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2010.11.11

映画『借りぐらしのアリエッティ』

マンションの大規模修繕(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。以前から、マンションの大規模修繕は、夏の暑い時期は外したほうがいいという話を聞いてはいましたが、なるほど、こういう事情があったからなのですね。だから、この時期にあちらこちらで、足場の組まれたマンションを見掛けるのでしょうね。おそらくエアコンを使うことのない今の時期は、マンションの大規模修繕には最適な季節なのでしょう。(笑)

 本作を鑑賞したのは、九月四日のことである。スタジオジブリの作品ということで、大きな期待感に胸を膨らませながら、ガンモと二人で観に行った。しかし、鑑賞し終わったあとに私たちの口から出て来たのは、
「ううん・・・・・・」
という何ともはっきりしない言葉だった。これは、何と表現したらいいのか困ってしまったときの反応である。感情の高ぶりを示す針があるとすれば、残念ながら、その針はほとんど触れることがなかった。これまで、同じスタジオジブリの宮崎作品では、心を大きく揺さぶられる作品が多かっただけに、鑑賞する前から大きな期待感で胸がいっぱいになり過ぎていたのかもしれない。

 本作は、「床下の小人たち」という児童文学を基に宮崎駿さんが脚本を書き上げ、米林宏昌という人が初めて監督を務めている。スタジオジブリの作品らしく、絵はとても美しく、そしてリアルだった。しかし欲を言えば、物語にもう少し躍動感が欲しかったと思うのだ。

 田舎のとある屋敷の床下には、小人の家族が住んでいた。小人たちの間には、人間に姿を見られてはいけないという掟(おきて)があった。小人たちは、人間たちに見付からないように、人間たちの生活用品から、自分たちの生活に必要なものを「借りて」生活していた。彼らは、そうした行為を「借り」と呼んでいた。

 鑑賞していて、「これはちょっとおかしいな」と思ったのが、借りて来たものの縮尺である。小人のアリエッティは、縫い針を剣のように扱い、洗濯バサミを髪止めに使用していた。しかし、実際の大きさで言うと、縫い針と洗濯バサミは、それほど変わりはないと思う。アリエッティが縫い針を剣のように扱っているならば、洗濯バサミもまた、縫い針と同じくらいの大きさでなければおかしい。しかし、アリエッティが髪止めに使用している洗濯バサミは、縫い針よりもずっと小さかったのだ。まずはそこに違和感を感じてしまった。

 また、「借りる」という表現についても、どこか引っ掛かるものがある。例えば私たちが誰かに、
「これ、借りるね」
と言って、何か物を借りたあとは、必ず返している。「借りる」という行為の裏には、「あとで返す」という大前提の行為があるのではないだろうか。アリエッティたちが、使ったものを人間たちに返していないところからすると、本作の題名は、『借りぐらしのアリエッティ』というよりも、『もらい暮らしのアリエッティ』ではないだろうか。

 とは言え、アリエッティとお父さんが一緒に「借り」に出たときは、私自身が人間であるという立場にもかかわらず、ハラハラドキドキしてしまった。アリエッティたちがどうか人間たちに見付かりませんようにと願うのだが、アリエッティは病気のために屋敷で療養中の少年・翔に姿を見られてしまうのである。

 実は私は、こういう作品を鑑賞すると、子供の頃のことを思い出す。私にとって小人という存在は、それほど突拍子もない存在ではなかった。子供の頃、ふと視界の隅のほうでチラッと動く小さなものを何度か見掛けたように思うからだ。だからだろうか。大人になって、忙しい仕事を抱えると、
「夜のうちに、小人さんが私の仕事を仕上げてくれないかなあ」
などとつぶやいてみることがあった。しかし、これまで一度だって、小人によって私の仕事が仕上げられたためしはない。では、子供の頃に視界の隅のほうでチラッと動いていたものは一体何だったのだろうか。ひょっとすると小人ではなく、妖精だったのかもしれない。だから私は、コーヒー党ではなく、紅茶党だったのだろうか。

 そういう観点で鑑賞すると、病気のために屋敷で療養していた翔が、小人であるアリエッティの姿をひどく冷静に受け止めていたところが何ともしっくり来ない。もっと感情豊かに彼らの存在を受け入れて欲しかったと思うのだが、病気だから仕方がなかったのだろうか。

 それはさておき、本作でアリエッティの父の声を担当しているのは、三浦友和さんである。堅実なお父さんの様子が良く出ていたと思う。それに対し、アリエッティの母の声を担当していたのは、大竹しのぶさんである。私は、大竹しのぶさんは個性が強過ぎるために、声優さんには向かないのではないかと感じてしまった。大竹しのぶさんの声を聞くと、本作の役柄のお母さんではなく、大竹しのぶさんご自身の顔が浮かんでしまうのである。鑑賞中、私は何度も何度も大竹しのぶさんのイメージを拭い去ろうと試みた。

 一方、ちょっと意地悪な家政婦さんの声を担当しているのは、樹木希林さんである。しかし、何故だろう? 樹木希林さんもまた、個性の強い女優さんだというのに、樹木希林さんに関しては、本作の役柄とのギャップを特に感じることなく鑑賞することができた。大竹しのぶさんと樹木希林さんの違いは良くわからないが、あくまで私の主観で表現させていただくならば、大竹しのぶさんの場合は本作の役柄との間に分離が起こっていたが、樹木希林さんの場合は一体化していたように思う。

 さて、今、こうしてレビューを書きながら、本作で何が一番残念だったのかと考えてみた。おそらく私は、人間と小人との共存を期待していたのだろうと思う。しかし、とうとうそれが叶わなかったことが残念でならなかったのだろうう。そのため、何となく淡々とした作品に仕上がっているように思えて仕方がないのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 最近、一人暮らしを始めた友人がいるのですが、少し前に彼女と会って食事をしたところ、「もしも、何か要らないものがあったらちょうだいね」と言われました。彼女曰く、生活に必要なものが足りていないそうで、親戚の人や知り合いから、いろいろなものを譲ってもらっているのだそうです。それを聞いた私が、「それじゃあ、『借りぐらしのアリエッティ』じゃん」と言うと、彼女は笑いながらそれに同意し、「そう、まさしく『借りぐらしのアリエッティ』なのよ」と言っていました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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» 映画『借りぐらしのアリエッティ』(お薦め度★★★) [erabu]
監督、米林宏昌。企画、宮崎駿。脚本、宮崎駿、丹羽圭子。プロデューサー、鈴木敏夫。 [続きを読む]

受信: 2010.11.13 01:18

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