« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »

2010年8月

2010.08.31

映画『アデル/ファラオと復活の秘薬』

ホットヨガ(一九七回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m レッスンのあと、すぐにシャワーを浴びずに、しばらくスタジオの外にあるソファで休んでいると、私と一緒にリラックスコースのレッスンを受けていた方が、同じくスタジオの外で次のレッスンの入室待ちをしていました。スタジオは、レッスンが終わると片付けのためにいったん入室できなくなりますが、片付けが終わって準備が整うと、再び入室できるようになります。連続してレッスンを受けられるということは、きっとフリーパス会員の方なのでしょうが、この暑いのに体力があるなあと感心してしまいました。

 もう九月がやって来るというのに、七月九日に鑑賞した映画のレビューを書いている。夏休みの旅行に出掛ける前から、他の記事に専念するために、鑑賞した映画のレビューを書くのを中断してしまっていたのだから仕方がない。

 本作のレビューは、鑑賞した直後からずっと書きたかった。リュック・ベッソン監督の作品であることも、フランス映画であることも知らずに鑑賞して大当たりだったからだ。本作を鑑賞された一部の方のレビューを拝見したところ、映画『インディージョーンズ』シリーズのような壮大なアドベンチャーを期待して鑑賞に臨んだのに、ちょっぴり期待はずれだったたそうだ。しかし私は、早口のフランス語で展開される本作が大好きだ。

 アデルというのは、主人公の女性の名前である。本作は、もともとフランスの人気コミックが映画化されたものらしい。ジャーナリストの彼女は、頭に鋭いヘアピンが刺さったものの、命取りになるために抜くこともできず、しゃべることもできなくなってしまった妹を助けるために、古代エジプトの高度な医学の力を借りようと、エジプトの王家の谷から医師のミイラを持ち帰る。一方、パリでは、エスペランデュー教授の手によってジュラ紀のプテロダクティルスの卵の化石が孵化し、大騒ぎになっていた。エスペランデュー教授に古いものを蘇らせる力があることを知っていたアデルは、教授に頼み込んで、エジプトから持ち帰った医師のミイラを蘇らせてもらう。

 いやはや、面白い。妹のために、エジプトの王家の谷に静かに眠っていた医師のミイラを持ち帰り、蘇らそうと企むなんて、実に奇想天外な発想ではないだろうか。私にもアデルのような姉がいれば、可愛い(?)妹のために、大きな筋腫を手術をすることなく取り除いてくれる医師のミイラを蘇らせてくれるかもしれない。エジプトから持ち帰ったミイラが蘇ったあと、あるオチがあるのだが、そのオチをカバーするかのようなのちの展開にも惹き付けられた。何と何と、折しもパリではエジプト展が開催されていて、その会場まで出掛けて行き、仲間のミイラたちを蘇らせようとするのだ。実にあっぱれである。

 主人公のアデルのおてんばぶりもいい。アデルには宿敵がいる。その宿敵が何と、映画『潜水服は蝶の夢を見る』のマチュー・アマルリック扮するデュールヴーなのである。デュールヴーを見たとき、どこかで見たことのあるお顔だなあと思ってはいたものの、まさか彼だとは思いもよらなかった。宿敵としての存在自体は薄いのだが、かなりインパクトの強いクセのあるキャラクターなので、一回の登場でも充分である。

 そうかと思えば、アデルのファンと称する一般男性はひどく地味だったりもする。彼は、のちにアデルの協力者となる。また、エスペランデュー教授が孵化させたプテロダクティルスが大活躍したりと、最初から最後まで目が離せない作品なのだ。

 こんなにも楽しい作品なのに、どういうわけか、映画サイトでの評価がそれほど高くないのは、とても残念なことである。やはり、冒頭で述べたよに、映画『インディージョーンズ』シリーズのような壮大なアドベンチャーを期待して鑑賞した人が多かったのかもしれない。仮にそうだとすると、日本人がアメリカ映画のようなエンターテイメント性の高い作品を好んでいる証拠でもある。おそらく、普段から鑑賞しているエンターテイメント性の高い他の作品と比べると、物足りなく感じてしまうのだろう。しかし私のように、普段からエンターテイメント性の高い作品を避けて、ミニシアター系映画館で静かなヨーロッパ映画を鑑賞していると、こうした作品がヨーロッパで製作されていることを知っただけで、意外性を感じて強く惹き付けられるのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 妹想いのアデルが古代エジプトの高度な医学の力を借りようと、ミイラを蘇らそうとする発想は本当に素晴らしいですね。プテロダクティルスの卵の化石が孵化したことは、これらの蘇りとも関連性を持っていたのです。いやはや、あっぱれであります。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.30

ホットヨガ(一九七回目)

エッシャー・パレス博物館の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 今回、自分の撮影した写真を見て改めて思ったのですが、ほとんどの写真がまっすぐには撮影されていませんでした。そのため、旅行アルバムにアップする前にすべての写真を画像編集ソフトで開いて、できるだけまっすぐに修正しなければなりませんでした。以前から、身体に歪みがあることを実感してはいましたが、撮影した写真の傾き具合から、以前よりもずっと身体の歪みがひどくなっているように感じました。それと同時に、額(がく)に入れられた作品を撮影することの難しさも改めて痛感しました。額に入れられた作品を撮影するときに、特に注意したいのが照明です。照明が、額の中のガラスに反射してしまい、撮影するときに作品が光ってしまうのですね。また、美術館や博物館では、他の利用客も一緒に作品を鑑賞していますから、できるだけ他の利用客の邪魔にならないように撮影することが望ましいのです。そうなると、必然的にほんの一瞬のシャッターチャンスを狙うことになってしまうのです。本来ならば、平面の作品は真正面から撮影するのが望ましいのでしょうが、照明や他の利用客の邪魔にならないようにという条件を付け加えると、いよいよ作品を撮影するのが難しくなるのがわかります。

 お盆から一週間後の土曜日は、三宮店で六十分のリラックスコースのレッスンを受けた。三宮店でもリラックスコースのレッスンが受けられることがわかったので、これからもしばしば足を運んでみようと思ったのだ。些細なことではあるのだが、梅田店のある大阪まで出掛けて行くとなると、JRの昼特きっぷを購入しても往復で三百五十円の出費になるが、三宮店でレッスンを受けるならば、通勤定期を利用することができるのでお得なのである。また、JR三ノ宮駅から徒歩五分以内のところにスタジオがあるのもうれしい。レッスンの開始時間も十四時半からなので、朝起きて「ガンまる日記」を書き上げてから自宅で昼食をとり、ゆったりと支度を整えてからレッスンに出掛けることができる。

 スタジオに着いて受付のスタッフにあいさつをすると、前回の三宮店でのレッスンのときに少しお話をさせていただいた懐かしいインストラクターがいらっしゃった。しかし、他の会員さんとお話し中だったので軽くごあいさつだけ済ませてロッカールームへと急いだ。

 今回のレッスンに参加していたのは、私を入れて十五名の参加者だった。レッスンを担当してくださったのは、前回の三宮店でのレッスンを担当してくださった元神戸店のインストラクターである。元神戸店のインストラクターは、レッスンの途中でいろいろなポーズを挟むように、ご自身でレッスンをアレンジされていた。私は、インストラクターがどのような教育を受けているのか良くわからないが、他のインストラクターの行うリラックスコースのレッスンにはないポーズが途中に挟まれているということは、インストラクターなりにリラックスコースのレッスンの台本を自分のものにした上でアレンジを加えたことになる。それはすなわち、研究熱心なインストラクターと言えるのではないだろうか。

 例えば今回は、両足を大きく広げて上に上げるこうもりのポーズが登場した。もともとリラックスコースのレッスンにはないポーズである。ただ、女性だけのレッスンだからこのような大胆なポーズを取ることができるのだろうが、男性会員もいらっしゃる梅田店でのレッスンならば、ちょっと恥ずかしいかもしれない。

 今回のレッスンでも、たくさんの汗が噴き出した。何故、こんなにも汗がたくさん出るのか、自分でも良くわからなかった。激しい運動でもないのにたくさんの汗が出るということは、それだけ深いポーズを取っているということなのだろう。ただ、やはりレッスン中、スタジオの中がとても暑く感じられたので、私は少しの間、スタジオの外のソファで涼んだ。スタジオの外とスタジオの中ではかなりの温度差があり、スタジオの外でのしばしの休息は、普段から上半身がほてり気味の私にはとても気持ちが良かった。

 レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、冷え取り健康法の靴下を重ね履きしていると、着替えを済ませて帰り支度を整えた人が次から次へと洗面台にやって来ては、レッスン中に飲んでいた水の残りを捨てていた。私はその度に、胸がチクチク痛んだ。その一方で、レッスン中に飲んだ水の残りをすべて飲み干してからペットボトルを捨てている人を見るとホッとした。ちなみに、残り水を捨てていた人と飲み干していた人の内訳は、捨てていた人が三人、飲み干していた人が二人である。いくら世の中でエコが大きく叫ばれているとは言え、他の人の飲みかけの水を替わりに飲み干すのは現実的ではない。だから、捨てられようとしている水に対し、私が胸を痛めるのはおかしいのかもしれない。しかし私はどうしても、レッスンの残り水をさっさと捨ててしまうという行為に対し、モノに感情を落とし込まずに簡単に自分自身から切り離してしまうことで、自宅をきれいに片付けようとする行為と重ねてしまうのだ。私自身が普段からなかなかモノを捨てられないために、家の中にたくさんのものを溜め込んでいる人に対して親近感を覚えてしまうのは、人やモノに対する感情の落とし込み方に深い共感を覚えるからなのだろうと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 残り水の件については、これまでにも何度か書いて来ましたが、捨てている現場を目撃する度に、毎回、胸がチクチク痛みますね。残り水を捨ててしまえば荷物が少なくなり、その後の自分の時間を気楽に過ごせるわけですが、その人が気楽に過ごすために、残り水が犠牲になってしまっているような気がしてならないのですね。そして、私にとっては、家の片付けもこれと同様の見方をしているのです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.29

エッシャー・パレス博物館

映画『星砂の島のちいさな天使~マーメイドスマイル~』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 私は、海辺に倒れていた美海が目を覚ましてからも、毎日同じ白いドレスのような服を着ていたことがやけに気になってしまいました。きっと、美海にとってはその服しかなかったのでしょうが、暑い沖縄で、汗まみれになったりしないのだろうかと心配になってしまったんですね。何しろ真っ白な服ですから、一日着ただけでも汚れが目立って来ると思うのですが、美海の周りの人たちが美海の服について注意を払ったのは、何日か経ってからのことでしたので、やはりそういうところが映画なんだなあと思いました。(苦笑)

 マウリッツハウス(マウリッツハイス)美術館で「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞した日、マウリッツハウス美術館のすぐ近くにあるエッシャー・パレス美術館にも足を運んだ。

 騙し絵で知られるエッシャーは、実際には存在し得ない空間を描いたり、見方を変えれば別のものに見えて来る作品を描くのが得意である。

 私がエッシャーの作品に触れたのは、確か六年前の夏に長崎のハウステンボスを訪れたときのことだった。それ以来、エッシャーはオランダ出身の芸術家なのだと私の胸に強く刻まれていた。そのときは、よもや自分自身がオランダまで出掛けて行って、エッシャー・パレス博物館に足を踏み入れようとは夢にも思っていなかったはずだ。

 入口で入場料を支払い、中に入ると、リュックなどは地下のコインロッカーに預けるよう案内された。そのコインロッカーとは、私のために一ユーロを入れたコインロッカーを譲ってくれようとしていると勘違いしてしまった、いわくつきのコインロッカーである。

 地下にはコインロッカーだけでなく、トイレやクローゼットもあった。それだけではない。どういうわけか、顔抜きがあったのだ。何を隠そう、私は大の顔抜きファンで、旅先でせっせと撮り溜めた顔抜きの写真を別ブログでも公開しているくらいなのだ。私は、何故そこに女性の顔抜きがあるのかわけもわからずに、夢中でカメラに収めた。

 エッシャー・パレス美術館は、フラッシュを焚かなければ、作品を撮影することが許可されていた。私は、旅の思い出を少しでも写真に残しておこうと、一つ一つの作品を一生懸命カメラに収め始めたのだが、あまりにも作品の数が多いために、途中で挫折してしまった。それに、写真を撮影していると、写真に収めたという安心感から、作品をじっくり鑑賞することを忘れてしまう。いや、作品を鑑賞することよりも、写真を撮影することに専念してしまうと言ったほうが正しいかもしれない。かつて、コンサートに参加したときに、演奏されている曲目を順番にノートに走り書きで書き留めていたことがあったが、まさしくその行為と似ている。確かに記録は残るのだが、「今、その時」を楽しむことができないのだ。

 エッシャー・パレス美術館は、こじんまりとした美術館ではあるものの、部屋がいくつもあり、そこにエッシャーの作品が贅沢に並べられていた。年代順に並べられていたのだとすると、少しずつ作風が変わって来ているのが良くわかった。特に、エッシャーが自らの作風を確立させるにあたり、気付きを得たであろう作品に出会えたときはうれしかった。何故なら、それ以降の作品で同じような手法が使われているため、明らかに彼がその時点で気付きを得たことがわかるからだ。

 すべての作品を鑑賞し終えたあと、私は入口付近にあった紙を手に取ってみた。エッシャー・パレス美術館を訪れている子供たちがその紙を持っていることは知っていたが、どうやらその紙には、作品にちなんだクイズが書かれているようだった。子供たちは、エッシャーの作品を鑑賞しながらクイズに答えるというわけだ。私がその紙を手に取って見ていると、美術館のスタッフがやって来て、
「それは子供向けなんですよ」
とおっしゃった。それを聞いた私が、持っていた紙を元の場所に戻そうとすると、
「いえいえ、どうぞお持ちください」
と言ってくださったので、記念にありがたく頂戴した。

 コインロッカーに預けた荷物を取り出して、外に出てみると、近くの公園でアンティークマーケットが開催されていた。ご存知のように、私は日本にいるときも、わざわざ大阪や京都の骨董市に足を運ぶくらい、古いものが好きである。海外でアンティークマーケットに出会えたのだから、できればゆっくり見て回りたい。しかし、私たちはこのあと、マウリッツハウス美術館に足を運ぶことになっていた。先日も書いたように、夏のオランダは二十二時くらいまで明るいというのに、美術館や博物館はまるで申し合わせたように十七時で閉館してしまう。そのため、私たちはお昼ご飯を食べるのも惜しんでアンティークマーケットの露店の前を通り抜け、すぐ近くにあるマウリッツハウス美術館へと向かったのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、エッシャー・パレス博物館をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちを不思議な世界へと誘ってくれるエッシャー・パレス美術館は、大きな道路沿いではなく、少し中に入ったところにありました。地図を良く見ないと、わかりにくいかもしれません。エッシャーの作品を、まとめて間近で見られるまたとないチャンスだと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.28

映画『星砂の島のちいさな天使~マーメイドスマイル~』

早起きは三文の得の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 最近は、ほてり対策のためにI医師の診察を受けているのか、筋腫の経過観察のためにI医師の診察を受けているのか、わからなくなって来ました。(苦笑)まだ更年期ではない私が上半身にほてりを感じているのは、卵巣の働きが鈍っているからだとI医師に言われていますが、どうして卵巣の働きが鈍ってしまったのかについては、わかっていません。

 ホットヨガ梅田店のすぐ近所には梅田ロフトがあり、その地下一階にはミニシアター系の映画館がある。私はホットヨガのレッスンを終えたあと、その映画館で映画を鑑賞するのを楽しみにしている。本作は、梅田店でホットヨガのレッスンを受けた七月四日に鑑賞した作品である。

 実はこの映画館と、毎週金曜日にシネマポイントカードの会員に限り、映画を千円で鑑賞することのできる三宮のミニシアター系映画館が、少し前に同じ運営会社の管理下に置かれた。そこで私は、二つの映画館で共通で利用することのできるシネマポイントカードに加入した。年会費として三千百五十円を支払うことになるのだが、そのシネマポイントカードを提示すれば、どちらの映画館においても曜日にかかわらず、毎回、映画を千円で鑑賞できるという素晴らしい特典付きなのである。

 それはさておき、本作を鑑賞した直後に感じたのは、果たしてこの作品は、ミニシアター系映画館で上映されるような作品なのかということだった。かと言って、全国一斉ロードショーのメジャーな作品ばかりを上映している映画館で上映されるような作品でもなさそうだ。そう考えると、やはりミニシアター系映画館で、じわじわと全国に広がって行くような作品なのかもしれない。ただ、大人しい作品という意味では、ミニシアター系映画館で上映されるような作品なのだが、人間の生き様や登場人物の人間関係がリアルに描写された作品ではない。はっきり書いてしまえば、心に深く残るような作品ではない。どちらかと言うと、ファンタジー映画と言ってもいいくらいの作品である。

 沖縄の竹富島に住む青年兄弟が、海辺に倒れていた少女・美海(みう)を助ける。やがて美海は、青年兄弟の母が経営する民宿の手伝いをすることになる。ところが、青年兄弟の弟である瞬一にずっと想いを寄せている中学生のユカは、瞬一が美海と接近することを快く思わない。そこでユカは、“ニライカナイの人魚伝説”を持ち出して、美海が人魚であるという噂を流すのだった。

 私は、沖縄の竹富島という小さな島を知らないが、砂浜に星砂のあるとても美しいところらしい。そう言えば、昔、沖縄に行った人から、小瓶に入った星砂のお土産をもらったことがある。私は、沖縄の砂はすべて星砂なのかと思っていたのだが、あれは竹富島限定のお土産だったのだろうか。本作の中では、かつては星砂をあちらこちらで見掛けたものの、最近ではあまり見掛けなくなったというような描写がされている。

 星砂が減少したことと関係があるかどうかはわからないが、竹富島は、観光客が減少するという悩みを抱えている。そのため、竹富島に新しい観光名物を作ってたくさんの観光客に訪れて欲しい改革派と、竹富島をそのままの形で守りたい保守派との間で、日々激しい議論が繰り広げられている。どちらも竹富島を好きな気持ちには変わりがないのだが、好きな気持ちを表現する方向性が異なっているために、激しい議論を繰り返しているのだ。

 しかし、単に結果だけを取り上げて言うならば、美海の存在は、そんな両者の対立を鎮めるきっかけを与えた人になるのかもしれない。何故なら彼女がこの島に来たことで、島の人々は笑顔を取り戻すことができたからだ。ただ、実際のところはどうなのだろう。竹富島ではなかったと思うが、過去に沖縄の小さな島を旅行した人から聞いた話では、島の人たちは観光客に対して、とても友好的に接してはくれるものの、いざ、外部からやって来た人がそこに住むとなると、やはり保守的になるそうだ。小さな観光地では常に、外部を受け入たい気持ちと保守的でありたい気持ちが混在しているのかもしれない。

 物語の後半では、美海の持つ特別な力に島の人たちが助けられる。私にとって、前半がある程度、現実味を帯びたストーリーだっただけに、後半の展開はやや受け入れ難いものとなってしまった。また、登場人物が多かったためか、それぞれの人たちにまつわるいろいろな話があちらこちらで展開され、全体を通して何を表現したい作品なのか、いま一つ読み取れなかった。それでも本作を鑑賞した人は、竹富島に行って星砂を探してみようと思ったり、人魚のお墓参りをしてみようと思ったりするのかもしれない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画サイトを参照しても、本作に対する評価がまったく書かれていないのが気になりました。公開されてから二ヵ月以上経っているというのに、鑑賞している人の数が極端に少ないことから、本作を上映している映画館はそれほど多くないようですね。特定の地域が描かれた作品を鑑賞する場合、どのような視点で作品を鑑賞すべきなのか、考えてみました。本作に限っては、竹富島の外の人の視点よりも、竹富島に住む人たちの視点で鑑賞したほうがいい作品と言えるのかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.27

早起きは三文の得

湯沸かしポットのない部屋の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ホテルの部屋に湯沸かしポットがないと、やはり不便ですよね。かつては湯沸かしポットに加えて、インスタントコーヒーや紅茶のティーバッグなどが用意されていましたが、湯沸かしポットが撤去されたことにより、それらのサービスもなくなってしまいました。何だか寂しいものですね。特に、アムステルダムで宿泊したホテルは五ツ星ホテルだったので、明らかに湯沸かしポットが置かれていたはずの家具が残されていたのですが、そこには何も置かれていなくて、いかにも不自然な感じでした。

 あれは確か、久し振りに三宮店でホットヨガのレッスンを受けた日のことである。この日は朝九時からI医師の診察の予約を入れていたので、五時半に起床して支度を整え、七時半過ぎの電車に乗り、ひとまず病院の最寄駅まで向かった。そこから路線バスに乗り換え、およそ十分程度揺られてようやく病院に着いた。私にとって、I医師のいる病院までは、毎日の通勤と同じくらい遠い。それでも、朝一番の予約を入れておけば、早めに診察を終えて自由になれるので、例え休日でも早起きするのは苦ではない。むしろ遅い時間の予約を入れて、一時間以上も待合所で診察待ちをするほうが、何だかもったいない気がしてしまう。

 婦人科の受付を済ませると、驚いたことに、すぐに私の名前が呼ばれた。こんなにも早く自分の名前が呼ばれるとは思ってもいなかったので、私はあたふたしながら中の待合所に入り、椅子に腰を降ろした。しかし、椅子に座って落ち着く暇もなく、再び私の名前が呼ばれ、診察室に入った。

 I医師には、前回の診察で処方していただいた加味逍遥散(かみしょうようさん)が比較的効いていることを伝えた。そして、これに加えて、【送料無料】“ぽっぽこ笑顔にス〜ッとティー” (40g袋入)夢のブレンドハーブティー(10P02au...を飲んでいることも伝えた。するとI医師は私に、【送料無料】“ぽっぽこ笑顔にス〜ッとティー” (40g袋入)夢のブレンドハーブティー(10P02au...の成分を尋ねた。私が主な成分について答えると、I医師は、△△は○○の効果があるし(ごめんなさい、忘れてしまいました)、ラベンダーは更年期障害に効果があるとおっしゃった。I医師によれば、これからもこのハーブティーを飲み続けても良いそうだ。

 私は、先日行なわれた健康診断で、子宮頸がんの検査は行ったが、子宮体がんの検査を行っていないため、できれば検査を行って欲しいと申し出た。I医師はかつてのように、子宮が大きい人や高血圧の人、不正出血がある人などは、子宮体がんの検査を受けておいたほうが良いとおしゃった。私は高血圧でもないし、不正出血もないが、筋腫があるために子宮はかなり大きい。I医師は、子宮体がんの検査はすぐにはできないので、次回の診察のときに改めて相談しましょうとおっしゃった。

