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2011年4月

2011.04.30

ホットヨガ(二三四回目)

映画『クレアモントホテル』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 福島第一原子力発電所で作業をされている方たちの被曝線量が限度に近い状態になっているそうですね。既に、限度を超えてしまった作業員もいらっしゃるとも聞いています。以前、ニュースサイトで、福島第一原子力発電所で作業を担当されている方たちに若い人たちが多いのは、作業をしているうちに許容できる被曝線量を超えてしまいそうになるために、被曝線量がまだ限度に達していない若い作業員を次々に募集しているからだという記事を読んだことがあります。事故が発生してから、既に一ヶ月半以上も経過していますので、こうした問題はいつ浮上してもおかしくない状況だったと思います。ある時期までは確かに、命と引き換えに決死の作業を担当してくださっているという気持ちで、日本国民が彼らの作業を見守っていたと思うのですが、最近はずいぶん事情が変わって来ていますね。こういう状況の中では、新しい作業員を募集するのも困難だと思いますし、作業をされている方たちの被曝線量が限度を超えてしまいそうな状況を受け、東京電力がどのような判断を下すのか、静かに見守りたいと思います。

 健康診断のあと、梅田店のスタジオで六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。もともとこの日は十時半から行われる骨盤コースのレッスンを予約していたのだが、健康診断が八時半からだったので、予約しておいた骨盤コースのレッスンをキャンセルして、十二時半から行われるリラックスコースのレッスンを予約し直したのである。

 土曜日のレッスンだというのに、レッスンの参加者は十一名と、骨盤コースに比べると圧倒的に少なかった。レッスンに参加されている男性会員の数もゼロである。骨盤コースのレッスンに参加されている方が多いことからすると、これまでリラックスコースのレッスンに参加されていた方たちが骨盤コースのレッスンに流れて行ってしまったのかもしれない。ちなみに、レッスンを担当してくださったのは、南森町店で行われていたオリジナルの骨盤コースのレッスンを忠実に再現してくださるインストラクターだっった。

 健康診断で早起きしなければならない状況だったというのに、前日の夜、レイトショーを観に行ったせいで、私はかなりの睡眠不足に陥っていた。そのため、レッスン中にリラックスしていると、ついうとうとしてしまい、動きに遅れが出ることがあった。私はその度に、はっと我に返った。

 レッスン中、参加者の方たちのお顔を鏡越しに拝見していると、いつも三宮店でレッスンを受けていらっしゃる方をお見掛けした。しかし、一度も会話をしたことがなかった上に視線も合わなかったので、ごあいさつをするチャンスを失ってしまった。

 リラックスコースのレッスンというと、私はいつも、立ちポーズに入るとスタジオの外に出て休むことにしている。スタジオ内が暑いことと、苦手なつるべ落としのポーズをさぼりたいためである。私がスタジオの外で休んでいると、向かいのスタジオの掃除をされていたスタッフが、
「ビギナーコースの方ですか?」
と、私に声を掛けて来られた。どうやら向かいのスタジオでは次にビギナーコースのレッスンが開催されることになっていたらしく、スタッフは、私が向かいのスタジオの準備が整うのを待っているのではないかと思われたようだ。私は、
「いえ、骨盤コースのレッスンを受けている途中で、休んでいるところです」
と答えた。その会話がなければ、私はもう少しスタジオの外で休んでいたのだが、何となくスタジオに戻ったほうがいいような気がして、私はすくっと立ち上がってスタジオに戻った。すると、ちょうど片方のつるべ落としのポーズが終わったところだったので、私はしぶしぶもう片方のつるべ落としのポーズに参加した。つるべ落としのポーズに限らず、レッスン全般に言えることだが、私はどうも、身体をねじるポーズが苦手なようだ。お腹の周りに脂肪や筋腫があるために、あまり動かしたくないのかもしれない。

 レッスンのあと、シャワーを浴びて身支度を整えていると、ロッカールームでキョロキョロされている方がいらっしゃった。その方は、私と目が合うと、
「すみません、出口はどこですか?」
と尋ねられた。私は、
「ああ、確かに最初はわかり辛いんですよね。あちらですよ」
と、ロッカールームの出口を教えてあげた。おそらく、梅田店のスタジオを初めて利用された方なのだろう。梅田店のロッカールームは、初めての方には迷い易い構造になっている。かつて、今はなき神戸店のスタッフと梅田店のロッカールームについて話したときも、迷い易いとおっしゃっていたので、おそらく梅田店を利用される多くの方たちが通って来られた道なのだろう。

 レッスンスケジュールをずらしたおかげで、健康診断のあとに飲んだ下剤がレッスン中に効いて、慌ててトイレに駆け込まなければならないような状況にはならなかった。私はレッスンのあと、十四時十五分から上映される映画のチケットを購入していたので、身支度を整えると、梅田店のすぐ近くにあるミニシアター系映画館に滑り込んだのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りに梅田店でリラックスコースのレッスンに参加させていただきましたが、いつも参加者の多い梅田店にしては、レッスンに参加されている方が十一名というのに驚きました。以前はもっとたくさんの方たちが参加されていたはずだと思います。やはり私と同じように、骨盤コースに流れて行ってしまったのかもしれませんね。

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2011.04.29

映画『クレアモントホテル』

脱毛サロン初体験の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。皆さん、GWはいかがお過ごしでしょうか。私は、木曜日から十一連休に入っています。ぼーっとしていると、あっという間に過ぎてしまいそうですね。(苦笑)ところで、およそ五八〇億円もの義援金が集められているというのに、実際に被災者の方たちのもとへ届けられたのはわずか一割にも満たないというニュースを読みました。かつて、救援物資が円滑に配給されていないというニュースを読んだときから、ひょっとすると義援金も同じような運命を辿るのではないかと思っていましたが、やはりそうでしたね。原因は、義援金を配布するための事務を担当する職員の不足や、義援金を受け取る人たちが被災者であるという本人確認ができないことなどにあるようです。実際に、義援金を必要とされていらっしゃる方もたくさんいらっしゃるでしょうし、せっかく善意で集められた義援金ですから、一日も早く、このような状況が改善されることを祈ります。

 本作を鑑賞したのは、映画『アブラクサスの祭』と同じ一月十五日のことである。先日、亡くなられたばかりの女優エリザベス・テイラーではなく、彼女と同姓同名のイギリス人女流作家のベストセラー小説が原作である。

 舞台となっているのは、ロンドンの長期滞在型ホテル、クレアモントホテルである。ある日、クレアモントホテルに、老婦人サラ・パルフリーがやって来る。最愛の夫に先立たれたサラは、晩年をクレアモントホテルで過ごすためにやって来たのだ。既にそのホテルに長期滞在している客人たちは、「あら、新入りさんね」といった様子でサラを観察している。クレアモントホテルの雰囲気がまだ掴めなかったため、初対面の見た目を大切にして来たサラは、迷いながらも、夕食のときにドレスアップしてホテルのダイニングに足を踏み入れてしまう。すると、ここではドレスアップしなくて良いと、長期滞在している客人の一人が教えてくれた。晩年を長期滞在型ホテルで過ごせるなんて、金銭的にもかなり恵まれた人たちだとは思うのだが、ホテルそのもののはそれほど豪華ではなく、むしろサラの期待を裏切るようなものだった。

 毎日が同じように過ぎて行く長期滞在型のホテルでは、新入りの客人や掛かって来る電話、ホテルへの訪問者などが長期滞在している客人たちの関心ごととなっている。サラは、孫のデズモンドがロンドンに住んでいることを長期滞在している客人たちに話して聞かせた。しかし、実際は、デズモンドに電話を掛けても、留守番電話になったままで、折り返しの電話も掛かって来ない。あるときサラは、出掛けた先でついうっかり転んでしまい、たまたまそこに居合わせた小説家志望の青年ルードヴィックに助けられる。サラはその御礼にと、ルードヴィックをクレアモントホテルでの夕食に招待することに決めるのだが、長期滞在している客人たちは、ルードヴィックがサラの孫のデズモンドだと勘違いしてしまう。サラは、孫のデズモンドに電話を掛けても折り返しの電話を受けていないことを隠すため、長期滞在の客人たちの勘違いを否定しようとはせず、ルードヴィックに事情を話し、孫のデズモンドの役を演じてもらうのだった。

 本作に描かれているのは、肉親よりも近い関係と言えるのだろうか。人と人が出会ったばかりの頃は、相手のことを知ろうとして互いに歩み寄るものだが、その過程において、自分の期待するような相手ではないことがわかってしまったり、また、ある程度、付き合いが長くなって来ると、それぞれが自分の世界にこもってしまい、互いの接点を見出せなくなってしまうことも多々ある。血縁者に関しては、無条件に受け入れられているという甘えから、役割が固定化してしまい、どちらか一方だけが常に働き掛ける役割を担ってしまうこともしばしばである。サラが残した留守番電話のメッセージを聞いたデズモンドもまた、血縁者という甘えから、サラに折り返しの連絡をしなかったのかもしれない。そんな状況の中、サラとルードヴィックの間に友情が結ばれて行ったのだとしたら、いろいろな条件が重なったために、互いに歩み寄り続ける時間が延長されたものと思われる。

 ただ、結末を見届けると、サラとルードヴィックが実際はどのような関係であったのかが覆されてしまうように思う。敢えて結末は書かないでおくが、サラとルードヴィックは、互いにあたかも心地良い双方向の関係を築いて来たように見えてはいても、実際のところ、サラは孫のデズモンドの代役をルードヴィックに求め、ルードヴィックは小説の材料をサラに求めていたのではないかと思えてしまう。つまり、最初から純粋な想いで結び付いた関係ではなく、交流することで互いにメリットをもたらす打算的な関係だったと推測することができる。何故なら、互いに感情を交わしながら交流していたにしては、あまりにもあっけない結末だったからだ。

 このようなあっけない結末が待っていたのだとすると、結局のところ、本作を通して原作者が表現したかったものは何なのだろうと疑問に思ってしまう。最初のうちは血縁者の繋がりよりも友情を尊重しているように見せながらも、最終的には築き上げた友情を打算的なものとし、人生で最も大切なときに立ち会うには血縁関係が必要だとする。最初から、打算的ではない友情が描かれていたならば、いつまでも余韻を引きずる作品になったと思うのだが、意外にもあっけない結末を迎えてしまったために、その結末が少し残念に思えてしまったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本来ならば、サラとルードヴィックが打算的な関係であることを、もっと早い段階で気付くべきなのに、結末を迎えてようやく気付かされる作品であります。というのも、登場人物たちと血縁者との関係がうまく行っていないために、血縁よりも良い関係がここにあると錯覚してしまうからだと思います。血縁よりも濃い関係を見付けたと思い、その関係を拠り所として鑑賞を続けていたのに、最後に「やられた!」という感じですね。(苦笑)

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2011.04.28

脱毛サロン初体験

有料の健康診断の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東京電力の社員に平均で約四十万円のボーナスが支給されるということで、世間から大きな反感を買っているようですね。普段は平均で約八十万円ほどのボーナスが平均で約四十万円になったということで、東京電力の社員の方たちから見れば、大幅なカットになるのでしょうが、この状況下においてボーナスが支給されると聞きつけた人たちから、ボーナスを出せるくらいなら保証をしっかりしろとか、ボーナスをそのまま義援金として寄付しろとか、いろいろ言われているようです。これについては、私も大変お気の毒としか言いようがありません。いつの間にか、東京電力は、被害者の立場から加害者の立場になってしまっていたのですね。それも何だか悲しいですね。

 有料の健康診断のあとにホットヨガのレッスンを受けたとなれば、ホットヨガの記事に続くのが当然の流れだとは思うのだが、その前に、先日、生まれて初めて体験した脱毛サロンでの出来事について書いておきたいと思う。

 私がまだ若かった頃、脱毛サロンで脱毛しようと思えば、数十万円の費用が掛かったものだった。そのため、私たちの世代からすれば、脱毛サロンへの敷居はひどく高かったように思う。しかし、最近は技術が進歩したからなのか、脱毛サロンでの脱毛が考えられないほど割安になった。両脇だけなら、わずか千円足らずで永久脱毛の処置を受けられる脱毛サロンもあるくらいだ。

 私はもともと毛深くはないのだが、二箇所ほど気になるところがあり、インターネットで見付けた広告を頼りに、三宮にある脱毛サロンを訪れた。普段、ガンモから、
「女子力アップしれ~(アップしろ~)」
と言われているので、これを機会に、ガンモがびっくりするくらい女子力をアップさせようと思ったのだ。

 最初はカウンセリングという形で、その脱毛サロンで行われている脱毛の種類、毛の周期、脱毛処置のサイクルや永久脱毛に必要な期間などの説明を受けた。その後、どの部分の脱毛を希望するかと尋ねられ、私が気になっていた二箇所を伝えると、私の腕をご覧になったスタッフが、
「ずいぶん毛が薄いですね。うらやましいです」
と言われた。そのスタッフは、その脱毛サロンでご自身の腕を脱毛してもらっているという。

 ちなみに、私が気になっている二箇所の脱毛料金は、合計で五万円弱だった。毛の周期に合わせて、およそ二ヶ月から三ヶ月ごとに脱毛サロンに通うことになるという。とは言え、完全に脱毛が終わるまでには二年から三年は掛かるのだそうだ。ホルモンバランスが崩れていたり、色素沈着していたりすると、長く掛かることになるそうだ。

 その昔、脱毛サロンで行われていた脱毛は、それなりに痛みを伴っていたようなのだが、この脱毛サロンで行われている脱毛は、ほとんど無痛なのだそうだ。ただ、現在、私には服用している薬があることや、定期的に医師の診察を受けていることから、脱毛サロンとの契約を成立させるには、主治医の許可が必要だと言われた。

 そのときはちょうどキャンペーン中だったので、その月のうちに契約を済ませれば、キャンペーン価格での脱毛の申し込みが可能だった。とは言え、I医師の診察は少し先のことだったので、私はひとまず先に脱毛サロンで契約を済ませ、万が一、I医師の許可が下りなかった場合は、あとから契約をキャンセルさせていただくという形でスタッフと合意したのだった。

 その後、I医師からも、無事に脱毛サロンに太鼓判をいただいたので、私は予約していた日に脱毛サロンを訪れた。初めての脱毛ということで、私はかなり緊張していた。仕事帰りに寄ったのだが、受付でしばらく待っていると、次々に同じ脱毛サロンを利用する女性たちが現れた。そこは、私がこれまでまったく知らない世界だった。

 予約時間になると、私は個室に通され、ガウンに着替えて待機するように言われた。私の場合、気になる箇所は上半身だけなので、下半身はそのままで、上半身だけはだけるようなガウンが用意されていた。ロッカーは思いのほか大きく、私が持ち歩いている大きな荷物もすっぽり入った。その後、スリッパに履き替え、寝台の上で待っていると、脱毛処理を担当してくださるスタッフが個室に入って来られた。スタッフは私にあいさつをしたあと、ガウンの着方が間違っていることを指摘してくださった。私は、上半身だけのガウンをマントのように羽織っていたのだが、どうやらバスタオルを巻くときのように脇の下から身体に巻き付けるらしかった。

 スタッフに、主治医の許可が下りたかどうか尋ねられたので、
「医師の了承はもらっています」
と答えた。カウンセリング時点での確認事項が他のスタッフにもちゃんと伝わっていることに安心感を覚えた。

 私が寝台の上に仰向けになると、目隠しをされ、その上からサングラスを掛けることになった。どうやら、脱毛機器が強い光を発するために、目を保護する必要があるらしい。スタッフ曰く、初回だけはゴムでパチンとはじいたほどの軽い痛みがあるものの、二回目からは無痛になるとのことだった。

 さて、いよいよその部位に対して脱毛処理が行われた。確かに、一瞬だけ焼けるような感覚はあったが、痛みはほとんど感じなかった。お願いした二箇所の脱毛処理は、ものの十五分程度で終わってしまった。

 私は担当してくださったスタッフに御礼を言って、着替えを済ませて受付へと出向いた。価格もリーズナブルで、仕事帰りに寄ることができる上に、着替えも含めてわずか三十分程度で処理が完了するならば、利用しない手はないだろう。およそ二ヶ月前からの完全予約制だが、女性たちがひっきりなしに脱毛サロンを訪れるのもわかるような気がした。

 私は、次回の予約を取って脱毛サロンをあとにした。スタッフがエレベータまで見送ってくださり、深々と丁寧におじぎをしてくださった。

 ところが、エレベータを降りると、私の名前を呼ぶ人がいるではないか。誰だろうと思い、声のほうに顔を向けると、何と何と、保険屋さんだった。保険屋さんは、このビルに営業活動に来られているのだそうだ。私は、脱毛サロンに行って来たことを保険屋さんに話した。どうやら保険屋さんの営業活動先は、脱毛サロンではないようだった。脱毛サロンで女子力を身に付けた私は、普段、三宮周辺をうろうろしていても、ほとんど誰とも会うことがないのに、脱毛サロンで初めての脱毛処置が終わった直後に保険屋さんとばったり会ったという偶然に驚きながら、帰路についたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m この歳で、生まれて初めての脱毛処理が無事に終わりました。(苦笑)かなり緊張していましたが、簡単に処置できるとわかって安心しました。こんなにお手軽ならば、若い人たちは気兼ねなく通い続けるでしょうね。私が予約したのは平日の夜だったので、仕事帰りのOLさんが多かったようですが、もっと早い時間ならば、学生さんもいらっしゃったのかもしれません。今後、この脱毛処置が、ホットヨガのレッスンのようにシリーズ化されるかどうかは未定です。(苦笑)

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2011.04.27

有料の健康診断

映画『アブラクサスの祭』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東日本大震災が起こった直後は、すべてのニュースサイトが東日本大震災のニュースで埋め尽くされていましたが、少し前から、次第に他のニュースも報じられるようになって来ていますね。それらのニュースに目を通していると、毎日、本当にいろいろなことが起こっているのだなあと実感させられます。東日本大震災の被害以外にも、何らかの事情により、危機的な状況に陥っている人たちもたくさんいらっしゃるんですよね。

 私が所属している派遣会社では、毎年春に健康診断を行うことになっている。大きな会社ならば、職場に検診車がやって来て、そこで働いている社員が次々に健康診断を受診するものだが、派遣社員はあちらこちらの会社に散らばっているため、派遣会社から指定された医療機関に自ら電話を掛けて健康診断の予約を取り、受診することになっている。私はここのところ、ホットヨガ梅田店のスタジオに近いクリニックで受診していたので、今年もそのクリニックを予約することにした。

 婦人科検診を含めると、いつもはなかなか予約が取れずに、電話を掛けた日から少なくとも三週間ほど先の予約になってしまうものだが、どうしたことか、今回はとんとん拍子で電話を掛けた週末の土曜日の予約が取れた。ただ、その日は十時半からホットヨガのレッスンを予約していたにもかかわらず、健康診断の予約が八時半からとなってしまった。健康診断を受診するクリニックはホットヨガ梅田店のスタジオから近いので、移動には問題ないとしても、果たして二時間ですべての検診が終わるのかどうか不安だったので、私は十時半からのレッスンをキャンセルして、そのあとに行われる別のレッスンを予約し直した。

 実は去年から、健康診断の一般検診は無料だが、生活習慣病検診や婦人科検診は有料となってしまった。生活習慣病検診が二千五百円、婦人科検診が千五百円である。どうやら、派遣会社と提携している健康保険組合に予算がないらしい。そのため、私は去年、婦人科検診に関しては有料で受診したものの、生活習慣病検診は見送ってしまった。とは言え、年齢を考えると、今年は生活習慣病検診を受けておいたほうがいいと思い、生活習慣病検診と婦人科検診の両方を受けることにした。

 健康診断の前日の二十一時以降から水以外の飲食は控え、健康診断に備えた。当日、私はクリニックに出向き、受付で生活習慣病検診と婦人科検診の受診料として四千円を支払った。また、自宅に予め検便キットが届いていたので、私は採取した便を受付に提出した。

 さて、健康診断を受けるときは検査着に着替えるものだが、私のためにスタッフが用意してくださった検査着はやけに大きかった。一瞬、私の身体はこんなに大きくないぞと主張したくもなったのだが、検査着と言えば、去年、同じクリニックで生理中に健康診断を受けて、生理の血液で検査着を汚してしまい、検査着の上下ともに検診の途中で新しい検査着に着替えさせていただいたという苦い経験があるので、あまり大きなことは言えない。

 検査着を受け取ると、ロッカーに荷物を入れて検査着に着替えるのだが、案内されたロッカーがひどく狭かった。このクリニックを利用するのは、確か今回で三回目になるのだが、過去二回とも大きなロッカーに案内されたので、私が持ち歩いている大きな荷物もすんなり入ると思い、気に入っていたのだ。しかし、今回案内されたロッカールームに設置されているロッカーは、ホットヨガの細長いロッカーよりも更に細いロッカーだった。クリニックのスタッフは、私がロッカールームに入る前に、
「多分、荷物が入らないと思いますので、貴重品以外でしたら、こちらでお預かりします」
と言ってくださった。

