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2010.11.25

開放感の漂う宇宙船(後編)

開放感の漂う宇宙船(前編)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。わざわざ検査着に着替えることなく、ホットヨガのレッスンを受けるときの格好で検査を受けることができて良かったと思います。そのほうが、私としても時間の短縮になりますし、病院も検査着を用意する必要がないので、コストの削減にもなりますよね。それでは、少し長くなってしまいますが、後編をお届けします。

 I医師の診察は、九時半からの予約だった。MRIの検査を終えたあと、婦人科に移動して受付を済ませて時計を見てみると、九時二十分過ぎだったので、時間的にはちょうど良かったことになる。しかし、早くも診察時間がずれ込んでいるのか、私の名前はなかなか呼ばれなかった。私はやきもきしながら、何度も何度も時計を確認した。三十分経っても名前が呼ばれないので、ひょっとすると婦人科の受付のスタッフは私のことを忘れてしまっているのではないかと不安にもなった。MRIの検査と違って、I医師の診察が始まるのは九時からのはずなので、九時半からの予約ということは、I医師の診察が始まってからわずか三十分しか経過していないはずである。それなのに、予約時間から三十分経過してもまだ名前が呼ばれないのはどうしたことなのだろう。

 そんなことを考えていると、診察の順番待ちにしびれを切らした患者さんが、受付のスタッフに自分の順番を確認しようとしているやりとりが聞こえて来た。その内容によれば、その患者さんは予約なしで診察を受けることになっているらしい。婦人科のスタッフが、
「日によっては、ふっと空いた枠にご案内できることもあるのですが、今日はちょっと難しいですねえ。おそらく、十二時半過ぎになりますかねえ」とおっしゃっていた。要するに、I医師の診察は予約優先ということなのだろう。診察時間がそれほどずれ込んでいなければ、予約なしの患者さんも途中で間に入ることができるのだが、今日はそうではないらしい。幸い、その患者さんは病院の近くにご自宅があるらしく、これからあと二時間半以上も診察待ちをしなければならないとわかると、いったん帰宅してから再び出て来られるそうだ。そのため、念のためにと、婦人科のスタッフが患者さんの連絡先の電話番号を尋ねていた。

 私にとって、筋腫を診ていただく病院としては現在の病院が四つ目(かつて、子宮体がんの検査だけを受けた病院も含めると五つ目)の病院となるのだが、待ち時間をストレスなく過ごせるように、病院によってはいろいろな工夫がなされている。例えば、受付時間に区分を割り当てて、現在はどの区分の患者さんを診察中であるかを待合室に設置されたデジタル案内板に表示して、待ち時間の目安を知らせてくれる病院がある。また、ある病院では、待ち時間が近くなると、携帯電話に呼び出しの電話を掛けてくれる。そうかと思えば、今年の四月までI医師が勤めていた病院は完全予約制だったため、待ち時間は長くてせいぜい二十分程度でほとんどストレスを感じることもなかった。お待たせしている患者さんが少なかったためか、診察のときにI医師と五十分ほど話し込んでしまったこともあったくらいだ。

 しかし、今の病院は、どうも十五分単位の枠の中に三人の患者さんを受け付けているようだ。これでは診察時間がどんどんずれ込んでしまうのも無理はない。また、現在はどの時間に予約した患者さんを診察中なのか、わかる仕組みになっていないので、診察待ちをする人たちはやみくもに診察の順番待ちをすることになってしまうのである。

 結局、私の名前が呼ばれたのは、予約時間よりも一時間以上も遅い十時半を回った頃だった。診察室に入ると、I医師のデスクの上に置かれたパソコンのモニタに私のMRI画像が映し出されていた。なるほど、この病院で撮影したMRI画像はアナログではなくデジタルで処理されていたのだ。どうりでMRI検査のあと、大きな封筒の中にMRIフィルムが入れられて、放射線科から婦人科へ運び込まれることもなかったわけである。

 I医師は私のMRI画像を確認しながら、何やら難しい顔をしていた。そして、
「あなたの筋腫はやっかいですね」
とおっしゃった。I医師は、マウスを上手に操作しながら、私に一番分かり易い筋腫の画像を開いて見せてくださった。

