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2010年12月

2010.12.31

映画『ガフールの伝説』

ホットヨガ(二一六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今年一年、皆さんには大変お世話になりました。今回の記事で二〇一〇年最後の記事とさせていただきます。二〇一〇年は映画三昧の一年でしたので、二〇一〇年の締めくくりの記事としては最適かもしれませんね。二〇一一年も映画三昧、ホットヨガ三昧、旅行三昧の一年になるでしょうか。

 本作は、十月十七日に京都の久御山(くみやま)にあるイオンシネマという映画館で鑑賞した作品である。何故、普段、足を運ばないような自宅から遠い映画館で本作を鑑賞したのかと言うと、実はまだ書きかけだが、関宿(せきしゅく)のブルトレの宿に一泊したあとに立ち寄ったのである。というのも、ガンモと一緒に本作を鑑賞しようと思い、派遣会社の福利厚生サービスを利用して本作の前売券を購入していたものの、お互いのスケジュールが合わないままに上映終了となってしまいそうだったからだ。そこで慌てて、関宿(せきしゅく)のブルトレの宿の帰りに立ち寄ることのできる映画館を探し出し、思い切って立ち寄ったのである。この時期になると、既に多くの映画館において午前中一回だけの上映に切り替わってしまっていたのだが、久御山にあるイオンシネマは夕方の上映だったのである。しかも、ありがたいことに、自宅近くの映画館で鑑賞すると3D料金が四百円に値上がりしてしまっているのに対し、久御山のイオンシネマは、3D料金が三百円のままだった。ただ、配布された3D眼鏡には、3D眼鏡を固定するための紐がなく、普段から眼鏡を掛けているガンモには着け辛かったようだ。

 もともと本作を鑑賞しようと思い立ったのは、本作がフクロウの物語だったからだ。もちろん私たちは、フクロウを鳩の父ちゃんたちに重ねたのである。鳩の物語でなくても、鳥の世界がどのように描かれているのかとても興味があったのだ。

 何も知らない私は、映画『ガフールの伝説』というタイトルから、ガフールという名前のフクロウが冒険を重ねて行く物語なのだと思い込んでいた。しかし、どうやらガフールというのはフクロウの名前ではなく、地域の名前らしい。原作は、「ガフールの勇者たち」という子供向けのファンタジー小説なのだそうだ。

 本作はアニメ映画なのだが、アニメ映画とは思えないほどのリアルな描写で、映像も美しい。フクロウのふさふさとした羽毛が風に揺れているのを見ると、思わず抱きしめて頭をなでなでしたくなる。フクロウの顔に個性を表す表情がそれぞれ施され、識別できるようになっている。

 物語は、若い鳥がまだ上手に飛べないという描写から始まる。私たちは、鳥ならば自由に飛ぶことができるのが当然だと思い込んでいるかもしれないが、鳩にしても、まだ若い雛のうちは上手には飛べないものなのだ。本作では、まだ上手に飛ぶことのできない若い兄弟のフクロウたちが悪の組織、純血団にさらわれる。しかし、兄のクラッドは純血団に仲間入りしてしまうのに対し、弟のソーレンは、父から聞いていたガフールの勇者たちが純血団に立ち向かってくれることを夢見ている。そして、純血団の監視の目を盗んで逃げ出したソーレンは、ガフールの勇者たちがいるという神木を目指すのだった。

 やがて物語は、いわば善のチームであるガフールの勇者たちと悪のチームである純血団との激しい戦いとなる。悪のチームである純血団のフクロウたちは、いかにも意地の悪そうな表情を持つフクロウとして描かれている。私たちが鳥を観察するとき、どの鳥も同じに見えるかもしれない。しかし私は、父ちゃんたちとの交流をきっかけに、鳩にもそれぞれ個性があることを良く知っている。すなわち本作は、フクロウのそれぞれの個性がアニメによって表現された作品であると言っても過言ではない。

 ちなみに本作は、映画『300 <スリーハンドレッド>』のザック・スナイダー監督がアニメ映画として初メガフォンを取った作品なのだそうだ。そう言えば、私は映画『300 <スリーハンドレッド>』を鑑賞してはいるのだが、登場人物のテンションが高いばかりで、なかなかレビューを書き辛い作品だったため、書いていない。本作の中には、映画『300 <スリーハンドレッド>』のように、フクロウが鎧をかぶって武装するシーンがある。戦いのためにフクロウが武装するという発想は面白いのだが、映画『300 <スリーハンドレッド>』の監督ならば、それも容易にうなずける。一羽一羽のフクロウが鳥という集合体ではなく、それぞれが個性を持ち、個々のキャラクターとしての魅力が表現された作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 旅行の記事や映画の記事を年内に書き上げることができないまま、とうとう新しい年を迎えることになってしまいました。(苦笑)私にとって、二〇一〇年は、本当に盛りだくさんな一年でありました。皆さんにとっても、二〇一一年が実りある一年でありますように。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.12.30

ホットヨガ(二一六回目)

TOEIC惨敗(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 毎回、ガンモに百点以上も引き離されてしまうのは、やはり悔しいですね。とは言え、ガンモはかつて、就寝前にベッドの中でニンテンドー DS Liteを使って声に出して発音しながら、楽しく英語学習を進めていたのです。しかし、私が五時起き生活を始めてからは、私のほうが先にベッドに入るようになり、ガンモは同じ寝室で二時間ほどパソコン操作をしてからベッドに潜り込んで来ます。さすがに、私が寝ている横で、声を出してニンテンドー DS Liteを使って英語学習するわけには行かないので、「英語の勉強ができない!」と嘆いていますが、私は、「しめしめ」と思っています。(苦笑)ガンモ曰く、就寝前に英語学習をすると、ちょうど眠くなって心地良く眠れるのだそうです。

 祝日となった天皇誕生日は、久し振りに梅田店で六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。実は、この日はもともと南森町店で骨盤コースのレッスンを予約していたのだが、そのレッスンが別のレッスンに振り替えられることになってしまったため、梅田店でリラックスコースのレッスンを受けることにしたのである。梅田店を選んだのは、この日にリラックスコースのレッスンが開催されていたからだ。

 いつも梅田店でレッスンを受けるときは、レッスンに遅刻してしまいがちな私だが、今回も例外ではなく、やはり遅刻してしまった。スタジオに入ってみて驚いたのは、レッスンの参加者が私を入れて七名しかいなかったことである。やはり年末で、皆さん、お忙しいのだろう。私も本当は忙しい。しかし、忙しいからと言って、せっかくの休日に、これまでせっせと実践し続けて来たことを見送るわけには行かない。そこで、忙しいのに予定を組んで、こうして梅田店のスタジオにやって来たのである。せっかく梅田までやって来たのだから、レッスン終了後のお楽しみとして、映画も鑑賞しておきたい。こんなふうに、年末の忙しい中にあっても、これまでと同じような行動パターンで休日を過ごすことになったのだった。

 さて、レッスンの参加者が七名しかいないので、スタジオ内はとても広々としていた。どれくらいゆったりとしていたかというと、すべての参加者が隣の参加者とヨガマットを一つ以上開けてポーズを取っていた。ちなみに、男性会員は一人もいらっしゃらなかった。

 少し前までは、深い呼吸を意識していたものの、いつの間にか私の呼吸は浅い呼吸に逆戻りしてしまっていた。これではいけないと思いながら、せめてレッスン中だけでも深い呼吸を心掛けた。

 レッスンに参加されている方たちの様子を鏡越しに窺っていると、前屈のポーズが私よりも浅い方がいらっしゃり、もりもりとやる気が沸いて来た。これまでは、前屈のポーズが深くなる方たちの中でばかりレッスンを受けて来たので気付かなかったのだが、ひどく固いと思っていた私の身体も、実はレッスンを始めた頃に比べると、幾分柔らかくなっているのだとわかった。お腹の筋腫がなくなれば、ポーズがもっと深くなるのは間違いないだろう。

 ただ、レッスン中に飲む水の量が少なくなり、今回は五百ミリリットルを切ってしまった。中には、五百ミリリットルのペットボトルに入れた水一本だけでレッスンに参加されている方もいらっしゃったので、リラックスコースのレッスンでは、レッスン中にあまり水を飲まない人が多いのかもしれない。

 今回も、苦手なポーズであるつるべ落としのポーズの前に、スタジオの外に出てしばらく涼んだ。実は、私にはもう一つ、リラックスコースのレッスンで苦手なポーズがある。それは、休憩のポーズ(シャバーサナ:屍のポーズ )に入る直前に行う「星を見るポーズ」である。「星を見るポーズ」は、ヨガマットの上に仰向けに寝転がり、両足の足裏を合わせて合蹠(がっ せき)のポーズを作り、両手の人差し指同士をを合わせて作ったひし形で、お臍の周りを取り囲むようにして置くポーズである。どういうわけか、私は以前からこのポーズが苦手である。両足で合蹠のポーズを取るのはいいのだが、両手の人差し指を合わせて作ったひし形をお臍を取り囲むようにして置くのが何とも心地良くないのである。やはり、筋腫で盛り上がってお腹に手を置くことで、お腹に負担が掛かってしまうのかもしれない。

 うれしかったのは、レッスン中に飲む水の量は少なくなっていたものの、以前よりも汗をたくさん掻くことができたことである。呼吸法を意識しながらレッスンを受けて来たことが、少しずつ効いて来ているのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いつも混雑している梅田店にしては、少人数のレッスンでした。クリスマス前で、しかも年末ですので、きっと皆さん、ご多忙だったのでしょうね。忘年会シーズンでもありましたので、二日酔いという方もいらっしゃったかもしれません。(笑)かくいう私も前日の夜は職場の忘年会に参加していました。さて、今年もあと残り少なくなりました。本年も皆さんには大変お世話になりました。どうもありがとうございます。来年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.12.29

TOEIC惨敗(後編)

映画『乱暴と待機』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。ほとんどが市営住宅の中で繰り広げられる出来事ですので、本作が舞台劇だったということに大きくうなずけます。他にも出演者の方たちはいらっしゃいますが、これまたほとんどが四人の登場人物の関わりを描いた出来事ですので、多少手の込んだ愛憎劇ではあるものの、わかりやすい展開となっています。大掛かりなセットを用意しなくても、鑑賞する人たちの心を動かすことはできるんですよね。それでは、TOEIC惨敗(前編)の続きを書かせていただきますね。

 リスニングの試験が始まると、私はリスニングのインストラクションが流れている間にリーディングのページを素早くめくり、いくつかの文法問題に解答した。リスニングは、やはり普段からBBCを聴き込んでいるだけに、比較的良く聞き取ることができた。リスニングの問題で自信をつけておいて、リーディングの問題に突入するというのが、ここ最近のパターンである。

 私の場合、リーディングの問題は、最初の文章穴埋めの文法問題をスキップして、後ろのほうに控えている文章読解問題から取り組むことにしている。TOEICの試験ではいつも時間が足りなくなってしまうので、時間の掛かる文章読解問題に集中して取り組み、比較的解答に時間の掛からない文章穴埋めの文法問題は、試験終了時間が間近に迫った状態で取り組んだとしても何とか切り抜けられるだろうと思っていたのだ。

 ところが、文章読解問題に思いのほか手こずってしまい、試験の残り時間が少なくなってしまった。というのも、集中力がなく、同じ文章を何度も何度も読み返すことになってしまったからだ。「これはやばいぞ。いつもよりも更に時間が足りない」と私は思った。私は残り時間と格闘しながら、超能力を使い、時間が足りなくて答えられそうにない問題のすべてにBをマークして何とかリーディング問題を終えた。しかし、手ごたえとしては良くない。数ヶ月前に受けたTOEICのIPテストでは、私の中での大台(他の人たちにとっては中台)に乗ったばかりだったが、おそらくこの調子では、中台どころか小台に逆戻りしてしまっていることだろう。

 私はしょんぼりと肩を落としながら、試験会場となった大講義室を後にした。試験会場では、空調設備が稼動されたまま試験が行われていたはずだが、省エネ対策なのか、試験会場はとても寒かった。上半身にほてりのある私としては、むしろありがたいことかもしれないが、足元が冷えるのは気になる。もちろん、私は会場が寒かったときのためにひざ掛けなどを用意していたのでそれほど大きなダメージを受けることはなかったのだが、それでも試験終了後はトイレに行きたかった。そこで、二つしかない女子トイレの個室に再び長蛇の列を作って並んでいると、ガンモから電話が掛かって来た。思ったよりも試験の感触が良くなくて私が落ち込んでいるのに対し、ガンモの声はとても明るかった。どうやらガンモにとっては、今回の出来は良かったようだ。

 私はかつて、ガンモが今回の私と同じく神戸大学農学部の試験会場でTOEICを受験したことがあるのを知っていたので、女子トイレの個室が二つしかないとぼやくと、ガンモもまた、
「そうだろ? その会場、トイレの数がおかしいだろ?」
と言った。何と、ガンモ曰く、男子トイレも、個室が二個と小便器が二つしかないのだそうだ。つまり、女子トイレの個室だけが極端に少ないわけではなかったということである。

 とは言え、ガンモが神戸大学農学部で受験したときは、男女の受験者が混在していたようである。私が、
「今回は女性の受験者ばっかりだよ」
と言うと、ガンモは更に驚いていた。このような状況を踏まえて考えると、やはり女性の受験者は女子大で受験するのが環境としては一番良いのではないかと思えて来た。

 こうして何とかTOEICの試験は終わり、およそ一ヵ月後に試験結果が通知された。最近のTOEICはインターネットから申し込みができて、試験結果も自分のページにアクセスすることにより、インターネットで確認することができる。携帯電話からパソコンのメールアドレス宛にに届いたメールをチェックすると、スコアが確認できる状態になっているというのでやきもきしていた。私は仕事帰りに自分のノートパソコンを使い、震える手で自分のページにアクセスしてスコアを確認し、愕然とした。何と、三年前に意識してスコアを管理し始めた頃から、三十点ほどしかアップしていなかったのである。すなわち、数ヶ月前に受けたTOEIC IPテストで取った私自身のハイスコアから、百四十点も下がっていたのだ。およそ三年ほど前から自分なりに英語の勉強を重ね、少しずつスコアがアップして来ていたというのに、また振り出しに戻ってしまったのである。

 一方、ガンモはというと、今回は私のハイスコアとほぼ同じくらいのスコアだったそうだ。いつもガンモには百四十点ほど負けているので、今回も差は縮まらなかったことになる。しかも、ガンモは最近、ほとんど英語の勉強をしていないというのに、悔しいではないか。ショックだったのは、BBCを聴き始めてから着実に伸びていたリスニングのスコアでさえ、下がってしまっていたことである。

 今回の公開テストは、たまたま私の知らない問題ばかりが出題されたのか、それともこれが私の本当の実力なのか、それはわからない。おそらく、これに懲りずにこれからもまだTOEICを受験し続けると思うのだが、これだけ下がってしまえば、次に受験したときに再びスコアが上がるのが楽しみだと思うしかないだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m せっかく一年に一度の公開テストを受けたというのに、大幅にスコアが下がってしまい、トホホであります。派遣会社の主催するTOEIC IPテストでハイスコアを取得してはいるものの、TOEIC IPテストのスコアシートは顔写真付きのものではないため、公式なスコア証明書にはなりません。それだけに、公式なスコア証明書となり得る公開テストで今回のような低いスコアを取ってしまったのは悔しい限りですね。これまで、多少の増減はあったものの、トータル的にはスコアが伸びていたので、今回、がくっと下がってしまったことがかなりショックでした。しかも、リスニングのスコアまで下がっているのですから、もう救いがありません。(苦笑)これをバネにしてまた英語学習に取り組みたいとは思いますが、この先、どうなりますことやら。(苦笑)

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2010.12.28

映画『乱暴と待機』

TOEIC惨敗(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 女子トイレの個室が二つしかなかったことにはとにかく驚きましたが、考えてみると、普段の学生生活には支障がないのでしょうか。私が受験した教室は大講義室のようでしたので、百人以上の生徒さんが講義を受けられるだけの広さがありました。しかも、教室はそこだけではなく、隣にもあったのです。女子トイレの個室の数を基準にすると、これだけ大きな講義室は必要ないはずですし、逆にこれだけ大きな講義室を基準にすると、トイレに個室が二つしかないことが疑問に思えてしまうのです。では、神戸大学農学部には女子学生の数が少なく、男子学生の数が圧倒的に多いのかという疑問も生まれましたが、それについては次回の記事で書かせていただきますね。

 こちらは、十月十五日に鑑賞した作品である。鑑賞する前から、劇場で何度も何度も本作の予告編を観ていた。予告編を観た限りでは、それほど面白そうな作品だとは思えなかったのに、実際に鑑賞してみると、実に面白い。特に、浅野忠信さんが演じている英則という怪しい男のキャラクターが最高にいい。

 英則と同居しているのは、美波ちゃん演じる奈々瀬である。英則も一癖あるキャラクターだが、奈々瀬もまた一癖も二癖もあるキャラクターである。いつも上下スエット姿で過ごしている奈々瀬には、他人の神経を逆なでするような従順さがある。二人は同居しているのだが、二人の間に愛情関係があるというわけではない。実際には兄妹ではないのに、兄妹として一緒に暮らしているのである。というのも、英則が奈々瀬のことをひどく憎んでいて、復讐のチャンスを窺うために奈々瀬を軟禁しているからなのだ。軟禁と言っても、兄妹のように二段ベッドのある部屋で生活を共にしていて、奈々瀬はその生活から逃げようとはしていない。奇妙なことに英則は、奈々瀬の行動を天井裏からこっそり観察し、復讐のチャンスを狙っているのである。

 間もなく、英則たちの住んでいる市営住宅に、山田孝之くん演じる番上(ばんじょう)と小池栄子ちゃん演じる妻で妊娠中のあずさが引っ越して来る。実は、あずさは、英則や奈々瀬と古くからの知り合いだった。しかも、単なる知り合いではなく、あずさは過去に奈々瀬から受けたひどい仕打ちを今でも根に持っていて、奈々瀬のことをひどく恨んでいた。そんな状況の中、あずさの夫である番上が奈々瀬のことを気に入り、さかんにアプローチするようになる。しかも、奈々瀬を憎んで天井裏から観察し、復讐のチャンスを窺っているはずの英則の心の中にも、奈々瀬に対する愛情のようなものが芽生え始めているように見えた。

 このようなやや複雑な人間関係が繰り広げられる中で、あずさの怒りがただものではないことがわかる。何しろあずさは、英則と奈々瀬が住んでいる家にサンダルを投げつけるだけでなく、大胆にも自転車を投げ入れたりするのだ。当然、割れたガラスが居間に激しく飛び散る。それでも怒りを露にしない奈々瀬に、見ている私もだんだん腹が立って来る。何故、奈々瀬は何でもかんでも抵抗せずに受け入れてしまうのだろう。奈々瀬には感情というものがないのだろうか。番上にアプローチされたことに対しても、自分の知り合いの夫なのだから、はっきりと断ればいいものを、流れに身を任せたままである。奈々瀬には、自我というものがないのだろうか。ここまで何もかも受身だと、奈々瀬に何かを仕掛けて来る相手は一人相撲を取っているように思えてしまうのではないだろうか。奈々瀬を見ていてイライラするのは、相手に一人相撲を取らせてしまっていることに鈍感だからだと思った。

 そんな奈々瀬を天井裏からこっそり覗く英則もまた、一体何を考えているのか。「俺はお前に復讐するぞ」と奈々瀬に言うのが口癖になっている英則だが、彼には奈々瀬に対するどんな恨みがあるのか。それは、物語の最後のほうで明らかになるのだが、そんな恨みもあっさり消え去るような一言をあずさが放つ。いやはや、面白い。英則をはじめとする個性豊かな登場人物を、役者さんたちが見事に演じ切っている。そして、映画の中で表現されている感情が愛情なのか憎しみなのか、だんだん区別がつかなくなる。何故なら、英則の憎しみはやがて愛へと変わり、あずさの番上への愛はやがて憎しみに変わるからだ。両者が距離を縮めれば憎しみはなくなり、両者の距離が離れれば愛も憎しみに変わってしまうということだろうか。

 本作の素晴らしいところは、登場人物のやりとりのテンポの良さだろう。台本で言うところのト書きに当たる部分の描写が特にいいのだ。会話のやりとりではなく、それぞれの間(ま)の取り方がいい。私が思わず声を出して笑ってしまったのが、英則の、
「救急車を呼べ!」
という台詞である。彼が天井裏に隠れている様子を窺っていることが他の人たちにわかってしまい、ひどくバツの悪い状況に陥っているところへ、あずさに危機が訪れる。そのタイミングで自らの立場を省みずに英則が、
「救急車を呼べ!」
と言ったのである。

 予告編には漫画が含まれていたので、本作の原作は漫画なのだろうかと思っていたが、どうやらもとは舞台劇らしい。なるほど、舞台劇ならば、間の取り方には充分気を遣うはずである。難しい間が台本として表現され、その台本を見事にこなした四人の役者さんたちと脚本家に大きな拍手を贈りたい。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 実際に、奈々瀬のような人物が私の周りにいたら、絶対にイライラするでしょうね。(苦笑)美波ちゃんは、良くもまあ、あんなにイライラするキャラクターを演じ切ったものだと思います。小池栄子ちゃんも、テンションの高いキャラクターを好演していました。一方、山田孝之くんは、最近の役柄ではありがちな役柄だったと思います。そして何と言っても浅野忠信さんですね。今年は彼の出演する作品をいろいろ拝見しましたが、どれを取ってもはまり役ばかりだったように思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.12.27

