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2010.08.25

映画『レポゼッション・メン』

ホットヨガ(一九六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。梅田の人ごみの中を、Tシャツ一枚で歩き回っていたことは、乳がん対策としては抜群の効果があったかもしれません。(苦笑)昔から、ワイヤー入りのブラジャーが苦手だったので、もうずいぶん長いこと使っていません。やはり、自分の身体が求めようとする形が、自分の身体にとって最も良い形なのでしょうね。

 ジュード・ロウの出演作品は観ておきたいと思う。しかし、本作の場合、ちょっと変な映画を観てしまったという感想を抱いた。鑑賞し終わって映画館を出て行くときに、思わず首をかしげたくなるような、そんな作品だったのだ。ちなみに、本作を鑑賞したのは七月二日のことである。公開初日のレイトショーで鑑賞したことになる。

 時代は近未来で、ユニオン社という会社が人口臓器の製造・販売を行なっている。人工臓器のおかげで、人々は長生きすることができるようになった。しかし、その人口臓器はひどく高価なため、人々は人工臓器を手に入れるために高額なローンを組むことになる。しかも、身体のあちらこちらで不具合が発生すれば、所有する人工臓器の数も増え、必然的に高額ローンの金額も更に増えて行く。そうなると、人工臓器の高額ローンを支払えなくなる人たちが出て来てしまう。

 ジュード・ロウが演じているのは、人工臓器を製造・販売しているユニオン社のローンの取立て係兼人口臓器の回収係のレミーである。レミーは、人口臓器の高額ローンを支払うことができなくなった人たちに対し、人口臓器の返却を求めて、人口臓器を強制的に回収してしまう。人口臓器が回収されれば、当然、高額ローンを支払えない人たちは命を落とすことになる。それでも、生きている人たちから人口臓器を回収することは合法で、例えそのために人が死んでしまったとしても罪にはならない。

 これまで、そんな非情な行為を重ねて来たレミーだったが、あるとき、彼自身が人工臓器のお世話になるときが来てしまう。自分が同じ立場になってみて初めて、ようやくレミーは高額ローンを支払う人たちの気持ちがわかるようになったのである。高額ローンを抱える彼は、人口臓器のローンの未払いが発生している人たちから取り立てまたは人口臓器の回収を行なえば、ユニオン社から高額な給料が支給され、自分自身の人口臓器のローンに充てることができる。しかし、彼の中では既に意識の変革が起こり始めていた。

 映画鑑賞中には気付かなかったのだが、高額ローンが未払いになるというのは、人によって様々な状態が発生し得るのではないのだろうか。例えば、一千万円の人口臓器を購入したとする。購入した人口臓器に対し、九十パーセントまで支払いが完了している人も、まだ十パーセントしか支払いが完了してない人も、未払いが発生してリストに挙げられた時点で強制的に人口臓器を回収されていた。これでは不公平なのではないだろうか。しかも、人工臓器が回収されて命を落としてしまうならば、これまで支払って来た人口臓器の代金は遺族に返却されなければならないだろう。冷静になって考えてみると、そういうところに本作の突っ込みどころがあるとも言える。

 高額ローンを払えない人たちを合法的に殺してしまうことを快く思っていなかったレミーの妻は、やがて彼を見捨ててしまうのだが、レミーはのちにある女性と出会い、恋に落ちる。本作の後半は、レミーとその女性の愛の物語であるかのように描かれているのだが、運命的に強く惹かれ合っていることが描写し切れていないために、二人が急速に親しくなって行くプロセスをなかなか受け入れることができない。まるで、何となく始めた恋愛だったものの、特別な気付きもなく、突然、運命的な恋にまで発展するような展開なのだ。しかも、その運命的なものとは、ユニオン社の顧客情報を厳重に管理しているセキュリティの高い大型記憶装置のある部屋の中に忍び込み、血まみれになりながら、自分たちの人口臓器に課せられた高額ローンの情報をユニオン社の大型記憶装置から抹消しようとするものである。

 二人が愛し合っていることをまだ認めていない観客は、ここで大きく戸惑うことになるだろう。そして、二人の気持ちはここまで盛り上がっていたのかと、改めて気付かされるのだ。しかし、頭の中ではまだ二人の関係を認めてはいないために、二人の血まみれの愛の行為を少し冷ややかな態度で見守ってしまうことだろう。

 もしもこのシーンを活かすなら、もっと中盤の部分で、二人の気持ちをしっかりと結び付けておいて欲しかったと思う。私が本作を描くならば、少なくともそうするだろう。そして、人口臓器を最初から自分自身の寿命を意識した価格設定にしておく。すなわち、人工臓器を求める人たちは、自分があとどれくらい生きたいかによって、人工臓器にどれくらい投資するかを決めるという仕組みにするのだ。そうすることによって、人口臓器の力を借りて生きている人たちは、納得した形で自らの死を迎えられるようになる。あるいは、人口臓器のローンがひとまず終わったとしても、金銭的に余裕のある人たちは、延命するためにもう少し人口臓器に投資したくなるかもしれない。

 人工臓器の強制的な回収という非情な仕事をしているレミーが、過去に会った女性と偶然、再会し、情熱的な恋に落ちるという何とも不可解な展開ではあったのだが、それだけに突っ込みどころの多い作品であると言える。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人工臓器を作れるだけの技術があるにもかかわらず、お金がなければ生き延びることができないというところに皮肉が隠されているのかもしれません。まるで、「世の中はお金だ!」とでも言っているように捉えることができます。しかも、人口臓器のためのお金を払えない人たちに対し、その場で人工臓器を回収して命まで奪ってしまうんですね。これは、医学がお金儲けに発展したという最も醜い形かもしれません。だから、医療という形ではなく、ユニオン社という会社にその役を担わせているのでしょうね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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