 それによると、私の子宮には直径八センチ程度の縦長の大きな筋腫が三つ認められた。それ以外にも、小さな筋腫がまるでおたまじゃくしの卵のように、子宮の膜の中にいくつも収まっていた。私の子宮はほとんど原形をとどめることなく、三つの大きな筋腫を飲み込んでしまった蛇のお腹のように変形してしまっていた。それを見た私は直感的に、「これではあまりにも子宮がかわいそうだ」と感じた。

 子宮筋腫が見付かってから、早くも丸六年が経過した。最初は直径二.五センチから五センチくらいまでの筋腫が全部で四つあると診断された程度だった。それが今では立派に成長し、直径八センチの縦長の大きな三つの筋腫になった。つまり、私のお腹の中では筋腫が二十センチ以上も占めているというわけである。最近では、誰にお腹を触られても、「大きいね」と言われるようになった。私は、ここまで筋腫が大きく成長して変形することを余儀なくされながらも、必死に頑張り続けている私の子宮がとてもかわいそうになってしまった。

 私はI医師に尋ねてみた。
「子宮の外に出来ている筋腫はありますか?」
するとI医師は、
「いいえ、ほとんどが筋層内筋腫です」
とおっしゃった。筋層内筋腫とは、子宮の中で大きくなる筋腫のことである。私の子宮が筋腫のためにあまりにも変形してしまっていたので、子宮の外に筋腫があったほうが、子宮にとってはまだ負担が少ないのではないかと思ったのだ。しかし、私の筋腫のほとんどは子宮の中に収まっているという。哀れな私の子宮は、子宮の中に大きな筋腫を何とか収めようとしたために、ここまで変形してしまったのだ。

 I医師はいつになく厳粛な雰囲気で、
「筋腫が大きくなって、子宮内膜に隙間が出来ているために生理の出血量が多くなっているはずです。あなたの場合は貧血もあることですし、いずれその貧血は鉄剤では間に合わなくなるでしょう。だから、子宮全摘手術を受けたほうがいいですね」
とおっしゃった。

 とうとう来たかと思った。これまで何度も手術の危機に瀕しながらも、その度に乗り越えて来た私だったが、今回はこの事実を素直に受け止めるしかないのではないかと思った。これ以上、子宮に負担を掛けてしまってはいけないとも思った。ただ、手術に対してすぐに
「はい、それではお願いします」
とは言えない状況だった。私は返す言葉もなく、しばらく黙っていた。

 MRI画像によると、私の筋腫はお臍(へそ)の数センチ上まで来ていた。要するに、私の筋腫は広範囲に渡っているということだ。先ほどのMRIの検査を受けるときに、男性検査技師が何度も撮影場所をずらそうとしたのは、私の筋腫が思いのほか広範囲に渡っていたためだと思われる。おそらく、男性検査技師のこれまでの経験から、筋腫を撮影するにはこのあたりだろうと中(あた)りをつけた場所がことごとく外れてしまったということなのだろう。男性検査技師が筋腫のMRI検査に不慣れなのではなく、私の筋腫が広範囲に渡り過ぎていたのだ。

 I医師は、筋腫がお臍の上まで来ていると、腹腔鏡による手術はできないとおっしゃった。ただ、手術を受けるために女性ホルモンの分泌を止める注射をすれば、一時的に筋腫は小さくなり、腹腔鏡による手術も受けられるかもしれないとおっしゃった。これは、以前にも聞いた話である。また、私のお腹の脂肪が厚いことは、MRI画像からもわかったようで、お腹の脂肪が厚いと手術のときにお腹を深く切らなければならないともおっしゃった。

 手術に掛かる時間としては、開腹による子宮全摘手術が最も短く、およそ二時間で済むそうだ。その場合は、輸血の必要もないだろうとのことだった。手術を受ける場合、輸血のために自己血(自分の血液)を少しずつ保存しておく方法があるのだが、手術の時間の短い開腹による子宮全摘手術ならば輸血の必要もないので、自己血を保存する必要もないだろうとおっしゃった。とは言え、以前、直径十二センチの彼女が筋腫核手術(子宮を残して筋腫だけを取り除く手術)を受けたときは、手術が順調に進んだからか、予め保存しておいた自己血を使うことはなかったそうだ。

