これほど人望が厚く、人々が集まって来る人物に出会えたことで、彼と同じ日本人である私たちは、彼の存在を誇りに思えるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 戦争映画ではあまり感動することはないだろうと思っていたのですが、見事に裏切ってくれました。(苦笑)大場栄大尉を見事に演じ切った竹之内豊くんに拍手を贈りたいと思います。

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2011.06.12

ホットヨガ(二四二回目)

奈良を習おう(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 週末に雨がたくさん降りましたね。雨がたくさん降っているとき、私たちは愛車カングーで高速道路を走っていたのですが、雨だけでなく霧も出ていました。おまけに、高速道路の上限千円サービスがもうすぐ終了してしまうためか、普段、渋滞しないような高速道路がひどく混雑していました。上限千円サービスが終了してしまうのはちょっと残念な気もしますが、フェリーには再び活気が戻るかもしれませんね。

 六月六日月曜日は、三宮店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。六月に入ってから、三宮店で平日の夜に行われる骨盤コースのレッスン開催曜日が、これまでの火曜日から月曜日に変わったのである。実は、ここのところ、様々な事情により、週末のレッスンを見送ることが多くなってしまった。そこで今回も、先週に引き続き、仕事帰りに夜のレッスンを受けることにしたのである。

 レッスンの開始時間は十九時半からだったので、仕事を終えたあと、比較的余裕を持ってレッスンに参加することができた。三宮に着いてから、レッスンの開始時間までにはまだ少し時間があった上にとてもお腹が空いていたので、空腹でレッスンを受けることが望ましいとされているにもかかわらず、私はレッスンの前にサンドイッチを食べてしまった。やはり空腹には勝てないものである。とは言え、レッスンを終えたあとに夕食をとった場合、翌朝、早起きの私にとっては、就寝前の三時間以内に食事をすることになってしまうため、これまた困ってしまうのである。

 今回もスタジオ内が暑くなってしまうほどレッスンの参加者が多いのかと覚悟していたのだが、意外や意外、レッスンの参加者は十六名だった。この人数ならば、火曜日の夜のレッスンよりもずっと少ない。

 しかも、レッスン開始の少し前にスタジオに入って来られたインストラクターは、以前から良くお話をさせていただいているインストラクターだった。そう、そのインストラクターは、これまで比較的激しいポーズが含まれたレッスンを中心に担当されていたのだが、インストラクターなりに骨盤コースのレッスンに魅力を感じていらっしゃるようで、いつか骨盤コースのインストラクターとしてデビューしたいとおっしゃっていた。そんな話を数ヶ月前に交わしていたのだが、実際のところ、骨盤コースのインストラクターとしてはなかなかデビューできていなかったようなのだ。

 私は、スタジオで目が合ったインストラクターに、
「(骨盤コースのインストラクターとして、)もうデビューされたんですね?」
と尋ねてみた。すると、インストラクターは、
「実は、今日がデビューなんです」
と恥ずかしそうにおっしゃるではないか。何と、そのインストラクターが骨盤コースのレッスンを初めて担当されるという晴れの舞台に、私も骨盤コースのレッスンに参加することができたのである。

 私は、そのインストラクターが骨盤コースのレッスンを担当してくださるということで、とてもわくわくした。実際、レッスンが始まると、インストラクターはとても堅実で丁寧なレッスンを展開してくださった。それは、一言で言って、インストラクターの知識と経験が物語のように埋め合わされた、密度の高いレッスンと言っても過言ではないだろう。そのため、私自身にもレッスンに力が入った。その結果、一つ一つのポーズが深くなり、息がだんだん荒くなってしまった。いやはや、きつい。インストラクターが上手に導いてくださるためか、私はレッスン中にポーズを緩めることができなかった。

 参加人数はそれほど多くはないはずなのに、スタジオ内がとても暑くなっていたので、私はスタジオの外に出て休みたかったのだが、インストラクターの導き方がとても上手だったので、ついついスタジオの外に出るチャンスを失ってしまった。結局、スタジオの外に出て休むことができたのは、後半の四つん這いのポーズの直後のことだった。

 ちなみに今回は、五百ミリリットル入りのペットボトルを二本用意して参加したのだが、いつもは五百ミリリットルのペットボトルを一本空ける程度でレッスンが終了するというのに、今回は、二本目のペットボトルに手をつけてしまった。それだけ汗をたくさん掻いて、のどが渇いていたのかもしれない。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、さきほどのインストラクターがロッカールームに入って来られたので、レッスンの御礼を言った。インストラクターにとっては初めての骨盤コースのレッスンだったためか、ひどく緊張されたようである。しかも、時間が足りずに、途中でポーズを省略してしまったのだそうだ。実は私も、ところどころでそのことには気が付いていた。おそらく、丁寧にレッスンを展開しようとしてくださったために、一つ一つのポーズに時間を掛けてくださったのだと思う。インストラクターは、ご自分の展開されたレッスンが失敗に終わったように感じていらっしゃったようだが、私は今回のレッスンにとても満足していたので、インストラクターのレッスンを大いに賞賛した。

 その後、受付で別のインストラクターとも少しお話をさせていただいた。いつも礼儀正しく接してくださるインストラクターである。そのインストラクターは、私が梅田店のスタジオに通っていることも良くご存知だった。私は、土曜日の午前中に骨盤コースのレッスンを受けたいので、週末は梅田店に通っているのだと説明した。礼儀インストラクター曰く、三宮店の場合、土曜日の午前中はビギナーコースのレッスンから始まることがほぼ決まってしまっているのだそうだ。梅田店と違ってスタジオが二つしかないため、レッスンの内容を大幅に変えることはできないのだという。なるほど、確かにスタジオが二つしかないと、冒険はできないかもしれない。そのレッスンスケジュールを当てにしてレッスンに通っていらっしゃる方も大勢いらっしゃると思うからだ。

 私が三宮店をあとにするとき、既に二十一時を回っていたので、以前、夜の骨盤コースのレッスンを担当してくださったインストラクターが、従業員用エレベータで一階まで案内してくださった。もう一人の参加者の方と一緒に従業員エレベータに乗り込むと、インストラクターは私に、
「いつも荷物が多いですね」
とおっしゃった。
「そうなんです」
と答えると、
「ロッカーに入りますか?」
と尋ねられたので、
「貴重品だけロッカーの中に入れて、あとはロッカーの上に置いておきます」
と答えると、
「ああ、確かにリュックが置いてありましたね」
とおっしゃった。なるほど、普段からロッカールームを良く観察されているようである。

 おそらく、レッスン後にロッカールームを退出したのは、私ともう一人の参加者の方が最後だったのではないだろうか。二十一時を過ぎてしまったためにインストラクターにはお手間をお掛けしてしまったが、こうしてインストラクターが積極的に歩み寄ってくださるのも、三宮店ならではの楽しみの一つであると改めて認識したのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レッスンを担当してくださったインストラクター曰く、月曜日のこの時間帯のレッスンは、いつも参加者が少ないのだそうです。仕事帰りに受けることのできる人気の骨盤コースのレッスンでも、曜日によって参加者の数に変化があるのは興味深いですね。私は、仕事帰りにホットヨガのレッスンを受けたり、映画を鑑賞したりすると必ず寝不足になってしまいます。そのため、平日の夜にホットヨガのレッスンに通うならば、どちらかと言うと週の途中よりも、できるだけ日頃の睡眠不足を解消できた週明けに近い曜日のほうがありがたいですね。

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2011.06.11

奈良を習おう(2)

映画『洋菓子店コアンドル』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東日本大震災から早くも三ヶ月が経ちました。少しずつ復興が進んではいるものの、被災された皆さんの心の傷はまだまだ深いだろうと思います。東京電力の福島第一原子力発電所の事故処理についても、次々に新たな問題が浮上していますね。被害の規模がとてつもなく大きかったことや、被災された方たちの心の問題も絡んでいることから、一筋縄では行かないことも多いと思いますが、三ヶ月経ったことで、改めて自分自身が今でも間接的であれ、東日本大震災に関わっているのかを考え直してみたいと思います。それでは週末になりましたので、奈良を習おう(1)の続きを書かせていただきます。