 更に私は、気になっていたことをI医師に尋ねてみた。それは、やはり健康診断の問診で、残った筋腫がお腹の中でドロドロになることや、一度大きくなった筋腫が小さくなる過程において、激しい腹痛を訴える人がいると言われたことだった。I医師の反応を見てみると、何と、私の話を聞きながら笑っていた。少なくともI医師の経験では、そのようなことはなかったらしい。すなわち、筋腫がお腹の中でドロドロになることもなければ、筋腫が収縮するときに激しい腹痛を起こすようなこともほとんどないそうだ。むしろI医師は、患者に対してそういうことを言う医師がいるということに驚いていたほどだった。私は、医師の見解の違いに驚いたものの、筋腫について経験の深いI医師の言葉を信じることにした。

 ほてりを抑えるための漢方薬が加味逍遥散に決まったことから、I医師は私に二カ月分の加味逍遥散を処方してくださった。そして私はI医師にお礼を言ったあと、二ヶ月後の診察を予約して診察室をあとにした。その後、病院での会計を済ませ、近くの薬局で処方箋を受け取り、病院の最寄駅まで路線バスで移動しても、まだ時計は十時を指していなかった。これは快挙である。おかげで私は、休日のこれからの時間をすべて自分のものにすることができた。やはり昔から言われているように、早起きは三文の得というのは真実のようである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 漢方薬が加味逍遥散(かみしょうようさん)に落ち着いて良かったと思います。加味逍遥散は確か、虚から中間の人向けの漢方薬のはずですが、虚よりも実に近い私でも効果があったので、私は中間ということになるのもかもしれません。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (1)

2010.08.26

湯沸かしポットのない部屋

映画『レポゼッション・メン』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。もともと、possessという動詞は「所有する」という意味を持っています。これを名詞形にした上で、漢字で書くと「再」を意味するreを付加することで、「取り戻すこと」や「取り戻した物」などの意味を持つrepossessionになるようです。よって、repossession menとは、回収人のような意味合いになろうかと思います。こんなふうに単語の作りに注目してみると、単語が論理的に作られているのがわかりますね。

 旅先ではできるだけ、普段、飲み慣れた飲み物を飲んでくつろぎたい。現在、私は上半身のほてりを抑えるために【送料無料】“ぽっぽこ笑顔にス~ッとティー” (1.5g×15TB袋入)夢のブレンドハーブティー()を愛飲している。

 主にオフィスでお昼ご飯を食べるときに【送料無料】“ぽっぽこ笑顔にス~ッとティー” (1.5g×15TB袋入)夢のブレンドハーブティー()を飲んでいるのだが、まだこれを飲まない午前中は上半身のほてりが強いのに対し、これを飲んだ午後からは上半身のほてりが和らいでいる。そのため、これをボトルガムの入れ物に詰めて、今回の旅行にも持参していた。また、他にも飲み物として、ガンモと共用で飲むために、これまた小さなボトルガムの入れ物にコーヒーとシュガーを詰め込んで持参した。ちなみに、コーヒーに入れる牛乳は現地調達した。

 しかし、フランクフルトもアムステルダムもとても涼しかったので、【送料無料】“ぽっぽこ笑顔にス~ッとティー” (1.5g×15TB袋入)夢のブレンドハーブティー()の助けを借りて、上半身のほてりを収めなければならないほどの事態には至らなかった。ただ、食後はやはり、部屋でまったりとコーヒーでも飲んでくつろぎたいものである。そう思って、普段、自宅で使っているコーヒーとシュガーを持参したというのに、フランクフルトで宿泊したホテルにも、アムステルダムで宿泊したホテルにも、部屋に湯沸かしポットが備え付けられていなかったのである。

 確か、一年前にベルギーのブリュッセルやフランスのパリに滞在したときは、ホテルの部屋に湯沸かしポットが備え付けられていたはずだった。しかし、今年はフランクフルトとアムステルダムの両方で湯沸かしポットにありつけなかったということは、もしかしたら、湯沸かしポットをめぐる何らかの深刻なトラブルが発生したために、ヨーロッパ中のホテルから湯沸かしポットが撤去されてしまったのかもしれない。そこで私たちは仕方なく、部屋の洗面所の水道の蛇口をひねってぬるいお湯を出して、コーヒーを作って飲んでいた。ホテルの人に頼めば、熱いお湯ぐらいはもらえたのかもしれないが、それだけのためにわざわざ動いてもらうのも申し訳ない気がしたので、私たちはぬるいお湯で我慢した。

 ところが、フランクフルトのホテルに宿泊しているときに、興味深いことが起こった。私たちがビュッフェ形式のレストランで朝食をとっていると、ラフな格好をした韓国人らしい男性がレストランまでやって来て、女性スタッフに声を掛け、お湯をもらっていたのだ。何故、その男性が韓国人らしいと判断したかというと、手にキムチのカップラーメンを持っていたからだ。

 おそらく彼は、祖国から遥か遠く離れたフランクフルトで、いつも食べているキムチのカップラーメンをどうしても食べたいと思い、韓国からわざわざキムチのカップラーメンを持参したのだろう。ところが、部屋に湯沸かしポットがないために、楽しみにしていたキムチのカップラーメンを作ることができなかった。そこで彼はレストランまでやって来て、キムチのカップラーメンに注ぐための熱いお湯をもらおうと試みたわけだ。しかもそのホテルでは、宿泊客にコーヒーを無料でサービスしてくれていたので、ついでに熱いコーヒーももらっていたようだ。

 私たちが見守る中、その韓国人男性は、トレーの上に熱いお湯の入ったキムチのカップラーメンとコーヒー、それからシュガーポット、ミルクなどを載せて部屋に戻って行った。私たちは、朝食付きのプランで宿泊していたが、おそらくその韓国人男性は、素泊まりのプランで宿泊していたのだろう。私は、彼のスーツケースいっぱいに詰められたキムチのカップラーメンを想像した。そして、朝食のときに再び彼に会えることを期待していたのだが、残念ながら、彼を見掛けたのはそのとき限りだった。

 旅先に、日本人がインスタントの味噌汁を持参することは良く知られているが、韓国人が持参するのは、キムチのカップラーメンだった。やはり誰しも、普段から食べ慣れているものを旅のお供にしたいのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 何故、部屋に湯沸かしポットがなかったのかはわかりませんが、かえってそのおかげで、もしも湯沸かしポットが備え付けられていたならば見られなかったであろう光景を目にすることができました。何となくですが、対応していた女性スタッフは、彼にお湯をサービスすることに慣れているように見えましたので、おそらく彼にとって、その日がお湯をもらう初めての日ではなかったのだろうと推測しました。そこで、彼のスーツケースいっぱいに詰められたキムチのカップラーメンを想像したわけなのです。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.25

映画『レポゼッション・メン』

ホットヨガ(一九六回目)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。梅田の人ごみの中を、Tシャツ一枚で歩き回っていたことは、乳がん対策としては抜群の効果があったかもしれません。(苦笑)昔から、ワイヤー入りのブラジャーが苦手だったので、もうずいぶん長いこと使っていません。やはり、自分の身体が求めようとする形が、自分の身体にとって最も良い形なのでしょうね。

 ジュード・ロウの出演作品は観ておきたいと思う。しかし、本作の場合、ちょっと変な映画を観てしまったという感想を抱いた。鑑賞し終わって映画館を出て行くときに、思わず首をかしげたくなるような、そんな作品だったのだ。ちなみに、本作を鑑賞したのは七月二日のことである。公開初日のレイトショーで鑑賞したことになる。

 時代は近未来で、ユニオン社という会社が人口臓器の製造・販売を行なっている。人工臓器のおかげで、人々は長生きすることができるようになった。しかし、その人口臓器はひどく高価なため、人々は人工臓器を手に入れるために高額なローンを組むことになる。しかも、身体のあちらこちらで不具合が発生すれば、所有する人工臓器の数も増え、必然的に高額ローンの金額も更に増えて行く。そうなると、人工臓器の高額ローンを支払えなくなる人たちが出て来てしまう。

 ジュード・ロウが演じているのは、人工臓器を製造・販売しているユニオン社のローンの取立て係兼人口臓器の回収係のレミーである。レミーは、人口臓器の高額ローンを支払うことができなくなった人たちに対し、人口臓器の返却を求めて、人口臓器を強制的に回収してしまう。人口臓器が回収されれば、当然、高額ローンを支払えない人たちは命を落とすことになる。それでも、生きている人たちから人口臓器を回収することは合法で、例えそのために人が死んでしまったとしても罪にはならない。

 これまで、そんな非情な行為を重ねて来たレミーだったが、あるとき、彼自身が人工臓器のお世話になるときが来てしまう。自分が同じ立場になってみて初めて、ようやくレミーは高額ローンを支払う人たちの気持ちがわかるようになったのである。高額ローンを抱える彼は、人口臓器のローンの未払いが発生している人たちから取り立てまたは人口臓器の回収を行なえば、ユニオン社から高額な給料が支給され、自分自身の人口臓器のローンに充てることができる。しかし、彼の中では既に意識の変革が起こり始めていた。

 映画鑑賞中には気付かなかったのだが、高額ローンが未払いになるというのは、人によって様々な状態が発生し得るのではないのだろうか。例えば、一千万円の人口臓器を購入したとする。購入した人口臓器に対し、九十パーセントまで支払いが完了している人も、まだ十パーセントしか支払いが完了してない人も、未払いが発生してリストに挙げられた時点で強制的に人口臓器を回収されていた。これでは不公平なのではないだろうか。しかも、人工臓器が回収されて命を落としてしまうならば、これまで支払って来た人口臓器の代金は遺族に返却されなければならないだろう。冷静になって考えてみると、そういうところに本作の突っ込みどころがあるとも言える。

 高額ローンを払えない人たちを合法的に殺してしまうことを快く思っていなかったレミーの妻は、やがて彼を見捨ててしまうのだが、レミーはのちにある女性と出会い、恋に落ちる。本作の後半は、レミーとその女性の愛の物語であるかのように描かれているのだが、運命的に強く惹かれ合っていることが描写し切れていないために、二人が急速に親しくなって行くプロセスをなかなか受け入れることができない。まるで、何となく始めた恋愛だったものの、特別な気付きもなく、突然、運命的な恋にまで発展するような展開なのだ。しかも、その運命的なものとは、ユニオン社の顧客情報を厳重に管理しているセキュリティの高い大型記憶装置のある部屋の中に忍び込み、血まみれになりながら、自分たちの人口臓器に課せられた高額ローンの情報をユニオン社の大型記憶装置から抹消しようとするものである。

 二人が愛し合っていることをまだ認めていない観客は、ここで大きく戸惑うことになるだろう。そして、二人の気持ちはここまで盛り上がっていたのかと、改めて気付かされるのだ。しかし、頭の中ではまだ二人の関係を認めてはいないために、二人の血まみれの愛の行為を少し冷ややかな態度で見守ってしまうことだろう。

 もしもこのシーンを活かすなら、もっと中盤の部分で、二人の気持ちをしっかりと結び付けておいて欲しかったと思う。私が本作を描くならば、少なくともそうするだろう。そして、人口臓器を最初から自分自身の寿命を意識した価格設定にしておく。すなわち、人工臓器を求める人たちは、自分があとどれくらい生きたいかによって、人工臓器にどれくらい投資するかを決めるという仕組みにするのだ。そうすることによって、人口臓器の力を借りて生きている人たちは、納得した形で自らの死を迎えられるようになる。あるいは、人口臓器のローンがひとまず終わったとしても、金銭的に余裕のある人たちは、延命するためにもう少し人口臓器に投資したくなるかもしれない。

 人工臓器の強制的な回収という非情な仕事をしているレミーが、過去に会った女性と偶然、再会し、情熱的な恋に落ちるという何とも不可解な展開ではあったのだが、それだけに突っ込みどころの多い作品であると言える。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 人工臓器を作れるだけの技術があるにもかかわらず、お金がなければ生き延びることができないというところに皮肉が隠されているのかもしれません。まるで、「世の中はお金だ!」とでも言っているように捉えることができます。しかも、人口臓器のためのお金を払えない人たちに対し、その場で人工臓器を回収して命まで奪ってしまうんですね。これは、医学がお金儲けに発展したという最も醜い形かもしれません。だから、医療という形ではなく、ユニオン社という会社にその役を担わせているのでしょうね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.24

ホットヨガ(一九六回目)

難しいトイレ(9)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m そう言えば、昔、こんなことがありました。四国のとある百貨店で、ガンモが間違って女子トイレで用を足してしまったのです。私がトイレから出ると、ガンモが女子トイレにいるので驚きました。あのとき、女子トイレには女子高生がいましたが、ガンモに対して敵対心を抱くことなく、見逃してくれました。(苦笑)思い出す度に青ざめる出来事ではありますが、きっと女子高生には、ガンモには悪気がないことが伝わっていたのでしょうね。

 夏休みを終えて最初のホットヨガのレッスンは、ちょうどお盆の日曜日に梅田店で受けた六十分のリラックスコースのレッスンだった。本来ならば、前日の土曜日に三宮店でのレッスンを予約していたのだが、その土曜日は、近所の映画館で映画を千円で鑑賞できる日だったため、一日中映画館にこもり、映画を四本鑑賞したのだ。私にとっては久し振りのレッスンだったというのに、梅田店への近道を見付けていたにもかかわらず、暑さのせいで身体の動きが鈍くなり、またしてもレッスンに遅刻してしまった。

 着替えを済ませてスタジオに滑り込み、空いているヨガマットに腰を降ろした。ふと隣を見ると、何と、Nさんではないか。「あっ」と思ったが、レッスン中に声をお掛けするのも何だか申し訳ないので、その場は何でもない振りをして、水を飲んで汗を拭くタイミングで軽くごあいさつをさせていただいた。

 参加者は十八名くらいだっただろうか。男性会員の数を数えるのも忘れてしまった。久し振りのレッスンだったためか、普段から体力不足気味の私にはあまりにも疲労が激しく、レッスン中に余裕がなかったようだ。

 今回のレッスンを担当してくださったのは、梅田店でいつもリラックスコースのレッスンを担当してくださっていたインストラクターではなく、以前にもリラックスコースのレッスンを担当してくださったことのある別のインストラクターだった。これまで、梅田店でリラックスコースのレッスンを担当してくださっていたインストラクターは受付にはいらっしゃったのだが、今回はリラックスコースのレッスンを担当されなかったようだ。

 レッスン中、スタジオの中がひどく暑く感じられたので、途中でスタジオの外に出て、しばらく涼んだ。スタジオの外の壁には、梅田店のインストラクターのプロフィールが顔写真とともに掲示されていた。そう言えば、私は神戸店や三宮店のインストラクターの名前を覚えようと、レッスンを受ける度にシステム手帳にインストラクターの名前を書き込んでいたことを思い出す。私がそんなことを始めたのも、神戸店や三宮店のインストラクターが私の名前を覚えてくださっていたことがうれしかったからだ。

 実際、インストラクターは、名札を付けているわけではなく、レッスンの開始前に自分の名前を軽く告げるだけである。場合によっては、インストラクターの声が小さくて、せっかくの自己紹介を聞き取れないこともある。だから、こうしたプロフィールが掲示されると、ついつい見入ってしまう。血液型も書かれていたのだが、梅田店にはB型やAB型のインストラクターが多いように見受けられた。また、これまでに何度もレッスンを担当してくださっているインストラクターもいらっしゃるが、初めてお顔を拝見するインストラクターも多かった。

 こんなふうに、インストラクターのプロフィールに見入っているうちに、いつの間にか時間が過ぎてしまったようで、再びスタジオに戻ってみると、あれよあれよという間にレッスンが終わってしまった。それでも、私にとっては久し振りのレッスンだったので、休みながらのレッスンでちょうど良かったのかもしれない。汗もたっぷり掻くことができた。

 しかし、レッスンを終えてシャワーを浴びたあと、着替えのブラジャーを忘れて来てしまったことに気が付いた。さて、どうしよう。毎回、忘れ物をしても、何とかピンチを切り抜けて来た私だったが、今度という今度は切り抜けられないのではないか。そうも思ったのだが、もともと私は、乳がん予防のために、楽なスポーツブラを愛用していた。それならば、このまま何も着けずにTシャツ一枚だけでも差し支えないのではないだろうか。そう思い直し、思い切って、何も着けずにそのままTシャツだけを着て、梅田で少し遅めのお昼ご飯を食べたあと、堂々と映画を鑑賞してから帰宅したのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 久し振りのレッスンだったので、何か忘れ物をしているのではないかとは思っていましたが、やはり予感は的中していました。冬ならまだしも、薄着の夏にこのような忘れ物をしてしまうとは・・・・・・。それでも、度胸さえあれば、何とかなるものですね。実際、何も問題はありませんでした。(苦笑)最近、お掃除ロボットが流行っているようですが、私は、ホットヨガに出掛けて行くための準備を確実に整えてくれるロボットが欲しいくらいです。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.23

難しいトイレ(9)

映画『BOX 袴田事件 命とは』の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。現在も上映中の映画館の情報を見てみると、やはり事件の起こった地元の静岡県が一番多いように思いました。また、逮捕から実に四十四年も経っているというのに、袴田さんの支援団体があちらこちらに出来ていて、その方たちが真剣に立ち上げたブログもありました。袴田さんには、それだけの人たちが突き動かされる何かがあるのでしょうね。

 アムステルダム中央駅からユトレヒトまではオランダ鉄道でおよそ三十分だったため、景色を眺めていると、列車の中でゆっくりトイレに行く時間がなかった。そこで私たちは、ユトレヒト駅構内にある有料トイレを利用することにした。

 有料トイレの入口には自動改札があり、五十セント(ユーロ)を投入することにより、ゲートが開いてトイレを利用できる仕組みになっていた。私たちはそれぞれ、五十セント(ユーロ)を投入してゲートを開けて、下まで降りて行った。

ユトレヒト駅の構内にある有料トイレ。そこには自動改札があり、五十セント(ユーロ)を入れると、ゲートが開き、下にあるトイレを利用できるようになっていた

 下まで降りて行くと、いつもトイレをきれいに保ってくれているおばさんがいた。おばさんは、女子トイレが使用される度に個室を掃除してくれていた。私たちはおばさんのおかげで、快適にトイレを利用することができた。

 さて、私たちは、ユトレヒトで観光した帰りにもこのトイレを利用させていただいた。夜も遅かったので、そのときはもう、トイレをきれいに保ってくれているおばさんはいなかった。おばさんはいなくても、トイレの入口が自動改札なので、トイレの利用料金の五十セント(ユーロ)は確実に徴収される。それはいいのだが、帰りに利用したトイレで、私はちょっと奇妙な光景に出くわした。何と、切羽詰った様子で男子トイレに入って行く若い女性を見掛けたのである。

 このトイレは、ある程度まで透明な素材が使われているため、男子トイレから女子トイレの一部や、女子トイレから男子トイレの一部が良く見えるようになっていた。また、自動改札を通ると、男子トイレ、女子トイレと、それぞれ別の階段を降りて利用することになっていた。もしもその女性が間違って男子トイレに続く階段を降りてしまったならば、もう一度、階段を昇って、女子トイレに続く階段を降りなおすか、おばさんの待機しているところにある通路を渡って、男子トイレから女子トイレまで移動することになる。しかし、その時間はもはやおばさんの姿はなかったので、おばさんのいるところにある通路の扉は閉まっていて、男子トイレから女子トイレに通り抜けできない状態になっていた。それならば、もう一度階段を昇って、女子トイレに続く階段を降りて行けばいいのに、その女性はひどく落ち着いた様子で、そのまま男子トイレの個室を利用したのだ。

 私は、女性の大胆な行動に驚いていた。男子トイレには、ガンモも入っていたはずなので、私はトイレから出たあと、すかさず、
「ねえ、男子トイレに若い女性が入って行ったでしょ」
とガンモに尋ねてみた。するとガンモは、
「そうそう、いたいた。驚いたけど、彼女、きっと常習犯だよ」
とは言った。ガンモによれば、その女性は男子トイレで物怖じする様子もなく、堂々としていたそうだ。
「多分、女子トイレが混んでいるのを知ってて、常習的に男子トイレを利用してるんじゃないの?」
とガンモは言った。

 仮にそうだとしても、若い女性が男子トイレで用を足すなんて、勇気ある行動である。私はガンモに、
「もしかして、露出狂みたいな女性だった? それとも実は女装している男性とか?」
と興味津々に尋ねてみたが、どれも当てはまらなかったようだ。

 日本では、男性が女性専用車両に乗っているだけでも恥ずかしそうにコソコソと出て行くというのに、男子トイレに入っても堂々としている若い女性がいるとは、国民性の違いなのだろうか。とは言え、もしも男性が女子トイレに入って来たならば、痴漢扱いされてしまうに違いないというのに、女性が男子トイレに入っても痴漢扱いされないのだから、トイレの利用に関して言えば、女性のほうが優位と言えるのではないだろうか。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 日本では、女子トイレがひどく混雑していることを理由に、おばさまたちが男子トイレを利用することがありますが、若い女性が堂々と男子トイレの個室を使用しているのには驚きましたね。「間違って男子トイレに入ってしまったけど、急いでいたからいいいや」という感覚だったのかもしれません。あれだけ堂々としていると、かえって隙を与えず、男性たちは何も言えないかもしれません。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.22

映画『BOX 袴田事件 命とは』

マダム・タッソーろう人形館 in アムステルダムの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m Wikipediaによれば、マダム・タッソーろう人形館の分館は、アムステルダムのほか、ベルリン、ハリウッド、香港、ラスベガス、ニューヨーク、上海、ワシントンD.C.にもあるそうです。香港と上海にもあったのに、行きそびれてしまいました。(苦笑)ロンドンの本館はいつも混んでいるので、今後も望みは薄いとしても、その他の都市なら、何とか入れそうな気はします。きっと、その土地ならではの蝋人形たちが迎えてくれるのでしょうね。では今回は、久し振りに映画のレビューをお届けしますね。

 本作を鑑賞したのは、六月二十六日のことである。神戸での公開初日に映画館に足を運んだところ、映画『告白』を鑑賞する人たちで映画館のフロアが溢れ返っていたときのことだ。このとき、映画『告白』には立見が出ていた。その映画『告白』も、そして本作も、当時からおよそ二ヶ月経った今でも劇場公開され続けているのは感慨深い。

 本作は、一九六六年に実際に起こった袴田事件を基に描かれている。袴田事件というと、一九六六年にはまだ生まれていなかったという人であっても、一度は耳にしたことがあるのではないだろうか。

 静岡県清水市(現在の静岡市清水区)で味噌工場の専務一家四人が殺害され、家が放火される。間もなく事件の容疑者として、元プロボクサーだった袴田巌が捕らえられ、厳しい取り調べの末、自白に追い込まれる。物的証拠が乏しく、自白だけが頼りだったが、その自白さえも警察に強制されたものである可能性が高かった。そんな中、事件から一年以上も経って、味噌工場の樽の中から、血液の付着した衣服が見付かった。袴田巌は死刑が確定することになるのだが、この死刑判決に関わった主任判事の熊本典道は、袴田を無実だと思いながらも、判事による多数決で死刑が確定してしまう。熊本典道判事は、そのことを心から悔やみ、それ以来、判事の仕事を退いても袴田の無罪を求めて戦い続けている。袴田巌は、逮捕から四十四年、死刑が確定してから四十二年もの間、獄中生活を続けているという。

