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2010.08.30

ホットヨガ(一九七回目)

エッシャー・パレス博物館の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回、自分の撮影した写真を見て改めて思ったのですが、ほとんどの写真がまっすぐには撮影されていませんでした。そのため、旅行アルバムにアップする前にすべての写真を画像編集ソフトで開いて、できるだけまっすぐに修正しなければなりませんでした。以前から、身体に歪みがあることを実感してはいましたが、撮影した写真の傾き具合から、以前よりもずっと身体の歪みがひどくなっているように感じました。それと同時に、額(がく)に入れられた作品を撮影することの難しさも改めて痛感しました。額に入れられた作品を撮影するときに、特に注意したいのが照明です。照明が、額の中のガラスに反射してしまい、撮影するときに作品が光ってしまうのですね。また、美術館や博物館では、他の利用客も一緒に作品を鑑賞していますから、できるだけ他の利用客の邪魔にならないように撮影することが望ましいのです。そうなると、必然的にほんの一瞬のシャッターチャンスを狙うことになってしまうのです。本来ならば、平面の作品は真正面から撮影するのが望ましいのでしょうが、照明や他の利用客の邪魔にならないようにという条件を付け加えると、いよいよ作品を撮影するのが難しくなるのがわかります。

 お盆から一週間後の土曜日は、三宮店で六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。三宮店でもリラックスコースのレッスンが受けられることがわかったので、これからもしばしば足を運んでみようと思ったのだ。些細なことではあるのだが、梅田店のある大阪まで出掛けて行くとなると、JRの昼特きっぷを購入しても往復で三百五十円の出費になるが、三宮店でレッスンを受けるならば、通勤定期を利用することができるのでお得なのである。また、JR三ノ宮駅から徒歩五分以内のところにスタジオがあるのもうれしい。レッスンの開始時間も十四時半からなので、朝起きて「ガンまる日記」を書き上げてから自宅で昼食をとり、ゆったりと支度を整えてからレッスンに出掛けることができる。

 スタジオに着いて受付のスタッフにあいさつをすると、前回の三宮店でのレッスンのときに少しお話をさせていただいた懐かしいインストラクターがいらっしゃった。しかし、他の会員さんとお話し中だったので軽くごあいさつだけ済ませてロッカールームへと急いだ。

 今回のレッスンに参加していたのは、私を入れて十五名の参加者だった。レッスンを担当してくださったのは、前回の三宮店でのレッスンを担当してくださった元神戸店のインストラクターである。元神戸店のインストラクターは、レッスンの途中でいろいろなポーズを挟むように、ご自身でレッスンをアレンジされていた。私は、インストラクターがどのような教育を受けているのか良くわからないが、他のインストラクターの行うリラックスコースのレッスンにはないポーズが途中に挟まれているということは、インストラクターなりにリラックスコースのレッスンの台本を自分のものにした上でアレンジを加えたことになる。それはすなわち、研究熱心なインストラクターと言えるのではないだろうか。

 例えば今回は、両足を大きく広げて上に上げるこうもりのポーズが登場した。もともとリラックスコースのレッスンにはないポーズである。ただ、女性だけのレッスンだからこのような大胆なポーズを取ることができるのだろうが、男性会員もいらっしゃる梅田店でのレッスンならば、ちょっと恥ずかしいかもしれない。

 今回のレッスンでも、たくさんの汗が噴き出した。何故、こんなにも汗がたくさん出るのか、自分でも良くわからなかった。激しい運動でもないのにたくさんの汗が出るということは、それだけ深いポーズを取っているということなのだろう。ただ、やはりレッスン中、スタジオの中がとても暑く感じられたので、私は少しの間、スタジオの外のソファで涼んだ。スタジオの外とスタジオの中ではかなりの温度差があり、スタジオの外でのしばしの休息は、普段から上半身がほてり気味の私にはとても気持ちが良かった。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、冷え取り健康法の靴下を重ね履きしていると、着替えを済ませて帰り支度を整えた人が次から次へと洗面台にやって来ては、レッスン中に飲んでいた水の残りを捨てていた。私はその度に、胸がチクチク痛んだ。その一方で、レッスン中に飲んだ水の残りをすべて飲み干してからペットボトルを捨てている人を見るとホッとした。ちなみに、残り水を捨てていた人と飲み干していた人の内訳は、捨てていた人が三人、飲み干していた人が二人である。いくら世の中でエコが大きく叫ばれているとは言え、他の人の飲みかけの水を替わりに飲み干すのは現実的ではない。だから、捨てられようとしている水に対し、私が胸を痛めるのはおかしいのかもしれない。しかし私はどうしても、レッスンの残り水をさっさと捨ててしまうという行為に対し、モノに感情を落とし込まずに簡単に自分自身から切り離してしまうことで、自宅をきれいに片付けようとする行為と重ねてしまうのだ。私自身が普段からなかなかモノを捨てられないために、家の中にたくさんのものを溜め込んでいる人に対して親近感を覚えてしまうのは、人やモノに対する感情の落とし込み方に深い共感を覚えるからなのだろうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 残り水の件については、これまでにも何度か書いて来ましたが、捨てている現場を目撃する度に、毎回、胸がチクチク痛みますね。残り水を捨ててしまえば荷物が少なくなり、その後の自分の時間を気楽に過ごせるわけですが、その人が気楽に過ごすために、残り水が犠牲になってしまっているような気がしてならないのですね。そして、私にとっては、家の片付けもこれと同様の見方をしているのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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