TOEIC惨敗(前編)

ガンまる、ゆいレールに乗るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。沖縄にはずっと鉄道がなかったので、ゆいレールの存在もまだまだぎこちないのではないかなどと勝手に思っていたのですが、すっかり人々の生活に馴染んでいて、地元の人たちや観光客の立派な足となっていました。

 ガンモはTOEICの公開テストが開催される度にほとんど毎回受験しているが、私はというと、普段は派遣会社の主催するTOEIC IPテストを受けている。そのほうが、公開テストよりも受験料が割安だからだ。とは言え、年に一度、十一月の終わりに開催される公開テストは受験している。というのも、公開テストの一年割引が適用されるからだ。そして今年も、十一月二十八日に一年割引の対象となるTOEICの公開テストを受験した。

 受験前に届いた受験票によれば、ガンモの試験会場は神戸ポートアイランドにある神戸学院大学で、私の試験会場は神戸大学農学部だった。同じ住所から申し込んでいるのに試験会場が異なっているのは、おそらく女子大が会場に含まれているためだろう。女性の受験者たちは女子大に送り込まれることもあるのだ。特に、私たちの住んでいる市には女子大があり、市内在住の女性の受験者たちはその女子大で受験することが多いようだ。かくいう私も、二年前にその女子大で公開テストを受験したことがある。

 私は、受験票に貼り付けるべき写真を用意していなかったので、ガンモよりも一足早く家を出て、自宅近くの証明写真ボックスで写真撮影を行った。一方、ガンモはと言うと、我が家から神戸ポートアイランドまで遠い上に、試験会場となる神戸学院大学のすぐ近くに民間の駐車場があるため、カングーで出掛けるようだった。

 証明写真を撮り終えて、JR線の最寄駅から電車に乗って移動していると、ガンモからメールが届いた。見ると、「パスポートは?」と書かれてある。私は、「あっ!」と思った。TOEICの公開テストには写真付きの身分証明書の提示が必要なのだが、身分証明書のいらないTOEIC IPテストを受験することが多かったので、すっかり忘れてしまっていた。私は運転免許証も社員証も持っていないので、これまでの公開テストではパスポートを持参していたのだ。しかし、そのパスポートを自宅に忘れて来てしまっていた。私は冷静に考え、そう言えば、去年受けた公開テストで、職場で作ってもらった入館証で代用できたことを思い出し、入館証をパスポート代わりにしようと思い、そのまま試験会場へと向かった。

 私はJR線と路線バスを乗り継いで、神戸大学農学部の会場へと移動した。途中、神戸大学農学部のJR線の最寄駅である六甲道(ろっこうみち)駅のみどりの窓口に立ち寄り、ボールペンを拝借して受験票に署名し、さきほど撮影したばかりの写真を持参したハサミで丁寧にカットし、同じく持参した糊で受験票に貼り付けた。

JRのみどりの窓口でボールペンを拝借し、受験票に署名した。また、さきほど撮影した証明写真をカットして受験票に糊で貼り付けた

路線バスに乗り、神戸大学農学部へと向かう

 試験会場への入場は十一時半からだったのだが、それよりも早い時間に試験会場に着いてしまった。試験会場となる建物の前まで来てみると、二十名ほどの受験者たちが外の寒いベンチ周辺で待機していた。しばらくすると試験会場のドアが開けられ、TOEICのスタッフがこれまで外で待機していた受験者たちを建物の中に案内した。

今回の試験会場となった神戸大学農学部のキャンパス

 私は試験中におお腹が空くと試験に集中できないと思い、お昼ご飯には少し早かったが、試験会場の外にあるベンチに腰を下ろし、自宅の最寄駅の売店で購入したサンドイッチをほおばった。そして、入口に提示された受験番号による教室の割り振り表を確認し、建物の中に入った。

 私が公開テストを受ける教室は四階にあったのだが、TOEICのスタッフに、
「四階まで階段をご利用ください」
と言われたので、ひいひい言いながら階段を昇った。この歳になると、荷物を持って四階まで階段で昇るのはひどくきつい。

 ようやく公開テストを受ける教室に着いたので、私は入口で受験票と職場で作ってもらった入館証を提示して受付を済ませた。TOEICのスタッフは、私の顔と受験票に貼り付けられた写真、そして職場で作ってもらった入館証の写真をさりげなく見比べていた。その結果、私は受験者本人であることが確認され、無事に入室することができた。

 教室内は三人掛けのテーブルで、真ん中の席が開いて、両端に席が割り振られていた。通路がひどく狭く、荷物の多い私は難儀しながら自分の席まで辿り着いた。席は、受験番号順に決まっているのだ。

 試験のインストラクションの開始まで、まだまだ時間があったので、私はトイレに立った。私が試験を受ける教室のすぐ隣にも教室があり、その教室もTOEICの試験会場となっていた。驚いたことに、この試験会場で受験する人たちは、全員女性のようである。そう言えば、さきほど試験会場の入口で待機していた受験者も全員女性だったことを思い出した。もしかすると、どこかの女子大が試験会場として予定されていたものの、何らかの都合で急に試験会場としての利用ができなくなってしまったのかもしれない。そのため、その女子大に割り振られていた女性たちが全員、この神戸大学農学部の会場に送り込まれたのかもしれない。

 驚いたのは、受験者が全員女性であるにもかかわらず、トイレの個室が二つしかなかったことだ。私は不安になると同時に、これは試験会場の設定ミスだと思った。何しろ、私が受験する四階の会場には、少なく見積もってもおよそ百五十人の受験者がいたと思うからだ。それだけの数の女性たちが、たった二つしかないトイレの個室を順番に使用することになるのである。今はまだ、試験のインストラクションの前なので、トイレを利用する時間に幅があるが、試験のインストラクションが終わり、十分間の休憩の時間が設けられたときは、トイレの大幅な混雑が予想された。

 ひとまずトイレを済ませた私は、再び試験会場に戻り、解答用紙に必要事項を記入した。解答用紙は、A面が個人情報やアンケートを記入する欄になっていて、B面が試験の解答をマーク式で記入する欄になっている。ガンモにメールしてみると、ガンモも無事に試験会場に到着したと返事が返って来た。

 十二時二十分に入場の受付が締め切られると、間もなく試験のインストラクションが始まった。このインストラクションでは、試験の時間配分や音声テストが行われることになっていた。今回の試験は、十三時から始まり、十五時一分に終了することになっていた。

 試験のインストラクションのあと、十分間の休憩が取られたので、私は念のため、個室が二つしかないトイレへと走った。しかし、あっという間に女子トイレには長蛇の列ができてしまった。さすがにこの状況には、TOEICのスタッフも危機感を感じてくださったのか、すぐ下の三階にある別のトイレに案内してくださった。ところが、その三階のトイレにも、一気にたくさんの人たちがなだれ込んで来たので、三階の女子トイレの前にも同じように長蛇の列ができてしまった。

 私は三階のトイレの長蛇の列に並びながら、どうか今、並んでいるこのトイレの個室は三つ以上ありますようにと祈っていた。休憩時間が十分と少ないので、私はやきもきしながら順番待ちをしていた。しかし、待ち行列の進み具合がずいぶん遅い。休憩時間が十分しかないのに、時間内に教室に戻ることができるのだろうかと気をもんでいると、ようやくトイレの個室の数を数えられるところまで順番が回って来た。私がトイレの個室を数えようと身を乗り出してみると、やはりそのトイレにも個室が二つしかなかった。何ということだろう。この施設は、TOEICの試験会場としては絶対に不向きである。しかも、トイレの個室が二つしかないのに、女性の受験者ばかり集めるとは・・・・・・。女子トイレの個室が二つしかないなら、せめて男女ともにこの試験会場に集めれば、受験者が女子トイレに集中することもなかったのにと思う。

 すぐ隣には男子トイレがあった。十分間の休憩時間がいよいよ終わってしまいそうなので、私は、おばさん根性を奮い起こして、男子トイレに入ってしまおうかと思ってしまったほどだ。しかし、ようやく順番が回って来たので、私は大急ぎでトイレを済ませ、試験会場の教室に走って戻った。席に着いたときには、十分間の休憩時間を、ほんのわずかに超えてしまっていた。

 その後、携帯電話やデジタルオーディオプレイヤーなどの電源がOFFになっているかの確認が行われ、改めて身分証の写真と本人の顔、受験票に貼り付けられた写真のチェックが行われると、いよいよ問題用紙が配られた。どういうわけか、TOEICのスタッフがもたもたしていて、すべての問題用紙が手元に配られたのは、試験開始のまさしく直前だった。もう少し余裕を持って配布して欲しいものである。

 このように、一年振りに受験したTOEICの公開テストは、調子が狂ってしまう状況の連続でスタートしたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 一年振りにTOEICの公開テストを受験しました。一気に書き上げてしまうと記事が長くなってしまいますので、前編と後編に分けて書かせていただきますね。ちなみに、次回の記事は三日に一度の映画のレビューの記事をお届けしますので、この続きは映画のレビューの記事の続きとなります。ご了承ください。

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2010.12.26

ガンまる、ゆいレールに乗る

映画『メッセージ そして、愛が残る』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 死が間近に迫っている人の光が見えたとしても、その死を回避することはできないために、せめて自分なりにできることをする、それが「メッセージ」を伝えることだったんですね。そのあたりの事情がなかなか伝わりにくい作品なので、鑑賞直後は首をかしげてしまうかもしれませんが、状況がわかるとすっきりしますね。

 沖縄美ら海水族館まで足を伸ばしたときにはレンタカーを借りたのだが、那覇市内の移動には、もっぱらゆいレールを利用していた。ゆいレールは、路線バスでの移動が中心だった那覇市内に、数年前に開通したばかりのモノレールである。

 ゆいレールが開通するまで、沖縄にはずっと鉄道がなかった。そのため、沖縄に出掛けて行っても鉄道の乗り潰しができないなどとガンモと話をしていたこともあったくらいだ。そして、ようやく沖縄にゆいレールが開通したとき、私たちの間に、
「沖縄まで、ゆいレールの乗り潰しに行こうか。でも、ゆいレールに乗ったら目的はすぐに達成されてしまうから、日帰りかな」
などという笑い話のような会話が交わされていながらも、なかなか実現しなかった。今回、その旅が実現したのは、ガンモの気持ちが急激に沖縄に傾いたからである。実際には、単にゆいレールを乗り潰すだけの日帰り旅行にはならず、お互い有給休暇を取得しての二泊三日の沖縄観光旅行となったわけである。

 私たちは那覇空港から、ゆいレールのフリー乗車券の一日券を購入し、ひとまず、宿泊するホテルの最寄駅まで乗車し、その後、ゆいレールの終点である首里まで移動した。ちなみに、フリー乗車券の一日券は一枚六百円である。面白いのは、フリー乗車券には一日券のほか、千円の二日券と千四百円の三日券も販売されていたことだ。これはもう、那覇滞在中はゆいレールを積極的に利用してくださいと言われているようなものである。しかも、那覇市内の主要な観光エリアをカバーしているので、観光客にとっては実にありがたい乗り物だろう。

 私は、モノレールというくらいだから、新交通システム同様、運転手さんのいない無人運転の列車なのだと思い込んでいた。しかし、発車前に運転手さんが運転席に乗り込んで来たので、意表をつかれて驚いた。沖縄では、鉄道の歴史はまだまだ浅いはずだが、運転手さんは、日本の他の鉄道の運転手さんのような掛け声を掛けながら、鉄道としてのルールを守り、慎重に運転しているようだった。

 私はまた、鉄道としての歴史の浅いゆいレールは、まだほんの短い区間しか運行されていないのだと思い込んでいた。ところが、那覇空港から終点の首里まで、およそ三十分も掛かるのだ。しかも、やはり便利なのか利用客も多く、車内は込み合っていた。那覇の人たちも、観光客も、ずっと鉄道の登場を待ち望んでいたのかもしれない。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ガンまる、ゆいレールに乗るをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ゆいレールが開通したときに、噂だけは聞いていましたが、ようやく乗車することができました。雰囲気としては、大阪モノレールや神戸のポートライナー、六甲ライナーなどと良く似ていますが、運転手さんがいるので、逆に不思議な感じですね。まだまだ鉄道としての歴史は浅いですが、ゆいレールが那覇市内の主要な足として、立派に活躍していることは間違いないようです。

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2010.12.25

映画『メッセージ そして、愛が残る』

ホットヨガ(二一五回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ロッカールームに一人で残ってしまうと、さすがに焦りますね。(苦笑)特に今回は、その日の最終レッスンだったので、本当の意味で、私が最終退場者ということになります。スタッフは、私がスタジオを出たあとも、シャワールームの掃除やらロッカールームの掃除やらに追われようです。レッスンを担当してくださったインストラクターは、その日の後片付けでお忙しい中、一階の裏口まで私を送り届けてくださったわけです。

 本作は、十月十一日に鑑賞した作品である。死に行く人が死の前に光に包まれるという予告編の内容から、精神世界的な観点に基づいたストーリーであることを期待して鑑賞に臨んだのだが、残念ながら、私が思い描いていたようなストーリーではなかった。映画『カラフル』と言い、人の死を扱う作品は、精神世界的な観点からの描写というよりも、むしろ精神世界的な観点からは少し外れた独自の方法で表現する作品が増えているように思う。

 子供の頃に交通事故に遭い、生死の境をさまよいながらも一命を取り留めたネイサンは、結婚後、長男の死をきっかけに夫婦関係がぎくしゃくしてしまう。結局、ネイサンは、妻とは離婚することになり、妻だけでなく長女とも離れ離れになってしまう。そんな彼のもとへ、人の死を予知することができるというセントルイス病院の医局長ケイが現れる。ケイはネイサンに対し、はっきりしたことを言わないため、ネイサンは自分に死が迫っていると思い込んでしまうのだが・・・・・・。

 ネイサンを演じているのは、映画『モリエール 恋こそ喜劇』でモリエール役を演じていたロマン・デュリスである。これまでに鑑賞した作品の中で、彼は映画『ルパン』でルパン役や、映画『PARIS(パリ)』で余命いくばくもない弟役を演じていた。

 舞台となっているのはアメリカで、ほとんどの人たちが英語を話しているのだが、ところどころフランス語も含まれていたりする。それもそのはずで、本作はドイツ、フランス、カナダの合作映画だったのである。ネイサンを演じているロマン・デュリスもフランス人である。ちなみに、ケイを演じているのは、ジョン・マルコヴィッチである。

 本作で最も違和感を覚えたのは、死ぬ人が光に包まれるというシーンだ。精神世界的な観点に基づけば、人は肉体を去る瞬間に光に包まれ、肉体と魂が分離するというのが一般的な解釈である。しかし本作では、人が死ぬ少し前に光に包まれている姿が、人の死を予知できるケイに見えるという描写がなされている。ネイサンにもそうした能力があるとして、ケイはネイサンにいろいろなアドバイスをする。すなわち、肉体を去って行く瞬間に光に包まれることを肉体を去ろうとしている人自身が感じ取るのではなく、死の少し前に光に包まれている姿を、第三者が感じ取るという描写なのだ。これには違和感を覚えずにはいられない。何故なら、精神世界的な観点に基づけば、肉体を去って行く人自身が感じる光は愛そのもので、それゆえに、死は恐怖ではないと解釈されているからだ。臨死体験について書かれた本によると、臨死体験をされた方たちの多くが、実際にこの光に包まれる体験をしているらしい。

 ただ、本作を鑑賞するにあたっては、こうした精神世界的な観点からの先入観が邪魔をしてしまったと言っても過言ではない。ケイが何故、ネイサンの前に現れたかが最後になってようやく明かされるのだが、これまで隠されていたその事実の裏には、ネイサンが子供の頃に交通事故に遭い、生死の境をさまよったことと大きく関係していたのである。そこから紐解いて行くと、ネイサンと元妻の関係、更にはケイとの関係が浮かび上がって来る。それは一言で言って、長い長い歴史のある関係だったのだ。実のところ、私は鑑賞直後にこれらの関係を的確に把握することができず、作り手が本作を通して一体何を伝えたかったのか、良くわからなかった。しかし、本作を鑑賞された方たちのレビューを拝見して、ようやく理解を深めることができたのだ。

 鑑賞直後に作り手の意図を理解できなかった要因としては、私の中にあった精神世界的な観点からの先入観に加え、邦題による先入観も影響していたと思う。私は単に、『メッセージ』だけでも良かったと思うのだ。『メッセージ そして、愛が残る』と掲げられると、大切な人が亡くなってしまってからのことを想像してしまう。しかし、本作は、大切な人が亡くなってしまってからのことを描いた作品ではない。大切な人が亡くなる前に、大切な人の死を予知することにより、大切な人の死までの短い期間をできるだけ有意義なものにすることを描いた作品なのだ。それを伝えようとする役がケイであり、ネイサンにもまた、同様の能力があることをケイはネイサンに教えるのである。

 様々な先入観により、本作への理解が遅延してしまったが、特に本作のような作品は、鑑賞した人たちで感想を語り合うことにより、理解が一層深まるものだと実感したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ジョン・マルコヴィッチは怪しい雰囲気を持った役者さんではあるのですが、彼の口の動きをじっくりと観察していると、英語の正確な発音を学習できそうな感じですね。(笑)彼は、黙っているだけでも存在感のある役者さんだと思います。ロマン・デュリスは、明るい役も思い悩む役も、いろいろな役をこなすことのできる役者さんですね。ちなみに本作では、モリエールのような明るいキャラクターは出て来ませんでした。

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2010.12.24

ホットヨガ(二一五回目)

ヴォルデモートと顔文字の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m そして、メリークリスマスです。大きな水槽の中には、鯛も一緒に泳いでいました。鯛を見たとき、私は保育園のときに発表会で浦島太郎の劇に出て、鯛の役を演じたことを思い出しました。発表会のためによそ行きの服を着て、画用紙で作った鯛の絵を頭にかぶって演じたわけです。そのことをガンモに話すと、「俺も幼稚園で鯛の役をやった」と言いました。保育園と幼稚園の違いはありますが、ガンモとの間に意外な共通点を見付けてしまいました。(笑)それにしても、年末はイベントが多くてとても忙しいですよね。休日になりましたので、沖縄旅行の続きを書かせていただこうと思っていたのですが、写真を整理する時間が取れないため、今回はホットヨガの記事を書かせていただくことにします。

 沖縄旅行から帰って来た翌日の月曜日、私は仕事を終えたあと、三宮店で六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。週末を中心にレッスンを受けてはいるものの、沖縄旅行に出掛けている間はレッスンをお休みしてしまったためである。三宮店の十二月のスケジュールによると、リラックスコースのレッスンは、月曜日の十九時半から行われていた。

 着替えを済ませてスタジオに入ってスタンバイをしていると、今回のレッスンを担当してくださるインストラクターがスタジオに入って来た。私はインストラクターを確認して驚いてしまい、
「あれ?」
などと声をあげてしまった。何故なら、そのインストラクターは、古くからお話をさせていただいているインストラクターで、普段はリラックスコースとは正反対の激しいポーズのレッスンを担当されていることが多かったからだ。

 それに加え、参加者がわずか五名しかいなかったことにも驚いた。あとからインストラクターに聞いた話によると、月曜日のこの時間帯はいつも参加者が少ないのだそうだ。私は、まだ神戸店のスタジオがあった頃に、やはり夜のレッスンでわずか四名だけのレッスンを受けたことがあったが、五名の参加者は、四名の参加者に続く少なさである。週の始めということで、仕事を終えたらまっすぐ家に帰りたいのかもしれない。

 インストラクターは、おそらくリラックスコースのレッスンにはあまり慣れていらっしゃらないはずなのだが、とても自然でわかりやすいレッスンを展開してくださった。うれしかったのは、ウォーミングアップのストレッチのときに、足の裏をトントン叩く動作が組み込まれていたことだ。というのも、私がかつて溝の口店でリラックスコースのレッスンを受けたとき、確か足の裏をトントンと叩いて足の裏をほぐした覚えがある。おそらく、それがリラックスコースのレッスンで行われているオリジナルの動作なのだろうが、リラックスコースが関西に伝わったときに次第にアレンジされて、足の裏を叩く動作がなくなってしまったのではないかと思うのだ。しかし、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターは、リラックスコースのレッスンをあまり担当されたことがないために、オリジナルのリラックスコースに近いレッスンを展開してくださったのではないかと推測する。

 私は、スタジオの外に出て休むことなく、最後までレッスンを受けた。夜のレッスンだったが、それなりに汗を掻くことができた。深い呼吸を意識するようになったので、汗が出るようになったのだろうか。それとも、生理が終わって少し経っていたため、新陳代謝が盛んになっていたのかもしれない。(一般に、生理前は身体が水分を溜め込む傾向にあるが、生理が終わってからは水分が解放されると聞いている)