 しかし、そのロッカーは、確かに細いものの、下段に蛇腹式の比較的大きなロッカーが付いていた。その蛇腹式の大きなロッカーは、細いロッカーと連動して開閉するのである。私はその蛇腹式の比較的大きなロッカーにホットヨガの荷物と中身を取り出したリュックを押し込んだ。そして、リュックの中に入れて持ち歩いている大きな手帳などを細いロッカーに収めると、驚いたことに、すべての荷物が何とか一つのロッカーに収まった。私は、ピアスや指輪、パワーストーンのブレスレットなどをすべて外し、上半身裸の上にぶかぶかの検査着を着て、履いてきたズボンも脱いで、ぶかぶかの検査着に履き替えた。

 検尿、胴囲、身長、体重、聴力、視力、血圧と順調に検査を行い、採血となった。採血を担当してくださるスタッフに、
「採血のときに、気分が悪くなったりしたことがありますか?」
と尋ねられたので、正直に、
「あります」
と答えると、いつものように別室で寝転がった状態で採血していただけることになった。私は別室に通され、施術台の上に寝転がって採血していただいた。有り難いことである。

 胸部レントゲンのあと、婦人科検診の乳がん検診として、マンモグラフィーの検査を行った。生理の十日ほど前だったからだろうか。これまでにも何度かマンモグラフィーの検査を受けたことはあったが、今回が一番痛かった。私は強い痛みを感じながらも、歯を食いしばり、縦割と横割で左右一枚ずつ、合計四枚の撮影を終えた。あまりにも痛かったので、歯を食いしばったときの痛みが写し込まれていないかどうか心配である。

 そして、二年振りにバリウムを飲み、胃のレントゲン検査を行った。初めてこのクリニックを訪れたのは、確か三年ほど前だったと思うが、胸部レントゲンを担当してくださる技師も、胃のレントゲン検査を担当してくださる技師も変わっていなかった。彼らは少なくとも三年もの間、ほぼ毎日のように、いろいろな方たちの健康診断に携わっているのだ。

 ところで、婦人科検診の子宮がん検診では、子宮頸がんのみの検査を行う。私は心配なので、婦人科検診では行われない子宮体がんの検査を、I医師のもとで行っている。今回、子宮頸がんの検査をしてくださった医師は、女医さんだったのだが、
「お腹の力を抜いてください」
と言われたのに、私のお腹が固かったので、繰り返し、
「お腹の力を抜いてください」
と言われてしまった。私はお腹の力を抜いていたのだが、大きな筋腫があるために下腹部は固いのだ。

 子宮頸がんの検査のあと、
「触診します」
と女医さんがおっしゃり、私の下腹部や膣のあたりを触診されたのだが、やはり異変を感じられたようで、
「エコーに切り替えてください」
と付き添いのスタッフに指示されていた。私は女医さんに、子宮筋腫が大きいことを申告していなかったので、
「実は、筋腫がかなり大きいんです」
と告白した。すると女医さんは、ようやく納得されたようで、
「ああ、なるほど。それにしてもかなり大きいですね。病院で診てもらってますか?」
と尋ねられた。私が、
「はい」
と答えると、
「経過観察中ということですね。でも、かなり大きいですね」
と繰り返した。

 すべての検査のあとに行われる男性医師による問診のときにも、筋腫があることを告げると、男性医師は去年と同様、私の下腹部を触診され、
「かなり大きいですね」
と驚いていた。そして、去年と同様、筋腫を切らないままでいると、筋腫が中でドロドロになり、お腹が痛くなるので、切っておいたほうがいいとおっしゃった。私は去年、健康診断のあとにそのことをI医師に確認し、そのようなことはないとうかがっていたので、男性医師の話を、初めて聞くようなふりをして聞いていた。

 男性医師は、それ以外にも、閉経後に筋腫のカルシウムだけが残り、それが腸に到達して腸を傷つけ、便だらけになったおばあさんの話を聞かせてくださった。そのことが原因かどうかはわからないが、そのおばあさんは、亡くなられたそうだ。そういうこともあるので、筋腫は切っておいたほうがいいと、しきりに勧めるのだった。しかし、私はそこまで言われても、やはり手術で筋腫を切る気にはなれなかった。

 すべての検査を終えると、バリウムを排泄するための下剤をもらって飲んだ。このあとすぐにホットヨガのレッスンを受けることになっていたら、レッスン中に激しい便意に襲われたかもしれないので、レッスンの時間をずらして正解だったと思う。着替えを済ませると、十時半を少し回った頃だったので、やはり、時間的にも骨盤コースのレッスンには間に合わなかったことだろう。こうして私は、健康診断を終えたあと、「ガンまる日記」を下書きしてから、改めてホットヨガのレッスンに臨んだのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 子宮筋腫の対処方法については、大きさによって手術を強く勧める医師と、I医師のように、筋腫が大きくても貧血や激しい生理痛などの症状がなければ手術を強くは勧めない医師がいます。同じ筋腫でも、医師によって解釈が違うというのが不思議ですね。私も、閉経後の筋腫がどのようになるのか、もう少し調べてみようと思います。

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2011.04.26

映画『アブラクサスの祭』

私にとってのサイババの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。福島第一原子力発電所の事故における高濃度の汚染水の処理が問題になっていますね。冷やすために水を注入し始めた頃は、このような心配をしている余裕はなく、むしろ放水活動で救われた部分が大きいのですが、次々に新たな局面を迎えているようにも思います。しかし、今後はフランス企業の技術により、汚染水も浄化装置で浄化されることになるとか。原子力という高度な技術は人間が生み出したものですが、新しい技術を生み出す場合、やはりそれとは正反対の技術も同時に生み出しておかなければ、万が一、制御不能になってしまったときに困るような気がしますね。

 本作を鑑賞したのは、一月十五日のことである。劇場で予告編を何度も観ていて、面白そうな作品だと思い、注目していたのだ。本作は、現役の住職で芥川賞作家でもある玄侑宗久さんの作品が映画化されたものらしい。原作も、主人公の僧侶を演じているスネオヘアーというミュージシャンのことも知らないまま鑑賞に臨んだものの、実際に鑑賞してみると、予告編を観たときに抱いたイメージとは少々異なる印象を受けた。私は、音楽好きの僧侶が登場するものの、もっともっと僧侶として厳粛な役柄だと思っていたのだ。しかし、本作で描かれているのは、かつてミュージシャンだった僧侶が、音楽への情熱を封印しようとするあまり、うつ病になってしまい、再起しようとする話だった。

 そもそも主人公の僧侶である浄念が、音楽をやりたい気持ちを抑えながら、僧侶への道を歩み始めたこと自体に疑問を感じてしまう。結婚に置き換えてみると、他に猛烈に好きな人がいるのに、あまり愛情を感じていない人と結婚してしまったようにも取れる。浄念の音楽への情熱はビンビン伝わって来るものの、僧侶への情熱はほとんど伝わって来ない。

 うつ病になってしまったために、抗うつ剤を飲みながら僧侶の仕事を続けている浄念は、ある日、高校の進路指導の講演会で大失敗をやらかしてしまい、自分には音楽が切実に必要であることに気付いてしまう。そんな彼の熱き想いを、彼の周りにいる住職の玄宗や妻の多恵らが支えて行く。やがて浄念は、かつて活動していた東京ではなく、今、自分が生活をしている福島でライブを行うことを決意する。

 玄宗を演じている小林薫さん、多恵を演じているともさかりえさんらの演技が活きている。それに対し、浄念を演じているスネオヘアーは、僧侶のような尊さは感じさせないのだが、音楽に対する情熱には並々ならぬものを感じさせる。ゆえに、本作の一番のみどころは、浄念がついに福島でライブを実現させるシーンだろう。そのシーンでは、浄念がこれまで抑圧し続けて来た音楽への情熱を一気に解放させるのだ。

 演奏に夢中になると、思わず服を脱いでしまう癖のある浄念に対し、多恵が
「脱がないでよ」
と釘を刺したにもかかわらず、演奏中に気分が高揚した浄念は思わず服を脱いでしまうのだが、久し振りに自分自身に返った浄念の姿を見て安心したのか、多恵は浄念が服を脱いだことに対し、何も言わない。

 浄念が演奏した音楽は、僧侶という普段の仕事からはかけ離れた、畑中に爆音を轟かせるほどのものだった。このあと浄念は、やはり音楽への情熱を再認識して、本格的に音楽を続けて行くことにしたのか、それとも、このライブを一つの栄養剤として、再び僧侶の仕事をこなして行くのか、疑問は残る。私としては、それほど音楽に対して熱狂的な気持ちを抱えているならば、迷わず音楽への道を歩むべきだと思う。そうでなければ、自分自身が幸せでもないのに、第三者を幸せに導くことなどできないと思うのだ。大好きな音楽を続けることによって、音楽に没頭する姿に注目してくれたファンを幸せにすることだってできるのだから。私自身、自分の好きなアーチストを通じて、彼らからたくさんのエネルギーをもらって幸せを感じているファンを何人も見て来たので、間違いはない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作で、スネオヘアーというミュージシャンを初めて知りましたが、もともとミュージシャンの彼が演じていたからなのか、スキンヘッドの頭は確かに僧侶なのですが、中身は根っからのミュージシャンだと感じました。だから余計に、彼のような人が音楽に対する情熱を抑えたまま、僧侶を続けてはいけないと感じてしまったのでしょうね。もともとそういう意図で原作が書かれているならば、スネオヘアーの配役は実に的確だったと思います。

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2011.04.25

私にとってのサイババ

秋田紀行(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東日本大震災の影響による自粛ムードのため、旅行業界全体で売り上げが落ち込んでいるようですね。ゴールデンウィークも、海外旅行に出掛ける人たちは例年の半分近くであると予想されています。そんな中、全日空では、利用客を増やすために、土日の大幅な運賃の値下げを実施するようですね。自粛ムードもいたくわかりますし、落ち込んでいる売り上げを何とか回復させようとする企業の頑張りも良くわかります。あとは私たちがどこに傾いて行くかですよね。

 サイババがお亡くなりになった。それなのに、私の中では、サイババがまだ生きているように感じられる。誰かが亡くなったとき、「ご冥福をお祈りします」という言葉が出て来ることが多いのだが、サイババに関しては違う。もしかするとサイババは、肉体を持っていながらも、最も魂に近い存在だったのではないだろうか。だから、サイババが肉体を持っていたときと、肉体を去って行ったあとのギャップが少ないのかもしれない。

 最初に断っておくが、私は決して、サイババの信者であると胸を張って言える立場にはない。サイババの存在を知ったのは、サイババが世の中の人たちに知られる少し前のことだった。スピリチュアルな話のできる同じアーチストファンの友人が、その存在を教えてくれたのだ。その友人は、青山圭秀さんの存在も同時に教えてくれたので、私は一時期、『理性のゆらぎ』、『アガスティアの葉』、『真実のサイババ』などの彼の著書を読みふけった。

 そんな私は、つい先日、何年も前に身に着けていたサイババのペンダントを、何の前触れもなく久し振りに発掘した。確かアジア雑貨のお店で買ったようなオフィシャルに製作されたものではないペンダントで、表面にサイババの絵が、裏面にサイババの前世であるシルディ・サイババの絵が型取られていた。サイババが危篤状態に陥ったとのニュースが流れたのは、確か私がペンダントを見付けた翌日のことだったと思う。何しろ私は、そのペンダントをもう何年も身に着けていなかったので、その不思議なシンクロに驚いたのだ。

 サイババと私は、ガンモと結婚した当時に一時的に接近した。その頃、参加していた精神世界系のメーリングリストでサイババに帰依している方と出会い、その方のご案内で、東京のサティヤ・サイ・オーガニゼーション・ジャパン(サイセンター)を一度だけ訪れたことがあるのだ。私はそこでバジャンを歌い、ガーヤトリーマントラを唱えた。サイセンターにある祭壇には、サイババのパネルやサイババの前世であるシルディ・サイババのパネルなどが飾られていた。他にもいろいろな聖者のパネルが飾られていたように思う。東京のサイセンターで出会った方たちは、とても温かい方たちばかりだった。私が兵庫県に住んでいることを知ると、神戸にもサイセンターがあることを教えてくださり、そこのバジャンが凄いともうかがった。

 その後、私はサイセンターで、とある奉仕をすることになった。ごく簡単な奉仕だったのだが、サイセンターを訪れて奉仕ができるのは、サイババに呼ばれた証とのことだった。そのとき私は、これからもサイセンターとの関わりを持って行くのだろうかと考えていた。

 東京のサイセンターを訪れたとき、私はガンモと一緒に東京に滞在していた。しかし、サイセンターにガンモを誘ったところ、自分は行きたくないと言った。ガンモからすれば、サイババを支持することは、他の新興宗教に入信することと変わりがないようだった。

 東京のサイセンターから帰った私が、
「神戸のサイセンターで行われているのバジャンは凄いんだって。一度、神戸のバジャンに参加してみたらどうかって勧められたよ」
と言うと、ガンモは、私が神戸のサイセンターに足を運ぶことを断固として反対した。そして、とうとう、
「まるみがサイ(サイセンター)に行くと帰って来なくなる」
と言って泣き始めてしまったのだ。私は、なかなか泣き止まないガンモに対し、
「わかった。サイには行かないよ」
と言いながら、ガンモを抱きしめ、なだめた。

 あとからわかったことだが、ガンモの学生時代に、何かの新興宗教に入信して、帰って来なくなってしまった同窓生がいたらしいのだ。ガンモはその同窓生と私を重ね、私が神戸のサイセンターに足を運ぶと、もはやガンモと生活を共にしている自宅には帰って来なくなるのではないかとひどく心配したようなのだ。私はガンモに、サイセンターはそういうところではないとしきりに説明したのだが、サイババを知らない人が外から見ると、そう見えてしまったようだ。

 そんな背景もあって、一時的に接近していたサイババとの距離は、再び離れることになった。しかし、私はその後、サイババという外的神を入口にするのではなく、自分の中の内的神を探求することのほうが自分に合っていると感じた。私の感覚では、新興宗教の多くは外的神と内的神が繋がっていないように感じられるが、サイババに関してはちゃんと繋がっていると感じる。だから私は、今からサイババの転生を今から楽しみに待っているのだ。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 生前のサイババは、自分は九十代で亡くなり、数年後に転生すると予言されていたそうです。ところが、実際は予言よりも早い死となってしまいました。シルディ・サイババのときもそうだったのかどうかわかりませんが、サイババが転生された頃、私はまだ生まれていなかったので、シルディ・サイババの転生を見届けることができませんでした。しかし、サイババが転生するのが数年後だとすると、このまま何もなければ、私はその転生を見届けることができそうです。私は、今からそのときを楽しみにしています。

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2011.04.24

秋田紀行(1)

映画『ノルウェイの森』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。この週末、私はガンモと泊まりで出掛けていて、宿泊先のホテルで、普段は観ていないテレビを観ました。そのとき観た番組の中で、私たちが東北地方に出掛けて行くこともまた、支援の一環であるという意見がありました。確かに、あれほどの災害があった地域を訪れるのはとても勇気の要ることですが、同じ東北地方であっても、東日本大震災の被害が少ない地域もありますよね。そういう地域まで避けてしまっていては、東北地方の経済は益々冷え込むばかりです。そこで「ガンまる日記」でも、週末や休日を中心にお届けしている旅行記として、去年の十月にガンモと二人で出掛けた秋田旅行の模様をお届けしようと思います。ゴールデンウィークに東北地方にお出掛けの予定がある方たちや、これからゴールデンウィークの予定を立てる方たちの参考になれば幸いです。

 去年の十月二十三日土曜日のことである。朝五時に起床した私たちは、出発の準備を整え、六時半前の路線バスに乗り、阪急電車の最寄駅で降りた。そして、阪急電車と大阪モノレールを乗り継いで大阪国際空港(伊丹空港)まで出向き、秋田行きの飛行機に乗った。今回は、航空マイルを消費しての旅なので、往復の飛行機の運賃は掛からない。

 秋田へ行こうと思い立ったのは、航空マイルを消費しておきたかったことに加え、秋田と青森を結ぶ「特急かもしか」が引退するという情報を得たからだ。特急かもしかというと、過去に何度か訪れた青森駅でホームに停車しているのを見掛け、まだ乗車していないことを残念に思っていた。その特急かもしかが、私たちが乗車しないまま引退してしまうとなると、この先、もっと後悔すると思ったからだ。

 秋田に着いたのは、十時過ぎだったと思う。飛行機を降りるとひんやりとした空気が肌に触れて心地良かった。秋田は、関西地方よりも三~四度気温が低いとのことだったので、上半身にほてりのある私は半袖Tシャツを二枚重ねて出掛けていた。もちろん、同じ飛行機に乗っていた他の乗客の方たちは、長袖を着ていても秋田は寒いと言っていたが、私は半袖Tシャツを二枚重ねた状態でちょうど良かった。おそらくだが、現在の私の服装と比較すると、日中の最高気温はちょうど現在と同じくらいだったのではないかと思う。

 私たちは秋田空港から、秋田駅東口に直行する路線バスに乗り込んだ。運賃は一人九百円で、所用時間はおよそ三十分だった。前日の夜、出発の準備に少々手間取ってしまったにも関わらず、朝も早起きだったので、私は少々寝不足気味だった。

 秋田駅に着くと、私たちは予約していた駅前のホテルに荷物を預け、少し早めの昼食をとった。ガンモは秋田名物の稲庭うどんを食べて、私はお得な日替定食を食べた。日替定食はボリューム満点の上、小さな稲庭うどんも付いていたので、私は大満足だったが、てんぷら付きの稲庭うどんを食べたガンモは、これだけでは足りないと少々不満の様子だった。

 その後、私たちは羽越本線に乗り、およそ五十分掛けて羽後本荘(うごほんじょう)まで出た。東北地方の列車では、関西地方に住む私たちには珍しい二人掛けのクロスシートを良く見掛けるものだが、秋田から乗った羽越本線には、四人掛けのクロスシートも、二人掛けのクロスシートもなく、通勤列車のようなロングシートで構成されていた。

 そう言えば、最近、鉄道好きの派遣仲間から、
「九州の○○線には乗車されました?」
と尋ねられた。何ごとかと思って尋ねてみると、どうやら彼は、そこに出掛ける予定を立てていたらしい。そのとき彼は、移動中の列車の中でお弁当を食べたいと思っていたらしいのだ。彼曰く、通勤列車のようなロングシート仕様ならば、周囲の人たちの視線が気になってお弁当を食べられないが、四人掛けのクロスシートならば、安心してお弁当を食べられるとのことだった。私は、その路線はガンモと一緒に既に乗車していたが、確かロングシートではなく、四人掛けのクロスシートだったと思い、
「大丈夫、四人掛けのクロスシートだったはず」
と答えた。仮に、ロングシートだったとしても、私たちならば、人目をはばかりながらもお弁当を広げて食べるだろう。何故なら、本数の少ないローカル線に乗車する場合、食事のために乗車すべき列車を見送ってしまうと、次の列車まで何時間も待つこともあるからだ。そんなことで時間を浪費してしまうくらいなら、旅の恥は掻き捨ててしまったほうがいいのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、秋田紀行(1)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ひょっとすると秋田へは、若い頃に、好きなアーチストのコンサートに遠征するために訪れているかもしれません。しかし、秋田を訪問したという具体的な記憶がないので、実は今回が初めての訪問だったのかもしれません。記憶はどんどんあやふやになってしまうので、こうして記録を録っておくことはとても大切なことだと思います。(苦笑)

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2011.04.23

映画『ノルウェイの森』

ホットヨガ(二三三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 避難所に現れて、被災者の方たちに封筒に入れたお金を配った二人組がいたそうですね。総額にして五千万円くらいあったとか。その方たちはきっと正義の味方だと思うのですが、こうした局所的な配布は被災者の皆さんに対して平等ではなくなってしまうので、職員から止められたそうです。居ても立ってもいられずに避難所を訪れた気持ちもわかりますし、平等でないと判断される気持ちもわかります。これが義援金という形ならば、平等になるのだそうです。とは言え、義援金ならば、被災された方たちで分け合うことができますが、それが物であった場合、どうなるのでしょう。数が足りないからと言って、分けることもできず、せっかくの厚意が宙に浮いてしまったりしていないでしょうか。ふと、そんなことを考えてしまいました。

 本作を鑑賞したのは、一月十四日のことである。

 これまでにも何度か書いて来たが、ある時期までハルキストだった私は、村上春樹さんのほとんどの著書を読み尽くしていた。しかし、村上春樹さんがマラソンに関する作品を発表した頃から、スポーツネタが全般的に苦手な私としては彼の作品を読めなくなってしまい、次第に村上春樹さんの作品から遠ざかってしまった。

 主人公のワタナベとその親友のキズキ、キズキの恋人の直子の三人はとても仲が良かった。しかし、ある日突然、キズキが自殺を図り、帰らぬ人となってしまい、ワタナベも直子も心に傷を抱えることになった。大学生になったときに、東京で直子と偶然、再会したワタナベは、ふとしたはずみから直子と身体を重ねてしまう。キズキを喪った悲しみからまだ立ち直っていなかった直子は、キズキの親友だったワタナベと肉体関係を持ったという罪悪感から、とうとう心を病んでしまう。ワタナベは、京都の療養施設に入った直子に東京から度々会いに行く。療養施設では、レイコという、やはり心を病んだ女性が直子の面倒をみてくれていた。