 映画を鑑賞して、ただひたすら「何故?」と思ってしまった。警察は、何故あんなにも強引に取り調べを行い、警察の望む答えへと無理に導きたがるのだろう。私は、痴漢行為をはたらいたと決め付けられて、裁判で有罪判決を受けた男性とその周辺の人たちを描いた映画『それでもボクはやってない』のレビューに以下のようなことを書いている。

仕事に対する安定は、変化を望まない体質を作り上げる。できれば、仕事で特殊処理などしたくない。一度捕まえた犯人が、どうか真犯人であって欲しい。「それでもボクはやってない」と主張されようが、真犯人を探し出す労力を惜しんでいるかのように見える。つまり、仕事が楽なほうへ楽なほうへと逃げているように見えるのだ。その人たちの判断で、犯人とされた人の人生が大きく変わるというのに、とにかく自分に与えられた仕事をこなしてさえいればいい。作業を右から左に流すだけ。そんな雰囲気さえもうかがえる。仕事が安定しない一般の企業のほうが、もっと何かを求めて前進しているように見えてしまう。そう、「求めて勝ち取る」という姿勢が感じられないのだ。

 まさしく、これと同じようなことを本作を鑑賞したときも感じた。警察の取り調べも裁判も、客観性をもって判断されるべきだと私は思うのだが、既に警察の取り調べの段階において、かなりの主観が入ってしまっているように見える。主観で判断された結果は、次の段階に進めば進むほど、覆すのが困難になる。これは、警察の取り調べや法律には間違いがないという過信があるために、間違いに気付いたときに後戻りできるシステムが整っていないことも原因の一つだと思われる。しかも、本作を鑑賞する限り、そうした過信が警察の傲慢さに繋がっていることも確かなようだ。私には、警察が事実を歪曲させ、証拠さえも捏造しているように見えてしまった。

 それに対し、犯行後、一年間も味噌工場の樽の中に隠されていたとされる衣服に関して、味噌を吸った布がどのように変化するかを実証しようとした熊本典道元判事の熱意は素晴らしい。発見された衣服は、袴田の身体には小さい衣服だったというのに、袴田は逮捕されてから太ったのだろうなどという解釈がまかり通ってしまっている。逮捕されてから痩せたというのならわかるが、太るということなど、ほとんど考え難いのではないだろうか。そんな警察や裁判所の判断に対し、判事を引退された熊本典道元判事は現在もなお、真実を求めて戦い続けているのだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 映画の中の登場人物として、この事件に関わった方たちの敬称を略して表現させていただいたことをお詫び申し上げます。少し前に、栃木県で起こった殺人事件が冤罪だったことが認められ、無罪になりましたよね。そういうケースは本当に稀なのかもしれません。何故なら、逮捕から判決まで、ほとんど一方通行の手続きしか行なわれていないからです。もっと客観的にあらゆる方向から事件を解決して行かなければならないのに、反対方向への流れが確立されていないために、人間的な判断から遠ざかってしまっているように思います。確かに、世の中には、嘘と真実の二種類が存在しています。しかし、その中から真実を選び抜く冷静さと客観性が欲しいものです。熊本典道元判事の行動は、人間として決して忘れてはいけないことを思い出させてくれますね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.21

マダム・タッソーろう人形館 in アムステルダム

駆け足で回ったオランダ鉄道博物館の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。記事の中に、ベルギーのソンム湾鉄道と書いてしまいましたが、申し訳ありません。ベルギーではなくフランスの間違いでした。(苦笑)オランダ鉄道博物館で見た、列車の中に作られたいろいろな部屋の写真を改めて見てみると、長い列車の旅を少しでも快適にするための工夫がなされていることが良くわかります。私たちもいつか、コンパートメント形式の部屋が改造された列車に乗ってヨーロッパを旅してみたいものです。

 著名人の蝋人形が展示されている、ロンドンに端を発するマダム・タッソーろう人形館が、アムステルダムにもある。しかし、平日にここを訪れてみても、長い長い待ち行列が出来ていた。ロンドンのマダム・タッソーろう人形館も長い長い待ち行列が出来ていたので見学を諦めた思い出があるが、それでもアムステルダムの待ち行列のほうがまだマシなくらいである。アムステルダム市内は美術館もひどく混雑していて、なかなか見学することができない。そこで私たちは、アムステルダム滞在の最終日に、意を決してマダム・タッソーろう人形館を見学することにした。

 観光がてら、マダム・タッソーろう人形館のあたりは、何度となく歩いていた。そのとき、周辺にあるチケットショップで、マダム・タッソーろう人形館の近くにある拷問博物館とのセット入場券が格安で販売されているのを知った。しかし、拷問博物館はかなり怖いとのことなので、マダム・タッソーろう人形館のみの格安チケットをチケットショップで購入した。それは、TOURS & TICKETSというツアー会社の主催する格安のツアーチケットで、午前中の比較的早い時間帯および十五時から利用できるオフピークチケットとなっていた。ちょうど私たちが利用しようとしたのが十五時過ぎだったので、格安の上に入場券を購入するために長い列に並ぶ必要もないのでとてもラッキーだった。

 しかし、入場券を購入するための長い列に並ぶ必要はないとはいうものの、どうしたことか、なかなか入場できない。一体何をやっているのだろうと思い、背伸びして入口付近を見てみると、何と、入場者たちが一組ずつ、入口に設置されたオバマ大統領の蝋人形と記念撮影をしているではないか。オバマ大統領が立っているのはホワイトハウスの前で、ホワイトハウスを背景に、オバマ大統領との記念写真を、マダム・タッソーろう人形館のスタッフが撮影しているのだった。おそらく、観光地にありがちな、スタッフが撮影した写真をあとで有料で販売するという営業手口なのだろう。

 そうこうしているうちに、ようやく私たちにも順番が回って来たので、オバマ大統領の蝋人形との記念写真を撮影してもらった。しかし、のちにこれらの写真が展示されているスペースには、私たちの写真は展示されていなかった。おそらく、そこに辿り着くまでにあまりにも多くの時間が経ち過ぎてしまったために、撤去されてしまったのだろうと思う。

 さて、オバマ大統領との記念撮影を終えた人たちは、大きなエレベータの中で待機することになっていた。どうやら、これからエレベータに乗って他の階に移動するようである。エレベータは、エレベータを利用したい人がエレベータを操作してその都度動くのではなく、動く時間が決まっていた。そのため、エレベータが動く時間にしか、たくさんの蝋人形たちのいる部屋には移動できないことになっていた。

 エレベータの動く時間になり、私たちの乗ったエレベータが動き始めると、エレベータは何階とも知れぬ階へと私たちを誘った。かなり長い時間、エレベータに乗っていたような気もする。エレベータを降りると、私たちは暗い場所に辿り着いた。そこでは、いかにもオランダを意識させるような大きな人形が上から降りてきて、このマダム・タッソーろう人形館の説明を始めた。そして、大きな人形の説明が終わると、同じエレベータに乗っていた数十人の人たちは、展示物を見ながら、先へ先へと進んで行った。

 暗いエリアを抜けると明るい部屋があり、そこに各界の著名人たちが集っていた。まるで、著名人の集うパーティーに参加しているような気持ちである。そこに集っていたのは、ゴルバチョフ氏、ブッシュ元大統領、ジョン・F・ケネディ、ダライ・ラマ十四世、ネルソン・マンデラ元大統領、マハトマ・ガンディー、ダイアナ妃などである。特に、ダライ・ラマ十四世は、今にも語り掛けて来そうな表情をしていた。しかし、蝋人形とは不思議なもので、肉体だけはリアルでも、そこに魂が宿っていないのが良くわかった。もちろん、動かないからなのだろうが、私は蝋人形に対し、私たち生きている人間とは明らかに違うものを感じ取った。

 更に奥のほうへと進んで行くと、音楽の分野で活躍している、あるいは活躍していた人たちの蝋人形があった。ジェームズ・ブラウン、マイケル・ジャクソンなどである。

 他にも、アインシュタイン、精神世界の入門書でお世話になったシャーリー・マクレーン、チャップリン、マリリン・モンロー、アンジェリーナ・ジョリー、ブラッド・ピット、サルバドール・ダリなど、たくさんの有名人の蝋人形が展示されていた。

 おかしかったのは、蝋人形館に展示されている人形を本物の人間だと思い込んだり、反対に、蝋人形館を訪れている利用客を蝋人形だと勘違いしたりしたことである。単に展示されている蝋人形を鑑賞するだけでなく、そうした勘違いも起こり得るから面白い。

 ただ、これだけ利用客がいるのに、日本人観光客が一人もいなかったのは興味深い。それだけではない。展示されている蝋人形の中にも、日本人の著名人は一人も含まれていなかった。これはどういうことなのだろうと私なりに考えてみたのだが、例えば政治的な著名人に限って言えば、日本人の場合、ほんの短い期間で国のトップが入れ替わり過ぎるというのもあるのかもしれない。あるいは、他国のようなカリスマ的なリーダーが存在していないという弱点もあるのかもしれない。

 一通り見学したあと、帰りの出口までは何故か階段を利用することになった。入場したあと、エレベータでかなり上まで昇っていたのか、出口まで階段で降りて行くのは体力的にきつかった。しかし、最後まで降り切ったところで、スパイダーマンが迎えてくれたので良しとすることにしよう。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、マダム・タッソーろう人形館 in アムステルダムをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 更新が遅くなり、申し訳ありません。撮影した蝋人形が一体誰なのか、あやふやな人たちを調べていたら、いつの間にか時間が経ってしまいました。(苦笑)私のように、普段からテレビを見ない生活をしていると、政治家も含めた著名人のお顔を拝見するチャンスがめっきり減るので、「あれは誰?」ということになってしまうのですね。(苦笑)ところで、まだまだお伝えしたい旅の出来事があるのですが、日常生活で綴っていない出来事も、そろそろてんこ盛りになって来ました。そこで、映画のレビューも含めて、次回の記事から少しずつこれまでの記事の復活させていただこうと思っています。もちろん、今後も夏休みの旅の出来事は綴って行きますので、最後までお付き合いくだされば幸いです。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.20

駆け足で回ったオランダ鉄道博物館

飛行機の中でもマジクールの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m マジクールの類似品がたくさん出回っているようです。私も価格の安さにつられて、いくつかの類似品を購入してみたのですが、類似品はポリマーが水をなかなか吸わなかったりして、マジクールのようには満足できません。それを考えると、マジクールは実に良く出来ている商品だと思います。

 ユトレヒトに出掛けたとき、ミッフィーの産みの親であるディック・ブルーナの博物館、ディック・ブルーナ・ハウスを見学したあと、私たちはてくてく歩いてとある博物館の前にやって来た。その日は三つの博物館を回る予定だとガンモから聞いていたのだが、セントラル・ミュージアムとディック・ブルーナ・ハウスと、既に二つの博物館を見学していたので、残るはあと一つだった。私は、一体どのような博物館が私たちを待ち受けているのだろうとわくわくしながら、地図を持っているガンモの案内に従って歩いていた。

 夏のオランダは二十二時くらいまで外が明るいというのに、どの博物館もまるで申し合わせたように十七時に閉館してしまう。私たちがその博物館に辿り着いたのは、閉館四十分前の十六時二十分だった。どうやらそこは、鉄道博物館のようである。あとから知ったことだが、かつてはオランダの国鉄だった現在のオランダ鉄道の博物館だったのだ。なるほど、そういうことだったのか。私はガンモの好みを察してニヤニヤした。

 入場券を購入するときに、博物館のスタッフに、
「こちらは十七時までですがよろしいですか?」
と尋ねられた。こんな時間にやって来るものだから、心配してくださったのだ。私たちは、閉館時間について了解していることを伝え、入場券を買って中に入った。

 とにかく時間がないので、手近なところから駆け足で回った。広い空間に展示されているいくつもの列車は、いかにもヨーロッパの古い列車という雰囲気が漂っていた。ヨーロッパの古い列車と言えば、私たちはこれまでにも、イギリスの保存鉄道の一つであるブルーベル鉄道フランスのソンム湾鉄道に乗車しているが、オランダ鉄道博物館に展示されている古い列車も、私たちが乗車した列車と同じような雰囲気が漂っていた。

 私たちは、展示されているいくつもの列車うち、とある列車の中を一つ一つ見て回った。その列車は、豪華な客室が売り物だったようだ。ハリー・ポッターに出て来るようなコンパートメント形式の部屋を中心に、ホテルの部屋や応接室のような立派な部屋がいくつも展示されていた。私の好きな寝台車両もあった。こうしていろいろな車両を見ていると、これまでヨーロッパを訪れて乗車した列車はほんの一部で、まだまだ体験していない列車がたくさんあるのだということを知った。

 時間がないので、このまま駆け足でたくさんの展示品を回り続けるか、一つのテーマに集中するかで迷ったのだが、ある扉を開けてみると、おじいちゃんが孫に鉄道の知識を伝えようとしているアトラクションがあった。オランダ語なので何を言っているのかさっぱりわからなかったのだが、そのアトラクションの更に先を行くと、暗いエリアに待機しているトロッコのような乗り物が見えた。それは、遊園地のお化け屋敷などにあるトロッコと同じような四人乗りの乗り物だった。

 私がそのトロッコを確認して、おじいちゃんと孫のアトラクションにいったん戻ってみると、私たちのあとから歩いて来た父子連れの二人が、そのトロッコの存在に気付いた。タイミングを見計らって、その父子連れがそのトロッコに乗ろうとすると、スタッフが気付いて二人をそのトロッコに誘導した。これ幸いと、私たちもそれに続き、その父子と同じトロッコの後ろに乗り込んだ。そのトロッコは、ジェットコースターの役割も持っているのだろうか。私たちが乗り込むと、上からストッパーが降りて来て身体を固定された。そして、何が何だかわからないまま、私たちが乗ったトロッコは、スタッフに見送られながらその場所を出発した。

 最初のうち、そのトロッコは暗い線路の上をゆるゆると走っていた。線路の上で作業をしている人形が動いていたように思う。ところが、突然、目の前に列車が現れ、その列車と私たちの乗ったトロッコが危うく正面衝突しそうになった。なるほど、このアトラクションは、正面衝突の危機感を味わうことのできるアトラクションだったようだ。私たちの乗ったトロッコは、時にジェットコースターのように速く走り、私たちをアトラクションの出口へと導いた。

 何が何だかわからず、時間もないので無我夢中で乗り込んだトロッコだったが、アトラクションの出口に着いたとき、私たちは興奮していた。閉館までの短い時間の中で、最も濃い時間を過ごすことができたのではないだろうか。アトラクションの出口に着いて時計を見ると、閉館のおよそ十分前だった。博物館の出口まで少し歩かなければならない上に、トイレにも行っておきたかったので、私たちはそこで見学を諦め、出口へと向かった。

 歩きながら、博物館の入口でもらった会場案内図を確認してみると、どうやらさきほど利用したようなトロッコのアトラクションがあと二つはあったようだ。せっかくここまで来たのに、すべてのアトラクションを体験することができず、とても残念だったが、それだけに、何が何だかわけもわからず慌てて乗り込んだトロッコのアトラクションが、私たちの胸に深く刻まれたのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、駆け足で回ったオランダ鉄道博物館をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m トロッコに乗った場所は暗い場所だったので、二人連れの父子がいなければ、私たちはトロッコに乗るを遠慮していたことでしょう。彼らのおかげで、短い博物館の滞在時間も、とても濃いものになりました。時間のないとき、いくつもの展示品を駆け足で見て回るよりは、一つのことに集中したほうが、心に残るものは大きいですね。二人連れの父子に感謝します。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.19

飛行機の中でもマジクール

電子ロック式のコインロッカーの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m そもそもコイン式のロッカーではないので、コインロッカーと呼ぶのも変かもしれませんね。(苦笑)写真でご紹介したように、クレジットカードで精算できるようになっています。さすが、国際的な観光都市ですね。

 ここのところ厳しい残暑が続いているが、最高気温が三十五度前後の日本と違い、滞在中のフランクフルトは最高気温が二十四度前後、アムステルダムは最高気温が二十度前後だった。あらかじめ、旅先の最高気温をインターネットで調べておいたので、これならば上半身にほてりのある私でも快適に過ごせるだろうと思っていた。しかし、万が一のためにと思い、最近、仕事中に上半身のほてりを収めるために使っていた【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を機内に持ち込むカバンの中に忍ばせておいた。

 以前、「冷やし腕」始めました。という記事でご紹介した、私のほてり対策を覚えてくださっているだろうか。これだと、手に巻いたハンドタオルがすぐに乾いてしまうため、トイレに立つ度にハンドタオルを水で濡らさなければならなかった。しかし、【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...は、布の中に仕込まれた特殊高分子ポリマーが水分をたっぷり吸収してくれるので、ひんやり感が最大で二十時間以上も持続するのだ。私は仕事中に、【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を頭と首、それから両腕にも巻きつけて、上半身のほてりを鎮めている。こうして冷やしておけば、仕事中にパタパタと団扇で扇がなくても済むのである。

 実は旅行中も、【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...の出番はあった。意外にも、行きと帰りの飛行機の中がひどく暑かったので、カバンの中に忍ばせておいた【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を取り出して、使用したのだ。飛行機は、高いところを飛んでいるので、外気はマイナスの気温になっているはずである。だから、預けておいたスーツケースが良く冷えていることもあるくらいだ。それでも機内が暑かったということは、暖房が効き過ぎていたのかもしれない。行きの飛行機で私の前に座っていた外国人男性も、機内設備のしおりを手に取り、パタパタと何度も身体を扇いでいたほどだ。

 私はいつものように、【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を頭と首、それから両腕に巻き付けた。ひんやりとした感触が私を包み、とても気持ち良かったのだが、隣に座っていたガンモもひどく暑そうだったので、私は片方の腕から【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を一つ外し、ガンモの首に巻き付けた。ガンモは、【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...が意外にもひんやりしているので、驚いていたようだ。しかも、ひんやり感が長時間、持続するのがうれしいではないか。

 ただ一つ、【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...の難点を挙げるとするならば、装着するときに水が滴り落ちることくらいだろうか。しかし、それもすぐに乾いてしまうほど毎日暑いので、私としてはまったく問題なしである。

 帰国するとともに、私たちは再び最高気温が三十五度前後の日常へと舞い戻った。私は相変わらず、オフィスで【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を愛用している。ある派遣仲間は、
「その商品、品切れ状態なんでしょう? 良く手に入りましたね」
と言って来た。さすが彼女は、インターネットの通販でたくさんの買い物をしているだけある。そう、私がさきほどチェックしてみただけでも、同じ商品を検索すると、かなりのお店で既に品切れ状態だった。とにかく、毎日が異常な暑さなので、少しでも涼しく過ごすために、注文が殺到しているらしい。

 また、ある女性社員の方は、私がトイレで【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を濡らしているのを見て、
「それは何ですか? 実は、それを使った状態のものが家の中にいくつか散乱しているんですけど、何なのか良くわからないんです」
と言った。それが何であるのか、家の人に聞かずに、私に聞くというのが面白いではないか。私は、これは水に浸すと脹らんで、水が気化するときに熱を奪うために涼しく過ごせるのだと説明した。女性社員の方は私の説明に納得し、長年の謎が解けたようなすっきりした表情をしていた。

 おそらく、これからも厳しい残暑は続くだろう。私は寝るときも、オフィスでも、帰宅途中も、【マジクール(ライトブルー)】 長時間クール持続!水を含ませるだけでヒンヤリ冷たい冷却スカー...を手放せない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m あまりにも気持ちがいいので、実家の両親にも贈ったところ、早速首に巻いて就寝したようです。そして、気持ち良く寝られたとの感想をもらいました。ゆるく冷房が効いた部屋で扇風機を回しながら使うと、涼しさが一層増しますね。(^^) 記事の中でご紹介したのは、色の薄いライトブルーですが、ネイビーもあります。ネイビーのほうが汚れが目立たないので使うには良いのですが、やはり汚れが目立たないだけに、現在は入手困難のようですね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.18

電子ロック式のコインロッカー

難易度の高いSUBWAYに挑戦の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 利用客からのいろいろな細かい指定を受け入れるために、SUBWAYでは流れ作業の形式が取られていました。例えば、パンの中にメインのお肉を詰める人、サラダを詰める人、ドレッシングを掛ける人、といった具合にです。そして、出来上がったサンドイッチがSUBWAYのロゴ入りペーパーに包まれ、最後にレジへと進むわけですが、レジ係の女性とサンドイッチを包んでくれた男性は、どうやらインド人だったようです。そのため、私たちが食べたサンドイッチに包まれていたペーパーには、ヒンドゥー語のようなメモ書きがあるように見えます。

 アムステルダムでの最終日、すなわち、いよいよ日本に帰国する日のことである。私たちは、宿泊先のホテルをチェックアウトしたあと、スーツケースをコロコロと転がしながら路面電車に乗り、アムステルダム中央駅へと向かった。帰りの飛行機は二十一時の予定だったので、アムステルダム中央駅の大型コインロッカーにスーツケースを預けて、アムステルダム市内を観光しようと思っていた。

 ところが、ホテルをチェックアウトしたのがお昼頃だったためか、アムステルダム中央駅のコインロッカーは、既に空きのない状態だった。最初のうち、コインロッカーの奥のほうのエリアに空いているコインロッカーがいくつかあったのだが、それらのコインロッカーは、私たちのスーツケースを収めるには少し小さかった。ガンモは、空いているコインロッカーにスーツケースが入ればラッキーだと思ったのだろう。スーツケースを収めようと何度かトライしてみたものの、もう少しのところで入らなかった。

 私は、しばらくコインロッカーの前で待っていれば、私たちよりも早い時間にコインロッカーにスーツケースを預けた人たちがやって来て、コインロッカーを明け渡してくれるのではないかと思っていた。しかしガンモは、いつ空くとも知れぬコインロッカーの空きを待ち続けるのは気が気じゃなかったようで、
「スキポール空港に行けば、スーツケースの入るコインロッカーがあるらしいから、諦めてスキポール空港に行こう」
とせっかちな提案をして来た。それでも私は、スキポール空港に行ったとしても、コインロッカーが空いているという保証はないし、スキポール空港まで往復している間にコインロッカーが空くのではないかと気軽に構えていたので、ガンモの提案に対し、消極的な姿勢を見せていた。

アムステルダム中央駅の構内にある大型コインロッカー。一つも半開きになっていないということは、すべてのコインロッカーが埋まっているということである

 ガンモは考えた末に、さきほどトライしたものの、やむなく断念した小さめのコインロッカーに、自分のスーツケースをもう一度入れてみたいと言い出した。そこで、再び奥のコインロッカーまでスーツケースを転がして行き、空いているコインロッカーを探そうとしたのだが、私たちが大きめのコインロッカーに移動して右往左往しているうちに、さきほどまで空いていたはずの小さめのコインロッカーがほぼ埋まってしまっていた。

