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2011.05.05

映画『ソーシャル・ネットワーク』

ホットヨガ(二三五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。台湾から集められたたくさんの義援金へのお礼として、Twitterを通じて集まった有志たちがお金を出し合って、感謝の気持ちを表す有料の新聞広告を出したそうですね。日本政府は、アメリカや韓国、中国などにはお礼を表す有料の新聞広告を出していたそうですが、たくさんの義援金を集めてくれたはずの台湾が漏れてしまっていたそうです。それを、Twitterを通じて集まった有志たちがカバーしてくださったんですね。東日本大震災のあと、Twitterで繋がる輪は感動的なものが多いように思います。

 本作を鑑賞したのは、一月二十一日のことである。私の場合、「ソーシャル・ネットワーク」というと、すぐに思い浮かべるのは加入しているmixiだが、本作は「ソーシャル・ネットワーク」の中でも、私の加入していないFacebookの創始者の物語である。メガホンを取ったのは、映画『ゾディアック』映画『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』のデヴィッド・フィンチャー監督である。

 本編が始まると、いきなり主人公マーク・ザッカーバーグの早口に圧倒される。英語のリスニングの学習になるのではないかと思い、一生懸命聴き取ろうとするのものの、途中で挫折してしまう。映画『JUNO/ジュノ』の主人公ジュノと張り合うくらいの早口だ。

 そんな早口のマーク・ザッカーバーグを演じているのは、映画『ゾンビランド』で引きこもり青年コロンバスを演じていたジェシー・アイゼンバーグである。映画『ゾンビランド』では、ちょっと冴えない青年の役だったが、本作では、頭は切れるものの、恋人に振られてしまったり、長年の親友を裏切ってしまったりといった、感情をベースにした人間関係にどこか問題のありそうな役を演じている。

 Facebookに加入されている方たちが多く鑑賞されているのか、本作は多くの人たちから高く評価されているものの、正直なところ、私にとってはそれほど引き込まれる作品ではなかった。というのも、やはり私自身が畑は異なっているとは言え、コンピュータ業界で仕事をしているからかもしれない。私自身が長く働いているコンピュータ業界で、本作におけるプログラム開発のシーンを、自分の普段のプログラム開発の仕事と比較して、かなりシビアな視線から見てしまったというのもある。また、マーク・ザッカーバーグと同じように、感情をベースにした人間関係でトラブルを抱えている人たちをたくさん見て来たからというのもある。

 プログラム開発を行っている技術者としての立場から発言させていただくと、プログラム開発を行っている人たちの個人プレイがあまりにも多過ぎるのがひどく気になってしまった。私の場合、本作のようにブラウザ上で動作するWebアプリケーションではなく、WindowsなどのOS上で動作するアプリケーションを開発しているのだが、アプリケーションを開発しているという意味では、本作に登場している技術者たちとそれほど変わりはないと思っている。そのため、アプリケーションを開発するにあたり、本作の登場人物たちがあまりにも単独でパソコンに向かい過ぎているのがとても気になったのだ。

 コンピュータ業界で仕事をしていない人たちにとっては、コンピュータ業界で働いている人たちは、いつもパソコンに向かって個人プレイをしていると思われがちかもしれない。しかし、実際は、ああでもない、こうでもないと、同じプロジェクトのメンバーたちが集まって設計会議を開くことも多いのだ。もちろん、パソコンに向かって個人プレイをする段階もあるのだが、そうした段階は、設計会議を開いたあと、作成するアプリケーションの仕様がはっきりと決まってからのプロセスになる。言い換えると、パソコンに向かって個人プレイに没頭するのは、コーディングの段階または単体テストの段階となる。コーディングはプログラムを組み上げる段階で、単体テストは組み上げたプログラムを自分の担当した部分だけの動作テストを行う段階である。本作でパソコンに向かって個人プレイが行われている姿が盛んに映し出されていたということは、コーディングか単体テストのどちらかの段階しか映し出されていないことになる。そのことが、アプリケーションが出来上がって行くプロセスを知っている私にとっては、ちょっぴり不自然に思えてしまったのである。

 もともとFacebookは、マーク・ザッカーバーグがハーバード大学在学中に、ボート部に所属する双子の兄弟が企画したアイディアを盗用して立ち上げたものだった。この時点で既にマーク・ザッカーバーグは裏切りと呼べる行為を行ってしまったことになる。更に、親友であり、ずっと共同作業をして来たエドゥアルド・サヴェリンを裏切り、のちに彼から告訴されるほど険悪な関係に陥ってしまう。その明晰な頭脳を活かしてコミュニケーションツールを作り上げるという行為とは裏腹に、マーク・ザッカーバーグ自身は人とのコミュニケーションは苦手だったのかもしれない。だからこそ、リアルタイムに人と面と向かわなくても差し支えのない、時間差のあるコミュニケーションツールを作り上げたのだろうか。

 わかりにくかったのは、Facebookが会員数を伸ばして行くことで、マーク・ザッカーバーグが何故、裕福になって行くのかということだった。確かFacebookは無料のツールのはずなので、普通に考えれば、広告費がたくさん入って来るようになるのではないかと想像が付くのだが、作品の中でそれが明言されていたかどうかはわからなかった。私の中では、マーク・ザッカーバーグの早口のように、本作の物語も素早く展開して行った。そんな印象を抱いた作品だったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際に、本物のマーク・ザッカーバーグが早口なのかどうかはわかりませんが、もしも早口だったとしたならば、彼の早口に着いて行くことのできる人とそうでない人がいるように、彼の取る行動に着いて行ける人とそうでない人が出て来たのかもしれません。ただ、何となく、交友関係も含めて、利用したり利用されたりといった関係が目立っていたのが気にはなりますが、彼がいつまでも別れた恋人のことをひきずっていたように描かれていたのは、本作の中では数少ない彼の感情描写の一つだと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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