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2011年2月

2011.02.28

映画『うまれる』

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(5)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 願望と希望の違いを意識されていることからも、古久澤先生は言葉の持つ意味について常にこだわりを持っていらっしゃる方だと思います。以前も書きましたが、古久澤先生が発行されているメルマガを拝見すると、「氣」や「想い」といった漢字へのこだわりが感じられます。最初の神戸セミナーのときに直接おうかがいしたところ、「気」という漢字はエネルギーが閉じこもってしまうので、エネルギーが外に広がって行く「氣」を意識的に使っていらっしゃるとおっしゃっていました。「想い」についても同様のようです。

 今からおよそ三ヶ月ほど前に、映画『うまれる』の特別試写会からという記事を書いた。そう、このときはまだ、十一月二十三日に行われた特別試写会で鑑賞した映画のレビューは書かずに、特別試写会のあとに行われたトークショーの内容などを中心にお届けした。そして今、こうしてやっとレビューを書くときがやって来た。

 ドキュメンタリー作品である本作には、出産をめぐって、不妊、死産、難病、親から受けた虐待などの問題を抱えた四組のご夫婦が登場する。私は本作を、派遣仲間と二人で鑑賞した。二人とも出産経験がないというのに、リアルな出産シーンを含め、鑑賞中に何度も涙していた。

 心を動かされたシーンはいくつかある。親から受けた虐待がトラウマになっている女性が出産を控え、
「まだ会ったことがないのに、こんなにも愛してるんだよ」
と、大きくなったおなかをなでながら夫に言うシーンである。子供を生むと、自分もかつての母親のように子供を虐待してしまうのではないかという恐怖を抱えていた女性だったが、出産を前にして、早くも無条件の愛を実感されているのだ。

 また、死産を体験してしまった女性に対し、鮫島浩二先生という産婦人科の先生が宛てた手紙にも泣かされた。鮫島先生は、その手紙を書いているのが、あたかも亡くなられた子供さんであるかのように、子供の視点から、子供を亡くして苦悩している親に向けて綴っているのである。私は、ずいぶんスピリチュアルな先生がいらっしゃるものだと驚いた。どうやらかなり有名な先生らしく、本も何冊か出版されているようである。特に、子供が親を選んで生まれて来たという鮫島先生の考えは、精神世界的な観点からも深く共感することができる。私も、過去に同じような話を耳にしたことがあるだけでなく、確か、去年参加した夢のコラボセミナー 心と体と気づきのストレッチ in 神戸でも、セミナー講師のルースさんから、同様のお話を伺っている。産婦人科の医師という立場でありながら、スピリチュアルな世界に目を向けていることをオープンにするのは、かなり勇気の要ることだと思うのだが、それでも著書などでそうした考えを発表されているのは素晴らしいことである。

 更に私は、本作のポスターにもなっている十八トリソミーという染色体異常の難病を抱えた息子さんである虎大(とらひろ)くんと暮らす松本ご夫妻の奥様に一目惚れしてしまった。ものすごくさばさばした方で、こういう方とお友達になれたならば、お互い本音で付き合えるのではないかと思った。十八トリソミーという病気は、生後一年ほどで亡くなってしまうケースが非常に多いのだという。しかし、特別試写会終了後に行われたトークショーの中で、虎大くんが、先日、めでたく二歳のお誕生日を迎えられたと伺い、ほっと胸をなで下ろした。完治する見込みががないと言われている難病と闘いながら、その状況を正面から受け入れ、全身全霊で虎大くんを愛する松本夫妻のお姿に強く心を打たれた。

 実は、出産経験のない私は、何年か前まで、子供を産むことに対する恐怖心をなかなか克服することができなかった。子宮筋腫と向き合ううちに、やがて、私のこの恐怖心が、前世で子供を亡くした経験から来ているのではないかという気がして来た。というのも、『愛しの筋腫ちゃん』などの著書で知られる横森理香さんが、著書の中でそのようなことに触れられている箇所を読んだ途端、そこに書かれていることが自分のことではないはずなのに、涙がこみ上げて来たからだ。実際、私は、小さい子供さんが自動車の走る道で遊んでいたり、親から離れて歩いていたりすると、事故に遭ったりしないだろうかと気になって仕方がない。以前、子供を育てている方に、子供を育てる上でそういう恐怖心はないのかと尋ねてみたところ、確かにないとは言い切れないが、だんだん慣れて来るものだと言われた。それらのことを総合的に考えると、私は、自分の子宮にたくさんの筋腫を作ることで出産を逃れ、その先にある、愛する子供を喪うという恐怖を回避しようとしていたのではないかと思うのだ。

 そうした私自身の恐怖心をベースに考えると、本作に登場する四組の方たちは、私よりも更に一歩も二歩も進んだところにいらっしゃる方たちだと思う。本作を通じて、現状を受け入れながら、少しずつ前に進んで行くことの大切さを学ばせてもらったと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 予告編の中で、「自然に涙が出て来る作品です」というコメントがありましたが、確かにその通りの作品でした。特に私は、出産経験がないので、助産院での実物の出産シーンは手に汗を握りながら拝見しました。確か、監督さん自身も何らかのトラウマがあったようですが、こんなふうに、多くの子供たちが親に強く望まれて誕生して来たということを、映画を通して伝えたかったのだと思います。

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2011.02.27

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(5)

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 頭で思い描いていても、なかなか実践に移せないことってありますよね。私は、実践したいことのリストなどを愛用の手帳にピックアップしているのですが、実践したいリストの中に挙げていても、なかなか実践できないことが実に多いのです。しかし、最近は、重い腰を少しずつ上げて、長いこと実践していなかったことを実践するようにしてみました。すると、少しずつ自分の世界が変わって来ているように感じますね。それと同時に、これまでは単にルーチンワークの中で生きていただけなのかもしれないという気もしています。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(4)の続きを書かせていただきますね。

 古久澤先生は、希望と願望の違いについても触れられた。古久澤先生曰く、願望は欠如感を暗に示す言葉だそうだ。だから、古久澤先生としては、願望を持つことよりも希望を持つことを推奨したいようだ。そして、
「今日のセミナーでは、希望を持ち帰って欲しいですね」
とおっしゃった。確かに、願望という言葉は、欲望にも似た響きがあるが、希望という言葉には、自分に与えられたものに感謝しようとするイメージがある。

 整体師でいらっしゃる古久澤先生は、患者さんを完璧に整体したとしても、三日で歪みが生じることもあるとおっしゃった。何故なら、患者さんがそういう生活をしているからだと古久澤先生はおっしゃった。すなわち、私たちの身体は自分の思う通りに形成されているのだそうだ。そして、世界が自分の思う通りに回っていることを確認する訓練として、古久澤先生は、電車が発車する前に、「扉、閉まれ!」や「発車!」などの命令を心の中で発しているそうだ。実際、発車前に扉が閉まることや、電車が発車することはわかり切ってはいるものの、そうすることによって、いろいろなことを思い通りにできるようになるという。ということは、自分の身体を自分の思い通りに設計したければ、自分の身体に対し、「扉、閉まれ!」や「発車!」と同様の命令を下すことのなのだろう。

 また、古久澤先生は、睡眠がとても大切だとおっしゃった。夜、寝ることによって、美人が作られて行くのだそうだ。言い換えると、深い眠りのときに痩せて行くらしい。これについては、古久澤先生が発行されているメルマガでも何度か拝見したことである。実際、私も、良く眠ったあとに体重計に乗ってみると、痩せていたという経験が何度かある。良く眠ると、身体の調子もいいのはわかっているのだが、なかなか睡眠時間を確保できないのが現状である。古久澤先生曰く、二十三時から二時の間は、身体に奇跡が起こるゴールデンタイムだそうだ。だから、その時間帯に睡眠を確保できるような生活が望ましいという。とは言え、仕事などの関係でその時間帯に睡眠を確保できない場合は、朝食の時間をずらすなどして、身体のリズムを調整するといいそうだ。私も、平日は〇時過ぎに就寝して五時に起床しているという、日々睡眠不足の状態だが、二十三時までに就寝することができれば、もっと身体が楽になるのだろう。やりたいことを自粛することによって、それは可能なのかもしれないが、どうしてもやりたいことを実践してしまい、なかなか睡眠不足を解消することができないのである。古久澤先生は、ぐっすり眠れる環境と整えて行くと、身体がどんどん良くなって行くので、家に帰ったら、自分の寝床を整えてくださいとおっしゃった。

 ところで、古久澤先生は、普段、自分が何を考えているかでその人の運命は変わるとおっしゃった。古久澤先生は、セミナーの中で、「運命を変えるためのワーク」なるものの手ほどきを始めてくださった。それは、セミナー参加者がそれぞれ持参したノートの真ん中に「不幸」と書いて丸で囲み、その回りに「不幸」から連想される言葉をいくつも書き連ねるというものだ。同様に、「しあわせ」と書いて丸で囲み、その回りに「しあわせ」から連想される言葉をいくつも書き連ねて行った。私は、「不幸」では九つの言葉を連想して書き連ね、「しあわせ」では二十個の言葉を連想して書き連ねた。セミナーに参加されている多くの方たちが、私と同じように「不幸」よりも「しあわせ」から連想される言葉を多く書き連ねたようだった。それらの結果から、セミナーに参加されている多くの方たちが「しあわせ」な状態にあると、古久澤先生は判断してくださったようである。ちなみにこのワークは、週に一回くらいのペースで実践するといいそうだ。「不幸」から連想される言葉、「しあわせ」から連想される言葉を書き連ねる時間については、自分で決めて行っていいそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 中には、過去二回の神戸セミナーで伺ったお話も含まれてはいるのですが、繰り返しになるとしても、これまでの記事を含めて敢えて書かせていただいています。例えば、電車の発車前の命令などは、過去の神戸セミナーでも登場していますね。盛りだくさんなセミナーの内容はまだまだ続きますが、途中で他の記事を挟みながら、続きをご紹介して行きたいと思います。

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2011.02.26

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(4)

映画『約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ちなみに、本作のニキ・カーロ監督は、ニュージーランド生まれの女性監督さんなんですよね。過去に映画『クジラの島の少女』という作品が高い評価を得ていますが、その作品で主人公を演じていたのが、本作でセレストを演じていた監督と同じニュージーランド出身のケイシャ・キャッスルのようです。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(3)の続きを書かせていただきますね。

 セミナーの主催者の方から、セミナー開催前に「底冷え対策」を促すメールをいただいたと書いたが、古久澤先生のお話をうかがっているうちに、私は持参したひざ掛けで下半身を温めていながらも、次第にその寒さに耐えられなくなって来ていた。セミナーに参加するまでは、上半身にほてりがあるため、暖房の効いた部屋ならば、上は半袖Tシャツ一枚でも充分ではないだろうかと思っていたくらいなのだ。ところがどっこい、そんな考えは甘く感じられるほどに会場は良く冷えていた。セミナーに参加されている方たちをさりげなく観察してみると、何度も座り直したり、足を手でさすったりと、身体を温めようとする行為が見受けられた。やはり、他の方たちも寒いのだ。

 セミナー会場となった五福座には、ござは敷かれていたものの、おそらく暖房設備はなかったのではないかと思う。室内はひんやりと良く冷えている上に、ステージの上では大きな扇風機がカラカラと回っていた。しかし、寒いのは扇風機が回っているせいではなく、どうやら建物の隙間から吹き込んで来る隙間風が原因のようだった。見ると、ちょうど私が腰を下ろしていたあたりに、塞いだ通気口のようなものがあり、そこから冷たい空気がどんどん流れ込んでいるのだった。あまりにも寒いので、私の荷物やセミナーに一緒に参加されている方の荷物をその通気口までわざわざ移動させて、冷たい空気が流れ込んで来るのを防いでみたのだが、それでもまだ寒かった。

 寒くても、古久澤先生のお話だけは聞き漏らすまいと、一生懸命ノートにペンを走らせた。古久澤先生は、頭の中に情報だけを詰め込んでも、なかなか変われない人がいるというお話をされた。古久澤先生のお知り合いの女性で、婦人科の先生ほどの知識があるのに、なかなか自分自身が変われない人がいるそうだ。すなわち、人は本質的には、知識や情報だけでは変われないということの例えだった。古久澤先生は、知っていることとできることは別だとおっしゃった。振り返ってみると、私にも少なからず、この傾向はあると思う。知識として知っていると、それだけで安心してしまい、なかなか実践に移せないのだ。

 また、古久澤先生は、人の人生は背骨に入っているので、背骨が曲がっていると、運命も曲がるとおっしゃった。背骨がひどく曲がっている私としては、大変耳の痛い話である。とは言え、まっすぐの背骨で順風満帆の人生を送ってしまうと、他者との摩擦がないだけに、学びも少ないのではないかと私は自分自身に言い聞かせている。

 古久澤先生は、自分以外の外側にあるものを求めるのをやめて、自分の内側にあるものに気付くことが大切だとおっしゃった。これは、私が長年感じて来たことでもある。こういう話で私が真っ先に思い浮かべるのは、自分の外側にある外的神を求めようとする宗教と、自分の内側にある内的神を探求しようとする精神世界の違いである。私の感覚では、前者は依存であり、後者は自立だと思う。もちろん、私が求めている立場も後者のほうである。おそらく古久澤先生も、これに近いことをおっしゃりたかったのではないかと思う。

 更に、古久澤先生曰く、身体の柔らかさは状況によって変わって来るそうだ。例えば、「バカヤロー」と言いながら体操をすると、身体は固くなるが、「愛しています」と言いながら体操をすると、身体は柔らかくなるのだそうだ。確かこのあと、植物に対する声掛け(声を掛けてあげると、植物もぐんぐん育つ)の話が出たように思うのだが、書き留めるスピードがなかなか追いつかず、ノートに書き留めることができなかったので、定かではない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 会場となった五福座は、冬場に行われるセミナー会場としてはとても寒かったのですが、今となってはそれも良き思い出の一つです。寒かったのは事実ですが、私はもともと自宅でも暖房器具をほとんど使用していませんので、特に問題はありませんでした。セミナーのあと、今回のセミナーの会費が五千円で、過去に神戸で開催されたセミナーよりも割安だったのでありがたかったと主催者のご友人の方にお話をさせていただいたところ、五福座の使用料が思いのほか安かったために、コストを抑えることができたのだと聞かせてくださいました。五福座は、とてもリーズナブルな多目的スペースだったんですね。

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2011.02.25

映画『約束の葡萄畑 あるワイン醸造家の物語』

ホットヨガ(二二四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 梅田店や三宮店で骨盤コースのレッスンが始まってからは、足繁くレッスンに通っています。これまでは、回数券を購入するときに、十数回分の回数券を余らせたまま次に購入する回数券に繰越をしていましたが、このペースでレッスンに通い続けていると、繰越をしなくても良くなるかもしれません。

 十一月二十日に鑑賞した作品のレビューをお届けしたいと思う。本作もまた、公開される前から、劇場で何度も予告編を観ていた。ワイン好きの派遣仲間に紹介したくなるような作品だが、ワインそのものを楽しむことと、ワイン作りのプロセスを見守ることはまた違うのではないかという気もしていた。例えば、私は写真を撮ることが大好きだが、写真を撮るのと同じくらい、写真を撮るための道具であるカメラを製造するプロセスに興味があるかと問われれば、必ずしもそうではないと答えるだろう。

 本作の予告編で気になっていたのは、天使の存在である。本作には、背中に大きな羽を持つ天使ザスが登場し、極上のワイン作りを目指そうとするソブランに葡萄樹を分け与え、ワイン作りのノウハウを教える。フランス・ブルゴーニュ地方の葡萄畑で働く農夫だったソブランは、ザスのアドバイスにより、偉大な醸造家へと成長して行く。しかし、ザスがソブランに与えたものは、必ずしも喜びだけではなかった。

 本作の見どころは、ソブランがワイン作りに燃やす情熱と、ソブランとザスの交流、それから、ソブランの妻となったセレストや、ソブランのワイン作りの腕に注目してアプローチして来た男爵夫人オーロラらが織り成す人間模様だろう。あれほど情熱的に妻のセレストと愛し合っていたはずなのに、ソブランは、子供を亡くしたことで正気を失ってしまったセレストを大切にするどころか裏切り、オーロラと男女の関係を持ってしまう。欲望の世界においては、何かが達成されるということは、次なる新たな目標に向かい始めることに等しいのかもしれない。

 おそらく、乳がんにかかってしまったのだろうが、オーロラが胸の手術を受けるシーンが生々しい。一八〇〇年代の初めのことなので、現代の医療技術からすれば、ずいぶん古めかしい手術である。現代は、細胞検査の結果などに基づいて確信を持った上で乳房手術に臨むが、当時は一体何を根拠に乳がんと決めたのだろうか。それと同時に、今から二百年前に乳がんが存在していたことにも驚きを覚えたのだった。

 本作には、因果応報の思想がさりげなく盛り込まれている。ザスからワイン作りを教わり、成功したソブランが、年に一度のザスとの約束を破ったり、セレストを裏切ったりすると、ワイン作りにも失敗するようになる。ソブランと男女の関係を持ったオーロラもまた、乳がんの手術を受けたりする。天使であるザスと出会えたことで、すべてが順風満帆に運ぶと思っていたソブランに対し、ザスが放った言葉が忘れられない。それは、ワインを造るためには、人生のすべて、すなわち、喜びも悲しみも苦しみも必要だということだ。

 これについては、物語の中では深くは追求されなかったものの、ザスが言いたかったことは何となく想像することができる。おそらく私たちが生きて行く上で、喜びだけというのは有り得ない。何故なら、喜びという感情は、悲しみという感情や苦しみという感情の対比として存在していると思うからだ。言い換えれば、悲しみや苦しみを味わい尽くしたからこそ、本当の意味で喜びをかみしめることができるのだ。それらは表裏一体であり、ポジティブなものだけが存在していても、対比のない状態ではその素晴らしさを実感することはできない。本当の意味で喜びを体験するには必ず、対比として存在する反対側の感情を味わい尽くす必要があるのだ。おそらくザスは、そういうことを言いたかったのではないだろうか。