 がっくりと肩を落としながらも、なかなか諦め切れず、私たちは再び大きめのコインロッカーのところまで戻った。相変わらず、私はお気楽に構えていたところ、ガンモが突然、
「まるみ!」
と叫んだ。声のした方を見ると、何と、ガンモが私たちのスーツケースが入る大きさの、空いたコインロッカーを一つキープしているではないか。タイミング良く、コインロッカーに預けたスーツケースを出しに来られた方がいらっしゃったようで、有り難いことに同時にもう一つ、コインロッカーが空くことを教えてくださったそうだ。もう一つ空いたコインロッカーは、三段あるコインロッカーのうちの最上段だったが、私はコインロッカーを空けてくださった方にお礼を言って、力をこめて自分のスーツケースを最上段の空いたコインロッカーに収めた。

 それらのコインロッカーは、日本にある鍵式のコインロッカーとは違い、コインロッカーが空いているときは半開きの状態になっていた。そして、コインロッカーを使用するときは、コインロッカーの中に先に荷物を入れ、半開きになっている扉を手で押さえた状態にしておいて、もう一人の人が操作パネルを操作してコインロッカーの精算をしたあと、コインロッカーを施錠することになっていた。半開きになっているコインロッカーの扉を手で押さえなければ、操作パネルに精算の画面が出て来ないことから、これらの一連の操作は少なくとも二人で行なう必要があるようだ。何故なら、操作パネルはコインロッカーのブロックごとにただ一つしかないからだ。

 運良く、空いたコインロッカーにスーツケースを預けることができて舞い上がっていたガンモは、操作パネルから自分たちが預けた以外のコインロッカーを操作しようとして、他の利用客から注意を受けていた。「ガンモ、落ち着いて!」と心の中でエールを送っていると、私が手で押さえていたコインロッカーがカチャリと音を立てて締まった。操作パネルを操作していたガンモが精算を終えたため、コインロッカーが電子ロックで施錠されたのだ。

大型コインロッカーの操作パネル。現在は、一つも空きがないと表示されている

 こうして、スーツケースを無事に大型コインロッカーに預けることができたので、私たちは心行くまでアムステルダムの最終日を満喫した。そして、アムステルダム市内を観光したあとは、再びアムステルダム中央駅に戻り、操作パネルを操作してコインロッカーの電子ロックを解除してから、コインロッカーの中に預けたスーツケースを取り出した。その後、オランダ鉄道に乗り、スキポール空港へと向かったのである。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私の経験からすると、お気楽に構えているときのほうが、未来を予知できているような気がしますね。むしろ未来を予知できているために不安がなく、お気楽に構えていられるのかもしれません。良いタイミングで二つの大型コインロッカーが同時に空いて良かったと思います。スキポール空港まで往復しなくても良かったので、お金と時間の節約になったはずなのですが、そう言えば、高いペナルティを取られたんですよね。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.17

難易度の高いSUBWAYに挑戦

紙一重の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。私たちが海外に出掛けたときに、右側通行に慣れないということは、海外からやって来ている外国人の皆さんもまた、日本の左側通行には慣れないということなんでしょうね。エスカレータに乗るときの立ち位置についてもそうですが、どこかの段階で全世界中で一斉に、どちらか一方に統一すればいいのにと思うこともあります。しかし、旅行に出掛けると、逆にこうした違いが新鮮な驚きとなるのも事実であります。

 アムステルダムの街を観光しているとき、私たちはどうしてもトイレに行きたくなってしまった。しかし、アムステルダムの街には公衆トイレがなく、ここならトイレがあるだろうと思って入った大きな衣料品店にもトイレはなかった。そこで、気軽に入れそうなファーストフードのお店を探し始めたのだが、これまたなかなか見付からない。そして、あちらこちらを探し回った挙句、ようやく見付けたファーストフードのお店は、難易度の高いSUBWAYだった。

 SUBWAYでの注文は、マクドナルドのようには行かない。自分が食べたいサンドイッチの完成形に辿り着くまでの間に、実に様々な細かい注文を繰り返すことになるため、例え日本の店舗であったとしても、注文することに慣れていなければ敬遠したくなってしまうほどだ。それらの細かな注文をすべて英語で指定できるのかどうか、あまり自信はなかったのだが、とにかく私たちはトイレに行きたい一心で、SUBWAYの入口をくぐった。

どうしてもトイレに行きたかったので、難易度の高いSUBWAYに挑戦

 トイレは奥の地下にあるようだった。私たちは店内に入るや否や、すぐにでもトイレに行って、緊張を取り除いた状態でサンドイッチを注文したい気持ちでいっぱいだった。しかし、お店の人たちに歓迎されたために、ひとまず注文を済ませてからトイレに行くことにした。

 こじんまりとした店内には、既に数人の利用客がいた。幸いだったのは、お店の人もオランダ人ではなく、お店の利用客も国際色豊な人たちばかりだったことだ。つまり、いろいろな国々からやって来た人たちが、英語という共通語で繋がろうとしていた。

 私はまず、パンの大きさを指定し、続いてパンの生地を選んだ。そして、パンの中にお肉として何を入れるかを指定し、サラダの組み合わせを選び、ドレッシングも選んだ。ここまで選ぶと、やれやれである。あとは、飲み物はどうかと聞かれたので、やはり注文し易いコカコーラを注文した。ちなみにガンモのためにも、私とまったく同じものを注文した。ここでも注文担当は私なのである。

 私たちのすぐ後ろに、フランス人らしき若者が並んでいたのだが、彼の注文する内容がおかしくて、私はいちいち吹き出してしまった。彼は、自分の思い通りに注文が通らないことに戸惑いを感じているようでもあった。お店の人が彼の注文を勘違いしたまま彼のサンドイッチを作り始め、彼が「まあ、いいか」といった感じで諦めモードに入っているのが良くわかった。また、彼にはサラダの組み合わせとして苦手なものがあったらしく、一番奥の素材を指差して、
「それ以外のものを全部」
と言った。彼が避けた一番奥の素材はピクルスのようだったが、ピクルスを英語で何と表現したらいいか、彼はしばらく悩んでいたようなのだ。そして、ようやく言葉を発したので、私にはそれがおかしくてたまらなかった。

 英語圏に住んでいるのではない人たちが話す英語を聞くと、とても勉強になる。彼らの話す英語は必ずしも正しい英語表現ではないのかもしれないが、それでも、日本人が避けて通りがちな、片言ではなく、ちゃんと文章にして表現するという目的がきちんと達成されている。だから、彼らの話す英語は、同じように英語を母国語としない私たちの思考回路に良く馴染む。そして、耳にする度に、毎回、新しい発見があるのだ。

 こうして私たちは、無事にサンドイッチを手に入れることができたので、席につくや否や、念願のトイレをお借りした。地下にあるトイレの入口には、お店を利用しない人は五十セント(ユーロ)払ってくださいと書かれてあった。やはりトイレの少ないヨーロッパでは、お店を利用せずに、トイレだけ利用したい人たちもいるのだ。

 私のあとに、ガンモもトイレに立った。やがてガンモもトイレから帰ると、私たちはようやく落ち着いて、注文したサンドイッチを食べることができた。これまで難易度が高いと思って、海外ではあまり利用したことのなかったSUBWAYだったが、国際色豊なお店だったおかげで、ちょっぴり自信がついた。互いに母国語ではない言葉でコミュニケーションを取るためには、互いに分かり合おうとする気持ちが大切なのだと思った。

注文したサンドイッチとコカコーラ

15センチと30センチのパンの中から、私たちは15センチのパンを選んだ

記念すべきSUBWAYのロゴ入り紙ナプキン

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m SUBWAYは、注文時に指定する項目が多いので、日本でもあまり利用していなかったのですが、とうとう海外でもデビューを果たしました。いろいろな国の人たちが英語という共通言語で繋がり、自分もその中の一員なのだと思うと、妙な一体感を味わうことができました。それは、日本ではなかなか体験することのできない一体感でした。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (1)

2010.08.16

紙一重

Big Tasty met Baconのセットと無銭トイレの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事の中でご紹介した特製グラスをもらえるキャンペーンのページをガンモに見せると、ガンモは「あのとき、何で要らないって言った?」と、特製グラスへの熱き想いを再燃させてしまったようです。結局、まだ諦め切れていなかったんですね。私も、そのページを見ていたら、やっぱり欲しくなってしまいました。(苦笑)

 海外に出掛けたときに注意したいのは、多くの国々において、日本とは反対の右側通行で自動車が走っているということである。かつて北京を訪れたとき、たくさんの人たちが自転車に乗って走っていたので、私たちもレンタサイクルを借りて、北京の自転車集団の中に紛れ込んでみようと思い立った。ところが、ホテルのスタッフにそのことを相談すると、
「こちらは日本と違って自動車も自転車も右側通行なので、日本と同じ感覚でレンタサイクルを利用されるのは危険ですよ」
とアドバイスしてくださった。それでも、ホテルのスタッフに無理にお願いして、レンタサイクルを借りられるように手配していただいたのだが、結局、直前になって怖くなり、ホテルのスタッフに教わったレンタサイクルのお店に行くのをやめてしまった。確かに、北京に限らず上海もそうだったが、自動車が右側通行でビュンビュン走っているところへ自転車も一緒に仲間に加わるのだから、かなりの勇気が要るはずである。

 そして私たちは、北京で達成されなかった想いをパリでヴェリブというレンタサイクルに乗ることで、達成することになった。実際、左側通行の感覚を持ったまま右側通行の国で自転車に乗るのは、かなり危険だとわかった。特にパリでは、自転車も自動車と同じ車道を走ることが多かったため、スリル満点のサイクリングとなった。

 さて私たちは、フランクフルトに着いてホテルにチェックインするために、ホテルの最寄り駅前からスーツケースを転がしながら、歩行者用信号のある道路を渡って、ホテルまで歩いて行こうとしていた。ご存知のように、関西への在住期間が長くなると、例え赤信号であっても、ついつい道路を渡る根性が据わって来る。四国出身の私たちも例外ではなく、しばしば赤信号の道路をみんなで渡っている。

 そんな感覚で、フランクフルトの歩行者用赤信号を無視して、ガンモは道路を渡り始めた。普段から歩くのが遅い私は、ガンモの少し後を追いながら、赤信号で道路を渡っているガンモを見守っていた。すると、ガンモが赤信号で渡っているその道路の左側から自動車が猛スピードで走って来るではないか。私は咄嗟のことで何と言ったのか忘れてしまったが、とにかく自動車が来ていることをガンモに知らせようと、できる限り大きな声でガンモに向かって何か叫んだ。それは、祈りにも似た叫び声だったと思う。私の声に驚き、ガンモの少し先を歩いていた、ガンモと同じように歩行者用赤信号を無視して道路を渡ったドイツ人までが驚いて振り返った。猛スピードで走る自動車がガンモのすぐ近くまでやって来たとき、私は自分の見ている目の前で、ガンモがその自動車に牽かれてしまうと覚悟した。しかしその自動車は、ガンモの間近まで来ると、ガンモを上手に避(よ)けて、猛スピードのまま走り去ったのだ。

 おかげでガンモは無傷だった。あとから聞いてみると、ガンモはそのとき、自分の身に何が起こっているかわからなかったのだという。何故ならガンモは日本の感覚で、道路を赤信号で渡るときには右側しか確認していなかったと言うのだ。普段、道路を赤信号では渡らないよいこの皆さんも、日本の道路を赤信号で渡ることを想定して頭に思い浮かべてみて欲しい。最初に確認するのは右側のはずである。何故なら、左側通行の日本では、自動車が右側からやって来るからだ。そして、手前の車線を渡り切ったならば、今度は左側を確認するはずだ。しかし、右側通行の国ではその順序が逆なのである。ガンモは日本と同じ感覚で、まずは右側の道路から確認して、道路を渡り始めたようなのだ。そして、右側から自動車が一台も来ていなかったため、安全だと判断し、道路を渡ったらしい。

 私は、ガンモが自動車に牽かれずには済んだものの、あまりもの恐ろしさに、目の前で見ていた光景がしばらくトラウマのようになった。ホテルの客室で、その瞬間を思い出しては、何度も涙した。フランクフルト滞在中、何度となくその場所を通ったが、そこを通る度に、ガンモがここで猛スピードで走る自動車に牽かれそうになったことを思い出し、命の大切さに胸がきゅーんと痛んだ。およそ十二時間の飛行を終えてホテルにチェックインしたあと、眠くてたまらなかったのに興奮してなかなか眠れなかったのは、このような衝撃的な出来事があったからである。

 私はこのことを通して、生きるか死ぬかを決定付けるのは、ほんの紙一重なのかもしれないと思った。少々大袈裟かもしれないが、その紙一重とは、ガンモと猛スピードで走って来る車との距離であったかもしれない。その紙一重のために、私たちはぬかりなく、与えられた命をしっかりと気を引き締めて生き抜いて行かなければならないとも思った。そして、今、ここに生かされているということを心から有り難く思った。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今まで書いていませんでしたが、フランクフルトに着いた直後に、このような出来事があったのでした。皆さんも、海外に出掛けられるときは、右側通行の自動車には注意してくださいね。左右を確認して渡るのが一番無難だと思います。特に、路面電車の走る街では、横断歩道ではないところを横切る機会も多くなりますので、注意が必要だと思います。出来事は、時間軸と空間軸が一致して初めて起こりますが、どちらかの軸をほんのちょっとずらすだけでも、結果が大きく異なるものなのだとわかりました。もしもそのずらした分が紙一重だとすると、毎日の瞬間、瞬間がとても貴重な時間のように思えて来ます。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.15

Big Tasty met Baconのセットと無銭トイレ

シンゲルの花市場を歩くの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。色彩も豊なシンゲルの花市場は、例え買い物ができなくても、見ているだけで楽しいエリアでした。あとから母に報告すると、植えない球根は、植える時期が来るまで冷蔵庫に入れておけば腐らないそうです。それを知っていれば、スキポール空港で球根を買うこともできたのに、残念でした。

 少々大袈裟かもしれないが、世界のマクドナルドというカテゴリを新たに追加し、これまで訪問した国々で利用したマクドナルドの記事をまとめてみた。今回の旅行では、オランダのアムステルダムでマクドナルドを利用した。シンゲルの花市場を歩き切ったところにあるマクドナルドで昼食をとったのだ。

シンゲルの花市場を歩き切ったところにあるマクドナルド

 マクドナルドに入ると、注文するのはたいてい私の役目である。オランダ語を話すことのできない私はたどたどしい英語で、店内に掲示されている写真を指差しながら、食べたいものを注文した。私が注文したのは、"Big Tasty met Bacon"という大きなおいしいベーコンのハンバーガーのポテトとコカコーラのセットである。喉が渇いていたので、日本では有り得ないことだが、ビッグサイズのコカコーラにしてもらった。

 ポテトと飲み物のセットを注文すると、特製グラスをもらえるキャンペーンが開催されていたらしく、注文したときに、
「グラスは要りますか?」
と尋ねられた。しかし、例えグラスをもらったとしても、無事に日本に持ち帰れる自信がなかったので、必要ないと言ってお断りしてしまった。私がグラスを必要ないと断わったのを聞いて、ガンモが後ろから、
「グラス、欲しかったのに」
などと言った。私はどう考えても、グラスを二個も無傷のまま日本に持ち帰るのは無理だと考え、ガンモに反論した。それでもガンモは、
「記念になるのに」
などと言った。確かにその通りで、本当は私もグラスが欲しかったのだが、スーツケースの中で割れてしまう可能性のほうがはるかに高いだろう。私がそう言うと、ガンモはぶつぶつ言いながらも諦めたようだ。

 喉が渇いていたのでビッグサイズのコカコーラを注文したと書いたが、実は、ビッグサイズなのはコカコーラだけではなかった。箱に入ったベーコンのハンバーガーを開けてみると、何と、これまでに見たことがないほど大きなハンバーガーだった。コカコーラのサイズがビッグサイズなので、おそらくこの写真では、ハンバーガーの大きさがわかりにくいかもしれない。しかし実際は、お腹を空かせている食いしん坊の私たちでさえ食べ切れないと悲鳴を上げてしまうほどの大きさだったのだ。

喉が渇いていたので、飲み物はビッグサイズのコカコーラを頼んだのだが、Big Tasty met Baconと呼ばれるハンバーガーは、これまで食べたことがないほど巨大なハンバーガーだった。

 それでも残してしまってはもったいないと、何とか必死でたいらげて、店内にあるトイレをお借りした。トイレの前には、トイレを管理しているおばさんがいらっしゃったので、その方に三十セント(ユーロ)支払ってトイレに入った。そう、昼食を食べるためにマクドナルドに入ったのは、トイレをお借りする目的もあったのだ。

 最初に私のほうが席を立ち、トイレを利用したあと、しばらく経ってからガンモがトイレに立った。ちょうどガンモがトイレに立っているときに、お店の入口から、トイレを管理しているおばさんが店内に入って来るのが見えた。外で休息されていたのだろうか。ということはつまり、ガンモがトイレに立ったときには、トイレを管理しているおばさんは、トイレの前にはいなかったことになる。

 トイレから帰って来たガンモに、
「トイレのおばさん、いなかったでしょ」
と尋ねると、ガンモは、
「そうそう、いなかった。だから、お金を払わずに入って来た」
と言った。ガンモも最初のうちは、トイレを管理しているおばさんがいないことに戸惑ったのだという。すると、ガンモよりも先に入った男性が、お金を払わずに堂々とトイレに入って行ったので、ガンモもそれに続いたのだそうだ。なるほど、コインを入れて開錠するトイレではなく、トイレを管理しているおばさんに直接お金を支払って入るトイレとなると、そのおばさんが不在のときに、このようなことが起こり得るのだ。しかも、ガンモが特に狙いを定めたわけでもないのに、たまたまその瞬間に当たろうとは・・・・・・。

 特製グラスは断念することになってしまったが、ガンモがトイレを無料で利用させてもらったので、特製グラスのこともきっぱりと諦めることにしよう。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m Big Tasty met Baconは、これまで食べたこともないような巨大なハンバーガーでした。推測ですが、商品名の中のmetは、英語のwithに相当するものなのでしょうか。特製グラスは、六色の中から選べたようですね。持ち帰ることができなかったのは残念ですが、もろいガラス製品ですので、仕方のないことであります。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.14

シンゲルの花市場を歩く

COMMERZBANKの社員食堂の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。あとから気が付いたことですが、私たちが訪れたのは、COMMERZBANKの本店ビルだったようです。間近で見たので気付きませんでしたが、この本店ビルは、ヨーロッパでも最大級の高さを誇るビルのようです。ガンモ曰く、お客さん商売をしている会社だから、昼休みはシフト制を取っているのだろうとのことでした。確かにガンモの言う通りなのでしょうね。また、IDカードを首からぶら下げていなかったのは、やはり一般の利用客がいるということで、銀行員の方たちの個人情報を守るためにもIDカードを外すような教育がなされているのではないかとガンモは言っていました。IDカードを首からぶら下げてはいないにしても、それらしきものを持っている人を見掛けたようにも思うので、ポケットの中に大事にしまい込んでいたのかもしれません。

 今回の旅行で訪れたオランダのアムステルダムもまた、独身時代の二十年前に参加したツアーで訪れた場所の一つである。そのときは、KLMオランダ航空を利用して成田国際空港からロンドンのヒースロー空港まで飛んだために、乗り継ぎ便を利用する目的で一時的に立ち寄ったスキポール空港内で数時間過ごしただけだった。しかし私は、スキポール空港のお土産売り場でそのとき持参していたトラベラーズチェックを使って木靴を買い、その木靴を職場に持参して仕事中に履いていたという話を以前も書いたと思う。

 その木靴だが、私が二十年前に購入したときのように、オランダのお土産売り場の店先に当たり前のように並べられるものではなくなりつつあるようだ。木靴はオランダの伝統的なお土産品かもしれないが、やはり実用的でなく、お土産としてもひどくかさばるということで、売れ行きが芳しくないのかもしれない。そんな木靴の替わりにお土産売り場の店先に並べられていたのは、木靴の形だけ残した布製のルームシューズだった。価格も一足十ユーロ程度とお手頃で、私自身も一足欲しいくらいだった。しかし、夏でも最高気温が二十度前後のアムステルダムと違い、最高気温が三十五度前後まで上昇する日本に温かいルームシューズを持ち帰るのは少し気が引けた。

 さて、そんなお土産店も数多く並ぶ、シンゲル運河沿いの花市場を訪れてみた。もしも誰かに、アムステルダムで一番気に入った場所はどこかと尋ねられたならば、私は迷わずシンゲルの花市場と答えるだろう。シンゲルの花市場の店先には、チューリップをはじめとする球根や花の種などがたくさん並べられ、アムステルダムのお土産品として売られているのである。

 私は、花が大好きな母のために、オランダの球根をお土産に買って帰りたい気持ちでいっぱいだった。きっと母がここに来れば大喜びするに違いない。何しろ、私の実家の庭は、それこそジャングルのように花がたくさん生い茂っているのだから。

 しかし、旅行ガイドブックやインターネットなどの情報によると、日本に持ち帰る球根は検疫済みのものでなければならず、シンゲルの花市場で売られている球根は検疫済みのものではないため、日本に持ち帰ることはできないとのことだった。日本に持ち帰るためには、その球根が検疫済みであることを示す証明書が必要なのだという。また、例え日本に球根を持ち帰ったとしても、実際に球根を土に植えるのはもう少し涼しくなった秋らしく、湿気の多い日本では、オランダから持ち帰った球根を植えるまでの間に球根が腐ってしまうことが多いそうだ。ちなみに、検疫に関しては、スキポール空港で売られている球根であれば、検疫済みなので問題はないそうだ。

 私は、いろいろ考えた末に、シンゲルの花市場で売られている球根をお土産品として購入するのは見送ることにした。これだけたくさんの球根が売られているというのに、日本に持ち帰ることができないのはとても残念だったが、そのような状況であれば仕方がない。特に心惹かれたのは、木靴の形をした陶器の入れ物に球根を入れて売られているお土産品だった。オランダのお土産品としてはきっと最適なのに、見送らなければならないのはとても残念だった。

 例えお土産品として球根を日本に持ち帰ることができないにしても、シンゲルの花市場を歩くのは実に楽しい。数も豊富で色とりどりの球根が、シンゲル運河沿いに浮かんだお店の店先に並べられているのがたまらなくいいのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、シンゲルの花市場を歩くをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m シンゲルの花市場の通りは、片側が花市場で、もう片側がアムステルダムの一般的なお土産売り場として賑わっていました。検疫済みの球根をスキポール空港で買おうかどうしようか最後まで迷っていたのですが、やはり腐らせてしまっては意味がないと思い、断念しました。ふと思ったのですが、球根を植える時期が過ぎてしまうと、シンゲルの花市場はどうなるのでしょうね。また別の商品を扱うのでしょうか。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.13

