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2011.03.04

ニュートラルなガンモ

映画『裁判長!ここは懲役4年でどうすか』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私は、裁判を傍聴した経験はありませんが、通っていた大学の法学部の校舎を訪れたときに、法廷のような教室があり、目新しいものを見た気がしたことを覚えています。ちなみに、私としては、裁判を傍聴するなら、いろいろな事件の裁判を傍聴するのではなく、一つの事件をずっと追い続けたいですね。

 先日、上司と仕事のやり方の違いが原因で、仕事中にお互いに大きな声で自分の立場を主張するという出来事があった。ご存知のように、私の仕事はソフトウェアの開発業務なのだが、この度、八年ほど前にリリースしたプログラムに手を入れることになり、前任者が残したコメントを頼りに、プログラムの中で不要と思われる部分を私がばっさりと削除してしまったことがことの発端だった。

 ソフトウェアの開発業務と無縁の方には伝わりにくいかもしれないが、例えばWindowsの場合、皆さんが普段使用している多くのアプリケーションは、*.exeという拡張子を持っている。ただ、デフォルトでは、エクスプローラで拡張子が表示されない設定になっているので、わかりにくいかもしれない。このexeファイルは、*.dllという種類の、いわばプログラムの部品ともなるべきファイルを引き込んで動作することがある。例えば、マイクロソフトが提供するdllを使って動作するプログラムもあれば、私たちのようなソフトウェア技術者が自前でプログラムを作成してdllに仕上げて、関連するexeからその中の機能を呼び出す場合がある。プログラムの作りに関して説明しているとちょっとややこしいので、詳しいことは割愛させていただくが、今回、私は古いdllに手を入れていた。

 プログラムを作成するときは、テキストエディタ(代表的なものはメモ帳だが、多くのソフトウェア技術者はメモ帳よりももっと便利なツールを使う)でソースファイルを開いてプログラムを編集し、それをコンパイラというツールにかけてexeやdllに仕上げる。ソースファイルはプログラム言語で書かれているため、ソフトウェア技術者には解読可能だが、コンパイラというツールを通して出来上がったexeやdllは、コンピュータがわかる言語で書かれているため、ちょっとやそっとではわかりにくい。

 今回の修正で、私は前任者がソースファイルに残していた「ここから下は使っていないので、動作テストをしていません」というコメントを信頼し、使っていないのなら、いっそのことソースファイルから削除してしまおうと、ばっさりと削除してしまったのだ。例えソースファイルからそれらの不要なものを削ってしまったとしても、ソースファイルの世代管理がきちんと行われているため、いつでも元に戻せる状態にあったからである。

 ところが、私がそれをばっさりと削ってしまったことによって、これまで動いていたはずのexeプログラムが動かなくなってしまった。調べてみると、exeプログラムの中から呼び出しているdllの部品の中に、私がごっそりと削ってしまった内容が含まれていることがわかった。しかし、実のところ、私が不要な部分をごっそりと削ってしまったことが動かなくなってしまった原因ではなく、削ったことにより発生した別の作業で単純なミスを犯してしまったために、exeプログラムが動かなくなってしまっていたことがわかった。

 上司は私に、
「こんなにごっそり消すなら、一言相談してくださいよ」
と言った。私は、確かにそうかもしれないが、ソースファイルに書かれているコメントを信頼して、不要なものを削除したのだと主張した。しかし、上司はそもそも、そんなコメントは信頼できないと言った。更に、不要なものと判断して大胆に消すのなら、動作検証を行うことが大切ではないかと言ったのである。

 私は、ソースファイルに書かれている前任者の残したコメントを上司に見せて、
「ここまではっきりと、ここから下は使っていないと書かれてあるのに、このコメントを信頼しないんですか?」
と言った。すると、上司はやはり、
「前任者は既にこのプロジェクトを退いた人間だし、信頼できないですよ。それに、古いプログラムの面倒も、残った人間で見て行かなければならないんですから」
と言った。私は、プログラム内にわざわざ残されたコメントがまったく意味をなさないことがどうしても不可解だった。そこで、
「それなら、一体何のためにコメントを残すか意味がないじゃないですか」
と反論したのだ。

 しかし、その後は、前任者により残されたコメントが信頼できないこと、消すなら動作検証を行うべきだったの繰り返しで、私も書かれたコメントを無視すべきではないこと、そもそも、不要なものをソースファイルの中に残しておくことのほうが問題だと主張したために、上司と私の話は平行線を辿るばかりだった。上司と私が大きな声で自分の立場を主張しているので、オフィスで仕事をしている他の人たちも時々顔を向け、私たちの会話に注目していた。

 結局、上司は、
「この先も、プログラムのメンテナンスをするのは僕なんですから、僕のやり方に従ってください」
と言った。確かに、言われてみれば、私は根なし草のような派遣社員であり、いつ今の職場を去ることになるかもしれない。それに対し、社員という形で地に根を張って働いている上司からすれば、これからもそのプログラムをメンテナンスして行く可能性は高いのだ。だから、自分のやり方に従って欲しいと言ったのである。それを聞いて、ようやく私も納得し、
「わかりました。お手数をお掛けして申し訳ありませんでした」
と言った。

 お互いの立場を主張しているときは、上司も私も職場で大きな声を出していたわけだが、そんな中でも、私の中には、妙な安心感があった。普通、仕事で上司と意見の食い違いがあり、オフィスで仕事をしている人たちに聞こえてしまうくらいの大きな声で話をしているようなときは、対立したあとのことを考えたりするものだろう。しかし私は、上司が自分の中にあるものをすべて出し切っていることに安心していたので、きっとあとに残らないさっぱりとした関係が築けるだろうと思っていた。つまり、このあと上司と険悪なムードには陥らない自信があったのである。そして実際、その通りだった。

 上司は対立の最中に、私の主張を信じられないといった様子で耳を傾け、
「家に帰って旦那さんにでも聞いてみてくださいよ。使っていないからってコメントを信頼して大胆に削るなんて、絶対におかしいって言うと思いますよ」
と言った。上司は、ガンモもコンピュータ業界で働いていることを知っているのである。

 そこで私は帰宅して、ガンモにこのことを話した上で、
「で、ガンモはどっちの立場を支持する?」
と尋ねてみた。するとガンモは、
「そりゃ、プログラムに書かれたコメントなんて信頼できないだろ。上司の言う通りだよ」
と言った。
「何? 何? 私の夫なのに、私の味方じゃないの?」
と私は面食らった。

 昔からガンモは、単に私の夫であるという理由だけでは、私の意見に傾かない。そういうところは、ガンモのすごいところでもあり、また信頼できるところでもある。すなわち、ガンモはいつでもニュートラルなのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 前任者の残したコメントを信頼するかどうかで、大きく意見が分かれているようですね。私は残されたコメントを信頼する派でしたが、上司もガンモも信頼できない派でした。私は、不要なものをソースファイルの中に残したまま放置しておくことが嫌だったのですが、堅実な人たちは、不要なものがあっても害を及ぼさないが、大胆に削除してしまうのはまずいと思っているようです。おそらく、文系と理系の考え方の違いなのでしょうかね。確かに、害があるかないかというリスクで考えれば、私の取った行動はリスクを背負っているわけですから。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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