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2011.02.20

映画『ヤコブへの手紙』

ホットヨガ(二二三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私にとっては、骨盤コースのレッスンはかなりきついのですが、物足りないと感じている方もいらっしゃるのですね。そういう方は、強い刺激を求めていることに加え、もともと骨盤に歪みがないのかもしれませんね。

 たまには、鑑賞したばかりの作品のレビューも書いておきたい。本作を鑑賞したのは、二月十九日のことである。いつも足を運んでいる三宮の映画館では春に公開される予定だったので、私は一足早く、梅田の映画館で鑑賞した。

 本作が公開されることは、映画館に掲示されたポスターなどで知ってはいたのだが、普段は三宮の映画館で映画を鑑賞することが多かったため、まだ予告編を観ていなかった。そのため、監督の名前も、どんな作品であるかも良く知らないまま鑑賞に踏み切ることになったのである。

 主な登場人物がわずか三人で、上映時間もわずか七十五分の短い作品だったが、私は深い感動に包まれた。先日のホットヨガの記事に、「目に見える形での即効性を求めるか、時間を掛けてじわじわと目的を達成するかの違いでしょうか。」と書いたばかりだが、映画作品の好みに関してもこれが言える。そう、私が求めているのはまさしくこういう映画なのだとはっきりとわかった。何度も書くが、私は映画に大きな仕掛けを求めているわけではない。普段の生活ではなかなか表に出ることのない心の奥のほうにある感情を、どれだけくすぐってくれるかが大切なのである。運良くそんな大切な作品に出会えたので、三ヵ月後にレビューを書くのではなく、この感動が熱いうちにもっと早くレビューを書いておきたいと思ったのだ。とは言え、同じ回の上映で鑑賞した人たちの中には、七十五分という時間があまりにも短か過ぎたという感想を抱いた方もいらっしゃったようだ。

 本作は、私自身もほとんど鑑賞したことのないフィンランド映画である。物語の舞台となっているのはフィンランドの片田舎で、そこにある牧師館に恩赦で釈放された女性レイラが住み込みの仕事をするためにやって来る。レイラは、自分が終身刑の元囚人だったことを引け目に思っているのか、それとも、自分のことなど第三者にわかろうはずがないと思い込んでいるのか、見るからに他人を寄せ付けたがらないオーラを放っていた。牧師館には、盲目のヤコブ牧師が一人で住んでいた。ヤコブ牧師は目が見えないために、自分宛に届いた人々からの相談の手紙をレイラに読み上げてもらい、その返事をレイラに代筆してもらいたかったのである。しかし、レイラはヤコブ牧師により与えられた新しい仕事に対し、あまり気乗りがしていない様子だった。そのため、ヤコブ牧師宛に届いた手紙をこっそり捨ててしまったりするのだ。

 もう一人の登場人物は、郵便配達夫である。彼はリズム感のある掛け声とともに、自転車に乗って郵便配達にやって来る。ヤコブ牧師は、毎日、手紙が届くのが待ち切れない様子で、郵便配達夫の声が聞こえて来ると、すぐに家の外に出て郵便配達夫から手紙を受け取り、届いた手紙を庭のテーブルまで持って行き、レイラに読み上げてもらうのだった。

 しかし、レイラが届いた手紙を捨てるようになってしまったことが原因なのかどうかはわからないが、これまでたくさん届いていた相談の手紙がパタリと止んでしまう。それに比例するかのように、ヤコブ牧師はみるみる元気を失ってしまう。これではまるで、ヤコブ牧師にとって、手紙が栄養分であったかのようだ。ここには、ある種の逆転がある。人々がヤコブ牧師に相談の手紙を送付して救われていたのと同様に、ヤコブ牧師もまた、人々の相談の手紙によって救われていたということである。

 ヤコブ牧師が元気を失って行くとともに、レイラの態度に少しずつ変化が見られるようになる。あれほどぶっきらぼうな態度を取っていて、今にも牧師館を去りそうな雰囲気だったにもかかわらず、ヤコブ牧師を助ける行動を取るのである。それが、何とも涙を誘う方法なのだ。

 レイラは郵便配達夫に協力を要請し、ヤコブ牧師宛の手紙が届いていないにもかかわらず、ヤコブ牧師の目が見えないのをいいことに、あたかも手紙が届いたかのように振舞ってもらう。そこからは、涙なしには語れない。冒頭からずっと心を閉じて、人を寄せ付けようとしなかったレイラが、自らの罪を語るシーンは圧巻で、私は周りに人がいるにもかかわらず、涙を抑えることができなかった。

 これまで、レイラがどのような罪を背負って来たのか、一切説明がなかったのだが、そのシーンにすべてが集約されている。殺人という結果だけを見ると、確かに悪人かもしれない。しかし、レイラの取った行動は、肉親への愛のための行動だったのだ。あんなにもぶっきらぼうなレイラの中に、確かな愛が存在していたことを知ると、もう涙なんか抑えきれない。レイラが子供の頃から体験して来たことや、レイラの肉親との関係に深い愛を感じて心の中が熱くなった。レイラが何故、恩赦されたのか。それもそのシーンでわかるのだ。

 私にとって、七十五分という上演時間は、短いとは思えなかった。最初のゆっくりとした展開は、すべてラストのレイラの告白に集約されていたと思う。ただ、本作を鑑賞された方たちの中にはもっと別の結末を望んだ人たちもいたようである。すなわち、レイラの告白によって、ヤコブ牧師が元気を取り戻すという結末である。本作はそうではなかったのだが、それだけに、レイラと肉親の新しい未来を感じさせる結末となっている。

 いやはや、素晴らしい作品を鑑賞することができたと思う。こういう作品に出会えるから、私はミニシアター系映画館が大好きなのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 牧師館はフィンランドの森の中にあり、とても美しい緑の景色に囲まれていました。こういう風景を見ると、ついついフィンランドに行きたくなってしまいますね。夏に訪れると、かなり涼しそうです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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