 朱雀門を出発して、近鉄電車の踏み切りを越えてやって来たのは、第一次大極殿である。朱雀門から第一次大極殿までは、レンタサイクルで回るにはとても気持ちのいいサイクリングコースとなっていた。ほとんどの観光客は徒歩だったので、レンタサイクルを有効活用できた私たちは、ずいぶん時間を節約することができたと思う。第一次大極殿を遠くから眺めてみると、どういうわけか、北京の天壇公園のことを思い出した。

 私たちは、第一次大極殿で長居することなく、次なる目的地である薬師寺へと向かった。第一次大極殿から薬師寺までは少し距離があったのだが、ガンモが地図で確認しながら先導してくれたので、迷うことなく辿り着くことができた。薬師寺周辺の懐かしい景色が視界に飛び込んで来たとき、私は朱雀門同様、数年前にガンモの仕事中に一人で路線バスを利用して薬師寺を訪れたときのことを思い出した。前回は路線バスの旅だったが、今回はガンモと一緒に走るレンタサイクルの旅である。一人で路線バスに乗るのはそれほど寂しくもないが、一人でレンタサイクルを借りて観光するのはちょっぴり寂しいかもしれない。それは、レンタサイクルが身近な人とのコミュニケーションツールだからなのだろう。

 薬師寺の駐輪場にレンタサイクルを停め、入場券を購入して中に入った。ちょうど修学旅行生のための法話が行われていたので、私たちはそこに紛れ込んで、修学旅行生と一緒に法話に耳を傾けた。

 薬師寺のお坊さんの法話はとても面白かった。やはり、全国から修学旅行生が日常的に訪れているだけに、法話の内容が洗練されているのである。例えば、修学旅行生の中に、法話に耳を傾けずに下を向いている学生がいると、
「そういうのを面が倒れると書いて面倒(めんどう)と言うんです」
とおっしゃった。これには、「なるほど!」と思った。

 時には、法話に耳を傾けているというよりも、国語(特に古文)の授業を受けているのではないかと思えるところもあった。例えば、「あおによし(青丹良し)」が奈良を意味する枕詞であるという点について、薬師寺のお坊さんは修学旅行生に質問を投げ掛けながら、説明を加えてくださった。「あおによし(青丹良し)」の青と丹は、それぞれ奈良の建物に良く使われている青(実際は緑だと思う)と丹(オレンジに近い色)であるという話も出て来た。これまた納得である。

 ちなみに、お坊さん曰く、薬師寺では僧侶を募集しているそうだ。修学旅行生から笑いが沸き起こったのは言うまでもない。

 その後も私たちは、薬師如来像がお祀りされている金堂で、先ほどとは違うお坊さんの法話に耳を傾けた。いやはや、薬師寺のお坊さんの法話は、ユーモアがあって面白い。法話に関する具体的な内容については、(No55) 奈良 薬師寺 その2のサイトが参考になるだろう。

 薬師寺のお坊さんの法話が面白いのは、最初から私たちがお坊さんの法話だと思って耳を傾けているために、そこに意外性が生まれるからなのかもしれない。しかし、決してそれだけではないはずだ。やはり毎日たくさんの人たちを相手に法話をされているので、会話の内容がどんどん洗練されて来るのだと思う。ちょうど私たちが訪れたときも、誰か有名人の発言を流用されたのか、リニューアルしようとしている薬師寺に塔が二つ必要であることに対し、国宝の行方を決める国会議員から、
「薬師寺さん、塔は一つでいいですか?」
と言われてしまうかもしれないといったようなユーモアが盛り込まれていた。

 金堂でうかがった法話によれば、驚いたことに、薬師寺のお坊さんは、お葬式のときにお経を唱えないのだそうだ。例えば、同じ薬師寺のお坊さん仲間が亡くなられたとしても、薬師寺のお坊さんは誰もお経を唱えることができないので、どこか他のお寺からお経を唱えるために来ていただくことになるのだという。薬師寺のお坊さんがお葬式を担当しないということは、すなわち、薬師寺の中にはお墓も存在しないということなのである。

 金堂にある薬師如来の左右には、向かって左に月光菩薩(がっこうぼさつ)と、向かって右に日光菩薩(にっこうぼさつ)がお祀りされていた。法話を聞かせてくださったお坊さん曰く、薬師如来がお医者様なら、左右に控える月光菩薩と日光菩薩は看護師さんであり、二十四時間体制で私たちの健康をお守りしてくださっているとのことだった。

 そう言えば、私はある時期から、仏像に魅せられたこともあり、薬師如来の手には薬壺が握られているというような情報を得ていたのだが、薬師寺の薬師如来の手には、薬壺が見当たらなかったのが不思議だった。

 その後、私たちは、大唐西域壁画殿を見学すると、レンタサイクルの返却時間が迫っていたので、再びレンタサイクルにまたがり、JR奈良駅に向かって走り始めた。途中、レンタサイクルで走るにはとても狭い歩道があった。しかも、自転車や人が歩道からはみ出さないように、少し背の高い囲いのようなものが施されていて、レンタサイクルを走らせながら、あまりにも幅が狭いためにその囲いに当たって転倒してしまうのではないかとひやひやした。それでも、公共の乗り物を利用したときような待ち合わせ時間を気にすることなく、比較的広範囲を観光できることからも、観光地でレンタサイクルを利用するのは有効的だと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、奈良を習おう(2)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これで、日帰り奈良旅行の記事は完結となります。薬師寺の法話は特に面白かったですね。私よりも法話にはまったガンモは、帰宅してからインターネットをあちらこちら検索し、いつまでも余韻に浸っていました。皆さんも、奈良を訪れることがあれば、薬師寺のお坊さんの法話に耳を傾けてください。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.06.10

映画『洋菓子店コアンドル』

会話の内容ではなかった!の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。梅雨に入っても、ここのところ雨らしい雨が降っていなかったと思っていたら、いきなりバケツの水をひっくり返したような大雨が長時間に渡って振り続けましたね。どうか、大雨のあとの災害にはくれぐれもお気をつけください。

 本作は、二月十七日に鑑賞した作品である。洋菓子作りに携わる作品というと、映画『ちょんまげぷりん』が記憶に新しい。映画『ちょんまげぷりん』では、想定外のタイムスリップによって現代にやって来たお侍さんが洋菓子作りに目覚める物語だった。一方、本作は、東京の洋菓子店で働いているはずの恋人の行方を追って、鹿児島から上京して来た若い娘が、その後の恋人の足取りを掴むために、かつて恋人が働いていた洋菓子店コアンドルで働き始めるという、これまた奇妙な物語である。

 恋人を追って鹿児島から上京して来た若い娘を演じているのは、今やどんな役柄も器用にこなせる蒼井優ちゃんである。鹿児島ではケーキ屋の娘としてお菓子作りの実績を積んで来たなつめも、東京にある有名洋菓子店コアンドルではそんなお菓子作りの技が通用せずに四苦八苦することになる。ケーキ屋の娘としてのなつめのプライドは、洋菓子店コアンドルの店長や従業員、洋菓子店コアンドルに出入りする常連客や洋菓子評論家らにことごとく打ち砕かれてしまうのだ。しかし、最初はなかなかうまく行かない洋菓子作りや周辺の人たちとの関係にも、なつめが洋菓子店コアンドルでの洋菓子作りに熱心になるにつれ、やがて光が差して行く。

