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2010.08.03

ライカIIIfの里帰り

フランクフルト動物園の記事に応援クリックしてくださった皆さん、どうもありがとうございます。m(__)m ドイツ人の食生活を見ていると、どうも肉食中心のように見えます。それだけに、弱肉強食についても、事実を包み隠すことなく、そのまま表現できるのかもしれません。しかし、私たちには衝撃的でしたね。私の撮影した写真をご覧になり、衝撃を受けてしまった方もいらっしゃるかもしれません。今回は、事実を伝えるためにも、敢えて掲載させていただきました。

 フランクフルトに滞在することが決まったとき、ガンモはドイツの地図を眺めながら、フランクフルトからライカの聖地であるウエッツラーまでそれほど遠くはないことに気が付いた。そこでガンモは、ウエッツラーにウルライカ(ライカの試作品。「ウル」とはドイツ語で「最初の」という意味があるらしい)で撮影された風景をカメラに収めようと思い立ったようだ。

 ライカと言えば、今や多くの人たちに認識されている世界的なカメラメーカーである。とりわけ中古カメラファンには、ライカを真剣に支持する人たちが多い。私は、ライカ信望者ではないのだが、誠に恥ずかしながら、一台だけライカを所有している。現在も製造され続けているM型ライカよりも古いバルナック・ライカと呼ばれるタイプのもので、ライカIIIfというバルナック・ライカでは最もポピュラーな機種である。実はこのカメラは、私がガンモと出会う以前の今からおよそ十七年前に、当時新宿の伊勢丹で開催されていた世界の中古カメラ市の会場で、皆さんも良くご存知のある方にボディとレンズの両方を選んでいただいた思い出のカメラである。

 私は、ウエッツラーに行くなら、手持ちのライカIIIfを里帰りさせようと思い、久し振りにカメラの保管庫からライカIIIfを持ち出した。それにつられて、ライカを所有していないガンモも、同じくドイツ製のカメラを里帰りさせようと、あれこれ探し回っていたようだ。ガンモは最初、ローライ35をドイツに里帰りさせようと思い立ったものの、手持ちのローライ35の素性を調べてみると、ドイツ製ではなくシンガポール製だったとがっかりしていた。そこで仕方なく、今はなきコダパックのフィルムを使用するローライSL26を里帰りさせることにしたのだった。

 私たちは、出国前の成田国際空港の税関で、外国製品を国外に持ち出すための手続きをしておいた。こうしておけば、帰国時に税関から、
「この外国製のカメラは、今回の旅行で購入したものですか?」
と尋ねられたとしても、国外に持ち出す前から申請をしているので、新たに課税されることはないからだ。おそらく、多くの人たちが外国製品を海外に持ち出して、帰国時もそれらを携えているはずだが、わざわざ税関に申請をして持ち出している人は少ないように思う。私たちも、これまで税関への申請など一度も行なったことがなかったのが、これを機会に申請してみたかったのだ。

 さて、ホテルで朝食をとったあと、ホテルを出発した私たちは、宿泊先のホテルの最寄駅であるフランクフルト中央駅からDB(ドイツ国鉄)に乗車した。出発の案内版を見たとき、ウエッツラーに向かう直通列車を見付けたのだが、切符の購入に戸惑っているうちに、その列車が発車してしまった。そこで仕方なく、次の列車に乗車することになった。

 私たちが乗車したのは、二階建ての普通列車の二等席だった。しかし、発車して間もなくすると、ガンモが時刻表を確認しながら青ざめていた。どうやら私たちが乗車した列車は、ウエッツラーには行かないようである。海外の列車で乗り換えをするとなると、言語の壁もあってなかなか大変である。ガンモは、日本から持ち込んだヨーロッパの鉄道時刻表を食い入るように眺めていた。そうこうしているうちに、車掌さんが切符のチェックに訪れたので、私は、
「この列車はウエッツラーに行くのですか?」
とたどたどしい英語で尋ねてみた。すると車掌さんは、ドイツ語で何やら答えてくださった。ドイツ語はまったくわからなかったが、車掌さんの雰囲気からすると、ウエッツラーに行くには、やはりどこかで乗り換えなければならないらしい。時刻表を食い入るように見ていたガンモが、その乗り換え駅を予測していたので、私たちはその駅にあたりをつけて、乗っている列車を降りることにした。

 その駅では、たくさんの人たちが降りた。ガンモ曰く、車掌さんは、その駅で私たちが降りているのを確認して、私たちに合図してくださったそうだ。しかし、その駅で降りたものの、次に乗る列車がどのホームにやって来るのかは、まったくの未知数だった。他のホームに停車している列車があったので列車の行き先を確認してみたのだが、どうも行き先が違うようである。すると、私たちが降りた列車の隣のホームに、別の列車が入って来た。私たちが階段を昇ってそのホームに降り立ってみると、どうやらその列車がウエッツラーに向かう列車のようだった。私たちは慌ててその列車に飛び乗った。

