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2010.10.15

映画『ボローニャの夕暮れ』

ホットヨガ(二〇四回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今はなき神戸店のスタジオでは、同じ曜日の同じ時間に行われるレッスンならば、むしろ同じインストラクターからレッスンを受けることのほうが少なかったように思います。しかし、最近の梅田店や三宮店では、同じ曜日の同じ時間に行われるレッスンならば、ある程度の変化はあるものの、レッスンを担当してくださるインストラクターはほぼ決まっているように思います。おそらく、いろいろなレッスンをあれこれ担当されるよりも、一つのレッスンを集中して担当されたほうが、インストラクターご自身もレッスンを担当しやすいのではないかと思います。そうなると、インストラクターと参加者が一緒に成長して行けるようなレッスンになりますね。

 八月十五日に梅田店のスタジオでホットヨガのレッスンを受けたあと、梅田店のスタジオ近くのミニシアター系映画館で、イタリア映画である本作を鑑賞した。舞台となっているのは、第二次世界大戦の頃のイタリアのボローニャである。

 女子高生のジョヴァンナは、美しい母デリアと、ジョヴァンナの通う高校で美術教師をしている父ミケーレと三人で幸せ暮らしていた。美しい母とは対照的に、ジョヴァンナは男性に対してひどく奥手で、ボーイフレンドにもなかなか巡り合うことができなかった。そんなジョヴァンナを優しく見守っていたミケーレは、ジョヴァンナがある男子学生と親しく話をしているのを見て、その男子学生に声を掛ける。娘を大切に思う父親としては当然のことで、娘を大事にしてくれたら美術の単位を与えると男子生徒に約束するのだ。美術の単位が欲しい男子生徒は、ミケーレの申し出を受け入れてジョヴァンナと親しくするのだが、あるとき、ジョヴァンナの高校でジョヴァンナの同級生が殺害される。実はその同級生は、ジョヴァンナが親しくしていた男子生徒をめぐってジョヴァンナに強い嫉妬心を抱かせた結果、ジョヴァンナによって殺害されてしまったのだ。

 何と切ない話だろうか。娘を大切に思うあまり、ミケーレの取った行動が仇になり、大事な娘のジョヴァンナが殺人という大罪を犯してしまったのである。本作は、殺人犯となってしまったジョヴァンナと、彼女と結びつきの深い父ミケーレとの親子関係を軸に、父親との親密度に対してやや距離感の漂う母親との緊張した関係についても描かれている。

 交友関係でもそうだが、どこかに親密な関係があると、もともと親密でない関係は、更に一歩引いた関係となりがちである。自分には実現できない仲の良さを目の前で見せ付けられて、親密でない関係にある人が嫉妬してしまうのかもしれない。そのため、親密な関係の親密度は一層加速するものの、親密でない関係はどんどん疎遠になって行く。親子関係でそれが起こってしまうと、なかなかやっかいである。

 例えば、殺人という大罪を犯して、精神病院に隔離されたジョヴァンナに会いに行くのはミケーレだけである。その精神病院は、自宅からひどく遠いところにある。ミケーレはそこにせっせと通うことで、ジョヴァンナへの深い愛情を示し続け、彼女の母であるデリアはジョヴァンナから更に距離を置いてしまう。母と娘がここまで疎遠になってしまうのも、実はそれなりの理由があったのだが・・・・・・。

 そんな状況だから、ジョヴァンナがずっと欲しがっていたデリア所有の皮の手袋をデリアが譲ってくれたとき、ジョヴァンナはそこに母の姿はなくても大喜びする。その喜び方がとにかく半端じゃない。それ以降に映し出されるジョヴァンナの手には、いつもその皮の手袋がはめられている。そしてジョヴァンナは、その皮の手袋がボロボロになるまで使い続けるのだ。

 そういうところからも、ジョヴァンナが一つのことに固執しやすい傾向にあることが良く現れている。もともと殺人を犯してしまった原因も、自分と親しい間柄にあった男子生徒に彼女が固執してしまったためである。固執すると周りが見えなくなってしまうものだが、ジョヴァンナの場合はそれが特に顕著である。だから、逮捕されたあとも、日本で言うところの少年院のような施設ではなく、精神病院に収容されたのだと思う。固執することは、決して悪いことではない。私だって、「ガンまる日記」に固執していると言っていい。しかし、私が「ガンまる日記」に固執するあまり、例えば大罪を犯してしまったりすると、私はやがて「ガンまる日記」を書く自由を奪われてしまう。

 本作が素晴らしいのは、家族の間に流れている感情が手に取るようにわかることだ。だから、本作を鑑賞していると、一つの家族に起こって行く変化をずっと見守って来たという達成感を味わうことができる。そして、イタリア人特有の気質なのかどうかわからないが、相手の自由意思を認める勇気と、過去の出来事を過去のものとしてすぐに水に流せる潔さに感服してしまう。そこには、溺愛とはまた違った確実な愛が存在しているのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 文章にも、細かい文章と大雑把な文章があるように、映画にも、本作のようにきめ細かな感情表現が実現できている作品と、登場人物の感情描写に関して大雑把な表現しか実現できていない作品があります。私はやはり、前者のほうがだんぜん好みですね。だからこうして、ミニシアター系映画館にせっせと通い詰めていると、世の中で多くの人たちに鑑賞されているようなエンターテイメント性の高い作品への興味を失ってしまうのです。ただ、これらのミニシアター系映画館で上映されるような作品は、一部の地域でしか劇場で鑑賞できないので、いつも残念に思っています。だから、本当にいい作品は、「ガンまる日記」でも力を入れてご紹介して行きますね。もしも気になる作品がありましたら、レンタルDVDショップでレンタルしてみてくださいね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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