« タイスキ食べたい! | トップページ | クーポン食堂 »

2011.01.30

映画『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』

タイスキ食べたい!の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 残念ながら、私たちは王宮にも行けずタイスキも食べられなかったわけですが、これも「またタイにおいで」という私たちへの歓迎だと思うことにします。(笑)それまで、余ったタイバーツ(タイの紙幣)は換金せずに取っておこうと思います。

 本作は、ジョン・レノンがまだ少年だった頃の物語である。鑑賞したのは十一月五日の公開初日で、公開前から劇場で何度も予告編を観ていて、公開を楽しみにしていた作品の一つである。

 リバプールで生まれ育ったジョン・レノンは、幼い頃に産みの母ジュリアと離れ離れになり、実母の姉ミミに育てられている。あるとき、自分を可愛がってくれたミミの夫である伯父のジョージが急死してしまう。その葬儀で、ジョンは実母のジュリアと再会し、意外にもジュリアが近所に住んでいることを知り、思い切って訪ねて行く。ジュリアは厳格な性格の姉のミミとは対照的の自由奔放な性格で、ジョンに音楽の楽しさとともにバンジョーを教えた。そんなジュリアの影響を受けて、次第に音楽に目覚めて行くジョンだったが、やがて実母であるジュリアの愛と育ての親であるミミの愛との板ばさみに苦しむようになる。

 リバプールというと、三年半前の夏休みにガンモと二人で訪れた街である。街全体のイメージとしては、港町といった感じだったろうか。そのリバプールで、のちに世界的に有名なバンドが誕生することになる。そう、ビートルズである。

 本作は、ジョンが音楽に目覚め、ポール・マッカートニーとの運命的な出会いを果たすシーンが盛り込まれている。のちの彼らの世界的な活躍を知っているだけに、そのシーンは実に感動的である。音楽的な刺激を与え合うことのできる貴重な仲間との出会いが用意されていたことからすると、やはり将来、彼らが大物になることは決まっていたのではないだろうか。伯父のジョージの死がきっかけになり、実母であるジュリアとの再会を果たし、音楽に目覚めたことでポール・マッカートニーと出会ったことから、私たちの人生もジョンの人生のように、ある出来事が引き金になり、連鎖的に繋がって行くものなのだとわかる。すなわち、人と関わることで、多かれ少なかれ、その人の人生を変えてしまうこともあるということである。

 ジョンの音楽活動の根底にあるものは、愛への渇望であるように思える。しかし、たいていの場合、何かを求めて止まないときは、存在しないものに対してとことん渇望しているのではなく、既にそこに存在しているものに満足していない場合が多い。ジョンの場合も、二人の母親から与えられる愛が既にあるはずなのに、それらを正面から受け入れようとせずに、もっと違う形の愛を求めていたようにも思える。しかし、人はやがて気付くのだろう。既に目の前に存在しているものを受け入れずに他のものを求めようとしても、結局はうまく行かないということに。だから、ジョンが愛を求め続けることではなく、既に存在している愛を受け入れることの大切さに気付いたとき、そこに大きな変化が生まれるのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作を鑑賞すると、のちに大物になった人たちは、決して苦労を知らずにぬくぬくと育って来たわけではないことがわかります。むしろ波乱万丈の人生を送っている人のほうが成功しているように感じられますね。それは、自分が苦労をした分だけ、人の痛みも理解できるようになるために、その人の周りに人が集まって来るからではないでしょうか。また、実母であるジュリアのように、これまでの既成概念を打ち破ってくれるような存在も大切なのだと感じました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

|

« タイスキ食べたい! | トップページ | クーポン食堂 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/18521/50735086

この記事へのトラックバック一覧です: 映画『ノーウェアボーイ ひとりぼっちのあいつ』:

« タイスキ食べたい! | トップページ | クーポン食堂 »