 レッスンが終わり、スタジオの外に出て行くときに、レッスンを担当してくださったインストラクターに、
「珍しい時間帯ですね」
と言われたので、私は、
「お互いに珍しいですね」
と言ってスタジオを出た。

 シャワーを浴びる前に、お腹や骨盤周りの体温を感じてみたところ、筋腫のあるお腹は冷たかったが、骨盤周りは温まっていた。少なくとも、ホットヨガのレッスンが骨盤周りを温めるのに効果があることは間違いないようである。あとは、お腹周りを温める方法を模索しなければならない。

 シャワーを浴びてス着替えを済ませると、いつの間にか私はレッスン参加者の最終退出者となってしまったことに気が付いた。三宮店でレッスンを受けて、二十一頃にスタジオを出て行くことになると、ビルの営業時間の関係で、スタッフが裏口に続くエレベータに付き添い、一階まで案内してくださることになっている。そのとき、今回のレッスンを担当してくださったインストラクターが付き添ってくださったのだが、何と、リラックスコースのレッスンを担当されるのは今回で二回目だったのだそうだ。もともと、今回のレッスンは別のインストラクターが担当してくださることになっていたようだが、急に予定が変わり、ピンチヒッターとして今回のインストラクターがレッスンを担当してくださったらしい。そのため、私にはとても自然なレッスンのように思えたものの、実際にはレッスン中にかなり緊張されていたらしい。インストラクターは、ポーズの順番に悩みながら、ときどきカンニングペーパーを見てレッスンを展開してくださったそうだ。リラックスコースのレッスンを担当してくださるのがわずか二回目だというのに、あれほど完璧なレッスンを展開してくださったのだから、インストラクターの実力は相当なものだと思う。いつも激しいポーズのレッスンを担当してくださっているインストラクターだが、実際は、リラックスコースのようなレッスンが好きだとおっしゃっていた。

 普段、普通にあいさつを交わし、普通に帰宅するだけのレッスンよりも、こうしてレッスン後にビルの裏口までインストラクターが付き添ってくださると、今回のように貴重な話を聞くことができる。平日の夜に三宮店でレッスンを受けると、このような醍醐味を味わうことができるのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レッスン参加者の最終退出者になってしまい、ちょっと慌ててしまいましたが、参加者がわずか五名だったので、仕方がないですよね。普段のレッスンならば、メイク台に座り、念入りにお化粧をされている方もいらっしゃるのですが、二十一時頃になると、あとは帰宅するだけでしょうから、あまり念入りにお化粧をせずに帰宅された方が多かったのかもしれません。私は普段からほとんどお化粧はしませんが、五本指ソックスを重ね履きするのに時間が掛かるのです。(苦笑)月曜日の夜に行われるレッスンならば、日曜日の夜にたっぷりと睡眠を取っておけば参加することができるので、ちょくちょく通えそうです。

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2010.12.23

ヴォルデモートと顔文字

映画『名前のない女たち』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 例え会社勤めであったとしても、社員が稼いだお金が会社に入り、必然的に社長の懐も温かくなるのはごく一般的な話ではありますが、AVの世界では、それが更に顕著であるように思います。仕事を一本受けたとして、一体どれくらいのお金が会社(事務所)に入って来るのかはわかりませんが、AV女優たちは常に身体を張って、ほぼ百パーセント自分の資本で稼いでいるんですよね。それにもかかわらず、会社勤めに比べて社会的な保障は少ないのではないでしょうか。会社勤めの場合は、福利厚生もしっかりとしていて、社員に対する保障も大きいはずですが、AV女優の場合は、そうした保障はほとんどなさそうですよね。その分、会社勤めの人たちが受け取る報酬よりもずっと多い報酬を一度に受け取るのかもしれませんが、どんどん使い捨てられる状況の中では、やはり生涯を通しての仕事ではなく、人生においてある時期だけの、最盛期にのみ成り立つ仕事なんでしょうね。それでは、沖縄美ら海水族館の続きを書かせていただくことにします。

 館内に入ると、最初に目に入ったのは、鳥羽水族館にもあった、海洋生物を手で触ることのできるコーナーである。ヒトデなどのあまり動きのない海洋生物が浅い水槽に入れられていたので、私もそっと手を伸ばして触ってみた。ヒトデは硬いものの、生き物としての存在感がしっかりと感じられた。触ったときに、相手が活発に動くとなると、相手を良く知らないだけに恐怖を感じてしまうものだが、相手がじっと動かずにいてくれると、安心して触れるものである。とは言え、コミュニケーションとしては一方的であることに加え、いろいろな人間たちに入れ替わり立ち替わり触られることになる彼らからすれば、たまったものではないかもしれない。

 館内には、小さな水槽や大きな水槽がいくつも設置されていた。ライトに照らし出された水槽の中に比較的澄んだ水が貯められていて、とても美しい。大きな水槽の中を、色とりどりの魚たちやウミガメが優雅に泳いでいる。私はウミガメが大好きなので、ウミガメばかり追ってカメラに収めていた。そう言えば、私はかつてシュノーケリングで沖縄の海に潜ったことがあるのだが、そのときも美しい魚たちが海の中を泳いでいたものだった。

 私が水槽の中を泳ぐ色とりどりの魚たちやウミガメに見入っていると、何と何と、映画『ハリー・ポッター』シリーズに出演しているヴォルデモートが現れたではないか。まるでストッキングで顔を覆って鼻を潰したような雰囲気と言い、ヴォルデモートにそっくりである。映画『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』では、ほとんど出番がなかったが、こんなところで休んでいたのだろうか。それとも、ハリー・ポッターシリーズの撮影がすべて終了したので、沖縄美ら海水族館でゆったりとくつろいでいるのだろうか。

 それだけではない。私たちがメールなどでしばしば使っている顔文字の表情をしたマンタもひらひらと泳いでいた。私は、マンタの顔を見て、顔文字のルーツはマンタにあると確信した。ここ、沖縄美ら海水族館は、ヴォルデモートがいたり、顔文字のルーツがいたりと、ずいぶんバラエティに富んだにぎやかな水族館である。

 もう少し先へ進むと、ジンベエザメが小さなお供のコバンザメを連れて泳いでいた。コバンザメの名前が助さん、格さんであるかどうかはわからないが、助さん、格さんよりも多い数のコバンザメがくっついて泳いでいたので、新しい家臣が増えたのかもしれない。

 それにしても、それほど光量の多くない水族館で、あちらこちらを動き回る海洋生物をカメラに収めるのはなかなか難しい。それでも、本来ならば観察することのできない海の中に棲んでいるはずの彼らを、こうしてまとめて観察することができるのだから、贅沢も言っていられない。とは言え、こうして水族館や動物園に足を運ぶ度に、大自然の中で生活している生物を捕獲して飼育することへの答えがなかなか導き出せないのも事実である。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ヴォルデモートと顔文字をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちが支払った入場料金は、彼らの餌代としても役に立っているのでしょうね。ということは、私たちが入場することで、彼らを捕獲して飼育することへの手助けもしていることになるのですね。この手の課題については、いつもなかなか答えを出せません。(苦笑)

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2010.12.22

映画『名前のない女たち』

マンションの大規模修繕(12)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近、相手に対し、できるだけ直接的にフィードバックすることを意識しています。自分が感じたことを相手に伝えたいと思うのですね。私が実践しているのは、例えば外食をしたら、お会計をするときに、お料理がおいしかったことをお店の人に伝えるなどの行為です。そうすることにより、相手も自分が与えた影響を確認することができると思うのです。

 本作は十月九日に鑑賞した三本目の作品である。梅田店でホットヨガのレッスンを受けたあとに鑑賞したので、三本目の作品となる本作を鑑賞し終えると、既に二十三時半を回っていたように思う。ただ、この日はガンモに徹夜の仕事が入っていたため、私が家を空けることによって、ガンモは自宅でゆっくりと睡眠を貪ることができたと思う。私が自宅にいればガサゴソと音を立ててしまうので、ガンモの安眠を妨げてしまったことだろう。

 とは言え、実のところ、私は本作を鑑賞するのを少々ためらっていた。というのも、あるAV女優の生き方が赤裸々に描かれた作品だったからだ。この手の題材を扱った作品は、映画『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』のように丁寧に描き出されなければ、女性客は特に引いてしまうことだろう。だから、最初は鑑賞しようかどうしようか迷っていたのだが、上映終了後にかつてAV女優だったという二人の女性のトークショーが行われるというので鑑賞に踏み切ることにしたのである。

 まず、着席した私は、本作を鑑賞しようとしているのは一体どのような人たちなのだろうと思い、上映前に客席を確認してみた。その結果、意外にも、男性客よりも女性客のほうがやや多いことがわかった。また、男性客も、下心を持ってAV女優の濡れ場を目当てに鑑賞しようとしているのではなさそうだった。客層を確認して安心したおかげで、私は余裕を持って本作を鑑賞することができた。

 私は良く知らなかったのだが、本作はベストセラーのノンフィクションが映画化されたものらしい。ちょっと冴えないOLの純子が渋谷を歩いているときにスカウトマンに声を掛けられ、AV業界に足を踏み入れる。会社では目立たず、自宅では母親の言うことに従いながら生きて来た純子だったが、AV女優の仕事を通して、コスプレを活かした新たなキャラクターを作り上げることで、これまでの自分とはまったく違う自分に変身できることがうれしくてたまらなかったようだ。もちろん、AV女優ということで、最初のうちは男優とのセックスシーンにも戸惑いを覚えるのだが、次第にAV女優としてのキャラクターを確立させて行くのだった。

 本作には、硬いものがだんだん柔らかくなって行くプロセスが描かれている。最初は慣れない仕事でカチコチに固まっていた純子が、少しずつ自分の現状を受け入れながら、一人前のAV女優としてほぐれた姿に成長して行く。その過程において、純子と同じ事務所のAV女優仲間の綾乃との関係もまた、最初はぎくしゃくしているものの、次第にほぐれて行く。綾乃は、キレると暴力を奮う元ヤンキーのため、周りからは恐れられていた。しかし、驚いたことに二人は少しずつ距離を縮めて行くのだ。何故、正反対の二人がまるで親友であるかのような絆を結んだのかというと、おそらく純子が綾乃に対し、ご機嫌窺いのような態度を取らなかったからではないかと思う。すなわち二人は、互いに利害関係のない形で結ばれたと思うのだ。

 それに対し、純子と実の母親の関係はもう長いことギクシャクしている。それは、純子が母親に対していつも顔色を窺うような態度を取っていたからではないだろうか。そこには、常に純子が母親に従うという固定の役割が出来上がってしまっているのだ。二人が互いに対等な関係を結ぶためには、いったんこの固定の役割を崩さなければならないだろう。だから、純子が母親に反発してAV女優のキャラクターを披露したとき、何かが動き始めたように思う。

 面白いのは、通常、コスプレの格好をすることは本来の自分の姿を隠すことになるはずなのに、純子の場合は、内気な性格であるがゆえに周りに対して自分の意志を明確に伝えることができないためか、コスプレの力を借りて、自分を表現することに快感を覚えたことだろう。そうなると純子は、これまでの純子が本当の自分なのか、コスプレの格好をした桜沢ルルという芸名のAV女優が本当の自分なのか、ずいぶん思い悩んだはずだ。おそらく、自分が最もリラックスした状態にあるときが本当の自分なのだと思う。だから、コスプレの姿をしているときが純子にとって一番リラックスした状態にあったのなら、純子にとって本当の自分は桜沢ルルということになるのだろう。

 やがて、桜沢ルルには熱烈なファンがついて、物語は意外な方向へと進んで行く。本作を一言で表現するとするならば、AV女優の青春映画といったところだろうか。スピリチュアルな表現を借りれば、自分探しの旅を表現した映画ということになる。人気がなくなればどんどん使い捨てられる仕事をしているだけに、少しも立ち止まることが許されないAV女優たちの厳しい現実を突きつけられるような作品でもある。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 上映終了後のトークショーで話を聞かせてくださった二人のAV女優は、好きでAV女優になったのだそうです。私は、お金のために仕方なくAV女優への道を選んだのではないかと思っていたので、好きでAV女優になったというコメントを聞いて驚きました。ただ、こうしたAVが世の中に存在することで、愛し合う男女が行うセックスと混同されてしまうのは悲しいですね。それらのことを総合して考えてみると、AVは、私たちの魂が成長して行くある時期において必要となるものなのかもしれません。しかし、いつまでもそこに留まるものではなさそうです。

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2010.12.21

マンションの大規模修繕(12)

ホットヨガ(二一四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 十二月も下旬にさしかかりましたが、三宮店ではまだ骨盤コースは始まっていないようです。南森町店で骨盤コースを担当されていたインストラクターが退職されるとなると、骨盤コースへの想いが一層膨らんで来ました。(苦笑)南森町店の今後のレッスンスケジュールに注目したいと思います。それでは、少し時間が空いてしまいましたが、マンションの大規模修繕(11)の続きを書かせていただきますね。

 マンションの大規模修繕の一環として、立体駐車場のペンキ塗り替え作業も行われることになっていた。そのため、立体駐車場に駐車している自家用車を管理組合が用意したマンション近くの別の駐車場に半分ずつ移動させて、その間に立体駐車場のペンキ塗り替え作業が半分ずつ行われた。マンションの上からペンキ塗り替え作業の様子を見守っていると、塗装を担当してくださっている方はとても丁寧にペンキを塗ってくださっていた。私には、心を込めてペンキを塗り込んでいるように見えた。

 マンションの大規模修繕は、すべての戸の玄関扉のシートの張り替えが完了した段階で、少しずつ落ち着いて来た。残り作業も少なくなって来たのだろう。これまでは二十人ほどの方たちが作業に当たっていたのに対し、ほんの数人程度に収まっていた。

 思えば、マンションの大規模修繕が始まった頃、私は少し複雑な気持ちを抱えていたものだった。というのも、大規模修繕が始まる数ヶ月前に開催されたマンションの管理組合の臨時総会で、大規模修繕に掛かる費用として私たち区分所有者が承認した数千万円のお金が、大規模修繕を担当してくださる建設会社に支払われるとするならば、おそらくそのお金が大規模修繕を担当してくださっている個々の方たちへの報酬として支払われるだろうと思ったからだ。いつもは、私自身も外で働いて報酬を受け取る立場にいるのだが、マンションの大規模修繕に関しては、逆に私たちが支払う立場になっていることに奇妙な感覚を覚えていたのである。

 それと同時に、大規模修繕を担当してくださっている建設会社で働いている方たちは、私たちのマンションの工事が終わればどうなるのだろうと気掛かりでもあった。誰かの人生を私が気に掛けるというのも変な話だが、それほど景気の良くない時代だからこそ、余計に気になってしまったのだ。

 それはさておき、マンションの大規模修繕が終わりに近付くにつれ、私は大規模修繕を担当してくださった方たちに一言も御礼を述べていないことが気に掛かっていた。そんな気掛かりを解消するためのチャンスが与えられたかのように、あるときエレベータで一階まで降りようとしていると、大規模修繕を担当してくださっている方と一緒になった。私は、この時ぞとばかりに、
「マンションをきれいにしてくださって、どうもありがとうございます。いやあ、ほんとにきれいになりましたよ」
とその方に言った。すると、その方は、
「ああ、そうですか。自分はあまり『塗り』を担当していなかったんですけどね、玄関のエントランスのところは周りだけを塗っていますが、周りだけでなく、本体のほうもちゃんと塗ったほうがええんちゃうかな(いいんじゃないか)と思うんですけどね」
とおっしゃった。私は、玄関のエントランスの仕上がりをまだ見ていなかったので、それについては何も答えられなかったのだが、私が御礼を述べたことで、その方がとてもうれしそうな表情を見せてくださったことが私自身の喜びへと繋がった。

 やがて、玄関のエントランスもきれいに仕上げられ、エレベータの外装および内装も塗り替えられ、マンションのエントランスと勝手口のシリンダー錠も取り替えられ、その他細々とした工事もすべて終わり、マンションの片隅に設置されていた工事用のプレハブ事務所が撤去される頃、これまで貸し出してくださっていたサッシロックが回収されることになった。私たちは、サッシロックを三つお借りしていたので、三つとも返却した。返却は、マンションのエントランスに設置された工事用掲示板近くに小さなダンボール箱が置かれ、その箱の中に自主的に返却するという方法が取られた。私は、返却するサッシロックを収めたビニール袋の中に、「マンションをきれいにしてくださって、ありがとうございます」と一筆書いたものを同封しておいた。エレベータでお会いした大規模修繕を担当してくださった方にだけ御礼を言うのでは、まだまだ足りない気がしていたからだ。

 こうして大規模修繕は無事に終了し、工事用のプレハブ事務所も撤去され、エントランスに置かれていた工事用掲示板も片付けられ、マンションには静寂が戻った。私は、何だかもう少し大規模修繕が続いて欲しいような寂しい気持ちにとらわれた。それでも、ここまでマンションをきれいにしてくださったことに、深く感謝している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、本当にきれいになりました。まるで生まれたてのマンションのようです。(笑)また次の大規模修繕が始まるまでに、修繕積立金をせっせと貯めておかなければなりません。(苦笑)次回の大規模修繕のときも、是非とも同じ建設会社にお願いしたいですね。

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2010.12.20

ホットヨガ(二一四回目)

映画『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 石井隆監督というと、古くは映画『沙耶のいる透視図』の脚本を書かれたり、映画『花と蛇』シリーズの監督を務めたりしているようですね。私もそれらの作品を鑑賞させていただきましたが、本作が一番好きですね。

 I医師の診察を受けたあとは、「ガンまる日記」を書いてお昼ご飯を食べてから、三宮店でホットヨガのレッスンを受けた。今回も、六十分のリラックスコースである。

 受付で対応してくださったのは、どこかでお目に掛かったことのあるスタッフだった。スタッフは私のことを覚えてくださっていて、私の苗字を呼び掛けてくださったのだが、私はいろいろな支店でレッスンを受けているためか、声を掛けてくださったスタッフがどこの支店のスタッフなのか、すぐにはわからなかった。スタッフの口から、
「南森町店の・・・・・・」
と出て来たとき、私はようやく思い出した。確かに南森町店のスタッフだった。

 私は南森町店のスタッフに、
「骨盤コースが好きで、南森町店に通っていました。骨盤コースの先生はお元気ですか?」
と尋ねた。「先生」という表現を使ったのは、南森町店でレッスンを受けている方たちが、インストラクターのことをそう呼んでいるからだ。

 すると、南森町店のスタッフは、
「実は、骨盤コースを担当しているインストラクターは、今月いっぱいで退職することになりまして・・・・・・」
とおっしゃった。驚いた私が、
「えっ? じゃあ、もう骨盤コース担当の先生から骨盤コースのレッスンを受けられなくなるんですか?」
と尋ねると、南森町店のスタッフは、
「そうなんです」
と残念そうにおっしゃった。私は、
「骨盤コースのレッスンはとても素晴らしいレッスンなので、是非ともノウハウを伝えておいて欲しいですね」
と言った。南森町店のスタッフによれば、今後の骨盤コースは別のインストラクターが担当されることになるそうだ。

 私は、南森町店で骨盤コースのレッスンを担当してくださっていたインストラクターが退職されると聞いて、後日、慌てて南森町店の骨盤コースのレッスンを予約した。ところが、予約してしばらくすると、南森町店から私の携帯電話に連絡が入り、予約したレッスンが別のレッスンに振り替えられてしまうと伺った。そこで仕方なく、私はせっかく予約した南森町店のレッスンをキャンセルすることにしたのである。

 確か南森町店のスタッフが三宮店に来られていたときに、骨盤コースを担当しているインストラクターは、このあと休暇を取られているというようなことをおっしゃっていたように思う。それでも、携帯電話のレッスン予約サイトから骨盤コースのレッスンを予約することができたので、骨盤コースを担当されているインストラクターが退職される前にレッスンを受けられるのではないかという期待感が募っていた。しかし、どうやらレッスンの予約サイトとインストラクターの予定との関連付けが行われていなかったようである。

 さて、今回の三宮店のリラックスコースのレッスンを担当してくださったのは、自分の書いた台本を読む堅実なインストラクターである。ちなみに、レッスンの参加者は十四名だった。

 驚いたことに、レッスンが始まってわずか十五分ほどしか経っていないというのに、
「ありがとうございました」
と言ってスタジオから退出された方がいらっしゃった。スタジオの外で少し休むのではなく、ヨガマットの上に敷いているバスタオルやレッスン中に飲む水などを一式持って行かれたので、明らかに退出されたのである。ひょっとすると、その方はフリーパス会員の方かもしれないが、回数券を購入している私からすれば、もったいないと感じてしまう。初めてリラックスコースのレッスンに参加してみたものの、その方に合わなかったのだろうか。それとも、もう一つのスタジオで別のレッスンが始まってしまうために、切りのいいところで退出されたのだろうか。それでも、黙って退出されるのではなく、
「ありがとうございました」
とわざわざ声を掛けて退出されたことは、レッスンを担当してくださっているインストラクターへの、その方なりの心遣いなのだと思った。