 鹿児島育ちだからなのか、通常ならばすっかり怖気づいてしまうであろう状況に追い込まれたとしても、なつめは決してその状況から引き下がろうとはしない。例えば、恋人に再会できなかったために行くあてを失ってしまったたなつめが洋菓子店コアンドルで働きたいと申し出たときも、店長は決してなつめを歓迎してはいないことが映画を鑑賞している私にも伝わって来る。それでもなつめは粘りに粘って、とうとう洋菓子店コアンドルで住み込みの従業員として働けることになる。しかもなつめは、ひどくぶっきらぼうな従業員の扱いに耐えたり、常連客の冷たい批判や洋菓子評論家の辛口なコメントにも負けずにぐんぐん成長して行く。まるで、諦めなければ必ず夢を叶えることができると、鑑賞する側に勇気を与えてくれているかのようだ。

 本作は、物語の前半と後半で、エネルギーが完全に入れ替わってしまうのが面白い。店長はなつめを受け入れ、ひどくぶっきらぼうだった従業員は立場が弱くなり、なつめの作った洋菓子をけなした常連客は、なつめの頑張りを陰では高く評価していたことがわかる。更に特筆すべきは、江口洋介くん演じる洋菓子評論家の十村となつめの二人三脚だろう。かつては有名なパティシエだったはずの十村を洋菓子作りの現場から洋菓子評論家に転身させたのは、ある事件でトラウマを抱えてしまったことがきっかけだった。そこでなつめは、ある事情からピンチを迎えた洋菓子店コアンドルを十村と一緒に切り盛りすることで、本当は今でも洋菓子作りに携わりたいであろう十村の本心を引き出すことに成功し、過去のトラウマと真摯に向き合うチャンスを与えるのである。

 こうして振り返ってみると、本作は、登場人物たちの様々な感情が交差する作品であると言える。前半と後半で登場人物のエネルギーが完全に入れ替わっていることから、人は常に同じ場所に留まり続けているわけではないことを感じさせてもくれる。言い換えると、やがて収まるべきところに収まるということを私たちに教えてくれる作品でもあるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私自身は、これほど熱心に洋菓子作りに専念したことはありませんが、私の場合、洋菓子作りを文章を書くことに置き換えて鑑賞すると、なつめや十村の気持ちに寄り添えるような気がします。とは言え、私はもともと「導かれている」という感覚が好きなので、なつめのように、最初から四面楚歌の状況にあっては、「導かれている」とは実感できずに、頑張り切れないかもしれません。(苦笑)しかし、エネルギーの逆転を実現させたのは、他でもないなつめの自身の頑張りなんですよね。なつめはとても根性のある女性だと思います。

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2011.06.09

会話の内容ではなかった!

ブリージングストレッチセミナー in 京都(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 関西電力圏においても、十五パーセントの節電を要請する動きが出て来ているようです。何でも、地震や津波対策が不十分であるために、定期点検を終えた原子力発電が再稼動しない可能性もあるとか。いやはや、これは判断が難しいですね。地震や津波対策を取るにしても、どれくらいの規模のものを想定するのかなかなか判断できないでしょうし、もしもその想定を超える地震や津波が起こってしまった場合、東京電力の二の舞になりかねません。未来を予知できないだけに難しいですよね。しかし、夏にクーラーの使用を制限するようになれば、熱中症なども心配ですし、私自身、ほてりが強いので、できるだけ快適に過ごせるように今から更なる対策を練っておかなければなりません。

 これから書かせていただくのは、ブリージングストレッチセミナー in 京都(6)の記事に書かせていただいた、周囲の人たちと自分の望む話題で繋がれないという自らのぼやきへの反論である。

 先日私は、勤務先の上司に、
「(事情があって、)もしかするとこの先、一ヶ月か二ヶ月、お休みをいただくことになるかもしれません」
と伝えた。事情についてはここには書けないのだが、上司にはきちんと説明させていただいた。その事情については、仕事で使用しているメールにしたためるべきか、それとも派遣会社の営業を通して間接的かつ事務的に伝えるべきか、ずいぶん悩んだものだった。しかし私は、仕事中に今がチャンスとばかりに立ち上がり、上司のもとへと歩いて行き、自席で仕事をしている上司に向かって語り掛けたのだった。ひととおり事情を話すと、上司はとても驚き、
「こういう話は、ここで話すような内容じゃないですね」
ということでお互いの意見が合致した。要するに、本来ならば、会議室などにこもってひっそりと話す内容だったということだ。

 その会話を通して、実は上司も、私の直面している状況と当たらずとも遠からずの状況であることを聞かせてくださった。そのためか、自席での話をひとまず切り上げて持ち場に戻ると、あとから上司が声を掛けてくださり、
「ちょっと話をしましょうか」
と、私を休憩コーナーに誘ってくださった。

 休息コーナーといえどもオープンなスペースではあったのだが、他の人たちがパソコンに向かってしきりに仕事をしているすぐ側で声を潜めて話をするよりも、気兼ねすることなく話に没頭することができた。上司と私は休息コーナーのテーブルを囲み、お互いが直面している課題について、より突っ込んだ会話を実現させることができたのである。

 私はその経験を通して、こちらが心を開けば、相手も心を開いてくれることを実感した。例えそれが、私自身が会話として求めて止まない分野の会話ではなかったとしても、互いに臆すことなく本心で語り合うことができれば、会話の内容に関係なく相手と繋がることができるのだということを実感した。何を隠そう、その上司というのは、三ヶ月ほど前に、仕事中に大きな声で激しいバトルを繰り広げた上司だったのである。

 その事情について、何人かの人たちに報告したところ、中にはあまりにも内容が重過ぎたのか、返事が返って来なかった人もいたのだが、ほとんどの人たちはとても親身になって返事を返してくれた。中にはメールの内容を目で追った途端、突き上げて来るような感動に包まれ、嗚咽するほど高いエネルギーを放つメールもいただいた。

 これらの経験を通して、私は、人と繋がるのは、決して会話の内容ではないことを悟った。例えそれまでの間に一度も互いの本気の感情に触れることなく接していたとしても、いざというときに、互いにフィルタを通さない本気の感情で関わることができるかどうかがとても重要なことなのだとわかった。

 それと同時に、目で追う言葉は、必ずしも相手の感情とイコールではないこともわかって来た。目で追う言葉、すなわちメールなどの文字によるコミュニケーションは、実際の感情とは別にいくらでも装飾を施すことができる一方で、自分の感情にぴったりと合った言葉を探し当てることができず、実際の感情を表現するのに追いつかないことも多いようである。すなわち、目で追う言葉よりも感覚や行動のほうが、その人にとっての真実であることがわかったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 感情の領域とでも言うのでしょうか。普段、のほほんと生きていると達することのできない領域が確実に存在しますね。会話の内容ではなく、その領域に達したときに、いかに感情的にシンクロできるかどうかが重要なのだということが良くわかりました。「ガンまる日記」を読んでくださっている方たちの中にも、忙しい中にわざわざ時間を割いてくださって、本気の感情で関わってくださった方がいます。心からありがとう。こういう体験もまた、必ず陰と陽がセットになっているのが実に不思議なところですね。言い換えると、究極的な陰の体験は、究極的な陽の体験とセットになっているということでしょうか。陰が深ければ深いほど、それと同じくらいの深さの陽を体験できるということのようです。

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2011.06.08

ブリージングストレッチセミナー in 京都(6)

映画『RED/レッド』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 古久澤先生、twitterでご紹介してくださり、ありがとうございます。m(__)m 最近、「ブリージングストレッチ」という検索キーワードでこのブログを訪問してくださる方も増えて来ているようです。「ブリージングストレッチ」そのものに興味を持たれている方が増えて来ているように感じられます。

 古久澤先生のセミナーでは、陰と陽の話もしばしば登場する。このあたりの話は、私の感性にとても近い部分である。普段、私は大多数の人たちと陰陽の話をしないが、古久澤先生のセミナーに参加すれば、当たり前のように陰陽の話を聞いたり話したりすることができる。

