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2011.05.17

映画『八日目の蝉』

ホットヨガ(二三八回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「パネルクイズ アタック25」の司会者だった児玉清さんが亡くなられたそうですね。若い頃、私はクイズ番組が大好きで、良く観ていました。花の都パリに憧れてもいましたので、いつか、「パネルクイズ アタック25」にも出演したいと思っていたこともあったくらいです。(実際、「三枝の国盗りゲーム」というクイズ番組に応募して、予選落ちしたことがあります)児玉清さんの司会を見られなくなってしまったのはとても残念です。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

 TOHOシネマズの1ヶ月フリーパスを使って、五月十五日に本作を鑑賞した。現在、三日に一度のペースで映画のレビューを書かせていただいているものの、数えてみると、劇場で鑑賞した作品で、まだレビューを書いていない作品があと五十本余りも控えている。現在のペースでレビューを書き続けていては、例え皆さんに強くお勧めしたい作品があったとしても、私がレビューを書かせていただく頃には、劇場公開が終了してしまっている。そこで、少し前から、見逃してはいけない作品のレビューを、できるだけ鑑賞直後にお届けするようになった。こうして本作のレビューを書かせていただいているということは、すなわち、本作は見逃してはいけない作品の一つに相当すると断言する。

※ここから下は、ネタバレの内容も含むため、鑑賞前に読みたくないという方はスキップしてください。

 本作を鑑賞したとき、私の中には、いろいろな想いが芽生えた。まずは、何年か前に実際に起こった日野OL不倫放火殺人事件のことを思い出すとともに、映画『悪人』の鑑賞により体験したように、善悪の判断基準を覆されたかと思うと、間もなく深い感動に包まれた。

 妻子ある男性と不倫関係にあった野々宮希和子は、不倫相手の男性の子供を身ごもるも、産むことができずに、泣く泣く中絶の道を選ぶ。同じ頃、不倫相手の男性の妻も妊娠し、女の子を出産する。希和子が自分の夫の子供を身ごもり、中絶したことを知った不倫相手の男性の妻は、中絶した希和子を激しくののしる。それは、例え正妻という立場であったとしても、女性として言ってはいけない言葉であるように、私には思えた。

 不倫で深く傷ついた希和子は、自分の想いにけじめをつけるために、不倫相手の男性夫婦が外出している隙に不倫相手の男性夫婦の家の中に忍び込み、赤ん坊を連れ去ってしまう。それから実に四年間にも渡って、希和子と連れ去った子供との母と子としての逃亡生活が始まるのだった。

 私が何故、本作を鑑賞したときに日野OL不倫放火殺人事件のことを思い出したかと言うと、確か日野OL不倫放火殺人事件のときも、正妻が夫の子供を身ごもって中絶したOLに対し、女性として言ってはいけないようなひどい言葉を浴びせたとされているからである。そのことが直接的なきっかけになったかどうかはわからないが、OLは、不倫相手の男性の子供たちが留守番をしている家にガソリンを撒いて火を放ったのだ。

 本作が日野OL不倫放火殺人事件と大きく異なっているところは、赤ん坊を連れ去った希和子が、愛情を持って赤ん坊と接しているところである。

 本来ならば、自分も同じように不倫相手の男性の子供を妊娠したにもかかわらず、立場上、産めなかったことから、その赤ん坊に対しては複雑な想いを抱えていたはずである。一歩間違えば、激しい嫉妬の対象にもなり得たかもしれない。しかし、希和子は、自分自身が食べて行くのでさえ困難な状況の中で、一生懸命、愛情をこめて赤ん坊を育てた。

 女性ならば、本作を鑑賞して、母性について深く考えさせられることだろう。希和子に赤ん坊を連れ去られ、親子の間に四年間もの空白ができてしまった実の母親は、自分たちの元へ子供が帰って来てもなお、被害者になることしかできずに、実の娘との関係がぎくしゃくしている。母性とは、無条件に与えることではないだろうかと、子供のいない私は勝手に解釈してしまうのだが、子供を誘拐された実の母親は、「無条件の愛」を実践することができずにいる。何故なら、実の母親は、与える前に受け取りたがっているからだ。しかし、求めても受け取ることができないために、いつまでも被害者であり続けようとする。確かに、被害者であることは事実だし、状況からも、大変お気の毒な様子が伝わっては来るのだが、いつまでも被害者であり続けようとせずに、前を向いてちゃんと歩いて欲しいと言いたくなってしまった。

 それに対し、希和子は、赤ん坊に対し、最初から与えるということが実践できていた。特に、のどかな小豆島の大地の上に仲良く寝転がっている希和子と子供を見ると、まるで本当の親子のように見える。いや、それ以上かもしれない。薫の名前で希和子に育てられた子供は、希和子の愛情をたっぷりと受けて育ったと思えるのだ。また、希和子は、薫がいてくれたおかげで、仕事にもありつくことができる。幼い子供と二人暮らしの女性にとって、子供のすぐ側で子供を見守りながら働けるということは、この上ない幸せではないだろうか。

 しかし、ふと我に返れば、希和子が犯罪者であったことを思い出す。希和子の安定した母性と、実の母親の不安定な母性が対照的に描かれているためか、本作を鑑賞している人たちは、例え希和子が犯罪者であったとしても、いつの間にか希和子のことを応援してしまっているのではないだろうか。

 両親の元へと戻った薫は、戸籍上の名前である恵理菜に戻る。希和子の愛情をたっぷりと受けていた恵理菜にしてみれば、不安定な母性を突き付けて来る実の母親を自分の本当の母親だと認識するのは難しかったことだろう。一方、実の母親からすれば、恵理菜がなかなか自分に懐いてくれないという悩みも抱えていたはずである。

 成長した恵理菜を演じているのは、映画『ダーリンは外国人』の井上真央ちゃんである。彼女の演技は、映画『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』で拝見したばかりだったが、本作では、二人の母親の愛情に戸惑いながらも成長した恵理菜の役を見事に演じ切っている。GW中に旅先で、本作の舞台挨拶のシーンをテレビニュースを通して観たが、主題歌を歌っている中島美嘉さんが生で主題歌を歌ったときに、彼女は涙するほど感動していた。確かに、本作の中でも、恵理菜に完全に感情移入していたのが伝わって来た。もちろん、希和子を演じていた永作博美さんの演技もまた格別だった。

 人は、日々、いろいろな愛を体験している。不倫相手の男性の赤ん坊を誘拐するなど、これは愛ではないはずだと心にガードを掛けながら鑑賞するものの、鑑賞を進めて行くうちに、否が応でも希和子が薫に対して惜しみなく注ぐ愛情に触れることになる。成長した恵理菜は、希和子と過ごした四年間を、実際にそれらの場所を訪れながら振り返り、最後に大切なものを見付ける。その見付けた大切なものを、希和子と同じような立場で妊娠することになった恵理菜は、あたかも希和子から愛の種を受け取ったかのように、自分の子供へと伝えて行くのではないだろうか。ラストでは、そんな余韻も持たせてくれた。こんなふうに、普段の価値観を打破してくれる作品が、私はとても好きだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 母性とは何か、愛とは何かということについて、目からたくさんのうろこが落ちた作品でした。こんなアプローチもあるのかと驚きましたね。まだ鑑賞されていないという方は、是非とも劇場でご鑑賞ください。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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