 私はというと、レッスン中にスタジオの外に出て少し涼んだあと、再びスタジオに戻り、レッスンを続けた。汗の量は、前回のレッスンとそれほど変わりはなかったように思う。いつだったか、レッスン中に着ているTシャツを絞れるくらいに大量の汗を掻いたことがあったが、久し振りにそんな爽快感を感じてみたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 南森町店で骨盤コースのレッスンを担当してくださっていたインストラクターが退職されてしまうのはとても残念なことであります。私自身がリラックスコースに傾いてしまったこともありますが、私にとって、一番必要なレッスンが骨盤コースだというのに、骨盤コースのレッスンがあまりにもきつ過ぎたために、挫折してしまったんですよね。(苦笑)もうあのインストラクターの骨盤コースのレッスンを受けられないとなると、失ってしまった時間があまりにも大きいように思えて来ました。

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2010.12.19

映画『ヌードの夜/愛は惜しみなく奪う』

レンタカーで沖縄美ら海水族館への記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 二泊三日の沖縄旅行を終えて、無事に帰宅しました。思えば、あっという間の三日間でしたね。初日は半袖では少し寒かったのですが、二日目と三日目は日差しも暖かくなり、半袖Tシャツ一枚で動き回っていました。特に三日目はとても暖かく、むしろ暑かったくらいでした。ただ、現地の方たちは、みんな冬のいでたちでしたね。半袖Tシャツ一枚で動き回っているのは、外人さんの男性と私くらいです。(苦笑)

 本作を鑑賞したのは、映画『七瀬ふたたび』を鑑賞した日と同じ十月九日のことである。この日は同じ映画館で三本の映画を鑑賞している。本作は、同じ日に鑑賞した三本のうち、二本目の作品ということになる。

 冒頭から、衝撃的なシーンが映し出される。女性を襲おうとした男性が殺害され、複数の女性たちによって風呂場で肉片として切り刻まれている。もちろん風呂場は血の海で、女性たちは切り刻んだ男性の肉片を複数の容器に分けて山に捨てに行く。男性を殺害したときに、男性が手首にはめていた高級時計ロレックスを外しておいたはずなのだが、肉片の中に紛れ込んでしまったのか、見当たらない。女性たちは、万が一、肉片の中にロレックスが紛れ込んでいた場合、ロレックスの番号により、男性の身元が判明することを恐れている。

 いやはや恐ろしい冒頭である。しかし、そんな恐ろしい冒頭に妙に惹き付けられる作品なのだ。最初に断っておくが、私は決してミステリー映画のファンではない。むしろ、ミステリー映画は避けたいほうだ。というのも、ミステリー映画はミステリーを描写することに熱心になるあまり、登場人物の心理描写がおろそかになりがちだからだ。そういう視点で捉えるならば、本作はミステリー映画ではない。ミステリーを描写することよりも、人間の最もドロドロとした欲望の部分が惜しみなく描き出されていて、その最もドロドロした部分から目が離せないからだ。「愛は惜しみなく奪う」と言ったのはトルストイだそうだが、本作の場合、「愛は惜しみなく奪う」ではなく、「欲望は惜しみなく奪う」のほうがしっくり来る。私の感覚では、有島武郎さんがおっしゃっているように、「愛は惜しみなく与える」なのだ。

 殺害した男性の肉片を切り刻んでいた女性たちのボス役を演じているのは大竹しのぶさんである。人間の狂気を描いた作品に登場する女優さんとしては実に適役である。大竹しのぶさんはバーを営むママで、殺害した男性の肉片を切り刻んでいた女性たちの母親でもある。すなわち、母と娘でバーを経営し、そこで親しくなった男性たちと内縁関係を結んだ上に多額の生命保険金を掛けて殺害するといったことを繰り返して来たのである。彼女たちは、受け取った保険金によって大金持ちになることを夢見ているのだ。まさしく狂気の世界である。

 興味深いのは、竹中直人さん演じる何でも代行屋の紅次郎の存在である。紅次郎とバーの女性たちとの接点は、次女であるれんが、父の遺骨を散骨するときにロレックスを失くしてしまったので探して欲しいと、何でも代行屋の紅次郎に依頼したことから始まるのだが・・・・・・。別件で接点を持つことになる紅次郎と女性刑事との関係も面白い。すべての登場人物が絶妙な形で絡み合っていて、無駄のない展開である。

 とにかく、バーの女性たちのお金に対する執着心が半端ではない。ここまで人間の狂気を深く抉(えぐ)り出すような作品にはなかなか巡り合えない。いや、仮に巡り合ったとしても、登場人物の執着心があまりにも強いと、鑑賞する側は興ざめしてしまうだろう。しかし、本作は違う。むしろ、そこに描き出されている人間の狂気にとことん釘付けになってしまうのだ。それは、本作で描き出されている狂気が決して安っぽいものではないことの証でもある。

 本作は、一九九三年に製作された同じく石井隆監督による映画『ヌードの夜』の続編に相当する作品らしい。映画『ヌードの夜』でも、何でも代行屋の紅次郎を竹中直人さんが演じているそうだ。本作に強く惹き付けられたので、もしもレンタルDVDショップで映画『ヌードの夜』を見付けたならば、是非ともレンタルして鑑賞してみたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m お金を得るためにここまでやるのだろうかと、とにかく驚きの連続ですね。バーの女性たちは、まさしくお金の亡者であると言えます。それでも、映画としては大変素晴らしい作品です。究極的なところを丁寧に描き出すならば、映画としての魅力があることを強く感じさせてくれる作品ですね。

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2010.12.18

レンタカーで沖縄美ら海水族館へ

魔除けのシーサーの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。おそらく、沖縄県立芸術大学の門に置かれていたシーサーは、大学の生徒さんの手作りシーサーなのでしょうね。また、駅の改札に置かれているシーサーは、遠くから見ると、大きなツバメの巣のようです。(笑)

 今回の沖縄旅行は、貯まったマイルを消費しての旅なので、ガンモと私の往復航空運賃はともに無料である。おまけに宿泊しているホテルも、宿泊ポイントを貯めてもらった無料宿泊券とのわずかな差額のみで利用している。つまり、ずいぶん安上がりな旅ということだ。

 沖縄滞在二日目となった今日は、レンタカーを借りて沖縄美ら海(ちゅらうみ)水族館まで足を伸ばした。昨日、街を散策したときに、ファミリーマートで沖縄美ら海水族館の入場券が定価の一割引で売られていたので購入したのだが、私は「沖縄美ら海水族館」を何と読めばいいのかわからなかったので、
「水族館の入場券ください」
とだけ言って求めた。ファミリーマートの店員さんには、それでもちゃんと通じていたので良かった。ファミリーマートの店員さんは、「沖縄美ら海水族館」を正確な読み方で発音してくださったのだが、私にはすぐに覚えられなかった。おそらく日本語以外の言語も、このように現地の方たちの正確な発音を聞きながら、少しずつ覚えて行くのだろう。

 沖縄美ら海水族館のある海洋公園までは、那覇市内から高速道路を使っておよそ一時間半掛かる。ただし、これは渋滞のない場合の所要時間で、実際はもっと掛かるようだ。それに加え、管総理大臣が沖縄を訪問される時期とぶつかってしまったので、レンタカーをホテルまで運んでくださったレンタカー会社のスタッフが、
「管総理大臣が沖縄を訪問されているので、北部へ向かう高速道路は混雑が予想されます。できれば、行きは一般道で行かれて、帰りに高速道路を利用されたほうがよろしいかと思います」
とアドバイスしてくださった。そのアドバイスに素直に従い、一般道を通って海洋公園に向かったところ、およそ三時間も掛かってしまった。沖縄でちょっと足を伸ばそうとすると、やはり自家用車か路線バスが足となるので、どうしても交通量が多くなってしまうようだ。そのため、観光客の多くはレンタカーを借りて移動している。走行中、レンタカーを表す「わ」ナンバーの車に何台も出会った。私たちが借りていたレンタカーは、HONDAのFITだったのだが、道路を走っている車のうち、HONDAのFITと同じくらいの大きさの車のほとんどはレンタカーだったと言っても過言ではないほどだ。

 沖縄美ら海水族館の駐車場に車を停めて、まずは腹ごしらえのために海の見えるレストランでランチバイキングを食べた。ちょうどイルカショーの始まる時間と重なったので、館内を鑑賞する前に、イルカショーに足を運んだ。このイルカショーは、沖縄美ら海水族館の入場券を購入していなくても無料で鑑賞することができる。かつての沖縄海洋博あとに作られた水族館とあって、敷地内はひどく広い。館内を移動するためのバスが運行されているくらいなのだ。

 イルカショーは大いに盛り上がった。実際の私の感情としては、動物を人間の娯楽のために利用することに賛成しているわけではない。例えば動物に値段を付けて売ることも含めて、競馬や、観光地に多く見受けられるような観光馬車も好きではない。人間と動物が対等ではなく、人間の利害関係のために動物を利用しようとしている姿が好きにはなれないのだ。

 イルカショーも冷静に観察してみれば、イルカと人間がお互いに利用し合っているのがわかる。人間は、イルカを自分の思い通りに動かして観客を喜ばせたいし、イルカはイルカで芸をすれば人間から餌をもらえると思っている。イルカにしても、人間にしても、想いが純粋ではない。想いが純粋であるとは、両者の間に利害の絡むことが何も存在しないことだと私は思うのだ。

 そのため、最初のうちは冷ややかな目線でイルカショーを見ていた。ところが、ショーが中盤にさしかかり、女性スタッフがイルカの背中の上に乗って水槽の中を滑り始めたところからショーに釘付けになった。イルカが女性スタッフを背中に乗せて、すいすい泳いでいるのだ。それだけではない。イルカと女性スタッフが途中から手(イルカには手がないので、胸びれ)を取り合いながら、水槽の中でダンスを始めたのだ。

 「ひょっとすると、イルカもこのショーが楽しいのだろうか?」と私は思った。利害関係で結ばれているわけではなく、この女性スタッフとイルカは本当に心が通い合っているのかもしれない。私はふと、そんなことを思った。

 イルカは、漫画で描かれるときには表情があるが、実際のイルカには表情がないため、見えている部分からはイルカの感情を読み取ることができない。しかし、イルカを操る人間も、ショーに参加しているイルカも、そして観客も、みんなが楽しめるショーならば、そこに利害関係は存在しないと思っていいのではないか。今回のイルカショーは、私の中でイルカショーの見方を変えるきっかけを与えてくれるショーになった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、レンタカーで沖縄美ら海水族館へをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 沖縄美ら海水族館までは、路線バスも運行されているようなのですが、いかんせん、一般道で那覇市内から三時間も掛かるところにありますので、路線バスを利用するとなると、一体どれくらい掛かるかわかりません。(苦笑)レンタカーを借りて遠出して正解だったと思います。「わ」ナンバーの車を多く見掛けましたので、他の観光客もレンタカーを大いに活用しているようですね。さあ、いよいよ沖縄旅行も終盤にさしかかって来ました。次回の記事は、写真の整理が追いつかないため、お休みしていた映画のレビューを書かせていただくことにします。沖縄旅行の続きは、まとまった時間を利用して写真の整理を行うことのできる休日に書かせていただこうと思っています。書きかけの旅行記がたくさんありますが、どうか混乱されませんように。(苦笑)

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2010.12.17

魔除けのシーサー

二段構えの大作戦(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。多くの方たちが関心を示してくださり、感謝しています。I医師は、単に筋腫が大きいという理由だけで手術を勧めたりはしない医師です。筋腫があることにより、何らかの問題があるときにのみ手術を勧められているようです。私の場合は貧血があるために、手術を勧められたことになります。貧血が改善されれば、手術に対して消極的な気持ちのまま、手術を受けなければならないということもないだろうと思っています。筋腫に限ったことではありませんが、今の世の中、「足りないものを補う方法」としては、比較的簡単にいろいろな方法を入手することができるのに、「過剰なものを取り除く方法」についてはあまり多くの情報が得られないように思います。現代人が抱えている多くの病気は、「足りないものを補う方法」ではなく、「過剰なものを取り除く方法」によって解決されるように思いますね。

 いつものように五時に起床し、出発の準備を整えた。いつもは七時に起床しているガンモも五時半過ぎには起きて支度を整え始めた。実は、二人で早起きして出掛けて行くのは、それぞれの勤務先ではない。何故なら、二人とも休暇を取っているからである。

 自宅の最寄のバス停から、七時過ぎに発車する路線バスに乗り、阪急電車の最寄駅まで出た。そこから阪急電車と大阪モノレールを乗り継いでやって来たのは、伊丹市にある大阪国際空港である。私たちは、ここから那覇行きの飛行機に乗り込んだ。

 二時間余りで那覇空港に到着し、まずは那覇空港からゆいレールに乗った。ガンモは沖縄に来るのが初めてだったが、私はその昔、東京に住んでいた頃に勤務していた会社の社員旅行で沖縄を訪れたことがある。その頃は、沖縄の主たる交通手段と言えば路線バスだった。しかし、数年前に那覇空港と首里城公園のある首里を結ぶゆいレールというモノレールが誕生したのだ。

 私たちは、宿泊先となるホテルに荷物を預けると、首里城公園に向かうべく、ゆいレールの終点の首里で降りた。首里城公園については、後日ゆっくりとご紹介させていただくことにして、今回は沖縄の家の門や屋根に置かれているシーサーについて触れてみたい。

 沖縄のお土産品にも良く見受けられるように、シーサーが沖縄の家の門や屋根に置かれているのは有名である。このシーサーは、実は魔除けの意味を持っているらしい。面白いことに、これらのシーサーにはいろいろなバリエーションがある。まずは、神社の前に置かれている狛犬のように門の前に阿吽(あうん)の形で置かれているもの、同じく、門の前に阿吽の阿の形だけ単体で置かれているもの、門の前に阿吽の吽の形だけ単体で置かれているもの、屋根の上に阿吽の阿の形だけ単体で置かれているもの、屋根の上に阿吽の吽の形だけ単体で置かれているものなどである。単体で置かれている場合は、阿吽の阿の形、すなわち、口を開けた形で置かれるものが多いように見受けられた。

 驚いたのは、一般家庭やお店だけでなく、ゆいレールの駅の改札にもシーサーが置かれていたり、大学の門やマンションの門、郵便局の屋根や一般家庭の屋根の上にもシーサーが置かれていたことだ。これらのことから推察すると、最初からシーサーが予算に組み込まれていることを意味している。シーサーを魔除けのために使うことを信仰だと解釈すると、信仰に対して予算が組み込まれていることになるのだ。

 何を隠そう、私は神社の前に置かれている阿吽の狛犬が好きで注目している。沖縄のシーサーにも、阿吽の形を取るものもあれば、阿と吽がそれぞれ単体の形を取るものもあった。ちなみに、沖縄のシーサーは、もともと獅子を現しているらしい。沖縄の文化は、中国から受けている影響が特に強いように見受けられるので、ひょっとするとシーサーも中国から伝わったのかもしれないが、次第にいろいろな地域の文化の影響を受けながら、現在のようにバリエーションのあるシーサーに変化して来たのではないだろうか。一つ一つのシーサーには表情があり、どれも同じではなかった。シーサーという大きな括りの中にそれぞれの個性が光っていることは、人間という全体の中に含まれているガンモや私という個人、そして、鳥という全体の中に含まれている父ちゃんという個人を想像させるのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、魔除けのシーサーをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m トイレの水道の蛇口までシーサーだったことにはさすがに驚きましたが、街中にシーサーが溢れているので、すぐに受け入れることができました。それぞれのシーサーに表情があって、とてもいいですね。沖縄の街を少し歩くだけで、シーサーの写真集ができそうです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.12.16

二段構えの大作戦(後編)

二段構えの大作戦(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。実は診察のあと、血液検査を受けようと思っていたのですが、エストラジオール値が重要視されていないとわかり、血液検査を見送ることにしました。とは言え、鉄剤の効果も知りたいので、次回の診察のあとに血液検査を受けることになりました。そのときに参考程度にエストラジオール値もわかるようにしていただこうと思っています。

 私はI医師に、
「現在は下半身の冷えがあるので、服用している漢方薬を、以前、処方していただいていた桂枝茯苓丸(けいしぶく りょうがん)に戻していただけないでしょうか。確か、初めて桂枝茯苓丸を処方していただいたとき、生理の出血量が激減した記憶があります。生理の出血量が減れば、貧血も緩和されるのではないかと思います」
と言った。

 I医師は、下半身が冷えるという私の訴えに耳を傾け、そしてうなずいていた。確か、I医師に桂枝茯苓丸を処方していただいていた頃は、下半身の冷えも今ほどひどくはなかった。しかし、ほてりがだんだん強くなり、ほてりを治めてくれるという様々な保険調剤の漢方薬を処方していただいているうちに、現在の加味逍遥散(かみしょうようさん)に辿り着いたのである。桂枝茯苓丸にもほてりを治める働きはあるのだが、私には身体を温める方向に強く作用していたためか、ほてりを治める作用は弱かったようである。

 I医師は、
「桂枝茯苓丸で生理の出血量が減るということはあまりないとは思いますが、だらだらと続く生理が一日繰り上がって終わるということはありますね」
とおっしゃり、現在の私の生理の様子について尋ねてくださった。私は、
「生理がだらだら続いているというわけではありませんが、以前よりも生理痛は強くなって来ていて、ときどき固まりも出ています」
と答えた。おそらくそれは、下半身の冷えから来ているのだろうと私は思っていた。だからこそ私には、下半身の冷えに強い桂枝茯苓丸が必要だと思ったのだ。

 その結果、I医師は、
「じゃあ、桂枝茯苓丸に変えてしばらく様子を見て、それから考えるということにしますか」
と言ってくださった。作戦大成功である。I医師が、
「薬はどれくらい必要ですか?」
と尋ねてくださったので、
「一ヶ月分、お願いします」
と答えたのだが、あとになってから、「どれくらい必要か?」とわざわざ尋ねてくださったということは、ひょっとすると二ヶ月分という選択肢もあったかもしれないと思った。それに加え、服用し始めたあとに生理が来なければ桂枝茯苓丸の効果は実感できないというのに、私はまもなく生理を迎えようとしていた。ということは、次回、一ヶ月後にI医師の診察を受けるときは、桂枝茯苓丸を服用したあとの生理は迎えていないことになる。

 更に、I医師の中には、何か考えがあったのか、
「鉄剤は一ヶ月お休みしましょうか」
とおっしゃった。私は鉄剤を休む理由が良くわからなかったが、I医師に理由も尋ねず、素直に、
「はい」
と答えた。というのも、鉄剤は食後に服用することになっているため、飲むのをいつも忘れがちで、これまでに処方していただいている鉄剤がずいぶん残っていたからだ。食間に服用する漢方薬に慣れると、食後に服用する薬を飲むタイミングを逃してしまいがちなのである。私はI医師にお礼を言って診察室を出たあと、再び一ヵ月後の診察を予約して病院をあとにした。

 薬局で桂枝茯苓丸を受け取るときに、薬剤師さんから、
「今回からお薬が変わっています」
と言われた。私は薬局で処方箋を受け取るときはいつもお薬手帳を一緒に提出しているのだが、現在、使用しているお薬手帳は比較的新しいため、私が過去に桂枝茯苓丸を服用していたことを薬剤師さんはご存知ない。そこで何気に、
「以前の薬も、今回の薬も、冷えを改善してくれる薬なんですよね?」
と薬剤師さんに尋ねてみた。すると、薬剤師さんは、
「そうですね。どちらも冷えを改善するお薬ではありますが、それぞれ体格の違う方のお薬となっています」
とおっしゃった。薬剤師さんが「体格」とおっしゃったか、「体質」とおっしゃったかは、あまりはっきりと覚えていないのだが、私には、これまで服用していた加味逍遥散はほっそりとした人向けで、桂枝茯苓丸は私のような身体つきの人向けと言われているように聞こえてしまった。とは言え、薬剤師さんが答えてくださった内容は、ほぼマニュアル通りの模範回答だと思う。

 処方箋を受け取った私は、再び路線バスに乗り、病院の最寄駅まで移動した。ガンモに電話を掛けて、今回も手術をまぬがれたことを報告すると、喜ばれるどころか、
「えっ? ほんとにそれでいいの?」
と言われてしまった。私としてはそれで良かったのだが、ガンモにしてみれば、何度も手術が必要と診断されながらも、今回もこうしてひとまず手術を見送ることになった状況が信じられないようだった。ガンモにそう言われると、私も少し不安になってしまう。ひょっとすると、I医師はひどく忙しい医師なので、一人一人の患者の状況など一ヶ月も経てば忘れてしまうかもしれない。I医師が私のカルテに何を書き込んでいたかはわからないが、例えば本当に手術が必要ならカルテに★を五つ書き込んでいるとするならば、私の場合は★が三つだったのではないかなどと勝手に想像してみるのだった。