 本作のユニークなところは、ソブランとザスの奇妙な関係と、その後のザスの行く末である。ザスが男性の天使ならば、ザスはソブランと同性愛者という形で結ばれたかったのだろうか。そんなことを想像させるシーンもある。更に、その後のザスの行く末には驚いた。とは言え、天使を象徴するものを失くしたからと言って、彼が天使でなくなるというのもおかしい。それはまるで、学生であるかどうかを決めるのに、学生服を着ているかどうかで判断するようなものだ。ザスが天使であることは、ザスに天使を象徴するものがあるからではなく、もっとザスの内部にある本質的なものではなかったのだろうか。

 ちなみに、ザスを演じているのは、映画『ロング・エンゲージメント』や映画『ハンニバル・ライジング』に出演していたギャスパー・ウリエルである。本作の彼の天使役は実にはまり役だった。また、オーロラを演じていたのは、映画『マイレージ、マイライフ』でアレックスの役を演じていたヴェラ・ファーミガである。

 本作は、フランスとニュージーランドの合作映画のためか、登場人物たちが話しているのはフランス語ではなく英語だった。人生に、喜びも悲しみも苦しみも必要なように、ワイン作りにもいろいろな要素が必要であるということを、本作では表現したかったのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 喜びだけでなく、悲しみや苦しみさえも、人生やワインの味を豊かにするということなんでしょうね。実際、その通りだと思います。その証拠に、喧嘩のできない友人とは、決して仲良くなることができませんから。(苦笑)仲の良い友人というのは、ありとあらゆる感情をともに味わい尽くした友人なんですよね。きっと、人生もワインも同じだろうと思います。

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2011.02.24

ホットヨガ(二二四回目)

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。古久澤先生の漢字の解釈は、「なるほど!」と思いますよね。セミナーで学んだことを一気に書き上げてしまうと、セミナーの余韻から遠ざかってしまうような気がしてしまいますので、余韻に浸りながら、少しずつ書かせていただきますね。

 二月の三連休の初日は、三宮店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。祝日のレッスンには、日曜日のレッスンスケジュールが適用されるので、レッスンは夕方からである。

 受付には南森町店のスタッフがいらっしゃったので、またしてもごあいさつをさせていただいた。それにしても、良くお目に掛かるスタッフである。

 今回のレッスンには、十三名の方たちが参加されていた。三連休になると、旅行に出掛ける方が多いのか、いつもよりもレッスンの参加者が少なくなりがちなので、三連休にして十三名の参加者は多いほうだと思う。レッスンを担当してくださったのは、受付ではしばしばお目に掛かってはいるものの、レッスンを担当してくださるのは初めてのインストラクターである。

 狭いスタジオに十三名の参加者が集まったためか、参加者の体温でスタジオ内の気温がぐんぐん上昇し、多くの人たちがタイミングを見計らってはスタジオの外に出て涼んでいた。スタジオ内が暑かったせいか、呼吸の浅い私も汗がたくさん出て来た。ここのところ、五百ミリリットル入りのペットボトルの水を一本用意するだけで足りていたのだが、汗をたくさん掻いたせいか、レッスンを終える前に用意した水をすべて飲み干してしまいそうだったので、セーブしながら飲んだ。

 思えば、南森町店で骨盤コースのレッスンを受け始めた頃、私は自分の骨盤を動かすことや、お尻の穴を締めるといったことが、感覚として理解できていなかった。それくらい、私の骨盤の状況はひどかったのだと思う。しかし、今では自分の骨盤がどこを向いているのかがわかるようになり、お尻の穴も、意識して開いたり閉じたりできるようになった。それらの変化を振り返ると、私の骨盤は本当に固まってしまっていたのだと思う。それほど固まっていれば、骨盤周りが病気になってしまってたとしても、決しておかしくはない状況だったと思う。

 ところで、最近の私は、骨盤周りを温めることを意識して実践している。例えば、これまでオフィスで仕事中に使用していたひざ掛けをバージョンアップさせて、下半身を丸ごと巻き付けられるマイクロファイバー毛布に変えた。ひざ掛けだけでは、ひざ掛けの当たっていない腰周りがひどく冷えてしまうためである。実際、仕事中にトイレに立つと、ひざ掛けの当たっていない部分がひどく冷たかったのだ。また、上半身は半袖Tシャツ一枚でも、せめてお腹周りだけは温めようと、ショールをお腹に巻き付けて仕事をしている。このように、いろいろな意味で、骨盤周りやお腹周りを温めることの大切さを実感しているこの頃である。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 過去を振り返ってみると、私の骨盤の状況は本当にひどい状態だったことがわかります。自分の骨盤を意識するようになったのも、古久澤先生のおかげですね。(笑)それだけに、ホットヨガの骨盤コースのレッスンが、インストラクターの頭の中で、単なる知識として存在するだけに留まってはいないかどうかを敏感にキャッチしています。

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2011.02.23

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(3)

映画『ヒア アフター』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。霊能者によるリーディングでいつも思うのは、呼び出される魂が必ずしも中間世にいるとは限らないのではないかということです。中間世はあくまで転生と転生の間の待機期間ですので、ひょっとすると、呼び出される魂はもう既に別の肉体を持っていて、その魂との交信を強く望んでいる人の身近にいるかもしれませんよね。本作の中でもそういう展開があると、また違った楽しみ方が実現できたかもしれません。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(2)の続きを書かせていただきますね。

 古久澤先生は、旧正月から一ヶ月の間の出来事がこの一年の良し悪しを決めるので、これから一ヶ月、心と身体に意識を向けながら、できるだけ幸せに過ごせるようにとおっしゃった。古久澤先生が語ってくださることは、西洋の思想や習慣をベースにしたものではなく、古くからの日本人の思想や習慣に合ったものであることが多い。

 例えば、食事のバイキングは欲望のままにものを引き寄せるという西洋の文化から来ているが、日本人は引き寄せる前に自分から与えるということを実践して来たと古久澤先生はおっしゃった。古久澤先生がおっしゃったのは、引き寄せることばかり考えて、与えることを忘れていませんか? という警告だと思う。

 バイキングと同様、やみくもに「ありがとう」を繰り返すこともまた、欲望に繋がっていると古久澤先生はおっしゃった。そう言われてみると、確かに「なるほど」と思う。おそらく、やみくもに繰り返される「ありがとう」の裏側には、「ありがとう」を発することによって得られる何かをしきりに求めようとする人々の欲望が潜んでいるからだと思う。そういう姿勢ではなく、たった一回の心のこもった「ありがとう」で充分なのではないかと、古久澤先生はおっしゃりたかったのではないだろうか。

 また、古久澤先生の漢字の解釈についてのお話も、それぞれに筋が通っていて面白い。例えば古久澤先生は、
「症状というのは、身体を正そうとすることの現れです」
とおっしゃった。症状の「症」という漢字は、病(やまい)だれに正すと書くので、病の状態から身体を正そうとする意味を持っているらしい。症状が、身体の外に向かって派手に出ているうちは、身体の中を必死で守ろうとしているということなのだそうだ。そうした症状は、症状の「症」の字のごとく、身体を正すために、自ら外側に向かって、内側にある不要なものを出してくれているのだそうだ。

 こうした漢字の解釈は、他にも語られた。例えば癌(がん)という漢字について、古久澤先生は、
「癌という漢字は、口の中から、癌になりやすいものを山ほどたくさん取り入れることです」
とおっしゃった。なるほど、癌という漢字は、病だれに口が三つと、山という部首で構成されている。癌という漢字はまさしく、人が癌になる原因を表していたのである。

 古久澤先生からは、そんな言葉に関する薀蓄(うんちく)が次から次へと飛び出して来た。他にも、「疲れた」と言ってはいけないそうだ。何故なら、「疲れた」は「憑かれた」を意味するからだそうだ。何かに憑かれるときは、身体の後ろ側から来るという。だから、昔から、「背中がゾクゾク」するという表現が使われているそうだ。「憑く」ものは、決して前からはやって来ないと古久澤先生はおっしゃった。

 それでは、憑かれてしまったらどうしたらいいのか。憑いて来るものは、波長が合うために居心地が良くて身体の中に留まっているのだから、憑いているものと波長を合わせないようにすればいいらしい。波長が合わなければ、憑いたものはそこには長くいられないそうだ。ちなみに、憑いて来るものは、散らかっているものや乱れたものがとても好きらしい。それに対し、「温かいなあ」とか「幸せだなあ」といった言葉が口癖になっているような人のところは居心地が悪いのだそうだ。我が家はかなり散らかっているほうだが、「憑かれている」という感じがしないのは、ひょっとするとポジティブな言葉が放つエネルギーに守られているのかもしれない。

 ちなみに、月を見ているとツイて来るそうだ。まるでだじゃれのような世界だが、実際にそうらしい。また、月を見ていると、軽い生理痛などは治って来るという。何故なら、女性の骨盤は月と一緒に動いているからなのだそうだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m セミナー受講中にメモしたノートを見ながら記事を書かせていただいていますが、古久澤先生が語られた内容があまりにも豊富で、私の書き留めるスピードが古久澤先生が話をされるスピードに追いつきませんでした。(苦笑)そのため、ノートに書いた情報は断片的なものになってしまっていますので、関連性のありそうなものをまとめてご紹介させていただきました。岡山セミナーの内容は、まだまだ続きます。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.02.22

映画『ヒア アフター』

快適エスキモー生活の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ファーレッグウォーマーは、足の細い人が履くとビシッと決まるのですが、私のように足の太い人が履くと、やはりエスキモーのようになってしまいます。(苦笑)それでも、この暖かさは手放せません。このまま冷房対策にも使いたいくらいですが、周りの人たちにしてみれば、きっと暑苦しいでしょうね。(苦笑)

 今回は、映画のレビューを書く日ではないのだが、どうしても鑑賞したばかりの本作のことが頭から離れない。火曜日は、神戸市内の映画館がレディースデーなので、女性は映画を千円で鑑賞することができるのだ。そこで、公開されたばかりの本作を鑑賞したところ、どうしても他の記事を書く気にはなれなくなってしまったので、予定を変更して本作のレビューを書かせていただくことにする。まだ公開されて間もないので、極力ネタばれにはならないように努めるつもりだが、これから本作を鑑賞する予定のある方は、鑑賞後に読んでくだったほうが安全かもしれない。

 今回も、クリント・イーストウッド監督がどんな感動をもたらしてくれるのか楽しみで、映画館に足を運んだ。今回扱われるテーマは、どうも「あの世」らしい。タイトルは"HEREAFTER"で、本作の中では「来世」と訳されていたが、実際は「あの世」のほうがしっくり来る。というのも、決して来世の話ではないからだ。強いて言うならば、"HEREAFTER"とは、転生と転生の間の「中間世」のことだと思う。

 最初は、いくつかの話が並行して進行して行く。果たして、複数の物語がどこで交差するのだろうと心配になるのだが、なるほど、こういう結末が用意されていたのかと最後には納得する。

 本作では、同じくクリント・イーストウッド監督の映画『インビクタス/負けざる者たち』に出演していたマット・デイモンが霊能力者のジョージを演じている。彼は、そんじょそこらの霊能力者とは違う。その証拠に、彼にリーディングしてもらった人たちは、必ず涙を流す。涙を流すのは、その人が真実に触れた証拠である。真実に魂が強く反応するのだ。ジョージのリーディングが本物であることから、多くの人たちがジョージに対してリーディングを求めるのだが、ジョージ自身は、自分の特殊な才能を呪っていた。

 本作には、私の大好きなパリやロンドンの街が映し出されている。しかも、ロンドンのシーンではイギリス英語が耳にとても心地良い。ジョージがロンドンに住む男の子マーカスの望む相手をリーディングするシーンで、私は思わず涙してしまった。リーディングの内容は、霊として、魂として、自立したものであったと思う。ジョージは、転生と転生の間の中間世にいる肉体を去ってしまった魂からのメッセージを受け取り、リーディングを望んでいるマーカスに伝える。ジョージが伝える内容は、マーカスに対してだけでなく、肉体を去った者から生きている者に向けての汎用的なメッセージとなる。実際、ジョージのリーディングは、マーカスを元気にさせる内容に満ち溢れていた。特に、マーカスが交信を持ちたがっていた魂がマーカスに向けて使った「一卵性」という言葉は、今後のマーカスに安心をもたらすものであったに違いない。

 興味深いのは、最終的には、これまで自分のリーディング能力をネガティブに捉えていたジョージが、その能力を自分の未来を見ることに使うことができたということである。だからジョージは、確信を持って未来への道を歩むことができたわけである。その対比として、ジョージと恋愛関係になりかけた料理教室の女性が存在している。こういう展開を見ると、魂として一時的な関わりを持つ人と、継続的な関わりを持つ人との違いが客観的にはっきりとわかって面白い。魂として継続的な関わりを持つ人との出会いには、ある種の導きやインスピレーションが用意されているのだろう。今になって思えば、そういう女性との縁を繋いでくれたマーカスは天使だったのかもしれない。

 本作は、人々が過去から未来へと向かって行くことに勇気を持てる作品だと思う。親しい人を亡くし、その悲しみからなかなか立ち直れないでいる人たちと同様に、中間世にいる魂と交信し、肉体を持った人に伝える能力を持ったジョージが、自分の未来を見ることにより、これまで忌み嫌っていた能力を未来へと繋げて行ったのである。そういう意味で、とても良く出来た作品だと思う。やはり、クリント・イーストウッド監督は素晴らしい。こんなにも静かに、暗い過去と明るい未来を示してくれるのだから。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 臨死体験をしたマリーが自分の臨死体験を綴った本を執筆するときに、周りの目が冷たかったという状況は想像できますね。私も普段から、この手の話を、どれだけ身近な人たちと交わしたいかわかりません。(苦笑)マリーが見た中間世(本作の中では中間世という表現はされていませんが)の映像は、肉体を離れた魂が行き先を失っているようなちょっと力のない暗い映像ではありましたが、マーカスのためにジョージがリーディングして得た内容は、希望に満ちたものでしたね。だから、死は決してネガティブではなく、親しい人との別れを経験した人は、悲しみを味わい尽くしたならば、次の段階へと進みましょうというメッセージも同時に込められていると思います。マリーの見た中間世の映像がもっと光に満ちたものであれば、更に説得力があったのにと思います。それだけが残念でしたね。

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2011.02.21

快適エスキモー生活

映画『ヤコブへの手紙』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m どうして手紙が届かなくなったかについては、いろいろな方たちがレビューに書かれていましたが、郵便配達夫が牧師館から過去に届いた古い手紙を盗み出して新しい封筒に入れ替えた上で宛名を書き換え、切手を貼り、配達していたのではないかというご意見が多かったですね。実際、郵便配達夫は、牧師館に忍び込んでいるところをレイラに取り押さえられます。郵便配達夫は、ヤコブ牧師の命が心配だったようですが、ひょっとすると、既に届けられた手紙を盗み出すためだったのかもしれません。レイラが牧師館に住み込むことによって、それが叶わなくなってしまい、手紙が途絶えてしまったと解釈する人が多かったようです。そうだとすると、郵便配達夫は、ヤコブ牧師が手紙により生かされていたことを知っていたことになりますね。

 寒かった冬も峠を越えて、暖かい春がすぐそこまで来ている。そこで、この冬、お世話になったアイテムを皆さんにご紹介したいと思う。私は、下半身は冷えるものの上半身はほてりがちなので、普段から足を暖めることを心掛けている。そのための手段として、この冬、最初に購入したのが、マジックテープ式のファーレッグウォーマーだった。

 この商品は、ファーレッグウォーマーを平面に伸ばして足に巻き付け、足を一周したファーレッグウォーマーをマジックテープで固定できるようになっていた。私は、冬はムートンブーツで過ごすことにしているので、ムートンブーツの上からファーレッグウォーマーを巻き付けることがきれば、最強になれると思ったのだ。ところが、届いたファーレッグウォーマーは、マジックテープ式ではあるものの、私の足が太いために足を一周せず、付属のマジックテープで固定させることができなかった。すなわち、スカートのホックが届かないのと同じように、マジックテープが届かなかったのだ。そこで私は仕方なく、同時に購入していた別の柄(がら)のファーレッグウォーマーのマジックテープ部分を二枚繋ぎ合わせて使用することにした。ただ、単に二枚繋ぎ合わせただけでは足に固定させることができないため、別のマジックテープを使って上から軽く縛るようにして固定させた。

ファーレッグウォーマーを二枚繋ぎ合わせてムートンブーツの上にかぶせ、別のマジックテープで軽く縛るように固定させた。別の柄のものを二枚繋ぎ合わせているため、どことなく不自然である

 ご覧のように、異なる柄のファーレッグウォーマーを二枚繋ぎ合わせたために、どことなく不自然であるのに加え、私の足は二枚のファーレッグウォーマーの厚みでもっこりと盛り上がった。人々は私のそんな足元を見て、
「まるでエスキモーみたい」
と言った。

 ただ、このエスキモー仕様のファーレッグウォーマーは、上から軽く縛って固定させているマジックテープがときどき外れてしまい、歩くときに注意を払わなければならなかった。そんなとき、最初に購入したファーレッグウォーマーよりも価格の安い同等品を見付けたので、今度は同じ種類のファーレッグウォーマーを二枚繋ぎ合せようと、注文してみた。これで、柄(がら)違いのファーレッグウォーマーを二枚繋ぎ合せることによって生じた不自然さを解消できると思っていた。

 さて、注文した商品が手元に届いたので早速開封してみたところ、私は驚きのあまり、あんぐりと開いた口がなかなか塞がらなかった。新しく手元に届いたファーレッグウォーマーもマジックテープ式だと思い込んでいたのだが、そうではなく、丈夫なゴム製の筒状タイプのものだったのだ。すなわち、通常のレッグウォーマーのように、筒に足を通して使用するタイプのものだったのである。恐る恐る、そのゴム製の筒を私の太い足に突っ込んでみると、ちゃんと入るではないか。私は自分の足が受け入れられたことがとてもうれしくなり、その日以来、どこへ行くにもこの筒状のファーレッグウォーマーを付けて出掛けて行くようになった。それだけではない。その暖かさを手放すことができず、夜、寝るときにまで愛用するようになった。