 古久澤先生は、叩く刺激は陽で、なでる刺激は陰だとおっしゃった。相手に元気を出して欲しいときは、叩くそうだ。ノートに書き留めている内容がここまでなので、ここからは私の想像で書かせていただくのだが、叩く刺激は相手を自立させる働きがあるために陽であり、なでる刺激はどちらかと言うと相手から見れば他力であり、自分の持っているエネルギーを相手に与えることになるために陰なのではないだろうか。

 その後、偶数と奇数の話題になった。古久澤先生曰く、謝るときは偶数回のほうが効果があるらしい。例えば二回謝ると相手の怒りは収まるそうだ。それに対し、アファメーション(宣言)は、奇数回で終わらせるといいそうだ。これまたノートに書き留めている内容がここまでなので、私の想像で埋め合わせてみると、おそらく偶数が陰で奇数が陽なのだと思う。私の感覚では、陽は上に向かって伸びて行くエネルギーで、陰は下に根を下ろすエネルギーである。言い換えると、陽は発達させるエネルギーで、陰は治める(鎮める)エネルギーなのだと思う。

 古久澤先生は、手を温かくしていると幸せがやって来るとおっしゃった。実は私は、更年期障害のような症状が出ているために、上半身にはほてりがあり、下半身には冷えがある。古久澤先生が上下の温度差を取るために半身浴を強く推奨してくださっているというのに、諸事情により実践できていない。それはさておき、私の場合、とにかく上半身が熱くなるので、仕事中にマジクール相当品で冷やさなければならないほど手も熱い。そんな私でも、手が温かいことには変わりがないので、幸せがやって来るといいのだが・・・・・・。

 やがて古久澤先生のお話は、朝起きてから一番にすることへと切り替わって行った。私の場合、朝起きて一番にするのは、トイレに立つことだろうか。いや、時には枕元に置いてある携帯電話を開いてメールや携帯サイトをチェックすることもあれば、パソコンを立ち上げることもある。古久澤先生曰く、寝る直前までパソコンや携帯電話をいじり、朝起きた直後も真っ先にパソコンや携帯電話をいじるような生活を送っていると、脳と骨盤がおかしくなるそうだ。すなわち、朝起きたときと夜寝る前に実践していることが、そのまま身体に現れるのだそうだ。なるほど、確かに私の生活は危険な状態にあるのかもしれない。古久澤先生曰く、朝起きたときは、カーテンを開けて空を見上げるといいそうだ。そう言えば、以前、別のアプローチから、朝起きた直後に太陽の光を浴びるのがいいと本で読んだことがある。私の場合、子宮筋腫があり、第二チャクラが活性化されていないことがわかっているので、第二チャクラを活性化するために、朝の太陽の光を浴びるのがいいと、読んだ本には書かれていたのだ。

 古久澤先生は、普段から空を見上げる習慣をつけることを推奨されていた。毎日、星を見ていると、やがて星の位置がわかるようになり、自分を守ってくれているのもわかるようになるそうだ。私も、毎日ではないが、星や月は良く見上げている。

 古久澤先生は、女性の生理トラブルは、月を眺めるだけでも良くなって来るとおっしゃった。脳や肝臓、肺は月扁の漢字なので、月の影響を受けているそうだ。また、胃が下垂して来ると肩が凝り、頭が痛くなるそうだ。これは、私自身にも心当たりがある。普段から肩が凝りやすく、年に数回程度の割合だが、肩こりから頭痛に発展することもある。古久澤先生曰く、嫌いな人が多いと身体は硬くなるそうだ。もしかすると、私の身体が硬いのも、普段から、周りの人たちと心の世界を共有できていないと感じているからなのかもしれない。例えば陰陽の話にしても、輪廻転生の話にしても、周りの人たちと共有することができていない。相手がそれらの話題に興味を持っていないことがわかっているため、最初からそうした話題を控えてしまうのだ。そのため、周りの人たちと会話をしても、本当に触れて欲しいところに触れてもらえないようなもどかしさをいつも感じてしまう。そんなことから呼吸も浅くなり、身体も硬くなってしまっているのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こうして記事を書きながら自分の生活を振り返ってみると、私の場合、パソコンや携帯電話に依存し過ぎているのかもしれませんね。しかし、この依存を完全に断つことはできないので、古久澤先生が推奨されているように、蒸しタオルなどで目の疲れを取ることが必要なのでしょうね。

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2011.06.07

映画『RED/レッド』

ホットヨガ(二四一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。これまでの記事でも触れて来ましたが、菅総理の退陣を願う声がどんどん大きくなっていますね。私ははっきり言って、民主党には失望しています。この次に内閣総理大臣になる人もまた、民主党から選出されるのでしょうか。顔を見れば、心の中で、その人が本当は何を考えているかだいたいわかりますが、日本の政治家には、いい表情をした人はいません。これからも民主党が日本の舵を取るならば、民主党に属している政治家たちに、映画『ボビー』を観てくださいと言いたいですね。カリスマ性を持つリーダーとは、映画『ボビー』のような人のことを言うのだと思います。真のリーダーは、顔ににじみ出て来る表情に慈悲さえ感じられ、その演説に耳を傾けると、涙さえ出て来ます。しかし、今の日本の政治家の演説を聞いても泣けません。魂がピクリとも動かないのです。

 本作を鑑賞したのは、二月十五日のことである。この時期、鑑賞したい作品が目白押しで、限られた時間の中でどの作品を優先して鑑賞すべきか迷っていた。しかし、いろいろと迷った末に、本作を鑑賞することが出来て本当に良かったと思う。というのも、思いのほか面白い作品だったからだ。

 本作の中で活躍するのは、引退したCIAエージェントたちである。タイトルの『RED/レッド』とは、Retired(引退した) Extremely(超) Dangerous(危険人物)の略だそうだ。CIAエージェントというと、戦いにも強く、頭が切れて、きびきびと行動する人たちを想像するのだが、ブルース・ウィリス、モーガン・フリーマン、ジョン・マルコヴィッチ、それから映画『クィーン』のヘレン・ミレンらが演じるREDの人たちは、今や六十代から八十代をに達した人たちである。そんな彼らは、今では現役を引退して静かな余生を送っているというのに、いきなり何者かに追われる身となる。その何者かというのは、どうやら現役のCIAエージェントらしい。あることを理由に、現役のCIAエージェントが、REDである彼らを暗殺しにかかっているのである。現役を引退しているとは言え、現役時代に培ったREDの彼らの切れ味の良さは今なお健在である。本作の面白いところは、そんな彼らが力を合わせて、勇敢にも現役のCIAエージェントに立ち向かって行くところだろう。

 年齢的には現役のCIAエージェントに引け目を取ってしまうものの、かつてともに力を合わせて仕事をして来たREDらの絆は固い。特に目を見張るのは、ヘレン・ミレン演じるイギリスの元MI6諜報部員のヴィクトリアとブライアン・コックス演じるロシアの元KGBイヴァン・シモノフの間に通う並々ならぬ男女の愛情である。二人は任務を遂行する傍ら、MI6諜報部員とKGBという諜報部員同士の禁断の恋に落ちてしまい、任務遂行のために相手を肉体的に激しく傷つけながらも、気持ちの中では強烈に引き合い続けていた。任務を遂行するという表面的な行為に惑わされることなく、相手の中にある真実の想いを感じ取り、傷つけられたのは肉体だけで、決して精神ではなかったと言わんばかりに愛を貫き通している。例えそれが任務遂行のためであったとしても、誰だって、自分の身体を激しく傷つけられてしまえば、そこで信頼関係を失ってしまう。しかし、彼らは決して相手に対する信頼を失わなかった。すなわち、相手の取った表面的な行為に対し、一瞬のうちに許しが起こっているのである。私はそこに、ツインソウル的な絶対愛を感じ取った。