 原作を読んだときと、本作により、原作の内容を映像として鑑賞したときで、それぞれ理解できたところと理解できなかったところがいくつかあった。原作を読んだときはほとんど感じなかったのだが、映像として本作を鑑賞したときは、キズキが何故、自殺したのかまったくわからなかった。親友にも恋人にも恵まれていたキズキが一体何に思い悩んで自ら死に至る必要があったのか、どうしても理解することができなかったのだ。

 それでも、その後の直子が取った行動については、原作を読んだときよりも理解を深めることができた。例えば、草原の中を直子がワタナベよりもかなり早足で歩くシーンなどは、そのときの直子の気持ちを良く表現できていると思った。直子を演じていた菊地凛子ちゃんの演技が良かったのか、作品全体を通して、私は直子の気持ちに寄り添おうとしていたように思う。

 ただ、ワタナベの気持ちは良くわからなかった。直子と肉体関係を持ちながらも、同じ大学の緑にも惹かれている。ワタナベは、芯のないふにゃふにゃ男であるように見えた。複数の女性との関係を通して、相手という鏡に映った自分を観察することで、自分探しでもしているのだろうか。緑もまた、恋人がいながらも、ワタナベに対して男女を意識させるような言葉ばかり発している。

 ワタナベと同じ寮に住んでいる永沢もまた、ハツミという献身的な恋人がいるにもかかわらず、質よりも量を求め、いろいろな女性たちとのセックスを楽しんでいた。おそらく、永沢のような生き方をしていては、いつまで経っても満足することを知らないだろう。

 とは言え、直子の気持ち同様、原作を読んだときよりも理解できたこともあった。原作を読んだときは、何故、ワタナベが直子の亡きあとにレイコとセックスをしたのかまったく理解できなかったのだが、本作を映像として鑑賞したとき、これは儀式みたいなものだったのだと理解した。

 本作を鑑賞された方たちのレビューを拝見すると、登場人物たちの気持ちに寄り添うことができなかった方たちが多かったように思う。私も、胸を張って理解したとは言いがたい状況だが、一つだけ言えることは、直子のように感受性の豊かな人は、感情が大きく揺れ動き過ぎて、やがて自分自身をおかしくしてしまい、最後には自ら死を選んでしまうということだった。そうなると、詳細には描かれていなかったキズキの自殺に関しても、キズキの感情が大きく揺れ動くような出来事が起こったと想像することができる。また、あれほど永沢の浮気に目を瞑っていたハツミでさえ、最終的には自ら死を選んだところからすると、やはり感受性が豊かであるために自分自身を制御し切れなかったと想像することができる。

 それに対し、感情が大きく揺れ動かない人たちは、自分自身をおかしくすることもない代わりに、まるで退屈しのぎのように多くの異性たちと関わりを持って行く。それらは、心の奥に入り込んで、魂に刻まれて行くような恋愛ではなく、単に互いの入口だけを彷徨い、すぐに忘れ去ってしまう経験に過ぎない。これではきっと、何度同じことを繰り返したとしても、魂が前進できるような学びにはならない。自分の中に変革が起こってはいないのだから。

 本作には、感情が大きく揺れ動いて自分自身をおかしくしてしまった人たちと、感情が大きく揺れ動かないために異性関係にルーズであり続ける人たちの両極が描き出されているように思う。ひょっとすると両者は、自分とはまったく異なるタイプの人たちの価値観を自分の中に取り入れることによって救わたのかもしれない。

 本作でメガホンを取っているのは、ベトナム系フランス人のラン・アン・ユン監督だそうだ。外国人監督による作品だからなのか、日本の風景が映し出されているというのに、まるで外国でロケをしたのではないだろうかと錯覚してしまうことが何度かあった。日本を客観的に体験するいいきっかけになったと思う。映像もまた美しいので、例え登場人物の気持ちに寄り添うことができなかったとしても、映像美に酔いしれることができるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 原作を読んだときは、「何て淡々としているのだろう」というのが正直な感想でした。本作に描かれているような両極に属さない人たちは、登場人物たちの中に自分の分身を見出すことができずに迷うと思います。また、愛情寄りではなく欲望寄りの露骨な性描写に嫌悪感を抱いた方たちも多かったようですね。そういう方たちは、愛情寄りの性描写を既に知っているのでしょうね。実は、私も最初は本作の登場人物の中に自分自身の分身を見出すことができずに途方に暮れていたのですが、途中から、直子の存在に救われました。考えてみると、登場人物たちはみんな、自分の感情に素直に生きているんですよね。自分の感情に正直であるがゆえに、自分の中の迷宮に入り込んで抜けなくなってしまった人たちと、次々に軽はずみな行動を取ってしまう人たちの両極が描かれているわけです。それにしても、何故、本作の原作がベストセラーになったのかは、映画を観ても良くわかりませんでした。(苦笑)

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2011.04.22

ホットヨガ(二三三回目)

裏返しに履いてみたの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東京電力の社長さんが福島の避難所を訪れて謝罪したというニュースが流れていました。避難所で不安な毎日を送っていらっしゃる方たちからすれば、最も怒りをぶつけたい対象なのかもしれません。しかし、会社の全責任を負うという立場の社長さんにとって、今回の事故はあまりにも荷が重過ぎるような気がします。今はもう、大惨事が起こってしまったあとなので、「あのときこうすれば良かったのに」と言える状況にありますが、今回のような大惨事をある程度ままでは予測することができたとしても、将来を見越して、どれくらいの危機感をもって対処できるかは、企業の立場からするととても難しいように思います。おそらく、ここまでなら安全だという線引きは難しいのではないでしょうか。かと言って、経験から学んで行くには、あまりにも過酷な試練だと思います。

 四月九日土曜日は、三宮店のスタジオで、六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。三宮店のスタジオでレッスンを受けるのは久し振りのことだったが、リラックスコースのレッスンを受けるのも実に久し振りのことだった。ここのところ、梅田店で六十分の骨盤コースを受け続けていたのだが、この日は神戸市内の病院でI医師の診察を受けたため、三宮店でレッスンを受けることにしたのである。

 着替えを済ませてスタジオに入った途端、いつもよりもスタジオ内が暑いと感じた。ちなみに、レッスンの参加者は十三名である。レッスンを担当してくださったのは、受付でいつも礼儀正しく接してくださっているインストラクターだった。スタジオ内がとても暑かったのだが、レッスン中、インストラクターが何度も何度も入口のドアを開閉してくださったので救われた。

 それでも、スタジオ内は暑かったので、私は立ちポーズに入前るに直ちにスタジオの外に出て涼んだ。すると、受付にいたスタッフが、
「大丈夫ですか?
と気遣ってくださった。そのスタッフは、初めてお目に掛かるスタッフだった。新しいスタッフがいらっしゃるということは、どなたかが退職されたのかもしれない。

 私が休んでいると、続いて三人ほどの参加者がスタジオの外に出て来た。やはり、皆さん、暑いのだろう。そのうち、一人の方は、受付のスタッフに濡れタオルはないかと尋ねていた。かつては、濡れタオルのサービスがあったのだが、確か、濡れタオルのサービスは終了したと張り紙で見たはずだった。やはり、濡れタオルはなかったようで、新入りのスタッフは先輩のスタッフに尋ね、保冷剤をタオルでくるんで差し出していた。しかし、濡れタオルが欲しいと言った方は、差し出された保冷剤入りタオルをほんの少し使っただけですぐに返却されていた。

 しばらくすると、他にもぞろぞろと参加者がスタジオの外に出て来た。やはり暑いのだろう。私は、苦手なつるべ落としのポーズが終わった頃にスタジオに戻ろうと思っていたので、さきほどスタジオから出て来た方に、
「つるべ落としのポーズはもう終わりましたか?」
と尋ねたい気持ちでいっぱいだったのだが、やはりやめておいた。

 私は、苦手なつるべ落としのポーズが終わったかどうか、スタジオの扉の下からのぞいたり、扉を少し開けたりして確認してみた。扉を開けてみると、つるべ落としのポーズの真っ最中だったが、私は思い切ってスタジオに戻り、引き続きレッスンを続けた。

 レッスンを終えたあと、シャワーを浴びてくつろいでいると、さきほどのインストラクターが掃除に来られたので少しお話をさせていただいた。スタジオ内がとても暑かったことを述べると、インストラクター曰く、レッスンが始まった頃は、スタジオ内の温度も湿度もちょうどいい感じだったという。しかし、途中から参加者の熱気が加わり、湿度が一気に上昇したそうだ。なるほど、参加者の熱気が加わると、温度ではなく、湿度が上昇することがわかった。そのため、暑く感じられるようだ。

 スタジオ内が暑かったため、今回のレッスンでは汗をびっしょり掻いた。とは言え、スタジオ内が暑くても、汗をあまり掻かないこともある。レッスンでたくさん汗を掻くか掻かないかは、月のリズムに関係しているのかもしれない。以前、何かの本で読んだのだが、ダイエットをするには、月のリズムを利用すれば良いそうだ。月が満ちて行くサイクルにダイエットをしても効果は薄いが、月が欠けて行くサイクルにダイエットをすると、比較的痩せ易いそうだ。もしそれが事実ならば、月が欠けて行くサイクルのときにレッスンを受けると、汗を掻き易いと言えるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りの三宮店でのレッスンでしたが、違和感なくレッスンを受けることができました。ここのところ、骨盤コースのレッスンばかり受けていたので、リラックスコースのレッスンがとても新鮮でした。関西にも、あちらこちらに支店があるので、プライベートの用事に合わせてレッスンを受けるスタジオを選択できるのがいいですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.04.21

裏返しに履いてみた

映画『エリックを探して』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 福島県の避難所を訪れた菅総理の対応に、またまた非難の声が上がっていますね。本当にいろいろ言われ続けている方ですが、どうやら原因は、ご自身の感情をうまく絞り出せていないことにあるように思います。ご自身の感情をうまく絞り出すことで、真実の言葉を紡げるようになると思います。しかし、政治家の多くは、ご自身の感情の手前で言葉だけを押し出してしまっているようですね。おそらく、日々受け取っているものが既にいっぱいいっぱいで、より多くのものを受け取れない状態になってしまっているのではないでしょうか。避難所を訪れたならば、涙がこみ上げて来たとしてもおかしくはないと思うのですが・・・・・・。新しいものを受け入れるスペースを確保してあげないと、また同じことを繰り返してしまうような気がしますね。

 四月になると、私の勤務先のオフィスは、まるで冷房が入っているかのように冷えて来る。そうなると、上半身にはほてりがあるものの、下半身はひどく冷えがちな私にはとても居心地が悪い。実際は、冷房が入っているわけではなく、外の冷たい空気を取り入れているだけのようだが、冷たい空気はどんどん足元に溜まって来るので、足首を冷やしたくない私としてはほとんど致命的な状況である。オフィスで足首を冷やすと、仕事から帰宅しても、足首がじんじんと冷えていて気持ちが悪い。

 私は、足首に溜まった冷えを取り除くために、レッグホットもいいけど、ぽかぽか足湯も★【レビュー特価】送料無料★足のだるさ むくみに!...を引っ張り出して来て、タイマーをセットし、足首をじっくりと温めた。レッグホットもいいけど、ぽかぽか足湯も★【レビュー特価】送料無料★足のだるさ むくみに!...のタイマーは六十分が限度だが、温度設定を「強」にしても六十分では冷えた足首が温まり切らないので、私は更に二十分延長して足首を温め続けた。「強」のパワーで八十分も温め続けて、ようやく冷えが落ち着いて来た。

 私の経験では、足首の冷えはできるだけ早めに抜いておかないと、どんどん蓄積されて行くように思う。いや、冷えが蓄積されるのは、決して足首だけではないのかもしれない。冷房などで身体を冷やしてしまったならば、できるだけ早めに温めて、冷えを取り除いておくことが重要であるように思う。そうしなければ、いつまでも身体に冷えが残り続け、冷たい空気に少し触れただけでも過敏になってしまうように思う。

 ところで、以前、快適エスキモー生活という記事にも書かせていただいたように、私は春になっても今季の大注目トレンド!ファーレッグウォーマー★手持ちの靴に合わせるだけ簡単今年流♪ボヘミ...を手放したくはなかった。

 しかし、いくら私が今季の大注目トレンド!ファーレッグウォーマー★手持ちの靴に合わせるだけ簡単今年流♪ボヘミ...を手放したくないとは言え、さすがに四月の下旬にもなってしまえば、今季の大注目トレンド!ファーレッグウォーマー★手持ちの靴に合わせるだけ簡単今年流♪ボヘミ...を履いて歩くのは恥ずかしい。とは言え、これだけオフィスに冷たい空気が流れ込んで来るとなれば、今季の大注目トレンド!ファーレッグウォーマー★手持ちの靴に合わせるだけ簡単今年流♪ボヘミ...で保護しなければ足首が冷え切ってしまう。実際のところ、外の冷たい空気がオフィスに取り込まれるようになってからは、冬の間よりも更に本格的に足首を温めなければならないほど冷えていた。

 そこで、仕事中に冷たい空気から足首を保護するための私の試行錯誤が始まった。まずは、ゲルマニウム加工であったかーい!アンゴラ混 ショート丈 レッグウォーマ 10足を十足組で購入してみた。これだけでは不安だったので、口ゴムゆったり、保温性に優れてます。裏シルク混 二重編み 足首ウォーマ 10足の十足組も購入し、ジーンズの下からそれぞれ一枚ずつ履いてみた。しかし、オフィスの足元に溜まった冷たい空気は、重ね履きしたこれらのレッグウォーマーを突き破って私の足首をどんどん冷やし続けた。

 そこで、苦肉の策として思い付いたのは、先月まで履いていた今季の大注目トレンド!ファーレッグウォーマー★手持ちの靴に合わせるだけ簡単今年流♪ボヘミ...を裏返しに履いてみることだった。実は、この今季の大注目トレンド!ファーレッグウォーマー★手持ちの靴に合わせるだけ簡単今年流♪ボヘミ...は、裏地がフリースだったのである。四月も下旬になれば、表(おもて)地のフェイクファーのままではさすがに暑く感じられると思うのだが、フリースの裏地だと、履いていても何とかおかしくない範囲内に収まっているのである。

裏返しに履いたファーレッグウォーマー。機種変更した携帯電話で撮影したため、画像がかなり粗い上に、モデルの足も太い。(苦笑)

 しかし、裏返しに履いた今季の大注目トレンド!ファーレッグウォーマー★手持ちの靴に合わせるだけ簡単今年流♪ボヘミ...の下にも、ゲルマニウム加工であったかーい!アンゴラ混 ショート丈 レッグウォーマ 10足口ゴムゆったり、保温性に優れてます。裏シルク混 二重編み 足首ウォーマ 10足を重ね履きしているにもかかわらず、それでもまだ私の足首はオフィスの冷たい空気に直撃され続けた。そこでとうとう、何としてでも足首を守るの記事に書かせていただいた発汗作用を促すグッズをレッグウォーマーの上から巻き付けて使用することにした。これだけ防御して、ようやく足首を外の空気の冷たさから守れるようになったのである。

 ちなみに、オフィスで私の隣に座っている派遣仲間も寒いと言っていたので、決して私の感覚だけがおかしいわけではないと思う。ただ、上半身にほてりのある私と彼女は寒さの感じ方が違っていて、私は下半身が集中的に寒いと感じているのに対し、彼女は上半身が寒いと言っていた。オフィスで同じように冷たい空気に触れているというのに、寒さの感じ方が違っているというのが面白い。

 あるとき私は、あまりにも寒かったために、「これはまるで拷問のようだ!」と感じて、いつもお話をさせていただいている設備係のおじさんに、
「最近、あまりにも寒過ぎますよ」
と主張してみた。設備係のおじさんは、オフィスの空調を管理してくださっているのである。すると、おじさんは、ビルに供給している冷たい外気の量を調整してくださったようで、ただちに体感温度が上がり、いくらかましになった。私は、その次におじさんに会ったときにおじさんに御礼を言った。ただ、おじさんは、私が寒いと言いながらも、上半身はいつも半袖Tシャツで過ごしていることが不思議なようだった。これは、冬場からずっと変わりはないのだが、私はおじさんに対して、「上半身にほてりがあるので暑く、下半身だけが寒い」と主張し続けているのだが、おじさんの周りには私と同じような方がいらっしゃらないのか、なかなか私の状況を理解してくださらない。そのため、私が寒いと言うと、
「上着を着て防御してください」
などとおじさんに言われてしまった。いや、この状況で上着を着ても、上半身と下半身の温度差が一層ひどくなるため、下半身の寒さが増すだけだと私は思う。私のような状況はあまり一般的ではないのか、第三者にはなかなか伝わりにくいのを日々実感している。

 おじさん曰く、私たちが働いているビルは、この時期に、下の階をどんどん冷やさなければ上の階の人たちが暑く感じるような構造になっているのだそうだ。そのため、二階で仕事をしている私たちは、この時期にいつも寒い思いをしているのだ。夏が近くなり、外の空気ではなく、本格的に冷房が入るようになれば、また状況は変わって来るのかもしれない。最近は、エコが叫ばれているので、オフィスの」冷房設定は緩く、上半身にほてりのある私には、オフィスの夏の冷房はむしろ暑いくらいなのだ。ひとまず、足首を防御する方法はわかったので、夏が来るまでもうしばらくの辛抱である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ファーレッグウォーマーを裏返しに履くと、もこもこしたファーが隠れるので、この時期に履いていても、何とかおかしくない範囲に収まっています。冬の間にファーレッグウォーマーを愛用していた人で、春になっても手放せないという方には是非お勧めです。とは言え、私と同じような状況の方はあまりいらっしゃらないとは思いますが・・・・・・。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.04.20

映画『エリックを探して』

対等な当事者の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東京電力で、数千人単位の人員削減や減給が予定されているそうですね。福島第一原子力発電所の事故の処理や保障に掛かる費用を思えばわからなくもないですが、東京電力といういわば特殊な知識や経験を必要とする分野で働いて来られた方たちが、東京電力で得た知識や経験を活かして次の仕事に就くのは、まったく同じ業種での仕事でもない限り、かなり難しいのではないでしょうか。例えば、ソフトウェアの開発業務を仕事としている私などは、派遣先の企業が変わったとしても仕事の内容はほとんど変わりません。しかし、東京電力の仕事は違いますよね。まったく同じ業種での仕事というと、他の電力会社ということになろうかと思います。それなのに、数千人単位の解雇というのは、かなり厳しい状況だと思います。

 本作を鑑賞したのは、一月十三日のことである。前回の鑑賞からしばらく時間が空いてしまったのは、年末年始はひどく忙しかった上に、帰省したり、タイ旅行に出掛けたりしていたからだ。そういう意味では、本作が今年になって初めて鑑賞した作品ということになる。

 本編が始まるや否や、
「あっ、イギリス英語が耳に心地いい!」
と思った。そう、舞台となっているのは、イギリスのマンチェスターである。

 郵便配達員のエリックは、二番目の妻の連れ子である二人の男の子とともに三人で暮らしている。しかし、子供たちはエリックの言うことに耳を貸そうとはせず、友達との交流を中心とした自由奔放な生活を送っている。そんなエリックの心の中にあるのは、一番目の妻への熱き想いである。一番目の妻とエリックは、あることがきっかけで別れてしまったのだが、二人の間に生まれた娘を介して、久し振りに再会のチャンスが訪れる。しかし、一番目の妻がいつまでも美しく輝いていることにショックを受け、エリックはひどく気後れしてしまう。そんなエリックのもとへ、プロサッカー選手だった元マンチェスター・ユナイテッドのエリック・カントナが現れ、人生に関するいろいろなアドバイスをくれるのだった。エリックにとってカントナは、部屋にポスターを貼って熱烈に応援するほどの対象である。カントナは、エリックが困ったときにエリックの前に現れているように見えるものの、どうやらカントナの姿は、エリックだけにしか見えていないようである。

 エリックの年齢は、六十歳くらいだろうか。ちょっとかわいいおじいちゃんという印象である。エリックには、同じ郵便配達員の仲間たちがたくさんいて、毎日、たくさんの仲間たちに支えられながら過ごしている。仕事を終えたあとに仲間たちとパブでビールを飲んでいる姿も微笑ましい。最初のうち、私は、外も明るいうちから、仕事仲間たちとパブでビールを飲むことができるのだから、きっとイギリスの郵便配達の仕事は、日本よりも早い時間に終わるのだろうと思っていた。しかし、良く考えてみると、彼らの仕事が終わる時間が早いのではなく、特に夏場のイギリスは、緯度の関係で二十一時頃まで外が明るかったことを思い出した。だから、決して彼らは夕方の早い時間からビールを飲んでいるわけではなかったのだ。