 このゴム製の筒状タイプのファーレッグウォーマーのおかげで、この冬はずっと足元が暖かかった。しかしこの先、もっと気温が高くなれば、これほどお気に入りのファーレッグウォーマーともお別れをしなければならない。常に足を暖めておきたい私としては、その別れがとても辛いのである。

 春になっても、こんなエスキモー仕様のファーレッグウォーマーをムートンブーツの上から履いているのはおかしいだろうか。しかも、今よりも気温が高くなれば、私は皆さんよりも一足早く半袖で過ごし始めることだろう。私の身体がおかしいのか、それとも宇宙人だから仕方がないのかわからないが、上半身は半袖なのに、下半身はエスキモー仕様のファーレッグウォーマーを手放せないという変なおばさんになってしまいそうである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最初に届いたマジックテープ式のファーレッグウォーマーが私の太い足には入らないことがわかったとき、私はそれを職場に持って行って、足の細い派遣仲間に履いてもらいました。すると、悔しいことに、彼女の足はファーレッグウォーマーが一周し、付属のマジックテープできちんと固定させることができたのです。派遣仲間は苦笑いしていましたが、あとから注文したファーレッグウォーマーがゴム製の筒状タイプのもので、私の足にもちゃんと入ってくれたので、救われました。あまりいらっしゃらないとは思いますが、私のように足の細さに自信がないという方は、伸縮性のないマジックテープ式よりも、柔軟性のあるゴム製の筒状タイプのファーレッグウォーマーを強くお勧めします。(苦笑)

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2011.02.20

映画『ヤコブへの手紙』

ホットヨガ(二二三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私にとっては、骨盤コースのレッスンはかなりきついのですが、物足りないと感じている方もいらっしゃるのですね。そういう方は、強い刺激を求めていることに加え、もともと骨盤に歪みがないのかもしれませんね。

 たまには、鑑賞したばかりの作品のレビューも書いておきたい。本作を鑑賞したのは、二月十九日のことである。いつも足を運んでいる三宮の映画館では春に公開される予定だったので、私は一足早く、梅田の映画館で鑑賞した。

 本作が公開されることは、映画館に掲示されたポスターなどで知ってはいたのだが、普段は三宮の映画館で映画を鑑賞することが多かったため、まだ予告編を観ていなかった。そのため、監督の名前も、どんな作品であるかも良く知らないまま鑑賞に踏み切ることになったのである。

 主な登場人物がわずか三人で、上映時間もわずか七十五分の短い作品だったが、私は深い感動に包まれた。先日のホットヨガの記事に、「目に見える形での即効性を求めるか、時間を掛けてじわじわと目的を達成するかの違いでしょうか。」と書いたばかりだが、映画作品の好みに関してもこれが言える。そう、私が求めているのはまさしくこういう映画なのだとはっきりとわかった。何度も書くが、私は映画に大きな仕掛けを求めているわけではない。普段の生活ではなかなか表に出ることのない心の奥のほうにある感情を、どれだけくすぐってくれるかが大切なのである。運良くそんな大切な作品に出会えたので、三ヵ月後にレビューを書くのではなく、この感動が熱いうちにもっと早くレビューを書いておきたいと思ったのだ。とは言え、同じ回の上映で鑑賞した人たちの中には、七十五分という時間があまりにも短か過ぎたという感想を抱いた方もいらっしゃったようだ。

 本作は、私自身もほとんど鑑賞したことのないフィンランド映画である。物語の舞台となっているのはフィンランドの片田舎で、そこにある牧師館に恩赦で釈放された女性レイラが住み込みの仕事をするためにやって来る。レイラは、自分が終身刑の元囚人だったことを引け目に思っているのか、それとも、自分のことなど第三者にわかろうはずがないと思い込んでいるのか、見るからに他人を寄せ付けたがらないオーラを放っていた。牧師館には、盲目のヤコブ牧師が一人で住んでいた。ヤコブ牧師は目が見えないために、自分宛に届いた人々からの相談の手紙をレイラに読み上げてもらい、その返事をレイラに代筆してもらいたかったのである。しかし、レイラはヤコブ牧師により与えられた新しい仕事に対し、あまり気乗りがしていない様子だった。そのため、ヤコブ牧師宛に届いた手紙をこっそり捨ててしまったりするのだ。

 もう一人の登場人物は、郵便配達夫である。彼はリズム感のある掛け声とともに、自転車に乗って郵便配達にやって来る。ヤコブ牧師は、毎日、手紙が届くのが待ち切れない様子で、郵便配達夫の声が聞こえて来ると、すぐに家の外に出て郵便配達夫から手紙を受け取り、届いた手紙を庭のテーブルまで持って行き、レイラに読み上げてもらうのだった。

 しかし、レイラが届いた手紙を捨てるようになってしまったことが原因なのかどうかはわからないが、これまでたくさん届いていた相談の手紙がパタリと止んでしまう。それに比例するかのように、ヤコブ牧師はみるみる元気を失ってしまう。これではまるで、ヤコブ牧師にとって、手紙が栄養分であったかのようだ。ここには、ある種の逆転がある。人々がヤコブ牧師に相談の手紙を送付して救われていたのと同様に、ヤコブ牧師もまた、人々の相談の手紙によって救われていたということである。

 ヤコブ牧師が元気を失って行くとともに、レイラの態度に少しずつ変化が見られるようになる。あれほどぶっきらぼうな態度を取っていて、今にも牧師館を去りそうな雰囲気だったにもかかわらず、ヤコブ牧師を助ける行動を取るのである。それが、何とも涙を誘う方法なのだ。

 レイラは郵便配達夫に協力を要請し、ヤコブ牧師宛の手紙が届いていないにもかかわらず、ヤコブ牧師の目が見えないのをいいことに、あたかも手紙が届いたかのように振舞ってもらう。そこからは、涙なしには語れない。冒頭からずっと心を閉じて、人を寄せ付けようとしなかったレイラが、自らの罪を語るシーンは圧巻で、私は周りに人がいるにもかかわらず、涙を抑えることができなかった。

 これまで、レイラがどのような罪を背負って来たのか、一切説明がなかったのだが、そのシーンにすべてが集約されている。殺人という結果だけを見ると、確かに悪人かもしれない。しかし、レイラの取った行動は、肉親への愛のための行動だったのだ。あんなにもぶっきらぼうなレイラの中に、確かな愛が存在していたことを知ると、もう涙なんか抑えきれない。レイラが子供の頃から体験して来たことや、レイラの肉親との関係に深い愛を感じて心の中が熱くなった。レイラが何故、恩赦されたのか。それもそのシーンでわかるのだ。

 私にとって、七十五分という上演時間は、短いとは思えなかった。最初のゆっくりとした展開は、すべてラストのレイラの告白に集約されていたと思う。ただ、本作を鑑賞された方たちの中にはもっと別の結末を望んだ人たちもいたようである。すなわち、レイラの告白によって、ヤコブ牧師が元気を取り戻すという結末である。本作はそうではなかったのだが、それだけに、レイラと肉親の新しい未来を感じさせる結末となっている。

 いやはや、素晴らしい作品を鑑賞することができたと思う。こういう作品に出会えるから、私はミニシアター系映画館が大好きなのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 牧師館はフィンランドの森の中にあり、とても美しい緑の景色に囲まれていました。こういう風景を見ると、ついついフィンランドに行きたくなってしまいますね。夏に訪れると、かなり涼しそうです。(笑)

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2011.02.19

ホットヨガ(二二三回目)

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(2)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ううむ、やはり、ガンまるコムサーバにアップした写真がときどき参照できなくなっていますね。重ね重ね申し訳ありません。掲載した二枚目の写真が五福座の中の様子を納めたものですが、あれはステージを背にして出口に向かって撮影したものです。肝心のステージの写真を撮影するのを忘れてしまいました。(苦笑)

 二月の第二週の月曜日は、三宮店で六十分の骨盤コースのレッスンを受けた。実は、その前日も三宮店で骨盤コースのレッスンを受けていたので、二日連続で三宮店に通ったことになる。

 受付には、過去にいろいろな支店でお目に掛かっている南森町店のスタッフがいらっしゃったので、またごあいさつをさせていただいた。今回も、三宮店のお手伝いに来られていたようである。

 今回のレッスンの参加者は十四名だった。やはり、平日の夜のレッスンにしては数が多い。しかし、サウナスーツを着てレッスンに参加されている方以外、一週間前のレッスンと同じ顔ぶれの方たちにはほとんど会うことができなかった。骨盤コースということで、しばらくは気合を入れて参加されていたものの、夜のレッスンには通いにくかったのかもしれない。

 レッスンを担当してくださったのは、受付でいつもポジティブなエネルギーを振り撒いてくださっているインストラクターである。確かこれまでにも、そのインストラクターのリラックスコースのレッスンで受けたことが何度かあった。

 今回は、猫のポーズから入る四つん這いのポーズも、それほど苦しくはなかった。いつもよりも体調が良かったのかもしれない。ただ、やはり、ぺちゃんこ座りの体勢から入る仰向けのポーズは、私には難しい。整体の知識から言えば、ぺちゃんこ座りは女性の骨盤には最も良くないポーズとされているのだが、その状態で身体を後ろに倒して仰向けになるのは、骨盤を最も締めるポーズになるというのだから不思議なものである。ただ、私がメルマガを拝読している古久澤先生は、骨盤は締めることだけが大切なのではなく、しかるべきときに開いて、しかるべきときに締まることが大切だとおっしゃっている。

 レッスンを終えると、インストラクターが、
「二十一時を過ぎるとエレベータが止まってしまいますので、ご注意ください」
とおっしゃった。なるほど、いつもはスタッフのご親切に甘えて、従業員用のエレベータで一階まで送っていただいていたのだが、二十一時までに退出すれば、スタッフの手を煩わせることなく通常のエレベータを利用することができるのだとわかった。とは言え、二十時半過ぎにレッスンが終わり、それからシャワーを浴びたあと、帰り支度を整えることになるので、二十一時というタイムリミットはかなりきつい。何しろ私は、冷え取り健康法のために靴下を四枚も重ね履きしているのだから。

 結局私は、二十一時までに退出することができず、二十一時を少し回った頃、受付にロッカーの鍵を返すことになってしまった。帰りは、レッスンに参加されていた他の二人の会員さんと一緒になり、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターの案内により、四人で同じ従業員エレベータに乗った。そのとき、レッスンを担当してくださったインストラクターが、全員に向かって、
「骨盤コースいかがですか?」
と尋ねられたので、私は、
「もちろん、いいですよ」
と答えた。インストラクター曰く、
「骨盤コースがいいとおっしゃる方と、ああ、こんなもんかなとおっしゃる方とで、意見が二手に分かれるんです」
とのことだった。私はむしろ、骨盤コースのレッスンに対し、「ああ、こんなもんかな」とおっしゃる方がいらっしゃるということに驚きを覚え、
「『こんなものか』とおっしゃっているのはどういう方なのですか?」
と尋ねてみた。 すると、インストラクターから、
「アクティブコースなどの激しいレッスンを受けている方たちにとっては、骨盤コースは物足りないみたいですね」
という答えが返って来た。

 なるほど、普段から身体を激しく動かすことによって満足感を得ている人たちと私では、ホットヨガのレッスンに求めているものが最初から違っているのだろう。だから、そういう方たちは、動きの激しくない骨盤コースでは物足りないわけである。また、自分の骨盤が歪んでいるという危機感がなければ、骨盤コースのレッスンに参加しても意味がないのだろう。それはまるで、健康な人が、薬湯に入るようなものだからだ。

 私はインストラクターに、
「骨盤コースのレッスンには、リラックスコースのレッスンに参加されていた方たちが流れて来ているのでしょうか?」
と尋ねてみた。すると、インストラクターは、
「いえ、ライトコースのレッスンに参加されていた方たちが骨盤コースのレッスンに流れて来ているみたいですね」
とおっしゃった。なるほど、ライトコースのレッスンは、心身のリラクゼーションを目的としたレッスンだが、これまでそうした静かなレッスンに通っていた方たちが骨盤コースのレッスンにじわじわと切り替えているようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスンに対して求めているものが違うと、同じレッスンを受けても満足度が違うというのは驚きでした。レッスンの激しさをお湯の温度に例えると、熱いお湯に浸かるのが好きな人と、それほど熱くなくても、長い時間、お湯に使ってじっくりと身体を温めるのが好きな人との違いであるように思います。目に見える形での即効性を求めるか、時間を掛けてじわじわと目的を達成するかの違いでしょうか。言うまでもなく、私はほとんど何に対しても後者ですね。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.02.18

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(2)

映画『その街のこども 劇場版』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ラストで、勇治は美夏に誘われても、「追悼のつどい」には参加しないんですよね。これが、鑑賞後の余韻を生み出しているように思います。アメリカ映画ならば、きっと勇治は仕事をすっぽかしてでも「追悼のつどい」に参加するでしょう。でも、勇治が「また来年」と言って参加を断ることで、この物語が容易には完結してしまわずに、鑑賞した人の中でずっと続いて行く物語になるのだと思います。それでは、ブリージングストレッチセミナー in 岡山(1)の続きを書かせていただきますね。

 今回のセミナー会場となった五福座は、ステージもある上に数十人の人たちが一度に集まることができるので、今回のようなセミナー会場としてはもってこいの会場だった。私は高校時代、演劇部に所属していたので、私が高校生だったならば、きっと演劇のお稽古場として五福座をお借りしたいと思ったことだろう。

五福座の入口

五福座の中

五福座のドア。ここで催し物をされた方に、記念に何か書いていただいているようだ

 中に入ってみると、過去二回の神戸セミナーでお会いした方と再会することができた。ひとまずその方にごあいさつをして、奥のほうの空いている場所に腰を下ろすと、隣にいらっしゃったご年配の女性が話し掛けてくださった。何でもその女性は地元の方で、たまたま何かの用があって五福座まで来たところ、セミナーを開催しているというので、参加することにしたそうだ。今回のセミナーは、定員三十名のところ、三十五名の方が参加されることになっていたようだが、四国から参加されるはずの方が都合で参加できなくなってしまい、他の方が参加できる余裕が生まれたらしい。地元の女性は、古久澤先生のメルマガの読者の方ではなかったのだが、体操をすることで足の傷みが引くといいのに、とおっしゃっていた。

 さて、ざっと会場を見渡してみると、最初にお会いした四国の方以外は、初めてお目にかかる方たちばかりのように思えた。今回も、東京にある古久澤先生の体操教室の生徒さんたちがたくさん参加されているのではないかと期待していたのだが、去年の神戸セミナーでお会いした方たちが見当たらない。しかし、参加者の方たちを注意深く観察していると、その中に、去年の神戸セミナーでお会いした方が一人だけいらっしゃった。私は彼女との再会がうれしくて、すぐに声を掛けさせていただいた。聞くところによると、今回のセミナーには、東京の体操教室の生徒さんはほとんど参加されていないとのことだった。彼女は、私が今回のセミナーに参加するのではないかと予測してくださっていたそうだ。

 再会の喜びをかみしめているうちに、古久澤先生が五福座の四隅でパンパンと柏手(かしわで)を打ち、祈りを捧げているのが見えた。あとからうかがったことだが、そうしておくと、相手から敵意を持たれることがないのだそうだ。実際、その通りで、古久澤先生が前に立ってお話を始めると、セミナー参加者は瞬く間に古久澤先生のお話に引き込まれた。

 セミナーが始まるまでの間、参加者の皆さんは五福座の壁に沿って座っていたのだが、古久澤先生が、
「最初は少し話をします」
とおっしゃったので、参加者全員が、前に立った古久澤先生と向かい合うような形でぞろぞろと移動した。

 セミナーの開催直前に配信された主催者の方からのメールで、セミナー会場にはござを敷いてはいるものの、底冷え対策のためにバスタオルなどを持参するように勧められていたので、私は百円ショップで購入した少し厚みのあるレジャーシートとひざ掛けを持参していた。写真でご紹介したように、ヨガマットを持参されている方もいらっしゃって、なるほどと思った。私も使っていないヨガマットが自宅に二枚もあるので、持参すれば良かったと思った。

 古久澤先生のお話が始まると、みんな一斉に持参した筆記用具でメモを取り始めた。いつもながら、古久澤先生のお話には学ぶことがとても多く、先生の話すスピードにペンがなかなか追い付かないくらいだった。

 まずは雪が降ったからだろう。天候の話から始まった。
「皆さんは、雪が降っていたら憂鬱になりますか? それとも、雪が降ってラッキーと思いますか?」
と古久澤先生は私たち参加者に向かって問い掛けてくださった。私は心の中で、チェーンの装備のない代車で来ることになってしまったので、雪が積もって帰れなくなってしまったらどうしようと心配になったことを思い出していた。

 古久澤先生は、雪の成分である水は〇度から百度までの幅を持っているので、そうした幅がある中で雪になるというのは、それだけでもう特別な日なのだとおっしゃった。だから、雪が降っているからといって憂鬱になるのではなく、雪という特別な日を楽しんだほうがいいと古久澤先生はおっしゃった。雪は六芒星(ろくぼうせい)の形をしているので、その形をイメージするだけでも幸せになれるそうだ。
「雲のもっと奥のほうにはお日様が出ています。普段から、それを感じられるような身体にして行きましょう!」
と古久澤先生は力強くおっしゃった。こういう話を聞くと、心の底からわくわくして来る。

 それから、やはり季節柄だろうか。風邪の話になった。私も今年は年頭から何となく調子が良くない。六芒星ならぬ六星占術の細木数子さんの占いによれば、私は去年が健康に気を付けなければならない「健弱」の年だったのだが、持病以外は特にこれと言った病気に見舞われることもなく過ごすことができた。今年は「健弱」の次の「達成」の年であるにもかかわらず、去年、ほとんど何もなかったために、病気が遅れてやって来たのだろうか。そうだとすると、細木数子さんの六星占術には、一年の遅れがあるのではないか。そんなことを考えてもいた。