 いやはや、こうして振り返ってみても、あっぱれである。普段は、この手の作品は鑑賞しないのだが、仕事帰りに鑑賞できる上映スケジュールと映画を千円で鑑賞できるレディースデイという条件が重なって、鑑賞に至ったのである。鑑賞直後に男友達と電話で話をしたのだが、どういうわけか男友達の声がジョン・マルコヴィッチの声と重なり、まるで鑑賞したばかりの映画の登場人物と会話を交わしたようなお得な余韻を引きずることになった。このような体験をしたということは、私の中で、ジョン・マルコヴィッチの演技が最も印象に残っていたということなのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 普段は鑑賞しないような作品も、たまには鑑賞してみるものですね。(苦笑)ブルース・ウィリスが出演するようなアクション映画はずっと避けていたのですが、単なるアクション映画ではなく、人間のドラマがあちらこちらにちりばめられている本作のような作品は好きですね。記事の中では触れませんでしたが、ブルース・ウィリスもまた、電話で話していただけの女性と激しい恋に落ちるんですよね。かつての仲間たちとの固い絆と男女の愛の物語が詰まった素晴らしい作品であります。

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2011.06.06

ホットヨガ(二四一回目)

奈良を習おう(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。関東甲信越圏で契約されたdocomoの一部の携帯電話が使用できないという不具合が発生していたようですね。私もdocomoユーザーですが、関西で契約しているため問題はありませんでした。いつものように携帯電話を使用することができなかった方たちは、かなりイライラされたのではないでしょうか。携帯電話が普及したのは、ここ十数年のことだと思いますが、携帯電話の便利さを実感すればするほど、こうしたトラブルが発生したときに不便さを感じてしまうのは、何だか皮肉なものですね。とは言え、これこそが、物事には陰と陽の両面が存在していることを示す証拠であるとも思います。便利さと不便さは同時に体験することができないので、不便さを体験するタイミングが訪れたということかもしれません。しかし、その体験の裏側には、確実に、欠乏という形での便利さへの体験が潜んでいるように思います。

 五月三十一日火曜日の夜は、三宮店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。珍しく平日の仕事帰りにレッスンを受けたのは、諸事情により、週末にレッスンを受けることができなかったからである。一週間以内のレッスンにはならなかったため、残念ながら、女子力をアップさせてくれるヒアルロン酸ドリンクをもらえる対象からは外れてしまった。

 仕事に出掛けて行く準備と並行して、ホットヨガのレッスンの準備を慌しく整えた。いつものように、浄水器を通した水に氷を加えて保冷専用のステンレスボトルに入れてレッスンに持参しようとしたところ、何と、冷蔵庫の製氷機が壊れてしまったのか、氷が出来ていなかった。そこで仕方なくレッスンの直前に三宮店のスタジオ近くの薬局で「いろはす」を買った。

 レッスンの参加者は二十三名と、今回も多かった。サウナスーツの女性もレッスンに参加されていたが、スタジオ内を見渡してみると、初めてお目に掛かる顔ぶれも多いように思えた。レッスンを担当してくださったのは、前回の同じ曜日の同じ時間のレッスンを担当してくださったインストラクターである。やはり、スタジオ内が二十三名もの参加者の体温で暑くなっていたため、インストラクターはレッスン中に何度も何度も入口の扉を開閉してくださった。

 今回の私は、いつにも増して下半身がぐらぐらしてしまい、ポーズが取りにくかった。レッスン中に取るポーズも呼吸も浅かった。ただ、汗はものすごく掻いたので、とても気持ち良くレッスンを受けることができた。このような状況では、せっかく骨盤コースのレッスンに通っていても、骨盤が矯正されているという実感はない。私はただ、汗を掻くためだけにレッスンに通っているのかもしれない。

 ところで、ホットヨガのレッスンに関しては、ずっと以前から、私の中にもやもやしたものが芽生えている。それは、コミュニケーションの密度を上げたいということだ。以前も別の記事に書かせていただいたが、魂レベルではないにしても、せめて心の世界を共有できるような交流が、他の会員さんたちやスタッフと実現できたらいいのにとも思うのだ。とは言え、今の私自身の中に、そうした新たな関係を受け入れる余裕があるのか、あまり自信がない。言い換えると、今は、他の会員さんたちやスタッフと心の世界を共有していないために、レッスン後に好き勝手に映画を何本も鑑賞することができているのではないか、とも思えるのだ。そう考えると、私の過度なほどの映画鑑賞は、周りの人たちと心の世界を共有できていないために、自分の世界を必死に捜し求めようとする行為なのかもしれない。

 今回のレッスンでは、レッスン中に一度もスタジオの外で休むことなく、最後までレッスンを受けることができた。そのせいか、レッスン後に感じたほてりは、いつもよりも強かった。私は、身体がひどくほてった状態のまま帰路についたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 平日の仕事帰りにホットヨガのレッスンを受けると、通勤時の荷物が多くなってしまったり、翌朝も早起きのために寝不足になってしまったりもするのですが、その分、週末を自分の予定のためにめいいっぱい活用できることがわかりました。とは言え、土曜日に梅田店でレッスンを受けたあと、お気に入りのお店でゆったりとランチを食べるという楽しみからは遠ざかってしまいます。これも、一度に両極を体験することができないことの証拠ですね。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.06.05

奈良を習おう(1)

映画『ザ・タウン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 名古屋港水族館で飼育されていたイルカが訓練中にコンクリートの通路に落下し、胸部を強打して死亡したというニュースを読みました。サーカス団に入団して活躍している人が訓練中に死亡したのとは状況が違いますよね。イルカには、ジャンプの訓練をしたいという意志はなかったと思いますが、サーカス団に入団して活躍している人には、訓練で自分のスキルを高めたいという自らの意志があると思います。人間の娯楽のために動物の意志を犠牲にしていることはわかっているのですが、私自身も水族館に足を運ぶとイルカショーなどを見学することもあります。そもそも野生の動物たちの自由を奪っているという意味で、動物園や水族館の存在自体についても疑問視していたこともあったのですが、ここしばらくは保留にしていました。しかし、こういうことを考え始めると、「じゃあ、動物の肉を食べることはどうなの?」という別の課題にぶち当たってしまうのです。(苦笑)そこにはやはり、意志が大きく関係しているように思います。さて、リアルタイムでお届けして、途中まで書きっぱなしにしている沖縄旅行の記事などもあるのですが、去年十月に出掛けた秋田旅行の記事を完結させたばかりなので、週末を中心にお届けしている旅の記事として、ここはやはり旅をした順番通りに、去年十一月にガンモと出掛けた日帰り奈良旅行について書かせていただこうと思います。

 去年の十一月十四日日曜日、ガンモと一緒に奈良を習いに行った。「奈良を習おう」というのは、JRが使用している奈良観光のキャッチコピーである。ちなみに、私たちが住んでいるところから奈良まで出掛けて行くには、JR線を利用する方法と、直通運転で繋がった阪神電車と近鉄電車を利用する方法がある。どちらの路線を利用するか、少し迷ったのだが、私たちの場合、自宅の最寄駅がJR線なので、通勤時と同じように自宅の最寄駅にある駐輪場に自転車を置いておけることと、JRの発行している「奈良万葉きっぷ」が割安だったので、JR線を利用することにした。

 ちなみに、我が家から奈良までは、およそ一時間程度である。ひとまずJR大阪駅まで出て、そこから大阪環状線のホームまで移動し、「やまとじライナー」に乗り換え、JR奈良駅まで出た。奈良に来るのは何年振りだろうか。以前、来たときよりも駅が新しくなっていたので驚いた。そこが奈良であることを象徴するようなポストも、かつての場所とは違うところに設置されていた。

