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2011.03.11

東北地方太平洋沖地震に思うこと

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m まずは東北地方太平洋沖地震の被害に遭われた皆さま、心よりお見舞い申し上げます。と言は言うものの、このような状況のときに暢気にブログを読んでいる場合ではないだろうと思います。最も大変な方たちには届かないかもしれませんが、巨大地震に対する今の想いを書かせていただきたいと思います。

 私が今回の地震の第一報を知ったのは、十五時を回った頃だった。仕事中、上司のまた上司がマイクを手に持ち、オフィスで仕事をしている人たち全員に語りかけたのだ。それによると、東京の本社から連絡が入り、宮城県で大きな地震があった影響で、東京の本社も大きく揺れて、これから避難することになるかもしれないとのことだった。そのため、仕事で関連のある本社の人たちと連絡がつかなくなる可能性もあるという内容だった。

 宮城県で大地震と聞いた私は、同じ職場で働いている仙台市出身の男性社員の様子を見守った。彼はまだことの大きさを理解していなかったのか、暢気に十五時から始まるリフレッシュ体操をして身体を動かしていた。私の職場では、毎日十時と十五時にリフレッシュ体操の音楽が流れ、音楽に合わせて身体を動かすことになっているのだ。私は、自分の席の近くに座っている別の男性社員に、
「○○さん(仙台市出身の男性社員)、体操なんかしてますけど、いいんですかね」
と言った。すると、それを聞いた私の席の近くの男性社員は、
「体操をして、平静を保とうとしているのかも」
と冗談を言った。

 そう、この時点ではまだ冗談を言うことができたのだ。宮城県で大きな地震があったと聞いてから、私も含めた何人かの人たちは、仕事中にインターネットのニュースサイトにアクセスして、地震の状況を把握しようとしたようだ。私の働いている職場では、一人一人のインターネットのアクセス状況が履歴として残されるため、仕事中に仕事に関係のないサイトにアクセスするようなことはほとんどしない。しかし、それも時と場合によりけりである。

 私は、ニュースサイトの情報から、一番大きく揺れた地域が宮城県の栗原市であることを知った。栗原市と言えば、二〇〇六年にガンモと一緒にくりはら田園鉄道(通称:くりでん)を乗り潰すために出掛けたところである。一度でも足を運んだ場所が大地震でめちゃくちゃになっているかと思うと、胸が痛んだ。

 また、この地震が日本の広範囲に影響を及ぼしていることを知った。東京でも震度五強だったと聞いて、東京の友人は大丈夫だろうかと心配になった。そして、
「東京の友人が心配だから、メールを送って来る」
と隣の席の派遣仲間に宣言して席を立ち上がると、女子トイレにこもり、携帯電話からメールを送った。

 席に戻ってみると、オフィスの奥のほうから、ニュース番組の音声がかすかに聞こえて来た。見ると、仙台市出身の男性社員が、上司の持っているワンセグ携帯の画面を心配そうに見つめている。しばらくワンセグ携帯の画面に見入っていた彼は、やがて自席に戻ったようだ。しかし、周りにいた他の社員の方たちも彼のことが心配だったようで、引き続きインターネットのニュースサイトなどで大地震の状況を確認していたらしい。

 私はというと、仕事が立て込んでいたので、パソコンの画面を見つめながら黙々と仕事を続けていた。それでもやはり、仙台市出身の男性社員のご家族の安否がひどく気になった。男性社員の口からは、家族と連絡が取れないという声も聞こえて来た。

 それから終業時間まで、仙台市出身の男性社員やその周辺にいる社員の方たちは、引き続き、大地震の状況を把握しようとインターネットのニュースサイトにアクセスしたりしていたようだ。途中、仙台市出身の男性社員から、
「この状況は、かなりやばいかも」
という声が聞こえて来た。そのときはわからなかったのだが、おそらく大津波の映像を見ていたのではないだろうか。

 終業のベルが鳴ったので、私は帰宅することにした。金曜日の夜は、たいていレイトショーに足を運んでいるのに、この日はたまたまレイトショーを予約してはいなかった。職場を去るときに、しばしば話をする警備員さんと、大地震の話になった。警備員さんの話によると、大津波が発生して、自動車が流され、プカプカ浮いていたこと、千葉でもコンビナートが燃えているとのことだった。阪神大震災よりも大きな規模の地震であることも、そのとき初めて知った。

 私は、大きな地震が発生したことを知りながらも、理性的に仕事を続けていたために、地震に関して大まかな情報しか把握していなかった。しかし、今になって思えば、それは無関心にも相当する行為だったのではないかと思っている。

 東京の友人から返って来たメールによれば、都内の交通機関がストップしているために、ひたすら歩いているとのことだった。ひとまず友人の無事を確認することができて良かったが、こういうときはメールではなく、電話を掛けたほうが良かったのかもしれない。とは言え、地震が起こった時間帯は、多くの人たちが勤務中だったことだろう。そうなると、発信する側も私用の電話を控えたくなるだろう。何故なら、着信する側は、大事な会議をしているかもしれないからだ。実際、そんな遠慮が働いたのも事実である。

 警備員さんと話をしたあと、ガンモに電話を掛けてみると、ガンモは地震のために発生したトラブル対応に追われていた。更に、実家に電話を掛けてみると、大地震発生直後からテレビを観ていた母が、今回の地震の恐ろしさを伝えてくれた。やはり多くの人たちが、ほぼリアルタイムでテレビなどで大地震の状況を把握していたようである。

 職場の最寄駅から地下鉄に乗ると、私の隣に座った女性が携帯電話で誰かと話を始めた。その女性は、ゆうべ、たくさんのお墓が目の前に浮かぶという奇妙な夢を見たと言う。夢から覚めた直後は、自分が何故、そんな夢を見たのかわからなかったが、こういうことが起こる前触れだったのだろうかと電話の相手と話をしていた。

 金曜日の夜なのに、私はまっすぐ帰宅して、今回の大地震についてずっと考えていた。そして、世界は日本をどのように見ているのだろうと思い、イギリスのBBCのサイトや同じくイギリスのニュースサイトにアクセスしてみた。やはり、どちらも日本で起こった大地震のことを大きく取り上げていた。

 大地震が発生してから、いくつものメールを受け取った。友人たちと交わすメールにはちゃんと心が通っていたが、中には大地震が起こる前に配信予約されたであろう何通かのメルマガが機械的に届いた。例えメルマガを配信しているのが企業であったとしても、こういうときに大地震についてのコメントを一言でも寄せられるかどうかで、企業としての器を問われるように思う。

 感動したのは、私が購読している英語学習関連の二つのメルマガに書かれていた内容である。そのどちらも、私が英語教材を購入したり、英語学習のノウハウを購入したりした英語の達人の方たちが発行されているメルマガである。あるメルマガ発行者は、英語学習のための教材を通じて多くの人たちと繋がっているために、大地震の影響がどこまで及んでいるのか、心配でたまらないといった様子だった。そしてもう一人のメルマガ発行者は、大地震の影響で連絡が取れなくなっている方たちのために、お互いに連絡を取り合う災害伝言サービスなるものをメルマガの中で紹介してくださった。多くの人たちと繋がりを持っている立場で、このようなことをすぐに実践できる人たちと、メルマガを淡々と機械的に配信する企業の対応を見比べることで、私自身がどうありたいかを考えるきっかけになったと思う。単におろおろするだけではなく、小さなことであったとしても、何かできることがあるのではないかと思う。

 まだまだ大地震の与えた影響の全貌は明らかにはなっていないが、これ以上、被害が拡大しないことを祈るばかりである。

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