 古久澤先生曰く、風邪は自分で引き寄せているとのことだった。確か、最近のメルマガでもそのようなことを書かれていたように思う。更には、風邪以外の何もかもを、自分自身で引き寄せているそうだ。人との接し方や眠り方、その他あらゆることが、今の自分を引き寄せていると古久澤先生はおっしゃった。いやはや、大変耳の痛い話である。それでも、私は古久澤先生のお話を聞き漏らすまいと、一生懸命先生のお話に耳を傾けて、ノートを取っていた。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 驚いたことに、今回のセミナーでは、古久澤先生のセミナー参加が初めてという方が大半を占めていました。三十名の定員に対し、三十五名の方を受け入れたくらいですから、古久澤先生のセミナーは、益々拡大の状態にあるのでしょうね。まだまだ続きますので、どうか続きをお楽しみに。(笑)

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2011.02.17

映画『その街のこども 劇場版』

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(1)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンまるコムサーバの不具合により、記事に掲載している写真が参照できなかった方もいらっしゃるかもしれませんね。申し訳ありませんでした。ガンまるコムサーバが頻繁にダウンしているのは、どうやらスパムコメントを投稿するために、ガンまるコムサーバ内に設置している掲示板に過度のアクセスが発生していることが原因のようです。現在、そのための対策を練っているところです。

 本作の公開は、一月十五日だったようだが、神戸では一足早く十一月二十日に公開された。私が鑑賞したのも神戸での公開初日となった十一月二十日のことである。

 実は私は、兵庫県に住んでいながら、震災を体験してはいない。震災が起こった頃、私はまだ東京に住んでいて、ガンモとの出会いも果たしていなかった。私がガンモと結婚して兵庫県に移り住んだのは、震災からおよそ一年半経った頃のことである。震災から一年半経過していても、当時、私たちの住んでいたアパート近くにある運動場には、いくつもの仮設住宅が用意され、そこで生活している人たちがいた。

 震災の状況については、ガンモや周りの人たちから聞いている。兵庫県に住んでいるにもかかわらず、震災を体験していない私は、いつまでたっても自分の中でのよそ者意識が消えず、兵庫県人にもなれないような気がしている。

 そんな私が震災の映画を鑑賞すると、ちょっとひねくれた視点から観てしまうのではないかとも思っていたのだが、実際はそうではなかった。というのも、本作が、震災当時の出来事を扱った作品ではなく、主人公たちが子供の頃に震災を体験しているという設定で、いわば震災後について描かれた作品だったからだろう。ちなみに、主人公を演じている二人は、子供の頃に、実際に神戸で震災を体験されているそうだ。

 東京に住む勇治と美夏は、新幹線を降りたあと、新神戸駅で知り合いになる。もともと、広島への出張のために新幹線に乗っていた勇治は、新幹線の中で見掛けた美夏に惹かれたことに加え、三宮で「追悼のつどい」が開催されるという車内ニュースを見て、美夏が降りた新神戸で自分も降りることに決める。

 話をしているうちに、二人は子供の頃に震災を体験していることを知る。震災から十五年を経て、「追悼のつどい」に参加しようと心に決めて神戸にやって来た美夏に対し、震災の頃に受けた感情を封印し続けていた勇治は、ある意味、対照的とも言える。美夏が震災と真正面から向き合おうとしているのに対し、もともと屋根を修理する仕事をしていた父が、震災をきっかけにこれまでの十倍の金額で仕事をするようになったことで成り上がった勇治は、お金の代わりに失ったものを思い起こさせる。鑑賞当時は気付かなかったが、こうして振り返ってみると、実にユニークな視点から描かれた作品であることがわかる。

 主人公の二人が深夜に三宮から御影(みかげ)まで歩くシーンがいい。震災を通して体験していることがまったく異なり、価値観も違う二人なのに、電信柱を数えながら、荷物の持ち合いをしてひたすら歩く。それはまさしく癒しの旅で、その道すがら、美夏は震災で亡くした親友のお父さんに会い、勇治は成金となった父が直した家の屋根を見る。その癒しの旅を通して、二人はこれまでよりも前に進むことができたのではないだろうか。

 本作は、NHKで放送されたドラマを劇場版に再編集したものらしい。NHKで放送されたとき、大変な反響があったそうだ。私はそのドラマを見ていなかったので、本作を鑑賞して初めて本作の存在を知ったわけだが、美夏を演じている佐藤江梨子さんの話す神戸弁には違和感を感じてしまうものの、震災の経験が間接的でありながらもリアルに伝わって来る作品だと思った。街が壊れ、多くの人たちが亡くなったり、人々が悲しみや苦しみを経験する中で、むしろ、そういう経験が人々を強く結び付けているようにも思えたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 震災を経験したこどもたちのその後がテーマになっているんですね。心に深い傷を負っても、せめてそれを共有できる横の繋がりが神戸には生まれたのかなと思います。夜中に亡き親友の家に訪ねて行くというシーンも、通常の感覚ではあり得ない設定ですが、震災のあった日の前日で、その家の明かりが灯っていたことが胸を熱くさせます。美夏がその部屋をあとにしても、親友のお父さんがずっと美夏を見送っているシーンも印象的でしたね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.02.16

ブリージングストレッチセミナー in 岡山(1)

「ガンまる日記」も七周年の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。七周年を迎えたので、次に目指すは十周年でしょうか。と言っても、十周年まであと三年なんですよね。きっと、あっという間だと思います。(笑)

 去年の十二月のことである。いつも楽しみに拝読している古久澤(こくざわ)先生のメルマガで、岡山でブリージングストレッチのセミナーが開催されるという号外が配信された。岡山ならば、私の住んでいる兵庫県の隣の県なので、近い。私は早速申し込みを済ませた。

 いよいよセミナー当日になった。私はガンモの運転するカングーで岡山まで移動する予定にしていたのだが、折しも、カングーの車検の日程と重なってしまった。セミナーの前日になっても車検が完了したとの連絡が入らなかったため、私たちは仕方なく、カーナビの設備のない軽自動車の代車で岡山まで出掛けて行くことにしたのである。

軽自動車の代車

 支度を整えて家を出たものの、お天気は曇り空で、岡山に入る少し前からとうとう雪が降り始めてしまった。しかも、まるで雪国のように雪が降り注いでいる。カングーならば、チェーンの装備があるものの、軽自動車の代車にはチェーンがない。私たちはセミナーのあと、岡山に一泊する予定だったのだが、もしも雪が降り続くようなことがあれば、翌日、チェーンのない代車で道路を走るのはとても危険なのではないかと心配になっていた。

岡山に近付くと、まるで雪国のように雪が降り始めた

 代車にはカーナビがないので、アナログの地図を頼りに走っていたのだが、特に迷うことなく会場付近に辿り着いた。ありがたいことに、その頃には雪はすっかり止んでいた。

 会場付近を代車で走っていた私たちは、その古い町並みに驚いた。このあたりは、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』のロケ地で有名らしい。そう言われてみると、どこかで見たことのある景色である。

セミナー会場となった岡山西大寺の五福通りは、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』映画『ALWAYS 続・三丁目の夕日』のロケ地

おおっ、これは! 何と、茶川の家だった

 五福通り周辺は、比較的路地が狭いので、カングーではなく、小回りの効く軽自動車の代車で来て良かったと思った。そうでなければ、路地を曲がるのも右往左往してしまったかもしれない。

 会場を確認した私たちは、腹ごしらえをするために、会場近くのモスバーガーで昼食をとった。

モスバーガーで昼食。ガンモはハンバーガーとホットドッグを食べて、私はハンバーガーとサラダを食べた

 腹ごしらえをしたあと、再び会場となる五福座へと出向いたのだが、五福座に着いて荷物を降ろしていると、誰かが後ろから声を掛けてくださった。振り返ってみると、何と、古久澤先生ではないか。古久澤先生のセミナーに参加するのは、今回でまだ三度目だというのに、私のことを覚えてくださっていたのである。ガンモが運転席にいたので、
「今日はご一緒に参加されますか?」
と尋ねてくださったのだが、実はガンモは古久澤先生のメルマガを拝読しているわけではない。そのため、私がセミナーを受けている間は、別行動となる予定だったので、その旨を伝えた。

 私は荷物を降ろし、入口で受付を済ませてから会場に入った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 古久澤先生のセミナーに参加させていただくのは、およそ一年振りですね。今回も、いろいろな方たちにお会いしました。記事が長くなりますので、時々別の記事を挟みながら、複数回に分けてお届けしますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.02.15

「ガンまる日記」も七周年

映画『ふたたび swing me again』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 若いうちに同じ志を持った仲間たちと出会えるなんて、いいですよね。特にバンドメンバーに限って言えば、メンバーが集まらなければ実現できないことなので、その出会いはとても貴重だと思います。私は、子供の頃から文章を書くことが好きだったので国文科に進んだのですが、大学で同じ志を持った仲間と出会うことはできませんでした。思えば、学生時代よりも、社会人になってから出会った人たちのほうが刺激的ですね。

 二月十四日と言えば、バレンタインでーであるとともに、ガンモと私が付き合い始めた記念日でもある。私はその記念日に、「ガンまる日記」を書き始めた。今からちょうど七年前のことである。当時は一つ一つの記事もまだ短かったのだが、いつの間にか長い記事を書くようになっていた。書いているうちに、「一日一記事を書こう」と心に決め、それを実践し続けて七年経ったわけである。現在までに、この記事を含めて二千五百五十九件の記事が登録されている

 思えば、日本国内はもちろんのこと、海外に出掛けても、必ず「ガンまる日記」を更新できる環境を作り上げて来た。海外では、インターネットを使用できるホテルをわざわざ選んで宿泊しているので、旅の疲れを度外視すれば更新できなくもない。しかし、日本国内では、宿泊先のホテルでインターネットを使用できない場合、普段から持ち歩いているモバイルカードの電波が届かない地域まで足を延ばしてしまうと、電波の届く地域に移動するまで更新できないことも何度かあった。

 こうして振り返ってみると、「ガンまる日記」を書き始めた頃と今では、インターネット事情がずいぶん変わって来たように思う。書き始めた頃は、まだまだホームページが主体でブログツールを使いこなしている人は少なかったのだが、今ではホームページの数よりもブログのほうが数が多いのではないだろうか。それに加え、企業情報や個人情報を保護する動きが出て来た。そのため、仕事のことを詳細に書きたくても表現を曖昧に済ませたり、個人情報を含んだ写真を掲載するときはぼかしを加えるなどの配慮が必要になって来た。それらのことを総合的に考えると、書くことを大きな喜びとしている人にとっては、ある程度の制限が加えられていると言っていいだろう。

 ところで、先日、私と同じように書くことを大きな喜びとしている大切な友人が自費出版に踏み切るというので、出版する本の後書きを書かせていただいた。以前、ブログランキングに参加している理由としても説明させていただいたように、私にも出版への夢はある。とは言え、例え出版が実現したとしても、今はインターネットや携帯電話などで参照するデジタルコンテンツが主流になって来ているので、印刷されたアナログの本を読む人は少なくなって来ているようにも思う。また、インターネットや携帯電話が普及したことにより、これまでよりも容易に活字に触れられるようになったことから、わざわざお金を払ってまでアナログの本を購入する必要もないと考える人も少なくないだろう。そういう意味で、書くことに大きな喜びを感じている人たちは、自分が書いたものを出版するという目標を失いつつあるようにも思う。

 実のところ、「一日一記事」を心掛けていると、例えば、友人や知人から届くメールの返事やその他いろいろなことを後回しにしてしまうこともある。多くの女性たちが毎晩の晩御飯のメニューを一生懸命考えているのに対し、私は毎日「ガンまる日記」のメニューをあれこれ頭の中で巡らせながら、手帳にメモしている。いつまで書き続けられるかはわからない。しかし、「一日一記事と決めても、義務からではなく、どうしても書きたい気持ちが私を突き動かし続けているのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 七年間、書き続けて来られたのも、読んでくださっている皆さんのおかげであります。本当にありがとうございます。これからも書き続けて行きたいと思っていますので、どうぞよろしくお願い申し上げます。それにしても、この七年間を振り返ってみると、確かに時代は変わって来ていますね。これからも、どんどん変化して行くのでしょう。その変化の中で、文章はこれからもどんどん短くなって行くのではないかと、自費出版に踏み切る友人が言っていました。人々の交流も、ツイッターのように短くなってしまうのではないかと。今でさえ、文章による交流が簡素化されているというのに、これ以上、簡素化されてしまったら、人々は集中して書き上げられた文章に触れる機会がどんどん少なくなってしまいますよね。このままでは、人々は長い文章を読めなくなってしまうのではないかと懸念してしまいます。そんな時代が来ることのないよう、切に祈っています。

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2011.02.14

映画『ふたたび swing me again』

ホットヨガ(二二二回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。四つん這いのポーズのときに、片足を挙げてポーズを取っている自分の姿をスタジオの鏡で見てみると、身体を支えている足が傾いてしまっているのがわかります。インストラクターや他の会員さんたちは、身体を支えている片足がまっすぐに立っているので、やはり私の骨盤には歪みがあるのでしょうね。骨盤コースのレッスンを受けることで、骨盤の歪みが矯正され、下半身が安定して来ることを強く望みます。

 本作を鑑賞したのは、十一月十九日のことである。三ヶ月近く前に鑑賞した作品であるにもかかわらず、未だに日本のどこかで上映され続けている作品でもある。

 本作で取り上げられている大きなテーマは、ハンセン病と自分の好きなこと(ジャズ)への情熱である。ハンセン病に対してまだ偏見のあった時代、ジャズのトランペッターの健三郎は、本当は感染することのないハンセン病のためにハンセン病療養所に隔離されてしまう。そして、実に五十年以上もの間、ハンセン病療養所で過ごした健三郎が、志半ばにして離れ離れになってしまったかつてのジャズ仲間たちを次々に訪ねて行くロードムービーに仕上がっているのだ。

 五十年以上もの間、ハンセン病療養所に隔離されていれば、家族ともおのずと疎遠になってしまうことだろう。しかも、ハンセン病に対する世間の偏見からすれば、ハンセン病療養所で長い年月を過ごした健三郎をどのように受け入れて行くかで家族が激しく葛藤する気持ちもわからないでもない。

 健三郎の場合、若い頃に愛し合った女性との間に子供が産まれていた。その愛は、ハンセン病に対する偏見のために激しい苦悩を伴うものとなってしまったのだが、子供がいてくれたおかげで、五十年を過ぎても健三郎には帰る場所があったのである。健三郎の息子である良雄とその妻、そして良雄の息子である大翔は、健三郎を家族として受け入れようとするのだが・・・・・・。

 確か予告編を観たときに、本作のロケ地が神戸であることを知った。実際、本編が始まった途端、すずらんの湯に行くときに利用している神戸電鉄のウルトラマン車両が映し出され、本作の中で起こる出来事を神戸の街で起こっている出来事として身近に感じることができた。

 財津一郎さん演じる健三郎は、五十年以上もの間、ハンセン病療養所に隔離されていただけに、家族に対してどのように接したらいいのかわからない。家族にしても、それは同様だったろう。家族というのは、本来、喧嘩もできるほど近い距離のはずなのに、物理的に離れていた時間が長過ぎたことと、ハンセン病に対する世間の偏見から、お互い顔を合わせてもついつい口数が少なくなり、会話もぎこちなくなってしまうのだ。しかし、そんなぎこちなさを少しずつ緩和してくれたのが、健三郎のジャズへの情熱を理解し、共有することだった。健三郎の孫の大翔は、大学でジャズサークルに入っていた。しかも、大翔がずいぶん聴き込んで、とても気に入っていたジャズのレコードは、実は健三郎が参加していたジャズバンドが演奏したものだったのである。

 人は、自分が受け入れられていないと感じると緊張し、受け入れられているとわかるとリラックスできるものである。孫の大翔が自分を受け入れてくれていることがわかると、健三郎は少しずつ口数が多くなり、心を開いて行く。固いものが柔らかくなって行くそのプロセスが実にいい。そして、かつてのジャズバンドのメンバーを訪ねて行く旅に大翔を運転手として同行させて、感情を露にしながら旅を続けるのだった。私は、健三郎が怒って車を降りるシーンで、思わず「やったー!」と心の中で叫んだ。何故なら、健三郎が自分の感情を押し殺すことなく、素直に振る舞ったシーンだったからだ。

 おそらく、大翔の両親からすれば、大翔がどのようにして健三郎との距離を縮めて行ったのか、不思議に思ってしまったことだろう。健三郎との接し方がわからずにおどおどしている間に、息子の大翔がさっさと健三郎とフランクな関係を築き上げてしまったのだから。

 本作は、ハンセン病という難しいテーマを軸に、人々が情熱の領域に入り込んだ上で関わりを持つことの大切さや、ぎこちない家族がどのように絆を結んで行くかについて描かれている。固くなった心を柔らかくするのは、どこかで無理をしたぎこちないおもてなしではなく、相手が特別な情熱を傾けているものを認めた先にようやく成り立つものなのだ。しかし実際は、相手が持っている情熱を素通りして無理に絆を構築しようとするケースが実に多い。そういう意味で、ハンセン病療養所のハヨンもまた、健三郎がトランペットを大切にしていることを認めた上で健三郎に歩み寄り、健三郎との絆を深めたと言える。

 上映時間の関係なのか、ラストのライブ実現までの展開は少々強引にも思えてしまったのだが、大翔も一緒にステージに立つというサプライズまで用意されていることから、涙を誘う結末となっている。無意識のうちに、祖父から孫へと繋げられるトランペットの演奏技術は、間にいる大翔の父親の良雄の立場を弱くしてはいるものの、良雄は良雄で健三郎と大翔のやりとりを見ながら、自分自身の父親である健三郎とどのように関わって行けばいいかをしっかりと学んだのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 交流を持とうとしている人が強烈に好きなものの前を素通りしたり、目を瞑ろうとしたりすることが良くありますよね。私も普段から、誰かとスピリチュアルな会話をしたいと思っていても、なかなかそういう話題に転ばないために、自分自身の奥のほうにある情熱を出せずにいるように思います。その反面、同じようなことに興味を持っている人とは瞬時のうちに繋がることができます。健三郎の実の息子である良雄が実現できなかったことを、健三郎の孫である大翔がやってのけたのは、実にお見事だと思います。