 実は、I医師の診察を受けた時点では、まだひまし油パックのことは候補に挙がっていなかった。しかし、今の私には、ひまし油パックという強い味方がいる。先日、ひまし油パックを実践するために注文しておいた品々が届いた。私は、ひまし油パックで筋腫を小さくして、I医師を仰天させたい。そして、I医師の口から、ひまし油パックを手術が必要と診察されている多くの患者さんたちに広めて欲しいと願うのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m これまでにも、I医師の診察の様子を詳しく綴って来ましたが、今回の記事を書きながら診察を受けたときのことを振り返り、改めて、私自身もI医師の診察に「参加している」という実感を覚えました。多くの場合、患者は医師の言いなりになってしまうのではないでしょうか。患者の主張に耳を傾けてくれない医師もいますが、患者が自分の病気についてあまり良くわかっていないケースもあろうかと思います。私は、I医師との会話を通して、I医師の中にある婦人科の奥深い知識をもっともっと引き出したいと思っています。それと同時に、私の中にある非科学的なことをI医師に知ってもらい、もしもそれが筋腫にとって効果のあることならば、他の患者さんにも伝えて欲しいと願っています。ただ、私の中にはまだ、他の患者さんに是非とも伝えて欲しいと願えるような実績がないのが残念ではあります。(苦笑)ところで、次回の記事は映画のレビューの予定ですが、映画のレビューを少しお休みして、旅の記事をリアルタイムでお届けしたいと思っています。寒くなりましたので、暖かいところに出掛けて来ますね。

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2010.12.15

二段構えの大作戦(前編)

映画『七瀬ふたたび』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 超能力を持っていても、それをうまく活用することができないために、超能力者たちは激しく苦悩します。例えば、未来を予知できたとしても、未来を変えることができないことを嘆きます。人の心を読むことができたとしても、それが想いを寄せる男性の性的願望だったりすると、相手は自分の心を読まれることをひどく嫌います。しかも、普通に考えると、超能力者は重宝されがちなのに、能力者狩りなどというものが行われているのです。だから、全体を通して暗い作品になっているのかもしれません。

 先週末のI医師の診察についてご報告させていだこうと思う。前回の診察で子宮全摘手術を勧められ、診察を受けた直後は、やはりそろそろ手術が必要なのではないかと思い始めていた。しかし、手術についてじっくり考察しているうちに、どうしても手術を受けたくない気持ちがむくむくと湧き上がって来た。一時的に手術を受けることを受け入れることを試みたとしても、私にとっては、手術を受けたくない気持ちが真実であることは良くわかっていた。そこで、I医師から更に手術を勧められないようにするために、私は念入りに作戦を練った。一方、ガンモはと言うと、素直に手術を受けたほうがいいのではないかと思っていたようで、先週末のI医師の診察の日はガンモの仕事が休みだと言うので、病院までカングーで送って行くと言ってくれた。ガンモとしては、かつてのように、私と一緒に診察室に入って、I医師の説明を聞く必要があるのではないかと思っていたらしい。

 しかし、病院は我が家から遠いところにある上に、私はI医師に手術を受けないことを宣言する作戦を練っていたので、ガンモには自宅でゆっくり休んでもらうことにした。何しろ病院に出掛けて行くためには、五時半に起床しなければならないからだ。おまけに診察のあとは、ホットヨガのレッスンも予約していたので、せっかくガンモの運転で病院まで連れて行ってもらったとしても、ホットヨガのレッスンを受ける時間になれば別行動になってしまうと思ったのだ。

 五時半に起床し、支度を整えてJR線に乗り込んだものの、病院の最寄駅に着くと、目の前で病院方面行きの路線バスが発車してしまった。結局、次のバスまで待つ羽目になり、私は予約時間に十分ほど遅れて婦人科の受付を済ませた。

 とは言え、おそらく今回もかなり待つことになるのだろうと覚悟を決めて待合所のソファに腰を下ろすと、瞬く間に私の名前が呼ばれて驚いた。まだ、これからI医師に伝えるべき作戦のシナリオを頭の中に用意していない段階だったので、私は慌てふためきながら荷物を手に取り、中の待合所にある椅子に座って待った。すると、またしてもすぐに私の名前が呼ばれ、いよいよI医師の診察を受けることになった。

 I医師は私に、
「それで、どうですか?」
と尋ねてくださった。私は、
「やはり、手術の決心はつきません」
ときっぱり答えた。それを聞いたI医師は笑っていた。

 私はI医師の笑みに期待を抱きながら、およそ一年前にI医師が勤務していた別の病院で受けた血液検査の結果をメモした用紙をI医師に見せた。そこには、

・LH 前          1.5 mIU/ml
・FSH 前          5.4 mIU/ml
・エストラジオール血清  36.1 pg/ml

と記入していた。かつて、I医師はこれらの値をご覧になったとき、卵巣刺激ホルモンがあまり分泌されていないために、まだ更年期ではないのにエストラジオール値が低くなっているとおっしゃった。そのため、ほてりが出ているのだろうとのことだった。どうして卵巣刺激ホルモンがあまり出ていないのかと尋ねてみると、I医師は、卵巣がさぼっているからだとおっしゃった。更に、エストラジオール値が低いことは、筋腫にとってはいいことなので、しばらく様子を見ましょうと言われたことを持ち出したのだ。そして私は、今日もこのあと血液検査を受けて、現在のエストラジオール値を知りたいと申し出た。もしもエストラジオール値が去年よりも低ければ、この先、筋腫が著しく成長することもないのではないかと思い、I医師を説得する材料にしようと思ったのだ。

 ところがI医師は、
「誰がそんなこと言うたん?(誰がそんなこと言ったの?)」
とおっしゃった。私は、
「I先生ですよ。以前、お勤めされていた病院で」
と私は答えた。それに対し、I医師は、
「いや、これは普通の値ですよ」
と、一年前とはまったく違うことをおっしゃった。私は驚いて、
「えっ?」
と言った。おそらく、私が提示した値は、エストラジオール値がずば抜けて低いわけではないということなのだろう。
「それに、これらの値は変化するものなので、あまり当てにならないんです」
とI医師はおっしゃった。

 実は、私もそのことは既に調査済みだった。女性の更年期が始まったかどうかを、血液検査の結果により判断できることは良く知られているが、実のところ、血液検査から得られるこれらの値は女性の生理の周期によって変動があるために、あまり重視されていないしい。

 私としては、一年前と同じように血液検査を受けて、現在のエストラジオール値をI医師に見てもらい、この値ならば、筋腫の成長に大きな影響を与えることはないだろうという太鼓判を押してもらいたかったのである。しかし、そもそも血液検査のエストラジオール値があまり重視されないのだとすると、私は次の作戦に移るしかなかった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 手術を受けたくないと申し出たときに、I医師が笑ってくださったことが私には救いでしたね。「よし、これなら私の作戦は成功するぞ!」と内心、ほくそえんだのですが、血液検査によるエストラジオール値があまり重視されていないと聞いて、がっくりと肩を落としました。しかし、それでめげていてはいけません。次なる作戦へと移ります。(苦笑)

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2010.12.14

映画『七瀬ふたたび』

非常階段から避難するの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 主に兵庫県内のニュースを扱っているニュースサイトを探し回ってみたのですが、このニュースは掲載されていませんでした。ぼや騒ぎだったのかもしれません。とにかく、大事に至らなくて本当に良かったと思いますが、こうした非日常の出来事は何らかの警告と受け止めて、気を引き締めたいと思います。

 本作を鑑賞したのは、十月九日のことである。筒井康隆さん原作の本作だが、私は原作を読まずに鑑賞した。確か私は若い頃に『エディプスの恋人』を読もうと試みて、結局のところ、途中までしか読めなかった記憶がある。今になって思えば、筒井康隆さんの作品の世界に夢中になれなかったのかもしれない。

 私のような状態で本作を鑑賞すると、「何だ、こりゃ?」という感想を抱いてしまうようである。実は私もその一人で、「何だかおかしな映画を観てしまったなあ」というのが正直な感想である。原作を読んでいないために、作品の中に映画としての魅力を見出そうとするのだが、なかなか見付からないからだ。

 いや、個人的には超能力の世界は受け入れられるし、私自身もその昔、自分の超能力を鍛えようと、マインドシーカーというテレビゲームに夢中になっていたこともあったくらいだ。とりわけ、ESPカードの訓練にはどっぷりとはまったものだった。だから、能力者狩りが行われるのだとしたら、特殊な能力を持った人たちが身を寄せ合って生きて行くのもわからないではない。しかし、例え私が原作を読んでいないにしても、そもそも原作の大ファンであるという方たちが何故、ここまで本作にのめり込めるのかが良くわからない。原作ファンの方たちの中には、本作を鑑賞して号泣した方までいらっしゃるようだ。本作に対し、どうしたらそこまで気持ちを高ぶらせることができるのだろうか。

 どうやら本作は、ラスト以外は原作に忠実に描かれているらしい。特に、七瀬の役を演じている芦名星は、七瀬のイメージにぴったりだと原作のファンの方たちが絶賛している。しかし、私のように、原作の魅力もわからず、また、原作も読んでいない人にとっては、「映画としての面白味が感じられない」と評価してしまいがちな作品なのだ。そのため、映画そのものの評価としては低くなっている。

 ちなみに、本作に登場する超能力としては、七瀬のテレパス(心を読む)、藤子のタイムトラベラー、岩淵の予知能力者、ヘンリーのテレキネシスだが、例えばロールプレイングゲームで表現されているようなマジックポイント(MP)が存在するとするならば、これらの超能力者の中で最もMPを消費するのは、テレキネシスではないだろうか。本作の中でも、主人公の七瀬がヘンリーのテレキネシスに頼り過ぎているように思えてならない。いや、頼り過ぎているというよりも、ヘンリーのテレキネシスにいつも救われているという感じだった。

 特に受け入れられなかったのは、正当防衛に当たるとは言え、超能力を使って殺人を犯してしまうところである。その場の危機を逃れる程度ならば、相手にに対し、瞬間的にダメージを与えるだけに留めておいて、殺す必要などなかったのではないかと思ってしまったのだ。例えば、超能力をボクサーやプロレスラーのような特殊な能力に置き換えれば、私の感じている違和感を理解してくださるのではないだろうか。

 しかも、これだけの能力を持った超能力者たちが集まっているというのに、「悪」に対してほとんど無力であるという設定もなかなか納得が行かない。特に、七瀬のテレパスは戦いにはほとんど役に立っていないように思える。戦いに役に立ったのは、やはりヘンリーのテレキネシスだろう。そして、戦いの結果を含め、最後の切り札として藤子のタイムトラベラーの能力が使われる。ロールプレイングゲームでも、戦いの術を覚える魔法使いと癒しの術を覚える魔法使いが登場するが、本作の中でも、自分の持っている能力をそれぞれの分野で活かすことができれば、もっと面白い展開になっていたのではないだろうか。私としては、戦いの途中で、もっと鑑賞者がスカッとするような展開を見たかったと思う。そのため、原作者ファンの方たちには申し訳ないが、どうもすっきりしない作品に思えて仕方がなかったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は、何度もテレビドラマ化された作品でもあるようですが、ううむ、ごめんなさい。筒井康隆さんの作品の素晴らしさが良くわからず、ファンの方には大変申し訳ないレビューになってしまったと思います。原作を読まなくても、素直に楽しめる作品はいくつもあるとは思うのですが、本作は決してストーリーがわかりにくいわけではなく、筒井康隆さんの描き出す世界観そのものが私には受け入れられないのだと思いました。私が普段から、ヒューマニズムやスピリチュアリズムに重きを置いているのと同じように、筒井康隆さんの作品のファンの方たちにもまた、本作を鑑賞して号泣してしまうほどの何かがあるのでしょうね。

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2010.12.13

非常階段から避難する

ひまし油パックへの期待感の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。仕事中もひまし油パックへの期待感が膨らみ、ひまし油パックのことが頭の中をグルグルと駆け巡っていました。(笑)[ケイシー入門講座]子宮筋腫の動画で奥様が妊娠されたときに大きな子宮筋腫が三つもあったというお話をされているのは、日本エドガー・ケイシーセンター会長の光田秀さんです。光田さんの奥様の状況は、私の状況と良く似ていますね。むしろ、光田さんの奥様の筋腫のほうが大きいように思います。私は、MRI画像を見て、自分の子宮がもはや余裕のないほどに筋腫で埋め尽くされている状況を知っていますので、私よりも大きな筋腫を抱えていらっしゃった光田さんの奥様が普通に出産できるほどまで筋腫が縮小されたというお話をうかがって、これはすごいことだと思いました。こうして気に掛けてくださっている方もいらっしゃるようなので、続いて、先週末のI医師の診察の様子も一気にお伝えしようかと思ったのですが、子宮筋腫カテゴリの過去の記事を読んでいたら、だんだん腹が立って来てしまいました。(苦笑)例えば、この記事です。この記事は、現在の主治医であるI医師に出会う前に診ていただいていた、かつての主治医による診察の様子ですが、読み返すだけでも激しいストレスを感じてしまいます。この記事を書いて三年経った今でも、私は子宮全摘手術を受けていません。それなのに、当時、こんなにも威圧的な態度を取られていたんですね・・・・・・。こういう医師もいるんですね。ああ、思い出しただけでも腹が立って来ます。(苦笑)

 早起きのせいか、平日の夜はひどく眠い。我が家はまだ何も暖房器具を使ってはいないのだが、自宅でパソコンに向かうときは、ひざ掛けや毛布などで下半身だけを温めている。私の場合、下半身を温めると気持ちが良くなり、余計に眠くなる。

 ガンモが飲み会だというので、私はガンモが帰宅するまで、ベッドに横になって眠っていた。すると、飲み会から帰宅したガンモが、
「呑んでたビルが火事になって、みんなで避難した」
と言うではないか。私はしばらくの間、寝ぼけ眼でガンモの話を聞いていたのだが、次第に目が覚めて、意識がはっきりして来ると、それは恐ろしい体験だったのではないかと思うようになった。

 「ガンモ、それ、すごい体験だから」
と私が言うと、ガンモは、
「そうだから」
と言った。

 ガンモに詳しい話を聞いてみると、事務所で仕事をしていた同僚たちの間で、仕事帰りに呑みに行こうという話が持ち上がったらしい。そのときガンモは、呑んでいたビルの近くにある顧客のところで仕事をしていたようだ。ガンモの仕事が長引いていたので、呑みに行こうと誘ってくれた同僚たちが、ガンモが仕事をしている場所から近いところにあるそのビルにある居酒屋を飲み会の場所に指定してくれたらしい。そして、ようやく仕事を終えたガンモが同僚たちと合流して呑んでいるうちに、そのビルの一階で火災が発生したというのだ。

 ガンモたちが三階の居酒屋で歓談していると、一階で火災が発生したという館内放送が流れ、非常階段から非難するように誘導されたそうだ。ガンモ曰く、そのとき、煙の臭いもしていたと言う。ガンモたちは非常階段から避難したらしいのだが、そうした緊迫した状況にありながらも、エレベータを使う利用客もいたらしい。

 ガンモは、
「あのビルは良く出来てるよ。非常階段が外にあるから」
と言った。私はその様子を想像してみた。確かに、ビルの造りによっては、非常階段が建物の中に造られているケースもあるだろう。そうなると、今回のように階下で火災が発生した場合、非常階段が既に炎に包まれてしまって使えないこともあるのではないだろうか。しかし、非常階段がビルの外に設置されていたおかげで、室内にいたときは煙を感じていたのに、安全に避難することができたわけである。

 「本当に無事で良かったよ」
と私はガンモに言ったが、考えれば考えるほど恐ろしくなった。同じような状況にあって、逃げ遅れたり、非常階段が炎に包まれてしまったりすることもなく、無事に避難することができて本当に良かったと思う。もしかすると、この世で起こるありとあらゆることは、ほんの紙一重の差でしかないのかもしれない。

 無事に非難できた話がいったん落ち着くと、ガンモは苦笑いしながら、
「実は、避難を促す館内放送が流れてすぐに逃げたから、みんな呑み代を払ってないんだよね」
と言った。確かに、切迫した雰囲気の中で、落ち着いて会計を済ませてから避難する人もいないだろうし、居酒屋としてもそういう体制は取らないだろう。いやはや、お金よりも人命のほうが大切であることへの証明に繋がるような貴重な出来事である。とにかく、無事に避難することができて本当に良かった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m このときの呑み代はどうなるのでしょうね。あとから任意で払いに行くにしても、どのテーブルで飲み食いしていたかというのを申告すれば、支払いは可能なのでしょうか。何はともあれ、大事に至らなくて本当に良かったと思いました。

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2010.12.12

ひまし油パックへの期待感

映画『フローズン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモから、「まるみは変わっている。宇宙人だ」と言われていることを、以前の記事に書きましたが、こうして三日ごとにお届けしている映画の記事もまた、大多数の方がご覧になっている作品ではないはずですよね。そんなことを思いながら、記事を書いたあとに、ついつい一抹の孤独感を感じてしまうこの頃です。(苦笑)

 前回の診察で子宮全摘手術を勧められた私は、次回のI医師の診察を受けるまでにこれまでのことをじっくりと振り返り、気持ちを固める必要があった。MRIの画像で、もはや原形をとどめることがない状態にまで変形してしまった私の子宮を見て、これ以上、子宮を痛めつけてはいけないと思った。しかし、このまま子宮全摘手術を受け入れてしまえば、私のこれまでの生活中で一体何が良くなかったのか、わからないままである。ただ、ガンモは、私のお腹の上から筋腫の突起を触り、
「こんなに固いものがあるし、医師が手術を勧めるなら、そろそろ切ったほうがいいんじゃないの?」
と心配そうに言った。

 私が手術を受け入れようとしないのは、悪いところを取り去ってしまって良しとしてしまう西洋医学への抵抗もあるのだが、全身麻酔を施されたり、メスで自分の肉体が切り開かれることへの恐怖心も大きい。最近知ったことだが、母が私と同じくらいの年齢で子宮全摘手術を受けたとき、麻酔からなかなか覚めなかったために、手術を担当してくれた医師が、母が目を覚ますまでずっと待機してくれていたそうだ。それを思うと、やはり全身麻酔には恐怖を感じる。

 一番いいのは、身体の中にある筋腫が消滅してくれることである。しかし、西洋医学的には、一度できた筋腫は閉経を迎えない限り、小さくはならないとされている。私も西洋医学に反抗し、これまで様々なことを試みては来たものの、どの方法も筋腫を劇的に小さくするものではなかった。

 そもそも、同じ女性でも、子宮に筋腫ができる人とできない人がいるのはどうしてなのだろうか。私の周りにいる筋腫のない女性たちに共通して言えるのは、全員痩せているということだ。ただ、痩せていても場所の悪いところに筋腫があって、貧血の症状を抱えている人もいれば、筋腫があっても大きく成長していない人もいる。更に、痩せている人は、筋腫がないことに加え、まだ更年期を迎えているわけでもないのに生理がなかなか来ないという、女性ホルモンのバランスから言うと、筋腫のある私とは正反対の症状を抱えていることもある。

 こうして子宮筋腫に関するいろいろな情報を集めて考察した結果、私の中で筋腫が形成される条件を洗い出してみたのでご紹介したいと思う。

・下半身に冷えがある。特に、人生のある時期において、足首をひどく冷やしてしまったことがある。

 私の場合、オフィスの冷房で足首をひどく冷やしてしまった。それまでは子宮筋腫がなかったのに、足首をひどく冷やしてしまってからは、健康診断で子宮筋腫が認められた。また、私と同じくらいの年齢で子宮全摘手術を受けた母も、その昔、花屋さんで働いていたことがあり、そのときに足首をひどく冷やしたらしい。

・骨盤周りの体温が低い

 私の場合、骨盤に歪みがあるためか、骨盤周りの体温がひどく低い。電車に乗ったときに、誰かの座っていた席に座ると、他の人のお尻はこんなにも温かいのかと驚いてしまう。私は昔からお尻が冷たく、ホットヨガのレッスンを受けた直後でもお腹が冷たい。また、腰のあたりがいつも冷えているような感覚がある。すなわち、第二チャクラの表と裏が冷たいのだ。ちなみに、子宮筋腫のない人に尋ねてみると、骨盤周りの体温が特に低いということはなく、お尻やお腹も常に温かいそうだ。おそらく、私の場合は骨盤に歪みがあるために、骨盤周りに温かい血液が行き渡らず、子宮に溜まった老廃物を排出することができずに子宮筋腫がどんどん成長してしまったものと思われる。

・片方の鼻が詰まり易い

 私の場合、左の鼻だけが詰まり易い。呼吸が浅くなってしまっているのも、そのためだと思われる。

 実は、皆さんにはまだご報告していなかったのだが、ブリージングストレッチの古久澤先生が提唱されているように、朝食を果物に変えてみたところ、およそ一年間の実践で筋腫が剥がれ落ちたと思われるものが排尿時にひらひらと出て来るようになった。筋腫のある人が朝食を果物に変えて半身浴を続けたところ、筋腫の一部が剥がれ落ちたと思われるものが出て来たので、それを携帯電話に付属のカメラで撮影して古久澤先生へのメールに添付して送付されたと、以前、古久澤先生のセミナーでうかがったことがある。それも、一人ではなく何人もいらっしゃるとのことだった。その話をうかがったとき、私はとてもうらやましかったのだが、ようやく私もそのお仲間入りができたというわけなのだ。ちなみに、古くから筋腫を小さくするために行われているびわの葉こんにゃく温湿布を実践されている方も、同様に筋腫の一部が剥がれ落ちたものが出て来ているらしい。

 これらのことを総合して、子宮筋腫を小さくするために何が有効であるかを考えてみると、やはり食べ過ぎを避けるということと、もう一つは、下半身、特に骨盤周りを温めることだと思われる。食べ過ぎを避けることに関しては、朝食を果物に変えることのほか、夕食をできるだけ軽くしたりしている。下半身を温めることに関しては、ブリージングストレッチの古久澤先生が半身浴を推奨されていることからも、特に身体に良い影響を与えてくれると想像できる。筋腫のない人たちの骨盤周りが常に温かいのだとすると、骨盤周りが冷えている私は骨盤周りを大いに温める必要があると思う。そこで、冷え取り健康法のほかに、実はエドガー・ケイシーの推奨するひまし油パックを始めてみようかと思っている。

ひまし油パックの関連サイト:

0018:【お客様の声】子宮筋腫が小さくなりました!

