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2011.02.14

映画『ふたたび swing me again』

ホットヨガ(二二二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。四つん這いのポーズのときに、片足を挙げてポーズを取っている自分の姿をスタジオの鏡で見てみると、身体を支えている足が傾いてしまっているのがわかります。インストラクターや他の会員さんたちは、身体を支えている片足がまっすぐに立っているので、やはり私の骨盤には歪みがあるのでしょうね。骨盤コースのレッスンを受けることで、骨盤の歪みが矯正され、下半身が安定して来ることを強く望みます。

 本作を鑑賞したのは、十一月十九日のことである。三ヶ月近く前に鑑賞した作品であるにもかかわらず、未だに日本のどこかで上映され続けている作品でもある。

 本作で取り上げられている大きなテーマは、ハンセン病と自分の好きなこと(ジャズ)への情熱である。ハンセン病に対してまだ偏見のあった時代、ジャズのトランペッターの健三郎は、本当は感染することのないハンセン病のためにハンセン病療養所に隔離されてしまう。そして、実に五十年以上もの間、ハンセン病療養所で過ごした健三郎が、志半ばにして離れ離れになってしまったかつてのジャズ仲間たちを次々に訪ねて行くロードムービーに仕上がっているのだ。

 五十年以上もの間、ハンセン病療養所に隔離されていれば、家族ともおのずと疎遠になってしまうことだろう。しかも、ハンセン病に対する世間の偏見からすれば、ハンセン病療養所で長い年月を過ごした健三郎をどのように受け入れて行くかで家族が激しく葛藤する気持ちもわからないでもない。

 健三郎の場合、若い頃に愛し合った女性との間に子供が産まれていた。その愛は、ハンセン病に対する偏見のために激しい苦悩を伴うものとなってしまったのだが、子供がいてくれたおかげで、五十年を過ぎても健三郎には帰る場所があったのである。健三郎の息子である良雄とその妻、そして良雄の息子である大翔は、健三郎を家族として受け入れようとするのだが・・・・・・。

 確か予告編を観たときに、本作のロケ地が神戸であることを知った。実際、本編が始まった途端、すずらんの湯に行くときに利用している神戸電鉄のウルトラマン車両が映し出され、本作の中で起こる出来事を神戸の街で起こっている出来事として身近に感じることができた。

 財津一郎さん演じる健三郎は、五十年以上もの間、ハンセン病療養所に隔離されていただけに、家族に対してどのように接したらいいのかわからない。家族にしても、それは同様だったろう。家族というのは、本来、喧嘩もできるほど近い距離のはずなのに、物理的に離れていた時間が長過ぎたことと、ハンセン病に対する世間の偏見から、お互い顔を合わせてもついつい口数が少なくなり、会話もぎこちなくなってしまうのだ。しかし、そんなぎこちなさを少しずつ緩和してくれたのが、健三郎のジャズへの情熱を理解し、共有することだった。健三郎の孫の大翔は、大学でジャズサークルに入っていた。しかも、大翔がずいぶん聴き込んで、とても気に入っていたジャズのレコードは、実は健三郎が参加していたジャズバンドが演奏したものだったのである。

 人は、自分が受け入れられていないと感じると緊張し、受け入れられているとわかるとリラックスできるものである。孫の大翔が自分を受け入れてくれていることがわかると、健三郎は少しずつ口数が多くなり、心を開いて行く。固いものが柔らかくなって行くそのプロセスが実にいい。そして、かつてのジャズバンドのメンバーを訪ねて行く旅に大翔を運転手として同行させて、感情を露にしながら旅を続けるのだった。私は、健三郎が怒って車を降りるシーンで、思わず「やったー!」と心の中で叫んだ。何故なら、健三郎が自分の感情を押し殺すことなく、素直に振る舞ったシーンだったからだ。

 おそらく、大翔の両親からすれば、大翔がどのようにして健三郎との距離を縮めて行ったのか、不思議に思ってしまったことだろう。健三郎との接し方がわからずにおどおどしている間に、息子の大翔がさっさと健三郎とフランクな関係を築き上げてしまったのだから。

 本作は、ハンセン病という難しいテーマを軸に、人々が情熱の領域に入り込んだ上で関わりを持つことの大切さや、ぎこちない家族がどのように絆を結んで行くかについて描かれている。固くなった心を柔らかくするのは、どこかで無理をしたぎこちないおもてなしではなく、相手が特別な情熱を傾けているものを認めた先にようやく成り立つものなのだ。しかし実際は、相手が持っている情熱を素通りして無理に絆を構築しようとするケースが実に多い。そういう意味で、ハンセン病療養所のハヨンもまた、健三郎がトランペットを大切にしていることを認めた上で健三郎に歩み寄り、健三郎との絆を深めたと言える。

 上映時間の関係なのか、ラストのライブ実現までの展開は少々強引にも思えてしまったのだが、大翔も一緒にステージに立つというサプライズまで用意されていることから、涙を誘う結末となっている。無意識のうちに、祖父から孫へと繋げられるトランペットの演奏技術は、間にいる大翔の父親の良雄の立場を弱くしてはいるものの、良雄は良雄で健三郎と大翔のやりとりを見ながら、自分自身の父親である健三郎とどのように関わって行けばいいかをしっかりと学んだのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 交流を持とうとしている人が強烈に好きなものの前を素通りしたり、目を瞑ろうとしたりすることが良くありますよね。私も普段から、誰かとスピリチュアルな会話をしたいと思っていても、なかなかそういう話題に転ばないために、自分自身の奥のほうにある情熱を出せずにいるように思います。その反面、同じようなことに興味を持っている人とは瞬時のうちに繋がることができます。健三郎の実の息子である良雄が実現できなかったことを、健三郎の孫である大翔がやってのけたのは、実にお見事だと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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