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2011.02.13

ホットヨガ(二二二回目)

バンコクで宿泊したホテルの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。朝食ビュッフェのメニューも、毎朝同じメニューではなく、少しずつ変わっていたこともうれしかったですね。連泊の利用客を飽きさせないように考慮されているんですね。

 二月第一週の日曜日のことである。私は、三宮店で夕方から行われる六十分の骨盤コースのレッスンを予約していた。とは言え、ここのところ、日曜日の夕方のレッスンを予約していても、なかなかレッスンに参加することができなかった。実は、このときも生理を迎えて体調が悪く、レッスンを見送ろうかとも思っていた。lしかし、有給休暇も含めて二日間も自宅にこもっていたために、そろそろ身体を動かしたほうが良いだろうと思い直し、頑張って早めに家を出て、映画を一本鑑賞したあと、夕方からの骨盤コースのレッスンを受けた。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、狭いスタジオにヨガマットがびっしりと並べられていた。日曜日の夕方だというのに、何と十六名もの方たちがレッスンに参加されているではないか。私が何度かこの時間帯のレッスンを見送っている間にも、他の方たちはこうしてレッスンに参加されていたのだ。

 スタジオが狭い上に参加人数が多かったからだろうか。スタジオ内はいつもよりも暑くなっていた。休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ)に入ると、私はとうとう暑さに耐え切れず、スタジオの外に飛び出した。私と一緒にスタジオの外に出て来た会員さんが、
「今日は暑いですね」
とおっしゃったので、私もそれに同意した。どうやらその会員さんはフリーパス会員さんのようで、骨盤コースのすぐあとに行われる別のレッスンも予約されているようだった。

 ちなみに、今回のレッスンを担当してくださったのは、元神戸店のインストラクターである。レッスンの前にロッカールームで元神戸店のインストラクターとお会いしたときに、今回の骨盤コースのレッスンを担当してくださるとうかがったので、
「お願いします」とごあいさつさせていただいた。

 スタジオ内がとても暑かったからなのか、それとも生理中だったからなのか良くわからないが、今回のレッスンでは汗をたくさん掻いた。更に、スタジオの外でしばらく涼んだものの、後半の四つん這いのポーズでは、とうとう息が切れてしまった。南森町店で骨盤コースのレッスンを受けていたときも、私はかなり息が荒くなっていたが、もともと今回はレッスンの前日、頭痛のために一日中寝ていたように、体調が万全ではなかったのだ。

 レッスンのあと、ロッカールームで自分の書いた台本を読むインストラクターとお話をさせていただいた。聞くところによると、リラックスコースのレッスンを何度も担当してくださったことのある自分の書いた台本を読むインストラクターも、骨盤コースのレッスンを担当されているそうだ。私は、
「そのときはどうぞよろしくお願いします」
と言った。自分の書いた台本を読むインストラクターならば、きっと堅実なレッスンを展開してくださることだろう。

 その後、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターがロッカールームの掃除に入ってこられたので、今回のレッスンの御礼を述べるとともに、スタジオ内がとても暑かったことを伝えた。すると、レッスンを担当してくださったインストラクターも、今回のレッスンでは息が上がってしまったとおっしゃっていた。やはりスタジオが狭い上に参加人数が多く、参加されている方たちの体温でスタジオ内が暑くなっていたのかもしれない。私には四つん這いのポーズがきついことをインストラクターに述べると、インストラクターは、
「下半身が安定して来ると、きつくなくなりますよ。ふわーっという感じでポーズが取れるようになります」
とおっしゃった。なるほど、私の場合、骨盤に歪みがあり下半身が安定していないために、四つん這いのポーズを取るときにバランスを取るためにたくさんのエネルギーが必要になってしまっているのかもしれない。そういう不具合に対し、すぐに答えが出て来るところからすると、さすが元神戸店のインストラクターは、骨盤コースを良く研究されていると思った。

 レッスンを終えてガンモに電話を掛けてみると、まだ仕事を終えるまでに時間が掛かるとのことだったので、私はガンモの帰りを待つために、レッスンのあとももう一本映画を鑑賞してから帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私がきついと感じているのは、四つん這いのポーズを取ったあと、片足を後ろに伸ばし、伸ばした片足とは反対側の手を前に差し出すポーズです。その状態でしばらくキープするか、挙げているほうの手を少しねじって、伸ばしているのとは反対側の足を掴むのですが、そのときにどうしてもグラグラしてしまうのです。インストラクターがおっしゃったのは、下半身が安定して来ると、このグラグラがなくなるということなんでしょうね。南森町店でのレッスンでは、このポーズを取る時間がもっと長かったので、三宮店のレッスンで行われるこのポーズの時間が短いうちにマスターしておきたいものです。(苦笑)

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2011.02.12

バンコクで宿泊したホテル

映画『ゴースト もういちど抱きしめたい』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。樹木希林さんという女優さんは、本当にいろいろな役柄をこなせる実力派女優さんの一人ですね。それに対し、松嶋菜々子さんは、彼女自身を覆っている美しいイメージの中でのみ活動されているように思えました。しかし、それは単に私の偏見がそうさせているだけで、実際の松嶋菜々子さんは違っているのかもしれません。

 タイ旅行最後の記事として、バンコクで宿泊したホテルについて書かせていただこうと思う。今回の旅行で私たちが宿泊したのは、海外のホテルを予約するときにガンモがいつも利用しているJHCから予約したThe Ambassador Hotel Bangkokである。

 The Ambassador Hotel Bangkokの最寄駅は、BTS(Bangkok Mass Transit System、高架鉄道)のナナ駅だった。タイ旅行の初日、チェックインするためにナナ駅で降りてスーツケースを転がしながらThe Ambassador Hotel Bangkokへの道を歩いていたところ、狭い路地に立ち並ぶいくつもの屋台に圧倒された。しかもその路地には、料理の汁のような液体がこぼれ落ちている箇所がいくつかあったので、私たちはそれらの汁がスーツケースに付かないように注意を払いながらスーツケースを転がしていた。私たちは三泊四日のバンコク滞在で、この料理の汁のような液体こそが、バンコクを象徴するものの一つであると感じた。

 The Ambassador Hotel Bangkokにチェックインしたあと、しばらくすると、ホテルの人から渡された宿泊カードを見ていたガンモが言った。
「三泊四日の予定なのに、二泊三日になってる」
そのとき私は、布ナプキンをジャブジャブ洗っている最中だったので、ガンモがフロントに出向き、バウチャー(予約書)を見せて宿泊日数を変更してもらった。印刷して持参したバウチャー上はきちんと三泊四日になっていたのだが、The Ambassador Hotel Bangkokが私たちの宿泊予約を受け付けてくださったときに、滞在が一日分短くなってしまっていたらしい。とりあえず、一日分延長された宿泊カードを持ってガンモが部屋に戻って来たので安心したものの、滞在三日目の夜にホテルに帰って来たときは、私たちの荷物が部屋から引き上げられていないかどうか、内心ビクビクしていた。フロントで部屋の鍵を受け取ったとき、特に呼び止められることもなく、部屋に戻っても荷物がちゃんと残っていたので、私たちはほっと胸を撫で下ろしたというわけだ。

 ところで、ホテルの朝食はビュッフェ形式だったので、私たちは豊富なメニューの中から好きなものを自由に取って食べた。健康のために、普段は毎朝、バナナと味噌汁だけで過ごしている私も、朝食付きのホテルに宿泊するとついつい食べ過ぎてしまう。それでも、年がら年中旅行しているわけではないので、朝食付きのホテルに宿泊したときは、できるだけ朝食を満喫することにしている。うれしかったのは、タイの伝統舞踊付きディナークルーズで食べ損ねてしまったパパイヤをたらふく食べることができたことだ。これで心残りはない。

 今回、私たちが利用したThe Ambassador Hotel Bangkokの部屋は、二人で一泊朝食付き六千円と、ずいぶんお得だった。利用客は国際色豊かだったが、日本人観光客はほとんどいなかった。日本人観光客の多くは、もう少しグレードの高いホテルを利用していたのかもしれない。いろいろな国からいろいろな人たちが宿泊していたので、朝食のときに席について、利用客の様子を観察するだけでも楽しかった。

 ホテルで朝食をとるときは、必ず、"Please don't disturb.(起こさないでください)"の札をドアノブに掛けてから部屋を出て行くのだが、滞在中、たまたま一度だけこの札を掛けるのを忘れて出て行ってしまった。朝食を終えた私たちが部屋に戻ってみると、部屋のドアが開けられていて、ルーム係の人が私たちの部屋を掃除してくださっていた。私たちは、"Please don't disturb."の札をドアノブに掛け忘れてしまったものの、朝食を食べているわずかの間にルーム係の人が入って来るとは思ってもいなかったので、無防備な状態で部屋を出てしまっていた。ルーム係の女性にその状態を見られてしまい、部屋に戻ったときは何だかバツが悪かった。

 ルーム係の女性は、洗面所の掃除をしてくださっていたのだが、私たちは洗面所を素通りして部屋の中に入り、しばらくぎこちない感覚を味わった。ルーム係の女性もやりにくかったのか、私たちが部屋に帰ると間もなく掃除を終えて部屋を出て行った。

 私たちは、ルーム係の女性のために、毎朝、部屋を出掛けて行く前に枕の下にチップを忍ばせておいた。観光を終えて部屋に戻ってみると、私たちの用意したチップは毎回なくなっていたが、このときは朝食のために部屋を空けただけだったので、枕の下にチップを忍ばせておくはずのチップの用意がまだできていなかった。それならば、ルーム係の女性が部屋を出て行くときにさりげなくチップを渡せば良かったのかもしれないが、やはりアジアを感じさせてくれる空間の記事にも書いたように、普段からチップを渡す習慣がないために、チップを直接手渡すことに対し、気が引けてしまったのだ。そのため、せっかく部屋の掃除をしてくれた彼女にチップを渡しそびれてしまった。

 そんなことを思っていると、私たちの部屋のドアがノックされた。何ごとかと思いながら、ドアを開けてみると、さきほどのルーム係の女性が、自分の鍵を忘れたと言って、部屋を入ってすぐのところにあるルームキーの差込口から鍵を取って素早くドアを閉めた。多くのホテルで見受けられるように、部屋を入ってすぐのところにあるルームキーの差込口にルームキーを差し込むと、部屋の電気を使うことができるようになるのだ。私たちは、ルーム係の女性がキーを抜いてしまったので、慌てて自分たちのルームキーをそこに挿した。せっかく、チップを渡しそびれてしまったことに対するリカバリのチャンスが与えられたというのに、残念ながら、私たちはそのチャンスを活かすことができなかったのである。

 The Ambassador Hotel Bangkokには、スパもあったようだが、私たちは利用しなかった。設備も決して新しくはなく、きれいであるとは言い難いが、価格もリーズナブルで、日本人観光客も少ない上に国際色が豊かなので、海外に来ているという雰囲気をじっくりと味わいたい人にはお勧めのホテルである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、バンコクで宿泊したホテルをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これで、タイ旅行の話は完結しました。長い間、タイ旅行の話にお付き合いくださり、誠にありがとうございます。思えば、今回の旅行で私たちは、チップを渡すチャンスを二度も失ってしまったことになるのですね。チップを渡さなかったことで、このように後味の悪い想いをしているということは、私たちがチップを渡すという行為を義務のように感じてしまっている証拠なのでしょうね。

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2011.02.11

映画『ゴースト もういちど抱きしめたい』

アットホームなコンサート(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 関西地方で行われるコンサートは、週末や祝日が多いのですが、今回は兵庫県の西のほうで平日に行われました。最初は、何故平日に開催されるのだろうと思っていたのですが、逆に週末や祝日に開催されていたのだとしたら、また違う客層で盛り上がっていたかもしれませんね。今後も継続的に今回と同じ場所でコンサートが開催されるかどうかはわかりませんが、次回も同じ場所で開催されるならば、またガンモや友人と一緒に参加したいと思っています。その頃には、私たちも会館主宰の友の会に入会しているかもしれませんね。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、十一月十六日のことである。本作は、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』が日本を舞台に生まれ変わった作品である。実は恥ずかしながら、私はかの有名な映画『ゴースト/ニューヨークの幻』を鑑賞してはいない。だから、オリジナルの作品と比較することなく、本作を鑑賞することができたと思う。

 本作では、松嶋菜々子さん演じる七海が、ソン・スンホン演じる韓国人の夫ジュノを残して先立ってしまう。ジュノに対する愛情が深かっただけでなく、気掛かりなこともあったため、七海は肉体を去ってもなお、ジュノの周辺に留まる。

 オリジナルの映画『ゴースト/ニューヨークの幻』でもそうだったのかもしれないが、私は、愛し合っているにもかかわらず、肉体を失ってしまった魂の存在が、肉体を持っている者には感じ取ることができないという設定は、スピリチュアルな観点からは離れたものであると感じる。肉体を失ってしまった魂の存在が、肉体を持っている者にはわからないために、ゴーストとなった七海は、物質的なものを動かして自分の存在をジュノに知らせるための特訓を重ねる。私が本作をスピリチュアルな観点からは離れたものであると書いたのは、このようにして編み出された解決策が、肉体を持っている側の視点に合わされているからである。もしも私が本作の製作に関わるならば、例えどちらか一方に肉体が存在していなくても、互いの感覚を通じてコミュニケーションを取れるように、肉体を失ってしまった側の視点に合わせようとすると思うのだ。

 しかし、そうなると、樹木希林さん演じる霊媒師の役割が不要になってしまう。どうやらオリジナルにも樹木希林さんの演じた役割の人がいたようだ。もしかすると、オリジナルが製作された頃から、愛する者同士の間に霊媒師を仲介させた物語を成立させたかったのかもしれない。ちなみに、本作での霊媒師はコメディ映画のようにおかしい。そのため、オリジナルの映画『ゴースト/ニューヨークの幻』で深い感動を覚えた人たちからは、オリジナルとは違う雰囲気の作品に仕上がっているという厳しい指摘を受けているようだ。とは言え、オリジナルを知らない私は、樹木希林さんの演じた霊媒師に大笑いしていた。

 本作の中で、役柄として印象に残ったのは、実は子役の芦田愛菜ちゃんである。彼女は、つい先日鑑賞したばかりの映画『犬とあなたの物語 いぬのえいが』にも出演していたが、とにかく演技力が凄い。台詞の発し方からして、単なる子役ではないと感じさせる。彼女は、有名な女優さんの生まれ変わりなのではないだろうか。多くの子役さんたちが苦労してようやく手に入れるものを、彼女は既に持っている。

 オリジナルもそうだったのかもしれないが、ラストの展開は好感が持てる。ゴーストと人間が互いに未練を残したままエンディングを迎えても良かったのだろうが、それでは自立した関係が築かれない。というわけで、二度目の別れが用意されているのである。その別れが、これまでの流れからすると意外で、新鮮味があるのだが、観客も既に一度目の別れを経験しているだけに、二度目の別れを受け入れ易くなっている。しかも、それが自立した別れとなれば、鑑賞後の後味は良い。とは言え、私はオリジナルの映画『ゴースト/ニューヨークの幻』を鑑賞してはいないので、ある部分においてはオリジナルに縛られない自由な解釈ができているものの、ある部分においては理解が足りないところもあるかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あくまでエネルギー的な感じ方に過ぎませんが、ジュノを演じていたソン・スンホンは、本当に松嶋菜々子さんのことを好きになっている気がしました。それと、繰り返しになりますが、子役の芦田愛菜ちゃんは凄いです。あとにも先にも、あんな子役さんは出会ったことがありません。ただもう絶句ですね。

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2011.02.10

アットホームなコンサート(後編)

アットホームなコンサート(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 夜中に目覚ましをセットしても、なかなか起きられないという状況が良くわかりました。(苦笑)ガンモが私に、寝る前に起こして欲しいと頼んだことを身をもって理解することができました。私は二時二十分に携帯電話と目覚まし時計の目覚ましをセットしたはずなのに、実際に目を覚ましたのは二十分後の二時四十分だったのです。二十分も目覚ましが鳴り続けていたのでしょうか。呼吸の深さと眠りの深さはあまり関係がないのかもしれませんね。(苦笑)

 高速道路を運転中のガンモと電話で少しだけ話をしたとき、会館の周辺に何があるのか聞かれたので、市役所やホームセンターがあることを伝えておいた。ガンモはそれらの建物を目印に会館を目指すらしい。

 十八時を回った頃、雨が降り始めた。友人と私は、会館の外でガンモの到着を待っていたが、雨が降り始めてしまったため、友人には先に会館の中に入ってもらった。ガンモの到着を待ちわびながら、会館の駐車場に注意を向けていると、ようやく、ガンモの運転するカングーが駐車場に入って来るのが見えた。ガンモの無事を確認して、私はほっと胸を撫で下ろしたものの、あいにく駐車場は既にいっぱいだった。しばらく駐車場の様子を見守っていると、誰かが駐車場の端のスペースに遠慮がちに自家用車を停め始めた。そこでガンモもそれに倣い、駐車場の邪魔にならないスペースにカングーを停めた。帰りはきっと駐車場が混雑するだろうが、今はカングーを停めることが先決だった。

 ガンモは到着するなり、
「腹減った」
と言った。開演までにはまだほんの少し時間があったので、私は会館近くのホームセンターにガンモを案内した。ホームセンターで、酵母パンが売られていたことを思い出したからだ。しかし、ガンモは酵母パンを食べたくないと言った。とは言え、近くにはコンビニらしきものも見当たらなかった上に、ホームセンターで食べ物を探している間に開演時間も迫って来たので、仕方なくそのまま会場入りすることにした。幸い、ガンモは非常食としてチョコレートを持っていた。

 会館の中に入ってみると、ちょうど彼らがコンサートを行っている神戸の大きな会館のように横に広い会場だったが、神戸の大きな会館が三階席まであるのに対し、その会館は一階席しかなかった。どうやらキャパは千人程度のようである。考え方によっては、私のような高所恐怖症の人には優しい会館と言えるだろう。