 奈良に着いたのがちょうどお昼どきだったので、まずは腹ごしらえをしたあと、私たちはJR奈良駅前にあるレンタカーのお店でレンタサイクルを借りることにした。というのも、奈良万葉きっぷを提示すれば、電動式自転車を通常の半額の五百円で借りることができるからだ。電動式自転車と言えば、およそ七年前に九州旅行に出掛けたときに、楽チャリというJR九州の推奨する電動式自転車を借りたことがある。電動式自転車の楽チャリは、その名の通り、乗車してみるととても楽ちんだった。特に坂道を上るときは、誰かが後ろから押してくれているかのようにスイスイと快適に走ることができた。

 今回、JR奈良駅前で借りた電動式自転車も、楽チャリと同じように上り坂の走行がとても楽チンだった。自転車をこぐにもお腹に力を入れることが必要だが、電動式自転車がこれだけ楽チンであれば、お年寄りにも重宝されるのではないだろうか。とは言え、乗り始めてからしばらくは、下り坂のようにスピードが加速される場所においては、電動式であるがゆえに加速して行くスピードをうまく調整できなかったらどうしようという不安もあったのだが、そんな不安も次第に解消されて行った。

 さて、そんな電動式自転車に元気良くまたがり、私たちが最初に向かったのは、平城京跡である。ガンモは最初、地図を見て、JR奈良駅から平城京跡まで歩こうと思ったらしい。平城京跡までは、路線バスを利用して十五分程度なので、歩けるだろうと思ったらしいのだが、実際に電動式自転車を走らせてみると、これがとんでもなく甘い考えだったことに気が付いた。おそらく平城京跡まで歩いていたら、それだけで貴重な一日が終わってしまっていたことだろう。

 私たちが平城京跡に着いたのは、JR奈良駅を出発してから三十分近く経っていたように思う。私たちは電動式自転車を自転車置き場に並べて停めると、ひとまずトイレを済ませておいた。その後、徒歩で平城京跡に向かったのだが、私はどうもこの辺りの景色には見覚えがあった。私が、
「ひょっとして、ここは朱雀門?」
と尋ねると、ガンモは、
「そうだよ」
と答えた。私は、
「ここ、前にガンモと一緒に来たよね?」
と言った。私には、数年前にガンモと一緒にここに来たという記憶があったのだ。しかし、ガンモは、
「いや、来てないよ」
と言った。私は、
「あれえ、おかしいなあ。だって、この朱雀門、知ってるもん」
と反論した。

 しかし、良く良く考えてみると、確かに数年前にガンモと一緒に奈良に足を運んだものの、そのときガンモは仕事で奈良を訪れていたので、ガンモが仕事をしている間に私一人で路線バスのフリーパスを購入し、あちらこちらを観光したことを思い出したのだった。平城京跡の朱雀門も、そのときに観光していたのだった。

 朱雀門の周辺は、少し前まで観光客で溢れ返っていたらしく、観光客を長い行列に収めるための案内カードなどが無造作に放置されていた。この頃、奈良は平城遷都千三百年祭が行われていてとてもにぎわっていたが、私たちが訪れた頃には、もうだいぶん落ち着いていたのだ。

 そして、どういうわけか、朱雀門の周辺には、古めかしい服を着込んだ人たちがたくさん見受けられた。最初は神主さんの集団なのかと思っていたのだが、どうも雰囲気が違う。観光客のささやきからすると、どうやら映画の撮影を行っていたらしい。もしかすると、今後、私が鑑賞する映画にこのシーンが登場したりするのだろうか。奈良時代が描かれた作品が公開されたら、注目しておこうと思う。

 私たちは、朱雀門の向こう側にある広大な景色をぼんやりと眺めた。奈良時代の人たちも、こうして朱雀門の向こう側を眺めたのだろうか。とは言え、実のところ、朱雀門の向こう側に見えている古めかしい建物と朱雀門の間には、近鉄電車が走っていたのだ。奈良時代の人の気持ちを想像しながら朱雀門の向こう側を眺めていても、目の前を近鉄電車が走ると、いきなり現代に引き戻されてしまうのである。朱雀門の向こう側に思いを馳せた私たちは、自転車置き場まで電動式自転車を取りに戻り、朱雀門の向こう側まで電動式自転車を走らせてみることにした。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、奈良を習おう(1)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あれから既に半年以上が経過していますが、平城京跡で撮影されていたような映画はまだ公開されていないように思います。あれは一体何だったのでしょうか。今後も注目したいと思います。

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2011.06.04

映画『ザ・タウン』

秋田紀行(7)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m またまた更新が遅くなり、申し訳ありません。m(__)m 島根県や福島県で震度四から震度五弱の地震が発生したそうですね。島根県で地震が発生するのは珍しいと思います。地震が滅多に発生しない地域で揺れを体験された方たちは、きっと驚かれたことでしょう。福島県も、せめて地震が落ち着いてくれるといいですね。とにかく皆さん、どうかくれぐれもお気をつけください。

 本作を鑑賞したのは、二月十日のことである。

 舞台となっているのは、アメリカで最も銀行強盗が多いとされるボストンのチャールズタウンである。ここでは、銀行強盗がまるで家業のように親から子へと引き継がれているという。そのチャールズタウンで、ダグは気心の知れた幼馴染たちとともに、父と同じく銀行強盗を繰り返していた。彼らは毎回、綿密な計画を立てて完全犯罪を目論んで来たものの、あるとき予期しなかったハプニングに見舞われたために、襲った銀行の女性支店長クレアを人質に取り、何とか逃げ切ることができた。しかし、リーダーのダグは、クレアに素顔を見られてしまったのではないかと不安になり、探りを入れるためにクレアに接近する。ところが、ダグとクレアはやがて男女として惹かれ合ってしまうのだった。

 クレアと愛し合うようになってからのダグは、銀行強盗からきれいさっぱり足を洗い、新たな人生を歩み始めようとするものの、それは同時に幼馴染たちを裏切ることにもなってしまうため、なかなかその一歩を踏み出せないでいた。『ザ・タウン』というタイトルの通り、街そのものがダグを銀行強盗にするための役割を担っているかのように見える。ダグが銀行強盗からきれいさっぱりと足を洗うには、ダグ自身が大きな意識変革を起こすとともに、環境をも変えて行かなければならないだろう。自らの願望と環境が合致しない人は、ダグほどのワルではないにしても、本作の中に自分自身の葛藤を見出すのではないだろうか。例えば、仕事そのものは好きにはなれないものの、同じ職場で働いている仕事仲間たちとはうまくコミュニケーションが取れている場合、仕事を辞めたいが、仕事仲間たちと離れたくないがために職場を去りがたいという悩みを抱えているかもしれない。そういう人は、ダグの葛藤に共感できるのではないかと思う。

 何らかの新たな方向性を見出したとき、環境のせいにして新たな一歩を踏み出せないことを批判する人たちもいるかもしれないが、自分の願望のために街や幼馴染たちを切り捨てることができないという葛藤を抱いたダグの中には、自分の生まれ育った街や幼馴染に対する思いやりがあったと考えられる。反対に、もしもダグが街や幼馴染たちを自分から簡単に切り離すことができるのだとしたら、それはそれで愛を感じない作品になってしまうように思えるのだ。

 同時に、ダグが銀行強盗犯であることに気付いてしまったクレアは、自分の中の正義感とダグへの愛情の狭間で激しく葛藤することになる。その葛藤の末に、クレアが何を選択したかは、ダグとクレアの電話の様子からも察しが付くだろう。

 ダグを演じているのは、本作の監督も同時にこなしているベン・アフレックである。また、ダグと一番仲の良い幼馴染のジェムを演じているのは、映画『ハート・ロッカー』のジェレミー・レナーである。本作の彼はとにかくはまり役である。まるで本当にチャールズタウンで何度も何度も銀行強盗を重ね、危ない橋を渡って来たワルであるかのようだった。一方、ダグらに銀行強盗の情報を与えていた花屋のファーギーを演じていたピート・ポスルスウェイトは、表情だけで演技のできる名脇役だったが、残念ながら、今年の一月にがんで亡くなってしまったそうだ。日本で公開されている作品の中では、本作が彼の遺作となってしまったらしい。