 I医師は私の住所をご覧になり、
「開腹による子宮全摘手術を受けるなら、ここじゃなくても、○○市(私の住んでいる市)の近くの病院で手術の予定を立てれば、半年以内に手術ができるでしょう」
とおっしゃった。しかし、私がなかなか首を縦に振らないので、診察室内には重苦しい雰囲気が流れた。私は手術について、すぐには決断をせずに、もう少しじっくり考えたいと思っていた。

 私が手術に対してなかなか前向きになろうとしない様子を感じ取ったI医師は、
「急激に痩せて生理が止まれば、筋腫も小さくなりますよ」
とおっしゃった。これは、以前にもI医師から伺ったことのある話である。つまり、生理が来なくなるほどダイエットしたり、精神的なストレスを抱えれば体重も減り、それに連動して筋腫も小さくなるとのことだった。私は、
「それならば、逆に食べ過ぎることが筋腫の原因になっているのでしょうか?」
と尋ねてみた。しかしI医師は、
「いや、そういうわけではないです」
とおっしゃった。

 手術を受けることに対し、私がなかなか決断を下さないので、I医師は、
「では、考えておいてください。薬は加味逍遙散(かみしょうようさん)と鉄剤でいいね?」
とおっしゃって、いつものように処方箋を書いてくださった。診察が終わりかけたので、私は慌てて、
「この間、検査していただいた子宮体がんの結果は・・・・・・?」
と切り出した。すると、すぐ側にいた看護師さんが私の子宮体がんの検査結果の用紙を取り出して私の前で開いてくださった。その用紙には、"Negative"が大きく丸で囲まれていたので、私はほっと胸を撫で下ろした。I医師からも説明が入り、
「これは、問題ありませんということです」
とのことだった。

 私はI医師にお礼を言って診察室を出たあと、次の診察日を予約した。そのときになって初めて、今回、私が処方された薬が一ヶ月分しかないことに気が付いた。いつもならば、二ヶ月分の薬を処方してくださるというのに、今回は一ヶ月分しかなかったのだ。ということは、それだけ早い決断が迫られているということなのだろうか。

 しかも、一ヵ月後の診察の予約を入れようとしたところ、ちょうど一ヵ月後の土曜日はI医師が休暇を取っていらっしゃるという。しかし、その次の週だと処方していただいている薬が切れてしまう上に、私も旅行の予定が入っていたので、私は仕方なくその一週間前の土曜日を次の診察日に指定した。ということは、わずか三週間で手術を受けるかどうかの決断しなければならないということである。

 次の診察日の予約を済ませたあと、病院の会計でMRIの検査料と今回の診察料を支払った。両方合わせて五千円ちょっとだった。これまでの病院でMRIの検査を受けると、七千円前後掛かっていたように思う。MRIの画像がデジタル化されたことで、検査料が割安になっているのかもしれない。病院を出た私は、病院近くの薬局で一ヶ月分の加味逍遙散と鉄剤を受け取り、病院のあるJR線の最寄駅まで路線バスに乗った。

 これまでの間に、生理の周期に合わせてプロゲステロンクリームを塗る、フローエッセンスを飲む、ラジウム温泉に入る、冷え取り健康法を始める、朝食を果物に変えるなど、筋腫を小さくするために効果があるとされる様々なことを実践して来た。しかし、今や筋腫がここまで大きくなってしまったということは、それらは筋腫に対して大きくプラスに働きかけてはくれなかったということだ。ここまで筋腫が大きくなってしまったのは、もっともっと根本的なところに原因があったのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m MRIの検査を受けたあと、私はI医師の説明を受けている診察室で、I医師に了解を得た上で、デジタルカメラや携帯電話に付属のデジタルカメラでMRI画像を撮影して来ました。しかし、今回は撮影の許可をいただけるような雰囲気ではなかったのです。それだけ厳粛な雰囲気が漂っていたというわけですね。それにしても、過去のことを振り返ったり、これからのことを考えたりするには、三週間ではちょっと足りないと感じています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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