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2010.11.29

映画『ぼくのエリ 200歳の少女』

忍者紀行(3)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ガンモがこの忍者ショーをえらく気に入っていました。生のショーは、多かれ少なかれ、必ず観客との掛け合いがありますよね。しかも観客は毎回、同じではありません。同じネタでも、ある回の観客には受け入れられることもあれば、ある回の観客にはあまり受け入れられないということもあるでしょう。それでもきっと、観客からパワーを受け取りながら続けているのでしょうね。

 本作は、映画『彼女が消えた浜辺』と同じ九月二十三日に同じ映画館で鑑賞した作品である。この日に鑑賞した作品は、二本ともとても素晴らしかった。しかも、二本ともエリという名前の女性が登場するのは奇遇である。

 これまでの私の鑑賞経験から言えば、ヴァンパイアを扱った作品には外れがない。最近鑑賞した中でも、映画『トワイライト〜初恋〜』映画『ニュームーン/トワイライト・サーガ』映画『30デイズ・ナイト』映画『渇き』、映画『エクリプス/トワイライト・サーガ』は特に面白かった。しかし本作は、これらのどの作品とも違っている。過去に鑑賞したヴァンパイアの作品が、鑑賞中に燃え尽きるような感覚で楽しめた作品だとしたら、本作は、鑑賞して二ヶ月以上経過した今でも、心の中に余韻を引きずり続けている作品と言える。

 ヴァンパイアを扱った作品でも、理性のない作品は血みどろの戦いに転じてしまいがちだが、本作には、主人公のオスカー少年のさらさらとした髪の毛のような美しさと透明感がある。一見すると、人間の少年オスカーとヴァンパイアの少女エリとの恋の物語のように見える。私も、レビューを書き始めるまではそうだと思っていた。とは言え、上映中に聞いたエリの、「私は少女じゃない」という台詞が耳にこびりついてはいた。それと同時に、エリが着替えをするときに入った不可解なぼかしのことも気に掛かっていた。

 実はあのぼかしは、エリの女性性器を隠そうとしたものではなく、男性性器を隠したものだったらしい。ということは、エリは少女ではなく、少年だったということになる。これは衝撃的な結末である。本作を鑑賞された方のレビューを拝見すると、「どうしてあそこでぼかしを入れるんだ!」と怒りを露(あらわ)にされている方もいらっしゃった。それもそのはずである。エリが少女であるか少年であるかによって、物語の結末は大きく異なってしまうからだ。二人はその時点で既に特別な関係になっていた。エリが少女だった場合、オスカーはエリがヴァンパイアであることのみを受け入れたことになる。しかし、エリが少年だった場合、オスカーはエリがヴァンパイアであることと、少年であることの両方を受け入れたことになるのだ。そこには究極の愛情と呼べるものが存在していたはずである。

 思えば本作は、始まりからして衝撃的だった。何しろ、五十代後半くらいの男性が雪の積もった真っ白な森でいきなり男性を襲い、素早く逆さ吊りにしたかと思えば、喉を切り込んで血を絞り出しているのだ。逆さ吊りにされた男性の首からは、真っ赤な血がドクドクと流れ落ちている。五十代後半くらいの男性は、その血を自宅から持参したタンクに大事そうに収めようとしている。私は、これから一体何が始まるのかと手に汗握りながら鑑賞していた。

 衝撃的な冒頭と同様、本作は全体を通してとてもユニークな作品となっている。やがて、冒頭に出て来た男性がエリの保護者であることがわかる。エリは保護者の男性とともに、オスカーの住むアパートの隣の部屋に越して来たばかりだった。しかし、その頃から、オスカーの住む町で猟奇的な殺人事件が次々に起こるのだ。すなわち、エリの保護者の男性は、ヴァンパイアのエリのために人間の血を提供していたことになる。

 舞台となっているのはストックホルム郊外である。そのため、町の景色から白い雪は外せない。白い雪と赤い血の対比で、映像として強く目に焼き付けられる。その町で、同級生からいじめを受けているのに親には気付いてもらえないオスカーと、もう何年も十二歳の子供のままで生き続けているエリが結び付いた。エリにとってオスカーは、最初から特別な存在だったのだろう。何故ならエリは、生きて行く上でどうしても人間の血が必要なはずなのに、オスカーの血を求めることはなかったからだ。また、オスカーにとっても、エリは特別な存在だったはずだ。何故ならオスカーもまた、孤独を抱えていたからだ。

 こうしてレビューを書くために作品を振り返るだけでも、本作の透明感と美しさに酔いしれる。特に、のちに衝撃的な冒頭へと繋がって行くであろうことを想像させるラストが印象的である。「受け入れること」に関して深く考えさせられる作品でもある。

 実は、つい先日まで、三宮のミニシアター系映画館でも本作が上映されていた。私は二ヶ月以上前に一度鑑賞していたが、DVD化される保障はなかったので、もう一度鑑賞しておきたかった。しかし、上映スケジュールが合わず、泣く泣く見送ることになってしまったのがちょっぴり心残りである。もしもDVD化されたならば、是非とももう一度鑑賞したい作品の一つである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作については、語りたいことがたくさんあるのですが、このままではすべてを語ってしまいそうなので、このへんでやめておきます。(苦笑)鑑賞から二ヶ月以上経過しても、余韻を引きずり続けるような作品にはなかなか出会えないので、本作を通してとても貴重な体験をさせてもらいました。まだ上映されている映画館もありますので、もし、お近くの映画館で上映されていましたら、私に騙されたと思って、映画館に足を運んでみてください。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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