 本作の見どころは、カントナの助言によって、エリックがどんどん元気になって行くところだろう。カントナとの会話も面白いのだが、エリックの仕事仲間たちがワークショップのようなものを開催しているのも大変興味深い。ワークショップのようなものに参加することで、仕事仲間たちが互いの心をオープンにしているのだ。このようなシーンからも、本作の脚本は、絶対に精神世界に興味を持っている人が書かれたのだと確信する。そうでなければ、ワークショップのような発想は出てこないし、エリックとカントナとの会話もスピリチュアルなもにはならないだろう。

 更に興味深いのは、エリックがカントナと話をするときには、カントナが過去の試合でビシッとゴールを決めたときの英雄伝を聞きたがるものの、実際にカントナが話す内容は、個人プレイではなく、チームプレイの大切さを強調していたことだ。本作では、そうしたカントナのそのアドバイスがそのままエリックの生活にも活かされようとしている。すなわち、郵便配達員の仲間たちが、エリックの抱えている問題に協力を惜しまないのである。突拍子もないそのアイディアは、最悪の事態を想定すれば命さえ落としかねない状況なのだが、エリックと郵便配達員の仲間たちは見事にやってのける。それはもう、相手がエリックと郵便配達員の仲間たちの見事な連携プレイに圧倒されたとしか言いようがないのだ。

 カントナについて調べてみると、特にチームプレイを重視していた選手でもなさそうに見えた。むしろ、自分が目立つことを望んでいたようにも受け取れる。そうだとすると、本作に出演することで、カントナは過去の自分に懺悔しようとしているのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は、エリック・カントナ自身が本人役で出演しているのも面白いですね。彼の歴史に残るプレーや一部の会見の様子なども盛り込まれています。私は、スポーツにはまったく詳しくないのですが、彼の活躍ぶりをご存知の方たちにとっては、見逃せない作品の一つでしょうね。スポーツに疎い私も、精神的な観点や男女の愛の観点から、充分楽しませていただきました。

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2011.04.19

対等な当事者

ホットヨガ(二三二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夏に行われるかもしれない計画停電に備え、一部の企業では、夏休みが例年とは異なる日程に変更されようとしていますね。私の勤務先も、関西電力圏なので計画停電は実施されないのですが、計画停電が実施される地域の事業所と密接な関わりがあるため、夏休みの予定が変更になるかもしれず、まだ具体的なことが何も決定していません。それでも、関西圏に住んでいる私としては、例えこんなに些細なことであったとしても、協力できることをうれしく思っています。

 ガンモと一緒に買い物に出掛けたときのことである。買い物を終えて、駐車場に停めてあるカングーに戻るまでの途中で、ツインソウルの誕生日のナンバープレートの自家用車を見掛けた。
「あっ、ツインソウルの誕生日のナンバープレートだ!」
と私が口にするかしないかのタイミングで、その自家用車と女性の買い物客がぶつかった。私は、その瞬間を見ていたのか見ていなかったのか、はっきりとは覚えていない。とにかくナンバープレートに気を取られていたようだ。

 「あっ!」
と思うや否や、女性客がお店の駐車場の道路にうずくまった。女性客は、自家用車のタイヤに足を踏まれてしまったのだろうか、しきりに足先に手をやっていた。私は、救急車を呼ぶべきなのかどうか迷いながらも、女性客のもとへと駆け寄り、
「大丈夫ですか?」
と声を掛けた。しかし、女性客は私の声は耳に入らないのか、ただ足をさするだけだった。

 そうこうしているうちに、自家用車を運転していた男性客が自家用車から降りて来た。男性客は思いのほか冷静で、女性客に対し、「申し訳ありません」とも謝らずに、
「大丈夫ですか?」
とだけ尋ねた。女性客は、まだしばらく痛そうに足をさすっていたが、やがて自力で立ち上がった。そのとき、
「もっと気をつけてください」
と男性客に言い放った。それに対し、男性客が女性客に謝ったかどうかは良く聞き取れなかった。

 女性客もまた、一人で自家用車を運転してそのお店に来られていたようだが、その後、ご自分の自家用車に戻られた。しかし、女性客は、自家用車の中でしばらく痛みに耐えているようにも見えた。男性客は、自家用車の窓越しに、女性客に対し、
「何かあったら連絡ください」
というようなことを言った。その後、男性客はひとまず自分の自家用車に戻ると、再び女性客のところに向かった。男性客のあまりにもあっさりとした対応からすると、女性客に名刺や連絡先を渡したかどうかは不明だが、ひょっとすると、そのときに連絡先を書いた紙を渡したのかもしれない。二人の会話は一瞬のうちに終わり、男性客は自家用車を運転して、お店から去って行った。その後、女性客もご自分の自家用車を運転してお店から去って行った。

 最初から最後まで、女性客は私に対し、何も答えてはくださらなかった。悲しいことだが、今になって思えば、単なる野次馬と思われてしまっていたのかもしれない。また、女性客がうずくまっていたときに、救急車を呼ぶべきかどうか判断しようとしていたことを考えると、もしも仮に救急車を呼ぶことになった場合、その時点で男性客が加害者になってしまうのだと思った。しかし、事故の現場をしっかりと目撃していたガンモ曰く、その事故は、お互いに周りをしっかりと見ていない状況で発生したらしい。ということは、本来ならば、二人は対等だったのである。それなのに、片方が自家用車を運転していて、もう片方が歩行者だったということで、弱い歩行者は被害者となり、自家用車を運転していた人は加害者となり得たのである。

 私は今回のことで、余程のことがない限り、当事者の間に割って入ることはできないのだと実感した。最初から最後まで、完全に当事者だけの世界だった。言い換えれば、その事故は、第三者が介入できるような状況ではなかったということだ。

 とは言え、男性客の淡々とした態度も気になった。ひょっとすると男性客の中には、女性客のほうが飛び出して来たので自分は悪くないという強みがあったのかもしれない。しかし、最初から自分が下手に出てしまえば、自分の状況が不利になると思い、わざと淡々としていたのだろうか。そう考えると、女性客が、
「大丈夫ですか?」
という私の問い掛けに一切答えなかったことについても、私に対し、
「大丈夫です」
と答えてしまえば、男性客を甘やかしてしまうと思ったのかもしれない。

 何はともあれ、自家用車とぶつかった女性客の怪我が軽くて良かったと思う。私はこの出来事によって、加害者と被害者という立場は、ある出来事に対する瞬間的な結果に過ぎないのだとわかった。すなわち、見方によっては、実は被害者となった人が、瞬間的には加害者であったかもしれないということである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 女性客は男性客に対し、「もっと気をつけてください」と言いましたが、それと同じ言葉は女性客にも言えるんですよね。今回のケースに関しては、明らかに、女性客と男性客は対等だったのだと思いました。被害者と加害者は、何かの瞬間的な原因と結果なのですね。だから、原因を作っている人が加害者となるわけですが、その更なる原因は、被害者が作ったかもしれないのです。

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2011.04.18

ホットヨガ(二三二回目)

映画『人生万歳!』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東日本大震災や福島第一原子力発電所の復旧作業についてもひどく気に掛かりますが、栃木県で登校途中の児童の列にクレーン車が突っ込んで六人の児童たちが亡くなったというニュースはやり切れませんね。朝、子供さんを元気良く送り出したばかりであろう親御さんたちの想いを想像すると、胸が痛みます。愛するということを知ったばっかりに、愛する対象を喪う痛みは計り知れないものだろうと思います。それならば、愛することを知らなければ良かったとは思わないと思いますが、この事件の加害者もまた、直接的に愛するのとはまた別の方法で愛の重みを知ることになるのでしょうね。

 四月二日土曜日は、梅田店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。参加者は十九名で、うち男性会員は二名だった。二名とも、これまでに何度かレッスンでお目に掛かったことのある男性会員さんである。思えば、梅田店の男性会員さんは、レッスンを長く続けていらっしゃる方たちが多い。しかも、多くの女性たちに混じってレッスンを受けていたとしても、違和感のない方が多い。何というか、その場の雰囲気にすっかり馴染んでいらっしゃるのだ。ひょっとすると、毎回、レッスンを受けているのは女性会員のほうが圧倒的に多いために、知らず知らずのうちに相対的な感覚を身につけて来られたのかもしれない。

 インストラクターは、梅田店では初めて骨盤コースのレッスンを担当してくださるインストラクターだった。私は、初めてのインストラクターということで、鳩の王様の直前のポーズが省略されないことを期待していたのだが、やはり省略されたポーズでレッスンが行われたので、ひどくがっかりしてしまった。何故、同じ梅田店のインストラクターなのに、省略ポーズを取られるインストラクターとオリジナルのポーズを取られるインストラクターがいらっしゃるのだろうか。覚えたての骨盤コースのレッスンを、複数のインストラクターで教え合うのだろうか。やはり私は、インストラクターには、オリジナルの骨盤コースのレッスンを伝えて欲しいと思うのだ。

 ところで、古久澤先生が発行されているメルマガに、骨盤の歪みについて以下のようなことが書かれていたので引用させていただこうと思う。

 骨盤が歪むのは、骨そのものに原因があるわけではありません。

骨盤を支えている筋肉が弱ってしまう事が原因です。

整体師が歪んだ骨盤を整えることは出来ても、患者さんの弱った筋肉まで強くすることまでは出来ません。

とくに、食べ過ぎや運動不足・睡眠不足などの生活習慣をはじめ、内臓が疲労下垂してくると、骨格を支える筋肉もかなり弱っていきます。

そのために、内臓が下垂したままや、骨格を支える筋肉が弱ったまま、整体師が正しく矯正をしても、結局は元に戻ってしまうのです。

そればかりか、繰り返し、繰り返し治療家に揉まれたり、矯正をしてもらうほどに筋肉は支える力が弱っていってしまいます!

 なるほど。私は、骨そのものの歪みをを整えようとしていたが、骨盤を支えている筋肉のことまではまったく意識していなかった。確かに私には食べ過ぎの傾向があり、運動不足、睡眠不足も当てはまる。また、内臓が下垂しているというのは、お腹の状態からも明らかだ。古久澤先生のおっしゃるように、骨盤を支えている筋肉が弱ければ、骨盤の歪みを整えようとしてもなかなか効果が現れないらしい。

 更に、骨盤について調べを進めて行くうちに、面白いページを見付けた。【リッコ★特集】バスト&ヒップアップ ディノスというページである。この中に、上半身と下半身を繋げている筋肉である大腰筋の衰え度チェックというのがあるので、またまた引用させていただく。

★Check1 ふだん椅子に座るとき、浅く腰掛けていることが多い

★Check2 お尻のボリュームがなく、ぺたんと偏平気味だ

★Check3 人よりも歩く速度が遅い

★Check4 つまずくことが多い

★Check5 肩凝りがひどいタイプだ

★Check6 猫背気味である

★Check7 夏でも冬でも冷え性に悩まされている

 いやはや、驚いた。何故なら、★Check2以外は、ほとんど当てはまっているからだ。しかも、赤字で、

※半分以上心当たりのある人は、まずい状況です……!

などと書かれているではないか。おそらくだが、古久澤先生のメルマガに書かれている「骨盤を支える筋肉」とは、大腰筋と呼ばれる筋肉なのだろう。そう考えると、しっくり来る。このようなチェックリストが出来上がってしまうくらい、身体の症状は共通に現れるのだ。どうやら私は、これらのページを参考に、大腰筋を鍛えるための体操を中心に行ったほうが良さそうである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実は、ご紹介したページに辿り着いたのは、人よりも歩く速度が遅いのは何故だろうと思い、骨盤との関連性を探ろうとしたことがきっかけでした。私は、通勤の途中でもどんどん人に追い越されて行きます。これは、大腰筋が弱いことが原因だったのですね。

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2011.04.17

映画『人生万歳!』

忍者紀行(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 日本が一つになるべきときに、民主党内においても分裂があり、また、同じ政界においても民主党と自民党の不仲が報じられていますね。世界の国々が日本を心配して外部からいろいろ働き掛けてくれているというのに、日本の内部で分裂が起こっているというのはどういうことでしょうか。菅総理の人間性にまで話が及んでいるようですが、それらは助言ではなく明らかに悪口ですよね。政治家は他者を批判するのが大好きですが、その多くが他者を陥れるものばかりです。こんな状況だから、いつまで経っても日本にはリーダーが育たず、次々にリーダーの卵が交代するのですよ。もう、そんなことの繰り返しばかり、何年続けているのでしょう。菅総理は今、多くのことを学んでいる真っ最中だと思います。しかし、菅総理のやり方がまずいからと言って、またまたその貴重な学びの場を取り上げるのでしょうか。これが企業ならば、社長が次々に替わる企業と同じですよね。そんな企業を一体誰が信頼するでしょうか。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十七日のことである。ここのところロンドンを舞台に映画を撮り続けていたウディ・アレン監督だが、本作では久し振りに舞台をニューヨークに移している。

 かつてはノーベル賞候補の天才物理学者として脚光を浴びていた六十代のボリスは、あるとき自殺を図るものの、運良く命拾いする。しかし、その後、結婚生活がうまく行かなくなり、妻とは離婚する羽目になったばかりでなく、大学教授の仕事までも失ってしまう。現在はニューヨークのアパートで一人暮らしをしているボリスだったが、あるときボリスの住むアパートの前に南部のミシシッピ州の田舎町から家出して来たという二十一歳の女性メロディが現れ、ボリスに泊めて欲しいと懇願する。ボリスは、数日だけの約束でメロディを泊めるのだが、次第にメロディのペースに巻き込まれ、数日経っても二人の共同生活が続いて行くことになる。やがてメロディは、世の中を斜めから観察しているボリスの批判的な世界観を受け入れるようになり、親子ほども歳の離れたボリスと結婚する。ところが、夫婦仲が良くないために別居状態にあるメロディの両親が二人の住むアパートに次々に現れ、話が少しずつ複雑になって行くのだった。

 原題の"WHATEVER WORKS"は、「何でもあり」という意味である。原題を理解した上で本作を振り返ってみると、本作には数多くの型破りな出来事が描き出されていることがわかる。親子ほども歳の離れたボリスとメロディが結婚したことも型破りだが、メロディの両親が抱えている夫婦問題やその後のメロディの母が取った行動もずいぶん型破りである。型破りなことをすべて書き連ねると、ネタバレになってしまうので書かないでおくが、登場人物がそれぞれ型破りな選択をしたとしても、最後にはハッピーエンドで片付いてしまうところがアメリカ映画らしい軽快な結末となっている。

 邦題は「人生万歳!」と訳されているものの、私には、「人間万事塞翁が馬」のほうがしっくり来る。本作で描かれている様々な型破りな出来事は、ある時期においては災難あるいは幸福と捉えることができるものの、時間が経つと状況が逆転したりしている。そう考えると、ラストのハッピーエンドもいつかは覆されることがあるかもしれない。それならば、人生は、その一瞬、一瞬に没頭しなければ意味がないことになるのではないだろうか。ひょっとすると原題の"WHATEVER WORKS"は、「何でもあり」というよりは、「何でも起こり得る」に近いのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 冒頭からボリスが登場し、映画を鑑賞している人たちに向かって語り掛けるのですが、そのシーンからも、ボリスが世界を斜めから見ているのが良くわかります。メロディと出会っても、どこか批判的な精神は変わらなかったのに、その後、ボリスには再び変わるチャンスが訪れます。メロディの母がそうだったように、親しくなる人によって、人は大きく変わるのかもしれませんね。そして、人は自分を大きく変えてくれる存在を「運命の人」と呼んでいるのかもしれません。

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2011.04.16

忍者紀行(6)

バスケットステーを求めての記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東日本大震災のあと、初めて東京を訪れた方が、東京電力の地域で行われている節電の状況を語ってくれました。駅のホームも真っ暗な状態に近いくらい照明が落とされ、エスカレータも止まっているそうですね。関西地方でも、いくつかのお店では照明を落として営業されていますが、駅のホームはこれまで通り電灯が灯されていますし、エスカレータもこれまで通り稼動しています。周波数が異なることから、関西電力の地域で節電を心掛けても、東京電力の地域に送電できる量が限られるとわかってはいますが、それでもやはり、この時期に照明を落として営業しているお店は好感が持てますね。これから暑い夏を迎えるにあたり、クーラーが使えなくなるかもしれないと考えると憂鬱だと思います。そこで考えたのですが、太陽発電を利用したソーラークーラーなるものは存在しないのでしょうか。去年みたいな猛暑だと、クーラーなしでは絶対に過ごせないでしょうし、熱中症も心配です。ソーラークーラーなるものがあれば、日中に激しく照りつける太陽のエネルギーを利用して涼しく過ごせないでしょうか。そう思ってインターネットを検索してみたところ、同じようなことを考えている方がいらっしゃいました。とても残念ですが、難しいようですね。やはり私たちは、知らず知らずのうちに莫大な電気を消費しながら生活していたのですね。それでは、忍者紀行(5)の続きを書かせていただきます。この旅は、去年の十月半ばのことであります。関連する過去の記事については、カテゴリをご覧ください。

 私たちは、一泊二日の旅行を決行したものの、できれば日曜日のうちに映画『ガフールの伝説』を鑑賞しておきたかった。というのも、映画の前売券を購入しているにもかかわらず、映画館の上映スケジュールと私たちのスケジュールがずっと合わなかったためだ。早く鑑賞しなければ、劇場公開が終わってしまう。そこで私たちは、映画『ガフールの伝説』を上映している映画館を探し回り、京都の久御山(くみやま)にある映画館で鑑賞することにした。

 映画は夕方から鑑賞することになっていたので、京都に向かうまでの途中のどこかで観光しようということになった。そこで私たちは、行きに伊賀・上野の伊賀忍者博物館を訪れていたことから、帰りは滋賀の甲賀(こうか)にある甲賀流忍術屋敷に立ち寄ることにしたのだった。

 宿泊していた関宿(せきしゅく)のブルトレの宿から甲賀までは、それほど時間は掛からなかったように思う。途中、甲賀流忍術屋敷に辿り着くまでの間に、付近の父兄の手作りによるものと思われる飛び出し禁止人形の立て札をいくつも見掛けた。面白いことに、ほとんどの人形が忍者の格好をしていた。まさか、この周辺を歩く子供たちはみんな忍者なのだろうか。

 甲賀流忍術屋敷は、伊賀忍者博物館とは違い、人里離れたところにあった。入口の顔抜きを撮影したあと、私たちは靴を脱いで中に入った。入場料を払うと、中で説明が行われているので聞いてくださいと案内された。建物の中にはたくさんの観光客が居て、おそらく忍術博物館の館長さんと思われるご老人の話に聞き入っていた。私たちは、説明の途中から入場したので、最初から説明が行われるタイミングが訪れれば耳を傾けようと、しばらく館内をさりげなく観察していた。ところが、館長さんの話はなかなか終わらなかった。そこで私たちは、途中参加ではあったものの、館長さんの話に耳を傾けるために、私たちよりも先に入場していた観光客の仲間に加わった。

 しかし、館長さんの話に耳を傾けようとするものの、館長さんが一体何を話しているのか良く聞き取れなかった。英語のヒアリングならば、正確に聞き取れないことも良くあることだが、日本語が聞き取れないのはあまり経験のないことである。決して館長さんの声が小さいわけではない。館長さんのお話は、感情の部分でごまかされているところがずいぶんあるように思えた。それでも私たちは、一生懸命、館長さんの話に耳を傾けようとした。館長さんのお話を聞き取るのはかなり困難なことだったが、それでも何とか聞き取れたのは、甲賀流忍術屋敷こそが由緒正しい本物の忍術屋敷であり、伊賀忍者博物館は甲賀流忍術屋敷の模倣であるということだった。

 どうやら館長さんは、観光客の前で説明をしながらも、完全に自分の世界に入っていらっしゃるようだった。そのため、他者との接点が閉じられていて、話に耳を傾けている私たちにその言葉が伝わり難いのだと思った。やはり、「どんでん返し」の扉の説明もあったのだが、館長さんのおっしゃるように伊賀忍者博物館が甲賀流忍術屋敷の模倣だとしても、観光客への見せ方は、伊賀忍者博物館のほうがずっと優れていると感じた。人に何かを伝えようとするときに、自分の世界に閉じてしまっていては主観だけになってしまい、なかなか伝わらないということを改めて実感してしまった。

 館長さんは、屋敷の中にあるいろいろなところのからくりを説明してくださった。伊賀忍者博物館で見学した紙で開けることのできる簡易式ロックの扉の説明もあった。また、隠し井戸や隠し階段の説明もあった。説明のあと、私たちは隠し階段を昇って上の階へと上がった。私は高所恐怖症なので、傾斜の急な隠し階段を昇るのが怖かったのだが、勇気を振り絞って昇ってみると、広い部屋に辿り着いた。このような部屋があれば、敵がやって来たとしても、敵が去るまで息を潜めてじっと待機できるかもしれない。私は、隠し階段の狭さからも、去年の夏休みに訪れたアンネ・フランクの家を思い出していた。