 驚いたのは、コンサートに参加されているの方たちの年齢層がいつもよりも高かったことである。明らかに、いつものコンサートの参加者とはずいぶん顔ぶれが違っている。もちろん、三十年近く彼らのコンサートに通い詰めている私でも、ファンの方たちの顔を一人一人正確に覚えているわけではない。実は、今回のコンサートは、地元にお住まいのご年配の方たちが多かったのである。おそらく、会館の主宰する友の会に加入されている地元の方たちがチケットを入手され、参加されていたのだろう。

 いつもとは客層が異なっていたためか、コンサートが始まると、会場は瞬く間にアットホームな雰囲気に包まれた。
「今日が初めての方?」
と、いつものように観客に対してアンケートが取られると、大勢の人たちが一斉に手を挙げた。これまでいろいろな地域のコンサートに参加して来たが、これほど多くの方たちが初めて参加されているコンサートも珍しい。たいてい、日本中どこの会場に出向いたとしても、過去にどこかしらの会場でお目にか掛かっている方たちは見受けられるものの、地元の方たちの参加はそれほど多くはなかった。言い換えれば、あちらこちらのコンサートに遠征するファンの気持ちが強過ぎて、地元の方たちがチケットを取り難い状況にあったとも言える。しかし、今回のコンサートは、会館の主宰する友の会の会員の方が多く参加されていたことから、あちらこちらから遠征して来るファンのためのコンサートというだけでなく、地元の方たちにとってのコンサートでもあったようだ。ちなみに、ご年配の参加者が多かったにもかかわらず、コンサートに参加されている方たちの多くは、コンサートの間、手拍子をしたり、拳を振り上げたりして楽しんでいた。

 関西地方で行われるコンサートは大きな会場が多く、一体感を感じることはできてもアットホームな雰囲気には程遠かったのだが、地元の方たちがたくさん参加してくださったおかげで、とても温かいアットホームなコンサートが実現できたと思う。ただ、彼らは地元の方たちがたくさん参加されていることを知らなかったのか、それとも曲目を変えたくなかったのかどうかはわからないが、彼らのコンサートに不慣れな地元の方たちのためにヒット曲を中心としたナンバーを演奏するわけでもなく、いつも通りのコンサートを行った。そういう意味で、地元の方たちは、彼らの飾ることのないいつも通りのステージを堪能することができたのではないだろうか。

 コンサートを終えたあと、ガンモと一緒に会館からそれほど遠くないうどん屋さんで遅い晩御飯を食べたあと、私たちは高速道路を使って帰宅した。帰宅したのは夜も遅い時間だったが、ちょっと無理をしてでも遠出をして良かったと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m コンサートに一緒に参加した友人は、ガンモと私が付き合い始める前から私たちのことを見守ってくれていた友人でもあります。彼女はガンモのことを「ガンモちゃん」と呼びます。(笑)私にとっては彼女もガンモも、出会ってから親しくなるまでにそれほど時間が掛からなかったということは、きっと二人との魂としての付き合いが長いんでしょうね。

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2011.02.09

アットホームなコンサート(前編)

映画『リミット』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 戦場カメラマンの渡部陽一さんが予告編に登場されていたことで思い出したのですが、学生時代に所属していた写真部の仲間たちと、戦場という究極的な場所でカメラを向けられるかどうかについて議論したことがあります。私は、人命救助が第一なので、カメラを向けるよりも人命救助を優先すべきだと述べましたが、中には、写真を撮る姿勢として、そのような考えを持つのは甘いと指摘する声もありました。今でも人命救助が第一だという気持ちに変わりはありませんが、世の中には、本当に写真を撮るために生まれて来たような人たちもいるので、そういう人たちはきっと、私とは違う考え方をされているのでしょうね。

 去年の十二月の初めのことである。冗談混じりから本気へ(後編)の記事に書いたコンサートの日がやって来た。実は、そのコンサートが行われる少し前に神戸市内で行われたコンサートのチケットをどうしても入手することができなかったため、私にとってはこのコンサートがこのツアー初めての参加となった。

 コンサートが行われるのは、兵庫県の西のほうにある会館である。私の知る限り、私の好きなアーチストがこの場所でコンサートを開催したという記憶はない。私は、わざわざ会館まで出向いてチケットを購入してくれた友人との待ち合わせ時間と場所を、コンサートの前日までに決めておいた。私としては、ガンモの運転するカングーで会館に向かうつもりで、友人との待ち合わせを十五時に会館と決めていたのだが、あろうことか、ガンモに急な仕事が入ってしまった。しかも、夜中の三時半に出掛けて行くという過酷な仕事である。

 平日に行われるコンサートだったので、ガンモも私もコンサートの当日は休暇を取っていたのだが、ガンモは、夜も遅いのでそろそろ眠りたいと思っている私に対し、夜中の二時半頃に起こして欲しいと言った。時間が時間なので、どうやら目覚まし時計をセットしただけでは不安だったらしいのだ。しかし、仕事のある日は毎朝五時に起きている私が、夜中の二時半にガンモを起こすために起きていられようはずがない。それでも私は、何とか頑張って、一時半まで起きていた。そして、もはやこれ以上起きているのは無理だと感じたとき、スヌーズ機能付きの携帯電話の目覚まし時計を二時二十分にセットした上に、アナログの目覚まし時計も一緒にセットしておいた。ガンモには、
「まるみが寝るときに起こして」
と言われていたのだが、私は、携帯電話も目覚まし時計もセットしておいたので大丈夫だろうと思い、ガンモに一言だけ伝えてから眠りに就いた。私がうとうとしていると、携帯電話にセットした目覚ましがけたたましく鳴っていた。目覚ましを止めたいが、携帯電話がどこにあるかわからず、探し回った挙句、ようやく止めることができた。時計を見ると二時四十分だったが、ガンモは既に仕事に出掛けたあとだった。ガンモの責任感の強さに脱帽である。

 その後、仕事を終えたガンモが帰宅したのは、朝の七時過ぎだった。すぐに睡眠をとらなければ、ガンモが会館までカングーを運転して行くことは難しいだろう。その上ガンモは、コンサートに行く前に会社に出勤して、何らかの仕事をこなさなければならないようだった。そんなあたふたした状況だったので、私は友人にメールして事情を説明し、私だけが電車を利用して、先に会館まで向かうことになった。

 会館までは、我が家から二時間余りかかった。同じ兵庫県内にあるというのに、実に遠いコンサート会場である。私が会館近くまで電車で行くことになったので、友人が会館のある最寄駅付近まで自家用車で迎えに来てくれた。

 そして、会館の近くに自家用車を止めて、会館の近くにある喫茶店で友人と話し込んだ。開演まではたっぷり時間があったので、友人と二人でいろいろな話をした。その中でも一番盛り上がったのが、やはり昔話である。どれも青春時代の懐かしい思い出話ばかりだった。友人と私は、同じ頃に同じくらいの熱さでアーチストのことを想っていた。彼女はバックバンドのメンバーの一人を真剣に想い、私はバンドメンバーの一人を真剣に想っていた。彼女とは、それぞれの対象への想いがとても良く似通っていた。だからこそ彼女とは、出会ったその日のうちにホテルの同室に泊まるというようなことも実現できたのだと思う。

 おしゃべりをしても、開演までにはまだ時間があったので、友人とともに会館近くのホームセンターに足を運んだ。驚いたのは、私の住んでいる地域にあるホームセンターとは、売られているものが異なっているということだった。例えば、以前も「ガンまる日記」でご紹介したことのある豆炭あんかや大きな袋入りの豆炭があった。同じ兵庫県内にあるホームセンターでも、場所によって売られているものが異なっているのは大変興味深いことだと思った。

 ガンモに電話を掛けてみると、会社に寄ったあと、ようやく会館に向かっているという。しかし、まだまだ神戸周辺らしかった。ガンモが会館に到着するまで、あと一時間は掛かるだろう。ガンモは高速道路を運転中だったので、すぐに電話を切り、ガンモの到着を待った。友人と私が到着した頃にはまだガラガラだった会館の駐車場も、もはや駐車場スペースがなくなりつつあった。果たしてガンモはコンサートに間に合うように会館に到着し、無事にカングーを会館の駐車場に停めることができるのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m しばらく旅の記事を中心にお送りしていたため(と言っても、まだ完結したわけではありませんが)、後回しにしていた記事を少しずつ書かせていただこうと思います。長くなりますので、前編と後編の二回に分けてお届けしますね。

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2011.02.08

映画『リミット』

ホットヨガ(二二一回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 同じ曜日の同じ時間のレッスンに同じ方が参加されていると、何だか安心しますね。そう言えば、まだ神戸店のスタジオがあった頃、しばらくの間、九十分のベーシックコースのレッスンに通い続けていたことがありました。その頃、レッスンに参加されている方たちがほとんど毎回、同じ顔ぶれだったのを思い出し、懐かしくなりました。とは言え、最近は六十分のレッスンに参加することが多いので、もはや九十分のレッスンに参加するのはきついでしょうね。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、十一月十一日のことである。確か、戦場カメラマンの渡部陽一さんが予告編に登場していたのを覚えている。

 あるとき男が気が付くと、彼は棺(ひつぎ)の中にいた。彼はイラクでトラックの運転手として働くアメリカ人だったが、いつの間にか拉致され、棺ごとイラクの土の中に埋められてしまったようだ。やがて棺の中には、携帯電話やライトなどの道具が用意されていることがわかった。間もなく携帯電話が鳴り、自分がどのような状況に置かれているかを、彼を拉致した犯人から知らされる。彼は棺の中にある道具を使いながら、何とか脱出を試みようとする。

 まず彼は、携帯電話を使って外部と連絡を取ろうとする。しかし、何ともおかしいのが、彼がアメリカ人であるのに対し、棺の中にある携帯電話はアラビア語メニューの携帯電話だった。英語のメニューならともかく、アラビア語のメニューでは、彼は携帯電話を思うように操作することができない。しかも、番号案内に電話を掛けて誰かの電話番号を調べてもらったとしても、その情報を書き留めることさえ一苦労である。普段、私たちが生活している上ではほとんど苦労を感じないようなことが、棺の中という限られた空間の中ではなかなか実現できないのだ。

 例えば私たちは、電気さえあれば、明るいところで長時間パソコンに向かうことができる。酸素もふんだんにあり、携帯電話の電池が切れかけたとしても、充電しながら繰り返し使用することができる。しかし、土の中に埋められた棺の中ではそうはいかない。限られた時間だけ使用することのできるライターやライトで棺の中を照らし出し、携帯電話の電池残量を気に掛けながら外部と連絡を取り、助けを求めようとする彼。しかし、土の中に埋められた棺の中で、どのようにして自分の位置を知らせばいいのだろうか。

 すぐに思いつくのは、最近の携帯電話に付属のGPSの機能を使うことだろう。しかし、その携帯電話がアラビア語のメニューならば、例え手元に携帯電話があったとしても、GPSの機能を使うことは難しい。アラビア語がわからないために、携帯電話の操作を繰り返していると、電池をどんどん消耗してしまうことにもなる。せっかく文明の利器があるというのに、充電できない状況にあったり、使い慣れたものでなければ、限られた時間内に活用することは難しいのだ。これは、私自身も普段からノートパソコンを持ち歩いたり、携帯電話を持ち歩いたりするときに感じていることである。私の持ち歩いているノートパソコンの電池は三時間しか持たない。携帯電話の電池はいくつか予備があるが、充電できない状態にあると、かなり節約しながら使うことだろう。しかも、携帯電話のメニューがアラビア語だったとしたら、一体何をどうしたらいいのか、途方に暮れてしまうことだろう。これらの道具を用意したのは、彼を拉致した犯人なので、犯人からの挑戦ということになるのだろう。

 スクリーンには、棺の中にいる彼がメインで映り、ごく稀に棺の外部に映像が切り替わるくらいだ。予算から言えば、ずいぶん安上がりな作品と言っていいのかもしれないが、観客を楽しませるアイディアはたっぷり詰まった作品である。特に、狭い棺の中に○が出て来たときは、手に汗握るほど驚いた(○については、敢えて書かないでおく)。

 本作は、狭い棺の中という限られた空間の中で、次々に襲い掛かって来る難題に立ち向かって行く男の姿を描き出したものであるが、ある意味、こうした試みは、監督の挑戦でもあったのではないだろうか。ちなみに本作の監督は、ロドリゴ・コルテスというスペインの新鋭監督だそうだ。アメリカ人の男が主人公なので、てっきりアメリカ映画だと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。緊迫したシリアスな展開に対し、ちょっとお茶目なラストで緊張感を解いてくれる。

 原題はBURIED(墓に置かれる)だが、邦題は『リミット』となっている。どちらもしっくり来るタイトルではあるのだが、携帯電話の電池や空気など、限られた資源を利用するという意味においても、『リミット』という邦題は珍しくフィットしていると思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 鑑賞中も、棺の中からほとんどシーンは切り替わりませんが、それでも最後まで観客を飽きさせないだけの魅力が本作には備わっていると思います。携帯電話があったてしても、大して役に立っていないところがおかしいですよね。こういう映画の創り方もあるのだなあと、勉強になりました。

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2011.02.07

ホットヨガ(二二一回目)

難しいトイレ(12)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ふと思ったのですが、手動水洗式トイレの場合、大きいほうは、桶の水だけでちゃんと流れてくれるのでしょうか。かなり不安ですよね。(苦笑)

 一月最後の日曜日、私は三宮店で行われる六十分の骨盤コースのレッスンを予約していた。しかし、風邪がまだ良くなっていなかったことに加え、レッスンの開始時間が十六時からだったため、出掛けて行くのが億劫になり、またしてもレッスンをキャンセルしてしまった。ひょっとすると、日曜日の夕方のレッスンをキャンセルしたとしても、翌日の月曜日の夜にレッスンを受けられる強みもあるのかもしれない。私は先週と同じように、月曜日の朝、仕事の準備とともにホットヨガのレッスンの準備も整えて家を出た。先週と違っているのは、今回はちゃんとレッスンの予約を入れていることである。

 仕事を終えて三宮店に足を運んでみると、先週のレッスンに参加されていた神戸店時代のフリーパス会員さんが、
「十九時半からのレッスン、空いてますか?」
と受付のスタッフに尋ねていらっしゃった。私がこれから参加しようとしている十九時半からの骨盤コースのレッスンには空きがあったようで、フリーパス会員の方は、受付のスタッフからフェイスタオルとバスタオルを受け取っていた。なるほど、フリーパス会員の方は、このようにしてレッスンの直前に空き具合を受付で確認してから、ご自分の体調に合わせてレッスンに参加されているのだなと思った。ということは、今回も、神戸店時代ののフリーパス会員さんと一緒にレッスンを受けられるということだ。

 着替えを済ませてスタジオに入ってみると、先週とほぼ同じ方たちがレッスンに参加されているのがわかった。お顔はまだ良くわからないのだが、先週と同じ入れ物に水を入れて持参されているのでわかった。私には、同じレッスンに参加されている方たちがまるでクラスメイトのように思えて来た。ちなみに、今回のレッスンには、十六名の方たちが参加されていた。

 先週のレッスンにも参加されていた方で、サウナスーツに身を包んだ方も参加されていた。ホットヨガは三十八度の室温でレッスンを行うため、それだけでも汗が出て来るはずだが、その方がサウナスーツを着ていらっしゃるということは、ひょっとすると私のように、呼吸が浅いために汗を掻き難いのかもしれない。呼吸を深くすることで、汗がたくさん出るようになると教えていただいたことを、その方と共有したほうがいいのだろうかと頭の中で考えてはみるのだが、いつも言葉になって出て来ない。私は、その方がどの程度、汗を掻かれているのだろうと気になって、チラチラと拝見していたところ、フェイスタオルで汗を拭く回数がサウナスーツを着ていない私とほぼ同じくらいだった。かくいう私も、このときは生理前で身体が水分を溜め込むモードに入っていたためか、あまり汗が出て来なかった。

 レッスンを担当してくださったのは、いつも受付などで礼儀正しく接してくださるインストラクターである。南森町店のスタジオでレッスンを受けていた頃からきついと思っていたポーズの一つに、四つん這いの姿勢から、片手を反対側の手の間に差し込んで、顔の半面を床に着けるポーズがある。私には、このポーズがとてもきつい。反対に、気持ちがいいのは、鳩の王様のポーズである。通常の鳩のポーズが左右の骨盤のずれを意識させるポーズだとすれば、鳩の王様のポーズは前後の骨盤のずれを意識させてくれるポーズであるように思える。私の場合、目を瞑ってしばらく足踏みをすると、いつの間にか身体が前方に移動してしまうことから、骨盤が前後にずれていることがわかっている。そのため、鳩の王様のポーズは心地良い刺激になっている。

 とは言え、骨盤コースのレッスンの中にも、苦手なポーズはある。それは、ひとまず正座に座ったあと、ぺちゃんこ座り(割り座)になり、そのまま背中を後ろに倒してヨガマットの上に仰向けになるポーズである。恥ずかしながら、私はこのポーズを取ることができない。また、背中を後ろに倒すときに腹筋を使用するとなると、やはりお腹の大きな筋腫が気になってしまう。インストラクター曰く、このポーズを行うと、骨盤が最も閉まった状態になるのだそうだ。ということは、私の骨盤は開き気味であるということなのだろうか。だいたい、正座ならまだしも、そこから更に足を下に降ろしたぺちゃんこ座りができないのだ。