 銀行強盗というワイルドな題材を扱った作品なので、本作の中では警察と銀行強盗たちの激しいカーチェイスや銃撃戦が繰り広げられたりもする。しかし、至るところに派手なアクションシーンが盛り込まれているからと言って、決して右から左へと流れて行ってしまうような作品ではない。新たな一歩を踏み出そうとするときの、過去との決別の仕方について考えさせられる作品でもあるのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作の監督を務めたベン・アフレックは、過去に映画『ゴーン・ベイビー・ゴーン』という作品で高く評価されているようです。私は鑑賞していませんが、映画『ゴーン・ベイビー・ゴーン』では、実の弟であるケイシー・アフレックが主役を演じています。一方、本作ではベン・アフレック自身が主役を演じています。俳優でもあり、映画監督でもある彼は、撮る側と撮られる側という双方向から映画と関わっているのですね。彼のように双方向から映画と関わりを持っているならば、映画監督としてメガフォンをとっているときは俳優としての経験が活かされ、俳優として何かの役を演じているときは、映画監督の経験が活かされていることでしょう。

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2011.06.03

秋田紀行(7)

ブリージングストレッチセミナー in 京都(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。節電対策のために、関東圏を走る列車には冷房が入っていないと聞きました。東京はロンドンのようには涼しくはありませんので、今の季節はまだ何とかしのげるにしても、これからは冷房が必須になると思います。思えば、昔の列車は走行中に窓を開けて、車内に涼しい風を取り込むことができましたが、特に都市部を走る最近の列車は、窓を開けて走っているのを見掛けなくなりました。この時期の、冷房の入っていない車内の温度はどんな感じでしょうか。満員電車になると、人の体温で車内の温度が上昇するということもあるでしょう。私は上半身にほてりがあるので、この時期に冷房の入っていない満員電車に乗車することを考えただけでも避けたくなります。仕事をしているオフィスでさえもひどく暑く感じられるので、私は既にマジクール相当の冷感グッズを腕に巻き付けて上半身を冷やしています。私と同じような状況の方がいらっしゃいましたら、どうかご自分なりに工夫されて、少しでも快適に過ごせるといいですね。それでは、秋田紀行(6)の続きを書かせていただきます。

 秋田内陸縦貫鉄道に乗り込んだ私たちは、阿仁マタギ駅から鷹巣(たかのす)まで乗車した。車窓から見えて来る景色は、のどかで素晴らしいものだった。有り難いことに、秋田内陸縦貫鉄道にはガイドさんも乗車され、撮影スポットが近付くとアナウンスしてくださった。また、撮影スポットに合わせて、秋田内陸縦貫鉄道の運転士さんも列車をゆっくり走らせてくださったので、私たちは美しい景色を心置きなくカメラに収めることができた。そういう意味で、秋田内陸縦貫鉄道は、観光客にはサービス満点の鉄道だと言える。

 私たちは終点の鷹巣で降りると、そこからJR線に乗り換え、大館(おおだて)まで出た。確か、何年か前に寝台特急日本海に乗車したときに、早朝に大館駅に停車したのをねぼけ眼で感じ取ってはいたものの、実際に降り立つのは初めてのことである。大館は、忠犬ハチ公の故郷らしく、秋田犬や忠犬ハチ公の像をあちらこちらで見掛けた。また、大館は比内鶏(ひないどり)でも有名なようで、お腹が空いていた私たちは、大館駅前の食堂で比内鶏定食をいただいた。

 その後、大館から弘前まで、今回の旅の本来の目的である「特急かもしか」に乗車した。特急かもしかは、去年十月に私たちが乗車したあと、十二月に行われたダイヤ改正で引退したのである。東北新幹線のように便利で新しい列車が登場すれば、昔ながらの特急列車はもはや需要が少なくなる。特急かもしかは、そんな悲しさを背負いながらも、ただもくもくと走り続けていた。ちなみに弘前は、以前にも乗り換えのために訪れたことがある。弘前まで移動すると、上半身にほてりのある私でさえ、さすがに半袖では肌寒かった。

 弘前から青森空港までは、路線バスで移動することにしていたので、路線バスの発車時刻までおよそ二時間、弘前の街を散策することにした。とは言え、二時間程度しかないと思うとそれほど遠出することもできず、弘前駅から少し歩いたところにあるイトーヨーカドーにこもってショッピングを楽しんだ。有り難いことに、イトーヨーカドー内にあるバスセンターから、青森空港行きのバスに乗車できることがわかったので、私たちはショッピングを終えてもわざわざ弘前駅まで戻ることなく、イトーヨーカドーのバスセンターから青森空港行きの路線バスに乗車した。

 青森空港までの所要時間はおよそ一時間だったが、雨のためか、到着が五分ほど遅れた。平日だというのに、帰りの飛行機はほぼ満席だった。私たちの隣の席がかろうじて空いていただけだったように思う。雨雲の影響で、帰りの飛行機は少し揺れたものの、無事に大阪国際空港に着陸した。かくして、私たちの二泊三日の秋田旅行が幕を閉じることになったわけである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、秋田紀行(7)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 秋田紀行の記事に長らくお付き合いくださいましてありがとうございました。今回の記事をもちまして、秋田旅行の記事は完結させていただきます。「特急かもしか」は、昔ながらのデザインの車両でしたね。関西地方でも、特急サンダーバードと運行経路がほぼ重複している特急雷鳥が引退したばかりです。新しいものの登場によって、旧いものが押し出されて引退して行くという現象は、鉄道の世界にもあるようです。

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2011.06.02

ブリージングストレッチセミナー in 京都(5)

映画『ジーン・ワルツ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m WHOが、携帯電話の発する電磁波が一部の脳腫瘍の発生率と関係があると認めたようですね。携帯電話と脳腫瘍の関係は以前から取り上げられていましたが、今回、はっきりとWHOがその関連性を肯定したことで、携帯電話業界には大きな波紋が広がることでしょう。ちなみに、私が携帯電話で通話するときは、ハンズフリーの耳掛け式イヤホンを接続して使用しています。電磁波を脳から遠ざける目的というよりも、もともと私が使用している携帯電話が、ハンズフリーの耳掛け式イヤホンを接続して使用しなければ、屋外では通話ができないためでもあります。しかし、携帯電話の発する電磁波が一部の脳腫瘍の発生率と関係があると発表されれば、ハンズフリーの耳掛け式イヤホンで通話をすることは、大いに意味がありますよね。影響を考えると恐ろしいので、実家の両親や弟にも、ハンズフリーの耳掛け式イヤホンを楽天市場で購入して送りました。さて、またまた古久澤先生が、ガンまる日記をtwitterでご紹介してくださいました。重ね重ね、ありがとうございます。m(__)m それでは、ブリージングストレッチセミナー in 京都(4)の続きを書かせていただきます。

 続いて古久澤先生は、「酸化」について語られた。髪の毛が酸化すると白髪になり、目の水晶体が酸化すると白内障になり、歯茎が酸化すると歯槽膿漏になり、細胞自体が酸化すると癌になるという。

 古久澤先生曰く、骨がしっかりしている人ほど若々しいそうで、ダイエットをしたときにまず減って行くのは骨なのだそうだ。そうなると、酸化しやすくなってしまうらしい。また、骨がスカスカになるほど血液がドロドロになるそうだ。

 また、子宮筋腫や子宮内膜症など、女性特有のトラブルを抱えている人たちは、右腕が固いそうだ。右腕に弾力性がなかったり、縮んでいたり、短かったりするそうだ。筋腫持ちの私が右腕と左腕の固さを比べてみると、確かに右腕のほうが固かった。ちなみに私の場合、左腕のほうがわずかに短かったようだ。