 隠し階段を昇り、隠し部屋のようなところでいったんくつろいだあと、いよいよ階段を下りることになったのだが、この階段がまた急で、高所恐怖症の私にはなかなか降りることができなかった。しかし、そんな私の恐怖をよそに、子供たちは元気に急な階段を降りていた。私は、階段の前に立ちすくんでいては他の方たちの邪魔になると思い、後ろに並んだ人たちに先に降りていただいた。高所恐怖症ではないガンモは先に降りてしまっていたので、私は勇気を奮い起こして一人で頑張って降りるしかなかった。もたもたしていると、下からガンモが、
「後ろ向きに降りるといいから」
とアドバイスをくれたので、私はそのアドバイスに従って後ろ向きになり、何とか階段を降りることができた。

 甲賀流忍術屋敷をあとにした私たちは、京都の久御山で映画『ガフールの伝説』を鑑賞したあと、帰路についた。もともと、二日目の日曜日は奈良に行くために出掛けて来たはずだったのに、この時期の奈良は自家用車で訪れるにはひどく混雑していることがわかったことと、行きに伊賀忍者博物館を見学したことから、帰りの予定がすっかり変わってしまった。

 伊賀と甲賀で同じような忍者屋敷を見学したが、甲賀流忍術屋敷の模倣だと知らされてもなお、私には伊賀忍者博物館のほうが好感が持てた。甲賀流忍術屋敷では、人に何かを伝えようとするとき、主観だけではなかなか伝わり難いということを体験させてもらったと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、忍者紀行(6)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の記事で「忍者紀行」シリーズは完結させていただきます。途中、長らく時間が空いてしまいましたが、お付き合いくださいましてありがとうございました。そう言えば、金沢にも忍者寺と呼ばれている観光地がありますよね。私も、これまでに二回ほど訪れましたが、昔の人は身体が小さかったのだなあと実感しました。欧米の文化が入って来て、肉を食べるようになり、日本人の身体も大きくなったのでしょうかね。

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2011.04.15

バスケットステーを求めて

映画『デザート・フラワー』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 市販の顔料や猫のトイレに使われる砂で放射性物質のセシウムを吸着できることがわかったようですね。もちろん、これらのものが大量に必要になるのでしょうが、景気に陰りが感じられる中で、これらの製作に関わっている人たちは、これから忙しくなることでしょう。ただ、これらのものがセシウムを吸着したあと、どうなるのかが少し気になりますね。今度は、セシウムが吸着されたそれらのものを捨てるのに困るなんてことのないようにして欲しいものです。

 我が家は最寄駅から歩くと二十分以上掛かるため、自転車が必需品となっている。ガンモも私も、雨の日やスーツケースを転がしてどこかに出掛けて行くときなどは路線バスを利用することがあるものの、毎日の通勤にはほとんど自転車を利用している。

 ガンモが自分や私の自転車をメンテナンスするのが好きだという話は、これまでにも書いて来た通りだ。先日、ガンモは、私が楽天市場で購入しておいた自転車のライトをようやく取り付けてくれた。自転車のライトが壊れていたために、これまでに三回ほど、仕事帰りに警官から職務質問を受けていたのだが、これでようやく声を掛けられずに済みそうだ。

 ガンモが私の自転車にライトを取り付けてくれた翌日のことである。仕事を終えてガンモに電話を掛けてみると、ガンモは私に、
「俺の自転車の籠(かご)を支えてる棒が折れて、今朝、大変だったんだよ」
と言った。私は、ガンモの言葉だけでは想像が付かなかったのだが、どうやら自転車の籠には、それを支えている棒のような金具があるらしいのだ。その棒が折れてしまったために、ガンモの自転車の籠を支え切れなくなってしまい、苦労しながらやっとのことで最寄駅まで辿り着いたらしい。ガンモは仕事に必要な道具が多く、いつも大荷物なので、かなり大変だったようだ。

 できることならばガンモは、早めに仕事を上がり、ホームセンターに出向いて、自転車の籠を支えている棒を探したいらしかった。しかし、そのときの電話では、もうすぐ仕事を上がれそうだと言っていたのに、私が最寄駅に着いたときにもう一度電話を掛けてみると、仕事の都合でホームセンターには行けそうにないと言う。

 ホームセンターと言えば、私が先日、すのこベッドを作り上げるためにすのこを購入したところである。私は時計を見た。ホームセンターの閉店時間まであと二十分余りある。とは言え、ホームセンターまでは坂道が多く、ひょっとすると営業時間内に辿り着けないかもしれない。しかも、せっかく苦労して自転車で坂道を登ったとしても、目的の金具が手に入らなければ、せっかくの苦労も水の泡である。

 私はガンモとの電話を切ったあと、自宅近くにある大きめの自転車屋さんに出向いてみることにした。パンク修理もブレーキの取り替えもガンモが実践しているため、普段、その自転車屋さんにはほとんどお世話になることはない。しかし、大き目の自転車屋さんなので、ホームセンターに足を運ぶよりも、求めている金具を手に入れられる確率が確実にアップすると思ったのだ。

 私がその自転車屋さんに着いたとき、自転車屋さんもまた、そろそろ閉店の準備に取り掛かかろうとしている頃だった。私は、ガンモから電話で聞いた内容から判断し、おそらくこの金具だろうと狙いを付けて、店頭に並べられている自転車を指差して、
「すみません。籠を支えているこの金具、置いてますか?」
と聞いてみた。すると、お店の方は、
「ありますよ。何インチですか?」
とさらっと答えてくださった。金具が手に入りそうだとわかった私は歓喜して、
「私の自転車と同じ大きさなので、二十六インチだと思います。おいくらですか?」
と尋ねた。すると、
「四百二十円です。色はシルバーともう一色(忘れてしまったが、おそらく黒?)がありますが、どちらになさいますか?」
と尋ねてくださったので、私は、ガンモの自転車の色に合うように、
「シルバーをください」
と答えた。

 閉店に近い時間であるにもかからわず、お店の方は丁寧に対応してくださり、店の奥から、すぐにその金具を出して来てくださった。私はその金具を購入し、帰ろうとしたのだが、そう言えば、ガンモが電話で金具を留めるためのネジとワッシャーもないというようなことを言っていたような気がした。ガンモに確認しようと、慌てて電話を掛けてみたものの、そのときガンモが仕事をしていた客先はdocomoの電波が届き難い場所だったため、電話が通じなかった。そこで、お店の人に、
「ネジとワッシャーも必要だと言っていたような気がしますので、ネジとワッシャーもください」
と申し出た。お店の方は快く受け入れてくださり、何と、ネジとワッシャーを百円で分けてくださった。ただ、同じ二十六型の自転車でも、ネジの大きさがいろいろあるそうで、もしもネジが合わなかった場合、一週間以内にレシートを持参すれば取り替えてくださると言ってくださった。

 私は金具とネジの代金として合計五百二十円を払って帰宅し、ガンモにすぐさま電話を掛けて報告した。さっきは電話が通じなかったが、今度は運良く電話が通じた。
「多分、ガンモが言っている金具だと思うけど、○○○(自宅近くの自転車屋さんの名前)で買って来たから。あの、ほら、あれでしょ? お医者さんの聴診器みたいな形をした金具でしょ? ライトがあるほうは、丸いカーブがあるでしょ?」
と言った。すると、ガンモは、
「そうそう、それそれ。ライトがあるところが曲がってる。ほんとにあったの? でかした!」
と大喜びしていた。更に、私が購入した値段を知ると驚き、
「俺、明日になったら、その自転車屋さんに行って、自転車を買おうとまで思ってたんだよ。だって、一万円ちょっとで買えるしさ」
とも言った。私は、
「一万円なんて禁止! 四百二十円で金具を売ってるんだから」
と言った。

 ちなみに、私が購入した金具は、「バスケットステー」と呼ばれているのだそうだ。ステーとはstay(支え)のことだろう。このような金具にもちゃんと名前があったとは驚きである。
 

 仕事から帰宅したガンモは、バスケットステーを喜びいさんで取り付けていた。ただ、百円で分けてもらったネジとワッシャーは数が足りなかったらしく、バスケットステーを固定させるために別の手段で工夫しなければならなかった。それでもガンモは、折れたバスケットステーを取り替えることができてとてもうれしそうだった。

 自転車が快適になったガンモは欲を出して、
「実は、スポーク(車輪の棒)もいくつか取れてるんだけど、○○○(自宅近くの自転車屋さん)に行って、五本くらい買って来てくれ」
と私に言った。ガンモが新たに私に要求したスポークとは、ちょうど折り畳み傘の骨のような形をした車輪に付いている細い棒である。確かにガンモの自転車は、その棒が何本も折れてしまっているのだ。ガンモはそれも修理したいらしい。
「あのさ、ただでさえ、こんな奇妙な棒を分けてもらったばかりなのに、またまたそんなスポークなんていう棒を分けてくれなんてお願いしたら、こいつ、一体何やってるんだって思われるでしょうが。自分で行きなさい!」
と私は言った。

 今回のことで、近所の自転車屋さんにいろいろな自転車用パーツがあることがわかったため、ガンモはこれからも、自転車のメンテナンスを楽しむことができそうである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 仕事を上がってホームセンターに足を運ぶことができなくなったとわかったとき、ガンモは翌日、自転車屋さんまで出向き、本気で一万円ちょっとの自転車を買おうと思っていたそうです。私がそれを阻止できたことになりますね。(苦笑)とは言え、今回のような緊急の事態には対応しますが、スポークとやらは自分に買いに行って欲しいものです。何から何まで「はいはい」と夫の言うなりになるのが良妻賢母ではないはずですから。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.04.14

映画『デザート・フラワー』

昭和のおばさんから平成のおばさんへの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。津波を伴うマグニチュード八.〇規模の大地震が起こる可能性が高くなっていると聞きました。一ヶ月以内に起こってもおかしくないほどの高い確率なのだそうです。専門家がそのように言っているのだとすると、かなりの警戒が必要ですね。私も、東日本大震災の発生以来、大き目のリュックに避難用持ち出しグッズをまとめています。多くの外国人たちが日本を離れたり、来日の予定を見送ったりする状況の中で、私たち日本人にとっては、ここがふるさとなのだと実感しつつあります。それと同じ気持ちが、東日本大震災で被災された方たちの中にもあるのではないでしょうか。例えどんな日本であったとしても、私たちはここに住む日本人なんですよね。

 本作を鑑賞したのは、映画『アメリア 永遠の翼』と同じ十二月二十六日のことである。映画『アメリア 永遠の翼』をホットヨガのレッスンの前に鑑賞し、本作をホットヨガのレッスンのあとに鑑賞したわけである。公開前から本作の予告編を何度となく目にして、大好きなロンドンが舞台になっているということで、注目していた作品の一つである。

 予告編の雰囲気からして、ロンドンに渡ったソマリア人ファッション・モデルのサクセスストーリーなのだろうと思っていたのだが、本作はそれ以外にも重要なテーマを含んでいた。そのテーマとは、今もなお、一部のアフリカの地域で行われている女性器切除の儀式を告発することである。女性の処女性を保つためや女性の性欲をコントロールするために行われるその儀式は、医学的な方法ではなく、素人が行うため、成人になっても性器に激しい痛みを伴ったり、排尿障害などの症状を伴うことがあるらしい。

 十三歳のときに父親の勧めでお金持ちの年の離れた男性と結婚させられそうになり、ソマリアの砂漠から命からがら逃げ出して、都会の親戚を頼ってロンドンに辿り着いたワリスは、ロンドンで出会った女性の紹介で働くうちに、一流ファッションカメラマンにスカウトされ、モデルデビューを果たす。英語も、歩き方さえもままならなかったワリスは、やがてファッション業界で大きく花を開かせて行く。

 やはり、のちに世界的なトップ・モデルとして活躍しただけに、ワリスには大物になることを手助けしてくれる重要な出会いが用意されていた。ワリスは、それらの出会いをその場限りで終わらせずに、ちゃんと繋げていた。いくつもの細い縁を一時的に繋いだのではなく、しっかりとした太い縁を着実にたぐり寄せたのだ。

 とは言え、本作には、外国人がロンドンで暮らして行くことの難しさも見え隠れしている。ロンドンには確かに外国人が多い。それは、多くのことが税金でまかなわれているからかもしれないが、それだけに、観光客の目から見てもロンドンの物価はひどく高い。それでも、しばらくロンドンに住んでいた日本人の知人がロンドンで出産をしたところ、当時は出産費用も無料だったと言っていた。ただ、今は違うらしい。そんなロンドンだから、外国人が永住権を獲得できるというイギリス人との婚姻に関しても、本当に愛し合って結婚したかなどの厳しい抜き打ちチェックが行われているようだ。

 ワリスを演じているのは、自身もアフリカ出身のトップ・モデルであるリヤ・ケベデである。トップ・モデルに輝いてしまえば、表情も目線も何もかもすっかり完成されてしまうと思うのだが、本作には、まだ完成していない段階のワリスがリヤ・ケベデの演技によって的確に表現されていた。

 のちにワリスは国連大使となり、女性器切除の儀式の廃絶を求めて活動していたようだ。彼女がトップ・モデルとしての成功を収めたことは、アフリカで今なお行われている女性器切除の儀式を廃絶させる運動を起こすために大きな役割を担っていたのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作の中には、仲良くなったイギリス人女性との会話の中で、イギリス人女性は女性器切除の儀式を受けていないことを知り、ワリスがショックを受けるシーンがあります。女性器切除の儀式も、ワリスがソマリアに留まっていれば、「こういうものなんだ」と自分を納得させて過ごしていたのかもしれません。しかし、異国の文化に触れることで、自分の国にはそのような忌まわしい慣わしがあり、それが女性の身体を痛めつける屈辱でしかないことを理解したのでしょうね。

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2011.04.13

昭和のおばさんから平成のおばさんへ

ホットヨガ(二二七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。東京電力の社長さんが、原子力発電所の事故の処理が終われば辞任されることが決まったそうですね。企業や政治で何か不祥事が起こる度に思うのですが、果たして、トップの辞任には意味があるのでしょうか。私には、生まれ変わるチャンスが奪われてしまっているように思えてなりません。考え方によっては、その後の再生を人任せにしてしまうことにもなりかねません。魂の成長を考えたとき、トップの座を退くよりも、トップとして居残り続けたほうが、魂としての経験値を積むことができるように思うのです。

 勤務先でトイレに立つ度に、トイレの鏡に映った自分の姿を見て、頭が白くなってしまっていることに気が付いてはいたのだが、ここのところ、白髪染めをするのがひどく面倒に思えて、白髪染めをするのをずっと伸ばし伸ばしにしていた。そんなあるとき、トイレで一緒になった派遣仲間が、
「白髪、増えたなあ」
と、鏡に映った私の頭を見て真面目そうな顔で言った。私自身も同じことを思ってはいたのだが、それを正直に口に出してくれる彼女はとても信頼できる人物だと思った。それと同時に、これまでの私は、ここまで白髪を放置することなく、こまめに白髪染めをしていたのだと気付かされた。そして私は、彼女のその一言で、ようやく白髪染めをするエンジンが掛かったのである。

 さて、いつも白髪染めに使用しているダイ○ーの天然ヘナだが、塗り込んでからの放置時間として三時間は必要である。特に、今はまだ気温が低いので、放置時間を三時間よりも長めに設定したほうがいい。それを考えると、やはり平日よりも休日に白髪染めをするのがいいだろう。土曜日は、ホットヨガのレッスンや映画鑑賞で家に居ないことが多いので、日曜日に実践することにした。

 実は、天然ヘナを使って白髪染めをするのに、なかなか重い腰が上がらなかったのは、お湯で溶いた天然ヘナを一時間ほど寝かせなければならないことにあった。せっかちな私は、天然ヘナを一時間、寝かせておくことが面倒だったのである。しかし、今回は、珍しく家事をしながら、てきぱきと動いた。

 オレンジ・ヘナとブラウン・ヘナのどちらを使おうか迷っていたのだが、今回はオレンジ・ヘナよりもブラウン・ヘナを使ってみようと思い立った。お湯だけで溶くよりも、何か色の付いたもので溶きたいと思っていると、手近にペパーミントティーのティーバッグがあったので、それで溶くことにした。ブラウン・ヘナを袋から取り出して容器に移すと、ペパーミントティーのティーバッグの入ったカップの中にお湯を注ぎ、色が出て来たのを確認すると、ペパーミントティーを溶かしたお湯をブラウン・ヘナの上に少しずつ注ぎ込んで行った。これらがマヨネーズ状になれば、ひとまず出来上がりである。それを容器に入れたまま、しばらく寝かしておいた。

 一時間ばかり経つと、洗面所に行ってシャンプーをしたあと、タオルで軽く水分を拭き取った。そして、ビニール手袋を両手にはめて、いよいよ大人の泥遊びの始まりである。かつては、へらのようなものを使ってみたり、また、ドレッシング・チューブのような入れ物にしばらく寝かせておいた天然ヘナを入れて、頭のてっぺんから注ぎ込んでいたこともあったのだが、最近はビニール手袋だけでぐちゃぐちゃと頭に塗り込んで行くようになった。これが何だか楽しいのだ。私は、天然ヘナを塗り込んだ髪の毛をぐちゃぐちゃとこねながら、髪の毛ができるだけ白髪の多い頭のてっぺんに集まるようにした。

 平日はコンタクトレンズを愛用している私も、休日を自宅で過ごすときは眼鏡のまま活動することが多い。とは言え、眼鏡を掛けたまま天然ヘナを塗り込むのはなかなかやっかいである。何故なら、眼鏡が掛かっている耳の辺りに天然ヘナを塗り込むことができないからだ。私は、眼鏡に天然ヘナが付着しないように細心の注意を払いながら、頭の白いところに天然ヘナをどんどん塗り込んで行った。

 そして、溶いておいたすべての天然ヘナを頭に塗り込んでしまうと、私は素早く日本タオルで頭を包み込み、その上からターバンで固定して、更にその上からシャワーキャップをかぶった。その状態で寝室に戻り、三時間以上、放置した。シャワーキャップ姿の私を見たガンモが、
「やっとヘナしたのか。でかした!」
と言った。頭がすっかり白くなっていたので、ガンモからも、
「ヘナしれ~(ヘナをしろ~)」
と何度も言われていたのだ。

 ふとした瞬間に、シャワーキャップ姿の自分をまじまじと鏡で見てみると、いつの間にかすっかりおばさん顔になってしまっていることに気が付いた。昔は、近所のスーパーに出掛けても、シャワーキャップを付けたおばさんをしばしば見掛けたものだったが、最近ではほとんど見掛けない。昭和のおばさんはどこに行ってしまったのだろう。私は、鏡に映った自分の姿の中に、今ではすっかり見掛けなくなってしまった昭和のおばさんを見出した。

 そのまま六時間ほど放置しただろうか。夕方になると、私はシャワーキャップを取り、バンダナも日本てぬぐいも外して、頭に塗り込んだ天然ヘナをしばらく空気にさらした。塗り込んでから数時間経った天然ヘナは、すっかり固まっていた。鏡を見てみると、かつらをかぶるために頭を何かで固めた役者さんのようだった。

 その後、私は再び洗面所に行き、天然ヘナをゴシゴシ落とした。さて、どんな仕上がりだろうと思い、鏡で確認してみると、いつものようにきれいに染まっていた。満足である。ガンモも、きれいに染まった私の頭を見て、安心したようだった。鏡に映ったシャワーキャップ姿の自分の中に、昭和のおばさんを見出したのは少しショックだったが、昭和のおばさんはそのあと着実に、平成のおばさんへと変身を遂げたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りの天然ヘナの記事の更新となりました。前回の天然ヘナの記事は去年の六月ですが、おそらくそれ以降に少なくとも二回は天然ヘナを実践しているはずです。きっと書きたいことがたくさんあって、天然ヘナのご報告ができていなかったのでしょうね。私の頭が白くなるスピードを考えると、これで三ヶ月は平成のおばさんでいられそうです。(笑)

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2011.04.12

ホットヨガ(二二七回目)

映画『アメリア 永遠の翼』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。余震とも余震ではないとも言われている比較的大きな地震があちらこちらで発生し続けていますね。地震の被害に遭われた方にお見舞いを申し上げます。私は地震の少ない四国の生まれですので、東京に住むようになるまでは、ほとんど地震を体験したことがありませんでした。四国で地震が起ころうものなら、次の日に学校に行くと、地震の話題で持ち切りでした。東京に住むようになってからも、最大で震度四程度の地震しか経験したことがありません。ですから、震度五以上の余震が繰り返し起こっている状況など想像も付かないのですが、震度四程度の揺れでもかなり怖かった覚えがあるので、それより大きな揺れを継続的に体験されている方たちの恐怖は計り知れないものだと思います。ただ、一つだけお伝えできることがあります。神戸で大震災が起こったのが一九九五年で、私がガンモと結婚して、東京都から兵庫県に移り住んだのが一九九六年でした。私が兵庫県に来てからは、一度も大きな地震は発生していません。もちろん、神戸の大震災のときも、しばらく余震は続いていたそうですが、今回の地震は神戸のときよりも規模が大きいとは言え、いつかは必ず落ち着いてくれるものと思います。そして、神戸の震災から一年後に私が結婚して兵庫県までやって来た頃、神戸の街は既にかなり復興していました。街のあちらこちらで「がんばろや神戸」というフレーズを見掛けました。大津波や原子力発電所の事故も発生しているために、神戸の大震災とは被害の規模がまったく違うとは思いますが、あの神戸が今では元気になっているということが、少しでも被災地の方たちの目標になればと思います。