 レッスンを終えたあと、ロッカールームの掃除にやって来た先ほどのインストラクターが、私に、
「お疲れ様でした」
と言ってくださったので、私もレッスンの御礼を述べた。その後、受付にロッカーの鍵を返しに行くと、先ほどのインストラクターが対応してくださり、
「この時間は珍しいですね」
と声を掛けてくださった。私が週末を中心にレッスンに通っていることを、いつの間にか認識してくださっていたのである。私が、
「骨盤コース、大盛況ですね」
と言うと、
「そうなんです」
とインストラクターはうれしそうにおっしゃった。私は、
「普段、参加できる骨盤コースのレッスンが、日曜日の夕方のレッスンと、月曜日の夜のレッスンなのですが、日曜日のレッスンは夕方なので、家を出るのが億劫になってしまって・・・・・・」
と言った。するとインストラクターは、
「わかります」
と同意してくださった。インストラクターに日曜日の夕方のレッスンの状況を確認してみると、やはり混雑しているのだそうだ。インストラクター曰く、水曜日の昼間に行われている骨盤コースのレッスンならば、比較的空いているそうだが、残念ながら、私は仕事があるので参加できないと答えた。とりあえず、私は土曜日の夕方のレッスンと月曜日の夜のレッスンの予約を早めに入れておいて、参加できそうにない日はキャンセルさせていただこうと思っている。どうやら、そのようにして早めの予約を心掛けない限り、骨盤コースのレッスンの予約は取れそうにないのである。

 今回も、ビルの営業時間を過ぎた退出時間になってしまい、店舗で使用しているエレベータが停まってしまったため、自分の書いた台本を読むインストラクターが従業員専用のエレベータでお見送りしてくださった。私のほかにもう一人、骨盤コースのレッスンを終えたばかりの会員さんが同じエレベータに乗り込み、そのときに骨盤コースのレッスンの話になった。自分の書いた台本を読むインストラクターは、私が骨盤コースを好きだと言っていたことをちゃんと覚えてくださっていた。

 三宮店のスタッフが入れ替わってしまい、しばらく会話が成り立っていなかったが、こうしてスタッフが歩み寄ってくださるおかげで、また新たなコミュニケーションが生まれつつある。それを思うと、ホットヨガのスタッフには、実に様々な能力が求められているのだと思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 新しいレッスンが始まればすぐにマスターして、たくさんの会員さんたちの顔や名前や会話の内容までも正確に覚えて、スタジオやロッカールーム、シャワールームの掃除もこなした上で時には洗濯もして、ホットヨガのスタッフはいつも忙しく動き回っています。こうしてスタッフとのコミュニケーションが成立すると、ホットヨガのレッスン以外にもレッスンに通う楽しみができますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.02.06

難しいトイレ(12)

映画『nude』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。本作で、みひろの役を演じているのはみひろ本人ではなく、渡辺奈緒子ちゃんという女優さんですが、みひろ自身も事務所のスタッフとして登場しています。いろいろな方たちのレビューを拝見すると、みひろ自身が主人公を演じればいいのにというご意見も多かったようですが、おそらく、みひろはAV女優を引退したことで、彼女なりに一歩引いたところで本作に参加したかったのかもしれませんね。みひろという女優さんのお顔を初めて拝見しましたが、確かにかわいい女優さんだと思いました。

 難しいトイレ(11)の記事では、外国人観光客向けに作られた洋式トイレの横に設置されたホースのようなものをご紹介した。では、外国人観光客向けではなく、タイの人たちが普段、利用しているトイレは一体どのようなものなのだろうか。既にタイを旅行されたことのある方ならば、「ああ、あれのことだな」と思っていらっしゃることだろう。しかし、私は「あれ」を知らなかったので、ひどく驚いたのだ。

 初めて「あれ」を見たのは、チャオプラヤー・エクスプレス・ボートの船着場でトイレを利用したときのことである。確か、三バーツ(日本円でおよそ九.三円)を支払って、トイレを利用しようとしたのだが、中から鍵が掛かっていて開かなかった。どうやら、個室は一つしかないようである。そこで、その個室が開くのを外で待っていたのだが、トイレの中から「バシャーン」という音が何度か聞こえて来たのである。私は、「もしかすると、トイレの清掃中なのかな」と思った。しかし、トイレを清掃するのに、わざわざ個室の中から鍵を掛ける必要もないのではないかとも思い直した。トイレを清掃するならば、トイレが清掃中であることが利用者にわかるように、トイレの外に清掃中の札を立てて、トイレの扉を開けて行うのではないだろうか。

 そんなことを考えながら個室の外で待っていると、個室の鍵がカチャリと外れ、中から女性が出て来た。中から出て来たのは、清掃担当の方ではなく、一般の利用者のようだった。私は長時間歩き回って切羽詰っていたので、個室が空くとすぐにその中に入った。そして、個室の鍵を掛けて驚いたのだ。そこは、水洗トイレと言っていいのだろうか。いやはや、何とも形容し難い。

タイの庶民のトイレ(手動水洗式)

 まず、便器は、和式の便器に似てはいるのだが、床に埋め込まれてはいなかった。それにもかかわらず、足の踏み台があった。ということは、床に埋め込まれていない便器の上に立ち、踏み台の上に足を置いて用を足すのだろうか。皆さんも想像してみて欲しい。私たちが日本でしばしば利用している和式トイレは、足を置く場所が床の上だから、転倒する心配もなく、安心して利用することができる。しかし、トイレが床に埋め込まれていなくて、足を置く場所が床よりも少し高いところにある場合、足を滑らせたらどうしようと不安になってしまうのではないだろうか。

 実は私は、一月のバンコクの気温が三十度を超えているとわかっていながら、ショートムートンブーツでバンコクを訪れていた。上はもちろん半袖Tシャツだったのだが、靴を余分に持って行くのが面倒だったのと、冷房対策のために、日本で履いていたショートムートンブーツをそのまま履いて行ったのだ。そのため、比較的滑り易いショートムートンブーツで、床に埋め込まれていないトイレにまたがるのはかなり勇気の要ることだった。

 しかし、切羽詰っている状況に追いたてられるように、私は高所恐怖症と闘いながら、意を決して、床に埋め込まれていないトイレにまたがって用を足した。トイレの上に立つとグラグラするのではないかという不安もあったのだが、床に埋め込まれてはいないものの、便器の下はちゃんと固定されているようだった。しかし、いつ足を滑らせてしまうかもしれないという不安はあった。

 さて、用を足したあと、どうするかと言えば、左側にある桶の中に水を貯めて、便器を流すのだろうと思った。ところがあとになってわかったことだが、どうやらこの水道水と桶は、日本で言うところの紙の代わりに使われているらしいのだ。そのあと水を汲んで、便器を流すようなのだ。いやはや、何とも難しいトイレである。私が個室の外で待っているときに、「バシャーン」という音がしていたのは、そういうことだったのである。

 私は、桶を紙代わりには使わなかったものの、ひとまず「バシャーン」と音を立てながら、次の人のためにトイレをきれいにして、個室を明け渡した。何と、私の後ろに並んでいたのは、西洋人の女性だった。彼女に対して、「このトイレは難しいですよ」と言ってあげたかったが、含み笑いだけして黙っておいた。

 難しいトイレを利用したので、私はこのあと、すぐにガンモに報告した。ガンモもそのトイレに行きたかったようだが、間もなく私たちの乗船するチャオプラヤー・エクスプレス・ボートが船着場に入って来そうな雰囲気だったので、ガンモはタイの庶民のトイレを利用するチャンスを見失ってしまい、残念な思いをしたようだ。しかし、その後、いろいろな場所でこのタイプの便器だけを見掛けた。

タイの庶民のトイレ(自動水洗式)

 とは言え、チャオプラヤー・エクスプレス・ボートの船着場で見たトイレが手動水洗式だったとすると、あとから見掛けたトイレの多くが自動水洗式だった。つまり、日本の和式トイレのように、レバーを動かせば、自動で水洗できるのである。それを考えると、チャオプラヤー・エクスプレス・ボートの船着場で見たトイレは、なかなかレアだったのかもしれない。それだけ、チャオプラヤー・エクスプレス・ボートがタイの庶民の乗り物だということなのだろう。

 更に、タイのトイレで驚いたのは、トイレとシャワーが一緒になっているところがあるということである。シャワーも利用できるトイレは、チャトゥチャック市場とタイ国鉄のフアランボーン駅で見掛けた。

タイ国鉄のフアランボーン駅構内にあるトイレは、シャワー付き

 もちろん、シャワーを利用する場合は、シャワーの料金も支払うことになるようだ。日本でも、少し前まではコインシャワーを見掛けたが、今はどうなのだろう。日本で見掛けるコインシャワーは、自宅にお風呂のない人のためのものだと思うのだが、タイのトイレに設置されていたシャワーは、いつも外が暑いために、汗を流したくなった人のためのシャワーなのかもしれない。ということは、タイの人たちは、そうしたシャワーを利用するために、着替えやタオルを持参しているのだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、タイの庶民のトイレを知らなかった私には、とても難しいトイレでした。私のあとに入った西洋人の女性は、ちゃんとあの難しいトイレを利用できたでしょうか。私はまだ、和式のトイレに慣れているので、使い方を想像し易かったですが、果たして洋式トイレに慣れている彼女があのトイレを使えたかどうかは不安です。(苦笑)

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2011.02.05

映画『nude』

そこかしこに感じたイギリスの匂いの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。生理を迎えてから、更新時間が遅くなりがちで申し訳ありません。おかげ様で少しずつ落ち着いて来ました。もう少しでタイの旅行記を完結させられるるので、このまま続行させたいところですが、そうしているうちに、鑑賞した映画のレビューもどんどん古いものになってしまいますので、今回は予定通り、三日に一度の映画のレビューをお届けします。

 本作を鑑賞したのは、十一月九日のことである。映画『セラフィーヌの庭』を鑑賞した元町映画館で鑑賞した。

 少し前に、AV女優が主人公のノンフィクション映画『名前のない女たち』を鑑賞したばかりだが、本作もまた、元AV女優の自叙伝的小説が映画化されたものである。私はこちら方面にはまったく詳しくないのだが、原作者は、みひろという売れっ子の元AV女優らしい。

 新潟から東京に出て来たひろみ(のちに、みひろという芸名で活躍することになる)は、新潟に親友を残し、東京では大学生の恋人と付き合っていた。芸能界に強い憧れを持っていたひろみは、ある日、渋谷でスカウトされ、AVには出演しないことを条件に、みひろという芸名でヌードモデルの仕事をするようになる。しかし、ヌードモデルとしてグラビアを飾っていることが新潟の同級生たちにもばれてしまい、親友のさやかからも冷たい態度を取られてしまう。また、恋人にも、「裸の仕事をしているならやめて欲しい」と言われるのだが、様々な葛藤を経て、みひろはとうとうAV女優への道を歩んで行くのだった。

 正直言って、私自身がAV女優とは無縁の生活を送っているためか、敢えて本作の登場人物の中に気持ちを寄り沿わせるならば、みひろの親友であるさやかになるだろう。さやかは、みひろがヌードモデルをしたり、AV女優をしているという事実にひどく傷つき、一時はみひろと絶縁状態にもなる。私は、さやかがみひろのことを大切に思うからこそ、みひろの選択に対して残念に思ってしまう気持ちも良くわかる。むしろ、さやかのように感じることのほうが自然だろう。しかし、本作をあくまで客観的な立場から、映画として鑑賞するならば、さやかの取っている態度はみひろへの友情ではなく、自己愛だとも言える。何故なら、みひろの価値観を受け入れずに、自分という枠の中でみひろを判断しようとしているからだ。すなわちさやかは、みひろに対し、自分にとって都合のいい親友であって欲しかったと見ることもできる。

 みひろがAVという仕事をしているだけに、判断は難しい。私自身は、セックスは、愛の最も発展した行為だと思っている。しかし、世の中には、おおまかに言って二種類のセックスが存在している。一つは愛の最も発展した行為としてのセックス、そしてもう一つは、欲望や快楽を求めるセックスだ。AV女優を通してみひろが行ったセックスは、後者のセックスの手助けとなっている。私自身、いつも映画を通して前者のセックスを探し続けているものの、なかなか私の思い描くような素晴らしいセックスには出会えない。何故、出会えないのかと考えてみると、やはり世の中には圧倒的に、後者のセックスが映像化されたものが多いせいではないかと思っているのだ。そのために、セックスに対して、最初から妙な偏見を持ってしまう人も多いのではないだろうか。セックスは、親も教えてはくれない。それなのに、セックスを学ぶための映像は、欲望に満ちたものであることが多いのだ。私自身、普段から、そのことを嘆いているために、さやかの嘆く気持ちも良くわかるのである。

 映画サイトの情報によれば、みひろは去年、AV女優を引退されたそうだ。どのような理由で引退されたのかは良くわからないが、彼女自身の何らかの区切りとして自叙伝的小説を出版されたのかもしれない。言い換えれば、彼女にとってAV女優という仕事は一生の仕事ではなく、次なるステップに進んで行くためのいわば踏み台のようなものだったのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m それが自己愛であるとわかっていたとしても、実際にみひろのような人が身近にいたならば、やはり私はさやかのような態度を取るでしょうね。私自身、AVの仕事が好きという人の気持ちが良くわからないので、みひろの気持ちは良くわかりません。(苦笑)ただ、彼女なりに悩んだ上でAV女優の道に進んで行ったのだということだけはわかりました。おそらくですが、AVのように、人生のある時期において、踏み台となり、ただ通り過ぎて行くだけの状態も必要なのかもしれません。しかし、それが愛ならば、人はそこにずっと留まろうとすると思います。

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2011.02.04

そこかしこに感じたイギリスの匂い

アジアを感じさせてくれる空間の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモ曰く、もともとタイにはチップの制度はなかったようなのですが、西洋人がタイを訪れることで、定着させてしまったようです。何となく、後味の悪い結果になってしまいました。(苦笑)

 バンコクに着いて最初に驚いたのは、スワンナプーム国際空港で、出口を意味するイギリス英語の"Way Out"が案内板に表記されていたことだった。

"Way Out"と表記された出口の案内板

 私はこれを見たとき、タイはイギリス英語の影響が強いのだと思っていた。しかし、パヤタイ駅でAirport Rail LinkのCITY LINEからBTS(Bangkok Mass Transit System、高架鉄道)に乗り換えようとしたとき、今度は出口を意味するアメリカ英語の"Exit"の表記を見付けた。

"Exit"と表記された出口の案内板

 これを見たとき、タイはイギリス英語で統一されているのではなかったのかと、少しがっかりしてしまった。しかし、そのあとMRT(地下鉄)に乗ったところ、"Please mind the gap between the train and the platform."というアナウンスが聞こえて来た。

私が撮影したものではないのだが、バンコクのMRT(地下鉄)のアナウンス

 これを聞いたとき、私は思わずガンモと顔を見合わせた。このアナウンスは、まさしくロンドンのUnderground(Tube)に匹敵するものだったからだ。ただ、YouTubeの映像を最後までしっかり再生していただくとおわかりいただけるように、内容はロンドンのUnderground(Tube)に匹敵するものであったとしても、発音はアメリカ英語に近い。特に、"and"や"platform"という単語の発音を聞くと、それが顕著である。参考までに、ロンドンのUnderground(Tube)の動画もYouTubeで見付けたのでご紹介しておきたい。

こちらも私が撮影したものではないのだが、ロンドンのUnderground(Tube)のアナウンス

 更に私たちは、アユタヤまで足を伸ばしたときに、タイ国鉄のフアランボーン駅構内で、またしてもエレベータを意味するイギリス英語の"Lift"の表記を見付けた。

日本で言うところのエレベータが"List"と表記されている

 また、同じくタイ国鉄のフアランボーン駅構内では、地下鉄を意味するイギリス英語の"Underground"の表記も見付けた。

日本で言うところの地下鉄が"Underground"と表記されている

 日本においては、出口を"Way Out"と表記したり、エレベータを"Lift"と表記したり、地下鉄を"Underground"と表記したりすることはまずないので、やはりタイはイギリスの影響を強く受けているものと思われる。ただ、一部の英語の発音や単語がアメリカ英語の影響を受けていることも確かである。

 それともう一つ驚いたことがある。それは、イギリスや日本のように、自動車が左側通行だったことである。英語を話せる人が多いことと言い、自動車が左側通行であることと言い、私は、タイはイギリスの影響が強いのだろうと思っていた。しかし、タイの歴史を調べてみると、それほど強いわけでもないらしい。何故、タイはイギリスの植民地でもなかったはずなのに、そこかしこにイギリスの匂いがしているのか、大変興味深いことである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どこの国でも、イギリス英語とアメリカ英語は混在するものですが、タイに関して言えば、イギリス英語のほうが影響が強いように感じました。"Mind the gap"には驚きましたね。

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2011.02.03

アジアを感じさせてくれる空間

映画『エクリプス/トワイライト・サーガ』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 「ガンまる日記」の映画の記事などから引き込んでいる画像ファイルは、自宅サーバであるガンまるコムサーバ上に置いているのですが、最近、ガンまるコムサーバの調子がおかしいので、しょっちゅう再起動しています。参照してくださったタイミングで画像が見えていない場合は、ガンまるコムサーバの調子が悪いときですので、大変ご不便をお掛けしますが、再起動されるまでお待ちくだされば幸いです。

 今回の記事では、バンコクに到着した日の足取りを追ってみたいと思う。夜中に日本を出発し、バンコクには早朝に着いたため、スワンナプーム国際空港でしばらく仮眠を取ったり休んだりしたあと、宿泊先のホテルに向かったことまでは既に書かせていただいていると思う。

 スワンナプーム国際空港から利用した交通機関は、Airport Rail LinkのCITY LINEだった。Airport Rail Linkには、快速列車のEXPRESSもあったのだが、私たちは各駅停車のCITY LINEを利用した。既にMRT(地下鉄)の切符でご紹介したように、Airport Rail Linkの切符もまたICチップ入りの丸い物体だった。切符を回収する改札口も、まるでコインを回収するかのような改札機が設置されていた。

 私たちはパヤタイ駅でBTS(Bangkok Mass Transit System、高架鉄道)に乗り換え、宿泊先のホテルの最寄駅であるナナ駅へと向かった。そして、宿泊先のホテルで少し休んだあとは、現地ツアーの待ち合わせ場所に指定されているホテルに向かうため、ひとまず宿泊先のホテルを出発した。その日の夜は、タイの伝統舞踊付きディナークルーズカリプソオカマショーが控えていたため、軽く昼食を済ませておこうと思い、ホテルの近くにあるSUBWAYに入った。注文の多いSUBWAYだが、去年の夏休みにアムステルダムで利用して自信を付けているのでもう怖くはなかった。