COMMERZBANKの社員食堂

思い込みの心理の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。人生経験を積んで行くことは、とても大切なことなのですが、過去の経験が先入観となり、新しい経験の邪魔をしてしまうこともあるというお話でした。実際、人と話をしていても、相手が自分の過去の経験を引き出していると感じることは良くあるのではないでしょうか。そういうとき、過去の経験を引き出すのではなく、自分の話をちゃんと聞いて欲しいと思ってしまうこともありますよね。新しい経験をしているのに、過去の経験が多くを占めてしまっていたら、新しい経験を許容するスペースが少なくなってしまいますね。(苦笑)

 フランクフルトというと、私は今から二十年前の独身の頃に、ツアーで一度だけ訪れている。そのときは確か、市内を観光したわけではなく、十一日間(帰りの飛行機の都合で、実際には十二日間のツアーになった)でヨーロッパ五カ国を回るツアーで、飛行機の乗り継ぎのために、夜、フランクフルトに到着して一泊しただけの記憶しかない。それでも、当時の通貨であるドイツマルクに換金していたのだから、どこかで買い物くらいはしたのかもしれない。フランクフルトで宿泊したホテルがとても上品なホテルで、「ナイトチョコレート」なるものがベッドの脇に置かれていたことが強烈な思い出となっている。

 そのときの旅行で、今でも私の中に残っているのは、フリータイムのときに自分の足で街を歩き回った記憶だけである。ツアーバスなどでどこか有名な観光地に連れて行ってもらったとしても、自分の足で歩いていないため、ほとんど記憶に残っていないのだ。だから、自分の足で街を歩くということは、旅の記憶をずっと留めておくためにも、とても大切なことであるように思う。自分の足はすなわち、自分の意志でもあるわけだ。

 ところで、フランクフルトの旅行ガイドブックを眺めていたガンモが、
「銀行の社員食堂で昼飯を食おう」
と提案して来た。どうやら、COMMERZBANK(コメルツ銀行)という銀行の本社ビルにある社員食堂が、一般の利用客にも開放されているというのだ。私たちは、フランクフルト市内を散策しながら、その銀行の社員食堂を目指した。

 そこは、とてもおしゃれな空間だった。社員食堂だというのに、外からの階段を使って容易に昇ることのできるビルの二階にあり、外部の人たちも自由に出入りできるようになっていた。私たちが利用したのは、既に十三時を回っていたはずだが、私たちのように荷物を抱えているのではない、すなわち銀行員と思われる方たちがスーツを着て、同僚たちと楽しくおしゃべりをしながら昼食をとっていた。

 私は普段、仕事をしているときは、十二時から十三時という決められた時間枠の中で昼食をとっているが、今、ここで食事をしている人たちは、自分たちの仕事の都合に合わせて食事をとっているのだろうか。みんなで一斉に昼休みを取得するのではなく、昼食をとるのに都合の良い時間に社員食堂までやって来て、同僚たちとともに昼食を食べているというのがとても新鮮だった。

 しかも、私は勤務先でいつもIDカードを首からぶら下げていて、そのIDカードが名札兼オフィスへの入退室の管理の役割も果たしているのだが、社員食堂を利用している銀行員の方たちは、IDカードらしきものを持っていないように見えた。

 現在の私の勤務先にも、社員食堂はある。しかし、外部の人がその社員食堂を利用したいと思えば、受付で入館の手続きをしてから利用することになるだろう。また、現代は情報セキュリティなどの観点から、企業の秘密が外部に漏れることに対し、どの会社も神経質になっている。私たちも、例えば通勤途中や、社外の人たちと接触する可能性のあるエレベータなどで、企業秘密に関わるような話をしないように厳しく教育されている。そう、締めるか開放するかという観点で言えば、どちらかと言うと締める方向へと動いているのだ。

 それに対し、COMMERZBANKのように社員食堂を一般の利用客にも開放しているということは、企業の内部事情を開放しているとも考えられる。私の感覚からすると、社員食堂を利用している銀行員の方たちは、外部からやって来た一般の利用客に銀行の秘密が漏れないように、会話には充分注意しなければならないだろう。そうした教育が行き届いた上で社員食堂が一般の利用客にも開放されているのかどうかがとても気になったのだが、いかんせん、ドイツ語がわからないので、銀行員の方たちが一体何を話しているのか、さっぱりわからなかったというのが実情である。

 さて、社員食堂の利用方法だが、並べられている小皿の中から好きな料理をトレーに取ったり、またはサラダのように、大皿に盛られたものを自分で小皿に取り分ける場合もある。ちなみにサラダは量り売りだったので、精算時に、サラダのお皿だけ量りにかけられた。

 そうして自分の食べたいだけの料理を取り終えると、最後に飲み物のコーナーがあり、自分の好きな飲み物を選んでコップに注げるようになっていた。私は、ビールに似た色の飲み物を選んでみた。色がビールにそっくりだからなのか、まるでアルコール抜きのビールを飲んでいるような気がした。あとでわかったことだが、それは、りんごとグレープフルーツをブレンドしたLiftという飲み物だった。

 気になるお値段だが、二人で合わせて二十四ユーロくらいだった。一ユーロ百十三円として日本円に換算すると、三千百九十二円である。ちょっと贅沢なランチといったところだろうか。しかし、私たちが選んだ料理は、細かい指定の要らないボリューム満点の料理が多かったので、もう少し料理を取ることに慎重になれば、もっと安く上げられたはずである。実際、これでは食べ過ぎだろうと言えるくらい、ボリューム満点だった。

 食べ終わったあとは、自分でトレーを返却口まで運んだ。社員食堂に良くあるような、レーン式の返却口で、トレーごとレーンの上に乗せれば、あとは洗い場まで運んでくれた。社員食堂と同じスペースに売店があったので、ガンモはそこで、私が食事のときに飲んだLiftのペットボトルを購入した。コカコーラから発売されている飲み物のようだが、日本では見たことがない。からっとしたヨーロッパの気候に合うこの飲み物が、私たちはとても気に入ったのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、COMMERZBANKの社員食堂をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 社員食堂というと、地味なイメージがあるのですが、COMMERZBANKの社員食堂は、とてもおしゃれな空間でした。銀行のビルの上の階にこっそり社員食堂を作らずに、階段でも行き来できる二階に作っているのですから、最初から一般の利用客を受け入れることが目的だったのかもしれません。しかし、一見した限りでは、一般の利用客は少ないように見受けられました。ちなみに、東洋人は、私たちの他には誰もいませんでした。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.12

思い込みの心理

ドイツ/オランダのチップ事情の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ルーム係の人にとって、チップを集めるのは、宝探しのようなものかもしれませんね。そう言えば、私は学生時代に長野県の温泉旅館で住み込みのアルバイトをしていたことがありましたが、そのときは、お客様からお心付けをいただくと、女将に報告して、みんなで分け合っていましたね。金額も、私たちが旅行中に枕の下に忍ばせておくような小額のものではなく、何千円以上もの高額なものでした。

 海外に行けば、勘違いの一つや二つは起こり得る。たいていの場合、そうした勘違いは、これまでの経験がベースになり、とんでもない方向へと導かれることが多いようだ。

 オランダで訪れたとある美術館で、リュックをコインロッカーに預けようとしたときのことである。空いているコインロッカーを探していると、西洋人の男性と目が合った。見ると、その男性の前には開けられた状態のコインロッカーがあり、そこには何も荷物が入っていなかった。コインロッカーの使用には一ユーロ掛かるのだが、使用後にその一ユーロは返却される仕組みになっている。

 その男性は、私が空いているコインロッカーを探していることを察した上で、
「このコインロッカーは私が使っています」
と私に言った。今になって思えば、その男性は、自分がキープしているコインロッカーを私が奪ってしまうのではないかと不安になり、その言葉を発したのだろう。しかし私は、先日、ドイツ人の女性から、彼女が使用した直後のトイレを譲ってもらえた経験と勝手にリンクさせ、今回もそのコインロッカーを譲ってもらえるのだと誤解してしまった。そして、あろうことか、
「ありがとう」
などと言ってしまったのだ。

 すると、その男性は、明らかに不機嫌な様子で、
「これは私のお金なんです」
と主張した。そのときになって、私はようやく理解したのだ。その男性は、私に空いているコインロッカーを譲ってくださろうとしていたのではなく、むしろ自分がキープしているコインロッカーを私から守ろうとしていたのだと・・・・・・。それなのに私は、五十セント(ユーロ)を入れた状態でトイレを譲ってもらえた経験を類似のものとして引き出し、コインロッカーに一ユーロを入れたままの状態で譲ってもらえると思い込んでしまったのだ。

 私はすぐにその男性に謝ったのだが、この様子をすぐ側で見守っていたガンモにも呆れられてしまった。自分でも、これを書きながら恥ずかしい気持ちでいっぱいである。冷静に考えれば、コインロッカーをロックするために使用する一ユーロは、毎回、コインロッカーの使用後に返却されるのだから、一ユーロを入れたままの状態で第三者に譲ろうとするのはおかしいはずである。何故なら、使用後にコインロッカーを開けると同時に、最初に入れた一ユーロは返却口に返却されているからだ。つまり、私が勘違いしたような形で同じコインロッカーを別の人が使用するためには、返却口に返却された一ユーロを再び前面にあるコイン投入口から投入しなければならない。それなのに、そこで冷静な判断を下すことができずに、過去の出来事と勝手に関連性を持たせて結び付けてしまったのは、実に恥ずかしいことである。私たちが取る行動は、過去の経験に大きく支配されているようだ。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、お恥ずかしい限りであります。今回の出来事は、英語の理解不足というよりも、目の前で起こっている状況を過去に体験した出来事と勝手に結び付けてしまったために、思わぬ方向に転んでしまったわけなのですね。もちろん、コインロッカーに一ユーロを入れて待機していた西洋人の男性は、私がドイツ人女性から使用したばかりのトイレを譲っていただいたことなど知る由もありませんので、きっと英語を理解しない東洋人だな、と思ったに違いありません。(苦笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.11

ドイツ/オランダのチップ事情

難しいトイレ(8)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。難しいトイレシリーズは、多くの方たちが関心を持ってくださっているようですね。他にもいくつか難しいトイレシリーズでご紹介したい出来事がありましたので、今後の更新をお楽しみに。(^^)

 今回は、日本ではあまり馴染みのないチップについて書かせていただこうと思う。

 ヨーロッパにおいては、サービスを受けたときにチップが必要なのかどうか、判断が難しい。そこで私たちは、その国で受けるサービスに対し、チップが必要かどうかを、最新の旅行ガイドブックで確認することにしている。

 フランクフルトで滞在したホテルは、二人で一泊わずか五千八百円というリーズナブルなホテルだった。それでも四ツ星クラスのホテルらしく、掃除の行き届いた部屋でとても居心地が良かった。

 最新の旅行ガイドブックには、ドイツではホテルのルーム係の人に対してのチップは不要と書かれていたのだが、毎日きれいに掃除してくださっていたので、一日一ユーロだけのチップを枕の下に忍ばせておいた。

 あるとき、外に出掛けて行くために部屋の外に出ると、他の部屋を掃除しているルーム係の女性と出会った。彼女は私たちに対してとてもにこやかに接してくれて、英語で簡単なあいさつを交わした。その日、外出先からホテルの部屋に帰ってみると、部屋をきれいに掃除してくれていただけでなく、ガンモと私が使用するそれぞれの枕元にキャンディーを一つずつ置いてくれていた。きっとこれは、ルーム係の女性からの
「仲良くしましょうね」
という友好的なサインだととらえ、私たちはうれしくなった。

 翌日は、いよいよそのホテルをチェックアウトしてアムステルダムに向かう日だった。いつもならば、最終日はルーム係の人に手紙を書いてチップをはずんだりもするのだが、今回は手紙を書く余裕もなく、もともとチップが不要な国ということで、これまで通りの一ユーロを枕元に置いて部屋を出た。

 すると、前日顔を合わせたルーム係の女性が、私たちから少し離れた場所に立って作業をしていたというのに、私たちの姿を見付けると、遠くからわざわざ私たちに手を振ってくれた。私は、毎日きれいに掃除をしてくれたこと、キャンディをもらったこと、私たちは三日間の滞在を終えてフランクフルトを出発しようとしていること、滞在中、ずっと快適に過ごすことができたことなどを伝えたかった。しかし、咄嗟にそれらの言葉が出て来るはずもなく、ごく普通にあいさつを交わしてエレベータに乗った。今になって思えば、枕元にキャンディーを置いてくれたり、友好的に手を振ってくれたりしたというのに、私たちからのアプローチはとても消極的なものだったと言える。それらのことが、達成されなかった想いとして私の中に残った。

 一方、アムステルダムで宿泊したホテルは、五ツ星クラスの日本のホテルだった。ルーム係の人が毎日きれいに掃除してくれている上に、オランダはチップが必要な国だというので、私たちは毎日二ユーロを枕の下に忍ばせておいた。しかし、大きなホテルだからだろう。フランクフルトのホテルに宿泊したときのような、ルーム係の人との交流はなかった。

 ところが、ある夜、外から帰って来たばかりの私たちの部屋のベルが鳴った。出てみると、ルーム係の女性だった。
「タオルが必要ですか?」
と彼女は言った。しかし私たちは、タオルがないとフロントに連絡した覚えもなかった。おそらく彼女は、別の部屋からのリクエストと間違えて私たちの部屋に来てしまったのだろう。私は、これを機会にトイレットペーパーの予備をもらっておこうと思い、トイレットペーパーをくださいと彼女にお願いした。実は、備え付けのトイレットペーパーを使い果たしてしまい、予備のトイレットペーパーに手を出してしまったため、予備のトイレットペーパーが欲しかったからだ。ルーム係の女性は快く予備のトイレットペーパーをくれたのだが、今思えば、このとき彼女に対し、チップを渡すべきだったのかもしれない。しかし、突然のことだったため、うまく対応できなかった。

 チップと言えば、もっとスマートな渡し方がある。ICEに乗車したとき、私たちは温かいコーヒーを注文した。実はそのときに、お釣りの端数をチップとして、コーヒーを運んでくれたスタッフに渡しているのである。いや、チップを渡したというよりも、お釣りの端数を返してくれなかったと表現するほうが正しい。ICEの中で販売されているコーヒーは一杯二ユーロ九十セント(ユーロ)なので、二杯頼むと五ユーロ八十セント(ユーロ)である。これに対し、私たちは六ユーロ支払ったが、コーヒーを運んでくれたスタッフからお釣りの二十セント(ユーロ)は受け取っていない。何故なら、ICEの中でサービスを受けたときは、端数となるお釣りがチップに替わるという暗黙の了解があるからだ。ガンモは、前の席に座っていたドイツ人女性がそのように対処しているのを見て、自分たちもそのようにすべきなのだろうと判断したらしい。

 枕に忍ばせておいたチップも、外出から帰って来ると、毎回なくなっている。ICEの中で飲むコーヒー代のお釣りの端数は、暗黙の了解で返っては来ない。こうしたチップの習慣は、私たちにとってはあまり馴染みのないものだが、このような方法を取ることで、働く人もサービスを受ける私たちも互いに気持ち良く過ごせるなら、それでいいのではないかと思う。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m チップは、その仕事をする人にとっての、短い目標になるのでしょうね。有り得ないことではありますが、私自身の仕事にもチップの制度を取り入れることを想像してみると、何だか楽しくなる気がします。とりわけ、お客さんと接することが楽しくなるように思います。そう考えてみると、チップは、働く人とサービスを受ける人との間に接点を持たせるための媒体的な役割も持っているのかもしれませんね。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.10

難しいトイレ(8)

三十五ユーロのペナルティの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。何故、私たちがアムステルダム中央駅の改札で通したICカードが有効になっていなかったのか、未だに謎であります。車掌さんのおっしゃるように、チャージが足りなかったのかもしれません。それでも、路面電車で普通に利用できていたのは、路面電車の一回の利用料金が一ユーロにも満たないため、比較的長距離を走るオランダ国鉄とは料金体系が異なっているからかもしれません。

 海外に出掛けると、難しいトイレシリーズでご紹介できるようなトイレの登場をついつい心待ちにしてしまう。今回の旅行でも、難しいトイレシリーズの仲間に加えられそうな出来事がいくつかあったので、今日は、その中からお届けすることにしよう。

 ヨーロッパに行くと、不自由に感じてしまうのがトイレである。日本では、地下鉄に乗っても当たり前のように無料でトイレを利用することができるが、ヨーロッパの地下鉄の駅にはトイレがない。トイレが設置されているのはたいてい国鉄の駅で、それも有料である。トイレの一回の利用料金は、三十セント(ユーロ)から五十セント(ユーロ)だ。また、国鉄の車内には、無料で利用できるトイレが設置されているので、国鉄を利用したときは、積極的にトイレを利用しておくのも一つの手である。あとは、街のファーストフード店などに一回三十セント(ユーロ)程度で利用できるトイレがあるので、街を歩いているときにどうしもトイレに行きたくなったら、ファーストフード店に駆け込んで、トイレをお借りする手もある。街で見掛ける公衆トイレも、決してゼロではないのだが、その絶対数は、日本よりも確実に少ないので、外を出歩くときは、ある程度の覚悟が必要である。

 このように、日本よりもトイレを利用できるチャンスが格別に少ないとなると、ヨーロッパの人たちは、街を出歩くときにどのように対処しているのか、時々不思議に思うことがある。しかし、私にも少しずつわかって来た。どうやらヨーロッパの人たちは、トイレを利用できる回数が少ないなら少ないなりに、そのような環境に身体を適応させているようなのである。

 実は私は、今回の旅行の二日目から生理が始まってしまった。トイレを利用できる回数が格別に少ないとなると、布ナプキンから血液が漏れてしまうのではないかととても心配だった。しかし、不思議なことに私の身体は、ヨーロッパの環境に適応していた。トイレを利用できる回数が格別に少ないと最初からわかっていると、出血量の多い生理の二日目でさえ、生理の血液を漏らしてはいけないとコントロールされるようで、出血量は驚くほど少なかった。それだけではない。トイレに行きたくなる回数も、日本にいるときとは比べ物にならないほど少なかったのである。ただ、トイレに行く回数が少ない分、濃い色の尿が出ていたようだ。

 まるで、そのことを証明するかのように、無料トイレの設備のある国鉄を使った旅が続くと、「国鉄に乗っているのだから、いつでも行きたいときにトイレに行ける」というモードに切り替わり、実際にトイレに行く回数が増えたばかりでなく、生理の出血量も増えてしまった。どうも、トイレに行ける回数と、私たちの新陳代謝のサイクルは、比例しているように見えるのだ。要するに私たちは、環境に合わせて身体を作っているようなのである。

 ところで、私はドイツ語もオランダ語もさっぱりわからないまま今回の旅行に出掛けてしまったわけだが、ドイツのフランクフルトにあるショッピングセンターに設置されたトイレを利用しようとしたとき、果たしてどちらが女子トイレなのかわからず、学生時代、第二外国語にドイツ語を選択していたガンモに、
「ねえ、どっちに入ったらいいの?」
と尋ねた。ガンモは、
「Damenのほうだよ」
と教えてくれた。ちなみに、Herrenは男性用だそうだ。

ドイツ・フランクフルトのトイレ。ドイツ語がわからないと、どちらのトイレに入ったらいいかわからない

 ガンモに教えられてDamenと書かれた女子トイレに入ってみると、そこは五十セント(ユーロ)を入れて使用するコイン式の有料トイレだった。五十セント(ユーロ)を入れると、個室のロックが解除され、個室の中に入ることができるのである。

 私がトイレを利用するために、財布の中からまさしく五十セント(ユーロ)を取り出そうとしていると、個室の中からドイツ人のおばさんが出て来て、ドイツ語で私に何か語り掛けて来た。何を言っているのか、言葉そのものはさっぱりわからなかったが、きっと、
「このトイレを、このまま使っていいわよ」
と言ってくださったのだと思い、私は御礼を言って、自分の五十セント(ユーロ)を使うことなく、さきほどドイツ人のおばさんが出て来たばかりのそのトイレを使わせてもらった。五十セント(ユーロ)は、普段は閉まっている個室のロックを解除するために使われているはずなので、ドイツ人のおばさんは、自分が入れた五十セント(ユーロ)を有効活用して欲しいと思ってくださったようなのだ。これまでにも、ヨーロッパで同様の状況に出くわして来たが、おそらくこれも、トイレが有料であるという環境で生まれた生活の知恵なのだろう。

 トイレを済ませたあと、ガンモにこのことを報告すると、
「ひょっとして、お金が掛かるのは個室だけ?」
と言って、ガンモは恐る恐るHerrenと書かれた男子トイレに入って行った。どうやら利用料金が課金されるのは個室に対してのみだったようで、男性の場合は、個室を利用しない限り無料だったそうだ。こうしてドイツ人のおばさんのおかげで、私たちは二人とも課金されることなくトイレを利用することができたのだった。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m こんなふうに、開いたトイレを譲ってくださるということは、ドイツ人のおばさんご自身も、誰かから譲ってもらった経験があるのでしょうね。こうした生活の知恵は、お互いの立場を入れ替えながら、循環し、人々の間に浸透しているのだと思いました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.09

三十五ユーロのペナルティ

「天敵」の日本人スタッフの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。おかげ様で無事に帰国しました。最高気温が二十度前後という涼しいアムステルダムでしばらく過ごしていたので、やはり日本の湿度も温度も高いじめっとした気候から、早くもアムステルダムを懐かしく思う気持ちでいっぱいです。行きと同じく、成田国際空港と大阪国際空港を経由して帰宅したのですが、現地時間の夜の出発で、しかも疲れていたせいか、帰りの飛行機の中では実に良く眠れました。皆さんよりも一足早く夏休みをいただいたので、一晩のうちに時差を解消し、帰国の翌日からすぐ仕事に励みます。(笑)なお、今回の旅行の記事はもうしばらく綴って行きますが、平日は旅行アルバムと連携のない記事を書かせていただくことにして、写真の整理や旅行アルバムとの連携が必要な記事については、比較的時間に余裕のある週末を中心に書かせていただくことにします。

 路面電車が市民の足となっているアムステルダムでは、チャージ式のICカード(OV-chipkaart)が良く利用されている。チャージしたICカードを持っていれば、市内を走る路面電車にも乗れるし、オランダ鉄道(旧オランダ国鉄)にも乗れるし、アムステルダムからちょっと足を伸ばしたところを走る路面電車や路線バスにも乗ることができる。おそらく、感覚としては、日本のSUICAやICOCAに近いはずだ。

オランダで使われているチャージ式のICカード(OV-chipkaart)

 私たちも、ICEに乗ってアムステルダムに到着したその日に、ICカードを購入した。そして、そのICカードに二十ユーロをチャージしておいたのだ。更には、このICカードをオランダ鉄道でも使えるような操作もしておいた。これらの操作におけるガイダンスはすべてオランダ語で書かれていたため、実際にICカードを機械に通して操作したガンモは四苦八苦していた。

 滞在中、私たちはこのICカードを実に良く活躍した。とは言え、このICカードには有効期限が設けられていた。私たちの購入したICカードの有効期限は二〇一五年五月一日までだったので、もしもこのICカードにチャージしたユーロが残った場合、有効期限が切れるまでにもう一度アムステルダムを訪れようかとガンモと話していた。