 有り難いことに、私たちが乗り換えた列車は、無事にウエッツラーに到着した。列車を降りてウエッツラーのホームに降り立ったとき、ついにライカの聖地にやって来たという静かな興奮に包まれた。私たちは駅を出ると、ウエッツラー駅前にあるFORUMという大型ショッピングセンターに入った。そして、そこでしばらく作戦を練ったあと、ウエッツラーの街へと繰り出した。

 まずは、ウルライカで撮影された風景と同じ写真を撮影するために、その場所を目指した。ガンモはインターネットでその場所を調べていたので、地図を見ながら私をその付近まで誘導した。しかし、ある程度のところまで来ると、これらの風景の中からウルライカで撮影された風景と同じものを探し出さなければならなかった。ガンモはインターネットで調べたその風景の写真を私に見せ、私たちはその風景を自らの頭の中に叩き込んだ。

 意外だったのは、ウエッツラーが観光地だったことである。一言で言うと、家の形が面白い。一軒一軒の家に表情があり、まるで生きているように見えるのだ。家が、今にもくしゃみをしそうにも見える。それらの特徴ある風景の中から、私はとうとう、「ここだ!」と思える風景を見付けた。そこは間違いなく、今から百年近く前にウルライカで撮影された風景と一致していた。私はその風景をカメラに収め、そして、持参したライカIIIfを取り出して、その風景を背景に、ライカIIIfの写真も撮影しておいた。

 私たちが夢中でその風景をカメラに収めていると、ドイツ人のおじいさんが、私たちのことをチラチラと見ていた。おじいさんは、私たちに何か話し掛けようと思ってくださっていたようなのだが、言葉が通じないために私たちを見守るだけに留めてくださったようだ。私は、このおじいさんはかつてライカの工場で働いていた職人さんだと勝手に想像した。

 記念すべき風景をカメラに収めた私たちは、ライカの旧本社を目指すことにした。ライカの旧本社は、現在はライカの関連会社に変わってしまっているらしいのだが、ウルライカで撮影された場所からそれほど遠くない場所にあった。地図を確認しながら歩いていたものの、私たちがライカの旧本社を見付けたのは、ほとんど偶然だったと言える。まだまだ遠くまで歩かなければならない覚悟でいたのだが、ふと振り返るとそこに、見慣れたライカの看板が見えて来たのだ。

 そして私たちは、半ば導かれるようにライカの旧本社の前まで歩いて行った。ライカの旧本社を目の前にして何枚も何枚も写真を撮り、さきほどと同じようにライカIIIfを取り出して、ライカIIIfを手前にかざし、ライカの旧本社を背景に写真を撮っていると、さきほどとは別のドイツ人のおじいさんに話し掛けられた。おじいさんが話していたのはすべてドイツ語だったので、私たちにはおじいさんが一体何を言っているのか、さっぱりわからなかったが、「ライカ」という単語だけは聞き取れた。そこで私は、日本から持って来たライカIIIfをおじいさんに見せた。おじいさんはそれを見て、更に何か言ってくださったのだが、やはりすべてドイツ語だったので理解できなかった。

 その後、おじいさんは、ライカの旧本社に向かう地下道へと消えて行った。私は、
「あのおじいさん、オスカー・バルナックかな」
とガンモに言った。オスカー・バルナックとは、今から百年近く前にウルライカを試作した人である。しかし、もはやオスカー・バルナックが生きているはずもなかった。私は、あのおじいさんは、ライカのかつての技術者なのかもしれないと勝手に想像した。

 こうして目的を達成した私たちは、とにかく大満足していた。特に、実際にライカを所有している私よりも、ガンモのほうがこれらの一連の出来事に酔いしれていた。私たちは、表情のある家が立ち並ぶ場所まで戻り、そこからシティバスという一人わずか五十セント(ユーロ)で乗車できる乗り合いバスに乗車して、ウエッツラー駅前のFORUM前まで戻った。ライカの旧本社前付近では、路線バスも運行されていたようだが、一人わずか五十セント(ユーロ)で利用できるこのシティバスのほうが断然お得だったはずである。

 私たちは大満足のうちにウエッツラーから再び普通列車に乗り、およそ一時間掛けて、宿泊先のホテルのあるフランクフルト中央駅まで帰って来たのだった。

※撮影した写真のスライドショーを貼り付けておきます。なお、スライドショーが表示されない場合や、写真へのコメントをご覧になる場合は、ライカIIIfの里帰りをご覧ください。

※皆さん、いつもたくさんの応援クリックをありがとうございます。m(__)m いやはや、興奮しました。(笑)私たちのようにディープなライカファンでなくても、これだけ興奮するのですから、本当にライカを愛する人たちがウエッツラーを訪れるとなると、もっと興奮することでしょうね。それにしても、ドイツの方たちは親切な方が多いですね。私たちがウエッツラーの街を歩いていると、"Can I help you?"と英語で話し掛けてくださったおばあさんもいらっしゃいました。外国人に対するこうした親切な行為に関しては、日本人も見習うべきところがたくさんあると思います。

さて、今回も記事の中にボタンを埋め込ませていただきますが、どうぞよろしくお願い申し上げます。

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