 少し遅めの昼食を取って空腹を満たした私たちは、SUBWAYを出たあと、BTSではなくMRTの駅まで少し歩いた。歩道には、露店がずらりと並んでいた。MRTに乗り、サムヤーン駅で降りると、そこにはアジアを感じさせてくれる空間が広がっていた。現地ツアーの集合時間まではまだ余裕があったので、私たちはサムヤーン駅の周辺を歩き回った。歓楽街として有名なパッポン通りの昼間の姿も瞳に焼き付けた。

 私たちが観光を楽しんでいると、現地の人に声を掛けられた。最初に声を掛けて来たのは、路上生活をしていそうな感じの女性だったのだが、私たちに英語で話しかけて来たのである。パッポン通りの反対側に、男性専用の歓楽街があり、その通りの説明をわざわざ英語で聞かせてくれたのだ。タイの人たちにとっての英語は、外国人観光客と繋がりを持つために欠かせないもののようである。

 更に少し歩くと、信号のない大きな道路があり、私たちが渡るのを躊躇していると、タイ人の男性が手を上げて車を止めてくださり、私たちが安全に道路を渡ることができるように誘導してくださった。ところが、それだけでは終わらずに、どこから来たのかとか、タイに来てどれくらいかとか、これからどこに行くのかといったようなことを次々に英語で聞かれたので、それらの質問に答えた上で現地ツアーの集合場所に指定されているホテルの名前を告げると、驚いたことにその男性は、そのホテルで働いていたことがあると言った。

 そのとき私たちが歩いていたところからそのホテルまでは少し距離があったからだろうか。その男性は、私たちをそのホテルまで案内しようと思ってくださったようだ。私は、ありがたいことだと思いながら、タイの人は何て親切なのだろうと思っていた。日本人なら、きっとここまではしないだろうと思いながら、その男性のあとをついて歩いていた。

 その男性は私に、そのホテルには宿泊するのかと聞いて来た。私は、そのホテルは、現地ツアーに参加するための集合場所に指定されているだけだと言いたかったのだが、英語で何と表現したらいいのかすぐにはわからず、やきもきしていた。その中で、ツアーという表現だけが通じてしまい、男性が、わかったわかったと言って、更にずんずん歩き始めた。ひょっとすると、私たちをツアー会社に案内しようとしているのではないかと思っていたところ、どうやら予感が的中してしまったようである。あそこでツアーを受け付けてくれると案内してくださる男性に対し、私は目的のホテルに行きたいと言った。そのホテルに行けば、私たちをピックアップしてくれるのだと伝えると、男性はようやく理解してくださった。

 ホテルまでは思いのほか遠かった。私は、男性をたくさん歩かせてしまっていることが申し訳ないことだと思いながらも、ここまでしてくださったのだから、御礼としてチップを渡すべきなのだろうかとも考えていた。とは言え、その反面、チップを払うことが、男性に対して失礼に当たるような気もしていた。親切への御礼をお金に変えてしまうことで、純粋ではなくなってしまうような気がしていたからだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、その男性が笑いながら、
「案内したのだから、二十バーツのチップをください」
と言った。私たちが黙っていると、それは冗談であるとすぐに言い直した。私には、男性の真意が読めなかったが、ひょっとするとこの男性の親切は、最初からチップをもらうことが目的だったのだろうかと思うと、正直言ってがっかりしてしまった。私たちのために交通量の多い大きな道路で車を止めてくださり、私たちが安全に渡れるようにしてくださった感動も、少し薄れてしまった。

 一度がっかりすると、私はなかなか立ち直ることができず、素直にチップを払う気持ちにはなれなかった。二十バーツは、日本円にしてもわずか六十二円程度なので、私たちにとっては日本の自動販売機でジュースを買うよりも安い。しかし、チップを払うことによって、人間同士が対等ではなくなるような気もしていた。とは言え、このままチップを払わなかったとしても、後味の悪い結果に終わってしまうような気もしていた。

 ずいぶん長いこと歩いて、私たちは現地ツアーの集合場所に指定されたホテルに着いた。ホテルの前に立っていたスタッフとその男性が少し話をしていたので、やはり、その男性がこのホテルで働いていたというのは本当のことだったようだ。私はチップを渡さずに、その男性に丁寧に御礼を言った。しかし、結局のところ、私は後味の悪い結末を迎えてしまった。これで、チップを払っていたとしたら、もう少しすっきりしていたのだろうか。

 最初は親切だと思っていた行為が次第に過剰になり、単に御礼の言葉だけでは済まされないほどの事態にまで発展してしまったのは否めない。しかし、それに対する解決が果たしてチップという形で良かったのかどうか、未だに答えを出せないでいるのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、アジアを感じさせてくれる空間をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。生理が始まってしまい、何となくパワーダウンしてしまいました。(苦笑)思えば、前回の生理はタイ旅行の真っ最中でしたので、あれから一ヶ月近くも経ったことになるんですよね。少しずつ遠のいて行く記憶に逆らうかのように、今回の記事をお届けしました。この出来事を通して一つだけ感じたのは、チップは面と向かって渡すべきものではないのではないかということでした。ベッドメイキングの御礼のように、私たちの見えないところで受け取ってくださるのはいいのですが、例えばこの男性にチップを渡すことで、私たちがすっきりしていたかと問われれば、やはりすっきりはしていないだろうと感じました。もしかすると、日本にはチップの制度が存在していないために、私たちがチップに対して割り切ることができていないだけなのかもしれませんが・・・・・・。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2011.02.02

映画『エクリプス/トワイライト・サーガ』

ホットヨガ(二二〇回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。これまでいろいろなレッスンに参加して来ましたが、平日の夜にこれだけの人たちがレッスンに参加されているのは珍しいですね。今回は滑り込みセーフでレッスンに参加することができたわけですが、これからは早めにレッスンの予約を済ませておいたほうが良さそうです。ところで、私の周りでも、風邪やインフルエンザが流行っているようです。しかも、今年の風邪はひどく長引きます。(苦笑)私は普段から、手洗いやうがいを心掛けているのですが、それでも風邪を引いてしまいました。私の場合は、日頃の睡眠不足が影響しているのかもしれませんが、どうか皆さんもお気をつけください。

 本作を鑑賞したのは、十一月六日、すなわち、こちらも劇場公開初日のことである。たまたま何の前知識もなく鑑賞した映画『トワイライト~初恋~』が思いのほか面白くて、その続編となる映画『ニュームーン/トワイライト・サーガ』も楽しみに鑑賞した。本作は、それらの更なる続編である。いやはや、面白い。このシリーズは、回を増すごとに面白さが増しているように思う。

 だいたい、キャストだって、ヴァンパイアのエドワードを演じているロバート・パティンソンは、本物のヴァンパイアに近付いて来ているように見える。と言っても、私は本物のヴァンパイアを見たことはないのだが。また、最初はもさもさした雰囲気をかもしだしていたオオカミ族のジェイコブを演じているテイラー・ロートナーも、今ではすっかり垢抜けして、実にいい青年になっている。私には、彼もまた、まるで本物のオオカミのように見える。まさしく、作品とともに、キャストも一緒に育っている感じなのである。

 このシリーズは、以前からツインソウルの愛の物語だとレビューにも書いて来たが、本作で輪を掛けて面白くなっているのは、ツインソウルの愛の物語にソウルメイトの愛の物語が加わっているところである。そう、主人公のベラにとって、恋人であるヴァンパイアのエドワードはツインソウルである。それに対し、オオカミ族のジェイコブは、ソウルメイトだ。本作では、ベラの心がツインソウルであるエドワードとソウルメイトであるジェイコブの間で大きく揺れる展開となっている。

 実際に、本作の原作者が、ソウルメイトとツインソウルの違いを意識しながら物語を執筆したかどうかはわからないが、ベラがツインソウルのエドワードと結び付くと、その先では否応なしに変化を求められる。変化とは、ベラが人間ではいられなくなることを意味している。それに対し、ソウルメイトのジェイコブは、自分と付き合うならば、ベラは人間のままでいられると言う。いやはや、ツインソウルとソウルメイトの違いが的確に表現されているではないか。

 ベラがツインソウルであるエドワードに対してまっすぐな気持ちを抱いている頃は、変化を恐れずに生きていた。しかし、ソウルメイトであるジェイコブの押しも強くなり、ベラの心は二人の男性の間で大きく揺れる。ツインソウルがもたらすのは変化と融合であるのに対し、ソウルメイトがもたらすのは安定である。それにもかかわらず、ベラのツインソウルであるエドワードには余裕さえ感じられるように見える。一見すると、ベラを前に、ツインソウルとソウルメイトが共存しているように見えるのだ。エドワードに対するジェイコブの反発は、オオカミ族の天敵であるヴァンパイアに対する反発であり、エドワード個人に向けられたものではない。私は、エドワードとジェイコブは親和性を持っていると感じる。そういう視点で本作を鑑賞すると、一層面白さが増すのである。

 また、本作では、これまで対立関係にあった草食系のヴァンパイアとオオカミ族が力を合わせて肉食系のヴァンパイアと戦い、ベラを守ろうとする。葛藤しながらエドワードとジェイコブが協力し合うシーンも見ものだが、協力し合った草食系のヴァンパイアとオオカミ族が肉食系のヴァンパイアと激しく戦うシーンも手に汗握る展開となっている。

 ベラとエドワードはどうなるのか。果たしてベラはジェイコブの愛を受け入れるのだろうか。もう、今から次回作が楽しみでたまらないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m エクリプスというと、皆さん、いろいろなものを想像されるのではないでしょうか。ある方はカーナビのイクリプスを想像されるかもしれませんが、ソフトウェア開発者の私はJavaの開発ツールを思い浮かべます。(苦笑)それにしても、面白い展開となって来ました。大きく広げた風呂敷をどのように畳むか、楽しみですね。

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2011.02.01

ホットヨガ(二二〇回目)

クーポン食堂の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。タイに行かれたことのある方には、お馴染みのフードコートかもしれませんね。注文したチャーハンが思いのほかおいしかったので、またタイでチャーハンを食べたいと思っています。この次にタイに行くなら、もっといろいろなクーポン食堂を味わってみたいですね。

 不覚にも年末に引いてしまった風邪が、中学の同窓会に参加する頃にはほぼ回復していたものの、その後、タイ旅行に出掛けたため、帰国してから再び風邪をぶり返してしまった。タイに滞在中、あちらこちらを忙しく動き回っていたため、どっと疲れが出てしまったのかもしれない。情けないことに、その風邪が今でも治らないのだ。ひどい鼻声で、ガンモからは、「誰?」と言われている。そのうち、今のこのひどい鼻声が自分の本当の声になってしまわないだろうかと心配している。そんな状況の中、一月二十三日の日曜日に三宮店で行われる骨盤コースのレッスンを予約していたものの、風邪が悪化し始めた上に自宅でやりたいことも山積みだったので、予約しておいた骨盤コースのレッスンを泣く泣くキャンセルすることになってしまった。

 それでも私は、せっかく三宮店で骨盤コースのレッスンが始まったというのに参加できないことがどうしても悔しくて、翌日の月曜日に十九時半から開催される骨盤コースのレッスンに参加するため、月曜日の朝、出掛ける前にホットヨガのレッスンの準備も一緒に整えて家を出た。朝、準備をするのにバタバタしてしまい、レッスンの予約をしないまま家を出て来てしまったのだが、通勤電車の中で携帯電話からホットヨガの予約サイトにアクセスしてみたところ、何とその日の十九時半からの骨盤コースのレッスンがメニューに出て来なかった。どうやら、既に予約でいっぱいになってしまっているらしい。平日の夜に開催されるレッスンなので、きっとすんなり予約が取れるだろうと高をくくっていたのだが、甘かったようである。私は、骨盤コースのレッスンの予約が取れなかったことをとても残念に思ったが、レッスンに参加する準備をして重い荷物を抱えて家を出て来てしまったので、仕方なく、まだ予約の取れる十九時十分からのスタンダードコースのレッスンを予約しておいた。

 しかし、せっかく三宮店で骨盤コースのレッスンが始まったというのに、前日の日曜日も風邪のためにレッスンに参加することができず、平日の夜なら空いているだろうと思い、こうして準備を整えて来たというのに、骨盤コースのレッスンにに参加できないのはどうしても悔しかった。そこで私は、仕事の合間に三宮店に電話を掛けてみることにた。そして、電話に出てくださったスタッフに、
「今日の十九時半からの骨盤コースのレッスンは、もう予約でいっぱいでしょうか?」
と尋ねてみた。すると、電話に出てくださったスタッフは、レッスンの予約状況を確認してくださり、
「一名でしたらお取りできます」
と言ってくださった。おそらく、私が通勤途中に携帯電話からアクセスしたあとに、レッスンをキャンセルされた方がいらっしゃるのだろう。私は、
「朝、携帯電話からアクセスしたときには骨盤コースの予約が取れなかったので、十九時十分からのスタンダードコースのレッスンを予約させていただいたんですが、十九時半からの骨盤コースのレッスンに空きがあるということでしたら、予約しているスタンダードコースをキャンセルして、骨盤コースに変えていただけないでしょうか?」
とお願いした。すると、電話に出てくださったスタッフが快く対応してくださったのでほっと胸を撫で下ろした。

 電話を切ってしばらく経ってから、携帯電話でホットヨガの予約サイトにアクセスして私のレッスン予約状況を確認してみると、確かに十九時十分からのスタンダードコースのレッスンはキャンセルされ、十九時半からの骨盤コースのレッスンが予約されていた。こうして私は、念願の三宮店での骨盤コースのレッスンに参加することができるようになったのである。

 さて、仕事を終えて三宮店に足を運んでみると、受付で元神戸店のスタッフが対応してくださったので、
「お久し振りです」
とごあいさつをした。着替えを済ませてスタジオに入ってみると、広いスタジオにヨガマットが二十枚も敷かれていた。月曜日のこの時間は、いつもレッスンを受ける人の数が少ないと、以前、三宮店で古くからお話をさせていただいているインストラクターがおっしゃっていたはずである。それなのに、骨盤コースが開催されるとなると、これだけの人が集まって来るようだ。これだけ大盛況であれば、予約が取れないはずである。ちなみに、今回のレッスンには、十八名もの方たちが参加されていた。平日の夜にこれだけの参加者が集まるのは珍しいことである。

 私は、スタジオ内をぐるりと見渡した。すると、スタジオの奥のほうに、懐かしい方がいらっしゃるではないか。ひょっとするとあの方は、神戸店でフリーパス会員だった方ではないだろうか。私はその方と、神戸店のスタジオで何度となく同じレッスンを受けていた。細い身体つきと言い、レッスン前に念入りに身体を動かしているところと言い、私の思っている方にほぼ間違いないだろう。私はその方のほうを何度もチラチラと見てしまった。というのも、神戸店が閉店してしまってから、三宮店のレッスンでは一度もお会いしたことがなかったからだ。チラチラと見ているうちに、ようやくその方の顔がこちらに向いた。視線は合わなかったものの、神戸店のフリーパス会員さんに間違いなかった。いやはや、本当に懐かしい。私はそれだけでもうれしくなった。

 ところで、今回の骨盤コースのレッスンを担当してくださったのは、さきほど受付でごあいさつをさせていただいた元神戸店のインストラクターだった。レッスンが始まると、私は、南森町店でしばしば受けていた骨盤コースのレッスンがそのまま再現されたように感じて心が躍った。あれほどきついと感じていた南森町店の骨盤コースのレッスンも、ようやく三宮店のインストラクターに伝えられたと思うとうれしくて、途中でスタジオの外に出て休むことなく、最後までレッスンを受けることができた。南森町店のレッスンでは、あまりにもきつくて挫折していた四つん這いのポーズから片足と片手を上げるポーズも、挫折することなく取ることができた。ただ、南森町店で受けていたレッスンよりも、ポーズの時間が短かったのは確かである。

 すがすがしい気持ちでレッスンを終え、シャワーを浴びたあと、帰り支度を整えた。受付でロッカーの鍵を返却すると、受付のスタッフが、出口は裏手にある従業員用エレベータであることを教えてくださった。そうなのだ。三宮店のレッスンは、遅い時間になると、スタッフが従業員用エレベータに一緒に乗って、わざわざ従業員用通用口まで案内してくださるのである。従業員用エレベータの前で待っていると、さきほど別の会員さんを送ったばかりの元神戸店のスタッフが一階からエレベータに乗って来られた。私はそのまま元神戸店のインストラクターに一階まで送っていただいた。元神戸店のインストラクターは、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターである。

 私はエレベータの中で、
「南森町店で骨盤コースの講習を受けられたんですか?」
と尋ねてみた。すると、元神戸店のインストラクターは、DVDを見ながら講習を受けたとおっしゃった。どうやら、南森町店の骨盤コースを担当してくださっていたインストラクターのことはご存知ないようである。なるほど、インストラクターが新しいレッスンを習得されるときは、そのような方法でレッスンの流れを頭に入れて行くのだとわかった。私は、
「南森町店で骨盤コースのレッスンに通っていたんですけど、そのときのレッスンが再現されていて、すごく良かったです!」
と興奮気味に言った。何だか私だけが骨盤コースで盛り上がっているようにも見えるのだが、平日の夜にこれだけの方たちが参加されているのだから、私以外にも骨盤コースのレッスンに盛り上がっていらっしゃる方は多いのだろう。

 元神戸店のインストラクターは、私が骨盤コースのレッスンに満足していることがわかり、とてもうれしそうだった。そして、
「久し振りにお会いできて良かったです」
と言ってくださった。こうして私は、三宮店での念願の骨盤コースのレッスンを体験することができたのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 三宮店で初めて骨盤コースのレッスンを受けたあとは、興奮気味でしたね。ああ、南森町店の骨盤コースのレッスンが、ここで再現されていると思いました。残念ながら、南森町店の骨盤コース担当のインストラクターは退職されてしまったようですが、鳥が卵を産むように、こうして骨盤コースという素晴らしいレッスンを残してくださって、三宮店のインストラクターに伝えられました。あとはこの骨盤コースが、他のインストラクターの手によって、どのように育って行くかが重要ですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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