 私たちは、オランダ鉄道を何度か利用したものの、使用済みの切符を持ち帰りたい気持ちもあり、ICカードは使用していなかった。しかし、いよいよ帰国する日になっても、私たちのICカードには十ユーロ程度のチャージがまだ残っていた。そのため、アムステルダム中央駅からスキポール空港のあるスキポール駅までオランダ鉄道を利用するときに、このICカードで入場して、ICカードに残っているユーロを消費しようと考えたのだった。

 アムステルダム中央駅の改札でICカードをかざしたとき、何となく反応がおかしかったような気がしたのだが、特に気にもとめずに私たちは列車に乗り込んだ。その列車は快速列車に相当する列車だったため、私たちのようにスーツケースを抱え、スキポール空港に向かう人たちも多く乗車していた。

 以前も書いたように、ヨーロッパの多くの鉄道は、乗車するときに切符を提示しなくても良い。その替わり、車掌さんが検札にやって来たときに、切符を持っていないと高いペナルティを支払わされることになる。

 快速列車に相当するその列車は、アムステルダム中央駅を出てからスキポール駅まではわずかだというのに、車掌さんが検札にやって来た。私たちは、ICカードをアムステルダム中央駅の改札に通していたので、それぞれのICカードを車掌さんに提示した。すると、車掌さんは私たちからICカードを受け取り、手持ちの端末を操作して私たちのICカードの使用状況を調べ始めた。そして、厳しい口調で、
「このICカードはチェックインされていない」
と言った。どうやら、私のICカードだけでなく、ガンモのICカードもまた、自動改札でチェックインされていなかったようだった。

 車掌さんは私に、どこから乗車し、どこへ行くのか尋ねて来たので、私はアムステルダム中央駅から乗車し、スキポール駅へ向かっていると答えた。私は、アムステルダム中央駅の改札でICカードをきちんと通したことを主張したのだが、車掌さんの持っている端末には、私たちがアムステルダム中央駅でICカードを通した記録が残っていなかったため、結局、高いペナルティを請求されることになってしまった。車掌さん曰く、チャージしている金額が足りなかったため、チェックインが完了しなかったのだろうとのことだった。私たちはオランダ鉄道を利用する直前まで、このICカードを使って路面電車に問題なく乗車していたが、もしかするとICカードを使ってオランダ鉄道を利用する場合は、ある程度以上のチャージが必要だったのかもしれない。

 そのペナルティとは、何と三十五ユーロだった。一ユーロ百十三円で計算すると、四千円近いペナルティを支払うことになってしまったのである。それに加え、アムステルダム中央駅からスキポール駅までの運賃三.七ユーロも同時に請求された。

 ところが、この車掌さんは、厳しいながらも、旅行者である私たちを見逃してくださった。というのも、本来ならば、ガンモに対しても同じようにペナルティが発生するはずなのだが、その分はおまけすると言ってくださったのだ。すなわち、二人で七十八ユーロ近く支払うべきところを、その半分にしてくださったのである。私たちは、車掌さんにお礼を言って、一人分のペナルティの三十五ユーロと、アムステルダム中央駅からスキポール駅までの運賃である三.七ユーロを支払った。

ペナルティを支払ったときの領収書。すべてオランダ語で書かれている。

 私たちが車掌さんとやりとりをしている間、車内は同じくスキポール駅に向かう人たちでいっぱいだったというのに、しんと静まり返っていた。車掌さんとのやりとりを終えると、同じ車両にいた中国人の女性がにこやかな表情で私に中国語で話し掛けて来た。私は、いきなりのことに戸惑い、またしても中国人に間違われてしまったと思い、
「私は日本人なんです」
と英語で軽く主張した。すると、その女性はひどく驚いた様子で、しばらく言葉が出て来なかったようだが、ようやく英語で話をしてくださった。その女性は、息子さんと一緒に香港から来られたのだそうだ。どうやら私のスーツケースに香港の空港で張られたシールが残っていたため、自分と同じように香港からやって来た旅行者だと思ったらしい。いや、もしかすると、またしてもガンモが中国人に間違われたために、親近感を持って、話し掛けてくださったのかもしれない。

 その女性と、
「香港は暖かいところですね」
と少しだけ話をした。おそらく、私たちが車掌さんに高いペナルティを請求されてしまったことがきっかけになり、声を掛けてくださったのではないかと思う。

 私は、高い授業料になったが、それなりに良い経験が出来たと思っていた。しかし、鉄道に関して完璧を求めようとするガンモは、しばらくの間、しょげ返っていた。
「ずっとまじめに切符を買い続けて来たのに、最後の最後でこんなことになるなんて・・・・・・」
とひどく悔しがっていた。

 結局私たちは、旅行の最終日にICカードの残りチャージ分を消費してオランダ鉄道を利用することができなかったので、ICカードに十ユーロ以上ものチャージを残したままアムステルダムをあとにすることになってしまったのだった。

一年前にも訪れたアムステルダムのスキポール空港。空港とオランダ鉄道が直結している。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 二人分のペナルティを請求されるべきところを、車掌さんは半分にまけてくださったのですが、ガンモとしてはかなり悔しかったみたいですね。私たちも、アムステルダム中央駅で改札をくぐったときに、「何かおかしいな」とは思っていたのですが、表示がすべてオランダ語だったため、そのまま通過してしまったわけなのです。残った十ユーロ余りのチャージを消費するために、五年以内にアムステルダムを訪れなければなりません。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.08

「天敵」の日本人スタッフ

「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞するの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。「真珠の耳飾りの少女」は、二〇一二年に東京と神戸にやって来るそうです。神戸では、神戸市立博物館に展示されるようですが、やはり館内は暗いのでしょうね。今回、マウリッツハウス美術館でいろいろな作品を鑑賞して、すべての作品が平等に扱われていると書きましたが、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」もレンブラントの「ニコラス・テュルブ博士の解剖学講義」もパウルス・ポッター(パウルス・ポッテル)の「雄牛」も、それらの一つ一つがマウリッツハウス美術館を構成する要素の一つになっているんですよね。その中で、ほんの一部の作品だけが日本にやって来るのだとしても、マウリッツハウス美術館の持つ雰囲気は伝わらないような気がしています。もちろん、有名なフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞するという目的は達成することができるかもしれませんが、「真珠の耳飾りの少女」がマウリッツハウス美術館を構成する要素の一つであることが、把握しにくいように思えます。

 私は今、帰りの飛行機の中でこれを書いている。八月一日から始まった今回の旅行も、いよいよ終わりを迎えようとしているわけだ。そこで今回は、旅行中のエピソードの一つをお届けしたいと思う。

 海外に出掛けると、ガンモが中国人に間違われ易いという話を、以前、書いたと思う。実際、中国や香港を訪れたときも、ガンモは現地の人から中国語で話しかけられたりしていた。そして今回の旅行でも、こんなことがあった。

 アムステルダムで宿泊したホテルは、日本のホテルだった。そこには当然、日本語を話せる日本人スタッフが勤務していたわけだが、ある朝、朝食を食べにレストランに降りて行くと、日本人スタッフの一人に背後から英語で、
"Good morning, Madam."
と声を掛けられた。何を言われていたのか、その先を聞き取ることができなかったのだが、その日本人スタッフは、私に何かを勧めてくださったようである。しかし、背後から話し掛けて来た日本人スタッフは、私の前に出て、正面から私の顔を確認するや否や、
「申し訳ありません。日本人でした」
と言って去って行った。

 私は、一体何が起こったのか訳がわからず、きょとんとしていた。そのホテルで朝食をとるときは、席に案内されたあと、コーヒーを飲むか紅茶を飲むかスタッフに尋ねられ、好みの飲み物が運ばれて来る仕組みになっていた。私たちは、既にその手続きを終えていたので、私たちのテーブルには、私たちの注文した飲み物が運ばれていた。それにもかかわらず、英語で何か話し掛けられたということは、中国の方向けに、「お茶を入れるためのお湯をご用意しましょうか?」といった案内だったのではないかと想像した。

 私がその日本人スタッフから英語で声を掛けられたとき、ガンモは料理を取りに行っていて、席にはいなかった。後ろ姿の私に対し、日本人スタッフが英語で声を掛けて来たということは、間違いなく中国人に見えるガンモと一緒に私が席に着いたものだから、当然、私も中国人だと思い、「お湯をご用意しましょうか?」と声を掛けて来たのではないかと思うのだ。

 席に戻って来たガンモに、これらの出来事を説明すると、ガンモはお腹を抱えて笑っていた。私は、
「私は中国人には見えないはずだから、私が中国人と間違われたのはガンモのせいだからね」
と言った。

 そんな話をしながら大いに笑ったあと、そのホテルの朝食に並べられているゆで卵を食べようと、私はゆで卵の殻をむいた。そして、むいたばかりの殻を、飲み終わったスープのカップに入れるために手を伸ばした瞬間、別のところから手が伸びて来た。何と、さきほどの日本人スタッフが、私が飲み終えたスープのカップを片付けようとしているのである。しかも、まさしく、私がゆで卵の殻をその中に入れようとしているその瞬間に手を伸ばして来ようとは・・・・・・。日本人スタッフは、私がゆで卵の殻をそのスープのカップに入れようとしていたことを悟り、そのスープのカップを片付けるために伸ばして来た手を慌てて引っ込めた。その後、その日本人スタッフと何となく気まずい雰囲気になったことは言うまでもない。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たちはその後、その日本人スタッフのことを「天敵」と呼んでいました。(苦笑)決して彼女の取った行動は失礼なものではなかったのですが、私たちにとっては、何となくタイミングの悪いスタッフでしたね。私たちを前にして、彼女自身も働き辛かったのではないかと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.07

「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞する

ミッフィーの故郷を訪ねての記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m たくさんの方たちから応援クリックを賜り、心より御礼申し上げます。実は、記事の中には書かなかったのですが、ディック・ブルーナ・ハウスから離れたところにミッフィー像がありました。このミッフィー像を遅くまで探し回っていたために、私たちがホテルに帰って来たのは二十二時を回った頃でした。写真にも収めてある通り、ミッフィー像は何とか見付けられたのですが、その付近にミッフィーの信号があったはずなのです。しかし、信号までは見付けられませんでした。地元の方に場所を尋ねてみたのですが、私の発音した信号機を意味する"signal"が通じなかったのです。(苦笑)どうやら、信号機を表現するのに、"signal"という単語は使われていないようですね。"traffic lights"なら通じたのかもしれませんが・・・・・・。

 アムステルダムへの滞在四日目の今日は、ちょっと足を伸ばしてデン・ハーグへと出掛けた。デン・ハーグは、アムステルダム中央駅からオランダ鉄道(旧オランダ国鉄)を利用して、普通列車で一時間くらいのところにある。

 朝からあいにくの雨で、半袖Tシャツ一枚で出掛けて行くのは肌寒かった。日本の皆さんには大変申し訳ないのだが、アムステルダムは夏でも最高気温が二十度前後ととても涼しい。上半身にほてりのある私でさえ、太陽が雲に覆われている日は寒かった。私はとうとう、半袖Tシャツをもう一枚重ね着することにした。それでもまだ寒かったので、腕を長袖仕様にするために、レッグウォーマーを腕に履いたりした。

 デン・ハーグもまた、路面電車の走る街だった。今回は、訪れるすべての街で路面電車が走っていて、路面電車好きの私としてはとてもうれしい。今回、デン・ハーグまで足を伸ばしたのは、二つの美術館に足を運ぶためだった。足を運んだ二つの美術館のうち、一つは帰国後にじっくりとご紹介させていただくことにして、今回はマウリッツハウス美術館(一部のガイドブックにはマウリッツハイス美術館とも記述がある。おそらく、ハウスは英語読みで、ハイスはオランダ語読みだと思う)について書いてみようと思う。

 土曜日ということもあり、アムステルダムにあるいくつかの美術館のように、長い長い入場待ちの行列が出来ているのではないかと覚悟して行ったのだが、雨が降っていたからだろうか。入場は思いのほかスムーズだった。それでも、中に入ってみると、たくさんの利用客がいた。

 マウリッツハウス美術館には、かの有名なフェルメールの「真珠の耳飾りの少女(青いターバンの少女)」が展示されている。「真珠の耳飾りの少女」と言えば、映画『真珠の耳飾りの少女』のスカーレット・ヨハンソンを思い出す。あの作品は、フェルメールがどのようにして「真珠の耳飾りの少女」を描くに至ったかを想像して製作された作品だったのだが、実に面白い作品だった。映画化までされた作品が、今、まさしく私の目の前に現れようとしていた。

 多くの美術館や博物館がそうであるように、マウリッツハウス美術館もまた、手荷物の持ち込みには制限があった。入場券の購入窓口のすぐ右手にはクロークがあり、上着やバッグ、傘などを預かってくれた。雨が降っていたので、多くの人たちがレインコートや傘を預けていたようだった。私たちも、入口でリュックを預けるように言われたので、素直に預けた。案内によると、A4サイズより大きいものは館内に持ち込めないらしい。

 こうして身軽になって入口から中に入ってみると、日本語の音声ガイドを聴くことのできる装置を無料で貸し出してくれるというので借りてみた。さすがにすべての作品について、日本語の音声ガイドが聴けるわけではなかったが、いくつかの主要な作品について、日本語で音声ガイドを聴くことができた。

 作品が展示されている著名な画家は、フェルメール、レンブラント、ルーベンスなどである。私は、二〇〇四年に神戸市立博物館で「栄光のオランダ・フランドル絵画展」が開催されたときにフェルメールの「画家のアトリエ」を見ている。そして今回は、「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞することができるというわけだ。また、ルーベンスに関しては、去年、ベルギーのアントワープを訪れたときにルーベンスの家を訪れている。ルーベンスの描写する質感には圧倒されたものだった。

 神戸市立博物館の展示方法が特にそうなのかもしれないが、日本の博物館や美術館は暗いという印象がある。また、借り物の展示物を傷めてはいけないと必要以上に気を遣っているふしもある。しかし、マウリッツハウス美術館では、手を伸ばせば作品に手が届く。もちろん、すべての作品は額に入れられているのだが、有名な作品だからと言って、いかめしい顔をしたスタッフが側に立っていたり、ガラスのショーケースに入れられていたりはしない。すべての作品が平等に並べられている。

 そして私は、「真珠の耳飾りの少女」の前に立った。想像していたよりも小さな作品だった。それにしても、光の描写が素晴らしい。そこに描かれているのはスカーレット・ヨハンソンでもなく、有名な誰かでもない。それでも、特別に惹き付けられる気がする。世界中から訪れた多くの利用客が、「真珠の耳飾りの少女」にじっと見入っていた。

 マウリッツハウス美術館は、作品が展示されているほとんどの部屋に、座って鑑賞するための丸いソファが設置されているため、じっくりと鑑賞したい作品の前に腰掛けて、音声ガイドに耳を傾けることができる。身体を休ませながらゆったりと絵を鑑賞することができるので、ストレスを感じない。私は、この美術館がとても気に入った。何よりも、すべての絵が対等に扱われているのがいい。

 ルーベンスの作品は、やはり質感が素晴らしかった。写真よりも忠実な描写と言っても過言ではなかった。レンブラントは、「ニコラス・テュルブ博士の解剖学講義」という作品が展示されている。私は、レンブラントに関しては、映画『レンブラントの夜警』という作品を鑑賞した程度の知識しかない。それでも、ここに展示されている作品を鑑賞して、講義に耳を傾けている外科医たちが真剣な表情で身を乗り出している様子に惹き付けられた。世の中の人たちに高く評価されている画家の作品というのは、確実に人々の心を捕らえる作品なのだと理解した。

 他にも、私の心を強く捕らえた作品がある。それは、パウルス・ポッター(パウルス・ポッテル)の「雄牛」である。大きなキャンバスに描かれたその作品は、ある時期まで、このマウリッツハウス美術館で最も人気の高い作品だったそうだ。目で観たものをフィルターにかけて美しく加工することなく、そのままに描写するという方法が多くの人たちの心を捕らえたようだ。

 私たちは閉館ギリギリの時間までマウリッツハウス美術館で過ごした。オランダもまた、二十二時くらいまで外が明るいというのに、美術館の閉館時間は十七時と少々早い。お土産品売り場でお土産を求めて外に出ると、雨がまだ降っていたが、私たちの心はとてもすがすがしい思いでいっぱいだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、「真珠の耳飾りの少女」を鑑賞するをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 館内も明るく、座って鑑賞できる場所があちらこちらに設けられ、気持ち良く鑑賞することができました。土曜日だったにもかかわらず、ストレスを感じることなくゆったりと鑑賞することができたのは、雨のおかげだったかもしれません。雨の日は、美術館巡りや博物館巡りが最適です。(笑)

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.06

ミッフィーの故郷を訪ねて

アンネ・フランクの家の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 館内は撮影禁止だったため、館内の写真をご紹介できなくて申し訳ありませんでした。館内で流れている映像には日本語の音声ガイドはなく、すべて英語かドイツ語かオランダ語かフランス語だったのですが、こういう状況に追い込まれると、英語のヒアリングにも力が入るようです。(苦笑)

 私たちは、特にミッフィーの大ファンというわけではないのだが、せっかくオランダまでやって来たのだから、ミッフィーの故郷であるユトレヒトを訪れてみることにした。ユトレヒトは、アムステルダム中央駅からオランダ鉄道(旧オランダ国鉄)を利用して三十分ほどのところにあった。私たちは、ユトレヒト駅構内の飲食店で昼食をとったあと、路線バスに乗り込んだ。

 ユトレヒトにはいくつかの博物館があるようだ。私たちは、セントラル・ミュージアムで、ミッフィーの生みの親であるディック・ブルーナの博物館となるディック・ブルーナ・ハウスとの共通権を購入した。セントラル・ミュージアムには、じっくりと鑑賞したい作品がいくつも展示されていたのだが、その日の十七時までの間に三つの博物館を回ることになっていたため、急ぎ足で鑑賞することになってしまった。

 セントラル・ミュージアムを足早に鑑賞し終えた私たちは、セントラル・ミュージアムのすぐ近くにあるディック・ブルーナ・ハウスに足を運んだ。入口を入るとすぐにミッフィーのグッズ売り場が目に入った。そこは最後のお楽しみとして取っておくことにして、私たちはリュックをコインロッカーに預けて、館内を回った。有り難いことに、日本語の音声ガイドの流れる装置を無料で貸し出してくれた。私たちは、館内のガイド表示に従って、その装置を操作して、それぞれの展示物の日本語の音声ガイドに耳を傾けた。

 最初の展示物は、ディック・ブルーナがこだわった色で造られた立体物だった。ああ、確かに彼はこれらの色を好んで使用している。しかし、最初からこれらの色に辿り着いたわけではなく、様々な試行錯誤があったらしい。

 続いて、黄金のミッフィーが展示されていた。この派手なミッフィー像は、ミッフィー誕生の五十周年を記念して贈られたものらしい。

 その奥には、世界各国の言語に訳されたミッフィーの絵本が並べられていた。これだけ壮大に並べられていると、ディック・ブルーナの生み出したミッフィーが、世界中の人たちに親しまれているのが良くわかる。このコーナーでは、ミッフィーの物語の朗読を日本語で視聴することができた。

 続いて、ディック・ブルーナの生い立ちやディック・ブルーナが絵を描くときのプロセスを示す絵などが展示されていた。ディック・ブルーナは、白い折り紙のような紙に、描く対象物の本質を極限まで簡略化した絵を描いているそうだ。私は、ミッフィーの絵がひどく無表情であることが気になっていたのだが、そうではなく、あの表情は、ディック・ブルーナによって本質を極限まで簡略化された結果だったのだ。このコーナーには、初期の頃のミッフィーの絵本も展示されていた。現在のミッフィーは耳がピンと立っているが、初期の頃のミッフィーはもう少し耳が広がっていたようだ。

 更に奥に進むと、子供たちが遊べるミッフィーの家やゲームなどがあった。ディック・ブルーナ・ハウスでうれしいのは、椅子を設置するにしても、子供たちが座る椅子は座高が低く造られていて、大人たちが座る椅子は座高が高く造られていることだった。すなわち、大人だけでなく、子供も一緒に楽しめるような目線で造られているのである。

 階段あるいはエレベータで二階まで上がってみると、そこにはディック・ブルーナのかつての作品が展示されていた。ディック・ブルーナは、ミッフィーを生み出すまでの間に、父の経営するデザイン会社で働いていたようだ。そのときに、本の表紙のデザインなどを手掛け、高く評価されていたらしい。しかし、のちにデザイン会社を退職しなければならない状況になり、そのことが独立するきっかけとなったようだ。

 二階の展示品の中で特に私の目を引いたのは、雫(しずく)を使った何枚かの絵だった。汗、雨、シャワー、涙、水滴など、同じような形をしていても、一緒に描かれるものや場所によって、それぞれが個別の役割を持つことになる。デザインを簡潔にすることで、雫の形がそれぞれ似通っていたとしても、一緒に描かれているものや場所が、その雫が何であるかを示してくれている。これは、私が普段から考えている人間の相対性のテーマとも近いような気がした。同じ人間でも、配置される場所によって、引き出されるものが違って来るということである。

 こうして、すべての展示を鑑賞し終えると、私たちはコインロッカーに預けたリュックを取り出し、ミッフィーのグッズ売り場へと向かった。ミッフィーのグッズは日本でもいろいろ売られているが、できればここディック・ブルーナ・ハウスならではのオリジナルグッズを手に入れたいものだ。私は何も買わなかったのだが、ガンモはTシャツやクレヨン、クリップ、自転車のベルなどを買い込んだ。

 ディック・ブルーナ・ハウスを満喫した私たちは、次なる博物館へと向かったのだが、そのときの模様については、日本に帰国してからじっくりと綴らせていただこうと思う。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ミッフィーの故郷を訪ねてをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m ディック・ブルーナ・ハウスを訪れてから、ミッフィーに対する誤解が解けたように思います。ミッフィーの顔には表情がなく、これまであまり親しみを持てなかったのですが、それがデザイン性を極限まで追求したものだとわかり、ミッフィーを見る目が変わって来ました。こうした博物館は、知らないものを理解したり、誤解を解くのに重要な役割を果たしていると思います。ところで、旅行を始めてから、更新時間が遅くなり、申し訳ありません。平日はいつも、通勤途中に更新しているので、朝の八時過ぎには更新が終わっているのですが、旅行中の現在は日本と七時間遅れの時差もある上に、一日の観光を終えてホテルに帰ると、もう疲れ果ててしまい、ほとんどバタンキューの状態であります。そのため、夜は「ガンまる日記」の下書きもせずにぐっすり眠っています。普段の文字のみの記事に加え、撮影した写真の整理をして旅行アルバムと連携させているので、一回の記事を更新するのにかなり時間が掛かってしまっている状態です。それでも何とかリアルタイムで綴って行きたいと思っています。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.05