 古久澤先生は、左の首は血が昇って行き、右の首は血が降りて来るとおっしゃった。脳梗塞の人は右の首が固まっているそうだ。私は、どちらの首が固まっているというわけではないのだが、首や肩はいつも凝っている。これは、古久澤先生のメルマガや著書によれば、胃がくたびれている証拠らしい。そういう人は、朝食を果物に変えるなどして、内蔵疲労を取り除くことが必要なのだそうだ。私も二年近く前から、朝食は果物に変えたものの、仕事がら、首や肩が固まり易い傾向にあるようだ。もちろん、こうして「ガンまる日記」を毎日綴っていることも影響しているのかもしれない。目を使い過ぎたと感じたときは、古久澤先生がメルマガで書かれていたように、蒸しタオル(私の場合は、ポットのお湯を少しだけ注いだタオル)で目を温めている。これがとても気持ちがいいのだ。

 古久澤先生は、体操をすると呼吸が深くなり、頭に溜まっていたものが手足に散って行くとおっしゃった。その代表的なものが欠伸(あくび)で、欠伸はそれだけで整体になるのだそうだ。反対に、欠伸を我慢すると脳卒中になり易いので、我慢しないほうがいいという。確かに、セミナーで身体を思い切り伸ばすと、肺だけでなく、身体全体が呼吸器になったようなすがすがしさを覚える。

 古久澤先生は、鳩尾(みぞおち)が緩まないと、肛門が締まらないとおっしゃった。これには納得である。私の鳩尾は固く、普段から肛門が締まっていないと実感しているからだ。鳩尾の緊張を解くには、眉間(みけん)を緩めるといいらしい。そこで、後出しじゃんけんと同様、体操でペアを組んだ方とにらめっこをすることになった。

 誰かとにらめっこをするなんて、一体何年振りだろう。子供の頃には抵抗なく実践できていたはずのにらめっこも、大人になってから実践するのは恥ずかしい。もともとにらめっこは、人と対面するのを恥ずかしがる傾向にある日本人のために生まれた遊びであると、以前、何かの本で読んだことがある。私とペアを組んでくださった方は、面白い表情をして私を笑わせてくれた。私も相手の方を笑わせようと試みるのだが、どういうわけか、相手を笑わせようとしているうちに、自分が笑ってしまう。これでは私の負けではないか。

 にらめっこは、相手を笑わせたほうが勝ちとなる遊びである。言い換えると、自分が笑うと負けなのだ。古久澤先生は、負けたら笑うのは魔法だとおっしゃった。にらめっこするとエネルギーが変換されるそうで、負けて笑えるような遊びをしてくださいと古久澤先生はおっしゃった。また、にらめっこで変な顔ができる人は、うつ病にはならないそうだ。これは、自分の中にある緊張を解放できているからなのだろう。後出しじゃんけんのときもセミナーに参加されている方たちの興奮が伝わって来たが、にらめっこのときも、セミナー会場はざわざわとしていた。私にはそのざわざわした雰囲気が、セミナーに参加された方たちが、何か新しいものを発見したことを示すざわめきであるように思えた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 後出しじゃんけんといい、今回の記事に書かせていただいたにらめっこといい、子供の頃に実践していたことに身体や心の緊張をほぐすためのヒントが隠されていたとは驚きです。負けて笑うことは、社会人生活が長くなればなるほど、実践できなくなることだと思います。いつの間にか、自分の中に、「こうでなければならない」という既成概念が出来上がってしまい、そのことが、心だけでなく身体をも緊張させていたのかもしれませんね。

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2011.06.01

映画『ジーン・ワルツ』

ホットヨガ(二四〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。自民、公明両党などが、とうとう内閣不信任決議案を提出しましたね。ああ、また日本の政治は体制を変えるのですか。日本の政治体制は、まるで私の骨盤みたいにぐらぐらしていますね。骨盤体操をやったほうがいいですよ。

 本作を鑑賞したのは、二月八日のことである。タイトルの中にある「ジーン」とは、遺伝子を意味している。予告編の内容から、菅野美穂ちゃん演じる曾根崎医師が遺伝子を操作して新たな生命を人工的に誕生させるのかと思い込んでいたのだが、そういう物語ではなかった。

 この作品を好きかどうかと誰かに尋ねられたならば、私は「好きではない」と答えるだろう。出産のシーンは素晴らしいし、浅岡ルリ子さん演じるガンに侵されてしまったマリアクリニックの院長の底力はとても感動的だったのだが、愛情で結ばれているはずの田辺誠一くん演じる清川医師と曾根崎医師の関係が、今ひとつ理解できなかったことは、私をそこで立ち止まらせてしまった。何故、あんなにも頑なな男女関係なのに、男女として愛し合っていると言えるのだろう。男女が愛し合っているのならば、もっと甘く、柔らかな関係を築いていてもいいのではないだろうか。ホットヨガのレッスンに通っているのに、いつまで経っても硬い私の身体のように、清川医師と曾根崎医師の関係は硬い。そんなところばかりが共感できない部分として前面に押し出されてしまい、とても残念な作品に思えてしまったのである。

 それに加え、本編の中ではちゃんと説明があったのかもしれないが、何故、清川医師や曾根崎医師は、マリアクリニックと関係があり、また、マリアクリニックは何故、清川医師や曾根崎医師が働いている大きな病院から軽視されていたのか、良くわからなかった。更に、大森南朋さんが演じていた医師の久広は、マリアクリニックの院長の息子だったのだろうか? これらのことを、本作のレビューを書くにあたり、映画サイトで再確認しなければ、理解することができなかった。

 病院内の権力争いやマリアクリニックの院長の息子の逮捕事件、清川医師と曾根崎医師の甘くはない恋愛などが盛り込まれた本作だが、メインとなっているのは、閉院間近となってしまったマリアクリニックに通い続けている四人の妊婦さんたちの状況から映し出される人間ドラマではないだろうか。四人はそれぞれ、自ら生命維持ができないという「無脳症」の胎児を身ごもった女性、中絶を強く望む若い女性、不妊治療の末にようやく子供を授かった女性、双子を妊娠中の五十五歳の女性らである。いろいろな状況の中で、彼女たちの「産む」という選択に対し、本作を鑑賞する人たちは、おのずと感動させられるのである。

 ただ、複数の妊婦さんたちが同時に産気づいてしまったり、そんな重要なときに限って台風のために停電してしまったり、台風による交通事情の悪化で看護婦さんがマリアクリニックに到着できなかったりという、まるで用意されたかのようないくつものハプニングにもめげず、新しい生命が次々に誕生して行くさまは感動的である。そこで表現されているのは、ありとあらゆる逆境にもめげずに次々に誕生して行く生命の尊さではないだろうか。大きな病院の近代的な技術を駆使しなくても、逆境の中で次々に誕生して行く新しい生命は、生命の尊さだけでなく、強さをも同時に表現している。そうした状況に、がんに侵されていてもなお、医師であることを忘れないマリアクリニックの院長の医師魂を加えて仕上げられた作品なのである。

 本作の原作者は、現役医師でもある海堂尊さんだそうだ。さすが医師だけあって、切羽詰った状況における出産シーンでの医師の活躍ぶりは感動的に描かれている。しかし、冒頭でも述べたように、男女の愛の描写があまりにも硬すぎて、私には物足りない。作品の中に、常に男女の愛を見出したい私としては、清川医師と曾根崎医師の硬い関係に疑問を抱いたまま鑑賞を終えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m もともと菅野美穂ちゃんという女優さんが、あまり感情表現の豊かな女優さんではないので、余計に彼女の演じる曾根崎医師が硬かったのかもしれません。二人とも医師であり、職場恋愛であるがゆえに、二人が感情を抑えていたとしても、せめて二人で会っているときはもっと情熱的であって欲しかったと思いますね。

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