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2010.12.22

映画『名前のない女たち』

マンションの大規模修繕(12)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、相手に対し、できるだけ直接的にフィードバックすることを意識しています。自分が感じたことを相手に伝えたいと思うのですね。私が実践しているのは、例えば外食をしたら、お会計をするときに、お料理がおいしかったことをお店の人に伝えるなどの行為です。そうすることにより、相手も自分が与えた影響を確認することができると思うのです。

 本作は十月九日に鑑賞した三本目の作品である。梅田店でホットヨガのレッスンを受けたあとに鑑賞したので、三本目の作品となる本作を鑑賞し終えると、既に二十三時半を回っていたように思う。ただ、この日はガンモに徹夜の仕事が入っていたため、私が家を空けることによって、ガンモは自宅でゆっくりと睡眠を貪ることができたと思う。私が自宅にいればガサゴソと音を立ててしまうので、ガンモの安眠を妨げてしまったことだろう。

 とは言え、実のところ、私は本作を鑑賞するのを少々ためらっていた。というのも、あるAV女優の生き方が赤裸々に描かれた作品だったからだ。この手の題材を扱った作品は、映画『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』のように丁寧に描き出されなければ、女性客は特に引いてしまうことだろう。だから、最初は鑑賞しようかどうしようか迷っていたのだが、上映終了後にかつてAV女優だったという二人の女性のトークショーが行われるというので鑑賞に踏み切ることにしたのである。

 まず、着席した私は、本作を鑑賞しようとしているのは一体どのような人たちなのだろうと思い、上映前に客席を確認してみた。その結果、意外にも、男性客よりも女性客のほうがやや多いことがわかった。また、男性客も、下心を持ってAV女優の濡れ場を目当てに鑑賞しようとしているのではなさそうだった。客層を確認して安心したおかげで、私は余裕を持って本作を鑑賞することができた。

 私は良く知らなかったのだが、本作はベストセラーのノンフィクションが映画化されたものらしい。ちょっと冴えないOLの純子が渋谷を歩いているときにスカウトマンに声を掛けられ、AV業界に足を踏み入れる。会社では目立たず、自宅では母親の言うことに従いながら生きて来た純子だったが、AV女優の仕事を通して、コスプレを活かした新たなキャラクターを作り上げることで、これまでの自分とはまったく違う自分に変身できることがうれしくてたまらなかったようだ。もちろん、AV女優ということで、最初のうちは男優とのセックスシーンにも戸惑いを覚えるのだが、次第にAV女優としてのキャラクターを確立させて行くのだった。

 本作には、硬いものがだんだん柔らかくなって行くプロセスが描かれている。最初は慣れない仕事でカチコチに固まっていた純子が、少しずつ自分の現状を受け入れながら、一人前のAV女優としてほぐれた姿に成長して行く。その過程において、純子と同じ事務所のAV女優仲間の綾乃との関係もまた、最初はぎくしゃくしているものの、次第にほぐれて行く。綾乃は、キレると暴力を奮う元ヤンキーのため、周りからは恐れられていた。しかし、驚いたことに二人は少しずつ距離を縮めて行くのだ。何故、正反対の二人がまるで親友であるかのような絆を結んだのかというと、おそらく純子が綾乃に対し、ご機嫌窺いのような態度を取らなかったからではないかと思う。すなわち二人は、互いに利害関係のない形で結ばれたと思うのだ。

 それに対し、純子と実の母親の関係はもう長いことギクシャクしている。それは、純子が母親に対していつも顔色を窺うような態度を取っていたからではないだろうか。そこには、常に純子が母親に従うという固定の役割が出来上がってしまっているのだ。二人が互いに対等な関係を結ぶためには、いったんこの固定の役割を崩さなければならないだろう。だから、純子が母親に反発してAV女優のキャラクターを披露したとき、何かが動き始めたように思う。

 面白いのは、通常、コスプレの格好をすることは本来の自分の姿を隠すことになるはずなのに、純子の場合は、内気な性格であるがゆえに周りに対して自分の意志を明確に伝えることができないためか、コスプレの力を借りて、自分を表現することに快感を覚えたことだろう。そうなると純子は、これまでの純子が本当の自分なのか、コスプレの格好をした桜沢ルルという芸名のAV女優が本当の自分なのか、ずいぶん思い悩んだはずだ。おそらく、自分が最もリラックスした状態にあるときが本当の自分なのだと思う。だから、コスプレの姿をしているときが純子にとって一番リラックスした状態にあったのなら、純子にとって本当の自分は桜沢ルルということになるのだろう。

 やがて、桜沢ルルには熱烈なファンがついて、物語は意外な方向へと進んで行く。本作を一言で表現するとするならば、AV女優の青春映画といったところだろうか。スピリチュアルな表現を借りれば、自分探しの旅を表現した映画ということになる。人気がなくなればどんどん使い捨てられる仕事をしているだけに、少しも立ち止まることが許されないAV女優たちの厳しい現実を突きつけられるような作品でもある。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 上映終了後のトークショーで話を聞かせてくださった二人のAV女優は、好きでAV女優になったのだそうです。私は、お金のために仕方なくAV女優への道を選んだのではないかと思っていたので、好きでAV女優になったというコメントを聞いて驚きました。ただ、こうしたAVが世の中に存在することで、愛し合う男女が行うセックスと混同されてしまうのは悲しいですね。それらのことを総合して考えてみると、AVは、私たちの魂が成長して行くある時期において必要となるものなのかもしれません。しかし、いつまでもそこに留まるものではなさそうです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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