[ケイシー入門講座]子宮筋腫

 エドガー・ケイシーがリーディングした内容を綴った本に関しては、二十年ほど前に何冊か読んだことがある。特に私は、魂の世界のことが好きなので、霊的な観点で書かれた書物には目を通していたのだ。しかし、その頃の私は、ケーシーが催眠によりトランス状態に入り、霊的な観点から、ケイシーのもとを訪れた患者の適切な治療法を導き出したという業績に対してはほとんど注目していなかった。現世で起こっていることよりも、霊界のことに興味があったために、リーディングというと、前世リーディングとしか結びつかなかったからだ。しかし、こうして何年も経って、再びケイシーの業績に意識が向いているのだから不思議なものである。

 つい先ほど、私はひまし油パックを始めるための材料をインターネットで注文したところだ。実際にひまし油パックを始めたら、またご報告したいと思う。 

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m びわの葉こんにゃく温湿布で子宮を温めるという方法は、もう七十歳を過ぎた伯母が実践していたようです。伯母もまた筋腫がかなり大きかったようですが、びわの葉こんにゃく温湿布でお腹を温め続けて、手術をまぬがれているそうです。ただ、伯母の場合は体脂肪があるためか、七十歳を過ぎた今でも筋腫はあまり小さくなっていないとか。脂肪細胞に含まれているエストロゲンが作用しているのでしょうか。伯母がびわの葉こんにゃく温湿布で手術をまぬがれていたことからも、お腹を温めるということは、子宮に溜まった筋腫を排出するのに効果があるのでしょうね。

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2010.12.11

映画『フローズン』

ホットヨガ(二一三回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホットヨガのレッスン中だけでなく、普段の生活においても腹式呼吸を意識するようになりました。しかし、今は私も含めて通勤中にマスクを着用するようなデリケートな季節ですから、腹式呼吸を行っていると、ひょっとすると身体に良くないものを吸い込んでしまったりしないだろうかと心配になりますね。腹式呼吸をするときは、マスクを着用しましょうか。(苦笑)

 本作は、十月五日に鑑賞した作品である。週末しか営業されないスキー場でリフトの上に取り残されてしまった三人の男女があの手この手でサバイバルを試みるというストーリーである。

 ダンとパーカーという一組のカップルとダンの親友ジョーの三人がスキー場に出掛ける。男二人、女一人の組み合わせなのだが、ダンをめぐって、パーカーとジョーの間には、まるで三角関係のような緊迫した雰囲気が漂っている。というのも、ダンとパーカーが付き合い始めたのは比較的最近のことで、それまではダンとジョーの二人だけでスキー場に足を運んでいたからだ。そこに、あまり滑りの得意でないパーカーが加わったために、行動が制限されてしまうことに対し、ジョーが不満を抱いているのである。

 辺りも暗くなって来たので、リフトの操作をしていた係員はそろそろリフトを止めようとしていたが、あと一本滑りたいと思った三人が係員に頼み込んでリフトに乗り込んだところ、リフトの操作を引き継いだ別の係員が利用客はもういないと判断し、リフトの運転を止めてしまう。乗っていたリフトが突然止まったことに驚いた三人だったが、通信手段となる携帯電話も預けた荷物の中にあり、誰かに助けを求めることができない。しかも、スキー場は週末だけの運営なので、次にリフトが動き始めるのは一週間後である。リフトの上から飛び降りようにも、リフトは地上からかなり高い位置で止まってしまっている。それだけではない。地上では、お腹を空かせた何匹もの野生の狼が、リフトを見上げているのだ。絶体絶命の危機に追い込まれた三人があれやこれやと知恵を絞りながら、リフトの上からの脱出を試みるのだが・・・・・・。

 いやはや恐ろしい。この事故が発生したのはいろいろな要因が重なった結果であり、しかもまったく有り得ない状況でもない。それだけに余計に恐ろしい。真冬に、厳しい大自然の中に突然放り出された人間たちは、大自然を前にして成すすべもない。人間は、大自然の中で、他の人たちと連絡を取り合う携帯電話や車、防寒具などを駆使してようやく生き延びているが、何も道具を持たずに厳しい大自然の中で生き延びている野生動物もいる。もちろん、彼らはお金という道具を使わないので、自分たちで獲物を捕らえて食べなければならないために、道具を駆使する人間よりも生存率はずっと低いかもしれない。それでも、自らの肉体を厳しい大自然に適応させて生きているという点においては、人間よりも動物のほうが優れているのではないだろうか。

 それはさておき、本作には思わず目を覆いたくなるようなシーンもいくつか含まれている。このままリフトの上に残り、じわじわと死んで行くか、いちかばちかの大きな賭けをして、思い切った行動を取るかを選ぶならば、やはりいちかばちかの大きな賭けをしたくなることだろう。何故なら、リフトの上で何もせずに一週間もじっとしているわけには行かないからだ。しかし、その結果、思わず目を覆いたくなるようなシーンが訪れるわけなのである。

 作品としての評価はあまり高くはないようなのだが、凍傷や失禁などの描写がリアルだったために、緊張感に包まれながら最後まで鑑賞できたと思う。絶体絶命の危機にさらされたときに、生き延びられるかどうかは、一瞬の決断力や、その人の持つ運に左右されたりするのだとわかった。同じ決断をしても、生き延びられる人とそうでない人がいるというのは、それらの違いによるものなのだろう。

 一つだけ突っ込みどころを挙げるとすれば、自分自身もまた絶体絶命の危機にさらされたとき、恋人に対する愛情が薄れてしまうところはとても残念だった。具体的に書いてしまうと完全なるネタばれになってしまうので書かないでおくが、野生の狼に狙われている状態であるとは言え、ほんの隙を狙って、恋人が眠る場所を無我夢中で掘り起こすなどの行為があっても良かったのではないかと思う。恋人の無残な姿を見たくないにしても、本作の描写では、自分のことしか考えていないように見えてしまってとても残念だったのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 真冬に大自然の中で本当に夜を過ごしたのではないかと思ってしまうくらい、リアルな描写だったと思います。こういう状況で生き延びることができるかどうかは、運なのかもしれませんね。生き方として、能動と受動がありますが、いきなり能動で動いてしまうと失敗する確率は高いようです。ある程度まで受動で踏ん張っておいて、それから能動に切り替えるという方法のほうが生存率が高まるわけですが、悲しいことにそれは、いきなり能動で動いた人の失敗を活かしていることになるんですよね。

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2010.12.10

ホットヨガ(二一三回目)

書くことが楽しかった手帳の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 無印良品の週刊誌4コマノート・ミニは、本当に活躍してくれています。このノートを私に紹介してくださったM子さんに深く感謝しています。もうちょっと紙が厚くて、書いた文字が裏に写らなければ何も言うことはないのですが、逆にこういう薄い紙だからこそ、気軽にいろいろな書き込みができるという利点もあります。もしも紙質がすこぶる良かったら、ちょっとしたことを書き込むにも何だか気合を入れてしまい、今よりも活用できなくなってしまいそうですから。(苦笑)

 十二月第一週の土曜日は、三宮店で六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。

 最初に数えたときは、参加者の数が十一名だったはずなのだが、あとから数え直してみると十名に減っていた。途中で退出されてしまった方がいるのか、それとも単なる私の数え間違いなのか、定かではない。私は、レッスンの途中で退出された方がいらっしゃるならば、退出された方がレッスンのときに使用していたバスタオルなどが、スタジオの入口付近に設置されたタオル返却袋に入っているはずだと思った。そこで、確実な参加人数を把握するために、レッスン中にそれほど暑さを感じていたわけでもないのにいったんスタジオの外に出て、タオル返却袋の中を覗き込んでみた。すると、タオル返却袋の中には、何枚ものバスタオルが入っていた。どうやら、レッスンの度ごとにタオル返却袋の中身を取り出しているわけではなさそうである。

 レッスンを担当してくださったのは、受付でいつもにこやかに対応してくださっているインストラクターである。ひょっとするとこの方は、三宮店の新しい店長さんなのではないだろうか。機会があったら、確認してみようと思う。

 私は、京都店のカリスマインストラクターがアドバイスしてくださったように、レッスン中の呼吸法に注目した。最初の瞑想のときに自分のお腹に手を当てて、自分の吸い込んだ息がお腹に確実に届いているか、また、お腹から息が吐き出されているかに注目した。こうして、深く呼吸することを特に意識しながらレッスンを行ったのだが、やはり私はいつの間にか、汗をあまり掻かない体質に変わってしまっていたようだ。自分でも気付かなかったのだが、他の人がポーズの合間にフェースタオルで何度も汗をぬぐっているのに対し、私にはぬぐうべき汗が出ていなかったのである。

 京都店のカリスマインストラクターは、骨盤コースのレッスン中、私の息があまりにも荒いので、
「辛いですよね」
と声を掛けてくださった。レッスンのあと、個別にアドバイスを受けたときに、私の呼吸が浅いために呼吸が荒くなっているのだとしたら、それも納得が行くと思った。

 考えてみると、私は呼吸が浅いだけでなく、ヘモグロビン値が七.四しかない貧血を抱えてもいる。すなわち、血液が酸素を運びにくい状況にあるわけである。そのため、呼吸を深くすることを一生懸命心掛けたとしても、目に見える効果はなかなか現れないのかもしれない。これはとてもやっかいなことだと私は思った。あまり汗を掻かなくなってしまったことが原因なのかどうかはわからないが、今回のレッスンでは、わずか五百ミリリットルの水しか飲まなかった。

 レッスン終了後、スタジオを出て行くときに、インストラクターが私に、
「もしかして、腰を痛めてらっしゃいますか?」
と声を掛けてくださった。おそらく私がうつ伏せになって上体を反らす「とびうおのポーズ」を取らなかったことを気に掛けてくださったのだろう。私は、
「実は、子宮筋腫がかなり大きいので、うつ伏せになるポーズがうまく取れないんです」
と答えた。しかし、実際はそれだけではない。うつ伏せになるとき、私は胸を下にすると胸も痛む。他の参加者たちは、いとも簡単にうつ伏せになっているのだが、うつ伏せになったときに胸が痛んだりはしないのだろうか。

 私が大きな子宮筋腫があることを告白すると、インストラクターは、
「そうですか」
とおっしゃったあと、そのあと何を言ったらいいのか少し困惑されているように見えた。ひょっとすると、腰を痛めている人に対しては何らかの言葉を用意されていたのかもしれないが、私が意外な返答をしたので、それに対する言葉が見付からなかったのかもしれない。私はインストラクターに対して、何だか申し訳ない気持ちになってしまった。

 その後もインストラクターは、私がシャワーを浴びて着替えをしているときに、清掃のためにロッカールームに現れた。私が、何を話して良いか言葉が見付からずに下を向いていると、インストラクターが、
「お疲れ様でした」
と明るく声を掛けてくださった。それを聞いたとき、私の方から歩み寄れる状況にあったのに、それをしなかったのは、完全なる私の怠慢だと少し反省したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レッスン中に汗を掻かないという状況は、深い呼吸法に変えるだけでは改善されませんでした。おそらく、貧血も関係しているのでしょうね。これはなかなかやっかいな問題ですが、何となく、問題点がわかって来たように思います。結局、私の身体では、いろいろな意味で悪循環が発生してしまっているのでしょうね。その悪循環を何とか断ち切りたいのですが、果たしてどうすれば良いか、現在、試行錯誤中であります。

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2010.12.09

書くことが楽しかった手帳

映画『シングルマン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 劇場で鑑賞した映画の数が、それはもう大変なことになっていて、まだレビューを書いていない作品があと二十九本も控えています。(苦笑)三日に一度のペースで映画のレビューを書き続けているにもかかわらず、レビューを書いていない映画の数が以前よりも数本増えていますよね。実は、五時起き生活が始まってからというもの、平日の夜はほとんど余裕のない状態だったのですが、ここのところ、仕事帰りに少しずつ映画館に立ち寄るようになり、映画を鑑賞しています。そのため、帰宅してから大急ぎで「ガンまる日記」の下書きを書き上げたあと、夜遅くに床に就き、出勤前に記事をアップしておいて、通勤途中に推敲するというサイクルが出来上がっています。その結果、平日の平均睡眠時間が四時間程度になってしまっているというわけなのです。(苦笑)

 一年以上前に、書くことが楽しくなる手帳という記事を書いた。そこでこの一年間、これらの手帳が実際にどのように活躍したかについて、ここで皆さんにご報告したいと思う。

 まずは、ちょっぴり高級感の漂うpaperblanksの一日一ページ手帳だが、一年間使い込んでも表紙がほとんど傷むことはなかった。紙でできているというのにずいぶん丈夫なものである。

paperblanks 2010年手帳(一日一ページ)の表紙

 肝心の中身だが、毎日ではないものの、比較的情緒的なことを次々に書き込んだ。状況を整理したり、自分の考えをまとめたりするには、このpaperblanksの手帳は最適だった。私が活用しているのは一日一ページタイプなのだが、その日に書くべきことが一ページに収まり切らない場合は、何も書き込んでいない日のページに続きを書き込んだ。これまでと同じように、ツインソウルから届くエネルギーについても、届いた時間と強さ、感じ取った感情などを書き込んだ。

paperblanks 2010年手帳(一日一ページ)を活用

 このpaperblanks 2010年手帳(一日一ページ)をオフィスで使い、リュックにしまおうとしていると、私の席のすぐ近くに座っている女性社員さんに声を掛けられた。彼女は、隣にの席に座っていた派遣社員(私とは違う派遣会社から来ている)に話し掛け、私が手に持っているpaperblanks 2010年手帳(一日一ページ)をその派遣社員に示した。一体何ごとだろうと思っていると、その派遣社員が驚いた様子で、ゴソゴソとカバンの中から私が持っているのと同じデザインの手帳を取り出したのだ。私は驚いたが、良く見ると手帳の厚さが違うだけでなく、表紙には2011と書かれていた。どうやら、来年の手帳を既に使い始めているらしい。

 それからしばらく、その派遣社員とpaperblanksの手帳の話で盛り上がった。派遣社員は、その手帳を本屋さんで購入したそうだ。派遣社員が使っているのは、Weeklyタイプの薄手のものである。私は、自分が今、使っているこの手帳も来年の手帳も楽天市場で購入したと言った。来年の手帳は機会を改めてご紹介したいと思っているが、やはりpaperblanksの一日一ページタイプの手帳を注文したところ、今年使っていたのとは違うタイプの手帳が届いたのだ。どうやら海外仕様らしかった。

 私は、派遣社員が持っている私と同じデザインのWeeklyタイプの手帳を見て、
「私は、Weeklyタイプの手帳だと、それだけのスペースに予定が収まらないんだよね」
と言った。最近、私は自分の予定をdocomo datalinkを使って携帯電話で管理するようになった。

 docomo datalinkは、携帯電話のデータをパソコンを使って読み書きできるようになるので、docomoの携帯電話を使用している人にはとても便利なツールである。例えばパソコンを経由して、携帯電話に届いたメールや自分が送信したメールの読み出しや書き出しが可能である。携帯電話からは長いメールを入力し辛くても、パソコンを使って下書きしたメールを携帯電話に送り込んだりすることもできる。もちろん、スケジュール管理も充実していて、携帯電話に登録したスケジュールデータを読み込んだり、パソコン上で入力したスケジュールデータを携帯電話に転送できたりするのだ。

 このように、予定については、docomo datalinkを使ってデジタルデータを管理しているものの、情緒的なことはやはり、デジタルなツールにはなかなか書けない。状況を整理したり、自分の考えをまとめたりするには、実際にペンを使ってアナログの手帳なりノートに書いて行くのが一番いいのだ。

 聞くところによると、私が持っているpaperblanksの手帳に最初に反応してくれた女性社員さんは、日常生活の中で「書く」ということがほとんどないのだそうだ。おそらく、そういう方は、そのときどきで自己表現が完結されているのだろう。私の場合、言葉では瞬時に表現し切れないことが常に頭の中でいろいろと渦巻いている。そのため、それらの内容をひとまずどこかに貯めておいて、まとまった時間に過去を振り返り、詳細に表現して行きたいタイプなのだ。だから、paperblanksの一日一ページの手帳だけではこと足りず、別のノートも活用している。それが、書くことが楽しくなる手帳の記事でご紹介した無印良品の週刊誌4コマノート・ミニを束ねたノートである。実際、そのノートの中身は、無印良品の週刊誌4コマノート・ミニだけでなく、罫線のルーズリーフやクリアポケットのルーズリーフも加わり、パンパンに膨らんでいる。膨らんだり、挟んでいるものがはみ出したりしてしまっているそのノートを派遣社員に見せると、派遣社員は驚いていた。

どちらかと言うと、こちらのノートのほうが活躍する機会は多かった

 私は、無印良品の週刊誌4コマノート・ミニの一つ一つの枠の中に、「ガンまる日記」で取り上げるべき大まかな記事の内容一覧や、鑑賞した映画のタイトル、暗記すべき英語表現、買い物リスト、お勧めDVDリスト、やるべきことなどを次々に書き込み、大いに活用した。また、映画館で映画を鑑賞したあとは、映画の半券を貼り付けてみたりもした。映画の半券も、こうして貼り付けてみると、荘厳な感じがしてなかなか良いものである。

無印良品の週刊誌4コマノート・ミニに映画の半券を貼ってみた

 ちなみに、ホットヨガのレッスンの様子や旅先での出来事、I医師の診察の様子などの下書きは、罫線のルーズリーフにどんどん書き込んだ。

ホットヨガのレッスンの様子や旅先での出来事、I医師の診察の様子などの下書きは、リアルタイムで罫線のルーズリーフに綴った。写真がピンボケなのではなく、内容を保護するためにぼかしを入れている(笑)

 こうして私の愛すべき手帳たちは、今年もフル回転で活躍してくれた。きっと、来年も大いにお世話になることだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私のように、書くことが好きでたまらない人と、書かなくても自己表現が完結している人、本当に人それぞれですよね。最近、私はガンモから、「まるみはやっぱり宇宙人だ」と言われています。やはり、他の人から見て、かなり変わっているらしいです。(苦笑)だからこそ、私と同じように書くことが大好きな人に出会えると、とてもうれしくなるのですよ。

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2010.12.08

映画『シングルマン』

映画『うまれる』の特別試写会からの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 自分で辿り着いた結論に対し、私はひどく納得したのですが、なかなか伝わりにくい内容だったかもしれませんね。特別試写会に一緒に参加した派遣仲間も、この作品を観てとても感動したと言い、普段は映画を鑑賞することはほとんどないけれど、誘ってもらって本当に良かった、妹にも紹介したいと言ってくれました。神戸界隈に住んでいて、映画鑑賞が趣味の友人・知人は、私の周りにはほとんどいない上に、彼女が電車を乗り継がなければ尼崎まで移動することができない神戸市に住んでいたこともあって、普段、映画を鑑賞する習慣のない彼女を、わざわざ電車を乗り継いで出掛けて行かなければならない尼崎まで誘い出していいものかどうかと最初は躊躇していました。しかし、彼女に喜んでもらえて本当に良かったと思っています。

 今日は、十月二日に鑑賞した作品のレビューを書かせていただくことにしよう。映画館に掲示されていたポスターには、主人公の男性と艶かしい雰囲気の女性が仲良くベッドの上で寝転がっている姿が映っている。そのため、「ああ、これは男女の恋愛映画なのだなあ」と錯覚してしまいがちである。しかし、本作はそういう映画ではない。主人公の男性ジョージは、長年一緒に暮らしていた恋人の男性ジムを突然の事故で亡くし、悲しみに暮れていた。そう、二人は同性愛の形で結ばれていたことになる。ジムを亡くしたジョージの悲しみは思いのほか深く、あるときとうとう、自分の人生を終わらせようと決意する。本作は、死を決意したジョージが迎える最後の一日を詳細に描いた作品なのである。

 全体を通してとても奇妙な作品ではあるのだが、一言で言って美しい。自ら死を迎えようとしている状況が美しいなどと書くと、またまた誤解を招いてしまいそうだが、私はある時期から、映画を現実の世界からは切り離して鑑賞することができるようになった。そうなると、作り手が作品を通して表現しようとしているテーマを自由な感覚で受け入れることができるようになる。何故、自ら死を迎えようとしていることが美しいのかというと、ジョージはその日のうちに、自分が死んだあとの準備を冷静に着々と進めて行くからだ。例えば、大学で英文学を教えているジョージは、大学の研究室を整理し、これまで使っていた貸し金庫の中身もすべて引き取りに行く。そして、死んだあとに着せてもらう死装束まで用意し、目に付き易いところにきれいに並べておく。ところが、彼がいよいよ死に至ろうとすると、うまく行かなかったり、邪魔が入ったりする。そんなふうに当初の計画からは外れた状況に陥りつつある彼のもとへ、大学の男子生徒ケニーが現れるのだ。