 二月二十六日に梅田店で受けたホットヨガのレッスンのあとに書いておいたメモが、今になってようやく見付かった。いつもはレッスンの内容をノートパソコンか分厚い手帳に書き留めておくのだが、今回見付からなかったメモは、普段、持ち歩いている小さなメモ用紙に数枚に渡って書き綴り、分厚い手帳に挟んでおいたものだ。記事を書くにあたり、確かどこかにレッスンの内容を書き留めたメモがあるはずだという記憶はあったものの、そのメモを手帳に挟んでおいたことをすっかり忘れてしまっていたのである。というわけで、順番は前後してしまうのだが、ようやくこうしてメモが見付かり、記事を書ける状態になったので、遅ればせながら二二七回目のレッスンについて書かせていただこうと思う。

 二月二十六日に梅田店で受けたのは、六十分の骨盤コースのレッスンである。参加者は女性会員ばかりの二十一名で、男性会員はまたしてもゼロだった。レッスンを担当してくださったのは、梅田店で初めて骨盤コースのレッスンを受けたときとは異なるインストラクターだった。確か、これまでにも何度かレッスンを担当してくださったことのあるインストラクターである。

 私は、前回のレッスンとはインストラクターが異なっているので、四つん這いのポーズから鳩の王様のポーズに切り替わる前に、片足を前に折り込むポーズがきちんと含まれているのではないかと期待した。しかし、やはり南森町店で行われていたオリジナルの骨盤コースのレッスンとは異なり、ポーズがすっかり省略されてしまっていたのだ。精神世界的に言えば、ここで他者との比較をしようとせずに、目の前に現れた存在を絶対的な存在として受け入れるべきなのかもしれない。しかし、このときの私は、梅田店では簡略化されたポーズでしか骨盤コースのレッスンを受けることができないのかと思い、少し悲観的な気持ちになってしまったのである。

 ただ、前回のレッスンでは省略されていたぺちゃんこ座りのポーズはちゃんと組み込まれていた。ぺちゃんこ座りの状態から、そのまま後ろに倒れ込むポーズなのだが、二十一名の参加者の中で私だけがそのポーズを取ることができなかった。私には、ぺちゃんこ座りという座り方がとても座りにくいのに加え、後ろに倒れ込むときに腹筋を使って、筋腫に何か良くない影響を与えてしまう恐ろしさがあるのだ。やはり三宮店のレッスンでも案内されているように、このポーズは骨盤を締めるポーズだそうで、朝起きたときに行うといいらしい。このポーズを取ることで、骨盤が閉じていない人は、骨盤の開閉がスムーズになるそうだが、それが本当ならば、私にとって一番必要なポーズではないだろうか。それなのに、このポーズを取ることができないのは悔しいものである。

 今回のレッスンで、梅田店の骨盤コースのレッスンの内容が簡略化されていたことが決定的になり、私の気持ちは少しブルーだった。三宮店で行われているレッスンならば、南森町店で行われていたオリジナルの骨盤コースのレッスンに近いものの、レッスンスケジュールが私の生活リズムに合っていない。私は、何となくもやもやした気持ちのまま梅田店のスタジオをあとにしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 梅田店のスタジオも、決してがっかりすることばかりではありません。(苦笑)梅田店では、ブーツなどの長い靴は、シューズ袋に入れずに入口に脱いで並べおいてもいいことになっています。確か、梅田店以外では京都店でもそのような方法が取られていますね。一方、ほとんどの支店では、脱いだ靴はシューズ袋に入れて、ロッカールームに持ち込むことになっています。私は、冬の間はムートンブーツを愛用しているのですが、実のところ、ムートンブーツを脱いだあと、シューズ袋に入れてロッカールームまで持ち込むのはかなり面倒臭いのです。そういう意味で、脱いだムートンブーツを入口に並べておけるのはとても有り難いのです。

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2011.04.11

映画『アメリア 永遠の翼』

忍者紀行(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。強い余震が続いていますね。東北地方に住んでいらっしゃる方たちは、本当に気の休まることのない毎日を送っていらっしゃることと思います。せめて余震だけでも収まってくれたならば、これから前を向いて歩いて行く勇気を持てると思うのですが・・・・・・・どうか、本当にそろそろ余震が落ち着きますように。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十六日のことである。公開直後から気になっていた作品で、自宅近くの映画館でも上映されていたにもかかわらず、上映スケジュールと私のスケジュールが合わなかったため、なかなか鑑賞することができなかった。公開されてから日にちが経ってしまうと、上映回数も縮小されてしまうため、もはや自宅近くの映画館での上映スケジュールと私のスケジュールが噛み合わなくなってしまった。そこで、ホットヨガ梅田店でレッスンを受ける前に、上映回数の多い梅田の映画館に立ち寄り、本作を鑑賞することにしたのである。

 実は、本作を鑑賞しようと思い立ったのは、英語学習のために使用しているOxford Reading Treeの中に女性飛行士の物語が含まれていたからだ。しかし、本作を鑑賞したあとに、再度、その物語を確認してみると、本作とはまったく異なる女性の伝記物語だったことがわかった。それでも、本作を鑑賞するきっかけを与えてくれたOxford Reading Treeには感謝している。

 本作で取り上げられているのは、女性で初めて飛行機に同乗して大西洋の横断に成功したアメリア・イヤハートの物語である。その後、アメリアは空を飛ぶことへの夢を果てしなく広げ、その過程において広報担当を引き受けてくれたジョージと出会う。アメリアとジョージは、やがて互いに惹かれ合い、夫婦になるのだが、結婚してもなお、空を飛びたいというアメリアの夢は膨らみ続けるばかりだった。

 アメリアが空を飛ぶことが好きだったということは、何ものにも束縛されない自由を愛していたことの象徴でもあるように思う。というのも、アメリアとの結婚を強く望むジョージに対し、アメリアはジョージのことを愛してはいても、結婚に対しては消極的だったからだ。しかし、ジョージが愛しているのは空を飛ぶ夢を追い掛け続けているアメリアだとわかると、アメリアはようやくジョージとの結婚を承諾する。

 実際、アメリアは、結婚してからも、好きになった男性と不倫関係に陥ったりと、自由奔放に振舞っていたようだ。本作には、アメリアの不倫に気が付いていたジョージの苦悩も描かれている。もしもアメリアが不倫という形でジョージを裏切らなければ、本作はもっと評価の高い作品に仕上がっていたかもしれない。しかし、伝記ものであるがゆえに事実を曲げることはできなかったのだろう。その一方で、不倫の描写はアメリアの自由奔放さを強調する材料ともなっている。

 本作でアメリアを演じているのは、ヒラリー・スワンクである。彼女が出演する作品はこれまでにいくつも鑑賞して来たが、ショートヘアの髪型といい、本作でのアメリアの役が彼女に最も合っているように思う。一方、ジョージを演じているのはリチャード・ギアである。これまでの彼は、プレイボーイの役が多かったように思うのだが、本作ではアメリアを一途に愛する男性として登場している。

 空を飛ぶことへの夢を追い続けたアメリアは、これが最後と決めたフライトで、空に飲み込まれて行った。それでも、自分のやりたいことを実践し尽くした彼女自身は、幸せだったと思っているのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は、ヒラリー・スワンクがとにかくはまり役です。彼女にこんなにもぴったりと合う役があったのですね。聞くところによると、彼女は製作にも関わっているとか。もしも彼女が、アメリア・イヤハートの生まれ変わりならば、納得が行きます。(笑)

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2011.04.10

忍者紀行(5)

脱毛サロンに太鼓判の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。昨日の記事の冒頭でご紹介した頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。という記事についてですが、一日経ってみると、少し捉え方が違って来たので改めたいと思います。この記事にトラックバックを送信された方たちの記事も拝見したのですが、なかなか厳しいことを書かれている方もいらっしゃいますね。それらの記事を拝見して思ったのは、自分に何か悲劇が起こったときに、それを受け入れられるかどうかによって、被害者になることもできるということでした。もちろん、今回のような大地震と大津波による被害は、その被害を被っていない人たちにとっては想像すらできないことであるには間違いないのですが、精神世界的に言われているところの被害者になってしまった場合、そこで時間が止まってしまうことになります。現在の私には家もあり、仕事もありますが、この記事に登場する福島のお兄さんには、もっともっと時間が必要なのだと思います。時間を掛けて、今、自分の身の上に起こっていることを受け入れることができて初めて、ようやく前向きな気持ちになれるのではないかと思いました。さて、長らく時間が空いてしまいましたが、書き掛けだった忍者紀行(4)の続きを書かせていただきます。この旅は、去年の十月半ばのことであります。関連する過去の記事については、カテゴリをご覧ください。

 ブルトレの宿に宿泊した私たちは、本館の二階にある食堂で、夕食に「しし鍋」をいただいた。しし鍋と言うと、獅子の鍋を想像してしまいがちだが、猪(いのしし)の鍋のことらしい。四十数年に及ぶ私の人生の中で、おそらく猪を食べるのは初めてのことだったと思う。

 テーブルの上には味噌ベースのだしの入った鍋と鍋に入れる材料が用意されていたので、だしが温まって来るとともに、次々に材料を鍋の中に入れて行った。ボリュームたっぷりのしし鍋は、最初は珍しく、そしておいしくいただいていたものの、最後にはとうとうおなかがいっぱいになってしまった。それでも私たちは、出された食事はすべて平らげることにしているので、うどんでしっかりと仕上げをして、最後まで残さずいただいた。おそらく初めて食べたであろう猪の肉は、特に癖があるというわけではなかった。

 土曜日だったこともあり、食堂ではたくさんの宿泊客が私たちと同じように夕食をとっていた。何かの趣味を通じて出会ったお仲間さんたちだろうか。テーブルをいくつも連ね、にぎやかに会話を楽しみながら食事をされていた。私たちは、その方たちが話している方言を聞き取りながら、その団体さんの出身地を当てようとしていた。

 食事を終えてブルトレの部屋に戻ると、お腹が落ち着いた頃にお風呂に入った。食堂と同様、お風呂もまた本館にあるので、お風呂道具を持って、本館まで出向いて行かなければならなかった。お風呂は、数人程度が利用できるこじんまりとした国民宿舎らしいお風呂だった。私は、翌朝にも早朝から起き出して、お風呂に入った。利用客が誰もいなくて気持ちが良かった。

 朝食もまた、夕食と同じ場所でいただいた。いつもは朝食にバナナを食べている私だが、朝食付きの宿泊施設に泊まった場合は、しっかりと朝食をいただくことにしている。朝食のメニューは焼き魚と生卵、納豆、湯豆腐といった典型的な朝食だった。ガンモは納豆が苦手なので、ガンモの納豆は私が担当した。もちろん、お櫃(ひつ)に用意されたご飯はすべて平らげた。

 こうして一夜限りのブルトレの部屋をあとにした私たちは、次なる目的地へと向かったのである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、忍者紀行(5)をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回の記事は、特にこれといったドラマもなくて申し訳ありません。(苦笑)一つ前の記事に盛り込んでも良かったのですが、ブルトレの部屋について書きたかったため、食事については別記事にしようと考えていました。このあと別のところに出掛けて行くため、この記事の続編となる記事の中に盛り込むのも変な気がして、独立した記事にさせていただきました。時間もずいぶん空いてしまった上に、まるで宙に浮いたような記事になってしまいました。ごめんなさい。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.04.09

脱毛サロンに太鼓判

映画『白いリボン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ネットで話題になっているという頑張れとか復興とかって、多分、今言うことじゃない。の記事を読みました。ここに書かれている内容について、私自身は被災者ではありませんが、わかるような気がします。「ああ、あの世界は自分たちとは、もう全然違ってしまったんだと思う。」の部分は特に胸に響きました。同じ苦しみを体験していないと、きっと何もかも失った人たちと同じ気持ちになるのは難しいですよね。それならば、彼らを元気付けられるのは、過去に同じような経験をして、今では立派にそれを乗り越え、輝いている人たちなのかもしれませんね。物質的な支援は、同じ経験がなくても実施できますが、精神的な支援については、過去に同じような経験がなければ、その人たちの気持ちに入り込むことが難しいのかもしれません。

 三ヶ月振りにI医師の診察を受けた。病院までは、我が家から片道一時間半掛かるので、朝六時に起きて八時に家を出た。診察は九時半からの予定だったが、九時過ぎには病院に着いていた。私は婦人科の受付にまっすぐ足を運び、早々と受付を済ませた。前回の診察のときにも思ったが、診察待ちをしている人たちの数がこれまでと比べてぐっと減っているように見えた。そのためか、受付を済ませたあとに待合所のソファに座ってくつろぐまでもなく、すぐに名前を呼ばれたので、慌てて診察室に入った。

 I医師に、その後の経過を聞かれたので、処方していただいている漢方薬を桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)に戻していただいたことで、以前と比べて三割程度は生理の出血量が減っていると報告した。前回受診したときは、桂枝茯苓丸を服用し始めてまだ一ヶ月程度だったので、出血量は二割程度しか減っていなかったが、それから更に三ヶ月が経過し、桂枝茯苓丸の効果が確実に現れているようだった。私の生理の出血量は、一日目はひどく少なく、二日目と三日目が特に多い。以前は、二日目と三日目に布ナプキンが足りなくなるほど頻繁に取り替えていたのだが、今では布ナプキンを取り替える回数が確実に減って来ているのである。

 I医師は私に、私のようなタイプは珍しいとおっしゃった。通常、私ほど筋腫が大きいと、生理痛がひどかったりするのだそうだ。とは言え、かつては私にも生理通がひどい時期があった。また、生理中にレバーのような血の塊が出ることも多かったが、今では生理痛に悩まされることもほとんどなく、レバーのような血の塊も出なくなった。おまけに、以前は一週間ほど続いていた生理も、五日か六日ほどで終わるようになった。

 筋腫が大きくなってしまったために、ある時期、とても歩きにくいと感じたこともあったのだが、幸い、今は落ち着いているようである。おそらくだが、布ナプキンの効果に加え、最近は生野菜を中心とした食生活を送っているからかもしれない。それに加え、仕事中にショールを腹巻替わりにしてお腹を温めているのも効いているのではないかと思う。ほてりのある私は、例え冬場であっても、仕事中は半袖Tシャツ一枚で過ごしていた。しかし、半袖Tシャツ一枚だけではお腹がひどく冷えてしまうと思い、肌の上から着けている腹巻だけでなく、ショールをお腹に巻き付けて仕事をしているのだ。

 I医師は、
「ひょっとすると閉経が早いかもしれんね」
とおっしゃった。I医師にその理由を尋ねてみると、筋腫が大きいながらも、私の身体にあまり悪さをしていないからのようである。とは言え、筋腫が大きいためにお腹に力が入らなかったり、うつ伏せになることが困難だったりもする。

 ところで私は、I医師に内緒で生理の周期に合わせて天然のプロゲステロンクリームを塗っているのだが、プロゲステロンクリームを使用しても筋腫が小さくならず、また、ほてりがあるのに体温も上昇してしまうことから、しばらくプロゲステロンクリームの使用を控えていた。ところが、プロゲステロンクリームの使用を中止して二ヶ月ほど経った頃、生理が始まって四日目くらいに激しい頭痛に見舞われてしまった。実は、これまでにも同じようなことが何度かあった。プロゲステロンクリームを使用しても筋腫が小さくならないため、プロゲステロンクリームの使用を辞めたところ、吐き気を伴うほどの激しい頭痛に見舞われてしまった。それだけではない。プロゲステロンクリームの使用を止めてしばらくすると、筋腫がひどく硬くなっているのがわかった。お腹を触ってみると、以前に比べて筋腫が大きくなっているように感じられた。ということは、プロゲステロンクリームは筋腫を劇的に小さくする効果はないものの、少なくとも成長を止めるくらいの働きはあるのかもしれない。更に私の場合、プロゲステロンクリームの使用を中止すると、生理の周期がどんどん長くなってしまった。プロゲステロンクリームを使用していた頃は二十七日か二十八日周期でほとんど狂いなく生理が来ていたというのに、プロゲステロンクリームの使用を止めると、生理の周期がそれよりも長くなってしまったのだ。これらの状況をふまえ、私は再びプロゲステロンクリームを使い始めたのだが、張り切ってたくさん塗り過ぎたためか、今度は生理の周期が短くなり、何と二十三日で次の生理を迎えてしまった。これらのことからも、プロゲステロンとエストロゲンのバランスが生理の周期や筋腫、それから頭痛にも関係していることが証明できそうである。

 さて、私は診察室に呼ばれた直後から、リュックの中に入れていた大きな手帳をまさぐり、ある用紙を取り出していた。何しろ、名前を呼ばれるのはまだまだ先のことだと思い込んでいたために、診察を受ける準備が整っていなかったのだ。私がリュックの中から慌てて取り出したものは、脱毛サロンでもらった医師への確認事項が記された用紙だった。実は、皆さんにはまだご報告していなかったが、この度、脱毛サロンに通うことになり、脱毛サロンの脱毛機器を使った脱毛がもたらす身体への影響や服用している薬に対し、医師の許可が必要になっていたのだ。私は、リュックの中から取り出した医師への確認事項が記された用紙をI医師に見せた。

 I医師はその用紙に書かれていることを確認し、
「大丈夫でしょう」
と太鼓判を押してくださった。時として、脱毛サロンで施される行為が服用している薬に影響を与えることがあるらしいが、私が服用している桂枝茯苓丸は大丈夫のようだった。I医師は、私が脱毛サロンに通うと決めたことが不思議だったらしく、
「何でそんなのに通うん?」
とおっしゃった。私は、
「いや、まあ、気になることがあるからですけど」
とお茶を濁した。実際、私は毛深いほうではないので、脱毛サロンに通うことなど必要ないのではないかと思ってくださったのかもしれない。I医師は脱毛に関して、
「十年くらい前にアメリカで流行ったみたいですが、日本でも流行ってるんですね」
と興味を示していた。その後、
「脱毛するのに、いくらぐらい掛かるん?」
とI医師に尋ねらられたので、
「五万円弱くらいですかね」
と答えると、I医師は「なるほど」と納得していた。私には、I医師が脱毛サロンに興味をしてくださったことがおかしかった。

 こうして私は、I医師にまたまた三ヵ月分の桂枝茯苓丸を処方していただいて、I医師に御礼を述べたあと、診察室をあとにした。実にスピーディーな診察だった。会計コーナーで会計待ちをしているときにわかったことだが、いつの間にか婦人科は完全予約制に変わっていたようだ。かつて、I医師が勤めていた病院でも完全予約制が採用されていたのだが、今になって思えば、それはI医師の提案だったのかもしれない。完全予約制になっていたことを知り、私は待合所で診察待ちをしていた患者さんの数が極端に少なかったことに納得した。診察待ちをする患者もそうだが、実際に診察を担当される医師にも限界があるはずだ。特に婦人科はひどく混み合うので、産科を含まない婦人科ならば、完全予約制でストレスなく診察を受けられるのは大変有り難いことである。

 私は病院の近くの薬局で処方箋を受け取ると、路線バスに乗り、病院の最寄駅まで移動した。その後、とある場所で「ガンまる日記」を書き上げ、ショッピングを楽しみ、昼食をとって次なる場所へと移動したわけだが、私はこの最寄駅で過ごす時間がとても好きだと感じた。もしも手術を選択していたならば、I医師との関わりもやがてなくなってしまい、このような有意義な時間を過ごすこともできなくなってしまうだろう。変わり者と言われるかもしれないが、あらゆる視点から、手術という選択に至らずに済んでいることに感謝している次第である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 病院までは確かに遠いのですが、もともといろいろな場所に出掛けて行くのが好きなせいか、診察のあとのお楽しみを満喫しています。ホットヨガのレッスンも、一つのスタジオだけでなく、あちらこちらのスタジオで受けられることが、続いている理由の一つかもしれません。こんな楽しみを見付けてしまっているから、いつまでも筋腫と付き合っているのかもしれませんね。(笑)でも、手術を受けた方とは違う人生がここにあるだろうと思います。

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2011.04.08

映画『白いリボン』

すのこベッドの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 東京電力の福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故により、各国に対し、汚染水を海に放出するという報告が放出の直前に行われたことが問題になっているようですね。また、福島県民というだけで、ガソリンスタンドで給油を断られたり、宿泊施設などで宿泊を拒否されたりもしているようです。以前も少し書きましたが、世界のあちらこちらから支援を受けたり、義援金が集まったり、日本でも被災地の方たちを励ましたり支持しようとする様々な感動的な活動がなされているにもかかわらず、特に放射能漏れの事故に関しては、自分自身にも災難が降りかかる可能性があることから、拒絶や対応への批判といった行動が見受けられます。他者を支援するのは、あくまで自分自身の安全が保障されていることが大前提なんでしょうね。政府や東京電力の対応についても、国内外でいろいろと批判されているようですが、日本にとってはこれまでに経験のないことが起こっているのですから、いきなり多くを求められても対応できない部分があるのは仕方のないことです。仕事に置き換えれば、新入社員に対して、いきなり多くを求められているようなものですよね。一時は世界が一つになりかけているという実感も得られていましたが、残念なことに、現在はエネルギーがあちらこちらに分散してしまっているように感じます。日本は今、本当に大きな課題に直面してはいますが、もしも今後、同じようなことがどこか別の国で起こったときに、自らの経験を活かした上で手を差し伸べられるだけの経験を積んでいる真っ最中だと思います。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十三日のことである。公開前から、良く足を運んでいるミニシアター系映画館にポスターが掲示されていたので、とても気になっていた。ドイツのミヒャエル・ハネケ監督というと、少し前に鑑賞した映画『ファニーゲーム U.S.A.』で味わった、爪でガラスを引っかく音を耳にするような不快感を思い出す。

