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2011.04.08

映画『白いリボン』

すのこベッドの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東京電力の福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故により、各国に対し、汚染水を海に放出するという報告が放出の直前に行われたことが問題になっているようですね。また、福島県民というだけで、ガソリンスタンドで給油を断られたり、宿泊施設などで宿泊を拒否されたりもしているようです。以前も少し書きましたが、世界のあちらこちらから支援を受けたり、義援金が集まったり、日本でも被災地の方たちを励ましたり支持しようとする様々な感動的な活動がなされているにもかかわらず、特に放射能漏れの事故に関しては、自分自身にも災難が降りかかる可能性があることから、拒絶や対応への批判といった行動が見受けられます。他者を支援するのは、あくまで自分自身の安全が保障されていることが大前提なんでしょうね。政府や東京電力の対応についても、国内外でいろいろと批判されているようですが、日本にとってはこれまでに経験のないことが起こっているのですから、いきなり多くを求められても対応できない部分があるのは仕方のないことです。仕事に置き換えれば、新入社員に対して、いきなり多くを求められているようなものですよね。一時は世界が一つになりかけているという実感も得られていましたが、残念なことに、現在はエネルギーがあちらこちらに分散してしまっているように感じます。日本は今、本当に大きな課題に直面してはいますが、もしも今後、同じようなことがどこか別の国で起こったときに、自らの経験を活かした上で手を差し伸べられるだけの経験を積んでいる真っ最中だと思います。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十三日のことである。公開前から、良く足を運んでいるミニシアター系映画館にポスターが掲示されていたので、とても気になっていた。ドイツのミヒャエル・ハネケ監督というと、少し前に鑑賞した映画『ファニーゲーム U.S.A.』で味わった、爪でガラスを引っかく音を耳にするような不快感を思い出す。

 第一次世界大戦という時代背景を考慮してか、本作はモノクロで製作されている。実のところ、鑑賞し終わっても、最初は頭の中にはてなマークが渦巻いていた。「はて? この作品は、一体何を伝えたかったのだろう?」と。しかし、鑑賞後に映画サイトでいろいろな方たちの書かれたレビューを拝見しているうちに、ミヒャエル・ハネケ監督が本作を通して観客に何を伝えたかったのかがわかるようになって来た。一言で言うと、ミヒャエル・ハネケ監督は、「ドイツ人がユダヤ人虐殺などの残酷な行為を行ったのは、実はこうした背景があったからだよ」と静かに主張したかったのではないだろうか。

 本作には、一体、誰がどこの家の子供で、親同士にどのような繋がりがあるのかわからないくらいにたくさんの子供たちが登場する。子供たちに共通して言えるのは、周りの大人たちに抑圧され、自由を失ってしまっているということだ。それだけではない。大人たちもまた、いろいろな怒りや不可解な感情を抱えながら生きている。例えば、何者かによって木と木の間に張られた針金に引っ掛かってしまい、村のドクターが落馬して大怪我をしたり、小作人の妻が大地主の納屋の床が抜けたことが原因で亡くなってしまったりする。しかし、それらの出来事に対し、被害を被った人たちが被害を及ぼした人に対して直接的に怒りや悲しみをぶつけることはない。そのため、解放されることのない怒りや悲しみは、どこかに蓄積されて行くように見える。そして、そうした不満が、子供たちを抑圧するという行為によって間違った方向で満たされているようにも思える。大きな問題は、やがて人々から恐れられたナチスを形成した世代が、こうした大人たちのうっぷんを晴らすために利用された子供たちであるということである。

 鶏が先か、卵が先かというレベルの話になってしまうのだが、本作では、針金に引っ掛かってドクターが落馬した事件を筆頭に、村でいくつもの不可解な事件が起こり始めたと述べられている。しかし実際は、針金の事件の前に、針金を張った犯人の身の上に、何らかの不可解な事件が起こり、そのうっぷん晴らしのために針金を張ったとも考えられる。そして、その犯人がわからないことで村人たちの心に不安が生まれ、うっぷん晴らしのために次々にいろいろなことが引き起こされて行くように見えた。もしも怒りや悲しみを間接的なもので紛らわそうとせずに、怒りや悲しみをもたらした張本人に対して直接的にぶつけることができれば、ひょっとするとナチスの残虐性は形成されずに済んだかもしれないとも思う。

 本作を一言で表現すると、「ナチスの形成物語」と言ったところだろうか。しかし、私自身も鑑賞直後に頭の中がはてなマークで満たされてしまったように、それほど分かり易くは作られていない。だからこそ、ミヒャエル・ハネケ監督の意図を読み取ることができた人たちにとっては、この上なく素晴らしい作品となるのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞直後は、頭の中がはてなマークでいっぱいだったのですが、映画サイトで鑑賞された方たちのレビューを拝見しているうちに、本作の良さをしみじみと実感できるようになりました。そういう意味で、私にとってはとても不思議な作品であります。もう一度鑑賞したならば、きっと満足感で心が満たされるのではないかとも思ったのですが、他に鑑賞したい作品がいくつもあり、結局、二回目の鑑賞は達成できずに終わってしまいました。モノクロのせいなのか、現代の子供たちが第一次世界大戦当時の子供たちを演じているのに、時代のギャップを感じなかったことが不思議でしたね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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