 ケニーにしても、一緒にポスターに写っている艶かしい女友達チャーリーにしても、何となく際どい関係として描かれてはいる。ケニーは大学の先生であるジョージを先生として以上に、一人の男性として興味を持っている様子である。あたかも、ケニーがジョージの新しい恋人になるのではないかと期待させるシーンもあるのだが、そうはならない。また、チャーリーにしても、ジョージが訪問する前に念入りに化粧をしていることからも、かつて恋人関係にあったジョージに対し、ずっと未練を持っているのが見え見えである。

 それでも、ジョージの胸の奥には、愛するジムを亡くした深い悲しみが渦巻いていて、ジョージはジム以外の人との未来の可能性を探ろうとはしない。実際のところ、ジョージがケニーあるいはチャーリーを受け入れてしまったとしたら、この物語の美しさは成立しなくなってしまうのだ。ジョージがジム以外の対象を受け入れようとしないことからも、やはりジョージにとってのジムは、他に替わりの効かない特別で唯一の存在だったのだろう。

 本作は、グッチやイヴ・サンローランのデザインを手掛けたファッションデザイナーのトム・フォードが監督を務めている。だからだろうか。ジョージの着ている服や彼が用意した死装束にまでファッションのセンスがキラリと光っている。そんなトム・フォード監督の研ぎ澄まされたファッションセンスのように、本作には、他の作品では体験できないような優雅とも言える特別な時間が流れているのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m とても不思議な作品でした。自ら死を迎えようとしているのに、とにかく美しいのです。ジョージには、「フォーマル」という表現がぴったりかもしれません。鑑賞していると、ジョージが同性愛主義者であることも、自ら死を迎えようとしていることも、ごく自然な流れとして受け入れることができます。ジョージが、ケニーやチャーリーの誘惑(と言っていいかどうかはわかりませんが)に乗らないところもまた美しいですね。こんな不思議な作品には、なかなかお目にかかれるものではありません。

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2010.12.07

映画『うまれる』の特別試写会から

マンションの大規模修繕(11)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 大規模修繕は、マンションの共有部分だけを対象に行われています。玄関扉については、今回、取り替えていただいた外から見える部分だけが共有部分に該当しているのですね。(苦笑)玄関扉という一つの物質をちょうど真ん中でスライスして、共有部分と占有部分に分けているというのもなかなか面白い発想だと思います。

 玄関扉のシートの張り替えが終わったあと、私は三宮に出掛けて行き、派遣仲間と一緒に食事をしながらいろいろな話をした。彼女は、私が現在の職場で働き始めてからの付き合いなので、派遣仲間としてはかれこれ八年以上交流していることになる。考え方も感じ方も違う彼女との会話がとても楽しいのは、お互いに対等であり、価値観の違う相手のことを認め合っているからだと思う。彼女との会話は、毎回、自分との違いに驚きを感じ、新たな発見をもたらしてくれる。

 そんな彼女を、魂のレベルで感じてみると、まだまだ魂としての付き合いの歴史は浅いように感じる。というのも、転生の度に出会っている既に慣れ親しんだ魂のように、早い段階から意気投合してペアを作るような付き合いではなく、最初は手探りをしながら、お互いにじわじわと歩み寄って来たからである。

 さて、実は、私はこの日の翌日である勤労感謝の日に、映画『うまれる』の特別試写会に当選していた。いつも映画を千円で鑑賞している三宮やホットヨガ梅田店の近くにある映画館で活用しているシネマポイントカードの会員限定の特別試写会プレゼントに応募したところ、見事に当選したのだ。一枚の当選ハガキで二人まで入場できることになっていたのだが、ガンモは仕事の待機要員となっていた上に、場所が尼崎なので、神戸市や神戸市よりも西に住んでいる友人や知人を誘うのは何だか気が引けていた。尼崎は、私の家からは近いのだが、私の周りにいる多くの人たちは、同じ兵庫県内でも神戸市や神戸市よりも西に住んでいるのである。

 そのため、せっかくの特別試写会に一人で出掛けて行こうと覚悟を決めていたのだが、思い切って神戸市に住んでいる彼女を誘ってみたところ、行きたいと言ってくれたので、彼女と二人で出掛けることにしたのである。

特別試写会の当選ハガキ

 特別試写会が行われたのは、JR尼崎駅前にある関西国際大学尼崎キャンパスのKUISホールである。会場に着いてみると、そこは私がしばしばTOEICの公開テストを受験している大学の大講義室よりも少し大き目の講義室のようなホールだった。教卓付近に大きな白いスクリーンがデーンと掲げられ、そのスクリーンができるだけ正面に来るように、特別試写会に当選した方たちが次々に着席していた。

特別試写会の会場となったKUISホール

 会場の入口付近で、映画『うまれる』のロゴ入り紙袋をもらった。映画ファンとしては、この紙袋は貴重なものである。紙袋の中には、今回の特別試写会の協賛となる様々な会社のチラシやお菓子などが入っていた。

『うまれる』のロゴ入り紙袋に入ったチラシやお菓子などをもらった

 映画『うまれる』のレビューについては、後日改めて書かせていただこうと思っている。一緒に鑑賞した派遣仲間も、そして私も出産経験がないのだが、二人ともこの映画の出産シーンやその他のあらゆるシーンを観て自然に泣けた。とてもいい映画だったと思う。

 上映後、教育関係のご出身で、FMあまがさきでラジオ番組を持っていらっしゃる安田先生と、関西国際大学で教育関係のお仕事をされている濱田先生という二人の女性をゲストに迎えたトークショーが行われ、派遣仲間と私はそのまま席に残ってトークショーに耳を傾けた。

特別試写会のあとのトークショー

 そのトークショーで、安田先生がこんなことをおっしゃった。
「どんな子供も、こんなふうに親から強く望まれて生まれて来るんですね。だから、親から授かったその尊い命を自分から絶ったりしてはいけないんです」
映画『うまれる』を鑑賞した直後のことだったので、この言葉には説得力があった。

 映画『うまれる』は、様々な状況にある四組のご夫婦が妊娠や出産と真摯に向き合うドキュメンタリー映画なのだが、その中で、母親から虐待を受けて育った女性が結婚して子供を産む選択をする。女性は、自分が母親から虐待されていただけに、自分もまた、生まれて来る子供を虐待してしまうのではないかという不安を抱えていたらしい。しかしその女性は、子供が生まれる前から、子供が生まれて来ることがうれしくてうれしくて仕方がない様子だった。それだけに、安田先生の言葉が胸に響いた。

 それと同時に、私は安田先生の言葉をヒントに、これまで第三者に対して的確に説明することができなかった問い掛けの答えをようやく見付けることができた。それは、「何故、人を殺してはいけないか」という問い掛けの答えである。これまで、自分の中でいろいろな答えを思い浮かべてみたものの、どの答えもしっくり来なかった。しかし、ようやく第三者に説明できるだけの答えを見付けた。何故、人を殺してはいけないか。それは、人を殺すという行為が、この世では決して取り返しのつかないことだからだ。おそらく、それ以外のことならば、まだまだ別の選択肢を選べる余地が残されていたり、何とか修復可能な状態にあるのではないだろうか。しかし、人の死だけは決して取り返しがつかない。だから、親や周りの人たちから強く望まれ、生まれて来た尊い命を、第三者のエゴによって奪ってしまってはいけないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画『うまれる』の特別試写会に参加して、生の喜びや感動を味わうとともに、この世で取り返しのつくことと取り返しのつかないことがあることをはっきりと認識することができました。もし、特別試写会という形でトークショーに参加していなければ、私の中にはまだ、今回、記事に書いたようなことを第三者に説明できるだけの答えが見付かっていなかったかもしれません。

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2010.12.06

マンションの大規模修繕(11)

映画『TSUNAMI-ツナミ-』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。いつも同じくらいの時間にアクセスしてくださって、応援クリックしてくださっている方がいらっしゃいますよね。どなたかはわかりませんが、いつも本当にありがとうございます。m(__)m おかげ様でちょっとパワーダウンしているときであっても、パワーをもりもりいただいています。(^^) 「ガンまる日記」を支えてくださっていることに感謝します。それでは、マンションの大規模修繕(10)の続きを書かせていただきますね。

 京都店のスタジオでホットヨガのレッスンを受けた翌日の月曜日、私は四連休にするために休暇を取っていた。その日は、マンションの玄関扉のシートの張り替えが行われることになっていたため、在宅することになっていた。玄関扉のシートの張り替えと言われても、ピンと来ない方もいらっしゃると思うので説明させていただくと、いつも外気にさらされているマンションの玄関扉の外側のシートを張り替える作業である。スライスされた一枚の食パンを玄関扉だとすると、その食パンをサンドイッチ用の食パンのように更に薄く半分にスライスし、新たにスライスした半分を別の新しい半分と取り替えて、再び元の厚みのあるスライスされた一枚の食パンに仕上げるような作業である。

 どうやらその作業は、いったん玄関扉を取り外して行うことになるため、工事の立会いが必要だった。十一月初旬頃、この日を含む一週間の間で都合のいい在宅日のアンケートが取られ、もともとこの日を休暇にしようと計画していた私は、平日ならば、工事を希望する区分所有者も少ないのではないかと思い、希望したのだ。

 ところが、実際に工事の割り振り表が配布されると、私たちと同じ日に玄関扉の張り替えを希望している区分所有者が最も多いことがわかった。私たちのマンションには、夫婦共働きのご家庭も何軒かあるはずなので、私たちと同じように夫婦共働きの方たちがこの日に休暇を申請されて四連休にしようと計画されていたのかもしれない。工事の割り振り表によれば、この日のうちに、全部で十戸の玄関扉のシートが張り替えられることになっていた。しかし、私たちの部屋の玄関扉のシート張り替え工事に取り掛かる時間帯が予め知らされてはいなかったので、工事担当の方が来てくださるのをやみくもに待つことになった。

 実はこの日の夜は、私と同じように休暇を取っている派遣仲間と三宮で待ち合わせて一緒に食事をすることになっていた。彼女も自分の用事が終わる時間がまだはっきりとわからないと言っていたので、お互いに待ち合わせできそうな時間がはっきりしたら連絡を取り合うことになっていた。

 さて、私たちの部屋の玄関扉のシート張り替え作業はというと、朝十時過ぎに部屋のインターホンが鳴り、工事担当の方が見えた。工事担当の方は、
「これから玄関扉を外させていただきます。お昼過ぎまで玄関扉を外したままになりますが、よろしいですか?」
と私に尋ねた。私は、工事が終わるまではずっと在宅する覚悟でいたので、
「はい、いいですよ」
と言って、あとは工事担当の方にお願いして奥に引っ込んだ。

 それからしばらくは、玄関のほうでドリルの音やトンテンカンといった音が聞こえていた。そして、それらの音が止んだかと思うと、しばらく静かになった。しかし、しばらくすると、今度はまた別の音が聞こえて来た。どうやら、一人の人が最初から最後まで通しで工事を担当しているのではなく、複数の人たちで作業を分担しているらしい。

 ちょうどお昼を過ぎた頃だったろうか。再び部屋のインターホンが鳴ったので玄関に出てみると、最初に来られた方とは違う工事担当の方が玄関に立っていた。工事担当の方は、私に、
「これからあともうしばらく掛かります。それと、これをお渡ししておきますね」
と言って、私にシリンダー錠を手渡してくださった。

 実は、今回の大規模修繕では、各戸のシリンダー錠も取り替えられることになっていた。もともと私たちのマンションは、マンションのエントランスの鍵と各戸の鍵が共通になっていた。すなわち、一つの鍵で各戸の鍵もマンションのエントランスの鍵も兼ねていた。しかし、その鍵はピッキングによる空き巣の被害に遭い易い鍵だったので、ピッキングによる空き巣の被害が続発した頃に、多くの戸がシリンダー錠をより安全なものに取り替えていた。もちろん、私たちもホームセンターでピッキングの被害に遭い難い新たなシリンダー錠を購入し、自分たちで取り替えていた。このように、入居時は一つの鍵で各戸の鍵とマンションのエントランスの鍵を兼ねていたのだが、ピッキングによる空き巣の被害が続発するようになった頃、多くの戸はマンションのエントランスの鍵と各戸の鍵を別々に持つようになっていたのだ。

 そこで、今回の大規模修繕では、別々になってしまった鍵を再び一つに戻そうと、マンションのエントランスの鍵もピッキングによる空き巣の被害に遭い難い鍵に取り替え、同時にその鍵が各戸の鍵にもなるように各戸のシリンダー錠を取り替えることになったというわけである。しかし、私たちは自分たちがホームセンターで購入して取り付けた新しい鍵をそのまま使いたかったので、シリンダー錠は現状のまま残してもらい、取り替えるべきシリンダー錠の部品と新しい鍵だけを手渡しで受け取ることができるように予めお願いしていたのである。私は、工事担当の方からシリンダー錠を受け取ると、棚の上に大事にしまっておいた。この鍵は、私たちの部屋の玄関には取り付けなくても、やがてマンションのエントランスに取り付けられる鍵にもなるので、持ち歩くことが必要だったからだ。

 シリンダー錠を受け取ったあとはしばらく静かになったので、私は玄関にあるトイレに入った。自分の家であるとは言え、工事担当の方が作業されているとなると、遠慮してしまってなかなかトイレには行けないものである。

 午後からは、しばらく何の音も聞こえて来なかった。おそらく、流れ作業で一番時間が掛かっている担当の方の作業がうまく流れていないのだろう。ようやく音が聞こえ始めたので安心していると、しばらくして玄関のインターホンが鳴った。おそらく工事が終わったのだろうと思い、出てみると、二人組の工事担当の方が、
「これで終わりになりますので、確認印をいただけますか」
とおっしゃり、台紙に挟まれた用紙を差し出された。そこには、各戸ごとに確認印を押す欄が設けられていた。私はすぐに認印を取り出し、その用紙に確認印を押した。

 工事担当の方が帰って行ったので、こっそり表に出てみると、玄関扉のシートがきれいに張り替えられ、今までとは違う玄関扉に生まれ変わっていた。これまでの玄関扉がゴールド基調の玄関扉だとすると、新しい玄関扉はシルバー基調の玄関扉だった。個人的には、シルバーよりもゴールドのほうが好みだったのだが、それでも十二年間、雨風にさらされ、古びてしまったゴールドの玄関扉よりも新しいシルバーの玄関扉のほうがずっと映えていた。この玄関扉もいつか、現役を退くことがあるのだろうか。

 私は、玄関扉のシート張り替え工事が終わったことをガンモと派遣仲間に知らせて、派遣仲間との待ち合わせ時間を確定させてから、三宮へと向かったのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m マンションの玄関扉が新しくなると言われても、工事が行われるまでは一体何が起こるのか、想像も付きませんでしたが、なるほど、こういうことだったのですね。ただ、取り替えられた玄関扉の材質(外から見える部分)と、もともとの玄関扉の材質(家の中から見える部分)が異なっているので、多少の違和感はありますね。それでも、マンションの玄関扉もこんなふうに生まれ変わることができるのだとわかり、驚きでした。

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2010.12.05

映画『TSUNAMI-ツナミ-』

忍者紀行(4)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 旅行アルバムの表示に不具合があり、申し訳ありませんでした。長年利用させていただいている旅行アルバムですが、このような不具合は初めてのことなので、ちょっと戸惑っています。ちなみに、まだ十月半ばの旅行について綴っていますが、このあと十月後半の旅行、そして十一月に入ってからの旅行と続いて行きます。それ以外にも、年内にもう一つの旅行が控えているのですが、このペースですと、年内にすべての旅行の記事を書き上げるのは難しいようですね。(苦笑)

 三日ごとにお届けしている映画のレビューもようやく十月に鑑賞した作品に突入した。本作は、十月一日に鑑賞した韓国映画である。字幕版を観たかったのだが、どういうわけか、日本語吹き替え版を鑑賞する羽目になってしまった。劇場で、日本語吹き替え版しか上映されていなかったからである。果たして、全国のどこかには、本作の字幕版が上映されていた映画館があったのだろうか。それとも、日本では吹き替え版しか上映されなかったのだろうか。吹き替え版の選択肢しかなかったことで、鑑賞前から少しテンションが下がり気味だったのも事実である。

 本作は、釜山のヘウンデで起こる時速ハ百キロの速度で進み、百メートルもの高さを持つメガ津波を通して、様々な人間模様が描き出されている。地質学者のキム博士は、メガ津波がやって来ることを予測したものの、その科学的見解をまともに受け入れてくれる人がいなくてやきもきしていた。また、キム博士は七年前に別れた妻に未練を持っているようでもあった。残念なことに、別れた妻が連れている幼い娘は、キム博士が自分の実の父親であることを認識してはいないようである。

 猟師のマンシクは、遠洋漁業に出ているときにインドネシア大津波に遭い、幼馴染のヨニの父親を助けることができなかった。マンシクはそのことをずっと負い目に感じていて、大好きなヨニに告白できないでいる。映画を鑑賞している私には、本当は二人が想い合っているのが手に取るようにわかるのに、二人の関係がなかなか進展しないことにもどかしさを感じてしまう。

 海洋救助隊員として働くマンシクの弟ヒョンシクは、救出した女性ヒミから積極的なアプローチを受けている。しかしヒョンシクは、ヒミに想いを寄せている男性から暴力を受け、ヒミと距離を置こうとしている。

 そんな人間模様が描かれる中、キム博士が予測した通りのメガ津波が起こり、ヘウンデの街は大パニックに陥る。しかし、不思議なことに、メガ津波は街などの固形物を次々に破壊しては行くものの、人間関係についてはむしろ結び付ける方向へと働いて行く。危機に直面することで、人間の最も素直な部分が引き出されるのだろう。その姿がとても美しい。おそらく、そこに映し出されている姿が本来あるべき姿なのに、危機に直面していないときは、命に余裕があるためにすねてみたり、強がってみたりすることで、自分の最も素直な感情を隠しながら人々は生きているのだ。

 もちろん、メガ津波によって亡くなられた方も多い。しかし、登場人物として見えている範囲では、その死はすべて感動的な描かれ方をしている。私は、映画の中で複雑に絡み合う人間模様は、音楽で言うところの和音のようなものだと思う。音楽でも和音は大切だが、映画の登場人物が織り成す人間模様にも心地良い和音は必要なのだ。本作には、納得の行かない不協和音の人間模様は登場しない。

 ちなみに本作は、本国の韓国では記録的な大ヒット映画となったそうだ。しかし、日本ではどういうわけか、それほど評価の高くない作品となっている。その背景には、本作に対し、パニック映画を期待していた人たちが、ここに描き出されている人間模様をまどろっこしいと感じてしまい、期待していただけのパニックが描かれていないことに落胆してしまった様子が窺える。もちろん、メガ津波が起こってヘウンデの街は大パニックに陥るのだが、ひょっとすると最初からパニック映画を期待して鑑賞を始めた人たちにとっては、パニック度が物足りないのかもしれない。私は、最初からパニック映画を期待してはいなかったので、むしろ、メガ津波を通して描き出されている人間模様に着目し、素直に感動できた。私と同じように、人間模様に着目した人たちは本作を高く評価しているようだが、最初からパニック映画を期待していた人たちの評価はかなり辛口のようである。映画に対し、何を期待しているかで、評価が大きく分かれてしまう作品だと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m どうしてこのように評価が分かれてしまったのかというと、パニック映画を期待させるような本作の予告編に問題があったようですね。しかし、本作で描かれている人間模様に着目すると、人間を最も素直な状態に導くためにメガ津波を利用しているだけのように思えて来ます。極端な言い方をすれば、人間を最も素直な状態に導くためには、メガ津波でなくても良かったことになります。いわば、メガ津波はおまけみたいなものなので、最初からそのおまけに対して大きな期待を寄せた人たちにとっては、物足りなかったということなのではないでしょうか。

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2010.12.04

忍者紀行(4)

ホットヨガ(二一二回目)(後編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。京都店のスタジオに通うことができたならば、カリスマインストラクターのレッスンも受けられるのですよね。しかし、たまたま週末と重なった東寺・弘法さんの市に足を運ぶために気合を入れて出掛けて行くから京都店のレッスンにも参加できるわけであって、週に一度のペースで京都まで出掛けるとなると、なかなか大変であります。(苦笑)三宮店で骨盤コースのレッスンが始まるのを静かに待ちたいと思います。それでは、忍者紀行(3)の続きを書かせていただきますね。

 伊賀忍者博物館の忍者ショーを堪能したあと、私たちが向かったのは、その日の宿泊先となる国民宿舎関ロッジである。宿泊先に向かう前から、ガンモには、
「今日の宿では、まるみには狭いベッドに寝てもらうから」
と言われていた。私は、いつも宿泊時に指定しているダブルの部屋が取れなかったので、シングルの部屋にエキストラベッドが設置されているのかと思い、ガンモに確認してみた。ガンモは私の質問には答えず、カングーを運転しながらニヤニヤしていた。どうやら真相は着いてからのお楽しみらしい。