 第一次世界大戦という時代背景を考慮してか、本作はモノクロで製作されている。実のところ、鑑賞し終わっても、最初は頭の中にはてなマークが渦巻いていた。「はて? この作品は、一体何を伝えたかったのだろう?」と。しかし、鑑賞後に映画サイトでいろいろな方たちの書かれたレビューを拝見しているうちに、ミヒャエル・ハネケ監督が本作を通して観客に何を伝えたかったのかがわかるようになって来た。一言で言うと、ミヒャエル・ハネケ監督は、「ドイツ人がユダヤ人虐殺などの残酷な行為を行ったのは、実はこうした背景があったからだよ」と静かに主張したかったのではないだろうか。

 本作には、一体、誰がどこの家の子供で、親同士にどのような繋がりがあるのかわからないくらいにたくさんの子供たちが登場する。子供たちに共通して言えるのは、周りの大人たちに抑圧され、自由を失ってしまっているということだ。それだけではない。大人たちもまた、いろいろな怒りや不可解な感情を抱えながら生きている。例えば、何者かによって木と木の間に張られた針金に引っ掛かってしまい、村のドクターが落馬して大怪我をしたり、小作人の妻が大地主の納屋の床が抜けたことが原因で亡くなってしまったりする。しかし、それらの出来事に対し、被害を被った人たちが被害を及ぼした人に対して直接的に怒りや悲しみをぶつけることはない。そのため、解放されることのない怒りや悲しみは、どこかに蓄積されて行くように見える。そして、そうした不満が、子供たちを抑圧するという行為によって間違った方向で満たされているようにも思える。大きな問題は、やがて人々から恐れられたナチスを形成した世代が、こうした大人たちのうっぷんを晴らすために利用された子供たちであるということである。

 鶏が先か、卵が先かというレベルの話になってしまうのだが、本作では、針金に引っ掛かってドクターが落馬した事件を筆頭に、村でいくつもの不可解な事件が起こり始めたと述べられている。しかし実際は、針金の事件の前に、針金を張った犯人の身の上に、何らかの不可解な事件が起こり、そのうっぷん晴らしのために針金を張ったとも考えられる。そして、その犯人がわからないことで村人たちの心に不安が生まれ、うっぷん晴らしのために次々にいろいろなことが引き起こされて行くように見えた。もしも怒りや悲しみを間接的なもので紛らわそうとせずに、怒りや悲しみをもたらした張本人に対して直接的にぶつけることができれば、ひょっとするとナチスの残虐性は形成されずに済んだかもしれないとも思う。

 本作を一言で表現すると、「ナチスの形成物語」と言ったところだろうか。しかし、私自身も鑑賞直後に頭の中がはてなマークで満たされてしまったように、それほど分かり易くは作られていない。だからこそ、ミヒャエル・ハネケ監督の意図を読み取ることができた人たちにとっては、この上なく素晴らしい作品となるのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞直後は、頭の中がはてなマークでいっぱいだったのですが、映画サイトで鑑賞された方たちのレビューを拝見しているうちに、本作の良さをしみじみと実感できるようになりました。そういう意味で、私にとってはとても不思議な作品であります。もう一度鑑賞したならば、きっと満足感で心が満たされるのではないかとも思ったのですが、他に鑑賞したい作品がいくつもあり、結局、二回目の鑑賞は達成できずに終わってしまいました。モノクロのせいなのか、現代の子供たちが第一次世界大戦当時の子供たちを演じているのに、時代のギャップを感じなかったことが不思議でしたね。

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2011.04.07

すのこベッド

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(13)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m またまた栗原市や仙台市を中心に大きな余震があったそうですね。地震の被害に遭われた方たちに心よりお見舞いを申し上げます。大きな地震が発生しただけに余震の回数も多く、規模も大きくなっていますね。少しの揺れでもトラウマになってしまっている方もいらっしゃるかもしれません。本当にそろそろ落ち着いて欲しいものです。まだ詳しい情報は入って来ていませんが、今回の大きな余震でダメージが更に広がっていないことを心よりお祈りしています。

 これは、ベッドに敷き詰めた漫画の続編である。

 あれから一年半近く経ち、私たちの寝ているシングルベッドは、より一層の弾力性を増してしまった。寝ている間も身体が深く沈み込むようになり、朝、目覚めて起き上がるのが困難になってしまったのである。きっと、シングルベッドのスプリングが弱ってしまっているせいだ。何しろ、新婚当時よりも体重の増えてしまった二人が一つのシングルベッドに寝ているのだから、無理もない。とは言え、やはり我が家の今の状況で、ベッドを買い換えるのは非常に困難である。

 私はいろいろと考えあぐねていた。古久澤先生も板のベッドに寝ていらっしゃるように、柔らかいままのベッドで寝るのは、きっと背骨に良くない。そこで私は、普段、ベッドの上でパソコンを操作するときに使っている小さな折り畳みテーブルを背中に敷いて一晩寝てみた。すると、まっすぐな折り畳みテーブルが背骨を伸ばしてくれてとても心地がいいことがわかった。こうして私は、ホームセンターで折り畳みテーブルの代わりになるような板を購入しようと思い立った。

 ホームセンターで板を購入するならば、ガンモの運転するカングーで休日に出掛けたほうが楽ちんであるのは間違いないのだが、ガンモは仕事で遅くなることがわかっていたので、私が仕事帰りにホームセンターに立ち寄り、折り畳みテーブルの代わりになるような板を探した。昔から、「思い立ったが吉日」と言われているように、背骨の健康のためにも一日も早い対応が必要だと思ったからだ。

 仕事帰りに自宅近くのホームセンターに足を運んでみると、運良く、すのこが一枚六百九十九円で売られていたので、これはいいと思い、二枚求めた。問題は、購入した二枚のすのこを自転車で自宅に持ち帰ることができるかどうかだった。しかし、レジ係の男性がすのこを二枚重ねて丁寧に紐で固定させてくださった上に、取っ手になるような長い紐を取り付けてくださったので、私は二枚のすのこをまるで大きなバッグのように片方の肩に掛けて、自転車にまたがってスイスイ帰宅することができた。二枚のすのこ以外にも、ちょうど父ちゃんの餌が底をつきかけていたので、三.八キログラム入りの鳩の餌も購入しておいた。

 無事に帰宅すると、私はベッドの布団をめくり、ホームセンターから持ち帰った二枚のすのこを縦に並べた。二枚のすのこは、シングルベッドに並べるにはちょうど良い大きさだった。一人分の身長にはとても足りないが、ひとまず背中の部分だけでもまっすぐ伸ばせるようにするにはちょうどいい大きさだったのである。

すのこベッド

 私は、すのこベッドの写真を撮影し、ガンモにメールで送付した。ガンモからは、
「でかした!」
という返事が返って来た。私は、そのまますのこの上に何も敷かずに座り、折り畳みテーブルを広げてしばらくパソコンを操作していた。これまで深く沈み込んでいたベッドは、すのこのおかげですっかり平らになった。

 ようやくガンモが仕事から帰宅したので、すのこベッドを見せると、ガンモも喜んでいた。しかし、六百九十九円という格安のすのこだけに、むき出しのままで眠ると、木の刺(とげ)が刺さってしまう可能性もあるので、すのこの上に敷布団をかぶせた。そして、その状態で仰向けに寝てみると、背中が伸びてとても気持ちが良かった。これまでは、朝、起きると身体がベッドに深く沈み込んでいてなかなか起き上がれなかったのだが、背骨がまっすぐになっているため、すくっと起きられるのだ。ガンモも、
「気に入った」
と言ってくれた。こんなに心地がいいなら、何故、もっと早く実践しなかったのかと後悔しているくらいだ。というわけで、新婚当時に購入した私たちのシングルベッドは、まだまだ現役を引退することなく活躍してくれそうである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまで深く沈み込んでいたベッドが、背中に心地の良い硬いベッドに生まれ変わりました。(笑)すのこを置くことで、弱り切ってしまっているスプリングに対しても、重力を分散させることができているようです。工夫に工夫を重ねながらも、新婚当時からずっと使い続けているシングルベッド・・・・・・。果たして、この続編を書くときが来るのでしょうか。(苦笑)

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2011.04.06

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(13)

映画『キック・アス』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 仕事から帰宅すると、私はいつも手洗いとうがいのために洗面所に立つのですが、洗面所の鏡に写った自分の姿を眺めながら、今の日本に対して自分に一体何ができるのだろうと考えていました。はっきりと方向性は定まっていませんが、そのための同志が欲しいとも思いました。この先、はっきりと方向性が定まれば、毎日、早朝から起き出して支度を整え、仕事に出掛けて行くことに価値を見出だせなくなるかもしれません。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(12)の続きを書かせていただきますね。

 懇親会が終わると、五福座に置かせていただいていた荷物を取りに行き、帰路につくことになった。古久澤先生は岡山駅前のホテルに宿泊されるそうで、主催者の方が古久澤先生をホテルまで送って行かれるそうだ。かくいう私も、岡山駅前のホテルに宿泊することになっていて、既にガンモがチェックインを済ませているはずだった。とは言え、ガンモはセミナーの開始前に西大寺を離れてしまったので、宿泊先のホテルまでは自分の足で移動しなければならなかった。セミナーに参加されていた何人かの方たちが岡山駅前のホテルに宿泊されることがわかったので、その方たちと一緒に西大寺駅まで歩いて、そこから電車に乗ろうと思っていた。

 私は、普段の通勤電車の感覚で軽く構えていたのだが、西大寺駅まで歩いて向かうと決めた私たちに対し、地元の参加者の方が時計を見ながら、
「この時間ですと、電車はもうほとんどないですよ」
と教えてくださった。軽く構えていた私は驚き、どうしたものかと思案していると、自家用車でセミナーに参加されていた地元の方が、
「じゃあ、岡山駅までお送りしましょうか」
と声を掛けてくださった。私は西大寺駅から岡山駅まで、一体どれくらい離れているのかわからなかった。しかし、電車の本数が少ないと聞いた直後に、地元の方がそのように言ってくださったのは大変有り難いことだと思った。

 すると、それを聞いたどなたかが、
「岡山駅に行かれる方、手を挙げてください」
と尋ねてくださったので、私は手を挙げた。はっきりとは覚えていないが、おそらく数人の方たちが手を挙げたものと思われる。それを受けて、主催者の方やお仲間さんたちが互いに協力し合って、岡山駅に向かう参加者全員を自家用車で岡山駅まで送ってくださることになったのだ。いやはや、このような至れり尽くせりのセミナーは、生まれて初めてのことである。これもまた、主催者の方とお仲間さんの素晴らしい連携プレイによるものだった。私は、思いがけない展開に恐縮しながらも、有り難いこの提案にとても感謝していた。そして、主催者のお仲間さんが運転する自家用車に、Hさんともう一人の方と私の三人が乗せていただくことになった。私は、自家用車を運転してくださる方に御礼を言って、自家用車に乗り込んだ。

 Hさんが助手席に座り、私ともう一人の方が後部座席に座った。もう一人の方とは懇親会で席が離れていたため、お話するのはそのときが初めてだった。確か私がその方に、
「どちらからお越しですか?」
といったようなことを尋ねたと思う。その方は、
「愛媛からです」
と答えてくださった。私は驚き、
「ええっ? 私も愛媛の出身なんですよ。今は結婚して兵庫に住んでますけど」
と言った。すると、その方も驚き、
「愛媛のどこですか?」
と互いに出身地を確かめ合うことになった。すると、その方は、私の出身地の市の名前を口にされたのだ。私は更に驚き、
「ええっ? 私も○○市の出身ですが、同じ○○市でも、旧△△市の出身なんですよ」
と答えた。

 私の出身地は、何年か前に私が生まれ育った市を吸収合併したのである。その方は、合併前からその市のご出身だったが、私は合併後にその市の出身になったことになる。それでも、お互いに通っていた高校の名前を確認してみると、二人とも同じ高校の出身であることがわかった。そう、眞鍋かをりちゃんの出身高校である。

 それだけではなかった。その方の口からは、私の出身中学の名前が出て来たではないか。一体何ごとかと思い、尋ねてみると、現在、その方は、私の出身中学で臨時の教師をされているのだそうだ。そう言えば懇親会のときに、教師をしている方に向けた向けたメッセージを古久澤先生が発していらっしゃるのが聞こえて来た。なるほど、あのとき聞こえて来たメッセージは、その方に向けたメッセージだったのだ。

 私はこの偶然に驚き、あたかも同じ高校出身であることを証明するかのように、高校の校歌を思い出しながら少し歌った。出身高校の校歌など、もう何年も歌っていなかったが、すぐに出て来た。更に、その方が私の出身中学で教師をされているとのことだったので、出身中学の校歌も思い出しながら歌った。私の中では、もはや出身高校の校歌も出身中学の校歌も区別がつきにくくなっていたのだが、その方のおかげで区別することができた。とは言え、中学校の教師をされているということは、その方はこれからも転勤される度に、いろいろな中学校の校歌を覚え続けなければならないだろう。これまで意識したことはなかったが、教師にもいろいろな苦労があるのだと思った。

 それにしても、古久澤先生のセミナーに出席されていた方たちの中に、私と同じ出身高校の方がいらっしゃったとは驚きである。しかも、その方が現在は私の出身中学の教師であり、更に同じ自家用車の中で同席することになろうとは・・・・・・。不思議なことに、撮影した写真を整理していると、その方とはセミナーのあとに観音院でご一緒させていただいていることがわかった。あのときは、わずか数名しかいなかったはずなのに、その方との会話は成立しなかった。そう考えると、人と人が交流を始めるときは、一対一で始めるのが基本なのだと思う。相手が既に誰かと繋がっている状態にあるときは、新たな交流は始まらない。しかし、互いに一対一の状態になったときに、新たな交流を始めるチャンスが訪れるのだ。

 結局、西大寺から岡山駅前までは、自家用車で数十分掛かった。自家用車で送ってくださることにすっかり甘えてしまったが、思っていたよりも距離があったことに驚き、恐縮しながらも、わざわざ送ってくださったことに深く感謝した。私たちが岡山駅前に着く頃、古久澤先生も別の自家用車で岡山駅前に到着された。古久澤先生は、岡山駅前に降り立った一人一人の参加者と握手を交わされた。古久澤先生の手は確かに暖かかった。その後、皆さんとの再会を約束した私は、ガンモの待つホテルへと向かったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これで岡山セミナーの記事は完結しました。長らくお付き合いくださいまして、どうもありがとうございます。最後の最後にこんなサプライズが用意されていて、私にとっては忘れられないセミナーになりました。もう一人、私と同郷の方が松山セミナーを企画してくださることになっています。道後温泉での再会を今から夢見ています。最後になりましたが、岡山セミナーでお世話になった皆さん、どうもありがとうございました。またお目に掛かれる日を楽しみにしています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.04.05

映画『キック・アス』

ホットヨガ(二三一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 放射線を含んだ汚染水が大量に海に流されたことにより、海が汚れ、海産物への影響が出始めています。また、農作物への影響も心配ですよね。しかし、こうした危機的な状況を利用して、このときぞとばかりに商売熱心になる人たちもいるようです。積極的に売られているのは、防災グッズであったり、ミネラルウォーターであったりと様々です。あらゆることを総合的に考えてみると、私たちは知らず知らずのうちに、あるバランスの中で快適に生活していたということに気付かされます。しかし、今やそのバランスを失い、これまで当たり前のように存在していたバランスの大切さを噛み締めているところでしょう。そして、防災グッズやミネラルウォーターなど、これまで存在していながらも、入手困難になるほど需要がなかったものたちに新たなスポットが当たっています。被災されたすべての方たちがこれまでの生活を取り戻すには、多くの時間と莫大なお金が必要になることでしょう。おそらく、国や自治体、企業などの対応にも限界があるでしょう。そう考えると、私たちは東日本大震災を通して、奉仕の精神を学ぼうとしているのかもしれません。もはや国全体が家族のような関係にならない限り、この国は救われないような気がして来ました。

 本作を鑑賞したのは、十二月二十三日のことである。映画サイトでの評価が抜群に良かったので、期待感で胸をいっぱいに膨らませて鑑賞に臨んだ。本作を鑑賞した映画館は、ホットヨガ梅田店のすぐ近くにあるミニシアター系映画館である。席に着いた私は、何となくいつもの客層とは違う雰囲気が漂っているのを感じ取った。いつもならば、独りで映画を観に来るような静かな映画好きの方たちが多いのだが、私の隣に座っていた若い男性は、普段、このミニシアター系映画館ではあまり見掛けないような、独りでもにぎやかでいられそうなタイプの人だった。というのも、普段は、鑑賞中に声を立てて笑う人はほとんどいない映画館なのに、彼は鑑賞中に私の隣で大きな声を立てて笑っていたからである。私にはまるでその人が、この作品を鑑賞するためだけに、普段は利用しないこのミニシアター系映画館を目指して遠路はるばるやって来た人であるかのように見えてしまったのである。そして、彼が私の隣であんなにも大笑いしているというのに、私は何故、同じシーンで声を立てて笑えないのだろうと思い、感性の違いを感じてしまった。いや、確かに笑えるシーンはいくつもあるのだ。しかし私には、声を立てて大笑いするほどのおかしさは感じられなかった。それでも、多くの人たちから高い評価を受けている作品なので、ひょっとすると私の感性がおかしいのかもしれない。

 ストーリーとしては、だいたいこんな感じである。コミックオタクの高校生の主人公デイヴがヒーローに憧れ、ヒーローが着るスーツとマスクをインターネットで購入し、それらを着込んで悪者退治に出掛ける。彼は「キック・アス」の名で悪者を退治しようとするのだが、ヒーローに憧れていただけで何の特技もない彼は、とことん弱い。あるとき、デイヴがヒーローのスーツとマスクで悪者と戦っていると、いきなり本当に強いヒーローが現れた。悪者たちと戦うために本格的な訓練を重ねて来たビッグ・ダティとヒット・ガールの父娘である。彼らは、ある目的を持って悪者たちと戦っているのだが、彼らと関わるうちに、やがてデイヴは本格的な戦いに巻き込まれるようになる。

 本作には、思わずドキッとするシーンがある。ビッグ・ダティがヒット・ガールを拳銃で撃つシーンである。「いやはや、これは殺人なのか? 大人が小さい子供を撃つなんて!」と、かなりドキッとするのだが、のちに、娘であるヒット・ガールは防弾チョッキを身に着けていて、父親に銃で撃たれる練習をしていたことがわかり、ほっとする。とにかくこの二人は、こうして訓練に訓練を重ねているためか、半端じゃないほど強い。

 彼らが悪者たちと戦うシーンでは、武器を上手に使いこなし、次々に悪者たちをこらしめて行く。そういうシーンが痛快だと思う人もいれば、反対にあまりにも残酷だと思う人もいるかもしれない。何しろ、ヒット・ガールはまだ小学生くらいの少女なのだ。そんな少女が、まるで料理でもするかのように、父のビッグ・ダティと一緒に悪者退治のためにたくさんの悪者たちを次々に殺しているのだから、これは完全に映画なのだと割り切って鑑賞しなければ救いがないのだ。

 声に出して笑うほどではないが、私が唯一面白いと思えたのは、インターネットで購入したという特殊兵器が登場したときである。それまでは、一体どんなものを購入しているのかわからなかったのだが、その特殊兵器とともにデイヴが登場したシーンで「おおっ、これは!」と思ったのである。

 ちなみに、デイヴを演じているのは、映画『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』でジョン・レノンを演じていたアーロン・ジョンソンである。そして、ビッグ・ダティを演じているのは、映画『魔法使いの弟子』で正義の味方の魔法使いバルサザールを演じていたニコラス・ケイジである。私の記憶では、これまでニコラス・ケイジはシリアスな役柄が多く、ユーモアに繋がる役柄は少なかったように思う。ところが、映画『魔法使いの弟子』といい、本作といい、リラックスした役柄を演じていて、なかなかいいのだ。