アンネ・フランクの家

ガンまる、ICEに乗るの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 記事の中のリンクがおかしなことになってしまっていて、申し訳ありませんでした。実は、ホテルのインターネット環境が、ガンモと私のそれぞれのノートパソコンを同時にインターネット接続可能な状態にしてくれないため、自分のノートパソコン上で編集作業を行ったあと、ガンモのノートパソコンを借りて記事を更新しています。自分のノートパソコンには、記事を更新しやすいように単語登録などのいろいろな設定を行っているのですが、ガンモのノートパソコンにはその設定がないため、HTMLのリンクを入力するのに手打ちで入力しなければなりませんでした。そのときに、一部の文字が誤って欠落してしまっていたため、記事の一部の内容がごっそり削れてしまっていたようです。お見苦しい状態のまま何時間も放置してしまい、申し訳ありませんでした。

 ドイツのフランクフルトと同様に、アムステルダムは路面電車の走る街である。いや、フランクフルトよりももっと、路面電車が人々の生活にしっかりと根付いていると言っても過言ではない。そして、路面電車と同様に、アムステルダムの人々の生活にしっかりと根付いているものがある。それは、自転車である。以前、訪れた北京や上海も自転車の多いところだったが、ここアムステルダムもまた、自転車の利用者がすこぶる多い。わざわざ自転車のための道路が整備されているくらいなのだ。日本では、自転車は時には車道を走ったり、歩道を走ったりと、こうもりのように曖昧である。しかし、ここアムステルダムでは、自転車道がしっかりと整備され、歩行者は自動車と同じくらい、自転車に注意して歩かなければならない。

 さて、アムステルダム滞在の二日目は、路面電車を足にして、市内を観光することにした。ホテルでもらった地図を片手に観光を始めたのだが、平日であるはずのアムステルダムは、まるで週末のように賑わっていて、ヴィンセント・ファン・ゴッホ国立美術館や国立博物館、マダムタッソーろう人形館など、私たちが訪れようとするすべての場所に長い長い入場待ちの行列が出来ていた。あらかじめ入場券を購入しておけば、優先窓口から入場できるようなので、これからアムステルダムを訪れる計画のある方は、ホテルや街のチケットショップなどであらかじめ入場券を購入しておくことを強くお勧めする。ホテルにチェックインしたときに、これらの入場券をホテルで購入することができると説明を受けたのに、何とかなるだろうと思い、鉄砲玉のようにアムステルダムの街へと飛び出して来てしまったことを後悔した。

 そこで、最後の望みを懸けたのが、アンネ・フランクの家だった。彼女の書いた『アンネの日記』はあまりにも有名だが、彼女たち一家が二年間に渡り、身を潜めていた隠れ家が公開されているのである。しかし、アンネ・フランクの家もまた、長い長い入場待ちの行列が出来ていた。私たちは、アムステルダムが国際的な観光都市であることをようやく理解した。平日なのに、まるで週末のようにたくさんの人たちで賑わっているということは、世界各地から、私たちと同じようにAパターンの夏休みを取得した観光客が訪れているのだ。しかし、アンネ・フランクの家も見送るとなると、せっかく市内観光を始めたというのに何も触れることなく一日が終わってしまう。それはあまりにも悔しいので、私たちは意を決して長い長い入場待ちの行列に並ぶことにした。

 ガンモ曰く、アンネ・フランクの家は、インターネットで十五分単位の入場予約ができるそうだ。しかも、インターネットから予約した場合、入場料が一人五十セント(ユーロ)割引になるという。十五分単位という細かい区切りなので、確実にその時間に訪問できるという確証があるならば、長い長い待ち行列に並ばなくて済むので、利用したほうがいいかもしれない。

 長い長い入場待ちの行列に並んだ私たちは、三十分は待っただろうか。ようやく入場できる順番が回って来た。おそらく館内が混雑しているためだろう。リュックは背中側に背負うのではなく、お腹側に向きを変えて、手で抱え込むようにして入場しなければならなかった。

 アンネ・フランクは、一九二九年にドイツで生まれたが、ドイツの反ユダヤ体制から逃れるため、家族とともにオランダのアムステルダムに移住した。アムステルダムでは、父であるオットー・フランクの会社を改造して造られたこの隠れ家に、他のユダヤ人とともに合計八人で二年間の潜伏生活を送ることになる。しかし、あるとき、何者かの密告により、彼らはナチスに連行され、収容所に送り込まれることになってしまう。そしてアンネは、一九四五年に収容所でチフスにかかり、若い人生を閉じた。

 アンネ・フランクの家は、全体的にこじんまりしたイメージがあるのだが、部屋がいくつもあり、むしろ広いという印象さえ抱いた。潜伏生活を送っているということを、オットー・フランクの会社で働いていた従業員には気付かれないないように、音を立てないように歩いたり、息を潜めて会話をしたり、水を使わないように配慮したりしながら二年間も過ごしたという。

 家の中にある階段が狭い上にひどく急だったので、高所恐怖症の人には見学は難しいと言える。私もひどい高所恐怖症だが、寝台列車の上段に昇るための階段や全国各地の灯台見学で鍛えた精神で、歯を食いしばって何とか見学を続けた。特に、狭くて急な階段を昇るところで、階下の見えるガラス張りの場所もあり、先にそこを通ったガンモは、私にはここを通ることは絶対に無理だろうと思ったらしい。それでも何とか私が昇って来たので、ガンモは驚いていたようだった。

 アンネ・フランクが生活していた場所には、雑誌から切り抜いた映画スターの写真などが壁に貼られていた。そのようにして、気持ちを少しでも前向きに保ちながら生活していたのがわかる。彼女たちの潜伏生活を助けてくれたオランダ人がいたようで、その人たちが運んでくれる食べ物や雑誌などが、外の世界と繋がる唯一の接点だったようだ。

 アンネ・フランクは、自由になったら、潜伏生活を送っている間に書いた自分の日記を本にして出版したいと思っていたらしい。アンネ・フランクが書いていた日記は、彼女たちがナチスに連行されたあと、潜伏生活を送っていた頃の協力者だった人の手によって発見され、のちに収容所から帰還したオットー・フランクの手に渡されたという。そして、オットー・フランクは、アンネ・フランクの書いた日記を出版することを決意したようだ。

 恥ずかしながら、私は『アンネの日記』をすべて読んでいるわけではない。しかし、私も書くことが好きな人間の一人として、彼女の書きたい気持ちがとても良くわかる。書くことが好きな人とそうでない人の違いは、書くときに客観性を持っているかどうかだと思う。おそらく彼女は、日々の出来事を日記として綴りながらも、その日記が誰かに読まれることを常に意識しながら書いていたのではないかと思う。そんな彼女の想いが、彼女の亡きあとに叶うことになろうとは・・・・・・。

 『アンネの日記』は、現在、七十ヵ国以上の言語に翻訳され、出版されているそうだ。彼女の書いた日記は、当時の状況を正確に伝えるだけでなく、読む人に対し、彼女自身の感情とリンクさせるものがあるのではないだろうか。

 私は、アンネ・フランクは確かに不幸な最期を遂げたかもしれないが、協力者のあたたかい支援を受けながら、家族とともに濃密な二年間を送ることができたことは、必ずしも不幸なことではなかったような気がしてならない。自由意思が少なければ少ないほど、本当に一緒に過ごしたい人と濃密な時間を過ごせるというのは、皮肉なことには違いないのだが、逆に自由意思を持っている人たちには決して得ることのできない、ささやかな幸福であったようにも思えるのだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、アンネ・フランクの家をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m アンネ・フランクの家の昇りの階段はとても狭い上に急だったのですが、下りの階段は現代的な階段が新たに設置されていますので、高所恐怖症の私にも降り易かったと思います。ただ、リュックをお腹に抱えた状態では足元が見えませんので、それが少し怖いくらいでした。第二次世界大戦の終了から六十五年経った今でも、アンネ・フランクの家には当時のまま残されているものも多く、ここに潜伏していたアンネ・フランク一家の気持ちを想像しながら見学することができました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.04

ガンまる、ICEに乗る

ライカIIIfの里帰りの記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m WETZLAR GERMANYと刻印があるので、私の持っているライカIIIfも、ウエッツラーにあるライカの旧本社で作られたものなのでしょうね。製造されてから既に六十年ほど経っているはずですが、いまだに快適に動いてくれています。現代のような電池式のカメラではなく、電池を使わない機械式のカメラだから、長持ちするんですね。いや、長持ちするというよりも、製作者と同じような職人魂を持った人の手に掛かれば、例え壊れてしまったとしても修理が可能であると表現したほうが正しいかもしれません。しかし、電池式のカメラは、壊れてしまうと、なかなか修理が効かないことが多いのです。

 フランクフルトに三泊した私たちは、次なる目的地へと移動するため、お世話になったホテルをチェックアウトした。そして、三日分の洗濯物でパンパンに脹らんだスーツケースを転がしながら、フランクフルト中央駅へと移動した。

 これから私たちは、次なる滞在先であるオランダのアムステルダムを目指すのである。ドイツとオランダは陸続きなので、移動手段としてICEという新幹線を利用する。ICEは、見た目は日本の新幹線のひかり号のような顔をしていて、ドイツのフランクフルトとオランダのアムステルダムをおよそ五時間で結んでいる。仮にICEが日本の新幹線と同じくらいのスピードで走っているとするならば、フランクフルトとアムステルダムは東京と広島くらいの距離になるのだろうか。

 ICEに乗車するためにホームで待っていると、お酒の匂いをプンプンさせたドイツ人女性にドイツ語で話し掛けられた。真剣な顔をして、私に対して何かしきりに求めているようだった。おそらく、お金を恵んでくれないかという相談だったのだろう。私がドイツ語がわからない素振りを見せると、ひどくがっかりしたような表情をして離れて行った。その後、その女性は、停車中のICEの中に入って行ったが、まだそれほど多くの人たちが乗車していなかったからだろう。肩を落とした様子でICEから降りて来た。更にその女性は、ICEに乗車するためにホームにやって来た別の利用客にも接近して、しきりに何か懇願していたが、やはり断わられていた。

 その数分後、私は別の人に声を掛けられた。
「英語を話しますかか?」
と尋ねられたので、
「少しだけ」
と答えると、その人も何やら切羽詰った様子で、
「今日中に七ユーロ欲しいんです」
と言った。私は、この人も申し出も断わった。

 その後、いよいよICEの車内に足を踏み入れてみると、荷物を持たずに水の入ったペットボトルだけを手に携えた男性が、アメリカ人グループの利用客と盛り上がっていた。ICEが走り出したあとは、その男性の姿を見掛けなかったので、おそらくその男性もまた、物乞いをするために一時的にICEに乗り込んでいたのだろう。ICEを利用する人に対してなら、物乞いが成立するかもしれないという思いがあったのだろうか。仮にそうだとすると、さきほどのお酒の匂いをプンプンさせていた女性と言い、ICEの車内までどかどかと乗り込んで来るのは大胆である。日本ならば、例えば東京駅のホームに停車中の新幹線の中に足を踏み入れるためには、少なくとも入場券が必要だが、ヨーロッパの多くの国では、ホームに停車中の列車の中に足を踏み入れるのに切符は必要ないので、列車を利用する以外の目的を持っている人であっても、近づき易いのだ。もちろん、列車が走り始めれば、車掌による切符のチェックが行なわれるのだが、まだ走り始めないうちは切符をチェックされることがないので、列車の発車前であれば、誰でも乗り降り自由なのである。

 今回、私たちが乗車したのは、一等車だった。ガンモ曰く、五時間近くも新幹線の一等車に乗車するというのに、価格はわずか八千円程度らしい。グリーン車を利用して、東京から広島まで八千円で移動できるわけではないので、やはり割安ということになるのだろう。ちなみに、この割安のICEの一等車のチケットは、インターネットで予約して購入したようだ。ベルギー国鉄同様、紙に印刷したオンラインチケットにはQRコードのような読み取りコードが印刷されていて、車掌さんが持っている端末でそのコードを読み取ることにより、利用する列車の指定席を識別できるようになっていた。また、オンラインチケットを購入するときに使用したクレジットカードを、紙に印刷したオンラインチケットと一緒に車掌さんに提示することで、車掌さんは、そのオンラインチケットの印刷物を持っている人が、確かにそのオンラインチケットを購入した本人であることを確認しているようだ。

 思えば、これまでヨーロッパで乗車した新幹線に相当する列車と言えば、TGVユーロスタータリスである。そして今回、このICEが仲間に加わった。こうして新幹線を利用するのもいいが、たまには映画の中で見掛けるような、ヨーロッパの寝台列車に乗って国境を越えてみたいものだ。

 ICEの中は、冷房がひどく効いていて、上半身にほてりのある私でさえとても寒かった。私は足首を冷やさないようにするために、普段、オフィスで使っているのと同じ冷房対策グッズで足首をしっかりと守り、下半身全体をひざ掛けで覆った。また、ICEには、ユーロスターにあるようなスーツケースを収めるスペースは用意されていなかった。そのため、空いているスペースを見付けて何とかスーツケースを収めて席に着いた。私は、まだ身体がこちらの時間に合っていなかったためか、発車後、軽く一時間ほど眠った。

 ユーロスタータリスの一等車には昼食が付いていて、スタッフが座席まで食べ物や飲み物を運んでくれたのだが、ICEは昼食が含まれていなかったので、ICEの車内で食事をとりたい場合は、ICEの車内で食事や飲み物を注文して、スタッフに座席まで運んでもらうか、乗車前にあらかじめ駅の売店などで食べ物や飲み物を調達しておく必要があった。私たちは昼食にフランクフルト中央駅で購入したフランクフルトソーセージ入りパンを食べたのだが、ICEの中で温かいコーヒーを注文した。というのも、ICEの車内の冷房が効き過ぎていてとても寒かったため、温かい飲み物を飲みたかったのと、DBのロゴ入りコーヒーカップに入れられて運ばれて来るコーヒーが気に入ったからだ。紙コップではなく、陶器のコーヒーカップに入っているのがうれしいではないか。ガンモ曰く、このコーヒーカップはDBの直営ショップで販売されているようだ。日本で言えば、JRのロゴ入りマグカップが、JR直営の売店で販売されているようなものである。

 日本の新幹線はすこぶる速いという印象があるが、ICEはそれほど速いという印象はなく、途中、徐行運転を行なっているような区間もあった。ということは、フランクフルトからアムステルダムまでは、東京から広島までよりももっと近い距離なのかもしれない。乗車中、窓から見える景色は少しずつ変わって行った。特に意識しなくても、ICEが国境を越えてドイツからオランダに入ると、これまでと何となく景色が違うことが認識できたのである。日本で列車に乗っていても国境を越えることはないが、ヨーロッパでは、シェンゲン協定加盟国相互間であれば、列車で国境を越えるのにパスポートの提示は必要ないのである。

 こうしてICEは、アムステルダム中央駅に着いた。ICEの窓からアムステルダム中央駅の様子を見てみると、駅のホームを行き来するほとんどの人たちは長袖の服を着ていた。アムステルダムは、フランクフルトよりも緯度が高いので、フランクフルトよりも涼しいようだ。荷物をまとめてアムステルダム中央駅のホームに降り立ってみると、ひんやりとした空気が私たちを包んだ。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ガンまる、ICEに乗るをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 列車に乗っているうちに国境を越えているという感覚は、日本では経験できないだけに、とても不思議な気がします。日本において、県をまたがる通勤が存在するのと同じように、もしかするとヨーロッパでは、国をまたがる通勤も有り得るのかもしれませんね。シェンゲン協定加盟国相互間ならば、移動はパスポートも不要で楽ちんなのですが、ユーロスターに乗ってパリからロンドンまで移動したときは、乗車時のチェックがかなり厳しかったのを覚えています。イギリスはユーロも使えませんし、入国審査もそれなりに厳しいですが、イギリスにはイギリスなりの伝統を守って欲しい気がします。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.03

ライカIIIfの里帰り

フランクフルト動物園の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ドイツ人の食生活を見ていると、どうも肉食中心のように見えます。それだけに、弱肉強食についても、事実を包み隠すことなく、そのまま表現できるのかもしれません。しかし、私たちには衝撃的でしたね。私の撮影した写真をご覧になり、衝撃を受けてしまった方もいらっしゃるかもしれません。今回は、事実を伝えるためにも、敢えて掲載させていただきました。

 フランクフルトに滞在することが決まったとき、ガンモはドイツの地図を眺めながら、フランクフルトからライカの聖地であるウエッツラーまでそれほど遠くはないことに気が付いた。そこでガンモは、ウエッツラーにウルライカ(ライカの試作品。「ウル」とはドイツ語で「最初の」という意味があるらしい)で撮影された風景をカメラに収めようと思い立ったようだ。

 ライカと言えば、今や多くの人たちに認識されている世界的なカメラメーカーである。とりわけ中古カメラファンには、ライカを真剣に支持する人たちが多い。私は、ライカ信望者ではないのだが、誠に恥ずかしながら、一台だけライカを所有している。現在も製造され続けているM型ライカよりも古いバルナック・ライカと呼ばれるタイプのもので、ライカIIIfというバルナック・ライカでは最もポピュラーな機種である。実はこのカメラは、私がガンモと出会う以前の今からおよそ十七年前に、当時新宿の伊勢丹で開催されていた世界の中古カメラ市の会場で、皆さんも良くご存知のある方にボディとレンズの両方を選んでいただいた思い出のカメラである。

 私は、ウエッツラーに行くなら、手持ちのライカIIIfを里帰りさせようと思い、久し振りにカメラの保管庫からライカIIIfを持ち出した。それにつられて、ライカを所有していないガンモも、同じくドイツ製のカメラを里帰りさせようと、あれこれ探し回っていたようだ。ガンモは最初、ローライ35をドイツに里帰りさせようと思い立ったものの、手持ちのローライ35の素性を調べてみると、ドイツ製ではなくシンガポール製だったとがっかりしていた。そこで仕方なく、今はなきコダパックのフィルムを使用するローライSL26を里帰りさせることにしたのだった。

 私たちは、出国前の成田国際空港の税関で、外国製品を国外に持ち出すための手続きをしておいた。こうしておけば、帰国時に税関から、
「この外国製のカメラは、今回の旅行で購入したものですか?」
と尋ねられたとしても、国外に持ち出す前から申請をしているので、新たに課税されることはないからだ。おそらく、多くの人たちが外国製品を海外に持ち出して、帰国時もそれらを携えているはずだが、わざわざ税関に申請をして持ち出している人は少ないように思う。私たちも、これまで税関への申請など一度も行なったことがなかったのが、これを機会に申請してみたかったのだ。

 さて、ホテルで朝食をとったあと、ホテルを出発した私たちは、宿泊先のホテルの最寄駅であるフランクフルト中央駅からDB(ドイツ国鉄)に乗車した。出発の案内版を見たとき、ウエッツラーに向かう直通列車を見付けたのだが、切符の購入に戸惑っているうちに、その列車が発車してしまった。そこで仕方なく、次の列車に乗車することになった。

 私たちが乗車したのは、二階建ての普通列車の二等席だった。しかし、発車して間もなくすると、ガンモが時刻表を確認しながら青ざめていた。どうやら私たちが乗車した列車は、ウエッツラーには行かないようである。海外の列車で乗り換えをするとなると、言語の壁もあってなかなか大変である。ガンモは、日本から持ち込んだヨーロッパの鉄道時刻表を食い入るように眺めていた。そうこうしているうちに、車掌さんが切符のチェックに訪れたので、私は、
「この列車はウエッツラーに行くのですか?」
とたどたどしい英語で尋ねてみた。すると車掌さんは、ドイツ語で何やら答えてくださった。ドイツ語はまったくわからなかったが、車掌さんの雰囲気からすると、ウエッツラーに行くには、やはりどこかで乗り換えなければならないらしい。時刻表を食い入るように見ていたガンモが、その乗り換え駅を予測していたので、私たちはその駅にあたりをつけて、乗っている列車を降りることにした。

 その駅では、たくさんの人たちが降りた。ガンモ曰く、車掌さんは、その駅で私たちが降りているのを確認して、私たちに合図してくださったそうだ。しかし、その駅で降りたものの、次に乗る列車がどのホームにやって来るのかは、まったくの未知数だった。他のホームに停車している列車があったので列車の行き先を確認してみたのだが、どうも行き先が違うようである。すると、私たちが降りた列車の隣のホームに、別の列車が入って来た。私たちが階段を昇ってそのホームに降り立ってみると、どうやらその列車がウエッツラーに向かう列車のようだった。私たちは慌ててその列車に飛び乗った。

 有り難いことに、私たちが乗り換えた列車は、無事にウエッツラーに到着した。列車を降りてウエッツラーのホームに降り立ったとき、ついにライカの聖地にやって来たという静かな興奮に包まれた。私たちは駅を出ると、ウエッツラー駅前にあるFORUMという大型ショッピングセンターに入った。そして、そこでしばらく作戦を練ったあと、ウエッツラーの街へと繰り出した。

 まずは、ウルライカで撮影された風景と同じ写真を撮影するために、その場所を目指した。ガンモはインターネットでその場所を調べていたので、地図を見ながら私をその付近まで誘導した。しかし、ある程度のところまで来ると、これらの風景の中からウルライカで撮影された風景と同じものを探し出さなければならなかった。ガンモはインターネットで調べたその風景の写真を私に見せ、私たちはその風景を自らの頭の中に叩き込んだ。

 意外だったのは、ウエッツラーが観光地だったことである。一言で言うと、家の形が面白い。一軒一軒の家に表情があり、まるで生きているように見えるのだ。家が、今にもくしゃみをしそうにも見える。それらの特徴ある風景の中から、私はとうとう、「ここだ!」と思える風景を見付けた。そこは間違いなく、今から百年近く前にウルライカで撮影された風景と一致していた。私はその風景をカメラに収め、そして、持参したライカIIIfを取り出して、その風景を背景に、ライカIIIfの写真も撮影しておいた。

 私たちが夢中でその風景をカメラに収めていると、ドイツ人のおじいさんが、私たちのことをチラチラと見ていた。おじいさんは、私たちに何か話し掛けようと思ってくださっていたようなのだが、言葉が通じないために私たちを見守るだけに留めてくださったようだ。私は、このおじいさんはかつてライカの工場で働いていた職人さんだと勝手に想像した。

 記念すべき風景をカメラに収めた私たちは、ライカの旧本社を目指すことにした。ライカの旧本社は、現在はライカの関連会社に変わってしまっているらしいのだが、ウルライカで撮影された場所からそれほど遠くない場所にあった。地図を確認しながら歩いていたものの、私たちがライカの旧本社を見付けたのは、ほとんど偶然だったと言える。まだまだ遠くまで歩かなければならない覚悟でいたのだが、ふと振り返るとそこに、見慣れたライカの看板が見えて来たのだ。

 そして私たちは、半ば導かれるようにライカの旧本社の前まで歩いて行った。ライカの旧本社を目の前にして何枚も何枚も写真を撮り、さきほどと同じようにライカIIIfを取り出して、ライカIIIfを手前にかざし、ライカの旧本社を背景に写真を撮っていると、さきほどとは別のドイツ人のおじいさんに話し掛けられた。おじいさんが話していたのはすべてドイツ語だったので、私たちにはおじいさんが一体何を言っているのか、さっぱりわからなかったが、「ライカ」という単語だけは聞き取れた。そこで私は、日本から持って来たライカIIIfをおじいさんに見せた。おじいさんはそれを見て、更に何か言ってくださったのだが、やはりすべてドイツ語だったので理解できなかった。