 山道をくねくねと曲がって辿り着いた宿を下から見上げてみると、その建物の外にはブルトレがあった。私は、驚きとわくわく感から、
「ええっ? ひょっとして、ここに泊まるの?」
と声を弾ませてガンモに尋ねると、ガンモはようやく、
「そうだから」
と答えた。

 私たちは荷物を持ってカングーを降り、フロントでチェックインの手続きを行った。フロントのスタッフの話では、その日、ブルトレに宿泊するのは私たちだけらしい。すなわち、私たちはこのブルトレをたった二人で借り切ることになるのだ。チェックインの手続きが終わると、フロントのスタッフが私たちをブルトレまで案内してくださった。そのとき、フロントのスタッフは私たちに、ブルトレへの宿泊記念として、ブルトレの絵が描かれたキーホルダーをくださった。

 別館となるブルトレまでは、本館の裏口からいったん外に出なければならなかった。ブルトレは、本館の「母屋」に対し、「はなれ」と言ったところだろうか。ブルトレに入るための階段を昇ると、そこはまさしくブルトレだった。私たちが宿泊するのは、「ブルトレ二号室こだま」という部屋だった。

 部屋の扉を開けると、そこにはブルトレのB寝台の区画を二つ分結合させた部屋が広がっていた。足元を見ると、台の上に畳が敷かれ、靴を脱いでくつろげるスペースになっていた。ブルトレのB寝台の区画を宿泊施設として利用し易いように、畳のエリアが設けられたようである。寝台は、昔のブルトレのB寝台の三段ベッドだった。ちなみに、現在のブルトレのB寝台は二段ベッドである。何を隠そう、私はブルトレのB寝台が三段ベッドの頃に東京から松江まで寝台特急出雲を利用している。実際に乗車したときにも三段ベッドの狭さを感じたが、こうして宿泊施設に生まれ変わったとしても、三段ベッドには寝台としての狭さを感じる。当時のブルトレには、私たちが宿泊した部屋の半分の広さの区画に三人が寝ていた。私たちが宿泊した部屋は二つ分の区画が結合されていたので、三段ベッドが左右に一つずつあり、合計六人分のベッドがあった。それに加え、改造された畳のエリアにも、布団が一セット用意されていた。

 私たちはしばらくの間、改造されたブルトレの部屋に見入った。室内にはエアコンも装備されていた。十月の半ばでまだ暑かったので、私は早速エアコンのスイッチを入れて、部屋を冷やした。私たちは、世の中にこんなにも楽しい宿泊施設があるのかと感心した。ブルトレに乗るのも楽しいが、ブルトレを改造した宿に泊まるのも楽しい。国民宿舎関ロッジは、そんなブルトレ好きの利用客の心をくすぐる宿である。

 ブルトレの入口を入ってすぐのところに設置されている洗面台は、ブルトレ時代の古い洗面台が取り除かれ、新しい洗面台が取り付けられていた。水も水道から取るように工事されているようだ。また、トイレも水洗トイレに変わっていた。ただ、ブルトレ自体の老朽化は進んでいた。何十年も走り続けて引退した車両なのだから、無理もないだろう。

 しばらく部屋でくつろいだあと、私たちはお風呂に入り、そのあと、夕食をとった。夕食と朝食についてはまた別の記事で書かせていただくことにして、実は、夜寝る段階になって問題が発生した。上半身にほてりのある私は、部屋を冷やしているエアコンを止めてしまうとひどく暑いのでエアコンを止めたくなかったが、ガンモには私のようにほてりがあるわけではないので、エアコンで部屋を冷やしていると寒いらしかった。最初は、畳の上に敷いた一つの布団に二人で仲良く寝ようと思っていたのだが、エアコンから出て来る冷たい空気がどんどん下に溜まってしまうことから、私が涼しい畳の上の布団に寝て、ガンモには少し高さのあるB寝台の三段ベッドの中段に寝てもらうことにしたのだ。それでもガンモは、
「寒い、寒い」
と言いながら、B寝台の布団にくるまって寝ていた。私には、ガンモが寝ている姿がまるで涅槃像のように見えて面白かった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、忍者紀行(4)をご覧ください。

※旅行記の表示エラーが頻発しています。表示されない場合は、大変お手数ですが、ページの再読み込みを行ってみてください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 大好きなブルトレが宿泊施設に改造されていました。実際、とても古びてしまっているので、私たちのように本当にブルトレが好きな人ならば充分楽しめるかと思いますが、宿泊施設に対して上品な雰囲気を求めたりする方たちには不向きかもしれません。ちなみに、宿泊料金は、ブルトレに宿泊するほうが、本館に宿泊するよりも若干割安です。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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2010.12.03

ホットヨガ(二一二回目)(後編)

映画『瞳の奥の秘密』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m イレーネの役を演じていたソレダ・ビジャミルという女優さんに、私は何かの映画でお目に掛かっているはずだと思うのですが、過去に出演された作品情報を拝見しても、本作の情報しか掲載されていませんでした。ということは、私にとっては既知感のある不思議な女優さんということになりますね。(笑)彼女はとても魅力的な女優さんだと思います。それでは、ホットヨガ(二一二回目)(前編)の続きを書かせていただきますね。

 まず始めに、カリスマインストラクターは 
「どのくらいのペースでレッスンに通えますか?」
と私に尋ねてくださった。私は、京都店のレッスンに通えるペースのことだと思い、現在、兵庫県の○○市に住んでいることと、かつて南森町店で骨盤コースのレッスンを受けていたこと、現在は三宮店か梅田店でリラックスコースのレッスンを受けていることなどを話した。

 どうやらカリスマインストラクターは、レッスン中に私があまり汗を掻いていなかったことを随分気に掛けてくださっていたらしい。私がレッスン中にフェイスタオルをほとんど使用していなかったので、このままではいけないと思われたようだ。

 それに対し、私は、
「午前中のレッスンでは、それなりに汗は掻くのですが、夕方から夜に掛けてのレッスンでは、あまり汗が出ませんね」
と答えた。その日は十七時からのレッスンだったので、私にとってはあまり汗の掻かないレッスンに相当する。そのため、私には当たり前のこととして、あまり気にも留めていなかったのだ。とは言え、カリスマインストラクターはレッスン中に、滝のように汗を掻いていた。となると、やはり私があまり汗を掻いていないことを不思議に思われたとしても仕方がないだろう。

 カリスマインストラクターは、私に、
「レッスンのときに行っている呼吸法をここで実践してみてください」
とおっしゃった。私が言われた通りに実践してみると、カリスマインストラクターは、
「ああ、それは普通の呼吸ですね」
とおっしゃった。どうやら私は、レッスン中に行う呼吸が浅く、ヨガで行う呼吸法が実現できていないらしい。そのときになって初めて、私は「なるほど」と思った。私の筋腫がここまで大きくなってしまったのも、呼吸が浅いからではないかと思ったのだ。

 更に、カリスマインストラクターは、私に、
「お腹に手を置いて、お腹を膨らませて、次にお腹を凹ませるように呼吸してみてください」
とおっしゃった。私はカリスマインストラクターに言われたように、お腹に手を置いて大きく呼吸を続けた。確かに、お腹に手を置いて呼吸をすると、息がお腹まで行き届いているのが良くわかった。その様子を見届けたカリスマインストラクターは、
「レッスンのときはお腹に手を置いて、意識的に呼吸を行ってください。お腹に手を置いて呼吸しても、怒るインストラクターはいませんので」
とおっしゃった。

 考えてみれば、私は自分の呼吸が浅いことを、普段から特に意識していたわけではなかった。しかし、こうしてカリスマインストラクターに指摘されてみると納得が行く。呼吸が浅いために血液がお腹まで行き渡らず、お腹の中の老廃物をうまく排泄することができずに筋腫が成長したり、下半身の冷えが起こってしまっているのではないだろうか。

 カリスマインストラクターは、
「呼吸が深くなると代謝が良くなり、自律神経が活発になり、体温調節もできるようになって来ます」
とおっしゃった。まさしくそれは、現在の私が求めている姿である。卵巣の働きが鈍り、エストロゲンの分泌量が減少しているために上半身のほてりを感じていることも、自律神経の働きが活発になることで改善されるかもしれないのだ。

 カリスマインストラクターは、私に、
「お風呂に入るときに、湯船には浸かっていますか?」
と尋ねてくださった。私は、マンションの大規模修繕(9)に書いたような事情で、まだシャワー生活を続けていた。そこで私が、
「シャワーで済ませてますね」
と答えると、カリスマインストラクターはとても残念そうに、
「普段からホットヨガのような環境を作っておくと、汗が出易くなりますので、是非、湯船にゆっくり浸かって、湯船の中で深い呼吸をしてください」
とアドバイスしてくださった。

 私はカリスマインストラクターに厚くお礼を言って、ロッカールームへと移動した。ホットヨガのレッスンを始めてから、この夏で丸四年が経過したが、レッスン終了後にインストラクターから個別にアドバイスをいただいたのは初めてのことだった。私はすがすがしい気持ちで京都店のスタジオをあとにした。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m レッスン終了後にインストラクターから個別にアドバイスをいただけるなんて、実にありがたいことであります。例えインストラクターの中にも、レッスンを受けている私たちの中にも、個別にアドバイスしたい、あるいはアドバイスを受けたいという願望があったとしても、いろいろな状況を先回りして考慮し過ぎてしまい、実行に移すだけの判断ができない場合があります。しかし、このときはそうではなかったのですね。特に誰の判断を仰ぐわけでもなく、カリスマインストラクターはレッスンのあと、私に時間があるかどうかを尋ねてくださいました。もしかしたら、ほんのちょっとの判断を下すだけで、そのあとに起こる出来事は、まったく違うものになるのではないでしょうか。みんな変わりたいという芽を持っているのに、その芽を積極的に育てようとしていないだけなのかもしれません。

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2010.12.02

映画『瞳の奥の秘密』

ホットヨガ(二一二回目)(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私たちは、誰かの口から語られる言葉が真実であるかどうかを、瞬時のうちに見極めていますよね。真実の言葉を語る姿は、単に見聞きした情報を右から左へと伝えようとしている姿とはまったく異なっています。前者は自分の中から言葉を生み出しているので、そこに語り手の感情が込められていますが、後者はそうではありません。ひょっとすると、カリスマ性というのは、自信を持って真実を伝えようとする姿から感じ取れるものなのかもしれません。

 またまた秀作に出会った。九月二十五日に鑑賞した本作である。スペインとアルゼンチンの合作映画である本作は、普段、あまり聞きなれない言葉で語られている。おそらくスペイン語なのだろう。

 本作は、実に様々な感情が入り混じった作品である。まずは、愛する妻を強姦され、殺された夫の悲しみ、そして犯人への憎しみ。その事件を担当することになった刑事裁判所の男性と女性上司が織り成す、表面的にはなかなか現れることのないお互いへの確かな愛情。更には、刑事裁判所で働く男と同僚との厚い友情。これほど様々な感情が詳細に表現された作品は珍しい。

 本作のユニークなところは、刑事裁判所を退職した男性ベンハミンにより、二十五年前に起こった強姦殺人事件が小説化されているところだ。その事件は、ベンハミンにとっては決して忘れ去ることのできない特別な事件なのである。おそらく、事件を小説化することによって、客観的に過去を振り返りたい気持ちもあるのだろう。興味深いことに、ベンハミンはその過程において、これまで明確に表現することのなかった女性上司であるイレーネへの想いを小説の中に間接的に盛り込むことになる。当時、その強姦殺人事件の謎に一緒に取り組んでいたベンハミンとイレーネは、お互いに相手のことを男女として大切に想い合いながらも、相手の立場を尊重するあまり、恋愛関係に至ることはなかった。「大人」である二人は、お互いへの想いを心の奥のほうに押し込んだまま、二十五年の歳月が流れてしまったのである。

 ベンハミンは、退職した刑事裁判所を訪ね、出来上がった小説をイレーネに読んでもらう。そのことにより、ベンハミンとイレーネの中に長いこと眠っていた感情が次第に表面化して来る。そうした繊細で心理的な描写にも強く心惹かれる作品でなのある。

 それだけではない。ベンハミンと同僚の男性との間に通う友情も素晴らしい。二十五年前の強姦殺人事件に関わったことが関連しているのかどうかはわからないが、ベンハミンの部屋で衝撃的な死を迎えることになってしまったベンハミンの同僚が、死の間際にベンハミンのことを想ってある行動を取ったかもしれないと想像すると、それだけで胸が熱くなってしまうのだ。

 愛する妻を強姦され、殺された夫モラレスの悲しみと、犯人への憎しみはとてつもなく根が深い。なかなか真犯人が逮捕されないため、モラレスは事件から一年経っても、根気強く駅に通い、真犯人を探し続けている。

 「何年経っても、人間はそうそう変わるものではない」というのが本作で表現されている根本的かつ共通のテーマと言えるだろう。そうした根本的かつ共通のテーマが、鑑賞する人たちの期待を置き去りにすることなく、満足の行く形で表現されている。

 本作は、本国のアルゼンチンで二〇〇九年に公開されるや、歴史的な大ヒットを記録したのだそうだ。確かにその通りの素晴らしい作品である。日本でも評価の高い作品ではあるのだが、これまたミニシアター系映画館で上映されている作品であるがために、上映されている映画館が少ないのが玉に瑕である。あまりにもそういう状況が続くと、だんだん日本の映画事情に腹が立って来る。多くの人たちに受け入れられやすいとは言え、世の中に出回っている映画が大雑把な作品ばかりでは、それらを鑑賞する人々の感情まで大雑把に形成されてしまうのではないだろうか。せっかく映画鑑賞に貴重な時間を費やすならば、本作のように、繊細な感情を育ててくれる作品に出会いたいものである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私はある意味、こういう作品が歴史的な大ヒットを記録するアルゼンチンがうらやましいと思いました。二〇一〇年も残りわずかですが、今年は映画の当たり年だったように思います。本作を含め、様々な秀作に出会うことができました。考えてみると、映画館に足を運んで映画を鑑賞するという行為は、テレビにスイッチを入れて見る行為よりも、より能動的な行為ですよね。テレビを見ない分、テレビを介して多くの人たちが知り得る情報は知りませんが、この能動的な行為のおかげで、今年もたくさんの良い作品に出会うことができました。

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2010.12.01

ホットヨガ(二一二回目)(前編)

霜月の東寺・弘法さんの市の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回は、スーベニールの部屋の長岡さんのお店も見付けることができず、とても残念でした。新しいアンティークペンダントはしばらくお預けけですね。(苦笑)今回は、ホットヨガのレッスンが控えているために妙にそわそわしてしまいましたが、逆に、先にホットヨガのレッスンを受けるとしても、まったくそわそわしないかと言われれば、決してそうではありません。やはり、少しでも早く骨董市に足を運びたいと思い、そわそわしてしまうんですね。(苦笑)ただ、先にホットヨガのレッスンを受けるほうが、骨董市に足を運んでも荷物が増えてもかまわないという安心感がありますね。

 東寺近くのバス停から市バスに乗り、ホットヨガ京都店のある四条烏丸までは、三十分も掛からなかった。比較的すぐにバスがやって来たことに加え、距離的にも近かったため、週末の道路混雑の影響を受けることが少なかったのだ。

 思いのほか早く四条烏丸に着いたものの、四条烏丸のバス停にポンと降ろされても、そこからどのようにしてホットヨガ京都店のスタジオに行けばいいのかわからなかった。以前も書いたが、私は京都に来る度に毎回、困っている。というのも、街が碁盤の目のようにきれいに整備され過ぎていて、相対的な位置関係が掴みにくいからだ。

 聞くところによると、京都で生まれ育った方たちは、京都の通りの名前をすべて暗記されているらしい。何と、通りの名前を暗記するための歌まであるというのだ。おそらく、京都の通りの名前を暗記されている方たちは、絶対座標によって位置関係を把握されているのだろう。しかし、私のように京都以外の地域に住んでいる者にとっては、すべての通りの名前に関してそれほど馴染みがあるわけではないため、できれば位置関係を相対座標で把握したい。すなわち、あの通りを右に曲がって三軒目、というように握したいのだ。ところが、京都で「あの通り」と言われても、あまりにもきれいに整備され過ぎているためにどの通りも同じ通りに見えてしまい、区別が付かない。極端な言い方をすれば、「あの通り」も「この通り」もみんな同じに見えてしまうのだ。もしも、それぞれの通りがもっと個性のあるいびつな形をしているならば、そこを目印にして覚えることができる。しかし、京都はそうではないのだ。そのため、相対座標で位置関係を把握することができないのである。

 私は市バスを降りた四つ角に立ち、かつてのおぼろげなる記憶を辿りながら、ようやく京都店のスタジオを見付けた。とは言え、あまりにも早く着き過ぎたので、しばらく周辺をうろうろしてから、ほどよい頃合を見計らって、京都店のスタジオへと向かった。

 京都店のスタジオに続く階段を昇って、愛用のムートンブーツを脱いで受付に足を運ぶと、何と、梅田店でしばしばレッスンを担当してくださっているインストラクターが受付にいらっしゃり、対応してくださった。どうやらこの日は、梅田店から応援に駆け付けていらっしゃったようだ。私は梅田店のインストラクターに、
「今日はこちらですか?」
と声を掛けた。梅田店のインストラクターも、私が京都店のスタジオにいるのが不思議だったらしく、
「そうですよね? いつもこちらでお会いしているわけじゃないですよね?」
とおっしゃった。さすがに普段、梅田店のレッスンに通っている方たちが、京都店のスタジオまでやって来てレッスンを受けるのは珍しいことなのだろう。梅田店のインストラクターも私も、お互いに京都店にいることを不思議に思ったわけである。

 他店よりも横幅の広いロッカーに荷物を収め、着替えを済ませてスタジオに入った。京都店のスタジオは新しいので、設備が近代的である。今回、参加したのは、久し振りの六十分の骨盤コースのレッスンである。やはり、骨盤への注目度が高いのか、日曜日の十七時から開始されるレッスンであるにもかかわらず、十三名の方たちがレッスンに参加されていた。

 レッスンを担当してくださったインストラクターは、これまでにお会いしたことのないほどのカリスマ性を持ったインストラクターだった。参加者の導き方や発声方法など、どれを取っても惹き付けられる魅力を持っていて、私はまるで魔法にかかったようにレッスンを受けた。舞台出身の女優さんは、声が良く通るように喉の奥のほうから発声している。しかし、同じ女優さんでも、舞台出身ではない女優さんは、発声方法が違う。今回のレッスンを担当してくださったインストラクターは、どちらかと言うと、舞台出身ではない女優さんかアナウンサーのような発声方法だった。

 ウォーミングアップのストレッチが終わった直後、私はついぼんやりとしていて、何故、いつもの揺れる吉祥のポーズが始まらないのだろうと思ってしまった。しかし、良く考えてみると、今回はリラックスコースのレッスンに参加しているわけではなく、骨盤コースのレッスンに参加していたのだ。

 カリスマインストラクターは、身体の仕組みについても良くご存知だった。私はインストラクターの話を一つ残らず聞き漏らしてはいけないと思い、レッスン中に暑くてもスタジオの外に出て涼むことなく、最後までレッスンを受けた。

 レッスンを受けているうちに、私は骨盤コースのレッスンが、実はとてもきついレッスンだったことを思い出した。骨盤コースのレッスンは、それほど動きの激しいポーズが続くわけでもないのに、私はレッスンが終盤に近付くにつれてどんどん息が荒くなるのである。そう言えば、私はかつて、骨盤コースがとても気に入って、毎週のように南森町店でレッスンを受けていたこともあったはずだ。そして、今回のように東寺・弘法さんの市にやって来たときも、骨盤コースのレッスンを好んで受けていたはずだった。しかし、骨盤コースのレッスンから離れてしまったのは、レッスンに通うのに交通費がかさむこともあったが、レッスンがきついことも理由の一つだったことを思い出したのだ。

 特に、四つん這いのポーズから、立てた片手の間にもう片方の腕を差し込んで、斜めの姿勢を取るポーズで苦しくなり、自分に無理のない範囲でポーズを取っていたところ、インストラクターが、
「きついですよね。そのままでも大丈夫ですよ」
と、少し楽なポーズで止めるようにアドバイスしてくださった。やはり私には、骨盤コースのレッスンはかなりきついようである。

 レッスンを終えたあと、インストラクターが私に、
「このあと、お時間ありますか?」
と声を掛けてくださった。私は翌日の月曜日も休暇を取っていたので、せっかく声を掛けてくださったインストラクターを振り切って、急いで帰宅する理由はない。私が、
「はい、あります」
と答えると、インストラクターはレッスンに参加された方たちをすべて見送ったあと、私に個別で話をしてくださった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、驚きました。これまでお会いしたことのないほどのカリスマ性を持ったインストラクターだと感じていたところ、レッスン終了後に個別に声を掛けてくださいました。さて、どうなりますことやら。(笑)この続きは、いったん映画のレビューを挟んでから書かせていただきますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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