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2011.05.11

映画『愛する人』

概ね良好の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。思えば、あの東日本大震災から早くも二ヶ月が経過したのですね。まだまだ課題が山積みではありますが、精神的な苦痛や物理的な復興なども含めて、少しは緩和、そして前進できていると思いたいですね。集められた義援金が適切に使われますように。

 本作を鑑賞したのは、一月二十七日のことである。劇場で本作の予告編を何度も観ていて、劇場公開されたら鑑賞しようと思っていた次第である。

 娘から見た関係性を祖母、母、娘という立場で表現すると、三世代に渡る女性たちが登場し、それぞれにおける母と娘の関係が映し出されている。介護が必要な祖母の面倒を母カレンがみてはいるものの、祖母と母カレンの心の距離は遠いように見える。祖母が、実の娘である自分よりも家政婦に対して心を開いていることがわかり、母カレンはショックを受けている。そんな母カレンは、十四歳のときに妊娠し、娘を出産したが、育てることができないと判断した祖母により、生まれたばかりの娘と引き離されてしまう。エリザベスと名付けられたその娘は、今や三十七歳になり、弁護士としてのキャリアを積んではいるものの、実母カレンのことは知らないままである。母カレンは、娘エリザベスを手放してしまったことをずっと後悔しながら生きて来たのである。

 一方、三世代の女性たちとは別に、子供を産むことのできない女性が必死で養子縁組を成立させようとしている。しかし、うまく行きかけていた養子縁組の話が、最終段階になってキャンセルされる。子供を産んだら手放すと言っていた女性が、母親になった途端、子供を手放せなくなってしまったのである。女性は、養子縁組が成立していよいよ子供を育てることができると思い、準備に準備を重ねて来たにもかからわず、直前になって子供を引き取ることができないとわかり、ひどく落胆している。そこへ、別の赤ちゃんを育てないかという提案がなされる。実は、その赤ちゃんは、母親を亡くしたばかりだった。ここでようやく三世代の女性たちとこの赤ちゃんが繋がることになるのだ。

 自分がお腹を痛めて産んだ子供に対する母の愛情は計り知れないものだろう。娘エリザベスを手放した母カレンが、何十年経っても娘エリザベスのことを想い続けていたのと同じように、養子縁組の段取りをしていた女性が突然、養子縁組をキャンセルしたことからもうかがえる。とは言え、母と娘が当たり前のように一緒に暮らし始めてみれば、心を通い合わせることができなかったりもする。「あるべき存在がそこにいない」という欠如感は、確かに母から娘への愛情と繋がって行くのに、そうした欠如感もなく当たり前のように生活していれば、親子の絆の強さについつい甘えてしまいがちなのかもしれない。

 弁護士になった娘エリザベスは、誰の助けも必要とすることなく一人で生きて行けるように、周りから自立して生きて来た。しかし、自身の思いがけない妊娠から、まだ見ぬ母カレンへの想いを募らせるようになる。もちろん、母カレンは娘エリザベスのことをずっとずっと想っているので、本作を鑑賞している私としては、母カレンと娘エリザベスが再会できることを心から願っている。しかし、二人はなかなか再会を果たすことができない。

 育ての親への配慮からなのか、産みの親の気持ちを断ち切るためなのか、養子縁組をした場合、産みの母と娘が容易に再会できる仕組みが成り立っていないのがひどく気になった。しかも、本作の場合、人為的なミスによるすれ違いも加わって、母カレンと娘エリザベスとの再会はついに果たされないのである。しかし、娘エリザベスにとうとう再会できなかった母カレンの三十七年分の想いは、娘エリザベスが産んだ赤ちゃんへと繋げられる。こうして振り返ってみると、実に壮大な物語であることがわかる。

 母カレンは娘エリザベスに対して並々ならない愛情を抱いているのに、母カレンの愛を知らない娘エリザベスは、周りから自立して生きているところが何となく悲しい。例えば、娘エリザベスが妊娠したときに、相手の男性から離れて行くのも、母カレンの絶対的な愛を知らずに育ってしまったことに起因しているのだろう。一言で言って、娘エリザベスには、他者に対する期待や依存がない。だから、愛を交わし合ったはずの男性から簡単に離れて行くし、また、簡単に裏切りもする。母から子供に注がれる絶対的な愛は、その子供がのちに他者とどのように関わって行くかについて、大きな影響を与えているように思う。母から注がれた絶対的な愛が大きければ大きいほど、他者との繋がりを大切にする子供に育って行くのではないだろうか。それは、幼いうちに、自分が独りではないことを知るからだと思う。それに対し、娘エリザベスのように、母の絶対的な愛を知らずに育ってしまうと、他者との繋がりに依存せず、また、期待もせず、ドライな人間に成長してしまうような気がする。

 本作は、世代や立場は異なっていても、ありとあらゆる母と娘の物語となっている。祖母と母カレン、不意の妊娠から、生まれた子供を養子縁組に出そうとしている女性とその赤ちゃん、そして、その赤ちゃんの養子縁組を期待していた女性と、彼女のもとへやって来た別の赤ちゃん、それから、母カレンと娘エリザベス・・・・・・。いろいろな組み合わせの母と娘の想いが交差しながら、やがて一つの物語へと織り上がっていると言っても過言ではないだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m まだ物語が完結しないうちは、何故、祖母、母、娘の三世代の女性たちとは関係のない女性が養子縁組を望むという別の物語が進行しているのかわからないのですが、最後にちゃんと繋がるんですね。こういう作風は、過去に別の作品でも経験しましたが、なかなかうまい作風だと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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