 その後、おじいさんは、ライカの旧本社に向かう地下道へと消えて行った。私は、
「あのおじいさん、オスカー・バルナックかな」
とガンモに言った。オスカー・バルナックとは、今から百年近く前にウルライカを試作した人である。しかし、もはやオスカー・バルナックが生きているはずもなかった。私は、あのおじいさんは、ライカのかつての技術者なのかもしれないと勝手に想像した。

 こうして目的を達成した私たちは、とにかく大満足していた。特に、実際にライカを所有している私よりも、ガンモのほうがこれらの一連の出来事に酔いしれていた。私たちは、表情のある家が立ち並ぶ場所まで戻り、そこからシティバスという一人わずか五十セント(ユーロ)で乗車できる乗り合いバスに乗車して、ウエッツラー駅前のFORUM前まで戻った。ライカの旧本社前付近では、路線バスも運行されていたようだが、一人わずか五十セント(ユーロ)で利用できるこのシティバスのほうが断然お得だったはずである。

 私たちは大満足のうちにウエッツラーから再び普通列車に乗り、およそ一時間掛けて、宿泊先のホテルのあるフランクフルト中央駅まで帰って来たのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ライカIIIfの里帰りをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、興奮しました。(笑)私たちのようにディープなライカファンでなくても、これだけ興奮するのですから、本当にライカを愛する人たちがウエッツラーを訪れるとなると、もっと興奮することでしょうね。それにしても、ドイツの方たちは親切な方が多いですね。私たちがウエッツラーの街を歩いていると、"Can I help you?"と英語で話し掛けてくださったおばあさんもいらっしゃいました。外国人に対するこうした親切な行為に関しては、日本人も見習うべきところがたくさんあると思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.02

フランクフルト動物園

出国ラッシュと十二時間飛行の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m 飛行機の中で私たちが座っていた席は、三人掛けのエコノミー席でした。外の景色を見たいガンモは一番奥の席に座り、私は真ん中の席に座っていました。トイレに立つときは、私の左横に座っている女性にお願いして、わざわざ席を立っていただかなければなりませんでした。しかし、有り難いことに、その女性が飛行中にビールをたくさん飲まれていたようなので、その女性自身も席を立つことが多く、声を掛け易かったですね。

 私たちの乗った飛行機がフランクフルト国際空港に着陸したのは、日本時間の夜十二時を回った頃だった。およそ十二時間もの飛行を終えて、ようやく宿泊先のホテルに辿り着いたのは、日本時間の夜中二時近くだった。行きの飛行機の中で映画ばかり観ていた私は、もはや眠くて眠くて仕方がなかった。そのため、ホテルにチェックインしたあとは、すぐにベッドに横になって休んだ。とは言え、興奮しているのか、身体はとても疲れているのになかなか眠れなかった。それでも何とか睡眠をとり、日本時間ではお日様が空高く昇る時間になっても、日本との七時間の時差を埋めるため、本格的な活動には至らなかった。仕事で徹夜をしたまま飛行機に乗り込んだガンモも、たっぷりと睡眠を貪ったようだ。

 さて、こうしてエネルギーの充電を終えた私たちは、フランクフルト時間の早朝からゴソゴソと起き出して、活動を始めた。ホテルのレストランで朝食をとったあと、一日乗車券を購入し、フランクフルト市内の観光を始めたのだった。

 私たちの回ったルートをあれやこれやとご紹介したい気持ちもあるのだが、それらは帰国後にじっくりご紹介させていただくとして、今回はフランクフルト動物園について書かせていただこうと思う。

 フランクフルトは、ベルギーのブリュッセルやアントワープのように、路面電車の走る街である。フランクフルトの路面電車を一目見たとき、私は広島の広電を思い出した。蛇腹式の連結部分が広電を想像させるのだ。私たちはZOO行きの路面電車に乗り、終点のZOOで降りた。そこにはフランクフルト動物園があったのだが、入口には路面電車の行き先と同様、フランクフルトの表記はなく、ただZOOとだけ書かれていた。

 入場料は一人八ユーロだった。仮に一ユーロ一一三円だとすると、九〇三円である。ヨーロッパの多くの国のトイレは有料だが、こうした施設に入ると無料でトイレを利用できるので有り難い。もしかすると、入場料の中にはトイレの利用料金も含まれているのかもしれない。

 私たちはこれまで、ハワイのホノルル動物園や北京の北京動物園などを訪れているが、残念ながら、それらの動物園と比べてフランクフルト動物園は、動物の数も少ない上に手入れの行き届いていない動物園だと感じた。まず、いろいろな飼育部屋があるのに、二つに一つくらいの確率で動物たちの姿が見えなかった。動物たちが留守をしているのか、それとも私たちの見えないところで休んでいるのか、区別がつかなかったのだが、とにかく何がいるのだろうと目を凝らして見ても、飼育部屋には何もいないように見えてしまったのである。

 また、仮に動物たちの姿がそこにあったとしても、やはり動物たちに元気はなかった。私たちは、旭山動物園の行動展示がいかに動物たちを生き生きさせているかが良くわかったのだった。

 動物園の敷地内には、動物の姿だけでなく、動物園のスタッフの姿もほとんど見受けられなかった。広い動物園を維持して行くためには、動物園のスタッフがあちらこちらで清掃をしていたり、動物たちの飼育部屋を掃除していたりする姿が認識できても良いはずなのだ。しかし、およそ二時間以上もフランクフルト動物園に滞在していたというのに、動物園のスタッフの姿を確認したのは、わずか二回だけだった。

 そして、肉食と思われるある鳥類の飼育部屋をのぞいたとき、私はその場にしばらく立ち尽くすことになってしまった。おそらく、餌が与えられた直後だったのだろう。飼育部屋に生えた草の中に、魚の死骸が転がっていた。その魚には、鳥が嘴で突付いたようなあとがあった。私たちも魚を食べているとは言え、やはり食べかけの魚の死骸を見るのは胸が痛んだ。しかし、それだけではなかった。食べかけの魚の死骸のすぐ側には、鳥の羽がむしり取られたようなあとが散乱していたのだ。私は最初、ここで飼育されている鳥自身の羽なのだろうかとも思った。しかし、羽の先に血の付いた肉片を認めたとき、それはここで飼育されている鳥によって食べられた別の鳥のものだとわかった。そう認識したあとに、もう一度肉片のあった周辺を確認してみると、鶏のヒヨコの頭の部分だけが転がっているのが見えた。私はそのとき理解した。魚と同様、ヒヨコもまた、ここで飼育されている鳥の餌として与えられたのだと。

 私自身も鶏肉を食べているというのに、この事実には胸がとても痛んだ。人は、生き物を食べるということに対して、このように客観的な立場でなければ、本当の意味で胸を痛めることができないのだろうか。そんなことを思いながら、その鳥の隣の飼育部屋を見て更に驚いた。何と、そこには数羽のヒヨコが、まだ完全な形で、既に息絶えた状態で横たわっていたからである。

 ふと上を見上げると、そこには白い鳥がいた。そうか、この鳥のために、これらのヒヨコは犠牲になったのかと思うと、私にはその白い鳥が憎らしく思えた。と同時に、子供たちもやって来るであろう動物園で、ヒヨコが餌として与えられていることがわかるような形で餌付けをされていることに驚きを覚えた。大人の私でさえ、これほど衝撃を受けるというのに、子供たちがこの事実をを知ったならば、もっと傷つくのではないかとも思えたからだ。しかし、その一方で、逆に子供の頃からこうした事実を包み隠さずに突き付けておくことで、子供たちの中で自然に形成されて行くものがあるのかもしれないとも思った。

 私は、そのとき既に先を歩いていたガンモを呼び戻し、これらの事実を伝えた。するとガンモもやって来て、飼育部屋の中で切り刻まれたヒヨコや、まだ切り刻まれていないヒヨコの死骸に釘付けになっていた。やはりガンモも強い衝撃を受けていたようだった。

 数羽のヒヨコが息絶えていたということは、ヒヨコは生きたまま飼育部屋の中に入れられたのではなく、動物園のスタッフの手で殺された状態で餌として与えられているのだろう。その瞬間を想像すると恐ろしい。また、動物園を訪れた人たちが、そのようにして与えられたヒヨコを肉食の鳥が食べているシーンを目撃することを想像しても恐ろしい。

 しかし、私たち自身も鶏や牛や豚を食べていることは事実である。ただ、普段の生活の中に、それらの行為はあまりにも自然に溶け込み過ぎていて、もはや客観性を失ってしまっている。考えてみると、このような事実を包み隠さずに突き付けるフランクフルト動物園は、私たちが日常の中で失ってしまっている客観性を取り戻す役割を持っているのかもしれない。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、フランクフルト動物園をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 私たち人間も同じようなことをしているとは言え、やはり衝撃的でしたね。日本の動物園は、肉食の動物の餌付けをどのように行なっているのでしょうか。少なくとも、これほどあからさまではないように思えます。動物園にいるライオンやトラたちが、動物園で何を食べているか、私たちは知らないはずですよね。しかし、彼らに対し、どのような餌が与えられているかがわかるような仕組みになっていたとしたらどうでしょう。思わず目をそむけたくなるのではないでしょうか。何となくですが、この話は、何かを部分的に受け入れるか、それとも事実を包み隠さずに受け止めて行くかという問題とも繋がっているように思えます。結論の出ない出来事ではありますが、深く考えさせられました。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

2010.08.01

出国ラッシュと十二時間飛行

青森~北海道、飛行機と寝台列車の旅(13)の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m もう一度、青森に戻り、青森の夜間の顔だけでなく、昼間の顔も見て来ました。(笑)今回は乗車しませんでしたが、青森駅に停車していた特急かもしかは、心惹かれる車両ですね。「いつかこの車両に乗って、秋田にも行ってみたいね」とガンモと話していました。

 私が働いている職場では、夏休みが前半のAパターンと後半のBパターンの選択性となっている。ある時期までは、社内で同じ日程の夏休みを取得していたのだが、ある時期からAパターンとBパターンの選択性になってしまったのだ。そして、夏休みをAパターンで取得するかBパターンで取得するかは、プロジェクト単位で調整して決めることになっていた。しかし、日本の企業であるがゆえに、その夏休みがなかなか決まらない。夏休みの旅行を計画したい人たちにとっては、なかなか決まらない夏休みに、毎回、やきもきしてしまうのだった。

 そんな状況から、これまでに二回ほど、夏休みが決まる前に、先走って海外航空券を購入してしまったことがある。そうでもしなければ、誰もが海外へ飛び立とうとするこの時期に、飛行機の予約など取れるはずがないと思ったからだ。しかも、飛行機の運賃は早めに予約すればするほど安く上げることができる。しかし、そのようにして押さえた海外航空券は融通が効かず、キャンセルする場合は高額なキャンセル料が発生したりもする。そして、過去に先走って海外航空券を購入してしまったとき、ようやくプロジェクト単位の夏休みが決まった頃には、実際の夏休みの時期と、海外航空券を利用する時期がずれてしまっていることがわかった。そうなると、何万円ものキャンセル料が発生する上に、同じプロジェクトのメンバーと夏休みのパターンが入れ替わることになってしまう。ただ、私が正社員で働いている場合は、それでも何とか我がままを言って、他のプロジェクトメンバーと異なる夏休みを取得させてもらえば良かったのだ。しかし、私が派遣社員であるがゆえに、派遣社員が出勤するときは、私の参加しているプロジェクトの上司のまた上司が私と同時に出勤していなければならないというルールに従わなければならず、上司のまた上司がわざわざ私のために、他のプロジェクトメンバーと異なる夏休みを取得して出勤してくださったこともある。このあたりの事情については、二年前や三年前の夏休みの記事にも書かせていただいている。

 私のためだけに、上司のまた上司が他のプロジェクトメンバーとわざわざ夏休みの時期をずらして出勤してくださるのは本当に申し訳ないので、私はどんなに夏休みが決まるのが遅くても、先走って海外航空券を購入したいガンモを説得して、夏休みが決まるのを辛抱強く待ってもらっていた。

 しかし、今年の夏休みもまた、Aパターンの夏休みの一ヶ月前になっても決まらず、かなり焦りを感じ始めていた。それに加え、今年は夏休みに旅行に出掛けるのは控えたほうがいいのではないかという出来事もあり、去年からコツコツと計画していた旅行を見送る覚悟も生まれ始めていた。私自身も、その状況下においては旅行に出掛けて行くべきではないだろうと判断したので、今回の夏休みの旅行に対し、消極的な姿勢を見せていた。

 一方、ガンモはというと、やはり楽しみにしていた夏休みの旅行を諦めることができなかったらしく、私の職場の夏休みが決まる前から、海外航空券を仮押さえしてはキャンセルするといった行為を繰り返していた。予約した海外航空券は、予約と同時にクレジットカードで決済できるのだが、予約してから一週間以内に支払いを済ませなければ、その予約は自動的にキャンセル扱いになるのだ。ガンモは、航空会社の予約サイトにアクセスして空席を確認する度に、この日に出発するなら、もうあと残り数席しか空席がないとか、もう隣同士の席が取れないなどとため息をついていた。とにかくガンモは、早く私の職場の夏休みが決まって欲しい気持ちでいっぱいだったようだ。

 そして、Aパターンの夏休みまで一ヶ月と数日を切ったところで、ようやく夏休みがAパターンに決まった。私がそのことをガンモに伝えると、ガンモも私の夏休みに合わせて会社に休暇を申請したようだ。とは言え、夏休みが決まったとしても、旅行に出掛けるのは控えたほうがいいという状況は変わらなかった。そこでしばらくの間、海外航空券をひとまず予約してから、その予約がキャンセル扱いになってしまうまでの一週間の猶予期間の間に、状況が変化するのを見守っていた。すると、有り難いことに、間もなくその状況が良い方向へと向かってくれたのである。そのことをきっかけに、私も今回の夏休みの旅行に対し、積極的な姿勢を見せ始めたのだった。

 ご存知のように、通常、海外航空券は往復で購入することになっていて、しかも、八月に出発するよりも七月に出発するほうが運賃が割安になっている。そのため、できれば私たちとしても七月の最終日を出発日に指定することのできるAパターンの夏休みのほうが有り難かったので、私の夏休みがAパターンに決定したことはラッキーだった。

 ところが、今回の旅行の計画を変更しなければならない事情が他にも発生した。どうしても外せないガンモの仕事が、私の夏休みの初日である七月三十一日に入ってしまったのである。そのため、私たちは出発を一日遅らせることになり、その結果、七月よりも航空運賃の高い八月一日に出発することになってしまったのである。

 考え方によっては、夏休みの初日である七月三十一日を旅行の準備を整える最終日に充てることができたとも言える。ガンモも旅行の準備を終えていなかったので、私たちは出発前日になって、二人でせっせと旅行に持って行くものをスーツケースに詰め込んで、ようやく旅行の準備を整えた。

 とは言え、ガンモの仕事は七月三十一日の夜から徹夜作業となっていた。私たちは、八月一日の朝六時半前には自宅の最寄のバス停から発車する始発の路線バスに乗らなければならないというのに、ガンモは七月三十一日の夜から仕事に出掛け、八月一日の朝五時頃に帰宅すると言うのである。その徹夜作業は、後輩と一緒に行なうとのことだった。私はガンモに、
「もしも、朝の五時までに仕事が終わらなかったらどうするの?」
と尋ねたところ、
「終わっても終わらなくても、後輩にあとを任せて帰って来るから」
とガンモは言った。

 さて、出発当日となった今朝、私は旅行の準備をより確実なものにするために、四時十五分に起床して最終の出発の準備を整え始めた。ところが、約束の五時を過ぎてもガンモは帰って来なかった。さすがに心配になり、ガンモの携帯電話に電話を掛けてみると、ガンモは明るい口調で、
「もうすぐ帰るから」
と言った。

 結局、ガンモが帰宅したのは、朝の五時半前だった。聞くところによると、あとは後輩に任せて帰ろうと思っていたところ、作業は完全に終了し、後輩と一緒に帰って来ることができたのだそうだ。それから大急ぎで出掛ける準備を整え、六時過ぎにはスーツケースを家の外に出した。もので溢れ返っている我が家からスーツケースを運び出すのは、並大抵のことではない。私は朝起きてシャワーを浴びたというのに、既に汗だくになっていた。

 何はともあれ、私たちは戸締りをして、家を出た。そして、自宅の最寄のバス停までスーツケースをコロコロと転がして、阪急電車の最寄駅に向かう始発の路線バスに乗り込んだ。これまでならば、路線バスで自宅の最寄駅へと向かい、そこから関西空港リムジンバスを利用していたのだが、最近は、私たちがマイルを貯めている航空会社が縮小傾向にあるため、その航空会社の関西国際空港を発着する国際線が減少してしまっているのだ。今回、私たちが向かうのはドイツのフランクフルトである。マイルを貯めている航空会社のフランクフルト行きの便に乗るために、私たちは大阪国際空港からいったん成田国際空港に向かい、成田国際空港からおよそ十一時間半掛けてフランクフルトまで飛ぶことになっていたのである。

 家を出てからおよそ一時間後に、阪急電車と大阪モノレールを乗り継いで大阪国際空港に着いた。いつもながら思うのだが、大阪国際空港は我が家から直線距離としては近いはずなのに、公共の交通機関を利用して移動するとなるとひどく不便である。空港の駐車場料金がもう少し安ければ、空港の駐車場にカングーを預けるのだが、駐車料金があまりにも高い。

 さて、大阪国際空港に着いてみると、空港はたくさんの人で溢れ返っていた。夏休みの出国ラッシュが始まっているとインターネットのニュースで読んだが、確かにその通りである。もしかすると、昨日の土曜日のほうが混雑していたのかもしれない。ここにいる人たちはみんな、お盆を避けたAパターンの夏休みなのだろう。

 私たちが予約していたのは、八時二十五分に大阪国際空港を飛び立つ成田国際空港行きの乗り換え便だったが、何しろたくさんの利用客で溢れ返っているので、空港カウンターでスーツケースを預けるのも、手荷物検査を受けるのもひどく時間が掛かった。ようやく手荷物検査を終えたとき、私たちは、
「八時二十五分発成田行きの最終のご案内をしています」
という航空会社のスタッフの慌しい案内により、予約していた飛行機に駆け込んだのだった。

 とは言え、遅れていたのは私たちだけではなかったようで、他にも搭乗手続きや手荷物検査にずいぶんてこずっていた人たちがいたようだ。そのため、飛行機の離陸は予定よりも十分以上遅れた。

 成田国際空港までのフライト時間はおよそ五十五分だった。私たちが乗った飛行機は、ほとんど揺れを感じることもなく無事に成田国際空港に着陸し、私たちは乗り換え便の人たちが利用する出国審査の列へと並ぼうとした。すると、成田国際空港の係員の方がやって来て、その窓口は十時半に閉鎖してしまうため、三階にある出発ロビーから手続きを行なってくださいと言われた。私たちはそれに従ったのだが、結局のところ、成田国際空港でもう一度、手荷物検査の列に並ぶ羽目になってしまったので、このときばかりはさすがに失敗したと思った。私たちが最初に並ぼうとしていた窓口は、乗り換え便専用の窓口だったため、手荷物検査は不要だったのである。しかし、その窓口が十時半に閉鎖されるとうことで、いったん空港の外に出てしまったため、再び手荷物検査を受けるために長い行列に並ぶことになってしまったのである。

 去年も同様の理由で、成田国際空港までの乗り継ぎ便を利用して旅行が始まったのだが、そのときは乗り継ぎ便の窓口がひどく空いていて、まったくストレスを感じなかった。今年も去年と同様、ストレスを感じることなく手続きができるだろうと思い込んでいたのだが、どうやら去年は本来の夏休みよりも一日早く休暇を取り、平日に出発したためか、今年よりも利用客が少なかったようだ。

 手荷物検査を二重で受ける羽目にはなってしまったものの、成田国際空港の出発ロビーの雰囲気を体験できたことは新鮮だった。私は独身時代に一度だけ、成田国際空港を利用したことがあるのだが、そのときに感じた広さよりも今回感じた広さのほうがもっと広く感じられた。それは、おそらく私たちが関西国際空港から海外に飛び立つことが多くなったために、比較の対象としての国際空港が私の頭の中に根付いているからだろう。

 フランクフルト行きの飛行機の出発時刻は、お昼の十二時十五分だった。搭乗案内が始まると、ものすごい数の人たちが搭乗ゲートに集まって来た。おそらく、ほぼ満席だったのではないだろうか。案内に従って、私たちもフランクフルト行きの飛行機に乗り込んだ。

 国際線の飛行機の中で楽しみなことと言えば、何と言っても映画鑑賞である。私は飛行機の中で、劇場公開中に見逃してしまった作品をいくつか鑑賞した。何しろ、十一時間半も飛行機に乗っているのだから、観たい映画を見放題なのである。一方、徹夜で仕事をしたガンモは、飛行機の中ではほとんど眠っていた。とは言え、狭いエコノミー席では熟睡できるはずもなく、途中で何度も何度も目を覚ましていたようだ。

 結局、フランクフルトまでのフライト中に、私は三本もの映画を鑑賞したのだが、三本の映画を鑑賞して、軽食も含めて三回の機内食を食べてもなお、私たちはまだフランクフルトに到着してはいなかった。これを書いている今は、既にフランクフルトのホテルにチェックインしているのだが、私たちがフランクフルト国際空港に到着したのは、成田国際空港を出発してからおよそ十二間後のことだったのである。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、出国ラッシュと十二時間飛行をご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m 今回は、特別長い記事になってしまいました。起きている時間が長いと、一日のうちに実にいろいろなことを経験しますね。しかも、今回の旅行では、出発直前まで本当にいろいろな出来事が起こりました。私たちが夏休みの旅行に出掛けるときはたいてい仕事が忙しく、ガンモが深夜まで仕事をしたあと帰宅して、寝不足のまま出発ということはこれまでにも何度かあったのですが、さすがに徹夜明けのまま出発というのは今回が初めてです。それでも、後輩にあとを任せることなく、きちんと仕事を終えて帰宅することができたようなので、仕事に関する気掛かりはない状態で出発することができました。これから、どんな旅行になりますやら。(笑)今後は、いつものように、その日の中心的な出来事のみをお伝えすることにし、お伝えし切れなかった内容については、帰国後に補足させていただきたいと思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

哲学・思想[人気blogランキング]に

上記ボタンをクリックしてくださいますと、一日に一回、ランキングのポイントに加算されます。もしも毎日のように「ガンまる日記」を読んでくださっているならば、記事に共感したとき、あるいは応援してもいいと思ったとき、ポチッと押してくださると、大変うれしく思います。

| | トラックバック (0)

« 2010年7月 | トップページ | 2010年9月 »