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2010.10.27

映画『ゾンビランド』

マンションの大規模修繕(6)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 我が家のルータが動作しなくなってしまたため、およそ半日に渡り、ガンまるコムサーバにアクセスできない状態が続いていました。皆さんには大変ご迷惑をおかけ致しましたことを深くお詫び申し上げます。キッコロは、モリよりも先に生まれた父ちゃんたちの子供ですので、もう立派に巣たちをしてもいい鳩なのですが、現在も父ちゃんと一緒に行動しているところからすると、巣立ちはまだのようです。それにしても、すっかり秋めいて参りましたね。私もとうとう、この秋、初めての長袖服を着ました。その一日前から、マジクールの冷却力も借りずに過ごしています。(笑)

 七月二十四日に公開された本作を鑑賞したのは、八月二十八日のことである。本作は、今もなおミニシアター系映画館でじわじわと展開され続けている作品であり、神戸に上陸したのは、日本で最初に公開されてから既に一ヶ月ほど経った頃だった。

 鑑賞したときに、「あれっ?」と思ったのは、本作の主人公の青年コロンバスが、映画『魔法使いの弟子』でジェイ・バルシェル演じる、どこか頼りない、人間出身の新米魔法使いデイヴのキャラクターとかぶったからだ。二つの作品に共通しているのは、彼らのようにどこか頼りない存在であっても映画の主人公になることができて、彼女にも恵まれているということだろうか。これは、決して彼らのようなキャラクターを馬鹿にしているわけではなく、彼らの中から彼ら自身を引き出すことができた作品であることに注目しているのだ。もちろん、「彼ら」とは、主人公を演じている俳優自身のことではなく、作品の中でのキャラクターのことである。

 また、人肉を食べるゾンビの登場は、映画『ザ・ロード 』を思い出させた。ただし、映画『ザ・ロード 』が世界の終わりをシリアスに描き出しているのに対し、本作はコメディとして仕上がっている。

 人肉を食べるゾンビが大半を占める社会で、引きこもり青年のコロンバスは、ゾンビに襲われないようにするためのルールを自ら作り、それらのルールを守り抜くことで、これまでゾンビ化することなく、故郷を目指す旅を続けていた。あるときコロンバスは、ゾンビバスターとも言えるタラハシーと出会い、行動を共にするようになる。ルールを守りながら、ゾンビとの接触を最小限に留めて来たコロンバスに対し、タラハシーはゾンビに対してとても攻撃的に接していた。二人で組んで旅を続ける中で、二人はウィチタとリトルロックという姉妹に出会う。この姉妹もまた、ゾンビから逃げながら旅を続けているのだが、世の中にはあまりにもゾンビが多いために、もはや人を信頼することができなくなってしまっていた。そのため、コロンバスやタラハシーとともに旅を始めたように見せ掛けて、彼らのことを何度も裏切る行為に出てしまう。

 本作でテーマとして掲げられているのは、「家族」なのではないかと思う。もちろん、血の繋がりのある家族ではなく、例え血の繋がりがなくても、家族のような関係を作り上げることができるということである。「ゾンビと戦いながら旅をする」という共通の目的を持った人たちが出会い、行動を共にする中で、新しい出会いや裏切りを繰り返して行く。何か起こる度に、それぞれの距離が近付いたり離れたりするのだが、結局のところ、縁のある人とは一時的に距離が離れたとしても、再び縁が結ばれることになる。そうしていつの間にか、本当の家族のような絆が出来上がっているのだ。人肉を食べるゾンビが登場するというグロテスクな描写を含む作品でありながらも、本作が今なお多くの人たちに受け入れられ続けているのは、登場人物たちの距離が近付いたり離れたりしながらも、やがては本当の家族のように成長して行くプロセスを見守ることができるからではないだろうか。

 本作では、映画『ゴーストバスターズ』で活躍していたビル・マーレイがビル・マーレイ自身の役で登場するのも面白い。本作でも、ゴーストバスターならぬゾンビバスターとなってゾンビ退治を行うのかと思いきや、のちに彼は非常に残念な死に方をすることになる。そのあたりの描写は、いかにもアメリカ映画らしい大雑把な描写ではあるものの、それでも「家族」というテーマにつられて、観客は最後まで本作に惹き付けられ続けることだろう。というのも、その直後に、またしても姉妹がコロンバスとタラハシーを裏切る行為に出るからだ。

 何度裏切られても、姉妹のピンチを助けようとするコロンバスに、ゾンビバスターのタラハシーも手を貸すことになる。その姿はまるで、息子の夢に付き合う父親のようでもある。端的に言ってしまえば、コロンバスは姉妹の姉であるウィチタに惹かれている。コロンバスを突き動かすエネルギーが、ウィチタに対する想いであることからも、どこか頼りない主人公が、好きになった女の子のことを一途に想う映画『魔法使いの弟子』を思い出すのだ。

 それにしても、人肉を食べる描写を見ていつも思うのは、もっとお行儀良くできないものかということだ。これまでにも、人肉を食べる描写を含むいくつかの作品を鑑賞して来たが、どの作品においても、人肉を食べるゾンビ、あるいは人食い人種が人肉を食べているシーンは、理性を完全に失った姿が描き出されている。映画なのだから、もっと冷静な描写があっていいとは思うのに、どういうわけかどの作品にもそうした描写が共通しているのだ。おそらく、描写する人たちにとっても、人肉を食べるという行為は、狂気の沙汰に違いないのだろう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 本作は、ゾンビ映画史上最大のヒット作なのだそうです。おそらくその理由は、ゾンビ映画でありながらも、あたかも「家族」であるかのようなしっかりとした絆が形成されるドラマが存在しているからだと思います。人々はゾンビそのものよりも、そうしたドラマに惹き付けられているように思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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