 本作は、多くの人たちに高く評価され、私が通っているホットヨガ梅田店近くのミニシアター系映画館でも、かなり長い期間、上映され続けていた。しかし、映画サイトに書き込まれたレビューから想像するに、本作を高く評価しているのは、主人公のデイヴに近いコミック好きの人たちのようである。どうやら本作には、そういうコミック好きの人たちが楽しめるような内容がたくさん詰まっているらしいのだ。だから、それほどコミック好きではない私が鑑賞しても、映画の世界にどっぷりと浸かり切ることができなかったのかもしれない。もしかすると、もっと大多数の人たちが足を運ぶようなメジャーな映画館で上映されている作品だったならば、それなりに最初から諦めもついて、納得できたのではないのだろうか。そう考えると、私自身が好んでミニシアター系映画館にせっせと足を運んでいるうちに、いつの間にか、静かな映画好き人間になりつつあったようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ううん、楽しめる作品ではあったのですが、他の方たちほど高い評価は付けられないというのが正直なところでしょうか。本作を高く評価されている人たちの間では、ヒット・ガールを演じていたクロエ・グレース・モレッツに猛烈な人気が集まっているようです。確かに、覆面姿の彼女も、覆面のない彼女もかわいかったのは間違いありません。(苦笑)

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2011.04.04

ホットヨガ(二三一回目)

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(12)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 四月に入ってもまだまだ肌寒く、気温も安定していませんね。お花見のシーズンに突入し、あちらこちらでお花見を自粛すべきか否かについて議論されているようです。私は、お花見をするという、外に見えている結果だけで判断するのはあまりにも安易だと思います。お花見をしない人たちの中にも、東日本大震災に無関心の方はいらっしゃると思いますし、お花見に出掛けて行く人たちの中にも、東日本大震災に心を痛めている人たちは多いと思います。だから、人々が奥に秘めている感情を無視して、全体として自粛を促すようなムードを漂わせるのはどうかと思いますね。ただ、中には、お花見で人がたくさん集まることによって、義援金を募ることもできると考えている地域もあるようですが、私は、それもまたちょっとどうかと思います。義援金だけが大切なことではないはずなのに、それにこだわり過ぎているようにも思いますね。

 三月二十六日は、梅田店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。参加者は二十名で、うち男性会員は一人だけだった。以前にもお見掛けしたことのある方である。私の知る限り、レッスンでお見掛けする男性会員は、ずっと以前からレッスンに参加されている方たちばかりである。おそらく、男性会員の多くは、レッスンに長く通っていらっしゃる方たちばかりなのだろう。毎回、梅田店の骨盤コースのレッスンでお目に掛かる女性も参加されていた。私よりも十歳は年上の方だと思うのだが、身体が引き締まっていてとても素敵なのだ。

 レッスンを担当してくださったのは、前回のレッスンを担当してくださったインストラクターである。やはり、かつて南森町店で行われていた、省略されていないオリジナルのレッスンに近いレッスンを展開してくださった。有り難いことである。

 私の下半身は、相変わらずグラグラしていた。四つん這いのポーズから、片手をもう片方の手の下に差し込んで、差し込んだ手の側にある肩を落とすポーズは、何度行ってもきつい。支えているほうの手を上に向けて伸ばすと、頭と肩が下がって来てしまい、身体を支えるのが困難な状態に陥ってしまう。このポーズは骨盤に効いているのだろうか。とにかく、私にとってはバランスを取り難いポーズである。また、両足を前後に広げて座るポーズを取るときも、私の下半身はグラグラしていた。下半身がグラグラしていて、身体をまっすぐな状態に保てないというのが正確な表現である。しかし、他の参加者の方たちは、私のように四苦八苦することもなく、涼しい顔をしてポーズを取っていた。私には、骨盤の安定性に問題があるのは間違いないようである。

 実は最近、骨盤を安定させるために、以前、使用していたゴム製の骨盤矯正ベルトを使用している。その骨盤矯正ベルトを使って、お尻の穴をきゅっと引き締め、尾てい骨を下に下げ、お腹周りの内臓を引き上げるように整えてみると、身体が軽くなったように感じ、歩き易いこともわかった。骨盤矯正ベルトは、昼間のうちに使用し、夜、仕事を終えて帰宅すると外すようにしている。たまに、骨盤矯正ベルトを着けるのを忘れて出勤すると、やはり歩くときに身体がグラグラしているのを感じる。ということは、私の場合、骨盤を正しい位置まで動かして締めることが効果的なようである。実際のところ、私が思っている場所が正しい位置かどうかは、これからも試行錯誤して行かなければならないだろう。

 レッスンを終えてロッカールームまで移動している最中に、床がひどく濡れていたため、すってんころりんと滑って転んでしまった。私の後ろには、同じレッスンに参加されていた方が何人も歩いていらっしゃったのだが、転んでしまった私に対し、誰も声を掛けてはくださらなかった。私は、これが現実なのだと思った。何故、床が濡れていたのかはわからない。水分の多さからすると、誰かの汗ではなかったと思う。

 その後、シャワーを浴びて着替えを済ませて同じ場所を通ってみると、私が転んだ床がきれいに拭き取られていた。やはり、誰かが水をこぼしてしまったのかもしれない。もしもまだ拭き取られていなければスタッフに報告しようと思っていたので、きちんと拭き取られているのを確認し、安心して梅田店をあとにした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンは、誰かとコミュニケーションを取りながら実践しているわけではなく、常に独りだけの世界を保っているんですよね。もちろん、フリーパス会員さんのように、レッスンで顔を合わせる回数が多くなれば互いに会話が成り立つのかもしれませんが、基本的にはレッスンに足を運んだとしても、他の会員さんの誰とも会話することなくレッスンを終えることが多いのです。そんな状況なので、目の前で私が転んだとしても、咄嗟のことで、誰も口を開くことができなかったのでしょうね。ちょっと寂しい気はしますが、それがホットヨガのレッスンの現実であります。

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2011.04.03

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(12)

映画『黒く濁る村』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m やはり今の私にとっては、誰かと会話をしたときに、相手と東日本大震災についてどれくらい語り合えるかが重要になって来ているようです。被災地に住んでいるわけではない者同士が被災地から遠く離れた場所で東日本大震災について語り合ったとしても、すぐに何かの解決に結び付くわけではないとわかってはいるのですが、東日本大震災に対して意識を向け続けることで、ほんのわずかでもポジティブなエネルギーを発することができたらと思っています。それと同時に、自分にとって心地の良い会話とはどのような会話なのかを、アンテナを立てて必死に感じ取ろうとしているようです。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(11)の続きを書かせていただきますね。

 私の席の近くには、今回のセミナーの主催者の方のお友達のSさんや和太鼓のO先生がいらっしゃり、いろいろなお話をさせていただいた。既に書かせていただいたように、今回のセミナーは、セミナーを主催してくださった方が通っていらっしゃる和太鼓教室のお仲間さんたちやお友達がお手伝いしてくださっていたのである。O先生は、かつて本格的に活動していたロックバンドでドラムを担当されていたようだ。そして、今ではそのときの経験を活かし、和太鼓の先生として活躍されているという。ドラムも和太鼓も、リズムを取る役割を担っていることには変わりはないのだが、リズムそのものが違うだけでなく、何で叩くかも大きく異なっているわけである。しかし、それらの違いを受け入れ、新たな分野で活躍されているのは素晴らしいことである。和太鼓と聞いて、私は「太鼓の達人」というゲームをすぐに思い出して、思わず口にしてしまった。O先生は、そのゲームをご存知だったように思う。今になって思えば、和太鼓の先生に対してとても失礼な発言だったかもしれない。

 一方、Sさんもまた、O先生の和太鼓教室でのお仲間さんだという。自律整体法に興味を持ったことがきっかけで、古久澤先生のセミナーに参加されるようになったそうだ。Sさんは、岡山のご出身ではないそうだが、やはり瀬戸内地方の出身らしい。もちろん、四国出身の私も瀬戸内地方の生まれなので、Sさんに対して親近感がわいた。Sさんが、学問として本格的に農業を学ばれたと伺い、不謹慎な私はまたしても「サンシャイン牧場」を話題に持ち出した。「サンシャイン牧場」は、農作物を栽培したり、畜産物を育成したりすることのできるオンラインゲームである。Sさんは「サンシャイン牧場」のことをご存知なかったのだが、O先生は良くご存知だった。

 私の近くに座っていたご家族が一足早めに帰宅されると、これまでメインのテーブルからは少し離れたところに座っていた二人組の男性が私の席の近くに移動して来られた。彼らは医療や介護に携わっているお仲間同士なのだそうだ。話を伺ってみると、古久澤先生のお教えを現場に活かしたいと思っていらっしゃるという。私は、日本の医学は西洋医学が主流であり、医療の現場においては、東洋医学の知識がほとんど取り入れられていないので、今後は東洋医学による治療も保険治療の対象になることを強く望んでいると言った。また、西洋医学の医療の現場で働いている場合、東洋医学の教えを取り入れることに対して葛藤があるのではないかとも尋ねてみた。彼らは、決して葛藤がないわけではないが、根本的なところは同じはずななので、取り入れられることはどんどん取り入れて行きたいとおっしゃっていた。実は、彼らこそが、五月に行われる京都セミナーを主宰してくださっている方たちなのである。

 懇親会の盛り上がりの中で、古久澤先生がウクレレを披露してくださった。古久澤先生は、懇親会のためにわざわざウクレレを持参してくださったのである。そのウクレレは、大事そうにハードケースに入っていたことから、ウクレレに対する古久澤先生の熱い思い入れが伝わって来た。ただ、古久澤先生は、ウクレレを始めて間もないため、まだ「きよしこの夜」しかレパートリーがないとおっしゃった。そのため、季節外れではあるものの、古久澤先生のウクレレに合わせてみんなで「きよしこの夜」を歌うことになった。更に、古久澤先生のウクレレに合わせて、和太鼓のO先生やセミナーの主催者の方も太鼓を叩いてリズムを取ってくださった。みんなで同じ曲に耳を傾けながら歌うということが大切なのであって、この際、季節感などまったく関係ないのである。演奏が終わったあとは、参加者の方たちから幸せそうな笑みが漏れていた。

 こうして、懇親会も大きな盛り上がりを見せたあと、静かに幕を閉じたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こじんまりとしたお店だったからでしょうか。懇親会ではほとんど、席の移動は見られませんでした。私も、最初から最後まで同じ席に座っていました。そのため、お話できなかった方もたくさんいらっしゃるので、次にお会いしたときはいろいろお話させていただきたいと思っています。いよいよ次回で、長らく綴って来た岡山セミナーの記事が完結することになりますので、どうぞお楽しみに。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.04.02

映画『黒く濁る村』

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(11)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。菅総理大臣が被災地のた岩手県陸前高田市を視察されたようですね。避難所にも足を運ばれ、被災された方たちにも声を掛けられたそうです。しかし、被災された方たちの反応は様々だったようですね。これはおそらく、菅総理大臣にカリスマ性がないということを意味しているように思えます。菅総理大臣もずいぶん頑張っていらっしゃるとは思うのですが、カリスマ性があれば、被災された方たちも精神的なパワーを受け取ることができると思うのです。やはり、菅総理大臣がマダム・タッソーろう人形館の蝋人形になるのは難しいかもしれませんね。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、十二月十一日のことである。劇場で予告編を観て興味を持ち、劇場公開されたら絶対に観に行こうと心に決めていた。実際に鑑賞してみると、上映時間が一六一分と長かったにもかかわらず、作品の中にグイグイ引き込まれ、最後まで惹き付けられたまま鑑賞を終え、鑑賞後も数週間に渡って作品の余韻を引きずることになった。全体を通じて真実が完全に解き明かされることなく、ミステリアスな雰囲気に包まれていたからかもしれない。

 原作となっているのは、Web上に公開されていた韓国のコミックだそうだ。映画『グエムル -漢江の怪物-』で弟役を演じていたパク・ヘイルが主人公の青年ユ・ヘグクを演じている。ソウルに住むヘグクは、長らく音信普通だった父が亡くなったという知らせを受けて、父が暮らしていた山奥の村へと出向いて行く。しかし、ヘグクを迎えた村の人たちの挙動が明らかにおかしい。ヘグクに対し、「いつまでここにいるのか」と尋ねてみたり、ヘグクがなかなかソウルに帰らないでいると、「早くソウルに帰れ」と言ったりする。ヘグクの父は、村で新興宗教の教祖的な存在だった。父の死因が明らかになっていないことから、ヘグクは村人たちが父の死について何か隠しているのではないかと思い、村に留まり、調査を開始する。やがてヘグクは、父の過去について調べて行くうちに、村の秘密を知ることになる。

 本作を面白くさせているのは、ヘグクの謎解きに力を貸しているパク・ミヌク検事の存在だろう。父の死の知らせを受けるよりも以前に、ヘグクとミヌクには、互いに犬猿の仲に陥るほどの激しい対立があった。だから、ミヌクは感情的にはヘグクを忌み嫌っているはずなのだが、検事であることから、山奥の村で大きな事件に巻き込まれようとしているヘグクの話を聞き、検事として理性的にヘグクを助けようとする。まさしく犬猿の仲から生まれる真の友情がたまらなくいいのだ。私は、自らの感情とは別のところで検事としての正義感に溢れて行動するミヌクに魅かれ、ミヌクを演じているユ・ジュンサンのファンになってしまったほどだ。

 村長をはじめとする村人たちが、互いに何十年も関わり合っているのも興味深い。もともと村長は刑事だったことがあり、刑事時代にヘグクの父を捕らえて痛めつけようとしていたのだが、のちにヘグクの父を熱心に支持するようになる。村は村長を中心に回っていて、権力を持つ村長には子分のような存在が三人いる。お金に関するどす黒い秘密をたくさん抱えていそうな村長の目は、じっと見ているだけでも吸い込まれてしまいそうで、私は鑑賞後しばらく経っても、その目を忘れることができなかった。

 村長の指示で、ヘグクが泊まる場所を提供してくれた雑貨屋の女性も、村長らの抱える秘密に関わっていそうな雰囲気が漂っている。村長やその子分的存在の三人は、肉体関係を持つ対象として、彼女を共有しているように見える。とにかく、村長と関わる村人たちは、どす黒い秘密で結ばれているような間柄なのだ。題名の中にある『黒く濁る村』とは、そのまま「黒く濁る関係」と表現してしまってもいいのかもしれない。

 全体を通して、あたかも村長が一番の悪者であるかのように描かれてはいるのだが、おそらく本作は、鑑賞した人によって感想が大きく分かれる作品だろう。私としては、犬猿の仲だったヘグクとミヌクが事件を通して真の友情を築いて行ったように、表面的に見えている部分で物語は進行しているものの、最終的には裏に隠れていた真実が浮上し、最後にどんでん返しを体験するような面白さが本作には備わっているのではないかとにらんでいる。そうだとすれば、怪しかった人は本当は怪しくないわけで、怪しくなかった人は本当は怪しい人ということになる。そうしたどんでん返しは、実はヘグクの父にも用意されている。というのも、あたかも聖人のように見えていたヘグクの父に関して、ある事実が明るみになるからだ。もしも最初から、それらのどんでん返しが計算され尽くした上で作られた作品なのだとしたら、本作は実に良く練られた作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 上映時間が一六一分と長い作品でしたが、そんな長さを感じさせない作品だったと思います。最後まで真実は明らかにされないので、鑑賞後の余韻の中で、自分なりの解釈を導き出すしかありません。私は普段から、ミステリーの類の本も映画もあまり鑑賞しませんが、たまにはこういう緊張感を味わってみるのもいいのではないかと思いました。

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2011.04.01

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(11)

ピアスロックころりんの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。発生直後は東北地方太平洋沖地震と発表されていた今回の大地震も、東日本大震災という呼称に変わったようですね。「ガンまる日記」の中ではずっと、東北地方太平洋沖地震と書いて来ましたが、新たな呼称の決定を受けて、東日本大震災という呼び方に変えて行きたいと思います。その東日本大震災に関して、ようやく私と同じくらいの温度で胸を痛めている友人とメールを交わすことができました。筋腫仲間の直径十二センチの彼女です。彼女は、現在の私の派遣先で知り合った派遣仲間ですが、何年か前に退職し、今では別の仕事に就いています。私にとって彼女は、スピリチュアルな話ができる唯一の派遣仲間でした。同じ職場で働いていた頃から、彼女と一緒に食事に出掛けると、お互いにその日の夜に夢に出て来たりと、会話を交わすだけでも強烈な余韻の残る存在でした。彼女とは今年になってから一度だけ前会いましたが、会ってからしばらくはメールのやりとりをしていなかったのに、ひょんなことからメールを交わす機会に恵まれました。そこで、東日本大震災について触れたところ、やはり彼女も同じように心を痛めていることがわかりました。こういうときに、同じ温度で会話が成り立つのはうれしいですね。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(10)の続きを書かせていただきますね。

 懇親会は、セミナー会場となった五福座と目と鼻の先にある茶蔵(ちゃくら)というお店で行われた。その近さたるや、セミナー会場から斜めに歩いてわずか十歩以内といったところだろうか。茶蔵にはトイレの設備がないらしく、お店の方も五福座のトイレを利用されているというくらい近い距離なのである。ちなみに、懇親会の会費は何と、一杯分のドリンク引換券が付いてわずか二千円である。

懇親会費は、一杯分のドリンク引換券が付いて何と二千円

 私はお店の名前を聞いて、すぐに身体にある七つのエネルギーセンターを想像した。私がもともと好きな色は緑色なのだが、第二チャクラが弱いので、第二チャクラのオレンジ色を自分の生活の中に取り込むことを常に意識している。懇親会の会場がセミナー会場のすぐ近くにあることや、リーズナブルなセミナー料金、そして一杯分のドリンク付きでわずか二千円という懇親会費と、参加者にとっては実に有り難いことだらけである。それに輪をかけて有り難かったのは、お店に入ってみると、それぞれの席にひざ掛けが用意されていたことである。特に下半身を温めたい私としてはうれしいサービスである。いつもならば、コートをひざ掛け代わりに使用して座るのだが、お店の中がそれほど広くなかったため、ほとんどの人たちはコートや貴重品以外の荷物を五福座に置いたままにしていたので、ひざ掛けが用意されていて、とても助かったのである。

 お店のキャパシティに比べて懇親会の参加者の数が少しだけ多く、最初はすべての人に椅子が行き渡っていなかったことから、私はしばらく椅子に座るのを遠慮していた。しかし、五福座から足りない分の椅子が運び込まれたので、安心して腰を下ろした。

 乾杯を済ませたあと、私たちが最初に手を伸ばしたのは、食後のために用意されていたであろうフルーツである。最初にフルーツを食べるなんて、おかしいのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれないが、古久澤先生のメルマガでは、ずいぶん前からお馴染みの儀式である。ブリージングストレッチでは、食後にフルーツを食べることを推奨してはいない。フルーツは、空腹時に食べるように推奨されているのだ。おそらくフルーツに含まれている酵素が、そのあと口の中に入って来る食べ物の消化を助けてくれるからだと思う。とは言え、メルマガでお馴染みの儀式だとわかっていても、参加者全員が最初に食後のフルーツに手を伸ばせば、お店の方が驚かれるであろうことを想像してか、参加者からは笑みがこぼれていた。私も、外食するときに食後のフルーツがテーブルに並べられていると真っ先に手を出して来たが、そんなことを実践しているのは私だけだったので、懇親会ではたくさんの共犯者(?)に出会うことができてとてもうれしかった。

 テーブルの上には、焼きそばや揚げ物などが大皿に盛られていたので、少しずつ小皿に取って、いただいた。生野菜が少なかったのは残念だったが、ボリュームも満点で、味もおいしかった。

テーブルに並べられたお料理

 宴もたけなわになって来た頃、古久澤先生が面白い話を聞かせてくださった。自分の誕生日を表す数字が携帯電話に含まれていると、その携帯電話を通して良い情報が入って来るのだそうだ。反対に、含まれていない場合は、その携帯電話はあまり良い情報をもたらしてはくれないという。私の誕生日は七月二十三日だが、私の携帯電話の番号には,これらの番号が一つも含まれてはいなかった。古久澤先生が、
「誕生日の数が一つも含まれていない方、いらっしゃいますか?」
と尋ねてくださったので、私は正直に手を挙げた。すると、古久澤先生は、
「でも、含まれていなくても、あまり関係なさそうですね」
とうれしいことを言ってくださった。古久澤先生曰く、例え自分の誕生日を表す数字が携帯電話に含まれていなかったとしても、そのことに左右されずに生きて行くことが大切だというところに話を繋げて行きたかったようだ。

 その後も古久澤先生のトークは炸裂し、ためになるいろいろなお話を聞かせてくださった。何と、鬼門を封じ込めるのに効果的な方法まで伝授してくださったのだ。鬼門を封じ込めるには「おもと」、裏鬼門を封じ込めるには「白い南天」がいいそうだ。また、トイレには「ヒイラギ」を置くといいらしい。「おもと」と聞いて、最初は「はて?」と思ったのだが、すぐに植物だと思い出した。古久澤先生の体操教室に通っていらっしゃるHさん曰く、
「今日の先生は凄い!」
とのことだった。古久澤先生は乗りに乗って、これまでにないほどたくさんの薀蓄を披露してくださっているようだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 食後のために並べられたフルーツに最初に手を出すという、あの共犯者同士の感覚を、私は忘れません。(笑)それを考えると、最初からフルーツがテーブルに並べられていたのはラッキーだったと言えますね。お店の方は、きっと不思議な団体だと思ったことでしょうね。

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